仮面ライダージェム   作:黒井福

1 / 16
どうも、初めましての方は初めまして。以前から私の作品を読んでくださっている方はありがとうございます。黒井です。

自作仮面ライダーシリーズの第五作品目、その名も仮面ライダージェムが始まります。

怪盗と言うアウトローな立ち位置の仮面ライダーを主人公とした物語、どうかお楽しみください。


第1石:その名は怪盗ジェム

 月が空高くに上り、人々が寝静まった街を優しく照らす夜も更けた頃…………突如として月下の街の一画にある、一際大きな屋敷で警報が鳴り響いた。金属が連続で打ち鳴らされる甲高い音が、人々が寝静まった街に響き渡る勢いで響く中、音源である屋敷は蜂の巣をつついたような騒ぎとなっていた。

 

「急げッ!」

「こっちだッ!」

 

 屋敷の中を慌ただしく駆け抜けるのは、銀色の装甲を持つスコープを先頭としたS.B.C.T.の部隊。完全武装した隊員達が音の発生源であるコレクションルームに到着すると、そこでは他の高価な品々を展示しているケースには目もくれず一つの宝石が収められたケースを割って中の煌びやかな宝石を取り出している白いボディースーツに黒い軽鎧の、桃色の蝶の様な複眼の仮面を身に着けた人物の姿があった。

 明らかな不審者の姿に、S.B.C.T.の隊員達は一斉に銃口を向ける。

 

「動くなッ! そのまま大人しくしろッ!」

 

 部隊を率いる隊長のスコープが怒鳴りながら銃口を向けるが、件の仮面の盗人……怪盗は警告が聞こえていないかのように盗んだ宝石を懐に仕舞うと、腰のホルスターから一丁の拳銃を取り出し天井近くにある割られた窓へと向け引き金を引いた。発砲音と共に放たれたフックが窓の縁に引っ掛かり、繋げられたワイヤーが怪盗の体を引っ張り上げ一瞬でコレクションルームの外へと向かってしまった。

 

「クソッ、追えッ!」

 

 急ぎ部屋を出て屋敷の外へと向かうS.B.C.T.の隊員達。正面玄関から外に出て月明りに照らされた庭先で隊員達が四方八方に銃口を向けて逃げた怪盗の姿を探していると、隊員の1人が屋根の上に佇む怪盗を見つけた。

 

「ッ! 居ましたッ! 屋根の上ですッ!」

「何ッ!」

 

 隊員の1人の言葉に全員が一斉に屋根の上に視線を向ける。同時に銃口と銃身下部に装着されたフラッシュライトも屋根の上に向けられ、月明りだけでなくライトの明かりまでもが怪盗の姿を照らしていった。

 

 屋根の縁に取り付けられた装飾にしなやかな片足を乗せて佇む怪盗は、胸元の起伏から女性である事が伺える。その女怪盗は、自分の事を照らしている隊員達の存在など眼中にないと言う様に先程盗み出した宝石を月明りに照らし、うっとりとした様子で見つめている。

 

「フフッ……間違いない」

 

「”怪盗ジェム”ッ! 今日と言う今日は神妙にしろッ!」

 

 戦利品に夢中になっている女怪盗に、庭から彼女を見上げるスコープがその名を呼ぶ。怪盗ジェム……それがここ最近各地を騒がせている、現代に現れた大泥棒の名前であった。

 名を呼ばれて漸く気付いたかのようにジェムの視線が眼下の隊員達の方へと向く。見下ろせばS.B.C.T.の隊員達だけでなく屋敷の使用人や主人までもが出てきて全員が自分に注目している。その光景に嬉しそうに鼻の奥で笑うと、盗んだ宝石を懐に仕舞い自分の事を見る者達に向け優雅に一礼をした。

 

「予告通り、宝石は私怪盗ジェムがいただきます。それでは皆様、ごきげんよう♪」

 

「撃てぇッ!!」

 

 煽る様なジェムの口上に、スコープが指示を出すと向けられた銃口から一斉に銃弾が放たれる。だがジェムは素早い身のこなしでそれを回避すると、そのまま屋根伝いに逃げていった。急いで追いかけようとするS.B.C.T.であったが、彼らが見ている先でジェムの姿が光に包まれて消えてしまった。それと同時に通信機からオペレーターの残念そうな声が響く。

 

『隊長、怪盗ジェムをロストしました。カメラでもセンサーでも姿を捉えられません。残念ですが、今回も……』

「クソッ!?」

 

 思わず悪態をつくスコープであったがそれも仕方ない。彼らがジェムと相対するのはこれが初めてではないし、こうして逃げられるのも初めてではなかったのだ。

 

 怪盗ジェム……ここ数年の間に突如姿を現したかと思えば、一向にその尻尾を掴む事も出来ず一方的に犯行を許している現代に現れた大泥棒である。女性である事とライダーシステムに起因する装備で身を固めていると言う事以外は何も分かっていない。他に分かっている事と言えばジェムは宝石以外には目もくれないと言う事。必ず予告状を出してから犯行を行い、狙った宝石は必ず盗み出す。最初の内は警察が対応に当たっていたが、相手がライダーシステム由来の装備で武装していると分かってからはそれに対抗できるS.B.C.T.が相手をする事となった。

 

 だが怪盗ジェムは彼らが今までに相手をしてきた特異生物とは根本的に異なっていた。兎に角狡猾で逃げ足が速い。例え追い詰めたと思ってもまんまと逃げられてしまい、これまでに彼女の犯行を止められた事は無かった。

 正直に言って彼らS.B.C.T.のプライドはいたく傷付けられていた。対策も意味をなさず、目の前で犯行をみすみす許してしまう。S.B.C.T.の隊員の中には警察組織に属していた者も少なくない為、犯罪者を逃がしてしまう事に対して己の不甲斐無さを感じるものも多かったのだ。

 

 悔しさに身を震わせながらジェムが去っていった方を虚しく見つめている隊長のスコープ。そこに、部下の隊員が肩を落としながら声を掛けてきた。

 

「隊長……」

「何も言うな。今回も我々の負けだ」

「はい……ですが、このままでは――」

「分かっているッ!」

 

 もはや限界だった。彼らが本来相手にすべきなのは特異生物災害。物的被害はともかく、人的被害に関しては戦闘になった際の反撃で隊員が負傷を負ったりした程度で、犯行の数に反して被害を受けた者は著しく少なかった。精々が警備に当たっていた警備員などが眠らされた程度である。

 人的被害が意図して起こされていない以上、貴重なS.B.C.T.の戦力を何時までもここに割り振る訳にはいかない。彼らの力を必要としている現場は数え切れないほどあるのだ。

 

 事ここに至り、隊長は自分達の負けを認めると同時にある決断を下した。

 

「……ωに連絡を取る。この一件、我々では手に余る案件だ。悔しいが、ここは彼らの力を借りるしかない」

「隊長……」

「そう悲観するな。ジェムの相手は我々では荷が重いのは事実だ。こういう事は、その道のプロに任せるのが最善だ」

「はい……」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 目が覚めると、目の前に広がるのは清潔感のある白い天井。鼻腔に感じるのは、仄かに消毒薬の臭いが漂う空気であった。薄ぼんやりとした思考の中で、目を覚ましたその少女は静かに息を吐きながら視線だけを動かして周囲を見渡した。

 

「ここは…………」

 

 カーテンに囲まれたベッドの上に自分が居るのだと何となく理解した彼女は、そこが病院のベッドの上であると気付いた。何故自分はここに居るのか? ここに来るまで何があったのか? そんな事を思考が纏まらない頭でぼんやり考えていると、出し抜けにカーテンが引っぺがされるように開かれた。突然の事に少女が驚愕に一気に意識を覚醒させながらそちらを見ると、そこに居たのは少女と同年代だろう少年の姿であった。余程急いでここに来たのか、少年は肩を大きく上下させながら呼吸を繰り返し、額には大粒の汗を浮かべていた。

 

(あきら)……!」

「ま、マコちゃん?」

 

 少年から晶と呼ばれた少女――名を石動(いするぎ) 晶と言う――は、少年に呆然とした様子で愛称を返す。彼女の反応にマコちゃんと呼ばれた少年は心底安心した様子で肺の中の空気を出し切る勢いで息を吐いた。

 

「はぁぁぁぁ…………良かった。晶が病院に運び込まれたって聞いて、居ても立っても居られなくて」

「マコちゃん……ゴメンね? 心配掛けて……でも私は大丈夫だから」

 

 心の底から晶の事を心配した様子のマコちゃんの様子に、まだ頭が上手く働かないながらも安心感を覚え笑みを浮かべる。()()()()()()()()()()()()()()()()()を感じながらも笑みを浮かべた晶に、マコちゃんは彼女の無事を確かめる様に抱きしめた。全身に感じる彼の温もりに、晶は心が温かくなるのを感じそのまま身を委ねる様に目を瞑る。

 

 だが次の瞬間、彼女の耳に恐ろしい程冷たいマコちゃんの声が響いた。

 

「うわ、気持ちワリ……」

「――――――え?」

 

 気付けば抱きしめてくれていた筈の彼は彼女から距離を取り、先程まで向けていた温かな視線は何処へ行ったのか、汚いものを見るような冷たい目を向けてきていた。何が起きたのか分からず困惑する晶が彼に手を伸ばすと、彼はその手を振り払うようにしながら更に彼女から離れながら吐き捨てる様に言った。

 

「止めろよ。そんな醜い顔で……」

「醜い、顔…………はっ!?」

 

 彼の言葉に唖然となる晶は、何かに気付いたように自分で自分の顔の右半分に触れた。指先に感じるのは滑らかな肌の感触……ではなく、まるで硬い石の表面に触れているかのような硬くザラついた違和感のある感触であった。

 急いで鏡を探して周囲を見渡し、サイドテーブルに置かれた小さな鏡を手に取り覗き込めば、そこに映っていたのは…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 顔の右半分が焼け爛れて醜くなった自身の顔であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひぃっ!?」

 

 自分の顔に自分で驚き、手にしていた鏡を落としてしまう。鏡が割れる音が病室内に響く中、彼は何時の間にか晶に背を向け立ち去ろうとしていた。

 

「醜くなったお前にもう価値ねえよ。じゃあな、晶」

「ま、待ってマコちゃんッ!? お願い待ってッ!?」

 

 去っていく彼の背に晶は必死に手を伸ばして呼び掛ける。だが彼は最早彼女に興味を失ったのか足を止める事も振り返る事も無く、どんどんその背が遠くなっていく。彼の後を追おうと晶がベッドから降りようとするが、足が上手く動かずベッドからずり落ち床に体を叩きつけられた。それでも彼女は構わず這いずりながら遠くなる彼の背に手を伸ばしながら喉が張り裂けそうな勢いで何度も彼の名を呼んだ。

 

「マコちゃん待って、お願いッ!? お願いだから1人にしないで、置いてかないでッ!?」

 

「何でもするからッ!? 友達じゃなくても何でもいいッ! 奴隷でも何でもいいから、お願い傍に居させてッ!?」

 

「だからお願いッ!? 見捨てないでッ!?」

 

 晶の必死の懇願も全く聞く耳持たず、存在すら認識していないかのように彼は晶から離れていく。取り残された晶は暗闇の中1人惨めに残され、もう米粒程度にしか見えなくなった唯一の光源である彼に血を吐きそうな顔になり泣き叫びながら呼び掛けた。

 

「マコちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんッッッッ!!??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 まだ朝日も昇っていない時間帯、カーテン越しに見える窓の外が暗い時間に晶は飛び跳ねる勢いで目を覚ました。周囲を見渡せばそこは小さな照明だけが照らす薄暗い室内。外が暗い事もあって見辛いが、彼女の視力は周囲の光景を鮮明に彼女に伝えてくれる。そこは見慣れた彼女の自室だ。何の変哲もない、適度に片付いて適度に散らかった、寝る前と何ら変わらない自室の景色。

 

 今の自分が唯一安心できる領域に居る事を確認し、そして先程の出来事が夢であった事を理解した瞬間、彼女は魂が抜けるのではと言う程体の奥底から息を吐き出し安堵した。

 

「はぁっ、はぁっ……ゆ、夢……? はぁ……夢、か……また、あの夢…………くそっ!」

 

 晶は悪態をつきながらベッドから出た。悪夢に魘されて、全身が汗でぐっしょり濡れて気持ち悪い。シャワーを浴びて汗を流そうとして……その前に込み上げてくる不快感に顔を顰めると真っ先にトイレへと向かった。

 足早にトイレに入り扉も締めず便座の蓋を開けると、便器の中に込み上げてきた吐瀉物を躊躇なく吐き出した。時間が時間な為出てくるものなど胃液だけしか無いが、体は胃の中身をとにかく吐き出そうと晶の気分など考えもせず胃の内容物をひっくり返した。

 

「げほっ!? げほっ、げほっ!? おぇ……うぇぇ……」

 

 朝っぱらから嘔吐すると言う最悪の目覚め。悪夢とのダブルコンボで朝から気分も最悪だった。晶はその最悪の気分を消し去ろうとするかのように、口元を拭いながらトイレを流すとそのまま浴室へと向かい乱雑に着ているものを脱ぎ浴室に入ってシャワーを浴びた。熱いシャワーが寝汗に塗れた彼女の肢体を流れ落ちていくと、頭の中に残っていた眠気と嫌な気分も一緒に流れていく気分に心が落ち着く。

 

「ふぅ……」

 

 一頻りシャワーを浴びてスッキリすると、浴室から出てタオルで全身を拭く。その最中に彼女は徐に鏡に目を向けた。

 

 そこに映るのは道行く人が振り返るだろう起伏に富んだ肢体を持つ女性の姿。夢の中に居た時よりも大人びた姿をした彼女は、胡乱な目で自分を見返してくる。彼女が見つめるのは自身の体ではなく顔。顔の左半分はともかく、右半分は伸ばされた前髪で隠れていた。

 

 体にバスタオルを引っ掛けただけの晶は、右手を顔に持っていき右目の周りを隠す前髪を僅かに横にズラした。その下に隠れていたのは、見るも無残に焼け爛れた痕であった。右目を中心にした顔の右半分に残る火傷痕、左目が綺麗なアメジストの様な紫色の瞳をしているのに対し、右目は辛うじて瞳の存在が確認できる程度に白濁しており、こちらを見れば彼女の肢体に目を奪われた人も一瞬で顔を顰め興味を失うだろう。

 

「~~~~ッ!!」

 

 醜い自身の顔の右半分を見て、晶は奥歯を食い縛ると感情に任せて鏡を殴りつけようと拳を握り締める。だがそれを理性で堪えると、そのままバスタオルだけを体に引っ掛けたまま洗面所を出てキッチンに向かうとコップに水を汲んだ。そして冷蔵庫の上に乱雑に置かれたピルケースから錠剤を何粒か取り出し、急ぐ様に口に放り込むと躊躇いもせず水でそれを流し込んだ。

 

「んっ、んっ……んっ…………はぁっ! はぁ、はぁ……」

 

 シャワーで火照った体の中を冷たい水が流れ落ちていく感触に暫し身を委ねる。落ち着いた頭でぼんやりと手の中のピルケースを振ると、中身が空になったのか何の音も聞こえない事に気付く。

 

(あぁ……また貰ってこなきゃ……)

 

 そんな事をぼんやりと考えていた彼女の背に、不意に男性の声が掛けられた。

 

「晶?」

「ッ!……何、お父さん?」

 

 声を掛けてきたのは晶の父である真也であった。どうやら晶が起きてシャワーを浴びている音に気付き彼も目を覚ましたようだ。心配した目で自分を見てくる父の姿に、晶はピルケースを持ったまま振り返った。肩からタオルを引っ掛けている以外何も身に着けていない我が子の姿に、真也は咄嗟に目を逸らした。血の繋がった我が子であっても、美しく成長した女性の裸体を無遠慮に見続ける訳にはいかない。

 

「いや、物音が聞こえたから晶が起きたのかと思ってね」

「あぁ、起こしちゃった? ゴメンね」

「それはいいよ。それより早く何か服を着なさい。晶もいい歳なんだから。若い女性が家の中とは言えそんな風に何時までも裸でいるものじゃないよ」

「お父さんだけしか居ないんだし別にいいじゃん……」

「お父さんだけだとしてもだよ。晶はもっと異性からの目に敏感になるべきだ」

 

 年頃の娘を思った真也の言葉に、しかし当の本人は自嘲の笑みを浮かべた。

 

「異性の目? 私に? ……ハッ、こんな私の事を見るような物好き居る訳ないじゃん」

 

 そう言って前髪に隠れた顔の右半分を手で押さえる晶。自嘲する我が子の姿に、真也は何も言う事が出来ず顔を歪めて視線を逸らすしか出来なかった。

 

「……すまない、俺の所為で」

「いいよ別に。お父さんが悪い訳じゃないから」

 

 視線も向けずにそう言うと、晶は着替えるべく自室へと戻っていく。本来の身長よりも何処か小さく見えるその後ろ姿を、真也は黙って見送るしか出来なかった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 それから数時間ほど経ち、晶はフードを目深にかぶったパーカー姿でとある一軒の建物を訪れていた。人気もまばらな街の片隅に隠れ潜む様にぽつんと存在しているその建物の入り口には、『鄭堂(じょんどう)診療所』と言う看板が立てられていた。晶がその看板の横を通り抜け、扉に手を掛けて中に入ると入り口から少し離れた所にある机に1人の女性の姿があった。

 

「は~い、いらっしゃいませ~」

 

 仄かに消毒薬の臭いが漂う室内は清潔に保たれており、棚に収まっている薬品の瓶などからここが確かに診療所として機能している事は明白であった。だが肝心の医師の姿だけが、この診療所をただの診療所かどうか迷わせる要因となっていた。

 その医師の姿は、シャツの胸元を谷間が見えるくらい大きく開き、肩に白衣を羽織っただけの桃色の髪と赤い瞳の日本人離れした容姿の女性だった。見る者が見れば思わず目を見開くだろうその人物の名は、彼女を知る者であればこう呼んだ。

 

「ジェーン、何時もの薬ちょうだい」

 

 晶はフードを脱ぎながら医師……ジェーンの事を名で呼ぶと、勝手知ったると言った様子で要求を口にした。それを聞いたジェーンは何処か呆れたような雰囲気で小さく息を吐きながら肩を竦める。

 

「晶ちゃ~ん、もうお薬切れちゃったの~? ちゃんと用法用量守ってる~?」

「余計なお世話よ。いいから寄こして」

「その前に~、ちゃ~んと診察させてちょうだ~い。じゃないとお薬渡せないわ~」

 

 さっさと要件を済ませたい晶に対し、ジェーンはのらりくらりとした様子を崩さない。何処か小馬鹿にされているような雰囲気に晶が軽く拳を握るが、彼女相手にムキになっても相手の思う壺だと言う事を理解している晶は努めて心を落ち着けると、彼女の誘導に従い傍に置かれた丸椅子に腰かけた。晶が大人しく診察される姿勢を見せると、ジェーンは満足そうに笑みを浮かべ晶の首筋のリンパ腺を触診したり、下瞼を裏返したりと軽い診察をしていく。左目はともかく、右目の周りに触れる為前髪を退かす際には晶も多少の抵抗を感じていたが、ジェーンが優しく撫でると不思議とその気持ちも薄れ抵抗せずされるがままに診察を受けた。

 その際ジェーンは晶とずっと視線を合わせていたが、目があっている当の本人はその事に違和感を抱く様子も無かった。

 

「どうかしら~? 最近の調子は~?」

「そんなの言わなくても分かるでしょ」

「患者さんからの生の声を聞く事も~、医者の大事なお仕事なのよ~」

 

 いけしゃあしゃあと告げるジェーンに、晶は何が医者だと内心鼻で笑った。本当は医者でも何でもないくせにと…………

 

「ん~、特に問題は無さそうね~。強いて言えば~、ちょ~っと寝不足の兆候があるかも~。睡眠導入剤も一緒に処方しようか~?」

「いらない。それより何時もの薬ちょうだい」

「は~いはいっと~」

 

 つっけんどんな晶の態度に対し、ジェーンは微塵も気分を悪くした様子もなく棚から錠剤の入った袋を取り出した。秤で重さを測って密封できる袋に入れて差し出せば、晶はひったくる様に薬を受け取り必死さを感じる姿で懐に仕舞った。まるで誰かに取られたら大変だとでも言うかのようである。別に誰も横取りしたりしないのにとジェーンが肩を竦めていると、それまでのツンケンした姿から一転して縋る様な声色で訊ねてきた。

 

「ねぇ、ジェーン……」

「ん~? 何~?」

「これ……本当にあなたでも治せないの?」

 

 そう言って晶が前髪を退かし自身の火傷痕を見せる。それを見せられたジェーンは困った様に目尻を下げると、申し訳なさそうに溜め息を吐きながら答えた。

 

「残念だけど~、それは普通の傷じゃないから()()使()()()()()でも元通りにするのは厳しいわね~。仮にやっても多分痕はどうしても残ると思うわよ~」

「そ、そう…………そうよね」

 

 簡単にこの顔が元通りに出来るのであれば苦労はしない。仮にこの火傷痕を綺麗さっぱり無くせると言うのであれば、例え国家予算を積まれたとしても治療を願う覚悟であった。それくらい、晶にとってこの火傷痕を治す事は重要なのである。

 

(だから……私はやるんだ。どんな事に手を染めようとも……!)

 

 1人決意を新たにしている晶に対し、ジェーンは代わりとなる情報を彼女に齎した。

 

「その代わりと言っては何だけど~、耳寄りな情報を教えてあげるわ~」

 

 ジェーンのその言葉に、晶の目が一瞬で獲物を狙う捕食者の目となった。彼女がこういう時、それが意味しているのは晶の()()()に関わる情報を持ってきた事を意味しているからだ。

 

「……詳しく」

「うふふ~」

 

 晶が興味を持ったのを見て、ジェーンは楽しそうな笑みを浮かべると胸の谷間に手を突っ込みそこから名刺サイズのメモ用紙を取り出し差し出した。メモ帳を受け取った晶はその内容に目を通し、内容を理解するに従って段々とその表情を険しくしていった。

 

「これは……」

「急いだほうがいいかもね~。これ~、時期的にそろそろ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

飲まれちゃうかも~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだ日も高く、多くの人々が行き交う街中でそれは起こった。

 

「ゴアァァァァァッ!」

「うわぁぁぁぁっ!?」

 

 逃げ惑う人々を追いかける様に、異形が街を破壊しながら目に映る人に片っ端から襲い掛かっていた。

 

 異形は奇妙な見た目をしていた。一見すると蜘蛛の様な見た目をしているが、その体は宝石などの鉱石で出来ているかのように輝き光沢を放っていた。半透明の甲殻は薄っすら黄色に輝き、煌めき反射した光に時折目を眩ませる人がいる。だがその見た目に見惚れるよりも、襲われると言う恐怖の方が勝るのかじっくり観察するような物は誰も居ない。もし足を止めて、奴に見つかろうものならその時点で次の獲物となり餌食となってしまうからだ。

 

 その怪物が見ている前で、1人の男の子が躓いて転んでしまった。すぐに母親がそれに気付き男の子を助け起こそうとするが、逃げる人波が母親の行く手を阻み押し流されていく。

 

「あっ!?」

「坊やッ!? 坊やぁぁっ!?」

「ママァッ!?」

 

 必死に互いに呼び合う親子だったが、逃げ惑う人並みは2人が引き合う事を許さない。それでも何とか母親が人の流れに逆らって我が子を助け起こすべく人波から抜け出ると、その時点で既に男の子は怪物に追い詰められ次の瞬間にはその鋭い爪で体を引き裂かれる寸前であった。

 

「グルルッ……!」

「う、あ……うぅ……!?」

「イヤァァァァァァァッ!?」

 

 最早恐怖で声も上げられない男の子に向けて、怪物の鋭い爪の生えた手が振り下ろされる。我が子が目の前で怪物に引き裂かれる寸前の光景に母親が悲鳴を上げるが、爪が男の子に届く寸前に響いた銃声が怪物を押し返した。

 

「ガァッ!?」

「え……?」

 

 今正に怪物に体を切り裂かれる寸前だった男の子が呆然としていると、頭上から人影が降り立ち怯んでいる怪物に蹴りをお見舞いして更に押し返した。

 

「ハッ!」

「ガルッ!?」

 

 誰もが恐怖した怪物に恐れず蹴りをお見舞いするのは、体に貼りつくレオタードの上に燕尾服風のジャケットを羽織り仮面で目元と顔の右半分を隠したシルクハットを被った女性であった。男の子が自分を助けてくれたその人物の姿に見惚れていると、その女性は振り返り口元に笑みを浮かべながら男の子を助け起こした。

 

「大丈夫? 怖かったわよね」

「う、うん……」

「でももう大丈夫よ。あの怪物は私が何とかするから、坊やは早くお母さんと一緒に逃げなさい」

「うん。あ、ありがとうお姉ちゃん」

 

 女性が男の子の背中を軽く押す様に母親の方へ促すと、母親も我が子が助かった事に涙を流して安堵しながら男の子を抱きしめる。だが同時に、我が子を助けてくれた人物がどの様な人物なのかを知っていた母親はその女性に対して複雑な表情を向けていた。

 

「坊やッ! あ、あの、ありがとうございます……えっと……あなたって……」

 

 感謝しつつも、同時に気まずそうにする母親の姿に男の子は首を傾げる。その様子に女性……怪盗ジェムはクスクスと笑うと立てた人差し指を軽く振りながら逃げるよう促した。

 

「他言は無用よ。さ、早く逃げて。巻き込まれるから」

「は、はい……!」

 

 何故世間を騒がせる怪盗ジェムが自分の子供を助けてくれるのかは分からないが、難しい事を考えるのは後だと母親は子供を抱きしめながら急ぎその場を離れていく。男の子は母親に抱かれながら、離れていくジェムの姿に感謝して手を振っていた。ジェムはそれに軽く手を振り返すと、標的をジェムに変えた怪物を見据えた。

 

「グルルル……」

「ふむ……スパイダーヤジュエル、か。情報だとシトリンを持ってたって話だけど、案の定()()()()()()()みたいね」

 

 溜め息と共に呟くと、ジェムは右手に白く輝く水晶で装飾部分を作られた指輪を嵌め、腰に巻かれたベルトのバックルの左側に付いたレバーを引いた。レバーが引かれるとバックル部分の円盤が高速回転を始め、ジェムは顔の左側に右手を掲げ左腕で胸を持ち上げる様に右肘を支えるようなポージングをしながらその言葉を口にした。

 

「変身ッ!」

 

 合言葉を口にし、右手の指輪の装飾部分を円盤に擦り付けると削られた宝飾から眩い光と共に粒子が飛び散りジェムの姿を覆い隠す。その光にスパイダーヤジュエルが怯んでいると、次の瞬間その光が弾け飛び中から仮面ライダーが姿を現した。

 

《Change of Cut, Cloth Quartz! Commit the Phantom Thief!》

 

 現れた仮面ライダーの姿にスパイダーヤジュエルが警戒していると、変身したジェム……仮面ライダージェムはスパイダーヤジュエルを指差しながら高らかに告げた。

 

「あなたの輝きも私の物。私の輝きで包んであげる!」

 

 自信に満ちた言葉でスパイダーヤジュエルに対し宣言する仮面ライダージェム。

 

 

 

 

 

 その姿を少し離れた物陰から静かに見つめている者が居る事に、気付く者は誰も居なかった。




と言う訳で第1話でした。

本作では、これまで主人公に対して明確に味方と言う立ち位置であったS.B.C.T.が敵として存在しています。世界観的にはジェムの方が敵でもあるのですが、それとは別にヤジュエルと言う本作オリジナルの怪人も登場します。勢力図的にはジェムとS.B.C.T.、そしてヤジュエルが三竦みの様な形となりますね。現状ヤジュエル側に統率する存在が居ませんが、それについてはまた追々と言う事で。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。