仮面ライダージェム   作:黒井福

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第26石:毒婦、来たる

 晶にアジトの場所がバレた事で、そこを捨てざるを得なかったジェットグリム達であったが彼らが用意していたアジトは1つではなかった。長期に渡って件の家屋をアジトとして利用してきたが、自分達が堅気ではない事とアメリカに居た頃からS.B.C.T.に付け狙われていた事などを加味して、予備となるアジトは常に用意していたのである。

 

 その新たなアジトに、ジェットグリムに光奪していた男が1人椅子に腰掛け目を瞑っていた。スーツを着たその男は、顔の部分に影が掛かっている為表情を伺い知る事は出来ない。

 

 そんなボスに勢いよく近付く人影があった。ショッキングピンクの髪色の中に白いシャギーを入れた派手めな見た目の女性である。その女性は満面の笑みを浮かべながらボスに抱き着くと、自身に纏わせている香水の匂いを擦り付ける様にボスに頬擦りした。

 

「ボス~! お久し振りですッ! 会いたかったですよ~!」

「あぁ、よく来てくれた。今まで一人でご苦労だったなソフィア」

 

 抱き着いてきた女性……彼ら盗賊団の一員である女性のソフィアは、乳房がボスの体で潰れる事も構わず抱き着き、掛けられた労いの言葉にアイシャドーの入った目尻をトロンと下げ目元を潤ませ歓喜に打ち震えながら答えた。

 

「いえいえ、散らばってる傘木社の連中やマフィアやギャングを焚き付けるだけだったので大変な事なんて何もなかったですよ。でもありがとうございます! ボスにそう言ってもらえて、ソフィアは感激ですッ!」

 

 ソフィアがアメリカでやってきた事は、こちらで五右衛門がやってきたのと同じような事だ。何も知らない人間に質の低いパワージュエルを売りつけ、資金を集めながらS.B.C.T.の目を掻い潜る為各地に散らばった傘木社の残党や裏社会の人間を上手く利用してきた。時にはその体を使ってそう言った人間を骨抜きにし、嗾けたりして自分達に向かう捜査の目を欺いてきた。

 

 ボスはそんな1人奮闘してきたソフィアを改めて労う様に抱きしめてやり、目に痛い髪色の頭を優しく撫でる。するとソフィアは熱の籠った息を吐きながら切なそうに目を細めて体を震わせた。

 

「あ、はぁ……! ボス……!」

「本当にご苦労だったな。お前のお陰で、こちらは順調だ」

「は、はいぃ……お役に立てて、光栄です……」

 

 普段は自分が骨抜きにする側である筈が、逆に自分が骨抜きにされている。その事実にソフィアは言葉に出来ない歓喜に体を震わせ、その身をボスに委ねていた。

 

 久方振りのボスとの触れ合いにソフィアが歓喜していると、ボスの持つスマホにメッセージが届いた。ジェム対策室に潜り込ませている五右衛門からの情報だ。

 

「ふむ、やはりωチームはお前の動きに気付いたようだな」

「あ……ごめんなさい。S.B.C.T.はともかく、忍者連中の目を完全に掻い潜る事は出来ませんでした……」

「それでも足取りを完全に掴ませず、ギリギリのところで逃げ切ったのだろう? それで十分だ。よくやったぞ」

「はいっ! ありがとうございます!」

 

 万閃衆によりソフィアの行き先はωチームにもバレてしまったが、ボスは遅かれ早かれ発覚する事を想定していた。なのでωチームがこちらにやってくる事も想定内であった。最悪なのはアメリカでソフィアが拘束されたり、ωチームの追跡に晒されたソフィアの援護をする必要に駆られる事だ。その最悪を回避してみせた、彼女の手腕をボスは高く評価していた。

 

 そして、良い働きをした部下には相応の褒美を与える事を忘れない。ボスは徐に立ち上がるとソフィアを横抱きに抱え上げると寝室に向け歩きだした。

 

「今日は五右衛門も戻ってこない。今まで1人で頑張らせたからな、今夜は存分に可愛がってやる」

「あぁ……ボス……!」

 

 ボスの言葉に、ソフィアの胸がこれ以上ない程に高鳴った。これから始まる至福の時間を前に、ソフィアは頬を赤く染め顔を蕩けさせながら彼に身を委ねる。

 自身の胸板に赤子の様に体を丸めて体重を掛けてくるソフィアを一瞥しつつ、ボスは寝室に入ると器用に扉を閉めるのであった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 自身の力不足を再認識しレベルアップを目指した唯であったが、そんな彼女が今居るのは警察署内の一室であった。そこで彼女は簡易ベッドから起き上がり、近くの籠の中に畳んで入れてあったスーツを着直しながらベッドの近くの椅子に腰かけた男に問い掛けた。

 

「どうですか、渡辺博士?」

「ふ~む、ふむふむ…………うん、やっぱり異常は見られませんね。安心してください南城さん。今のあなたにパワージュエルの影響や後遺症の類は確認できません」

「ほっ……」

 

 先日……光林イーストパークでの事件の直前にやってきた幹夫は、彼曰く今回の事件に協力する為に来たと言っていた。専門は生命工学を始めとした生化学等であるが、ヤジュエルに関しては分からない事が多い。自分の知識が何処まで役立つかは分からないと述べていたが、それでも科学者と言う立場から手伝えることはあるだろうと自発的に来てくれたのである。

 

 尤も、最近はイーストパークでの一件などもあって色々とバタバタしていた為、唯も殆ど彼の相手をしている余裕などなかったのだが。

 

 状況が落ち着いた今、唯も彼の相手をする事が出来るようになった。尤も現状を言えば、彼女の方が彼の世話になれるようになったと言った方が適切だ。先日ヤジュエルを生み出してしまった一件などから、何らかの異変が起こったり後遺症が残っていないかを幹夫の生化学的視点から検査してもらい、問題なしと言う結果に彼女も漸く安心する事が出来るようになった。

 

「ありがとうございます、渡辺博士。一応病院にも行きましたが、この手の事は普通の病院だと分からない場合もあるので」

「いえいえ、こちらとしても興味はありましたから。件のヤジュエルと言う怪物、傘木社による研究で生まれた訳ではない、天然の怪物にはね」

「そう言えば、博士はヤジュエルの事を調べに来られたんでしたよね。でも、検体になる様な物も無いし、調べられる事なんて無いんじゃ……」

 

 ヤジュエルは倒されると基本的に残骸を残さない。唯一残るのはエネルギーが抜けてただの宝石となったパワージュエルのみ。尤もこれは質が低い物だけであり、トゥルーシャインであればヤジュエルが倒されてもエネルギーを維持し続けていた。

 現状唯達の手でトゥルーシャインにより生まれたヤジュエルは倒す事が出来ておらず、手に入るヤジュエルの痕跡は出涸らしとなった宝石だけである。これで何が分かるのかと唯が首を傾げると、幹夫は口と目を三日月のような形に歪めた笑みを浮かべながら答えた。

 

「いやいやいや、そうとも限らないですよ。こうして痕跡がありそうな事を調べるだけでも一定のデータは得られますし、観測や観察で分かる事もあります。足を運んだ事は決して無駄ではありませんよ」

 

 やはり素人と本職の科学者とでは見えている世界が違うらしい。そう言うものかと自分を納得させた唯が仕事に戻ろうと立ち上がる。その際彼女が幹夫に背を向けると、彼は浮かべていた笑みをスッと消して小さな声で呟いた。

 

「それに……会っておきたい人もいますしね」

「え? 今何か言いました?」

「いえいえ、大した事じゃありませんよ。それじゃあ私はヤジュエルに関するデータを整理しないといけないので」

 

 そう言うと幹夫は持ち込んだノートパソコンに向かい、一心不乱にディスプレイを見詰めながらキーボードを叩き始めた。余人の干渉を許さない雰囲気を纏ったその姿に、唯もこれ以上話し掛ける事は避け今一度声を掛けると部屋を出て対策室に戻っていった。

 

 唯が対策室に戻ると、それに気付いた誠が見ていた資料から顔を上げた。

 

「おかえりなさい。どうでしたか?」

「大丈夫です。異変も後遺症も無いそうで」

「そうですか、それは良かったです。あの博士がこっちに来た時は色々と不安でしたが」

「あはは……それは?」

 

 乾いた笑いを浮かべながら唯は誠が見ていた資料を指差す。唯が興味を示したのを見て、誠は手に持っていた資料の束を差し出しながら簡単に説明した。

 

「本隊がアメリカで遭遇したヤジュエル関連の資料です。ジェットグリムの仲間はアメリカでもパワージュエルを売り捌いていたようですからね。尤も、あっちの方の奴はなかなかやり手なのか、尻尾をなかなか掴ませなかったようですがね」

 

 誠の話を聞きながら唯は資料を流し見る。資料にはパワージュエルと思しき宝石がどの様なルートで人々に行き渡ったのかについても書かれており、それによるとアメリカではパワージュエルは裏社会の人間が資金洗浄の為に使う宝石に紛れ込んだりマフィアなんかを経由して人の手に渡るのが殆どだったようだ。とは言えマフィアも人間である為、中には自分がパワージュエルの魔力に憑りつかれてヤジュエルと化してしまう事も少なくなかったようであるが。

 

「あっちではバイヤーが確認されなかったんですね」

「えぇ。ですがバイヤーと接触したマフィアなどから、あちらで活動していたのは女だろうと言う事は分かっています」

「どうして?」

「ハニートラップですよ。どうやらそいつは自分の体を使って、マフィアやギャングを都合よく操っていたみたいです」

 

 唯は思わず顔を顰めた。彼女達忍びも必要とあれば自分の体を使う事はある。唯も万閃衆に参加する事になった際、必要な事もあるだろうからと房中術の類を勉強した。正直千里と言う夫が居るのにそう言う状況を想定し、自分の体を使うと言う事に唯は抵抗を感じないでもなかったが、こういう事を学ぶのも忍びとしては必要な事であると自分に言い聞かせて修行を収めた。

 

 そう言う事情もあるので、ハニートラップと聞いてまず真っ先に抱いたのは嫌悪感だったがそれを即座に口にする事はしなかった。方向性は違えど自分も同じような事をするのだから、傍から見れば滑稽にしかならない。

 

「……ハニートラップを受けたって事は、そのマフィアさん達は相手の顔を見てるんですよね?」

 

 少しでも手掛かりが無いかと思い唯が確認を取ってみれば、誠から返ってきたのは芳しくない答えであった。

 

「それが、ハニートラップを受けたと思しき者全員に聴取をしてみた所、誰1人として相手の顔を覚えてはいなかったと」

「えっ?」

「恐らく何らかの薬物を使われたのだろうとの事です」

 

 どうやらアメリカで活動していた者は随分と周到らしい。利用できる手駒は用意しつつ、自分の痕跡は可能な限り残さない。強かな女性がこちらにやってくると考え、唯は俄然気合が入った。

 

「油断できない相手の様ですね」

「その通りです」

 

 ジェムの尻尾も満足に掴めていない状況で、戦いは更に激しくなる。唯は改めて自身のレベルアップの必要性を実感し、その一環としてある事を実行に移すべく筆を手に取り文を一筆したためる。

 

 突然筆を手に取ったかと思うと何やら書き始めた唯に誠が何とはなしに問い掛けてみた。

 

「それは?」

「万閃衆に、ちょっと……」

 

 何やら書く事の方に意識を集中させているのか、唯は誠に生返事を返す。邪魔してはいけないかと誠が自分の席に座ろうとした時、突如署内に警報が鳴り響き街で異変が起こった事を知らせるアナウンスが発せられた。

 

『非常事態発生。一般市民からの通報です。市内で怪物が出現し暴れて被害が出ています。繰り返します。非常事態――』

 

 警報とアナウンスに誠だけでなく唯も弾かれた様に顔を上げると、急ぎ席を立ち詳しい状況を確認した。どうやら住宅街にヤジュエルと思しき怪物が複数出現したらしい。またしても複数のヤジュエルが出現したと言う状況に、今度は何があったのかと唯は頭を抱えた。

 

「この間は展示会に出品された宝石にパワージュエルが混じってたって事だけど、今度は何? 何で住宅街に?」

「今考えても仕方ありません。兎に角現場に向かわなければ」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 数分前、ジェム達によりアジトを追われた五右衛門はソフィアが来ると言う事実に焦りを感じていた。

 

(マズい……今まではアイツが居なかったから上手くやって来れたが、アイツが来ると俺の立場が無くなる……!)

 

 いがみ合っているが五右衛門はソフィアの手腕そのものは認めていた。彼女は間違いなくやり手だ。それこそ彼など比べ物にならない位。それでも別行動をしているから何とか上手くやれてきたが、彼女がこちらに来ると本格的に五右衛門の立場が無くなってしまう。流石に捨てられると言う事は無いだろうが、肩身の狭い思いをする事になるのは間違いない。そんなのは御免だった。

 

 自分の立場を確固としたものにする為には、何らかの成果が必要であると五右衛門は考えた。ではそれは何かと考えれば、思いつくのは1つしかなかった。

 

「ジェム……アイツからパワージュエルを可能な限り奪い取る!」

 

 結局行きつくのはそこであった。彼らにとって目の上のたん瘤であり、また複数のトゥルーシャインを持っているある意味で宝の山。例え一つであろうとも、彼女の手からパワージュエルを奪う事が出来ればソフィアにデカい顔をされずに済む。

 

 そうとなれば行動だと、五右衛門はカルネプラエドに光奪すると今用意できるパワージュエルを片っ端からバニッシャーに装填し無作為に街行く人々に向け発砲した。本来人間がヤジュエルになる為には時間を掛けてパワージュエルのエネルギーに晒さなければならないのだが、バニッシャーを使って人間にパワージュエルを撃ち込めば第一段階に限られるが即座にヤジュエルを生み出す事が可能であった。

 

 次々と人々がヤジュエルとなり、闘争本能の赴くままに暴れ始める。更にダメ押しとばかりに端材を使って逃げ惑う人々をスクラッパーに変えていく。

 

 ヤジュエルとなった人々は手当たり次第に攻撃し、中には近くの民家に押し入り息を潜めていた住人にまで襲い掛かる。真昼の住宅街は一気に地獄絵図の様な光景に様変わりしてしまった。

 

 その騒ぎは近隣の診療所に足を運んでいた晶の耳にも即座に入った。

 

「何? 何か騒がしいけど?」

「悲鳴……沢山聞こえるわね~」

「えっ!?」

 

 晶の耳には騒がしいとしか感じられなかった喧騒も、ジェーンの耳には大きな異変が起こっている事がすぐに分かった。悲鳴が複数聞こえると言う言葉に晶は急ぎ立ち上がると、貰うはずだった薬もその場に置いて外に飛び出し騒ぎが聞こえる方に向け駆けだした。

 

 外に出て少し移動すれば、ジェーンが言う通り悲鳴が幾つも聞こえてきた。こんな真昼間に誰が何の騒ぎを起こしているのかと憤りを感じつつ晶が現場に辿り着くと、そこでは既に無数のヤジュエルが街中を闊歩しスクラッパーと共にやりたい放題暴れているのが見えた。

 

「何あれ? 何でヤジュエルがあんなに……」

「これはちょ~っとマズいわね~」

「わぁっ!?」

 

 険しい顔になって晶がヤジュエル達の姿を見ていると、出し抜けに耳元でジェーンの声が聞こえてきたので心臓が飛び出るほど驚いた。診療所を飛び出す時は動く気配を見せていなかったのに、一体何時の間に自分の背後についていたのか。

 

「いきなり後ろに立たないでよ、ビックリするでしょ!」

「ごめんね~。それより~」

「うん、あれは……罠、よね?」

「そうね~。晶ちゃんを誘き出すのが目的ね~」

 

 先日の展示会であればともかく、こんな往来でいきなり多数のヤジュエルやスクラッパーが出るなどどう考えてもおかしい。とすれば、必然的にこの騒動は意図的であり、背後にはジェットグリムかカルネプラエドが居る事になる。そいつらの狙いは何かと言えば、晶が持っているパワージュエル以外に考えられなかった。

 

「面倒臭い事ばかりしてくれちゃってさ」

「でも~、放っておけないんでしょ~?」

「~~~~ッ」

 

 図星を突かれて腹の奥から呻く晶に、ジェーンは抱き着き頬擦りしながら頭を撫でた。

 

「んも~、晶ちゃんってば~、素直じゃないんだから~」

「だぁぁ、もうっ! 良いから行くわよッ! 手伝ってくれるのよね?」

「そうでなかったらここまで来ないわ~」

 

 抱き着いてくるジェーンを振り払った晶がジェムドライバーを腰に装着すると、ジェーンも忍筆と巻き物を取り出した。そして並び立った2人は同時に変身する。

 

「「変身ッ!」」

《Change of Cut, Cloth Quartz! Commit the Phantom Thief!》

 

 晶はジェムに、ジェーンはフブキに変身すると、街中で暴れるヤジュエル達に攻撃を仕掛けていった。流石に第一段階ばかりと言う事で強さ自体はそれほどでも無く、1体1体は多少の時間を掛けながらもその姿を減らしていくことに成功していた。

 

 するとそこにセツナとバリアも来訪する。急ぎ警察署から駆け付けた2人は、道すがら変身して戦場に飛び込み、そこで既に戦っているジェムとフブキの姿を確認したのだ。

 

「あれは、ジェムッ! もう来ていたのか」

「それにフブキも……」

 

 バリアはジェムに、セツナはフブキにそれぞれ注目していた。どちらもそれぞれに対し拘る所があるのだが、今何を優先すべきかは見失っていない。先ずはヤジュエルとスクラッパーを始末し、人々の安全確保に努めなければ。

 

「神宮寺さん、先ずはヤジュエルの方を」

「言われるまでも無くッ!」

 

 セツナは忍者刀を片手に、苦無を投擲しながらスクラッパーとヤジュエルに飛び掛かっていく。スクラッパーレベルであれば苦無を数本投げつけただけで倒せるし、ヤジュエルも素早いセツナの動きには対応できていない。

 

 一方のバリアも愛銃のバリアリボルバーを次々と放ち、ヤジュエルもスクラッパーも寄せ付けない。轟音が響く度にスクラッパーが倒れ、ヤジュエルはもんどりうってひっくり返った。時折銃撃を潜り抜けてバリアに接近を果たすものもあったが、パワーと防御力に優れたバリアに接近戦を挑むのは少々無謀であった。折角近付く事が出来ても、あっと言う間に叩き伏せられロッドで殴り倒され、至近距離からの銃撃で倒される。

 

 その戦いの最中、セツナはヤジュエルの相手をしながら距離が近付いたフブキに声を掛けた。

 

「ジェーンさんッ! あなたジェーンさんですよねッ!」

 

 セツナの声にフブキは一瞬視線を向けるだけで答えない。無視してくるフブキの態度に、セツナは目の前にいるヤジュエルを切り裂き倒して再び声を張り上げた。

 

「どうして私達に近付いたんですかッ! あなたの、あなたの目的は一体何なんですかッ! 答えてくださいッ!」

 

 必死の叫びにもフブキは答えず、黙々とヤジュエルを倒し何かを探す様に視線をあちこちに彷徨わせていた。痺れを切らせそうになるセツナであったが、ふと足元を見るとヤジュエルやスクラッパーに変異させられていた人々が呻き声を上げながら倒れている光景に息を飲んだ。

 

「いけない……このままだとこの人達が……!?」

 

 このまま足元に人々を転がしていては、戦いに巻き込まれて大怪我では済まない事になる。セツナは急いで人々をこの場から運び出そうと分身の術を使って救助を始めると、ここで漸くフブキがセツナに対して反応を示した。

 

「良い子ね~、唯ちゃ~ん。相変わらずで安心したわ~」

「ッ!? ジェーンさんッ!」

 

 これまで確証に至る事は無かったが、今の言葉で確信した。あの特徴的な間延びした喋り方と声、そして以前から自分の事を知っていたと言う言葉は間違いない。

 セツナはジェーンに対して聞きたい事が山ほどあった。だが生憎と、状況は彼女に幾つもの質問をさせてくれるほどの余裕がなかった。

 

「色々聞きたい事はあるだろうけれど~、そう言うのはまた今度ね~。今はこの人達を何とかしないと~」

「くっ…………分かってます」

 

 尤もなフブキの言葉に、セツナは奥歯を食い縛りながらも負傷者の搬送を優先させた。その人命を優先・尊重し自分の疑問を後回しにする姿に、フブキは仮面の下で嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「フフッ……本当に、良い子だわ」

「えっ? 何か言いました? って言うかジェーンさんも手伝ってくださいよッ!」

「私がジェーンだなんて人事も言った覚えはないけど~ 手伝い位ならいくらでもしてあげるわよ~」

 

 セツナに続き分身したフブキにより、解放されて気を失った人々は迅速にその場から退避させられていくのであった。

 

 

 

 

「はぁぁっ!」

「ジェムッ!」

 

 一方、ジェムとバリアは器用な事にヤジュエルやスクラッパーを相手にしながら互いに攻撃し合っていた。

 

 飛び掛かってきたヤジュエルをジェムが蹴り飛ばしながらバリアに向けてファントムシューターで発砲すれば、バリアはスクラッパーを薙ぎ払いつつそれを防ぎ盾を構えて突撃していく。電磁ロッドが届く距離に近付けばそれを振り下ろし、ジェムにそれを回避されると返す刃でジェムが蹴り飛ばして体勢を崩していたヤジュエルにトドメを刺す。ジェムはバリアから距離を取りつつ、行きがけの駄賃とばかりにファントムエッジで近くにいたスクラッパーを手当たり次第に切り裂き倒していった。

 

「全く、あなたもしつこいわね? 今は私にかまけてる場合じゃ無くない?」

「お前もこいつらも区別してないだけだ」

「ちょっと? 私をコイツ等と同列に扱われるのは納得いかないんだけど?」

「世を騒がせると言う意味では同類だ」

「言ってくれちゃって、さっ!」

 

 互いに言葉による応酬を繰り返しつつ、ヤジュエルやスクラッパーの数はキッチリ減らしている。案外息のあった2人の動きにより、気付けば周囲にヤジュエルもスクラッパーも居なくなっていた。

 

 その光景を隠れて見ていたカルネプラエドは忌々しげに見ていた。予定ではもっとジェムを翻弄するか消耗させる手筈だったのに、蓋を開けて見れば意外と余裕を残していた。バリアとセツナが来たと言うのに、である。

 だがまだ勝機はあった。ヤジュエル達が居なくなった事でジェムの意識はバリアの方に向いている。心に余裕が出来た事で隙が生まれたのだ。今なら不意を討てる。

 

 カルネプラエドはバニッシャーにパワージュエルを装填し、エネルギーを充填しながら狙いを定める。砲口が向く先に居るのはジェムとバリアの2人だ。あの位置なら2人を纏めて吹き飛ばせる。

 

「死ね、ジェムッ!」

 

「「ッ!?」」

 

 カルネプラエドが砲撃するとそこで漸く2人は彼の存在に気付いた。咄嗟に離れようとした2人だったが、ふと足元を見れば先程倒したヤジュエルやスクラッパーから解放された人達が数人転がっている。今彼女達が逃げれば、身動きが取れない彼ら彼女らが代わりに吹き飛ばされてしまう。

 

「くっ!?」

「チクショウッ!」

「え、あなた……!!」

 

 ジェムは咄嗟に自分が出来る範囲で人々を守ろうとするが、それよりも先に動いたのはバリアであった。彼は前に出るとジェムも倒れた人々も守ろうと盾を構えた。結果強化された砲弾はバリアの盾に阻まれ、彼は砲撃の威力に負けないようにと必死に踏ん張った。

 

「ぐ、ぐぐ、ぐ……!」

 

 必死に堪えるバリアであったが、彼の奮闘を嘲笑う様に砲弾は爆発し彼を炎で包み込んだ。一瞬で姿が見えなくなるバリアであったが、代わりにその後ろに威力は届かずジェムも巻き込まれた人々も無事に済んだ。

 

「バリアッ!?」

「ぐ、ぁぁ…………くっ」

 

 だがその代償に、バリアは砲撃の威力の全てを自身で受け止め、その結果大きなダメージを負いその場に膝をついた。まだ変身は維持しているが、これ以上戦える状態ではない。気合で変身を維持し、尚も人々を守りながら戦おうとする彼をジェムは後先考えずに支えに向かった。

 

「馬鹿ッ! 1人で勝手に格好つけて……」

「くっ……そんなんじゃない。俺はただ、こんな理不尽な暴力で人に傷付いてほしくないだけだ」

 

 それは彼が……神宮寺 誠が嘗て守り、救う事が出来なかった少女に対するせめてもの贖罪でもあった。無意味だとは分かっている。だがそれでも、今誰かを助け守る事も出来なければ免罪符の一つも得られない。今人々を守る事に全力を注ぐ事で、あの時に今のような力があったら……と言う言い訳を手に入れ自分の心を慰めようとしていたのである。

 

 そんな彼の、人間臭い動機とそれを実行に移す度胸にジェムは一つ息を吐いた。ジェムはバリアの正体が誠である事を知らない。だが彼が人間臭い動機で行動している事には、頭ではなく心で共感できた。どんな言葉を並べ立てようと、自分だって人間臭い身勝手な理由で戦っているのだ。

 

「無茶しちゃってさ……でもそう言うの、嫌いじゃないわよ」

 

 ジェムはそう言って彼の肩を軽く叩くと、物陰に隠れてこちらを狙っていたカルネプラエドの方に向かいながら右手の指輪を交換した。先程真也から渡された、唯を第三段階に至らせたパワージュエルから作られた指輪である。深い青い色の宝石がキラリと光った。

 

「チッ、やれたのはバリアだけか……」

「色々と好きにやってくれたじゃない。今度はこっちの番よ」

 

 右手に嵌めた指輪に仮面越しに一つキスをして、ジェムはベルトの円盤を回転させそれで宝石を研磨する。

 

「私の輝きに見惚れて頂戴」

《Change of Cut, Cloth Zoisite! Commit the Juggler!》




と言う訳で第26話でした。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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