権蔵の屋敷で突如襲撃してきたと影を彷彿とさせるリザードヤジュエル。それに対し晶はジェムに変身し対峙すると、権蔵を背後に庇いながらこの突然の襲撃に対して思考を巡らせていた。
(コイツは間違いなく口封じの為に放り込まれた。となると、彼が持つ情報が連中のアジトに繋がるのはほぼ確実。コイツを倒しただけじゃ、安心出来そうにないわね)
もしジェムが敵の立場であるのなら、これまでに何度も敗北を重ねてきたただのヤジュエルを刺客にする事はしない。確実に事を成し遂げる為、ここぞという所は自分の手で成し遂げる。つまり、本当の刺客と言えるカルネプラエドないしジェットグリム本人のどちらかはまだどこかでこちらの様子を伺っている筈だ。
そう確信したジェムは、権蔵にこの部屋から出ずかつ扉と窓から離れた所で身を低くしているよう告げた。
「後は私が何とかするわ。あなたは敵の襲撃を受けない様、そこの隅で小さくなってなさい。それが一番安全だから」
「わ、分りました。お願いします」
ヤジュエルの相手をジェムに任せ、権蔵は言われた通り部屋の隅で身を低くした。気配でそれを確認すると、ジェムはファントムエッジを手にリザードヤジュエルを奴が飛び込んできた窓から押し出す様に斬りかかって行った。
「でやぁぁぁっ!」
刃を押し付けるように斬りかかり、そのまま力の限り押し出していく。決してパワーがある方ではないジェムではあったが、相手を押しだす程度の事ならできた。リザードヤジュエルも言うほど力が優れている訳ではなかった事も幸いした。素早いジェムの動きに反応が遅れたリザードヤジュエルは、刃を押し付けられた痛みに怯み自分が飛び込んできた窓から押し出されてしまった。
「ガァァッ!?」
「駄目押しッ!」
粉砕された窓から押し出されたリザードヤジュエルは、追撃の銃撃を喰らい更に大きく建物から引き離される。翼を持たないリザードヤジュエルは、壁から離された事もあって手足をバタつかせながら何も掴む事は出来ずそのまま地面に落下。叩き付けられて悶えるヤジュエルの傍に、ジェムは優雅に着地してみせた。
「よっ、と」
「ガル、グルル……!」
ジェムが近くに降り立つと、リザードヤジュエルは警戒したように唸り声を上げる。それを見ながら、ジェムは先程権蔵から預かった地図を取り出しこれ見よがしに掲げながら周囲に知らせる様に声を上げた。
「アンタが何でここに出たかは分かってるわ。私をアジトに行かせたくないんでしょ? でも残念ね。この通り、私はもうアンタのアジトに繋がる手掛かりを手に入れてるわ」
それはリザードヤジュエルに対してではなく、リザードヤジュエルを送り込んだカルネプラエドかジェットグリムに対する言葉であった。この戦いの様子を何処かで見ているかは分からないが、もし見ているのであればもう権蔵を狙う事は無意味であると知らせる事が出来る。
その思惑は功を奏した。ジェムの読み通りリザードヤジュエルに注目が集まっている間に権蔵の元を訪れようと、適当な理由を付けて単独行動をしていた五右衛門はジェムの宣言に忌々し気に吐き捨てた。
「チッ、やっぱり来てやがったか。こうなったら奴を直接やるか?」
隠れ潜んでいた五右衛門は狙いを権蔵からジェムに変えるべきかと迷ったが、ここは撤退すべきと判断した。出来ることは色々とあったが、着実性に欠ける。何なら権蔵を人質にして彼女が持つ手掛かりを捨てさせることも考えたが、ジェムのやり口を概ね把握している五右衛門はダミーの可能性も考えていた。もし手放させた手掛かりがダミーで、こちらが安心している間にアジトに向かわれてはそれこそ堪ったものではない。
悩んだ末に五右衛門はこの場はジェムの足止めをするだけにトドメ、彼女がアジトに仕掛けてくる前にあのアジトを引き払う事を選んだ。
五右衛門はリザードヤジュエルがジェムの相手をしてくれている間にこの場を離れるべく踵を返す。屋敷の敷地から出る寸前、一度振り返って見てみればジェムは既にリザードヤジュエルを追い詰め、必殺技を放つ寸前であった。あまり長く時間稼ぎも出来なかった事に五右衛門は鼻を鳴らすと何を言うでもなく今度こそその場を離れるのであった。
そして五右衛門が姿を消してから数分と経たない内に、ジェムはリザードヤジュエルを倒してみせた。
「ハァァァァァッ!」
エネルギーを集束させた飛び蹴りがリザードヤジュエルに直撃すると、爆散したリザードヤジュエルから庭師と思しき壮年の男が吹き飛ばされる。ジェムは男が地面に叩き付けられる前に受け止め、容態を確認し気絶しているだけなのを確認すると安堵したように小さく息を吐いた。
「ふぅ……さて、と」
ジェムは庭師の男をその場に優しく寝かせると、そのまま権蔵の元へと戻る。リザードヤジュエルが先程開けた穴から飛び込み、指示通り部屋の隅で縮こまっていた権蔵の無事を確認すると扉を開けて周囲に危険な雰囲気を放つ者が居ない事を確認すると部屋の中に引っ込み変身を解いた。彼女が仮面ライダーからただの怪盗に戻ったのを見て、権蔵もこれ以上は大丈夫だと確信したのか表情が和らぎ立ち上がって近付いてきた。
「も、もう大丈夫なんですか?」
「多分ね。少なくともこれ以上あなたを狙う事は無意味だと思わせる事には成功したみたい」
もしまだ権蔵を狙うつもりなら、今頃誰かが直接仕掛けてきている筈だ。囮役として放ったリザードヤジュエルが倒されたのだから、急がない訳がない。それが未だに来ないという事は、権蔵の始末による口封じは諦めたと考えていいだろう。
尤もそれはイコール、敵は口封じから雲隠れに行動をシフトさせたことを意味している事に晶自身も気付いていた。敵は今頃大急ぎで夜逃げの準備を進めている筈だ。そうなる前に、こちらも急ぎ連中のアジトに向かわなければ。
「とにかく今回は助かったわ。預かった地図は有効に使わせてもらうから」
それだけ告げると晶は窓の縁に足を掛け、命綱も無しに飛び降りていった。権蔵が窓際に向かい下を覗き込むと、そこに晶の姿は無く見えるのは倒れた庭師の男の姿だけとなっていた。相変わらずの華麗な姿の消しっぷりに、権蔵は舌を巻きつつ騒ぎ始めた使用人を鎮めるべくその場を後にするのであった。
***
晶が権蔵の屋敷を訪れてから少しして、警察署では唯と誠がそれぞれ体のあちこちに包帯や絆創膏を貼って動かす度に痛む体に顔を顰めながら今の自分に出来ることをとパソコンを前に情報収集と整理に勤しんでいた。
2人の耳にも既に権蔵の屋敷にヤジュエルとジェムが現れたという情報は伝わっている。2人はまだ怪我があるからと言う事で今回は捜査には同行させず、剛達対策室の残り3人がとんぼ返りの様に再び屋敷を訪れ事情聴取などを行っていた。
対策室の中には眠気覚ましのコーヒーの匂いと、パソコンのキーボードを叩く音だけが静かに響き漂っていた。するとその最中、沈黙に耐えきれなくなったかのように唯が口を開き誠に話し掛けた。
「あの、神宮寺さん。少し聞いても良いですか?」
「何です?」
「神宮寺さん、昔何かありましたか? 私の目から見ても、あなたは悪という存在に対して少し過剰の様な気がするんですけど……」
唯がそう訊ねると、誠のキーボードを叩く動きがピタリと止まった。突然一人分の音が止まった事に、唯も釣られて動きを止めそちらに視線を向けると誠は苦みを堪えている様に眉間に皺を寄せたまま動きを止めていた。
「神宮寺さん?」
怪訝に思いながら唯がもう一度彼の名を呼ぶと、彼は電源が入った様に肩を一瞬ビクリと震わせ、鉛が気化したような重苦しい息を吐き出しながら口を開いた。言葉を紡ぐその口元は、それだけで何処か忌々しいと言いたげな雰囲気を感じさせた。
「……高校生の頃です。幼馴染が特異生物に襲われて、一生消えない傷を負ったんです」
「傷を負う前は明るく優しい性格だったのに、傷付いて以降彼女の明るさは失われました」
「その特異生物はヤジュエルでした。そしてヤジュエルとなったのは、当時パワージュエルを偶然手にした幼馴染の家に入った泥棒です。泥棒がその場で魅入られ、ヤジュエルとなって幼馴染を襲ったんです」
「私は許せませんでした。下らない悪事を働こうとして、幼馴染に……アイツに一生消えない心と体の傷を刻み付けた事を……!」
誠の言葉には次第に熱が籠り始める。当時感じていた憤り、悔しさ、そう言った物を思い出しているのだろう。悪事を働こうとした結果、大切な幼馴染を傷付けられた事が許せなかった。それ自体も許せなかったが、それ以上に何よりも誠が許せなかったのは自分自身であった。
「ですがそれ以上に許せなかったのは自分自身です。あの時、俺がもっと強ければ、俺は傷付いたアイツを受け止める事が出来ていたかもしれない。俺がアイツを支えていれば、アイツが苦しむ事は無かったかもしれない。そう思うと、俺はあの時の泥棒と同じかそれ以上に自分が許せないんです」
「好きだったんですか? その、幼馴染って人の事が」
「…………はい。好きでした」
「その幼馴染の方、今は?」
「分かりません。何時の間にか家族と一緒に引っ越してて、行き先も分からず…………」
話していて誠は改めて自分が情けなくなった。自分が悪党を許せないのは何てことは無い、ただの八つ当たりに近い物であった。今悪事を働いている者を断罪したところで、過去の出来事が無かった事になる訳ではない。今の悪党を100人罰したからと言って、幼馴染の……晶の傷が癒える訳ではない。そんな事は彼自身分っている。それでも彼は許せなかったのだ。
或いは彼は、何かを期待しているのかもしれない。自分が悪党を徹底的に排除する力を得て、目に映る全ての悪党を断ずる事を続けていれば、何時か何処かに居る晶の目に留まるかもしれない。そして彼女にとって自分が安心できる、守ってあげられる存在であると分かってもらえれば、晶の方から会いに来てくれるかもしれない。
そんな淡い期待が、彼を徹底して悪を許さない存在にしたのかもしれなかった。それを自覚して、誠は思わず自嘲した。
「……ははっ……俗な男ですね、俺も。口では何だかんだ言って、結局は打算的な理由で動いてるんですから」
先程まで憤りに震えていた様子は何処へやら。一変して小さくなったように感じられるほど覇気を失った誠の姿に、唯は視線を下に向けしばし思案すると思い切って口を開いた。
「確かに、神宮寺さんの戦う理由には打算が混じっているのかもしれません」
痛い所をグサリと突いてくる唯の言葉に、分ってはいても誠はグッと言葉を詰まらせた。唯が潔癖に近い感性の持ち主で曲がった事が許せない性質である事は分かっていたので、こんな反応が返ってくるだろう事は予想出来た。予想出来たが、やはり他人からこう遠慮なく指摘されると精神的にくるものがあった。
だが彼は唯に関して今一つ見誤っていた。確かに唯は風紀委員的に潔癖な部分を持つが、同時に柔軟な思考の持ち主でもあるのだ。学生時代の物を知らない頃であればともかく、仮面ライダーと共に戦いを駆け抜け、世には様々な人の思惑や想いが交錯している事を知った彼女は、一面からだけの物事だけで全てを断ずるほど短絡的な感性をしていなかったのである。
「でもそれってそんなにおかしな事じゃないでしょう?」
「えっ?」
「私だって、悪党が許せないのはありますけどこうして戦いに身を置くようになったのは夫の力になって少しでも長く一緒に居たいって言う打算から来るものもありますし。余程の人でなければ、打算無しに高潔な想いだけで戦う何てことできないでしょう」
そこまで告げると唯は誠に向き直り優しい笑みを浮かべた。そんな顔を彼女から向けられると思っていなかった誠は、優しく微笑む彼女の顔に学生時代の晶の姿を重ね思わず息を飲んだ。
「寧ろ、安心しましたよ。神宮寺さんも何だかんだで普通の人なんだって事が分かって」
「お、あ、私、そんなに近付き難かったですか?」
「撃鉄を下ろした拳銃くらいは」
誠と言う人物の真意が分からず勝手な印象を抱いてしまっていたが、彼の胸の内を聞いた今はそんな印象も薄れていた。お陰で以前よりは彼の事が信用できるようになっていた。
「あの、もしよければですけど、その幼馴染の方の名前を教えてもらえますか? もしかしたら知ってるかもしれませんし、知らなくても捜すのを手伝う事は出来ますから」
唯の提案に誠は少し悩んだ。こんな個人的な事に彼女の手を煩わせることに躊躇いがあったのである。だがそれ以上に彼の心を占めているのは、晶に再び会いたいという胸に秘めてきた想いであった。あの時、衝撃のあまり受け止めきれなかった晶を、今度は落ち着いた気持ちでちゃんと受け止めたい。顔の火傷なんて知った事か、彼女の事が好きなのだから。
「彼女は――――」
促されるままに誠が晶の名前を唯に伝えようとした、その時対策室に慌ただしく飛び込んできた人物が居た。五右衛門である。珍しく息を切らせながら入室してきた五右衛門の姿に、何かあったと察した2人は会話を中断して何が起きたのかを訊ねた。
「失礼しますッ!」
「菊池さん?」
「どうしたんです?」
正直、いきなり会話を中断させられた事に対して思うところが無いではなかったが、それ以上に何か急な要件があるのではと考え五右衛門の方を2人で見やる。2人からの視線を集め、五右衛門は1枚のメモ帳を渡した。
「実はこの場所で、怪しい宝石のやり取りが行われているという情報をつい先程得まして……」
「怪しい宝石ッ!?」
「パワージュエルか?」
怪しい宝石と言う情報だけでは、ただの裏取引の類の可能性もある。盗難した宝石をこっそり取引するというような場合も無くはない為、それだけでパワージュエルを疑うのは短絡的に過ぎた。だが続いて五右衛門の口から語られた情報は、2人の興味を強く引くには十分なインパクトがあった。
それこそ先程の晶の名前の事等忘れてしまう位には。
「詳細は分かりません。ただ、その周辺でジェムの姿が何度か確認されているようです」
「ジェムが……!」
「ジェムのアジトがここに?」
「可能性はあるかもしれませんね」
仮にその場所がジェムの手掛かりで無かったとしても、ジェムを惹き付ける何かがそこにある事は確実だった。であるならば、向かわねばなるまい。
誠と唯の2人は、まだ傷が残り痛む体を動かして五右衛門が持ってきた情報の場所へと向かっていく。五右衛門は自分の横を通り過ぎて対策室から出ていく2人の後ろ姿を見送ると、それまで張り付けていた仮面を脱ぎ捨てあくどい笑みを浮かべるとスマホを取り出しジェットグリムと連絡を取った。
「ボス、上手くいきました。セツナとバリアの2人をそっちに送り込む事に成功しましたよ」
『上出来だ。こっちも概ねここを引き払う用意は出来た』
五右衛門が先程唯達に渡したメモに書かれていたのは、ジェットグリムらのアジトの場所に関するものであった。ジェムに自分達のアジトの大まかな場所がバレてしまった。見つかるのは時間の問題だ。ならばいっその事、あのアジトは引き払い代わりにセツナ達にその場所を知らせ、やってくるだろうジェムとぶつけ合わせようと考えたのである。彼らにとって幸いな事に、ジェムとセツナ達は敵対している。これを利用して互いに潰し合わせ、消耗したところで襲撃を掛ければ苦も無くジェムを打倒し彼女が持っているパワージュエルを奪い取る事が出来る。
これまで散々煮え湯を飲まされてきたジェムを、今度は自分達が手玉に取るのだ。捕らぬ狸の皮算用ではあるが、五右衛門は自分達の手で翻弄されるジェム達の姿を夢想して堪らず笑みを零した。
「くくくっ……! ジェムの奴が慌てる様が目に浮かぶぜ」
『それよりお前も早くこっちに来い』
「了解です、ボス」
この後は五右衛門もアジトの近くに潜み、ジェットグリムと共にジェム達の戦いの様子を見る。そして状況に合わせてジェムに襲撃を仕掛け、彼女からパワージュエルを奪うつもりだった。
意気揚々と対策室を後にする五右衛門。それから数分後、戻ってきた剛と九朗は唯達の姿が見当たらなくなっている事に首を傾げるのであった。
***
夜、日が沈んで街灯と月明りだけが街を照らす静かな時間帯に、怪盗ジェムの姿に扮した晶は人知れず屋根から屋根を伝ってジェットグリム達のアジトに向かっていた。権蔵から得られた地図を元に、彼女は連中のアジトの大まかな場所を推測していた。
寝静まりつつある街を眺めつつ、誰に見られる事も無く移動する晶の姿が月明りに照らされる。もしこの時夜空を見上げる者が居れば、その幻想的な姿に見惚れていたかもしれない。
暫く移動し続けていた晶は、不意に足を止めると民家の屋根の上に降り立ち遠目に見える一軒の何の変哲もない家屋を仮面の奥から鋭い視線で睨んだ。
「……あれね」
権蔵から貰った地図を胸の谷間から引っ張り出し、今一度現在地と照らし合わせる。怪しい宝石の売人が確認された地点を繋ぐ様に弧を描き、そこから概ね等間隔の中心点を割り出すとそこにあるのはあの家屋であった。こんな場所にある何の変哲もない家屋であるが、何の変哲もない事が今は逆に怪しさ満点に思えた。
晶は場所を確認すると、地図を畳んで胸の谷間に押し込んだ。そしていざ奴らのアジトと思しき家屋に侵入しようとした、その時である。晶の目に一足先に家屋に侵入する唯と誠の姿を遠目に確認した。
「なっ!? アイツ、どうやって……?」
あの家屋の情報は晶が独自の伝手を通して手に入れた存在だ。それに向かうのは今回が初めてなので、間違っても自分の存在が周辺住民に見られて警戒されたという事も無い。
となると、考えられるのはただ一つ。ジェットグリム達に先手を打たれたという事だ。
「にゃろう、やってくれるじゃない」
それにしてもあの男がバリアだろうかと晶は怪訝な顔で唯と行動を共にするスーツ姿の男を見やる。生憎と距離がある為顔をちゃんと見る事は出来なかった。だがここ数日、セツナとバリアが同時に出てくる事を考えればアレが件のバリアの変身者であると気付くのにそう時間は掛からない。
ここで晶はどうしたものかと悩んだ。ジェットグリム達は恐らく自分達のアジトの存在がバレた事を察して、アジトを引き払う序でにやってくる晶と唯達をぶつけ合わせて共倒れか漁夫の利を狙っているのだろう。となると、目的のパワーダイヤモンドはもうアジトに無い可能性が高い。
そこまで考えた所で晶は閃いた。向こうが状況を利用しようとしているのなら、こちらもそれを逆に利用してしまおうと。ジェットグリム達にとって晶達が邪魔な様に、晶達にとってもジェットグリム達は邪魔なのである。つまり敵の敵は味方と言う理論で、こちらを追い込んでいると思い込んでいる連中を罠に嵌めるのだ。
問題があるとすれば唯達がこの話に乗ってくれるかどうかである。戦いの中で唯とは、敵対は続いているが同時に話が出来る程度には距離が縮まっているという何とも不思議な関係が出来ていると感じていた。だがバリアの方は…………
「最悪アイツに口利きしてもらえれば何とか……なるかなぁ?」
怪盗ジェムをと言うか、悪人を徹底して嫌悪していると見られるバリアが此度の状況を利用した共闘に乗ってくれるかは正直賭けだ。もし提案を蹴られて即座に戦闘に入りそうになったら、戦いながら家屋の中を物色して何もない事を確認したらさっさと逃げよう。
晶はそう決めると、ジェムに変身して自身も家屋の中へと入って行くのだった。
一方、家屋に突入した唯と誠はそれぞれ何が起きても良いようにとセツナとバリアに変身して慎重に家屋の中を進んでいた。家屋は非情に簡素な造りであり、あまり生活痕が見られない。だが人が活動した形跡が皆無と言う訳ではないので、何者かがここを利用していたのは確かなようであった。
しかし…………
「何もありませんね?」
「見た感じはそうですね。スキャンをしても怪しいものは見られません」
家屋の中はもぬけの殻であった。ジェムの姿が周辺で確認されているという情報からここが彼女のアジトではないかと警戒していたのであるが、罠どころか物も何もない。汚れてこそいないが完全な空き家であり、ジェムがここをアジトにしているとはとても思えなかった。もし彼女がここをアジトにしているのなら、これまでに盗んだ物がここに集められている筈だと考えていたのだ。
「感付かれましたかね?」
「若しくは、自分の姿が見られた事に気付いたかですね。逃げ足は速い様だ」
「お生憎様。私はそんなにちっちゃい女じゃないわ」
若干侮蔑の混じった言葉をバリアが口にすると、それに反論する様に聞き覚えのある声が家屋の中に響いた。弾かれるようにセツナとバリアが声のした窓の方を見れば、そこには何時の間に居たのか窓枠に腰掛けたジェムの姿があるではないか。窓枠の中に納まる様な形で、片足を室内に入れてバランスを取りつつもう片方の足と腰を窓枠に置き膝を抱いて自分達の事を見てくるジェムの姿に、バリアは素早くバリアリボルバーを抜き引き金に指を掛けようとした。
「やっと現れたかジェムッ!」
「待ってくださいッ!」
バリアがジェムを攻撃しようとするのを、セツナは咄嗟に引き留めた。何をとバリアが問い詰める前に、セツナは余裕を感じさせるジェムにこの状況の説明を求めた。
「ねぇジェム教えて? 私達はここがあなたのアジトかもしれないって思って来たんだけど、本当にそうなの?」
「ううん、違うわ。ここは私とは無関係。アジトはアジトだけど、私のじゃなくてジェットグリム達のアジトよ」
「何ッ!? クソッ、嵌められたか」
ジェットグリム達は自分達の古いアジトの情報を、ジェムに由来するものと偽って流布する事でバリア達を誘き寄せたのだと察した。ジェムは彼らに奪われたパワーダイヤモンドを必ず奪い取ろうとする。そう考えるとここでジェムとバリア達がかち合うのは当然の流れであり、自分達が共倒れする事を期待されているのだと気付きバリアは忌々し気に地団太を踏んだ。
悔しがるバリアの姿にジェムはやれやれと言いたげに肩を竦めて溜め息を吐くと、それに気付いた訳ではないだろうが顔を上げたバリアは尚もジェムと敵対しようと銃口を向けてきた。
「まぁいい。それとこれとは話が別だ。怪盗ジェム、お前はここで倒す……!」
敵意剥き出しで銃口を向けてくるバリアの姿に、こういう反応が返ってくるだろう事を予想していたジェムはある意味で期待を裏切らないと溜め息を吐いた。明後日の方を向き、頬を掻いてさてどう説得したものかと頭を悩ませていると、バリアの隣に居たセツナが銃を持つ彼の腕を掴んで捻り上げるようにして銃口をジェムから外させた。
「ッ!? 南城さん、何をッ!」
「今はジェムと争ってる場合じゃない。そうでしょう、ジェム?」
「どういう意味です?」
「私達は嵌められたという事です」
そうだろうとセツナが視線でジェムに問い掛ければ、彼女は満足そうに小さく笑み浮かべつつ口を開いた。
「ジェットグリム達はきっと私達の共倒れを狙ってた筈よ。敵対してる者同士が鉢合わせするんだから、普通は当然よね? でも連中は私達を見くびってる。だったら、足元を掬う事も出来るわ」
「つまり、策に嵌ったように見せて漁夫の利を得ようとする連中を逆に罠に嵌めるって事ね?」
「せいか~い♪ ジェットグリム達は互いに見過ごせない連中だわ。そうでしょう?」
ジェムは基本的に宝石に混じったパワージュエルを狙い盗みを働き、その過程で抵抗してきたものを負傷させる事はある。だが命を奪うような事をしてきた事は一度も無いし、何ならヤジュエルに襲われそうになった市民を積極的に助けたりしている。悪党の類ではあるのかもしれないが、敵か味方かで言えば微妙な所である。
一方でジェットグリム達は市民を積極的にヤジュエルやスクラッパーに変異させたりと明確な悪意を持って人々の安寧を脅かしている。幸いな事に死者こそまだ出てはいないが、このまま奴らの活動を許せばそれも時間の問題だ。どちらが脅威であるかは比べるべくもない。
それらを一つ一つ丁寧にセツナが説明すれば、バリアは甚だ不本意そうではあるが納得した様子で自らの意思で銃口を下ろした。
「……分かった。今回はお前の話に乗ってやる。確かに連中は野放しにしてはいけない連中だからな」
「理解してくれて嬉しいわ」
「ただしッ! 今回だけだ……連中を打倒した暁には、お前もそのままお縄を頂戴してやるから覚悟しておけ」
「出来るものならね」
挑発的に互いに睨み合うジェムとバリアの間で板挟みとなったセツナは、心底疲れた様に大きく溜め息を吐いた。まぁ互いに敵対している関係なのだから仕方がないのではあるが。
「はぁ~、もう。それで? どうするの?」
態々こうして話を振って来たという事は何らかの策があるという事とセツナは若干の信頼も込めてジェムに訊ねた。すると話を振られたジェムはふふんと得意げに笑うと、窓枠から下りてセツナに肩を組んできた。
「うふふ~♪ 実はね~、あなたに一つお願いがあるのよ~」
「何? って言うか近いんだけど……」
そんなに親しい間柄でも無かろうにと言うセツナの抗議を華麗に無視して、ジェムはセツナにある事を頼んだ。
それは…………
***
その頃、アジトの家屋の外ではジェットグリムとカルネプラエドの2人が物陰に隠れて様子を伺っていた。まず唯達が内部に入って行き、その後にジェムが入って行ったことも確認している。後は待っていれば勝手に争い勝手に消耗してくれる筈。そう思っていたのだが、アジトの中は異様に静かであった。
「変だな? 何であんなに静かなんだ? もうとっくに鉢合わせしてもおかしくない筈だが……」
カルネプラエドが怪訝に思っている横で、ジェットグリムは先日奪ったパワーダイヤモンドを手の中で弄びながら小さく息を吐いた。暫く手元のパワーダイヤモンドを眺め、飽きたかのように視線を上げた瞬間、突然弾けた様にアジトの壁を突き破ってジェムが飛び出してきた。
「ああああぁぁぁぁぁぁっ!? ぐ、ぅぅ……」
壁から飛び出してきたジェムの姿は既にボロボロであり、突然の状況の変化にカルネプラエドは目を白黒させていた。
「な、何だ何だ? 何が起こった?」
つい先程まで静かだった筈なのに、何故いきなりジェムがボロボロの状態で飛び出してくるのか分からなかった。その疑問に対する答えは、ジェム本人の口から告げられた。
「う、くぅ……つつ、やってくれるじゃないの。待ち伏せなんて」
彼女の言葉からカルネプラエドは大体の状況を察した。先にアジトに入って行った唯達は、内部にジェムの姿が見当たらないと見て待ち伏せする事にしたのだ。彼女らにとってあの家屋はジェムのアジト。内部はもぬけの殻ではあったが、もしジェムが戻ってきた場合の事を考えて潜んでいたのだろう。或いはジェムが入ってきた時点で、唯達は不意を討とうと潜伏したのかもしれない。
一方のジェムはアジトがカルネプラエド達の物と分かっている為、警戒はしながらも内部へ入って行った。そこで彼女は待ち伏せを受けたのだ。そう思った。
「ボス、チャンスですぜ。ジェムの奴は不意打ち喰らってボロボロだ。今なら奴を仕留められるッ!」
「カルネ、待て……」
ジェットグリムの制止も聞かず、カルネプラエドは物陰から飛び出すと膝をついているジェムの背後に近付き、無防備な背中にバニッシャーの一撃を浴びせた。放たれた砲弾が彼女の背中で弾け、マントを焼き飛ばし彼女の女性特有の華奢な体を木っ端の様に吹っ飛ばした。
「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「「ッ!?」」
背後からの突然の奇襲にジェムは悲鳴を上げながら吹き飛ばされ、受け身も取れず地面に叩き付けられた。その光景にセツナとバリアは驚いたように動きを止め、カルネプラエドは勝ち誇ったように倒れたジェムの背中を踏みつける。
「うぐぅ……!?」
「へへっ、ご苦労だったなお前ら。これでジェムの持つパワージュエルは俺達が――」
既に勝った気でいるカルネプラエドだったが、言うまでも無くこれは罠である。今カルネプラエドが踏み付けているジェムはセツナが作り出した分身、本物のジェムはこの隙に大きく迂回してカルネプラエドの背後に回り込んでいた。
完全に策に嵌りジェムを追い詰めたと思って油断しているカルネプラエド。ジェムはそんな彼の背後に降り立ち、逆に不意打ちで彼を一撃で倒そうとファントムエッジを構え飛び掛かる。
「シッ!」
音も無くカルネプラエドの背後に立ち、剣を振るおうと構えるジェム。だがその前に割り込んだジェットグリムの槍がファントムエッジを受け止めてしまい、不意打ちが失敗に終わったジェムは舌打ちをしながら距離を取った。
「チッ!?」
「えっ!?」
「……やってくれたな」
ジェムは距離を取ったが、状況はカルネプラエド達にとって大きく不利であった。何しろ今の彼らは挟み撃ちにあっている形なのだ。漸く状況を理解したカルネプラエドは、足元のジェムが木の葉となって散って行く光景に前後のジェムとセツナ達を忌々し気に交互に睨んだ。
「て、テメェら……!」
「まんまと騙されてくれたわね」
「完璧、とは言い難いですけどね」
「さ、お楽しみはこれからよ。あなた達が持って行ったパワージュエル、私がもらうから」
と言う訳で第23話でした。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。