スパイダーヤジュエルと対峙したジェムは、背中のマントを翻しながら素早く接近して飛び蹴りをお見舞いした。迫るジェムをスパイダーヤジュエルも応戦するが、素早い身のこなしをするジェムを捉えることは難しく両手から放つ鉱石の弾丸は全て紙一重で回避された。滑らかな動きで迎撃を全て掻い潜り、蹴りが届く距離まで接近すると全身のバネを使って素早く飛び掛かり空中で体を捻りながらの飛び蹴りを叩き込んだ。
「ハァァッ!」
「グガァッ!?」
勢いのある飛び蹴りを喰らい、スパイダーヤジュエルはもんどりうってひっくり返った。ジェムはひっくり返ったスパイダーヤジュエルの姿に、腰に手を伸ばすとホルスターに入った大型のリボルバー拳銃を抜き引き金を引いた。放たれた銃弾は立ち上がろうとしていたスパイダーヤジュエルに命中し、鉱石で出来た体を削り取る勢いで炸裂した。
「ガッ!? ガガァッ!? グッ!」
体表で弾けて火花を散らす銃撃にダメージを受けたスパイダーヤジュエルであったが、この攻撃は耐えられるのか何発か喰らうと両腕をクロスさせて銃撃に耐えながらも立ち上がりジェムに向かっていった。接近してくるスパイダーヤジュエルにジェムは何発も銃弾を叩き込むが、スパイダーヤジュエルはどれだけ体が削り取られようとも前進する事を止める事はしなかった。
そして遂にスパイダーヤジュエルがジェムまであと数歩と言うところまで近付いた。ここでスパイダーヤジュエルは防御態勢を解き爪を広げて攻撃態勢に移行した。この距離であればこの銃撃にも耐えて反撃が出来ると踏んだのだろう。ここまで近付かれるとは思っていなかったのか、ジェムの動きにも僅かに焦りが伺えるかと思われた。
だがスパイダーヤジュエルが爪を振り下ろすと同時に、ジェムは銃撃を止めると空いた左手を左腰に持って行った。そこにはもう一つのホルスターがあり、そちらには短剣が収納されている。
ジェムは逆手に短剣を抜くと爪を振り下ろしてきたスパイダーヤジュエルの腋の下をすり抜ける様に刃を振るい逆に相手の体を切りつけた。
「ウグァァッ!?」
至近距離からのジェムの斬撃は効いたのか、スパイダーヤジュエルは体表に大きな切り傷を付けられ鉱石の欠片を飛び散らせながら倒れた。その姿にジェムはそろそろ決め時かと両手の武器をクルクルと回転させながら腰のホルスターに収めると、左手で右肘を支えながら右手の中指に嵌った指輪の宝石部分に仮面越しに口付けした。
「フフッ……さぁ、私の虜にしてあげる」
必殺技を放とうとジェムがバックル左側のレバーを引きベルトの円盤を回転させ右手の指輪を近付けようとした。だがその動きに危険なものを感じたのか、スパイダーヤジュエルは体を傷付けられながらも気合で立ち上がり、両手を広げてジェムに向けると手の平から煌めくような糸を投網の様に放った。
「チッ!」
大きく拡がって迫る蜘蛛糸の網を見たジェムは必殺技の発動を止めるとバク転しながらその場を離れる。彼女が離れるとタッチの差でスパイダーヤジュエルの糸が先程まで彼女が居た場所を覆い、糸はあっという間に硬質化してしまった。あれに包まれたら最期、身動きを取る事も出来なくなってしまうだろう。
「固まる糸の網か……危ない危ない」
危うい所だったとジェムが冷や汗をかいていると、スパイダーヤジュエルは続いて己の体を自らの爪で掻き毟る様に引っ掻いた。するとその瞬間スパイダーヤジュエルの体から火花の様に眩い光が散り、ジェムも咄嗟に光から顔を守ろうと手で顔を覆ってしまった。
「しまっ!? くっ!」
目くらまし目的の激しい発光であると気付いたジェムであったが、光が収まるとそこにスパイダーヤジュエルの姿は影も形も無くなっていた。その事にジェムは逃げられたのだと言う事実に悔しそうにその場で何もない所を踏み付け地団太を踏んだ。
「ああ、もうっ!? くそ、あんなのに逃げられるなんて……」
悔しがるジェムであったが、遠くから無数のパトカーのサイレンが聞こえてくるのに気付くと何時までもここで悠長にしてはいられないと小さく舌打ちをしながらその場を去るべく踵を返した。
「チッ、今日はここまでか……」
警察が来る前にとジェムは素早くその場を立ち去り、警察が到着した時には現場には戦闘があった事を知らせる破壊の跡だけが残されていたのだった。
***
街中でジェムとスパイダーヤジュエルの戦いが行われてから一晩明けた日の朝。
近隣の警察署では中年も後半と言った様子の男性の刑事が疲れた顔で自身のデスクの椅子に深く腰掛け背凭れに体重を預けていた。
「う~……はぁぁ」
「随分お疲れですね、高橋警部?」
「ん? そりゃな」
溜まった疲れを何とかして吐き出そうとするかのように腹の底から息を吐き出すのは
彼がここまで疲れている理由は先日のジェムとスパイダーヤジュエルによる戦闘の跡を調査した結果の報告書を仕上げていたからと、何よりもジェムに関する情報を纏めていたからである。
仮面ライダージェム……それはまたの名を怪盗ジェムとも呼ばれ、今世間を騒がせている大泥棒であった。
突如何の前触れもなく現れたかと思えば、創作上でしか存在しない事前に予告状を出してから犯行を行うと言う劇場型の犯罪を行う事から出現時点からかなりの話題となっていた。しかも予告し狙った宝石は必ず盗み出すと言う結果も相まって、民衆の中にはジェムのファンとなる者まで居る始末だ。
当然警察も黙ってみている事は無く、予告状を出すと言うある意味でふざけた犯罪者を即行逮捕しようと躍起になった。だがジェムは素の身体能力と潜入技術なども然ることながら、自らを仮面ライダージェムと名乗る通り驚異的な能力を持つ姿に変身してあらゆる警備を突破してしまう。
常人では歯が立たない相手であると実感した警察は、この手の相手を専門とするS.B.C.T.に協力を要請。S.B.C.T.
そんな感じで警察・S.B.C.T.共々そのプライドを傷付けてくれた現代に現れた大怪盗が、先日出現した正体不明の怪物を相手にして逃げ遅れた子供を助けたと言うのだ。それに関しては助けられた本人である子どもとその親から証言を得ている。
剛はその事がどうにも引っ掛かり、報告書を仕上げる序でに本腰を入れてジェムの目的と合わせて今回の一件に関わりそうなことを調べていたのだが…………
「それで? 何か成果はありました?」
「あ~……さっぱりだ相変わらず謎が多い女だよ」
成果は芳しくなく、現時点で判明している情報以上に分かる事は無かった。その事に剛は徒労を感じ、こうして朝早くから自分のデスクで脱力していたのである。
「こいつは長丁場になりそうだぞ」
「まだ調べる気ですか?」
「当然だ。そもそも今回出てきた怪物だってよく分からないんだぞ。もしジェムと何らかの関係があるのなら、調べる価値は十分ある」
「そう言うのはうち等じゃなくてS.B.C.T.の管轄の気もしますけどね」
「だとしてもだよ」
特異生物災害の担当がS.B.C.T.だと言う事は剛も理解している。だが彼らだって万能ではない。それに彼らが円滑に動けるように、少しでも情報を精査するのは悪い事ではない筈だ。剛達警察が地道に調査してまとめ上げた情報が、巡り巡って人々を守る事に繋がるのであれば決して無駄になる事は無い。
そう思いつつ今は溜まった疲労を癒そうと体を休めていると、若手の刑事が思い出したように口を開いた。
「あっ! そう言えば警部聞きました? 今度そのS.B.C.T.からウチに出向してくる人が居るって」
「ん? あぁ、あれか。確かS.B.C.T.の装備を警察用に調整した奴の試験をやるって?」
「そうそう。何しろ最近は特異生物事件も色々とありますからね」
S.B.C.T.だけでは非常時に対処が間に合わないと言う事案が増えている事を鑑み、その技術の一部を警察用に調整した装備が作られる事が決まった。その試作機の試験の為、近々S.B.C.T.から出向する者が来ると言う。それを聞いて、しかし剛の反応は薄かった。
「つっても、S.B.C.T.自体元々は警察の一部だったんだろ? なんつーか先祖返りって言うか、そんな感じだろ」
「まぁ、そう言われるとそうなんですけど」
「ま、何だっていい。力になってくれるって言うなら精々頼らせてもらうとするよ」
そう言うと剛は席を立ち、自販機でコーヒーでも買おうとその場を後にするのであった。
***
「み~んな~! 今日もキラリンの配信に来てくれてありがと~! 怪盗キラリン、今日もみんなのハートを頂いちゃうよ!」
スパイダーヤジュエルに逃げられた後、晶は家に戻り体を休めるとパソコンに向かいカメラを前に手を振りながらそう告げていた。それまでの他者と壁を作っていた陰湿な雰囲気は何処へ行ったのか、まるでアイドルの様な雰囲気で画面の向こうに居る不特定多数の人々に向け話し掛ける。画面のコメント欄には晶の呼び掛けに対する反応が多数寄せられており、そのどれもが彼女の言葉に対する好意的な反応で占められていた。
無論、こんな事普段の格好で出来る事ではない。画面の向こうに居る人々には、今の晶は3Dアニメ調の怪盗姿に見えており、間違っても顔の右半分に醜い火傷痕があるようには見えていない。
これは晶が趣味でやっている事であり、彼女はVチューバーとしてひっそりと活動していたのである。Vチューバーとしての名はキラリン……怪盗系Vチューバーキラリンとして世間では認知され、幅広い人気を獲得しチャンネル登録数は数万人を超えていた。
「あははっ! 皆ありがとうッ! それじゃあ早速だけど、あの怪盗ジェムがまた出たんだってね! いや~、私も同じ怪盗として目が離せないわ!」
晶がこんな事をしているのには幾つか理由がある。1つは彼女自身のフラストレーションの発散と精神安定の為。今でこそ顔の傷痕の所為で暗い性格になっているが、本来の彼女は明るく自信家で誰に対しても物怖じせず話し掛けられる女性であった。それが
Vチューバーとして顔を隠して他者と接している間は、晶は自身の傷痕の事も忘れて本来の自分として何を気にする事も無く間接的にだが他者と触れ合える。それは彼女の心がこれ以上傷付けず、徐々にだが傷を癒す事にも役立ってくれていた。因みにVチューバーを始める切っ掛けとなったのはジェーンからの勧めによるものである。
だが、彼女がVチューバーとして活動しているのはそれだけが理由ではない。チャンネル登録者数が数万人に及ぶと言う事は、それだけあちこちに耳目があると言う事。それはつまり、彼女専用の端末が複数存在して勝手に情報を収集してくれていると言う事でもあり…………
【そう言えば最近ウチの近くにやたら綺麗な宝石を見せびらかし始めた奴がいるけど、怪盗ジェムってそう言うのも狙ったりするのかな?】
「!……へぇ? スゴイねその人。え? その宝石見せびらかし始めた人ってお金持ちなの?」
こうして彼女が探し求める情報が向こうからやって来てくれるのだ。
このようにして配信で情報を得た晶は、配信を終えると鄭堂診療所へと向かいジェーンに情報の精査を依頼した。表向きは診療所としてひっそりと活動しているジェーンであったが、当然ながらそれだけではなく裏ではこっそりと情報屋としても動いていたのだ。
「――って言う訳なんだけど、どう?」
配信で得た情報を纏めてジェーンに見せると、彼女は感心した様子で笑った。
「うふふ~、相変わらずの手腕ね~。見事な情報収集力だわ~。私が集めた情報と概ね一致するわ~」
「なら?」
「そうね~。この男~……
パワージュエルとは、晶の父である真也が発見した特殊な鉱石の総称だ。一見すると普通の宝石と何も変わらないが、特殊なエネルギーを内包しており晶はそのエネルギーをジェムドライバーを使い仮面ライダージェムとなっているのである。
仮面ライダーに変身できるほどのエネルギーと言う事は、生身の人間に対しても影響は少なくないと言う事。初期段階ではただ単純に魅入られるだけで済むが、エネルギーの影響を受け続けると精神に変調を来し性格などが豹変していく。
そして更に症状が進行すると、肉体にも多大な影響を受け変質し最終的には怪物となってしまう。それが先日晶がジェムとして対峙した怪人・ヤジュエルなのである。
だがヤジュエルにも段階が存在する。初期段階では精神が激しく乱れてただの獣のように暴れるしか出来ない。だが時間が経ち症状が進行すると、精神が安定していき持ち主の意のままにパワージュエルの力を使う事が出来るようになる。こうなると厄介だ。ヤジュエルの強靭な肉体に人間の狡猾さが加わるのだから。
因みに晶が普段ジェムに変身する為に持ち歩いているパワージュエルはその限りではない。彼女が持ち歩いている変身用のパワージュエルは加工が施され必要な時以外はエネルギーを内包して外に出さないようになっていた。
「時間的には、ヤジュエルの第二段階に達していると見て良いわね?」
「そうね~。ジェムとの戦いから逃げられるだけの知恵が回るようになったのだから~、そこまで行っちゃってるかもね~」
ジェーンの言葉を聞きながら、晶は改めて自分で調べ上げた玄道と言う人物に関する情報を確認する。
配信で得た情報によると、この玄道と言う男は何処にでもいる至って普通の人物だったそうだ。特別裕福と言う訳でもなく、家族も無く1人で静かに暮らす男であった。性格も穏やかな方で、近所の人々とも円滑な関係を築いていたと言う。
ただここ最近その性格が変わってきた。何処か情緒が不安定になり、覇気のない顔をする事が多くなった。かと思えばどこで手に入れたのか大粒の黄水晶……シトリンを持ち歩く姿が目撃されるようになったのだとか。シトリンを見ている時だけは表情に熱が入り、まるで寒空の下で焚き火に当たっているかのような様子で一心不乱に眺めている姿が目撃された。
それだけでは留まらず、その宝石に興味を抱き話し掛けたりしようものなら、何かが憑りついたように豹変してシトリンを守りながら烈火の如く怒りを燃やし殺意すら向けてくるのだ。
配信でこの事を教えてくれた人物も玄道の知人らしく、彼の豹変の原因がその宝石ではないかと考え配信中にジェムがこの宝石を盗んでくれれば元に戻ってくれるのではないかと呟いていた。
(別に、誰かが願うから盗むわけじゃないけどね。例え望まれてなかろうが何だろうが……)
1人決意を露わにしている晶の様子に、ジェーンはやれやれと言う様に小さく肩を竦めた。やる気があるのは結構な事だが、少し肩に力が入り過ぎている様に見える。尤も、彼女の事情を考えれば致し方ない部分はあるのかもしれないが。
「あっ!」
「ん? 何よ?」
そこでジェーンは思い出したように、独自に仕入れた情報を晶に伝えた。
「そうそう、警察やS.B.C.T.で動きがあったみたいよ~。晶ちゃんを捕まえる為に、あちこちが戦力を出してくるみたい~。何しろ晶ちゃん、沢山暴れちゃったからね~」
その情報に晶はフンと鼻を鳴らす。そんなの別に今更だ。最初に怪盗としてパワージュエルを盗み、警察に指名手配されるようになってから覚悟していた事である。自分が法に反する事をしているなど百も承知。だが例え罪を冒してでも、彼女には叶えたい願いがあったのである。
(そうよ……私は絶対、取り戻すんだ……! そうしないと、もう、マコちゃんに……)
顔の右側の火傷痕にそっと触れ、爪を突き立てそうなほど力を入れる晶。見兼ねたジェーンがそっと彼女の手を下ろさせると、安心させるように優しく抱きしめ子供をあやす様に背中を撫でた。
「は~いはい、晶ちゃん落ち着いて~。大丈夫よ~、私も出来る限りサポートするから~」
「子供じゃないんだから、こんな…………でも、ありがとう」
久しく感じていなかった他者からの温もりに束の間、晶の心と表情が和らぐ。幾分かリラックスできた晶は、ジェーンからそっと離れると気合を入れ直し裏の仕事に取り掛かる事にした。
「それじゃ、行ってくるわ」
「は~い、気を付けてね~」
その日の夜、晶は怪盗ジェムの姿となって件の玄道が住んでいる家へと向かっていた。今回は予告状は出していない。彼女が予告状を出すのは、博物館や何処かの金持ちが保管している宝石に紛れたパワージュエルを盗み出す時だけだ。今回の様に一般人が所持し、更に持ち主が影響を受けてヤジュエルとなってしまっている場合は人知れず動く。
月よに照らされた街を我が物顔で跳び回り、目的の家へと辿り着く。周囲は閑静な住宅街であり、時間が時間である為で歩く人の姿など殆どない。
晶は眼下の家屋に狙いを定めると、心を落ち着ける為一つ深呼吸をすると意を決してその家の屋根の上に降り立つ。そして窓に近付くと、鍵が掛かっている事を確認して腰からジェムに変身している時も使う大型のリボルバー拳銃『ファントムシューター』を取り出すとグリップの柄で鍵の近くのガラスを叩き割る。絶妙な力加減で殴りつけた事でガラスには罅が入り、続けて同じ場所を先程より小さな力で殴り続ける事で腕が入る程度の穴をあけた。晶はその穴から腕を突っ込み、鍵を開けると家の中へと入って行く。
灯りのついていない廊下を、晶は音を立てずに歩いていった。情報では玄道は1人暮らしである為、間違っても彼以外の住人と鉢合わせするなんて事にはならない筈だ。
一般家屋の中をレオタードの上に燕尾服風のジャケットを羽織り、顔の半分を仮面で隠した女性が土足で歩き回ると言う異様な光景に物申す者も居らず、晶は目に映る部屋を一つ一つ見て回った。
(恐らく玄道って奴は、もう症状が最終段階まで進行してる筈……そうでなくてもパワージュエルに魅入られた奴なら、保管する場所は1つしかない)
パワージュエルのシトリンがある場所に当たりを付けて探し回っていると、彼女は目的の物がある場所を見つけた。
玄道と言う男がパワージュエルを保管していたのは自身の寝室。就寝時も肌身離さず持っていたいと言う、宝石の魅力に憑りつかれた者の典型的な思考通りの行動に晶はほくそ笑んだ。パワージュエルが持つ魅力は尋常ではない為、並大抵の人間であればこういう行動に出る事は容易に想像できた。
「見つけた……」
晶は小さく呟くと、音もなく寝室へと入り枕元に置かれているパワージュエルへと手を伸ばす。途中、恐らくは盗まれる事への恐怖からか室内に張られた鳴子などの拙い罠を軽々と回避し、枕元に近付くと彼の顔のすぐ横に置かれたシトリンのパワージュエルに手を伸ばした。
あと少しでグローブに包まれた晶の手がシトリンに届く…………そう思った瞬間、万力のような力で彼女の細腕が玄道の手に掴まれた。
「ッ!?」
「誰だ、お前……!!」
「くっ!」
動物的直感で晶の接近に気付いたのか、玄道はシトリンに伸ばされていた晶の手を握り潰す勢いで掴んで引き留めた。手首に走る痛みに晶は咄嗟にファントムシューターを抜きグリップの柄で彼の手を殴り拘束を緩めて振り払った。
殴られた痛みで晶の手を掴む力が緩み彼女を逃してしまった玄道だったが、代わりにパワーシトリンを確保すると晶に見せ付ける様に掲げながら狂った様な笑みを浮かべた。
「そうか……!? お前、お前もこれを狙ってきたのか……!」
明らかに正気ではない玄道の様子に、晶は戦闘は避けられないと握られた手首をもう片方の手で解しながら溜め息を吐いた。
「そうね……私の狙いはあなたが持ってるそのパワーシトリンよ」
どうせ何を言っても聞き入れはしないだろうからと正直に言えば、玄道は殺意の籠った怒りを晶に叩き付けながら手の中のパワーシトリンを握り締めた。
「渡さない……渡さないぃぃッ!? これは、これは俺の、俺の物だッ! 俺の物なんだぁァァァァァァッ!!」
叫びながら玄道が握り締めたパワーシトリンを鳩尾の部分の押し付けると、まるで彼の感情に反応したようにパワーシトリンが光を放ちながら彼の胸の中へと潜り込んでいった。そしてパワーシトリンが全て潜り込むと、そこを起点に体の内側から湧き出る様に全身がシトリンで覆われる。
「うぐぉ、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
獣の様な叫び声と共に玄道の体を覆っていたシトリンが砕け散る。すると彼の姿は人間のものからヤジュエルの物へと変異していた。スパイダーヤジュエルに変異した言動は、その爪で晶を引き裂こうと飛び掛かった。
「渡サナァァァァイィィッ!!」
「くっ!」
飛び掛かってきたスパイダーヤジュエルを晶は銃撃しながら横に転がって回避する。回避されて目標を失ったスパイダーヤジュエルは勢いのままに壁を粉砕し廊下に転がり出ると一度部屋の中の晶を見やる。追撃が来るかと思い身構えた晶だったが、次の瞬間玄道は晶が侵入する際に僅かに割った窓を完全に粉砕して外へと出て行ってしまった。あの体躯で屋内で戦うのは難しいと思ったのだろう。或いはこの場は逃げて、晶を確実に仕留められる機を伺うつもりなのか。
どちらにせよ晶もこのままスパイダーヤジュエルを逃がすつもりはない。入ってきた時よりも大きく粉砕された窓から外に出ると、月明りの下で跳び回るスパイダーヤジュエルの姿を見据えその後を追い建物の屋根の上を跳んでいく。
軽やかかつしなやかに建物の屋根の上を跳び石の様に跳んでスパイダーヤジュエルの後を追う晶の動きはプロのパルクールの選手も顔負けのものであったが、流石に人間離れしたヤジュエル相手には及ばず徐々に距離が離れていく。晶もこのままでは逃げられる事を承知しており、それを許す気の無い彼女はファントムシューターを取り出すとシリンダーを出してそこに自身が持つパワージュエルの一つを装填する様に押し付ける。
《Leading jewel,Quartz》
パワーシトリンを読み込んだシリンダーを手首の動きだけで銃に戻すと、銃口に白い光が収束していく。エネルギーが充填された銃口を真っ直ぐスパイダーヤジュエルに向け、奴が一際大きく跳躍し落下を始めそうになった瞬間引き金を引けば、強烈な閃光を放つ銃弾がスパイダーヤジュエルに命中しバランスを大きく崩させ落下させた。
「グアァァァァァッ!?」
スパイダーヤジュエルは夜と言う事で人の居ない公園のど真ん中に落下した。小さくクレーターを作りながら落下したスパイダーヤジュエルが痛む体に鞭打って立ち上がると、視線の先には優雅に佇む怪盗姿の晶が目に映った。
「グッ!?」
身構えるスパイダーヤジュエルの姿に、晶はマスクで覆われていない口元を笑みの形に歪めると右手の中指にパワークオーツの指輪を嵌めそれに軽くキスをしてから変身した。
「フフッ……変身ッ!」
《Change of Cut, Cloth Quartz! Commit the Phantom Thief!》
ベルトのバックルの左側のレバーを引いてバックル部分の円盤を高速回転させ、右手の指輪のクオーツをそれに軽く擦り付ける。研磨の際の火花が大きな光となって晶の体を覆い隠し、飛び散った粒子が彼女の体を覆い一瞬その場に研磨されていないクオーツの原石となった。それが砕け散ると、そこに居たのは白いボディースーツに黒い軽鎧を身に着けてマントを靡かせた怪盗の仮面ライダーが居た。
「あなたの輝きも私の物。私の輝きで包んであげる!」
決め台詞を晶が変身した仮面ライダージェムが口にすると、スパイダーヤジュエルは叫び声を上げながら飛び掛かっていった。
「ウオォォォォォォォッ!!」
飛び掛かってきたスパイダーヤジュエルに対し、ジェムは柔軟な体の動きでそれを回避した。薙ぎ払われた爪は大きく体を仰け反らせて紙一重で回避し、放たれた蹴りは空中で前転しながら回避した。まるで体の柔らかさを見せつける様に手足を大きく広げながら動き回り攻撃を回避するジェムに、スパイダーヤジュエルは焦れた様子で両手から無数の光弾を放ち弾幕を張って彼女を仕留めようとした。
「クソォォォッ!」
まるでマシンガンの様に連続で放たれる光弾。しかも光弾は一発一発がグレネードの様に炸裂する為、一発が彼女の近くで破裂すればそれだけで彼女は追い込まれてしまう事になった。
彼女自身それが厄介な攻撃である事は分かっている為、迂闊な回避はせず全力で避ける為再びバックルを高速回転させると指輪のクオーツをそれに擦り付けた。
宝石が研磨され、火花のように光と共に宝石の粒子が周囲に飛び散る。その粒子に光が反射し、一時的に目が眩むような光が辺りを照らしたかと思うと、次の瞬間スパイダーヤジュエルが放った光弾がそこに殺到した。
ジェムの細身が無数の光弾に穿たれる……かに思われたが、光弾が命中したかと思ったらその瞬間ジェムの体が砕ける様に姿を消した。その光景にスパイダーヤジュエルが言葉を失っていると、今度は周囲に次々とジェムの姿が現れたではないか。
「ナ、ナァッ!?」
周囲を取り囲むジェムにスパイダーヤジュエルは片っ端から光弾をお見舞いするが、どのジェムも攻撃が当たった瞬間砕け散る様に姿を消した。このジェムは全て虚像だ。研磨して飛び散った粒子に光が反射し、ジェムの姿を映し出しているに過ぎない。
スパイダーヤジュエルが無駄な攻撃を繰り返している間に、ジェムの本体は必殺技の狙いを定めていた。
「さぁ、今度こそ、あなたも私の虜にしてあげる」
バックル左側のレバーを引き、円盤を回転させて右手の指輪の宝石を再び研磨させる。ただ先程や変身する時はほぼ一瞬研磨させたのに対して、今度は長時間に渡り研磨を続けた。宝石が削れる音と共にバックルから放たれる光が増していき、その光がスパイダーヤジュエルの周囲の虚像をも消し去ってしまう。
「! ソコカッ!!」
やっと本物のジェムを見つけ、スパイダーヤジュエルは両手から糸を投網の様に放つ。放たれ拡がる網がジェムの体を包むかに思われた次の瞬間、彼女は研磨を止めると構えを取り必殺技をお見舞いした。
《Charge of Cut, Critical Quartz! Crystal crush!》
研磨で周囲に飛び散った粒子がジェムの右足に集束していく。光を放つ粒子はエネルギーを放ち、あまりの熱量に右足の周囲に陽炎が立つほどであった。
その光景にスパイダーヤジュエルは本能的に自身のミスを察した。あれはヤバい、攻撃するよりも回避に全力を出すべきであった。だが今更後悔しても遅く、その頃にはジェムは光る右足を突き出すようにしながら跳び蹴りを放っていた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
研磨する事によってパワークオーツから引き出したエネルギーを右足の一点に集中させて相手に叩き込む必殺技であるジェムの必殺技「ファントムクリスタルクラッシュ」がスパイダーヤジュエルの体に炸裂する。蹴りはスパイダーヤジュエルの放った糸の網を突き破り、そのまま勢いを失う事無く相手に直撃した。
「グア、ガァァァァァァァァッ!?」
ジェムの蹴りが直撃した瞬間、スパイダーヤジュエルの体に罅が入り全身に広がっていく。ジェムが蹴りをお見舞いした衝撃を利用して相手を踏み台にするようにバク転し着地すると、それと同時にスパイダーヤジュエルの体が砕け散る様に爆散した。
「ウワァァァァァァァァァァァァァッ!?」
悲鳴と共に爆発するスパイダーヤジュエル。その衝撃がジェムのマントを大きく靡かせ、炎が彼女の体を照らし出した。
ジェムが見ている前で爆発の炎が収まる。後に残ったのは消耗し虫の息となりながらもまだ生きている玄道と、その傍に転がっているパワーシトリンであった。静かに近付いたジェムが膝をついてパワーシトリンを回収するが、彼女が持ち上げた瞬間パワーシトリンは音を立てて砕けてしまった。その光景に彼女は溜め息を吐きながら肩を落とし首を左右に振った。
「これは外れ……か。はぁ……」
自らの手の中で砕けた宝石に落胆するジェムだったが、直ぐにサイレンの音が聞こえてきた事に顔を上げた。この騒動を聞きつけて目を覚ました住民が警察に通報したのだろう。程無くしてここには警察とS.B.C.T.が殺到する。
今彼らと遭遇すると面倒なので、ジェムは早々にこの場を立ち去る事にした。虫の息となった玄道に背を向け離れていこうとして、不意に後ろ髪を引かれる思いを感じて背後を振り返る。倒れた玄道を放置する事に躊躇する姿勢を見せるが、直ぐに首を振って躊躇を振り払うと今度こそその場から姿を消すのであった。
***
翌日、晶は再び自室でVチューバーとしての配信を行っていた。
「皆ー! 今日もキラリンの配信を見てくれてありがとー!」
画面の中で晶の動きをトレースした3Dアニメーションの怪盗キラリンが笑みを浮かべて手を振ると、コメント欄に次々とコメントが流れていく。挨拶を返してくるコメントに晶は嬉しそうに笑うと、早速昨日の騒動から続く出来事を口にした。
「皆聞いた? また砕けた宝石と一緒に倒れた人が見つかったんだって」
彼女の言葉にニュースなどを見ていた視聴者が次々とコメントしていく。コメントの大部分は最近よく見られるようになった不可解な出来事と、ジェムの関連性などについて言及しているのが見て取れた。晶はコメントの中で見られる、ジェムとの関連性について頷きながら答えた。
「そうねー、ジェムも宝石を狙ってるけど、何か関係があるのかしら? 私も宝石大好きだから、狙われたりしないか心配だわ~」
わざとらしく不安がる姿を晶が扮するキラリンが見せると、コメントには次々と彼女を勇気づけたりする様なものが流れていった。その光景に晶は嬉しそうに笑いながら答えた。
「わぁっ! 皆ありがとう! そうよね、私も怪盗の端くれとして頑張らなくちゃッ!」
(そうだ、頑張らなくちゃ……そうしないと、私は二度とマコちゃんに顔を合わせる事が出来ない。集めるんだッ! 最高の宝石を、パワージュエルをッ!)
表面上はネットアイドルとして笑顔を振りまきながら、心の中で決意に拳を握り表情を引き締める。
晶はそんな内心を悟らせない様に笑みを浮かべつつ、今この時はVチューバーのネットアイドルキラリンとしての仮面を被り続けるのであった。
その頃、街に足を踏み入れる者の姿があった。フォーマルなスーツ姿に身を包んだ1人の女性。その女性は、スーツに似つかわしくない特徴的な筆を片手で弄びながら小さく深呼吸して街の空気を肺に含んで吐き出した。
「ふぅ……さて、ジェムとか言うのは何処に居るのかしらね」
女性は静かにジェムの名を呟きながら街の中を歩いていくのだった。
と言う訳で第2話でした。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。