仮面ライダージェム   作:黒井福

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第20石:混迷の展示会

 セツナからホワイトマンティスヤジュエルが羽化した頃、警察署の正面ではバリアとカルネプラエドを相手にジェムに擬態していたフブキが1人奮闘していた。

 

「クソッ、何だコイツの戦い方はッ!」

「アイツ、何処に……!」

 

 既に擬態は解きフブキの姿で対峙した彼女は、持ち前の素早い動きでバリアとカルネプラエドの両方を巧みに相手取り、翻弄して時に両者をぶつけ合わせて行動を阻害したりして翻弄する。

 

「うぉっ!?」

「テメェ、邪魔だッ!」

「こちらのセリフだッ! お前から先に始末してやろうかッ!」

「上等だテメェッ!」

 

 元よりどちらもジェムを目当てに集まっただけであり、仲間ではないどころか互いに敵同士だ。歩調など合う訳が無く、フブキに変身しているジェーンからすればこれ以上ない位やり易い状況であった。何しろちょいと足を引っかけて転ばせてやるだけで勝手に互いに邪魔し合ってくれるのだから。

 フブキは言い争い時にはそのまま戦いにまで発展する2人の様子にクスクスと笑みを浮かべていた。

 

「フフフッ……ん~?」

 

 醜く争うバリアとカルネプラエドの姿を笑っていたフブキであったが、不意に何かを感じ取ったのか視線を屋上の方に向けた。暫く上を見続けていた彼女は、争う2人を一瞥すると興味を失ったように視線を外し、警察署の壁に向け駆けだすとそのまま壁を垂直に駆け上り屋上へと向かっていった。

 

 それに気付いたバリアは最初フブキの後を追おうとしたが、カルネプラエドも同様に屋上の方に意識を持っていかれているのに気付くと、今が好機と標的をそちらの方に向けた。

 

「あのアマ、逃がすかッ!」

「フンッ!」

「おわっ!? テメェッ!」

 

 バリアが振り下ろしたバリアロッドをギリギリのところで回避したカルネプラエドは、自分の不意を突こうとしてきた彼に虚仮にされたと怒りを露わにしてバニッシャーの砲口を向ける。ランチャーを向けられたバリアもそれを迎え撃つべくバリアリボルバーを構えた。

 

 そのまま銃撃戦に移行する2人の戦いは一進一退と言った様子で、どちらも上の方が気になる様子で目の前の敵に集中しきれていない様子であった。それが互いに決め手に欠ける戦いとなる要因でもあった。

 

 そんな戦いも唐突に終わりを迎える。突如屋上からジェットグリムが降下してきたかと思うと、カルネプラエドを回収してそのまま飛び去ってしまったのだ。

 

「おわっ!? ぼ、ボスッ!?」

「撤収だ。もうここに用はない」

「ま、待てッ!」

 

 逃げる2人にバリアは発砲して足止めしようとするが、カルネプラエドが砲撃で逆にバリアの行動を阻害した為まんまと逃げられてしまった。

 

 残されたバリアは逃げていくジェットグリム達の後ろ姿を恨めしそうに睨んでいたが、それよりも今はジェムがどうなったかの方が気になり署内を駆け上り屋上へと向かっていく。

 その道中で彼は体を壁に預けて引き摺る様に階段を下りてくる唯の姿を見つけた。

 

「南城さんッ!」

「神宮寺さん?」

「ジェムは? フブキと言う奴もそちらに向かったと思うんですが……」

 

 バリアからの問い掛けは今の唯にとってはある意味で耳に痛い内容であり、素直に答える事に対して抵抗があった。だが隠し通して良い事なんて何もないので、観念したように唯は答えた。

 

「ジェムとフブキに関しては……ごめんなさい、逃げられちゃいました。パワージュエルも……」

「くっ……結局パワージュエルも持っていかれたか……」

 

 バリアの中では先程屋上へ向かったフブキの参戦によりセツナが出し抜かれてパワージュエルを奪われたという図式が出来上がっていた。それを察した唯は、即座にその予想を否定した。

 

「少し、違うんです」

「え?」

「詳しく説明したいんですけど…………うっ!?」

「南城さんッ!?」

 

 それまでは何とか堪えていた唯であったが、体から精神エネルギーをごっそり持っていかれた心身に対するダメージはまだ根深く、正直意識を保つだけでも一苦労であった。一瞬意識が遠のき崩れ落ちそうになるのをギリギリのところで耐えると、バリアも漸く彼女が酷く消耗している事に気付き咄嗟に彼女の体を支えた。

 

「すみ、ません……今日はもう、疲れが酷くて……」

「分かりました。今日はもう休んでください。詳しい事はまた後日伺います」

 

 こうして唯はその日は帰宅する事となり、自室に辿り着くと着替えもせずベッドに倒れ込んでそのまま泥の様な眠りについた。

 

 そして翌日、まだ体に疲労は残っているが動けない程でもないので警察署に向かった唯は、そこで事の顛末を誠を始めとした対策室のメンバーに説明した。

 

「――――と言う訳です」

「ふぅむ……」

 

 話を聞いた当初、誠は険しい表情で唯の事を見ていた。無理もない。彼女が確保していたパワージュエルが彼女自身にしっかりと悪影響を与えており、それどころか彼女の能力と精神エネルギーを糧に危険なヤジュエルが生み出されてしまったというのだから。しかも事が終われば彼女はパワージュエルをそのままジェムに託したという。これがS.B.C.T.であれば懲罰ないし始末書ものの出来事である。

 

 だがそれと同時に、唯の決断が分からないでもないと考える自分が居る事にも彼自身気付いていた。現状彼らにはパワージュエルに関する知識も何もかもが足りていない。大雑把な事しか分からないのだ。そんなものを手元に置いておく訳にはいかず、価値と特性を良く知るジェムが預かってくれるというのであればこれ以上の被害は考えずに済む。

 

「ッ!?」

 

 誠は脳裏を過ったその考えを慌てて振り払う。どんな事情、どんな経緯であれ、悪事を働く者を許す訳にはいかない。許してはいけないのだ。今はジェムに預ければ問題が無いと言っても、そのジェムが今後どうなるか分からないではないか。もしジェムが本当に信用できる相手なのであれば、そもそも敵対するような事にはならないのだから。

 

「……冷静に考えれば、南城さんの行動は問題です。ジェムと言う悪党に半ば屈している状況な訳ですから」

「屈しッ!?……いえ、そう言われても仕方ありませんね」

 

 誠の物言いに言い返そうにも、確かにその通りだと言葉を続ける事が出来なかった。場合によってはこのままジェム関連の事件から遠ざけられるかと半ば諦めつつあった唯であったが、意外にも誠は彼女を許した。

 

「ですが、私にあなたを処罰したりできる権限はありません。ですのでこれ以上何かを言ったりするのは止めておきます。南城さんの異変に気付いていながら何も出来なかったのも事実ですし、肝心な時に現場にいられませんでしたから」

「そんな……」

「ですが、今回だけだと思ってください。ジェムはジェットグリム達と同じ悪です。慣れ合う訳にはいきませんし、今後は我々でパワージュエルを管理できるようにしなければ」

「はい」

 

 と言っても、管理しようにもその方法が分からなかった。出来る事と言えば隔離した状態で保管する程度だが、そもそも最初に確保した時点で影響を受けてしまえば意味がない。

 

 どうしたものかと2人が頭を悩ませていると、九朗が2人に近付き来客がある事を教えてくれた。

 

「あの~、お2人共?」

「「はい」」

「今受付から連絡がありまして、2人に用事があるという人が来ているみたいです」

 

 突然の来客、しかも唯と誠の2人を指名しての来客に2人は互いに顔を見合わせた。何しろ2人にはこうしてジェム対策室のメンバーであるという事以外の接点がない。所属している組織も違うのだ。そんな2人を指名しての来客にピンとこなかった。

 

「私達って、どういう事?」

「誰が来たかは、伺っていますか?」

 

 もしかすると互いに知らないだけで共通の知り合いだったりするのかもしれない。そう思って誠が九朗に確認をとれば、彼の口から出てきたのは誠にとって少々意外な人物であった。

 

「え~、はい。確か、渡辺 幹夫と名乗っていたそうです」

 

 その名前に誠は目を瞬かせ、唯はコテンと首を傾げた。唯は幹夫と出会っていないのだ。

 

「誰です?」

「言ってませんでしたっけ? 本来であれば私達2人で会う予定だった、研究所の研究員です。門守博士の助手だとか」

「あっ!」

 

 そう言えば誠が研究所に行った時の話でそんな名前が出てきたような気がする。生憎とそれ以外でインパクトのある事が多かった為、顔も見たことの無い相手の事等いちいち覚えてはいられなかった。

 

 しかしだとするとおかしな話だ。誠だけを指名するならまだ分かる。だが唯に関しては幹夫も今回が初対面の筈だった。なのに何故唯の事まで指名されるのか?

 

「何の話でしょう?」

「分かりませんけど、何時までも待たせるのは悪いですし、行ってみましょう」

 

 2人は席を立つと受付の方へと向かっていった。

 

 部屋を出ていく2人の後ろ姿を、五右衛門は静かにジッと見つめていたが2人はその視線に気付かなかった。

 

 

 

 

「あっ! どーもどーも!」

 

 2人が受付の方に向かうと、こちらに気付いた幹夫が先んじて声を上げながら手を振ってきた。彼は相変わらず手入れのされていないボサボサの髪に、くたびれた白衣と言う悪い意味で目立つ格好をしていた。見た所上着の類は見当たらないので、あの恰好で態々ここまで来たらしい。きっと道行く人は彼の風貌に大層驚いた事だろう。もしかすると道中で通報されているかもしれない。

 その事を考え誠は思わず頭痛を感じて頭を抱え、唯は明らかな不審者である幹夫の姿に顔を引き攣らせた。

 

「あ、あの、神宮寺さん? あ、あれが……?」

「えぇ……認めたくはありませんが、門守博士の助手と言う、渡辺 幹夫博士です」

 

 頭痛を堪えながら誠が幹夫の事を唯に紹介すれば、幹夫は口を三日月の様に歪めた妖しい笑みを浮かべながら近付き唯の手を取り勢いよく上下に振った。

 

「よろしくお願いします、渡辺 幹夫と申します。以後お見知りおきを」

「な、南城、唯です。よ、よろしく……」

 

 正直に言うとあまり宜しくしたくは無かったが、これも仕事と唯は表情筋を精一杯動かして笑顔を作って応えた。

 

「いや~、本当であれば以前にお会いできるという話だったんですが、何かあったようで残念でしたよ」

「そ、それはどうも……」

「まま、立ち話もなんですし場所を移動しましょう。そうしましょう」

 

 本来であればそれは迎える側となった唯達のセリフなのだが、幹夫はそんな事全く気にした様子もなく2人を署内の奥の方へと押し込むように促していく。彼の勢いを前に、唯も誠もタジタジと言った様子でされるがままに促されるのであった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 その頃、晶は自室でパソコンを前にこの日の配信に精を出していた。最近は少し忙しくてどうしても配信の頻度が不安定になりがちであり、自分の配信を待ってくれているファンたちへの申し訳なさを感じつつ仮面に隠された笑みを画面の向こうに向けた。

 

「は~い! 皆、今日も見に来てくれてありがとー! 次の配信でも、皆のハート、頂いちゃうからねッ!」

 

 そしてコメント越しにファンの惜しむ声を受けながら配信を終え、パソコンの電源を切り晶は体重を座っている椅子の背凭れに預けた。戦いを終えた後のそれとは違う疲労感が全身を包む。やはり配信であっても、人々の前に立つというのは緊張する。だが決して嫌な緊張ではなかった。キラリンと言う仮面を被ってではあるが、それでも嘗ての自分を思い出しながらの配信は昔の自分に戻ったような気分になり、それが彼女の心に降り積もっている鬱屈とした気持ちを拭い去ってくれていた。

 

 正直、今の晶はジェムをしている時とキラリンをしている時が一番輝いていた。配信も何もしていない今の自分は、生きているのに死んでいるのと同然、そんな考えさえ持っている。時間が許すのであればずっとキラリンやジェムで居続けたいとすら思っていた。

 

 勿論そんな事出来るわけがないと彼女自身分かっている為、そんな絵空事鼻で笑い現実に目を向ける。先程の配信も、別に遊んでいた訳ではないのだから。

 

「光林イーストパークで宝石の展示会、か……」

 

 配信の中で晶は、コメントから光林市東部にあるアミューズメント施設で宝石の展示会が行われるという情報をいち早く察知していた。最近光林市を中心に、この手の宝石絡みのイベントに関してはギリギリまで情報を絞られる傾向にあった。恐らく宣伝によりジェムに情報が渡る事を恐れて一定の期間まで報道や宣伝を止められているのだろう。今回は視聴者の中に関係者が居たのか偶然にも展示会の開催を知る事が出来た。

 

 とは言え、これを知ったから即座に予告状を出す……等と言う事はしない。それでは自分の存在を警察関係者に気取られる。情報の流出を絞った状況で、開催や宣伝前に予告状を出せば警察も怪しみ情報の出所を探る。そこでこの配信の事が知られ、他に怪しい流出経路が無ければその時点でアウトである。

 幸いな事に展示会の開催期間にはある程度の余裕はあった。晶は今回ゆっくり時間を掛けて情報を集め、パワージュエルの気配があれば盗みに向かうつもりであった。

 

「ま、関係者位は今の内に調べた方がいいけどね」

 

 とは言え、宣伝もされていない状況では関係者、特に宝石の出所に関わる人物の情報も調べようが無いだろう。

 

 こういう時便利なのがジェーンである。晶は配信を終えるとその足で鄭堂診療所に向かい、ジェーンに事の次第を伝え情報収集を願った。

 意外な事にジェーンは既にこの展示会に関する情報を手に入れていた。

 

「随分と早いわね?」

「晶ちゃんが何時頼ってくれてもいいように~、イベントが行われる施設には常に網を張ってるのよ~」

 

 頼もしい様な恐ろしいような事をサラッと口にするジェーンに、晶は僅かに背筋に冷たいものが走るのを感じて身震いした。相変わらず得体の知れない女である。

 しかし頼もしいのは確かなので、晶はありがたく彼女の助力を受け得られた情報を確認していた。

 

「それで、関係者の情報は?」

「ちょ~っと待ってて~」

 

 ジェーンは奥に引っ込むと自身が集めた情報を持って戻ってきた。片手に資料と思しき紙の束を持ち、もう片方の手に湯気の立つコーヒーの入ったカップを持って晶に両方を差し出した。コーヒーでも飲んでリラックスしながらじっくり見ろと言う事だろう。晶はお言葉に甘えてコーヒーで喉を潤しつつ、渡された資料をじっくり読み込んで関係者の情報を頭に叩き込んでいく。真剣な表情で資料を捲りながらコーヒーを啜る晶の姿を、ジェーンは何が面白いのか笑みを浮かべながら眺めている。

 

 暫く診療所の中には晶が紙を捲る音とコーヒーを啜る音だけが静かに響いていた。数分程これと言った変化の無い時間が続いていたが、不意に晶は捲った瞬間目に入った情報に思わず声を上げた。

 

「…………んんッ?」

 

 何やら怪訝そうな様子で顔を資料に近付け内容を凝視する。それを見てジェーンは先程よりも笑みを深めた。まるで晶がそんな反応をする事が分かっていて、実際その通りになった事が面白いとでも言うようである。

 

「どうかしたの~?」

「いや、この人さ……」

 

 分かっていて訊ねてくるジェーンに、晶は内心で睨みつけながら実際の視線は手元の資料に集中していた。その資料にあったのは、久しく見ていない見覚えのある顔。

 

「岩下、権蔵……」

 

 岩下 権蔵……それは以前行われたオークションにパワージュエルを出品した人物であり、それ以前に晶がパワージュエルを盗みに入り……そこでヤジュエルとなった彼を一度倒した事のある人物であった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 三日後、光林イーストパークで行われた宝石の展示会。色とりどりの輝かしい宝石が展示されているそのイベントは、普段宝石など殆ど無縁な人々にとってとても珍しく、多くの観客を迎えて盛況となっていた。

 老若男女関係なく宝石の輝きに魅了され、美しさに惹かれて見惚れる物まで居る始末。そんなイベント会場の様子を、近くのホテルの一室から眺めている人物の姿があった。

 

 岩下 権蔵……資産家であり、政財界にも一定の発言力を持つほどの富豪である。宝石集めが趣味と言う事で、この手の宝石絡みのイベントには積極的に参加したり自身で催したりしている。今回のイベントも彼の進言であり、展示されている宝石の多くも彼のコレクションからの提供であった。

 自分のコレクションが多くの人々に注目されている。だというのに、今会場を眺めている彼の様子には誇らしさや優越感を感じさせるものは無かった。ただ何かに疲れた様に、溜め息と共にぼんやりと眺めるだけである。

 

「…………はぁ」

 

 何度目になるか分からない溜め息を吐く権蔵。するとそれで少し心が落ち着いたからか、周囲の異変を先程よりも敏感に察知する事が出来るようになった。或いはそれは異変の方が彼の気付かれようとしたのかもしれない。

 

 それまで感じていなかった自分以外の人間の気配を感じ取ったのである。

 

「ッ!?」

 

 驚いて気配のする方に目を向ければ、そこに居たのは仮面で目元と顔の右半分を隠したレオタードの上にジャケットとシルクハットを身に着けた麗しい女性の姿…………怪盗ジェムがそこに居た。

 

 巷で噂の怪盗が目の前に居る。だというのに、権蔵の表情に警戒や恐怖は無かった。寧ろ彼女の存在に何処か安心感を覚えた様に先程よりも柔らかな表情を浮かべ、口からは安堵の溜め息が零れ出た。

 

「あぁ……あなたでしたか、ジェム。お久し振りです。来てくれると信じてましたよ」

「久し振りね、権蔵さん。それで? こんなまだるっこしいやり方で私を呼び寄せたのは……」

 

 仮面越しに鋭い視線を向けてくる晶に対し、権蔵は苦笑しながら窓に近付き眼下に見える会場を見ながら答えた。

 

「すみませんね。こうでもしないと、あなたは来てくれないものですから。何しろ私は、あなたの連絡先も知らない」

「ごめんなさいね、秘密が多い女なの。幾ら見知った間柄とは言え、おいそれと連絡先を教える訳にはいかないわ」

「存じています。ですので、少し乱暴な方法を使わせてもらいました」

 

 そう言って権蔵は目を閉じた。今でも思い出せる、以前自身がパワージュエルに魅入られた際、颯爽と現れ自分をその魔力から解き放ってくれた時の事を。

 

 権蔵は一般に宝石集めが趣味と言われているが、それは間違いであった。彼がそう言われたのは、パワージュエルに魅入られ性格が豹変している間の行動あっての事である。ヤジュエルに変異した後晶に倒されてからは、彼は憑き物が取れた様に宝石集めを止めていた。

 その最中、権蔵は第三段階まで至ってしまいヤジュエルを生み出してしまった。その結果権蔵の体は大分衰えてしまった。世間では大病を患い治療の結果やつれたという事になっていたが、事実はこれであった。権蔵はパワージュエルに魅入られ、ヤジュエルを生み出しそのまま衰弱してしまいそうになったところを晶に救われたのだ。

 

 尤も結果としてその際晶は生み出された第三段階のヤジュエルを一時見失ってしまい、成長し力が馴染んだ第三段階のヤジュエルを相手に苦戦を強いられる事となっていた。

 

「あなたのお陰で、私は救われた。だが、狂っていた時の私の残滓が、今もああして残っているのです」

 

 寂しそうな目を会場に向ける権蔵の姿に、晶は憐れむような目を彼に向けつつ自身も窓際に立ち会場を見下ろし訊ねた。

 

「あの会場に?」

「左様。あまり人々の注目を集めない様に端の方に展示するようにしていますが……おそらく焼け石に水でしょう」

 

 パワージュエルに魅入られていた権蔵は、さらに多くのパワージュエルを手に入れようと財力に物を言わせて多くの宝石をかき集めた。結果彼の手元には多くの宝石が存在する事になり、その中にはパワージュエルが幾つか含まれていたのである。正気に戻った今、彼は自分のコレクションを細々と検品し、危険を感じた奴は片っ端から手放していった。だが自分が迂闊に手放せば、それが巡り巡って次の犠牲者を生む。以前のオークションでそれを理解した権蔵は、悩んだ末に自ら晶が盗みやすい状況を作り出しパワージュエルを持って行ってもらおうとしたのである。

 

 晶は彼の決断を懸命だと評した。宝石は大事だろうが、その中に危険なものが混じっているのなら手放す方が余程安全だ。

 だが同時に危険な行為である事も理解していた。あんな多くの人々の目に留まる様なやり方では、結局次の犠牲者を生み出す事に繋がる。晶は権蔵に厳しい視線を向け、嫌悪感を滲ませる言葉を紡いだ。

 

「本当に危ないやり方ね。自分以外がどうなっても良いの?」

「申し訳ないとは思っています。ですがそこら辺に放り捨てる訳にもいかず、あなた個人に届ける手段もない以上、これ以外の方法が無かったのです。それにもし何かがあったとしても、あなたなら解決できるのではと期待していまして」

 

 調子のいい事を言う権蔵に晶は仮面の下で顔を顰める。とは言えここで争っても仕方が無いし、彼女にとって大事なのは今あの会場にパワージュエルが存在するという事であった。

 

「確認するけど、あそこにあるパワージュエルはその端に展示してあるって言う一つだけなの?」

「はい、それは間違いなく…………ん?」

「何?」

 

 突然権蔵が怪訝な顔になって眼下の会場の方を見始めた。何事かと晶も釣られてそちらに目を向けると、そこでは予想外の光景が繰り広げられていた。

 

「な、何あれ……!?」

 

 そこでは会場から押し出されるように人々が逃げ出し、それを追う様に無数のヤジュエルが飛び出してくる光景が繰り広げられていた。色とりどりの甲殻を持つヤジュエルが、逃げ遅れた人に襲い掛かる。見た所あのヤジュエルは第一段階のようだが、一度にあれだけの数が出てくるなど普通ではない。数えただけでも5体は居るではないか。

 

「ちょ、パワージュエルは一個だけなんじゃなかったの!?」

「あれは……一体、何が……」

 

 権蔵にとっても予想外の事態だったのか唖然としている。晶も何がどうしてああなったのかと困惑しながら複数のヤジュエルが暴れる光景を見て…………ふとある考えが唐突に脳裏に浮かび上がった。

 

「アンタそのパワージュエル、他の宝石と一緒に保管してたんじゃないの?」

「え? それは、勿論……」

「だからよ。パワージュエルのエネルギーは他の宝石に伝播するわ。きっと近くに保管されてパワージュエルになった他の宝石に魅入られた人がヤジュエルになっちゃったのよ」

 

 無論、1日2日程度同じ場所に保管した程度ではパワージュエルになるほどの影響は受けない。長期に渡って近くに保管しなければ、伝播しそうになったエネルギーも直ぐに霧散してしまう。

 今回はコレクションとして同じ場所に権蔵が長期間保管していたことが災いしたのだろう。彼が持つコレクションの宝石が、ベースとなったパワージュエルのエネルギーを受けてパワージュエル化したのだ。滅多に起こるような事ではないので権蔵もその事を知らなかった。

 

 自分の行いが悉く裏目に出て結果として騒ぎを大きくしてしまった事に、権蔵は絶望し膝をつく。晶も混迷の極みにある会場の様子に唇を噛むが、同時にあれは好機であるとも考えていた。

 

 パワージュエルの影響を受けて変化した宝石は質自体は低い為あまり期待は出来ない。だがその大本となった感染源とも言えるパワージュエルはどうだろう? それだけの力があるパワージュエルだ。きっと高品質なものに違いない。

 

「もう一つ聞くんだけど、今回アンタが持ってきたパワージュエルって何の宝石なの?」

 

 もしやと思い晶が問い掛ければ、権蔵は唇を震わせながら答えた。

 

「……ダ、ダイヤモンドです」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「もうっ! 何がどうなってるのよッ!」

 

 一方イベント会場には通報を受けて急行したセツナとバリアが居た。突如市民から行われた通報で複数の怪物が暴れていると聞き、やってきてみればそこでは無数のヤジュエルが人々に襲い掛かっている。今正に襲われている者も居れば、襲われた後なのか血を流して倒れている人の姿も見えた。これ以上被害を広げてはならないとセツナとバリアはそれぞれ別々に行動してヤジュエルに対処した。

 

「はあっ!」

 

 セツナが忍者刀を逆手に持ち、苦無や手裏剣を投擲してヤジュエルの動きを阻害しながら接近し斬りつける。ヤジュエルの甲殻は宝石の様な見た目に違わず硬く、ただ刃を振り下ろしただけでは弾かれてしまう。しかしそこは鍛えられた忍びだ。戦いながら関節など相手の防御の低い所を見極め、そこを狙って素早く刃を振るえばヤジュエルの方も堪らず悲鳴を上げてひっくり返った。

 

「ギャァァァッ!?」

「ガルルッ!」

「くっ! 執筆忍法、氷遁の術ッ!」

【忍法、氷遁の術ッ! 達筆ッ!】

 

 過去のヤジュエルとの戦いで迂闊に炎を使うと痛い目に遭うと学んだ唯は、独学で様々な宝石や鉱石について学んだ。結果、宝石の中には熱だけでなく電気も影響を与えるものがあると知った。生憎と宝石の専門家ではない彼女では見ただけでヤジュエルの特性を即座に見抜くのは難しい。そんな中で彼女が考え出したのが、分っている限りで宝石に異変を促す様な影響を与えない手段である低温を用いる事であった。冷やされて熱や電荷を帯びる様な宝石は無い。そして凍結させられたヤジュエルは動きが鈍る。鈍い動きの相手であれば、セツナにとってただの的でしかなかった。

 

 一方バリアは堅実な戦い方でヤジュエルを襲われている人々から引き離していた。

 

「ガァァッ!」

「ムンッ!」

 

 殴り掛かってきたヤジュエルの一撃を、バリアは左腕に装着した盾『クロスシールド』で防いだ。先端が三角に尖ったやや大型の盾である。武骨な見た目に違わず防御力が高い盾はヤジュエルの攻撃を受け止め、バリアは僅かに後ろに下がりながらも耐えてみせた。

 

 攻撃を受け止められたヤジュエルだったが第一段階である為知能は低く、そのままバリアを押し込もうと更に力を込めた。それに対しバリアは至近距離からバリアリボルバーによる銃撃を相手の顔面に叩き込んだ。

 

「舐めるなッ!」

「ギャァァッ!?」

 

 至近距離からの銃撃はヤジュエルの頭を撃ち抜きこそしなかったが、甲殻に罅を入れるほどの威力は容易く相手をひっくり返した。顔を押さえて後ろに倒れるヤジュエルにバリアは追い打ちで何発も銃弾を叩き込み、それでも倒すところまではいけない事に呻き声を上げた。

 

「くぅ……」

 

 こうしている間にも他のヤジュエルは別の市民に襲い掛かろうとしている。コイツだけに構っている訳にはいかないとバリアが別のヤジュエルに対処しようとした。

 

 その光景を、晶が近くのビルの屋上から見下ろしていた。晶は見定める様にヤジュエルを見て、それに人々が襲われている光景に溜め息を吐くとジェムに変身する。

 

「戦いながら見定めるしかない、か……変身ッ!」

《Change of Cut, Cloth Quartz! Commit the Phantom Thief!》

 

 晶は仮面ライダージェムに変身すると、屋上から飛び降りヤジュエル達が暴れる会場の外へと降り立つ。突如頭上からやってきたジェムの姿に、バリアとセツナは思わず面食らうのであった。




と言う訳で第20話でした。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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