ジェーンの下で傷を癒した晶は、取り合えず一旦家に帰った。今後の事は後日改めて話し合いどうするかを決めるという事になり、先ずは体力の回復に努める様に、と言う事だ。
人目に付かないよう気を付けながら自宅に帰り付くと、安堵からかドッと疲れが襲ってくるのを自覚した晶はそのまま自室に向かうと着替えもせず倒れ込む様にベッドに横になった。ジェーンのところで十分休んだつもりだったが、思っていた以上に疲労が溜まっていたらしい。
横になると着け心地が気になるので、マスクとシルクハットを乱雑に外して床に落とすとそのままウトウトし始める。そしてあと少しで眠りに落ちそうになるというところで、部屋の扉がノックされ意識を引き上げさせられた。
『晶? 帰ったのかい?』
「ん~……うん、ただいま」
扉の外から聞こえてくる真也の声に、眠りに落ちそうな所を邪魔された不満を抑えながら言葉を返した。そう言えば帰ってから一言も声を掛けず部屋に直行してしまった。そりゃ真也も心配するかと、晶は反省しながらベッドの上からは動かない。
『晶、ご飯は?』
「ごめん……今日はもう疲れたから……」
『そうか、分かった。おやすみ、晶』
「うん……おやすみ」
部屋の外から真也が離れていく足音を聞きながら、今度こそ晶は意識を手放した。心地良い微睡に身を委ねる最中、彼女の脳裏に浮かんだのは何故か誠の姿であった。と言っても今の姿ではない。彼女の記憶の中にある、学生時代の彼の姿だ。
(マコちゃん…………今、何してるのかな……)
彼は元気にしているだろうか。自分が離れてからはどうしていたのだろう。もしや自分の事は綺麗すっぱり忘れて、何処の誰とも知れない女性を相手に選んでいるのだろうか。そんな事を考えつつ、晶は静かに眠りにつくのであった。
***
ジェムによる宝石の窃盗を防いで一夜明けた次の日、誠と唯の2人は次のジェムの行動を予測し対策を練っていた。
「恐らくジェムは取り損ねたパワージュエルを奪いにくるでしょう。とすれば、パワージュエルは何処か強固な防備を敷けるところに厳重に封印するべきです」
誠はそう言って良さそうな場所を幾つかピックアップしていく。ジェム……晶がそう簡単にパワージュエルを諦めるとは微塵も考えておらず、きっとリベンジを考えているだろうと予想し備える誠であったが、唯は彼の提案を突っ撥ねた。
「その必要はありませんよ、神宮寺さん」
「何故です?」
「私が大切に持っておきますから。下手な所に保管しても盗まれる可能性が高いです。なら、盗まれそうになっても抵抗出来る私が持っておいた方が理に適ってるでしょ?」
自信たっぷりにそう告げる唯に対し、誠は眉間に皺を寄せた。些か自信過剰なように思えたのだ。いや、自信がないよりはあってくれた方が背中を預ける相手としては頼もしいのだが、あまり調子に乗られて足元を掬われても困るのである。特にジェムは相手の裏をかく事に長けている。変に自信を付けられるよりも、今まで通り慎重に動いてくれた方が安心出来た。
誠は唯の過剰な自信の原因に、先日彼女が手にしてから肌身離さず持っているだろうパワージュエルに原因があると察してそれとなく彼女に訊ねてみた。
「南城さん……何か変ですよ?」
「変? 私が? 何故?」
「前はもっと慎重だったと記憶してるのですが……」
今の唯は少し調子に乗り過ぎている。そう誠が告げれば、一瞬唯の顔から表情が消えた。ひゅっ、と音がするほどの勢いで息を吸い呼吸を止めたかと思うと、次の瞬間ニコリと笑みを浮かべて口を開いた。
「そう見えますか? すみません、ジェムに勝てた事で少し調子に乗り過ぎていたようです。私もまだまだですね」
若干早口でそう捲し立てると、唯はコーヒーを取ると言って席を立った。ジェム対策室の一画に設置されたコーヒーメーカーに向かう唯の姿をしばし眺めていた誠は、徐に近くに居た九朗に小声で話し掛け唯に対し警戒するよう告げた。
「坂下刑事……」
「はい?」
「暫く南城さんを警戒してください。どうも様子がおかしい。何か異変があったらすぐに知らせてください。この場に居ない高橋警部にもそう伝える様に」
「わ、分かりました」
何が何だか分からないと言った様子の九朗であったが、真剣な誠から感じる気迫の様なものに素直に頷くしか出来ない。
誠と九朗が小声で話し合っている頃、唯はコーヒーを淹れながら豊かな胸に押し上げられたスーツの一部に手を触れる。そこにあるのはジェムから守り通したパワージュエル。唯は服の上からパワージュエルの存在を確認し、薄く笑みを浮かべ…………
「ふふっ…………ッ!? うっ……」
不意に我に返ったように愕然とした表情になり、眠気を覚ます様に頭を小刻みに振った。そして片手で額を支える様に抑え、ゆっくりと深呼吸をして心を落ち着けると、コーヒーを片手に自分の席に戻っていく。
「ふぅ……」
淹れたてのコーヒーを飲んで一息つくと、唯は改めてジェムの資料に目を通す。
その時、対策室の部屋の扉が勢い良く開かれた。その勢いに唯を含む全員が思わず跳ねるように驚き弾かれるように扉に目を向けると、そこに居るのは見知らぬ男の姿であった。切れ長の目をしたセミロングの黒髪の男は、室内をジロリと見渡し、唯と誠を交互に見るとそちらに近付いていく。突然の訪問に唖然としていた誠であったが、無言で近付いて来る男の姿に警戒心を露わにして立ち上がった。
「誰です? あなた、対策室のメンバーではありませんよね?」
現状ジェム対策室のメンバーはこの場に居る3人と剛の計4人だけである。それ以外に関しては必要に応じて随時応援と言う形で寄こしてもらうという事になっていた。
突然の部外者の訪問、それもノックも無しに乱暴に扉を開けての訪問には誠も不快感を隠さず相対する。すると男の影に隠れて見えなかったが、剛が男の影から顔を覗かせ紹介した。
「す、すみません神宮寺さん。こちら、今日から共にジェムへの捜査に加わる事になった捜査官で……」
「
剛に促される形で自己紹介した五右衛門は、鋭い視線を誠と唯に向けながら小さく頭を下げるとそのまま空いてる席に向かい腰を下ろした。その不愛想な態度に誠は眉間に皺をよせ、剛は疲れた様に額に手を当て溜め息を吐いた。
「はぁ~……」
「高橋警部、彼は何です? 対策室の増員など初耳ですが?」
「は、はぁ……増員については私も先程聞いたばかりなのですが……」
剛の話では何でも流石にそろそろジェムに対する捜査の進展が欲しいという風潮が流れてきたとの事で、その為の策として五右衛門が派遣されてきたらしい。彼は捜査官としては優秀だそうで、不愛想ではあるが犯人の追跡能力などは目を見張るものがある……との事だった。
実際誠が見ている前で、五右衛門はジェムに関する資料と報告書に素早く目を通し、それを元に何やらパソコンとにらめっこしながら何やら文字を打ち込んでいる。仕事熱心ではあるらしいが、人付き合いが苦手なのか最初に入って来てから誠にも唯にも視線を向けようとしない。
その姿に誠は尚も警戒しながら、一先ずは剛の顔を立てる意味でもそれ以上事を荒立てるような事はせず大人しく席に戻るのであった。
***
日が昇ってからたっぷり数時間後、昼も近くなってきた頃に晶は目を覚ました。先日の戦いでかなり消耗したからか、朝日が昇っても尚目が覚めず、昼近くになってやっと起きる事が出来た。
「いつつ……うわ、もうこんな時間」
昼近くに起きてしまった事に罪深さを感じる晶であったが、別に定職についている訳でもなく予定らしい予定は無かったのでそこまで焦る事はしない。だが体の方はそうでもなく、夜からロクに何も食べていなかった晶の意の中は綺麗にすっからかんで起床と同時に激しい空腹が彼女を襲った。
「うぐぅ……お腹空いた。父さん、ご飯何か用意してくれてるかな?」
既にブランチと言っても過言では無い時間だ。朝に作った食事であればとっくの昔に冷めてしまっているだろうが、遅く起きたのは自分なのだから文句を言うものではない。
だがリビングに降りた晶が見たのは、綺麗に片付けられたままのテーブルと同じく片付けられたキッチンであった。念の為冷蔵庫の中を覗き込むが、そちらもこれと言ったものは無く内部はスカスカで空腹を満たせそうなものは何もなかった。
「うへぇ、マジか……父さん、今日は居ないのかな?」
家の中を彷徨うが、真也の姿を見つける事は出来なかった。どうやら真也は珍しく出掛けているらしい。
これには晶も困った。腹は減っているのに食べられるものが何もなく、頼れる父は家に居ない。こうなると晶が自分で動かなければならないのだが、冷蔵庫にロクなものは残っておらずカップ麺の類も無いと来た。かくなる上は外に買い出しに行かなければならないのだが…………
「仕方ない、か」
年頃の女性が日中から働きもせず街中をぶらつくのは気が引けるが、背に腹は代えられない。普段の姿で外に出るのも気が引けてしまう晶ではあったが、子供ではないのだから我儘を言うものではないと自分に言い聞かせ覚悟を決めると、昨日から着替えもせずにいた怪盗姿からパーカーとズボンに着替えて外に出た。
周囲の視線を避けるようにフードを目深に被り、人目に付かない様気配を殺してコンビニに向かい必要な物を手早くレジに持っていき家路につく。これと言って問題も無く欲しい物を手に入れる事が出来たからか晶の心に余裕が生まれ、周囲に視線を向ける余裕も出てきた。
「ふぅ……ん? げっ!?」
そんな矢先に彼女の視線に入ってきたのは、スーツ姿の唯であった。またこんな所で遭遇するなどと思わず呻き声を上げると、遭遇しないようにとルートを変えようとUターンしようとし……そこで思い留まり足を止めた。
(いや……これはある意味でチャンスか?)
晶は見極める必要があった。果たして唯はパワージュエルに魅入られてしまったのか、それとも誘惑を跳ね除けられたのかを。
数秒の逡巡。突然後ろを向いたかと思えばその場で立ち止まり、唾をゴクリと飲み込んでまた振り返り進み始めた晶の姿に周囲の人の中には不思議そうな目を向ける者も居た。自分に向けられる奇異の視線に心が震えあがるのを感じながら、晶は唯の前に姿を現す。
「はぁ…………ん? あっ……」
「どうも……」
何やら思い悩んだ様子の唯の姿に、晶はフードの下で僅かに顔を険しくしながら近付き軽く挨拶した。ぶっきらぼうな晶の挨拶に唯も軽い挨拶を返してそのまま通り過ぎようとするが、すれ違う瞬間晶は意を決して唯を引き留めた。
「あ、あのさ……」
「え、はい?」
突然晶に呼び止められる理由に思い当たる節が無かった唯は、一体何用かと首を傾げる。呼び止めたはいいものの何と言って話を続ければいいか悩んだ晶は、視線を彷徨わせながら口を無意味に開閉させるしか出来なかった。
呼び止めておきながら何も言ってこない晶の姿に、次第に唯の表情も怪訝なものになっていく。
「あの、何ですか?」
「あ、えっと…………今、仕事中?」
「え? えっと……き、休憩中……ですけど?」
晶の質問の意図が分からず困惑気味に返す唯。自分の質問が明らかに不自然だという事には気付いていながら、上手く言葉が紡げない事に自分でヤキモキしている晶は、あれこれ考えを巡らせるのが面倒臭くなりとにかく唯と話をするのが先決だと彼女の手を引いて近くのベンチに腰掛けた。
「あぁ、もう……ちょっとこっち来て」
「え、ちょ、何をっ!?」
「いいから」
結局こんな力技にも等しい行動に走ってしまった事に、晶は我がことながら不甲斐無さを感じずにはいられなかった。これがジェムやキラリンをしている時であればもっと上手い言い回しが出来たかもしれないというのに。
自己嫌悪に反吐が出そうな顔をしている晶に対し、唯は困惑しつつも勢いに負けてそのままベンチに座らされる。唯を座らせると晶はその隣に座り、ほぼ直感で言葉を選び話し掛けた。
「あのさ……最近何か変な事あった?」
「へ、変な事? 何でですか?」
「何て言うか……様子がおかしい。顔色も何か変だし」
晶の指摘に唯は自分で自分の顔に触れる。そんなに変だっただろうか、と。
勿論これは晶の口から出た出まかせに近い。様子がおかしいというのは間違いではないが、顔色にそこまで変化はない。ただ実際問題顔色なんて物は自分では分かり辛いから、他人からハッキリ言われればそうかもしれないという気持ちが湧いてしまう。
「そ、そんなに変ですか? って言うか、何で石動さんにそんな事心配されなきゃならないんですか」
「べ、別に……いいじゃない、ご近所さんなんだし。それとも、私がご近所さんの心配しちゃおかしい?」
「いえ、そう言う訳じゃ……」
折角心配してくれているのにそれを突っ撥ねる様な物言いは流石に失礼だったかと唯は己の失言に逆に申し訳なくなる。何とか上手く言いくるめられた事に晶が内心ガッツポーズをしつつ、その異変の原因を問い詰めた。
「それで? 顔色を気にするって事は、何か思い当たる節でもあるの?」
調子が出てきたのか、晶の口調が先程に比べて流暢になる。悩みを抱えていた唯は、胸に溜まった鬱屈としたものを吐き出したいという気持ちに抗えず言葉を続けてしまった。
「その、実は……」
「うん」
「…………夫に全然会えないのが寂しくて」
「うんうん…………うん?」
何だか思っていたのとは違う言葉が唯の口から出てきた事に、今度は晶の方が怪訝な顔になった。だが唯はそんな事気にせず言葉を続けた。
「私が今の仕事をしてるのも、元々は夫を支えたいからって思いからだったんですけど……」
「は、はぁ……」
「同じ職に就けば少しは接点も増えるかと思ったのに、お互い全然別の仕事ばかりで全然会えないんですよ」
「そ、そう」
「連絡自体はこまめに出来るんですけど、やっぱり言葉だけだと物足りないって言うか直に触れ合って温もりが欲しいって言うか」
「あ、あのさ……」
一度言葉を吐き出し始めた唯の勢いは止まらない。まるで堰を切ったように思いの丈を次々と吐き出す唯に、晶はちょっと待てと言わんばかりに声を上げるのだが、聞こえていないのか無視しているのか唯の話は何時までも続いた。
「お陰で最近は夜も寂しくて切なくて……」
「あの、待って待って! ほ、他には? 他には何か無いの?」
このままこの話を続けさせては埒が明かないと一旦話を中断させようとするが、そうすると今度は話を遮られたからか唯が据わった目で睨みつけながらドスの利いた声で晶を黙らせに掛かった。
「ちょっと静かにしてください。今私が話してるんですよ」
「あ、はい……すみません……」
「分かればいいんです。それでですね――――」
唯の気迫に完全に気圧されてしまった晶はそれ以上何も言う事が出来なくなり、委縮しながら唯の話を聞くしか出来なくなってしまった。
大人しくなった晶に気を良くしたのか、唯の話はその後も数十分に渡り続くのであった。
「――――それでね、その時の千里君がまた激しくって~♪」
「ア~、ハイハイ、ソーデスカー」
唯の話は尚も続いていた。最初の内は夫と触れ合えない事への不満や愚痴が主であったが、途中から段々と惚気話になっていき遂には夜の営みの様子なんて内容に移ってしまっていた。初夜の事や夏休みに今の夫の家に泊まり込みで愛し合った話など、あまりこういう白昼堂々する様なものではない内容をほぼ強制的に聞かされ晶はうんざりしていた。だが途中で遮ると途端に不機嫌になってしまう為、今の晶に出来ることは唯の話が右から左へ通り過ぎていくのを待つ事だけであった。彼女の話を聞いていると口の中が甘ったるくなってきたので、コンビニで買ったカツサンドと一緒に飲もうと思っていたブラックコーヒーを途中から飲み始めたが小さい缶はあっという間に空になってしまっている。
(何時まで続くのよこの話……そりゃ最初に話を振ったのは私の方だけどさ……)
これが藪を突いて蛇を出すという事かと実感し、コーヒーの空き缶を手の中で弄びながら内心で愚痴る。
正直、晶は羨ましくあった。唯には愛する男が居て、その男と離れている現状に愚痴をこぼす事が出来る。だが晶は…………
(こんな顔になってなければ……私だってマコちゃんと…………)
改めて晶はパワージュエルを集めこの忌まわしい火傷痕を消す事を決意しつつ、静かに唯の様子の観察は怠らない。
生憎と普段の唯の様子を晶は知らない為、普段からこんな風に惚気話を始めると止まらなくなる人物なのかどうかは分からない。一見すると異常は無いようにも見えるが、惚気話をする唯の姿はある種の異様さも感じさせた。もしこれが、パワージュエルの影響を受けた事によるものなのであれば…………
「(確かめてみるか)……それじゃあ、その旦那さんに次に会う時の為におめかし頑張らないとね」
「おめかし?」
「そ。例えば、綺麗な宝石を身に着けるとかさ」
「ッ!?」
パワージュエルの影響を受けた者にとって、自分が魅入られたパワージュエルは唯一無二の宝石となる。そして影響を受けた者は自分を魅了したパワージュエルを他人に見せびらかしたい衝動に駆られる一方で、他者に奪われる危険に非常に敏感になる。もし唯がパワージュエルに魅入られているのであれば、今もそのパワージュエルを持ち運び自慢げに見せびらかしてくる筈だった。
しかしここで彼女は思いもよらぬ反応を見せた。
「宝、石……そ、そうね……」
「(あれ?)……どうかした?」
何やら反応が可笑しい事に晶が怪訝な顔をして唯の顔を覗き込むと、先程まで惚気で蕩けていた表情が一変して何やら強張っているのが気になった。異変を感じて訊ねてみれば、唯は絞り出すように言葉を紡いだ。
「さ、最近……何か、おかしくって……」
「と言うと?」
「感情が押さえられないって言うか……今も、ゴメンね? あんな話、本当は聞きたくも無かったでしょ?」
(自覚はあったんだ)
先程の惚気話が他者からすれば聞くのも大変だという事は分かっているらしい。だがその感情を抑えきれない。それは間違いなくパワージュエルの影響に中毒している者の証拠だ。
だが一方で、唯は心の何処かでそれに対して抗っているらしい様子も見て取れた。自身の異変を自覚し、その事に困惑している。これはまた珍しい反応である。
「もしかして、そのおかしさの原因ってのに宝石が関わってたり?」
晶は少し踏み込んで唯に訊ねてみた。下手をすると正体がバレる事にも繋がりかねなかったが、今の状態の唯であれば誤魔化しは利くと敢えて危ない橋を渡りに掛かった。効果は覿面であり、晶が宝石と言う単語を口にすると唯はビクリと肩を震わせスーツの上から胸の下の辺りを意識してか無意識か分からないが手で押さえた。
(そこか……)
どうやら先日回収したパワージュエル自体は今も持ち歩いているらしい。察するに、中毒した影響で手放したくても手放せないが、その異常性を自覚しつつも周囲に打ち明けられずにいると言ったところだろうか。
唯は一般人とは違う。それは単純に仮面ライダーだとかそういう事だけではなく、その精神面の強さも常人と比べれば上回る。そんな彼女だからこそここまで抗う事が出来ているのだろう。そして、そんな彼女がここまで翻弄されているという事は、彼女が持っているパワージュエルは上質な物である可能性が高い。
欲しい……晶は自分の中で食指が動くのを感じつつ、それを静かに宥めて話を続けた。
「どうするの?」
「どうする……って」
「どういう事かは分からないけど、宝石が悩みの種だって言うならいっその事距離を置いた方があなたの為にもなるんじゃないかと思うけど?」
口ではこういうが、晶は次の唯の言葉が予想出来ていた。これだけで手放す事が出来るのであれば誰も苦労しない。
「それは駄目」
(やっぱり)
即答で拒絶する唯に晶は小さく肩を竦めた。彼女としても唯が肌身離さず持つような状況でなくなってくれた方が色々と楽ではあるのだが、こうなっては仕方ない。
晶は手の中の空き缶を近くのゴミ箱に放り投げると、立ち上がり軽く背筋を伸ばした。パーカーで体型が分かり辛くなっているが、それでも背筋を伸ばせば胸元が押し上げられ胸の大きさが際立つ。周囲を歩く男の一部が彼女の胸の大きさに目を引かれるが、晶はその視線を感じると即座に軽く前屈みになり胸の大きさが分かり辛くなるようにしつつ唯に別れを告げた。
「まぁ無理にとは言わないけどね。私は事情を知らない訳だし。どんな仕事かは知らないけど、頑張って」
「え、えぇ……あなた、も…………って、そう言えばあなたは普段何してるの?」
そう言えば晶が普段何をしているのかを唯は知らない。勿論唯の方も自分がどんな仕事をしているのかを晶に告げていないので、普段何をしているのか分からないのはお互い様なのだがスーツを着ている唯に対して晶は思いっ切り普段着だ。しかもこれと言った荷物を持っている訳でもない。
年頃の女性がこんな所で何をしていると唯がちょっぴり晶の事を怪しみ、警戒心が自分に向けられ始めた事に晶が長居しすぎたかと内心焦り始めた。
唯が晶を問い詰め始めた。その様子を少し離れた所から五右衛門が見ていた。五右衛門は鋭い視線を唯に向けていたが、徐に物陰に引っ込むと懐からオレンジ色の宝石を取り出し、一丁のグレネードランチャーを取り出し中折れしたそれに宝石を装填し引き金を引いた。
「
《Carnelian,get,Fire》
頭上に向け引き金を引くと、オレンジの火球が撃ち上がり五右衛門の事情で花火のように弾けた。飛び散った火花が降り注ぐとオレンジ色の火花が五右衛門の体を覆い次の瞬間そこに居たのはカルネプラエドとなる。
「さ、て、と……」
五右衛門が変身したカルネプラエドは物陰から顔を出し、晶に詰め寄っている唯をもう一度見る。
彼が捜査官として唯達に近付いたのはこれまでよりもジェムの動向を探り易くするというのが一つだった。対策室のメンバーに仲間を潜り込ませておけば、ジェムの動きも分かりやすくなる。
そしてもう一つは当然、自分達の障害となるセツナとバリアの排除も含まれていた。ジェムの妨害をしてくれる程度であればまだ良かったが、自分達の邪魔をされるのは面倒臭い。特に2人も居ると最悪ジェムの独り勝ちをされる危険もあった。ならばどちらか片方を排除した方が今後の事を考えると楽になる。
欲を言えばジェムが唯の持つパワージュエルを狙って現れてくれれば漁夫の利を狙いやすくなるのだが、物事そう上手く行くものではないと彼は早々に諦め、唯の持つパワージュエルの強奪と彼女の排除を確実に成し遂げてしまおうとこうして動いたのだった。
「じゃあな、くノ一さん」
カルネプラエドは唯に向け狙いを定めると、グレネードの引き金を引いた。今唯は晶の方に夢中になり、自分が狙われているなど微塵も思っていない。
「だからッ! あなたは一体何をしているのかと!」
「え~っとぉ、その~…………!?」
唯に詰め寄られて焦っていた唯だったが、ふと視線を唯の背後に向けるとカルネプラエドが発砲した瞬間を目撃した。グレネードランチャーが砲弾を放った瞬間を目にした晶は、息を飲んで目を見開くと咄嗟に唯を抱き寄せる様に引っ張り諸共に倒れ込む形で伏せさせた。
「危ないッ!?」
「えっ? わわっ!?」
突然抱き寄せられ倒れ込ませられた唯は困惑するが、直後に背後を通り過ぎた砲弾が何もない所に着弾して爆発が起きた事に漸く自分が狙われていた事に気付いたらしい。爆風に揃って押し出されるように転がされ、全身を打ち付ける痛みに揃って悲鳴を上げる。
「ああぁぁぁぁぁぁっ!?」
「きゃぁぁぁぁぁっ!?」
「チッ、邪魔しやがって」
不意打ちが失敗に終わった事にカルネプラエドは舌打ちをするが、直ぐに気を取り直すと2人に近付き銃口を向けた。
「まぁいい。この状況だ、お前も変身できないんだろ?」
「う、ぐ……!? あ、あなたはッ!」
悠然と近付いてきたカルネプラエドに唯は一瞬変身しようと身構える。だがここが往来の激しい場所である事が災いした。彼女達万閃衆はあまり人前での変身は推奨されない。可能な限り正体を隠す必要からも、変身の際は物陰に隠れる事等を基本とさせられていた。
(今変身すると、石動さんにバレるッ!? くっ、どうすれば……)
「あばよ」
「くっ! こうなったら……」
唯の悩みなど知った事かと言わんばかりにカルネプラエドは専用グレネードランチャー・バニッシャーを構える。向けられた銃口の奥にエネルギーが集束していく光景に、唯はもう四の五の言っていられないかと覚悟を決め晶の目の前で変身しようとする。
その時、カルネプラエドの頭上から無数の銃弾が降り注いだ。
「ぐっ!? 誰だッ!」
突然の奇襲にカルネプラエドだけでなく晶と唯も頭上を見上げた。
するとそこに居たのは、街灯の上に佇み
「チッ、今更来やがったか……」
「ジェムッ!」
「えぇっ!?」
三者三様の視線を受けながら、街灯の上に立っていたジェムはマントを風に靡かせるのであった。
と言う訳で第17話でした。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。