突如現れ圧倒してくる誠の変身した仮面ライダーバリアに追い詰められた晶。絶体絶命の窮地に追い込まれた彼女の姿を前に、バリアは彼女の事を冷たく見下ろし銃口を突き付け、セツナはそれを何とも言えない感情を抱えながら見つめていた。セツナとしてはジェムとの決着は自分自身の手で付けたいと思っていたが、それは所詮彼女自身の我儘でしかない。ジェムと言う騒動の原因を取り除く為には、ここでバリアに捕えてもらうのが最善だ。
セツナは自分に言い聞かせ、無用な手出し口出しはすまいと顔を逸らした。
故に、その事に気付ける者はいなかった。バリアから死角になる所で、晶がこっそりと手に小さな玉の様な物を握り締めている事に。セツナが油断なく警戒していれば或いは気付けたかもしれないが、顔を逸らしてしまった彼女は晶が怪しい動きをしている事に気付けなかったのだ。
「まさか、目くらましが全然効かないとはね。こんな相手初めてだわ」
「このバリアは、お前みたいに姑息な手段で逃げ回ろうとする奴を捕らえる為に作られた。これまでの様に行くと思ったら大間違いだぞ、コソ泥」
「コソ泥とは随分な言い様ね。ま、的を射てはいるけどね」
晶は自身の動きを悟られない様に、負け惜しみのような会話でバリアの意識を逸らせた。セツナは相変わらず顔を逸らしている。今が好機と、晶は一瞬の隙を見て手に持っていた玉を投げつけた。
「でも……あなた頭が固いわね」
「何だと?」
「詰めが甘いって、言ってるのよッ!」
「ッ!?」
突然顔に向け投げつけられた玉を、バリアは咄嗟に叩き落した。空いてる左手で手の平に収まるサイズの小さな玉を叩いた瞬間、玉は破裂し黒い煙がバリアの視界を覆い尽くした。この煙は濃密で透過率も低いのか、バリアが視界モードを切り替えても一切の視界が確保できない。
「クソッ!」
このままむざむざと逃げられるくらいならとバリアは晶が居た場所、そして晶が立ち上がり逃げようとするだろう方へ向け知っちゃかめっちゃかに発砲する。だが手応えは感じられず、そして風が煙を吹き飛ばした時そこに怪盗ジェムの姿は影も形も存在しなかった。
完全に出し抜かれ逃げられてしまった事実に、バリアは肩を落とし大きく溜め息を吐きながらリボルバーをホルスターに収め変身を解除した。
「はぁ……クソ」
バリアが変身を解除して誠の姿に戻ると、セツナも変身を解きながら彼に近付いていった。
「やっぱり、神宮寺さんッ!」
「南城さんですか。ジェムの足止め、ご苦労様でした」
「いえ。結局は逃げられてしまい……」
「お気になさらず。私も迂闊でした。まさかこちらのセンサーを攪乱するような隠し玉を持っていたとは」
事前の報告でジェムが視界を眩ませる幻の分身や飛び散らせた粒子をチャフにした視界の妨害をするという事は聞いていた。バリアの複眼のカメラはそう言った目くらましにも対抗できるよう複合センサーを内蔵し、多角的に相手の姿を正確にとらえる事が出来るようになっている筈であった。だが晶は単純な煙幕を用いて、バリアの探知能力から逃れて姿を消してしまった。これは完全に予想外の事である。
「私もあれは初めて見ました。あんな物まで持ってたなんて……」
「何時までも悔やんでいても仕方ありません。逃げられはしましたが、捕縛用に特化させたバリアでもジェムを相手に一定の性能を発揮出来ることは証明されました。次は逃がしません」
ジェムの捕縛に意気込みを見せる誠。唯はそんな彼の姿を複雑な思いを抱きながら見つめていたのだが、視線を向けられている彼はその事に気付く事は無かったのだった。
***
一方、何とかバリアとセツナから逃れた晶はやはり体力的には限界が近付いていたのか家に辿り着く前に力尽き掛け、辛うじて路地裏に隠れた所で身動きが取れなくなってしまった。
「う、ぐぅ……!? はぁ、はぁ……」
バリアはこれまでにジェムが戦ってきた相手とは全く違う相手であった。何よりも厄介なのは、ジェムが得意とする目くらましが全く通用しない事である。S.B.C.T.にしろセツナにしろ、ジェムの目くらましが全く効かないというような連中は存在しなかった。故に油断もあっただろうが、それにしたってここまで目くらましが意味を成さない相手は初めてである。
「相手も徹底して対策を練ってきたって事か……うぐぅっ!? くっ……これは、マズいかな?」
バリアから受けたダメージは予想以上に大きく、満足に動く事が出来なかった。変身が維持できていればなんとかなったかもしれないが、変身が解け身体能力へのブーストが無くなると体が信じられない位重く感じられる。視界が歪み耳も栓がされた様に音が聞こえ辛い。手足も何とか体を支えられる程度の力しか出せない為、今暴漢の類に襲われたりしたら一溜りも無い。ただでさえ晶は体つきは起伏に富んだ魅力的な肢体をしているのだ。しかもそんな魅力的な体を包むのは、ボディーラインがハッキリと浮き出るレオタードと小さなジャケットのみ。欲望を抑えもしない暴漢や浮浪者と出くわしたりすれば、相手の劣情を刺激し襲われるのは想像に難くない。
「はぁ、はぁ…………!?」
早々にこの場を離れ、自宅ないしジェーンの診療所に向かおうと重い足を引き摺る様にその場を離れようとする晶。その時彼女は前方から接近してくる者の気配を感じ、思わず体を強張らせた。今の状態では素人が相手でも簡単に組み伏せられてしまう。
せめてもの抵抗と牽制の為、晶はファントムシューターを抜き構える。震える銃口が暗がりの奥を狙う中、足音が近付きビルの隙間から差す日の光の下に人影が浮かび上がった。
「あ~、居た居た~。良かったわ~」
「じぇ、ジェーン……?」
結論から言うと晶の心配は杞憂であった。近付いてきていたのはジェーンだったのだ。ジェーンは傷付き必死に帰還しようとする晶の姿を見つけると、安心したように柔らかな笑みを浮かべて駆け寄ってきた。
「今日は大変だったわね~。さ~、行きましょ~」
ジェーンは素早く晶に肩を貸すと、そのまま路地裏を通り抜けて気付けば見慣れた住宅街を歩いていた。堂々と道を歩く事に内心肝を冷やす晶であったが、幸いな事に誰ともすれ違ったり出くわしたりすることも無く無事に鄭堂診療所に辿り着く事が出来た。
診療所に入ると、ジェーンは誰も入ってこないようにと入り口に休業中の札を掛けて入り口に鍵を掛けた。そして晶を診察用のベッドの上に寝かせ、バリアとの戦いで受けた傷の手当てを始めた。消毒薬が傷に沁みる痛みに晶が思わず顔を引き攣らせる。
「いっ!? っつつ……」
「少しの間我慢して~」
暫く診療所の中にはジェーンが晶を手当てする音だけが響いていた。静かに治療を受けていると、やる事がないからか色々と考えてしまい、そうなると否応なく先程の戦いの顛末を考えてしまう。何とか逃げ切る事は出来たが、あの戦いは言い逃れしようのない程の敗北であった。仮面ライダージェムとして戦うようになってから、あそこまで徹底した敗北は今まで経験した事が無かった為地味に晶の心に重く圧し掛かった。
「……はぁ」
思わず溜め息を吐いてしまうと、何時の間にか治療を終えたジェーンがコーヒーを淹れたカップを差し出しながら口を開いた。
「あまり気にしちゃ駄目よ~。こういう時もあるわ~」
「気休めはいらないわ。……でも、ありがと」
晶はカップを受け取り小さく頭を下げ、湯気を立てるコーヒーを口に流し込んだ。コーヒーを飲み一息つく晶の姿にジェーンも自分の分のコーヒーに口を付けていると、徐に晶が先程戦ったバリアについて問い掛けてきた。
「ねぇ、ジェーン。さっき私が戦った、あれは一体何? あれもS.B.C.T.なの?」
この質問にはジェーンもちょっと困ってしまった。バリアに関しては彼女も初めて見るのだ。スコープ系列とはまるで異なるタイプの仮面ライダー。だが想像は出来る。ジェーンはこれまでに自身が集めてきた情報と、今の情勢を照らし合わせてバリアがどういった存在なのかを説明した。
「多分だけど~、あれはきっとS.B.C.T.が警察用に性能を絞ったライダーシステムね~」
「警察用?」
「そうよ~。S.B.C.T.だけだと対処が間に合わない場合も多いし~、部隊が到着するまでに市民や警察の被害も出ちゃうから~、警察向けの装備を開発する事になったのよ~。最近は特に晶ちゃんみたいにライダーシステム系の技術を使って~、悪さをする人も増えたしね~」
言外に自分の存在がバリアを生み出す事に繋がったとも取れるジェーンの発言に晶の眉間に皺が寄る。だが実際その通りだろう。これまで晶はジェムとして、必要以上の怪我人こそ出さなかったがそれでも警察を翻弄し数々の盗みを働いてきた。S.B.C.T.をも退けてきた晶であったが、そこまでされて黙って見ている者など居る訳がない。晶とジェムの存在こそがバリアを実戦に投入させる切っ掛けと言っても過言ではなかった。
「……今後はセツナとあいつにも警戒しないといけないのか。キツイな……」
「ジェムは正面戦闘にはちょっと不向きだもんね~。もっと攻撃力の高い能力が出せればいいんだけれどね~」
ジェーンの言う通り、ジェムは現状攻撃特化の能力が存在しない。シナバーカットは比較的火力が出せる能力かもしれないが、あれも接近されたら途端に厳しくなる。そしてバリアは防御力とパワーに優れている。素早さこそジェムが上回っているが、バリアには優れた索敵能力がある為あまりアドバンテージとならない。ジェムとバリアの相性は悪いと言わざるを得ないだろう。
悩む晶を見兼ねた訳ではないが、ジェーンはふと晶が先日入手した新たなパワージュエルの事を訊ねた。
「そう言えば~、この間晶ちゃんが外国の博物館から盗んできたパワージュエルはどうしたの~?」
外国のパワージュエルと言うのは、先日晶がわざわざ海外まで足を運び盗んできたバイカラーのパワージュエルの事だ。傘木社の残党が居たり、以前に一度だけであった事のある仮面ライダーヴァーニィと遭遇したり、態々海外まで追いかけてきた唯から逃げたりと色々と忙しい出来事だった事を思い出す。
「あぁ、あれならまだ父さんが変身に使える様に加工してる最中よ。父さんの話だとかなり良質な奴らしいから、戦力としても期待できるって話だけど」
「ふ~ん……」
何か含みを持たせるようなジェーンの反応に晶は首を傾げる。不思議そうな顔で見つめていると、彼女の視線に気付いたのかすぐに何時もの掴み処の無い笑みを浮かべて残ったコーヒーを飲み干した。
「何でもないわ~。それよりも~、まだ体の方は疲れてるだろうし~、暫くはここで休んでいきなさ~い。今からじゃ迂闊に外に出る訳にもいかないでしょ~?」
「う……それもそうね」
ヤジュエルが出た時は、肉体的にも万全だった為人目に付かない様に動く事が出来た。だが消耗した今の体では人目に付かずに移動する事も難しく、下手に今帰宅しようとすると最悪一般人に見つかってしまう危険があった。いや、見つかる程度であればまだいい。本当に最悪なのは正体がバレたり逮捕されてしまう事だ。
そこまで急ぐ理由も特になかったので、晶はジェーンの言葉に甘えてそのまま診察用のベッドの上に横になると少しの間眠り体力を回復させることにした。
「それじゃあ、暫くの間厄介になるわ」
「は~い」
晶から空になったカップをジェーンが受け取ると、彼女はそのままベッドの上に横になり重い瞼を下ろそうとする。が、その前に先程逃がしてしまったヤジュエルに変異した人物の事が気に掛かり晶はジェーンに調査を依頼した。
「あ、ごめん。さっき逃がしちゃったヤジュエルになってた人の事だけど……」
「安心して~。ちゃ~んと調べておいてあげるから~」
「お願い……それじゃ、おやすみ……」
託すものを託して、安心した晶が目を閉じると数秒ほどで静かな寝息を立て始めた。ジェーンは眠った晶に小さく微笑むと風邪を引かないようにとブランケットを掛けてやってから依頼の調査を行う為音も無くその場から離れるのであった。
***
一方その頃、ジェムに逃げられた唯と誠の2人はヤジュエルが暴れた後の始末を一般の警察と消防に任せて警察署へと帰還していた。帰還して早々、唯は誠に先程変身していたバリアに関して問い掛けた。
「神宮寺さん、さっき変身してたあれは何ですか? 神宮寺さんってS.B.C.T.ですよね?」
万閃衆の一員と言う事と、学生時代に遭遇した卍妖衆との戦いでの事もあって唯もS.B.C.T.に関してはそれなりに知っている。しかし誠が変身したバリアと言う仮面ライダーは存在しなかった筈である。通常のスコープなどとは明らかに異なる装備、気にならない訳が無かった。
特別隠す様な物でも無かった為、誠は唯からの質問にも快く答えてくれた。
「あれは将来的に警察組織に配備される予定となる、バリアと言うライダーシステムです」
「バリア?」
昨今の特異生物災害に於いて、基本的に対処するのは勿論今も昔もS.B.C.T.である。だが彼らの活躍の多くは後手に回ってのそれであり、特に街中などでファッジを始めとした特異生物が現れた際はどうしても対処が遅れてしまう。しかも遅れるだけであればまだしも、運悪く近隣に部隊が存在しなかった場合被害はその分大きくなってしまった。偏にS.B.C.T.の部隊数が限られているからこそ起こってしまう悲劇であるが、もし警察官がS.B.C.T.に匹敵する装備を手に入れる事が出来たらこの被害は大きく減らす事が出来る。
とは言えスコープをそのまま警察組織にまで配備しては、世界の戦力バランスを崩す要因となりかねない。特に野心を持つ国に配備されるような事になれば、そのまま戦力増強の為に利用される危険もあった。とは言え人道的見地から見捨てる訳にもいかず、S.B.C.T.首脳陣と国連は頭を悩ませた結果、スコープから必要以上の性能を取っ払い更に内部にブラックボックスを多数設置する事で技術と戦力の不要な流出を抑える新型ライダーシステムを生み出す事になったのである。
その結果完成したのが仮面ライダーバリアであり、誠はその実戦試験も兼ねて今回派遣されてきたのだ。
「つまり、あのバリアってスコープの廉価版みたいな奴って事ですか?」
「廉価版と言うと語弊があります。機能の見直しが一番正しいかと。実際スコープから取り払われたのは過剰な火力であって、パワーと装甲はスコープから据え置きです」
他にスコープから取り払われた機能としては装備の生成機能だろうか。スコープでは状況に合わせてキープレートを使用する事で様々なオプションパーツを装備したりできるが、バリアでは基本装備であるバリアリボルバーと近接戦闘用の警棒『バリアロッド』以外は事前に持参しておかなければならない。ここら辺はスコープと言うよりライトスコープの方が近かった。
「これが大まかなバリアの性能ですね。将来的にはこのバリアを一定数量産して各国の警察組織に配備されて、突発的な特異生物災害に対処するようになる予定です」
これだけ聞くと何とも頼もしい話だ。一番近い大きな特異生物災害としては季桔市で起こったノスフェクト関連の事件が真新しいが、あの事件ではS.B.C.T.が出動するまでの間に市民・警官双方に多数の犠牲者が出てしまった。こう言った事もバリアが生み出される要因となったのだろう。
とは言えそれはそれで不安は残る。国の機関に預けるという事は、その国が野心を抱いた場合技術を解析されより攻撃的なバリアが開発される要因となり得る。市民を守る為の盾が、人々を傷付ける矛になっては本末転倒である。
その為、バリアの内部には多数のブラックボックスが設置され技術解析が出来ないようになっていた。もし許可なくブラックボックスを開けて技術を盗み出そうとすれば、たちどころにS.B.C.T.に通知が届き部隊が派遣される事となる。
そう、ωチームの様な対人戦に特化した部隊が…………
「何か……大変ですね、ωチームって。特異生物だけじゃなくて、そう言うのにも対処しないといけないなんて」
「仕方ありません。そう言うのも必要なんです」
人を守る為の力を、悪事を働いた者とは言え人相手に向けなければならない事に唯は言いようのない気持ちの悪さを感じた。ボタンを駆け間違えたような居心地の悪さに思わず言葉を漏らせば、誠は割かしあっけらかんとした様子で答えた。
2人の会話はそこで途切れ、気まずい沈黙が辺りを満たすかに思われた。その時、2人の元を九朗を引き連れた剛が訪れた。
「あぁ、こちらでしたか」
「高橋警部?」
「分かりましたか?」
ジェムに逃げられ、警察署に帰還した後、誠は早速剛達にある事を依頼していた。
先程ジェムは街中に出現したヤジュエルと戦っていた。直前の状況を唯も知らなかった為どういう経緯であの戦いが起こったのかは分からない。ヤジュエルが何処からともなく現れて暴れた可能性も無くは無いが、ヤジュエルが元は人間であるという事を考えると突然人間がヤジュエルに変異したと考える方が自然であった。であるならば、監視カメラにその瞬間の映像が残っていて且つ変異した人物の事も何か分かるのではないかと考えたのだ。
早速剛達に調べてもらうと、結果は案の定で監視カメラには戦闘が起こる直前までの様子もしっかり記録されていた。そこから警察のデータベースでヤジュエルに変異した人物の姿を照会し、その人物の名前と住所が特定される事となった。
「件の怪物に変異した人物の名は
「どうしたんです?」
変異した男性に関する報告を口にしていた剛が途中で言葉を詰まらせた。途中まで聞く限りでは一般人と言った様子の人物の説明で言い淀むという事は、何かおかしな点が確認されたという事。唯が気になって問い詰めると、代わりに応えたのは九朗の方であった。
「特別後ろ暗い組織との繋がりは確認されませんでしたが、最近の報告で明らかな異変が確認されています」
「異変とは……」
「性格の豹変です」
件の浩司と言う人物は、良くも悪くも普通の人物で特筆すべき事のない人物の筈であった。実際近隣住民からの評判でも、大人しく柔和な人物と言う印象が多い。だがここ最近になって急に攻撃的な性格となり、特に彼の家に不用意に近付く事があればそれだけで怒声が飛んで来たり、場合によっては襲い掛かろうとしてくる事もあったのだとか。あまりの豹変ぶりに近隣住民の中には彼が良くない薬に手を出したのではないかと言う噂をする者すら出始める始末であった。
警察でもこの事に関しては相談を受けており、近々捜査を行うべきかと考えていた矢先に今回の事が起こった。これで浩司の自宅への捜査が行われる事となる。
「この人物が例の宝石の影響を受けて怪物になったのだとすれば、それを狙ってジェムも現れるかもしれません」
「私はその宝石と言うのを直接見た訳ではありませんが、本当に人間が怪物になったんですか? その宝石で?」
これまでに人間を怪物に変異させる特殊なアイテムはいくつか出てきた。その最たる物は今も尚各地で問題の火種となっているベクターカートリッジだろう。
だがベクターカートリッジはそうなる様に作られた人工物である。宝石は加工こそされているがそれ自体は天然に存在する。天然に存在する宝石が人間を怪物に変異させるとなれば、これはかなりの大問題となった。現在流通している宝石の全てを調べるなど不可能に近い。
「はい。私は確かに見ました。人が宝石を取り込む様にして怪物に変異したのを」
「俄かには信じられませんが、実際に出現している事を考えると認めざるを得ません、か」
「確か、ジェムはあの怪物の事をヤジュエルって呼んでました」
唯の口から出たヤジュエルと言う単語。その名を聞いて、誠の目の中にどす黒い光が宿った。
(ヤジュエル……そいつが、晶に…………!)
気付けば爪が食い込む程拳を握り締めていた誠の異変に、唯が怪訝な顔をして覗き込むようにしながら声を掛けた。
「神宮寺さん? どうしました?」
「あっ…………いえ、何でもありません。お気になさらず」
慌てて取り繕うと、誠は握り締めていた拳を開き手早く捜査に向かう為の身支度を始めた。場所が分かったのだ。そこに向かえば件のヤジュエルに変異した人物を保護ないし捕縛する事が出来る。そして、上手く行けばジェムも同時に…………
「行きましょう。今回でジェムを捕らえます」
「はい」
***
その頃、件の浩司が何をしているかと言うと、自宅には居らず少し離れた所にある寂れた廃工場を訪れていた。何処か挙動不審で絶えず周囲を警戒した様子の彼の姿は、ともすれば薬物依存した中毒者の様に顔に生気が感じられなかった。
「クソ……まだか? まだ来ないのか?」
しきりに腕時計を見ながら絶えず視線を彷徨わせる浩司。その彼に、不意に背後から声を掛ける者の姿があった。
「おい……」
「うぉぉっ!? な、何だお前かよ。ビビらすなよな」
浩司に背後から声を掛けたのは、ジェムとパワージュエルの奪い合いを行った正体不明の人物カルネプラエドであった。突然背後から声を掛けてきたカルネプラエドに、浩司は飛び上るほど驚きながらも直ぐに気を取り直し、手に持っていたアタッシュケースを持ち上げ開き中を見せた。アタッシュケースの中には乱雑に詰め込まれた紙幣が入っている。
「なぁ、これでいいだろ? な? これでまた買えるんだよな?」
縋る様に見てくる浩司を無視してカルネプラエドはケースの中の紙幣を1枚手に取った。随分と雑に扱ったのか折れ目や皺が目立つそれに小さく鼻を鳴らすと、ふんだくる様にケースを受け取り代わりに懐から赤い宝石を取り出し放り投げる様に手渡した。
「受け取れ」
「わっ!? っとと……は、はははっ……! スゲェ、これも綺麗だなぁ…………!」
恍惚とした表情で投げ渡された宝石……パワータンタライトを見つめる浩司。その顔はとてもではないが正気とは思えず、宝石に心奪われた狂った姿にしか見えなかった。
すっかりパワージュエルに魅入られた浩司の姿に、カルネプラエドは蔑みの視線を向けながら背を向けその場を後にした。
「これで用事は済んだ。じゃあな」
別れの言葉を口にするカルネプラエドに、浩司は一切の反応を見せない。完全に自分が手に入れた二つのパワージュエルに夢中になっていた。そんな彼の姿に今一度嘲りの視線を向けながらカルネプラエドは廃工場から出ていった。
(まぁ、精々生餌として派手に動いてくれ。お前が動けば、ジェムが動く。そうすれば……)
カルネプラエドの目的は、敢えてパワージュエルを流通させる事によりそれを集めているジェムを襲撃する事であった。パワージュエル自体はカルネプラエドもこうして売り渡せるくらい持っている。ただ本当に価値がある良質なパワージュエルは現状ジェムが多く持っていたのだ。カルネプラエドが持っているパワージュエルはどれも質が低いものばかり。外部から強い力が加われば劣化して簡単に砕けてただの宝石と化してしまう。
真に価値があるパワージュエルを手に入れなければ意味がない。彼はそれを手に入れる為、こうして質の低いパワージュエルを売り渡して撒き餌にしてジェムを誘き出そうとしている。
「見てろよ……手柄は俺が独り占めさせてもらうぜ……!」
カルネプラエドは1人野心を燃やし呟きながら姿を消すのであった。
と言う訳で第10話でした。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。