ジェムとセツナの戦いは当然だが一室で納まるものではなかった。
「ハァッ!」
「やっ!」
どちらも火力と防御力より、素早さとしなやかさに重点を置いた戦いとなる両者の戦いは、警察署内を縦横無尽に動き回りながら行われた。壁や天井も関係なく足場にして、兎に角如何に相手の視界から外れ死角を突くかに重点を置いた戦いだ。何も知らない署員は突然目の前を駆け抜けては剣戟を繰り返す怪盗とくノ一の姿に、驚愕し被害を逃れる為その場に伏せたり壁に貼りついたりして肝を冷やしながら難を逃れた。
「くっ、ぜやぁっ!」
「うぁっ!? くぅっ!」
戦いは先程から刃物を使った物だけで行われていたが、どちらも遠距離に対する攻撃を可能とする装備を持っていた。ジェムはファントムシューターと言う銃器を持っているし、セツナも手裏剣や苦無など投擲に適した武器を持っている。だがどちらも先程からそれを使う様子がない。それは偏に、戦いながらも周囲への被害を考えての事であった。この状況で下手に遠距離武器を使えば、関係ない署員などに被害が及ぶ危険がある。
戦いながらジェムはそこまで考えが及んでいるセツナに舌を巻いた。大分進行が進んで第3段階一歩手前まで行っているのだろうに、尚も他人を気遣う心を忘れていない。それは彼女がそれだけ強い心を持っている事の証明だ。敵同士であり鬱陶しく思う事も少なくないが、それでもジェムはセツナの事を嫌いになり切れない自分に気付いていた。
だがセツナは間違いなく敵だ。そして彼女が妨害してくる限り、自分は悪事に手を染めてでも成し遂げようとしている目的を達成する事は出来ない。ジェムは胸に沸いた温かな気持ちを振り払うようにファントムエッジを振るい、セツナを無理矢理階段に追い込んでそのまま屋上へと押し込む様に攻め立てた。
「くっ! こ、のっ!」
「ここはやり辛いわ。場所を変えましょ!」
ジェムはそのまま戦いながらセツナを屋上へと誘導していき、扉が見えるとここで漸くファントムシューターを抜き、扉に向け銃撃し破壊してそのまま飛び出す様に屋上に出た。
屋上にジェムとセツナが飛び出すと、偶然にも上空を旋回していた報道のヘリがその様子を捉えた。ヘリに乗っているリポーターは、地上と屋上にそれぞれジェムが居る事に驚きの声を上げた。
「あっ!? ジェムですッ! 今怪盗ジェムがもう1人出てきましたッ! 地上と屋上、二か所にジェムが居ますッ! これは一体どういう事でしょうか?」
ヘリの中で驚きを捲し立てるリポーターの言葉など聞こえてはいないジェムであったが、自分にヘリのライトが向けられている事に大体どんな反応をされているかは察していた。これで下に行ったバリアにも偽物の存在が気付かれただろう。ここからは時間の勝負だ。
「さて、舞台も整った事だし……さぁ、あなたも私の虜にしてあげる!」
「私はそんなに安い女じゃないわッ!」
吠えながら突撃してくるセツナの前で、ジェムはバックルの円盤を回転させてパワークオーツを擦り付けた。研磨された瞬間粒子が飛び散り、その粒子に研磨された瞬間の光が乱反射しセツナの目を眩ませジェムの姿が掻き消える。
「くっ!? 何処? 何処に…………はっ!?」
姿を消したジェムを探してセツナがあちこちに忙しなく視線を向けていると、報道ヘリのライトがある一点を照らしているのに気付いた。セツナがそちらに視線を向けると、そこには既に右手の指輪を付け替えて仮面越しに軽くキスをしているジェムの姿があった。右手に嵌めているのは赤黒い宝石が嵌められた指輪、パワーシナバーだ。
「フフッ♪」
《Change of Cut, Cloth Cinnabar! Commit the Alchemist!》
まるでスポットライトの下で衣装を変えるように、ジェムの姿が魔法使いや錬金術師を思わせるローブを纏ったシナバーカットに変化する。フォームチェンジをしたジェムは、手にした杖を構えるとそこから次々と炎や水の弾を放ちセツナに対し攻撃する。
「くっ!? 執筆忍法、風遁の術ッ!」
【忍法、風遁の術ッ! 達筆ッ!】
「火遁の術ッ! 雷遁の術ッ!」
【忍法、火遁の術ッ! 雷遁の術ッ! 達筆ッ!】
風遁の術で炎と水の弾を打ち消すと、セツナは立て続けに火遁と雷遁の術で火球と電撃を放ってきた。それに対してジェムは杖を振るい足元から土の壁を作り出し、セツナが放ってきた遁術を悉く防ぐとそのまま壁越しに頭上から雷をセツナに向け落とした。
「きゃぁぁっ!? くっ、執筆忍法、水遁の術ッ!」
【忍法、水遁の術ッ! 達筆ッ!】
立て続けに放たれる様々な属性の魔法や忍術。互いに複数の属性を使い分けられる攻撃が出来るからこその応酬であった。ジェムとセツナの間を火炎や電撃、突風などが何度も行き交い時にぶつかり合って弾ける。激しい応酬により発生する衝撃波は、上空の報道ヘリまで大きく揺らしこのままでは危険と判断したのかヘリは慌てた様子で離れていった。
ヘリが離れていったのを見て、ジェムは安心したように小さく息を吐いた。
「ふぅ……(よし、これで邪魔な奴も何処かに行ってくれた。後は……)」
ジェムはセツナを見据える。パワージュエルの影響を受け、第三段階が進行中ではあるがまだギリギリ踏み止まっている状況だ。今の内にジェムの必殺技を叩き込めば、影響を取り除く事が出来る。
「さぁて、一緒に踊りましょ?」
《Change of Cut, Cloth Beryl! Commit the Dancer!》
挑発する様にセツナに告げながら、ジェムはベリルカットにフォームチェンジしヘリオドールファンを構えて対峙する。よりしなやかに、より滑らかに動き、相手の攻撃を受け流す事が出来るベリルカットになったジェムを前にセツナは警戒する様に忍者刀と苦無を逆手に構えた。
「くっ、はぁぁぁっ!」
先手を打たせてはならぬとセツナは先んじて突撃し、鋭い斬撃をお見舞いする。だがそれは悪手であった。ベリルカットのジェムは後手に回ってこそ真価を発揮するのだ。
振り下ろされた忍者刀の刃をジェムは舞うような動きで回避し、続く苦無の攻撃を鉄扇を用いて受け流す。攻撃のベクトルをあらぬ方向に受け流され隙を晒したセツナに背後に回り込むと、身に着けた布を優美に靡かせながら鞭のように鋭い蹴りを無防備な背中に叩き込む。
「ガハッ!? う、ぐぅ……」
「まだまだッ! ハッ! やぁっ!」
「あぐっ!? あぁぁっ!?」
立て続けに放たれるジェムの蹴りを何度も喰らい、もんどりうってひっくり返るセツナ。このままトドメの一撃を放ち、彼女をパワージュエルの呪縛から解き放とうと身構える。
その時、2人の頭上から無数の砲撃が屋上に直撃し爆風に煽られ2人揃って別方向に吹き飛ばされてしまった。
「うああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「うぐ、くぅぅ……誰ッ!?」
思わず声を上げながら頭上を見上げたジェムであったが、こんな事が出来る奴など誰かは分かっていた。飛行が可能で、且つ強烈な砲撃が出来る奴。
そんなの、ジェットグリム以外にあり得なかった。案の定見上げると背中の翼上のノズルから炎を噴射しながら対空しているジェットグリムが居た。
ジェットグリムはゆっくりと屋上に着地すると、腕の装甲を叩いて砕き零れ落ちた破片が固まって一本の槍に変化させた。そしてそれを扇風機の様に回転させながらジェムに接近し、遠心力を活かした薙ぎ払いを放ってくる。
「舐めるなッ!」
そんな見え透いた攻撃受け流すまでもない。ジェムは隙だらけの攻撃を難なく回避するとそのまま一気に懐に潜り込み、鉄扇のエッジで槍を持つ腕を切り裂いた。
「ヤッ!」
体を独楽のように回転させこちらも遠心力を乗せた斬撃を放つ。これで槍を落とさせたら、そのまま蹴りを放ち屋上から蹴り落とす。どうせすぐに背中の翼で浮遊してくるだろうが、少なくとも僅かにでも時間が出来る。その間にセツナに必殺技を叩き込んで…………
そんな事を考えていたジェムは、次の瞬間言葉を失った。ジェムの斬撃はジェットグリムの腕を砕く様に切断してしまったのだ。
「えっ!?」
ジェムは飽く迄も槍を落とさせる為に切り裂いただけで、切断するつもりは無かった。予想外の展開に思わず思考が停止してしまうが、もしこの時彼女が冷静に切断面を見ればここから先の展開は違っていたかもしれない。
切断されたジェットグリムの腕は驚くほど滑らかだったのだ。血が一滴も零れておらず、まるで磨いたガラスの表面の様な光沢を放っていた。
「甘いな、小娘」
「はっ!?」
全く苦痛を感じている様子もないジェットグリムの言葉にジェムがマズいと思った時にはもう遅かった。ジェットグリムは切断された右腕を左手で掴んだかと思うと、その腕を振り回し切断面で逆に彼女を切り裂いたのだ。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「な、何あれ? 何で、あんなに?」
ジェットグリムが振り回した腕の切断面の鋭さはジェムの胴体を袈裟懸けに切り裂くほど鋭かった。元よりベリルカットのジェムは殊更に防御力が低いが、それにしたってボディースーツを切り裂き血を流させるほどとは切断力の高さが異常である。訳が分からないとセツナが困惑する中、ジェットグリムは切断された腕を元通りにくっ付け、斬られたジェムはその理由に気付いていた。
「そ、そうか……分かったわ。アンタが使ってる、パワージュエルの正体が……!」
ジェットグリムが使うパワージュエルの正体、それは黒曜石であった。黒曜石は黒く輝く鉱石で、今では磨いて成形して宝石としての価値が主であるが、鉱石として在る特徴があった。
それは一定方向に力を加えると容易く砕け、破断面が非常に鋭くなるという事だ。この特性から太古の人類は、破断した黒曜石をナイフや槍の穂先として利用してきた。
曲者なのはこの容易く砕けるという点だ。一見するとただ脆いようにも見えるが、簡単に砕けるという事は攻撃のエネルギーが留まらず飛散するという事。つまり見た目以上にジェットグリムはダメージを受けていないのである。
自身の特性とその力の源を見抜いて見せたジェムに対し、ジェットグリムは素直に舌を巻いた。
「ほほぉ? 流石に宝石に関する知識は豊富だな。憧れがなせる業か」
「はぁ?」
「だが……しかし!」
感心したと思った次の瞬間、ジェットグリムはノズルから火を噴き一気にジェムに接近する。咄嗟にヘリオドールファンで防ごうとするジェムであったが、傷付いた体では防御も儘ならず速度を乗せた蹴りを喰らい屋上の縁迄蹴り飛ばされてしまった。
「うあぁぁぁぁぁぁっ!?」
「ふぅ……さて、と」
蹴り飛ばされたジェムはそのまま縁を乗り越えて下に落ちそうになったところをギリギリ持ち堪えた。縁に手を掛け、辛うじて屋上に留まる事は出来たがそこからリカバリーするには少しばかり時間を必要とした。
その間にジェットグリムはセツナの方へと近付いていった。ジェットグリムの接近にセツナは傷付いた体で身構え警戒するが、彼女の警戒など知った事かとジェットグリムは彼女の抵抗を軽くあしらい首を掴んで持ち上げた。
「このっ!」
「ふん……」
「ぐ、うぅっ!?」
首を掴まれて持ち上げられたセツナは何とか首を掴む手を外そうと藻掻くが、ジェットグリムは構わず彼女の頭の天辺から爪先までをじっくりと眺めまわす。そして、彼女の中で”あるもの”が十分に育っているのを確認すると、満足そうに頷き彼女を投げ捨てる様に解放した。
「ふっ」
「あぁっ!? ぐ、く……げほっ」
首は解放されたが、体を叩き付けられた衝撃に呼吸が儘ならなくなり動けないセツナ。ジェットグリムはそんな彼女に背中の翼のノズルを広げ彼女に向けた。
「さぁ、もう十分だろう。目覚めろ……!」
「くぅ……!? 止めてッ!? 逃げてッ!」
漸く上半身を屋上の上に引っ張り上げる事が出来たジェムだったが、目の前の光景に悲鳴のような声を上げる。だが彼女の叫びも空しく、ジェットグリムのノズルから放たれたエネルギーの奔流はセツナを飲み込んだ。
「きゃあああああああああああああっ!?!?」
本流に飲み込まれた瞬間、セツナは奇妙な感覚に陥った。まるで体の中身をところてんの様に押し出されるような感覚と言うか、兎に角体の中から何かが抜け出す様な感覚を覚えた。当然愉快な感覚である訳がなく、想像を絶する苦痛にセツナはあらん限りの悲鳴を上げていた。
「あ、あぁ……!? あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「くっ!? 駄目だ、生まれる……!」
ジェムが見ている前でエネルギーの奔流に飲み込まれたセツナ。その彼女に異変が起こり始めた。まるで虫が脱皮するかのように、セツナの背中から何かが抜け出していったのである。最初は不定形な光の塊にしか見えなかったそれは、セツナから抜け出していくにしたがってハッキリとした形を持ち始める。
そしてジェットグリムの砲撃が止まった時、セツナから抜け出した”それ”は完全な形を持ち自身の両足で屋上を踏みしめ佇んでいた。
「ふぅ~! やっと外に出られた!」
「あ……ぅぁ……はぁ、はぁ……あ、あなた、は……?」
強烈な虚脱感に襲われその場に力無くへたり込むセツナが佇む存在……薄桃色の両手に鎌を持ったヤジュエルに問い掛ける。セツナの声に反応してそちらを見たヤジュエルは、品定めする様に彼女の事を眺めたかと思うと突然甲高い声で笑い始めた。その声は何処となくセツナ本人とどこか似ていた。
「あっはははははははっ! 私? 私はあなたから生まれたヤジュエルよ。見て分からない?」
「私から、生まれた? ヤジュエルって、人が変異したものなんじゃ……」
困惑するセツナだったが、事態は彼女が状況を理解するだけの時間を与えてくれなかった。漸く屋上の上に戻ってこられたジェムが、コランダムカットとなってセツナから生まれたヤジュエル……ホワイトマンティスヤジュエルに斬りかかった。
「ハッ!」
「おっと!」
「ジェ、ジェム……」
ジェムはセツナを守る様に立ちはだかり、ジェムの攻撃を容易く受け流したホワイトマンティスヤジュエルは手に持った鎌を弄びながら余裕を感じさせつつ2人の事を見据える。
「人間がヤジュエルに変異するのは、心が大して強くない場合だけよ。あなたみたいに本当に心が強い人が魅入られると、その精神エネルギーを糧にパワージュエルをコアにしてヤジュエルが生まれるの。それが第三段階。現状考えられる限り一番厄介な状態よ」
第一段階は魅入られたばかりでパワージュエルのエネルギーと人間が馴染んでいない為、獣の様な戦いとなる。
第二段階となるとエネルギーが人体に馴染み、またエネルギーの影響で歪んだ精神がパワージュエルと共鳴する事で流暢な言葉を発したヤジュエルになる。
そして第三段階。強い精神を持つ者が無意識の内にパワージュエルの影響に抗おうとすると、それを逆に利用する様にパワージュエルを核に雪の結晶が出来上がる様にヤジュエルが形を持ち、そして宿主から抜け出す様に誕生するのだ。その際ヤジュエルは宿主となった人間の精神、主に秘められた欲望などをベースに人格が形成される。勿論欲望そのままではなく、歪んだ形となってでだ。
「あ、はぁぁ……! 会いたい……会いたいわぁ……!」
2人が見ている前で、ホワイトマンティスヤジュエルが熱の籠った声を上げながら全身を抱きしめ震わせた。その様子は恋焦がれている様であり、宿主であった唯は本能的にそれが何を意味しているのかを理解した。
「千里君……!?」
「あなたの旦那さん?」
「えぇ……このままだと、千里君が……!?」
唯は常々千里に会いたいと焦がれていた。それがなかなか叶わぬ事に、日々不満が募っていた事も自覚していた。あのヤジュエルは恐らくその気持ちを糧に生み出されたのだ。そしてだとするなら、あのヤジュエルは千里を求めて向かっていく。
問題はその後どうするかだ。千里と出会って、ヤジュエルが何をするつもりなのか。想像しただけでゾッとしたセツナは、痛む体に鞭打って立ち上がりホワイトマンティスヤジュエルを討伐しようとした。だが精神エネルギーをごっそり持っていかれた体はいう事を聞かず、生まれたての小鹿の様に地面に這いつくばるばかりであった。
「いか、なきゃ……! 私が、あれを、止めないと……」
「はいそこまで」
「うぅっ!?」
這ってでもホワイトマンティスヤジュエルに近付こうとするセツナを、ジェムは軽く小突いて逆にその場から引き離した。
「は、放してッ!? 私が、私が……」
「そんな様で何が出来るのよ。良いから後は私に任せておきなさい」
「え? やって、くれるの?」
「もともとそれが目的だったし。ほらあれよ、アイツ倒さないとパワージュエル手に入らないし」
そう言ってジェムはセツナを優しく少し離れた所に運ぶと、スターブレイドを構えながらホワイトマンティスヤジュエルと対峙する。近付いてくるジェムに気付いたヤジュエルは、冷たい目を彼女に向けながら鎌を構える。
「何あなた? 私の邪魔をしようって言うの?」
「邪魔って言うか、あなたの中のパワージュエルが欲しいのよ。だから倒されて頂戴」
「冗談じゃないわ! 私はやっと解き放たれた! これから私は私のやりたいように生きるッ! 千里君に会って、ずっとずっと一緒に居るんだからッ!」
そう叫ぶホワイトマンティスヤジュエルの体が一瞬人間の様な姿になった。唯の様で、何処か唯ではない、そんな人間の姿だ。唯をベースにしたからだろう。そして、人間の姿となったホワイトマンティスヤジュエルの顔は見て分かるほど情欲に蕩けていた。その表情だけでアレが千里と会った時何をするつもりなのか容易に想像できて、離れた所から見ている唯は悍ましさに総毛立った。
「アイツ、そんなに欲求不満だったの?」
ちょっと唯に対する認識を改めるべきかとジェムが小さく呟いていると、ホワイトマンティスヤジュエルの隣にジェットグリムが降り立った。まぁ当然というべきか、奴はホワイトマンティスヤジュエルを仲間に引き入れるつもりらしい。
「悪いが、コイツは俺と共に来てもらう。ここまで育つ奴はなかなかいないからな」
「え~? 千里君は~?」
「後で思う存分会わせてやる。それでいいだろう?」
「ん~、そういう事なら」
さも当然の様に普通に会話をするホワイトマンティスヤジュエルとジェットグリムの様子に、ジェムは仮面の下で顔を顰めた。ホワイトマンティスヤジュエルだけならまだしも、ジェットグリム迄同時に相手にするのは少し厳しいものがある。
こういう時頼りにしたいのはジェーンが変身したフブキなのだが、今彼女は下でバリアの相手をしてくれている……と思っていたら、まるでタイミングを見計らったかのように偽装を止めたフブキがジェムの隣に降り立って無手で構えを取った。
「お・ま・た・せ~」
「あれ? 下はどうしたの?」
「敵は敵同士で勝手にやり合ってもらってるわ~」
そういう事かとジェムは納得した。恐らく下では今、バリアとカルネプラエドが争っているのだろう。フブキは上手い具合に両者を争い合わせ時間稼ぎをしたのだ。
またしても現れたフブキに一瞬警戒するセツナであったが、聞こえてきたフブキの声と喋り方にデジャヴを感じて反射的に声を上げた。
「その声、喋り方……! あなたもしかして、ジェーンさんッ!?」
「バレちゃったけど?」
「内緒にしといてね~」
「面倒ばかり残して……」
今後セツナは事ある毎にジェムにジェーンとの関係を訊ねられるだろう。その事を想像してげんなりするジェムであったが、今はそういう事は後回しと気持ちを改め、目の前の戦いに集中する事にした。
「ジェットグリムの方は任せていい? 私はヤジュエルの方に集中したいから」
「オッケ~、アイツは任せてちょうだ~い」
言葉は軽いが、何とも頼もしい言葉にジェムは内心で笑みを浮かべた。これで憂いは全て無くなった。
「さ~て、それじゃあ……始めましょうか!」
ジェムはスターブレイドを構えると、ホワイトマンティスヤジュエルに向け一気に駆け出した。と言ってもコランダムカットは彼女の基本形態であるクオーツカットに比べて速度に劣るので、体感で僅かにもどかしさは感じていた。
それでも常人に比べれば遥かに強靭な脚力だ、彼女とヤジュエルの距離はあっという間に縮まり剣が届く範囲に近付けた。
「ハァァッ!」
「何のッ!」
僅かな光源を反射し輝くスターブレイドをジェムが振るえば、ホワイトマンティスヤジュエルは両手の鎌で受け止める。剣を受け止めたホワイトマンティスヤジュエルはそのまま受け止めた刃を鎌で挟む様にして強引に横に軸をズラして力を受け流すと、その勢いを利用して体を回転させ斬撃を放つ。
「くっ!」
回転鋸の様にホワイトマンティスヤジュエルの鎌がジェムに迫るが、彼女は攻撃を受け流された時点で体勢が崩れた事を利用し前転。ホワイトマンティスヤジュエルの鎌はギリギリのところで彼女の頭上を通り過ぎ、攻撃をやり過ごしたジェムは片膝をついて起き上がるとそのままスターブレイドを横薙ぎに振り払いがら空きとなっているホワイトマンティスヤジュエルの背中を切り裂いた。
「あぁぁっ!? くぅっ、このっ!」
(やっぱり……コイツ、まだ羽化したてで力が十全じゃない……!)
彼女が知る本来の第三段階のヤジュエルは第二段階など比べ物にならないほど厄介なものであった。だが今、相対しているホワイトマンティスヤジュエルは、第三段階であるにも拘らず特に苦戦を感じない。恐らく羽化したばかりだから力が馴染んでいないのだ。きっと本来のホワイトマンティスヤジュエルは、唯譲りの素早い身のこなしで戦う厄介な存在だった筈である。
今が好機、倒すなら今この瞬間しかない。
ジェムはベルトのバックルを回転させると、スターブレイドの刀身を素早く磨き上げた。磨かれた刀身は先程よりも更に輝きを増し、同時に舞い散った粒子が光を反射し相手の目を眩ませる。
《Polishing & Shining! Attract bastard!》
「はぁぁ……!」
「うっ!?」
光り輝くスターブレイドを構えると、周囲の粒子に乱反射した光でホワイトマンティスヤジュエルがあまりの眩しさに顔を手で覆う。動きを止めた相手に向け、ジェムは一気に接近すると光り輝く剣を一気に振り下ろした。剣を振り下ろすとそれに合わせて周囲の粒子も刀身に集まり、集束したエネルギーが斬撃力を増しホワイトマンティスヤジュエルの体をいともたやすく切り裂いてしまった。
「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?」
ホワイトマンティスヤジュエルの断末魔が周囲に広がる。その声にフブキと戦っていたジェットグリムも戦いの手を止めそちらを見て、倒されたホワイトマンティスヤジュエルの姿に思わず舌打ちをした。
「チッ、流石に早過ぎたか。カルネの奴、もう少しこいつを足止めしてくれれば……」
「よそ見してる場合かしら~?」
ジェットグリムが倒されたホワイトマンティスヤジュエルの方を見ている間に、フブキは冷気を纏った蹴りを彼に向けて放つ。それを一瞥したジェットグリムは咄嗟に背中の翼のノズルを彼女に向けると炎を噴射して冷気を纏った蹴りを受け止め打ち消し、そのまま全てのノズルを使って空中に浮遊し始めた。
「どうやらもうここに居る価値はない様だ。悪いが失礼させてもらう」
「逃がすと思う~?」
「逃がさなかったらどうするか位分かるだろう?」
言いながらジェットグリムは浮遊に必要な分のノズルを除いて全てのノズルをジェムとセツナの方に向けた。ここで自分を見逃さなければあの2人に砲撃すると脅しているのだ。ジェムはともかく、今のセツナではこれを凌ぎきれるか怪しい。ジェットグリムの卑劣な策を前に、フブキは忌々し気に鼻を鳴らすと犬を追い払う様にシッシと手を振った。それを見てジェットグリムは捨て台詞を吐きながら去っていった。
「この借りは何時か必ず返す」
その言葉を最後にジェットグリムは警察署の下の方に向け飛び去って行く。恐らくはカルネプラエドを回収しに向かったのだろう。フブキはそれを見送ると、溜め息を一つ吐き視線をジェムとセツナの方へと向けた。
ジェムがトドメを刺したホワイトマンティスヤジュエルだったが、奴はまだ倒せてはいなかった。今にも爆散しそうな体を必死に抑え込み、膝をつきながらもまだ耐えていた。
「あ、ぐ……ぐぐ、ぅぅ……」
「しぶといわね。こっちとしてはさっさと仕事を終わらせたいんだけど」
「まだ……まだ、死ねない……! 死にたく、ない……だって、だってまだ、千里君に……」
どうやらホワイトマンティスヤジュエルは、ベースとなった唯の欲望である千里への想いを糧にギリギリのところで堪えているらしい。その姿は普段千里への想いを押さえているセツナには酷く刺さり、気付けば痛む体を引き摺ってジェムの隣を通り過ぎてホワイトマンティスヤジュエルの前に立っていた。
「それは、ダメよ」
「え?」
セツナはホワイトマンティスヤジュエルの前に立つと、弱った体にトドメの一撃となる忍者刀による一撃を叩き込んだ。自身のオリジナルであるセツナに討たれ、ホワイトマンティスヤジュエルは困惑を滲ませながら遂に倒れた。
「なん、で……」
「あなたは私じゃない。その想いは私の物でも、私は私のやり方で、私自身が千里君に会う。だからあなたに千里君は渡せない。だから……ゴメンね」
自分自身を否定するような行為に心を痛めながら、セツナは崩れ落ちるホワイトマンティスヤジュエルの体を受け止めた。自身のオリジナルの腕の中で朽ちていく感覚に、ホワイトマンティスヤジュエルは観念したように身を彼女に委ねその体を崩れさせた。ボロボロとホワイトマンティスヤジュエルの体が崩れ落ち、後には宝石の残骸とコアとなったパワージュエルだけが残される。自分の分身とも言える存在の心臓部をセツナは愛おし気に撫でると、立ち上がってそれをジェムに差し出した。
彼女の意外な行動に、セツナもフブキも驚き思わず目を瞬かせた。
「え、いいの? アンタの事だからてっきり……」
「今回だけ……今回だけよ。私が持つより、あなたに託した方がいいと、そう思えたから……」
また自分が影響を受けて、ホワイトマンティスヤジュエルを生み出してしまう事を警戒したのだろう。本当は
「それじゃ、ありがたく預からせてもらうわ」
「言っておくけれど、本当に今回だけだからね! 次はこうはいかないんだから」
「はいはい、まぁ期待しないで待っておくわ」
少し回復したのか調子を取り戻してきたセツナの言葉を軽く受け流すジェム。フブキは遠目にその様子を見て、面白そうにコロコロと笑っているのだった。
と言う訳で第19話でした。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。