仮面ライダージェム   作:黒井福

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第27石:疑惑と襲撃

 新たな力・ゾイサイトカットとなったジェムは、両手に持った青いクラブ『イリュージョンコンボ』をジャグリングしてみせる。余裕を感じさせるその姿に、カルネプラエドは自身への挑発と捉えてバニッシャーを構え引き金に指を掛ける。

 

「舐めるなッ!」

「おっと!」

 

 カルネプラエドが砲撃しようとした次の瞬間、ジェムはイリュージョンコンボを投げつけた。投擲された複数のクラブをカルネプラエドはバニッシャーを振り回して弾くが、するとその瞬間クラブが破裂しカルネプラエドの視界を一時的に奪う。

 

「うぉっ!? くっ、小癪なッ!」

 

 目の前で破裂した事には驚いたが、しかし爆発の威力自体はそれほどでもない。目くらまし程度の効果しかないそれにカルネプラエドは直ぐに気を取り直して改めて砲撃しようとバニッシャーを構えるが、その時には既にジェムはカルネプラエドの眼前に接近ししなやかな蹴りでバニッシャーを蹴り飛ばしていた。

 

「あっ!?」

「そーれっ!」

「ぐはっ!?」

 

 バニッシャーを蹴り飛ばされ武器を奪われたカルネプラエドに、追い打ちをかける様に蹴りが放たれる。空中で体を捻って放たれた蹴りは彼女の体躯と動きの見た目の割に重く、カルネプラエドは蹴りを受けて大きく弧を描く様に飛んでいき地面に叩き付けられた。

 

「あぐっ!? く、そ……」

「ふっふーん!」

 

 倒れたカルネプラエドをジェムは再び取り出したイリュージョンコンボをジャグリングしながら眺めていた。青いボディースーツの上に灰色の軽鎧を身に着けて頭にチロリアンハットを被った様な見た目のジェムは、片足を上げると言う不安定な体勢を取りながらクラブを一個も落とす事無く投げて左右の手の間を行き来させる。正しくジャグラーと言った様子の姿にカルネプラエドは奥歯が軋む程歯を食い縛り反撃に転じようとするが、ふと周りを見渡すと用意したヤジュエルもスクラッパーも見当たらなくなっている事に気付いた。この場で残っているのは最早彼1人しかいない。

 

「くっ……役立たず共……」

 

「ヤジュエルは皆倒したわ!」

「巻き込まれた人は安全な所に連れて行ったわよ~」

「残るはお前だけだ。観念しろ」

 

 今この瞬間だけは、ジェムだけでなくバリア達もカルネプラエドを何とかしようと目的を一つにしていた。狙いが明確なジェムとそれに付き合うフブキはともかく、平然と一般人を巻き込むカルネプラエドは危険な存在故、彼女らが手を組むのはある意味で当然と言えた。彼は暴れ過ぎたのだ。

 

 この事態に流石のカルネプラエドも頭が冷えた。幾ら何でもこの人数を相手にするのは無理だ。撤退しようとするも、ジェムを含んで四方を囲まれている為逃げ道が無い。

 カルネプラエドが焦りを感じている中、包囲は徐々に狭められていく。最早万事休すかと彼の心にも次第に諦めが浮かび始めた……その時、何処からか刃が回転しながら飛んできて、まるで意志を持っているかのように的確に4人の仮面ライダーの体を切り裂き体勢を崩させた。

 

「うあぁぁぁっ!?」

「ぐっ!?」

「きゃぁっ!?」

「うっ!? ん~?」

 

 突然の奇襲にフブキですら体勢を崩されてしまったが、ジェム達3人が膝をついたのに対し彼女だけは直ぐに体勢を立て直し突然の襲撃者が誰なのかを確認しようと周囲を見渡す。彼女が視界に捉えたのは尚も回転しながら空中を浮遊する2本の刃。それはジェムがまだ佇んでいるのを見ると、獲物に襲い掛かる様に軌道を変えフブキに向け飛んでくる。迫る刃をフブキは手刀と蹴りで弾きこれ以上切り裂かれる事を防いだ。

 

「はっ! ふっ! ちぃっ!」

 

 優れた動体視力と反射神経で飛んでくる刃を何度も弾き飛ばすフブキであったが、その為に彼女もその場を動かなければならなくなってしまう。2本の刃は彼女をその場から遠ざける様に何度も襲い掛かり、カルネプラエドはその様子に何が起きているのかを概ね察して忌々し気に呻き声を上げた。

 

「あれは、まさか……」

「そのまさかよ、役立たずさん」

「ッ! テメェ、ソ……チャーロット!」

 

 新たに聞こえてきた女性の声に、カルネプラエドがそちらを見るとジェム達も釣られてそちらに目を向ける。そこに居たのはまるでベリルカットのジェムの様な姿をした女性と思しき体のラインをした戦士であった。

 紫色のボディースーツの上にベリーダンサーの様に見える鈍色の鎧を見に纏ったチャーロットと呼ばれた戦士。彼女は軽やかに跳躍してカルネプラエドの傍に降り立つと、尚も膝をついている彼の尻を文字通り蹴って立ち上がらせた。

 

「全く、ボスに感謝しなさいよ? 私にアンタを助けに行けって命令してくれたんだから。そうでなかったらアンタみたいなのどうでも良かったんだから」

「ち……くしょう」

 

 完全に自分を見下した物言いにカルネプラエドは声を絞り出すが、彼女の言う通り今の自分は情けないのを誰よりも理解している為彼はそれ以上の文句をいう事が出来なかった。何より、彼女がここに来たのは彼も敬愛するボスことジェットグリムが寄こしてくれたからだ。つまり彼女の救援はボスの程腰によるものである。それが彼の感情を余計にかき乱していた。チャーロットを出し抜く為に行動を起こしたのに、結果として自分の不甲斐無さを露呈させてしまった。

 

 悔しさに歯噛みするカルネプラエド。チャーロットは仮面の下でふっと笑みを浮かべると、何時の間にか彼の隣に移動していた。その事にジェム達は一体何時の間に移動したのかと驚愕に目を見開く。

 

「しっかたないわねぇ」

「えっ!?」

「なっ!?」

「何時の間に……くっ!」

 

 気付けばカルネプラエドのすぐ傍に居たチャーロットに、バリアは驚きながらもバリアリボルバーを向け発砲する。だが放たれた銃弾は何故か明後日の方に飛んでいき、狙った相手には掠りもしなかった。

 

「何っ?」

 

 バリアにはスコープ譲りの優れた照準システムがある。向けた武器が何処を狙っているのかが分かるようになるシステムだ。これのお陰で少なくとも視認出来る動きをする相手であれば驚異の命中率を誇る。そのバリアが攻撃を外した事に、彼は不可解さに目を見開いていた。

 

「さ、もう気は済んだでしょ? 帰るわよ。ボスも待ってる」

 

 驚くバリアを他所にチャーロットは視線をフブキの方に向けながらカルネプラエドに撤退を促した。見ればフブキはチャーロットが放った刃を攻略しつつあった。もうあと数分と経たず彼女は飛ぶ刃を切り抜けてこちらにやって来てしまう。そうなる前にこの場をさっさと離れてしまいたかった。

 チャーロットに助けられた事にカルネプラエドは自分のプライドが悲鳴を上げるのを感じていたが、悔しさをボスへの敬愛の心で押さえつけると素直に頷きチャーロットと共に撤退すべく踵を返した。

 

「あぁ……分かったよ、クソ」

「素直で宜しいわ。ご褒美に後で可愛がってあげる」

「心にもねえと言うなビッチが」

 

 自分の指示に従うカルネプラエドの頭をチャーロットが子供にするように撫で、カルネプラエドはそれを忌々し気に振り払う。このまま2人を逃がしてなるものかと、ジェムはファントムシューター、セツナは苦無、バリアはバリアリボルバーを構えて三方から攻撃を仕掛けた。

 

「待ちなさいッ!」

「逃がさないわよッ!」

「今度こそっ!」

 

 ジェム達が一斉に攻撃を仕掛けると、チャーロットはそれを一瞥した。そして仮面の下でほくそ笑むと、次の瞬間ジェム達は互いに攻撃し合っていた。

 

「あぁぁっ!?」

「きゃぁっ!?」

「ぐぁっ!?」

「え、な、えぇっ!? アンタ達何やってんのよッ!?」

「こっちのセリフだッ! お前何処を狙って……」

 

 ジェム達は確かにチャーロット達を狙って攻撃した筈なのだ。にも拘らず、3人の攻撃は互いに向けられておりダメージを受ける瞬間までそれに気付いていなかった。困惑するジェムとバリアであったが、セツナはこれが幻覚などの精神攻撃に近いものである事にいち早く気付いていた。

 

「いつつ……これって、まさか…………はっ!? アイツらはっ!」

「えっ?」

「あっ!」

 

 互いに攻撃してしまった事にパニックになっている間に、カルネプラエドとチャーロットはその場から姿を消してしまっていた。完全に手玉に取られてしまった事に、特に普段相手を手玉に取る側であるジェムは殊更に悔しがりその場で地団太を踏んでいた。

 

「くっそ!? あの女の仕業ね。アイツ、次会ったらこの借り倍にして返してやるんだから」

 

 リベンジを誓いながらジェムはその場を離れようとした。もうここに居る意味は無い。

 だがバリアは今度はジェムに標的を切り替えた。彼にとっては彼女も敵であり、先程までは状況が状況であったために一時的な共闘状態であっただけなのだから仕方がない。

 

「待てッ! このままお前を逃がすと思っているのか?」

「悪いんだけど~、今回はもうお開きにさせて頂戴ね~」

「うぉっ!?」

 

 ジェムにバリアリボルバーの銃口を向けていたバリアであったが、耳元で囁かれた甘い声色に彼は全身に鳥肌が立つのを感じ思わずその場で飛び上るほど驚いた。一方セツナは状況が落ち着いたのもあって改めて彼女に詳しい事情を聞こうと詰め寄った。

 

「ジェーンさんッ! さぁ、色々と教えてくださいッ! あなたは一体何を企んでるんですかッ!」

 

 互いの胸先が触れ合う程距離を詰めてきたセツナに、フブキはクスクスと笑みを浮かべると彼女の頭を優しく撫でた。

 

「唯ちゃんも立派になったわね~。お姉さん嬉しいわ~」

「誤魔化さないでくださいッ!」

「本心よ~。これからも頑張ってね~」

 

 フブキはセツナからの問い掛けには一切答えない。ただ一方的に自分が話したい事だけを話すと、満足しジェムの元へと向かおうとした。勿論それを黙って見ているセツナではなく、彼女の手を掴んで引き留めようとした。

 

「あ、待って、まだ話は――」

 

 だがセツナの手がフブキに触れた瞬間、彼女の体は靄の様に消えてしまった。それが空蝉の術の一種である事に気付いたセツナは、慌ててジェムの方に視線を向けるも彼女が居た場所には既に誰も居なくなっていた。またしても何も聞き出せず、目の前でみすみす逃してしまった事に2人はその場で力無く肩を落とした。

 

 そして…………そんな様子を、幹夫が物陰からしばらく様子を伺い、そして満足したように頷きながら音も無くその場を離れていったのだが、セツナ達はその事に気付く事は無かったのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 突然の襲撃を撃退した晶は、ジェーンと共に診療所に戻ると本来の目的を果たしていた。

 

「は~い、これ何時ものお薬ね~。用法用量はちゃ~んと守って飲んでちょうだ~い」

「分かってる。何時も悪いわね」

「いいのよ~」

 

 晶は受け取った薬の入った小袋を仕舞い込む。そんな彼女の様子を、ジェーンは真剣な表情で見つめていた。穴が開くほどに見つめられている事に気付いた晶は、何だか居心地の悪さを感じて身動ぎした。

 

「え? な、何? 何か気になる事でもあった?」

「……晶ちゃん、本当に用法用量守ってる? って言うか本当に飲んでる?」

 

 質問の意味が分からなかった。特に後半。用法用量を守っているかと言われれば、勢いに任せて出ただけ一気に飲んだ事も少なくは無かった。が、それは以前までの話で最近はちゃんと守っているつもりだ。

 分からないのは後半で、飲んでいるか否かとは一体どういう事なのか? 飲んでいなければそもそも薬が無くなるなんて事は無い筈なのだから、態々聞くまでも無い事の筈である。ジェーンの意図が分からず、晶は怪訝な顔で見つめ返す。

 

「待って、意味が分からない。飲んでるかどうかって、飲んでなきゃこうして貰いに来ないでしょ?」

 

 問い返されたジェーンは、晶に探る様な目を暫く向けていた。が、直ぐに何時もの雰囲気に戻ると見慣れた笑みを顔に貼り付け、首を左右に振って自身の質問を取り消すと同時に晶の言葉に同意した。

 

「ん~、ゴメンなさ~い、やっぱり何でもないわ~。晶ちゃんの言う通りね~、ごめんなさ~い。何だか予想してる薬が無くなる時期と合わない事が多いから~」

 

 ニコニコとした笑みを浮かべるジェーンの表情からは、彼女の真意を伺い知る事は出来ない。何だか納得できないものを感じつつも、口先で自分が彼女に勝てる訳が無いと分かっている晶はそれ以上の追及はせず目的も果たせたので大人しく診療所を後にした。

 

 晶が返っていくのをジェーンは窓から見送り、彼女の姿が見えなくなると椅子に腰掛け足を組みながら真剣な表情になり考え込む。ストッキングに包まれた美脚を組んで真剣な表情になる白衣姿のジェーンはそれだけで絵になったが、幸か不幸か今の彼女の姿を見る事が出来る者は誰も居なかった。

 

(変ね……晶ちゃんの体、パワージュエルの影響を大分受けてる……)

 

 晶に処方されている薬は、表向きは精神安定剤となっている。だがこれは偽りであり、実際にはジェーンが自身の知識を総動員して作ったパワージュエルの影響を緩和させる為のものであった。晶の精神を安定させているのは偽薬効果と定期的に行っている診察にかまけて施している催眠能力の応用である。

 

 本来、晶はパワージュエルの影響を受けない筈であった。過去にヤジュエルに襲われた事と、ジェムドライバーがフィルターの機能を果たしていると言う話で晶はヤジュエルを生み出す事は無い……少なくとも彼女自身はそう信じていた。

 

 だがジェーンが出会った時、晶は大分パワージュエルの影響を受けていた。彼女の精神が不安定だったのもその影響。ジェーンは独自の経験と傘木社時代に培った知識・技術を総動員してパワージュエルの影響を体外に逃せる薬を作り出し、それを精神安定剤と偽って飲ませていたのである。

 

 催眠治療により晶の精神は安定を取り戻し、処方した薬の影響でパワージュエルの影響は晶の中から完全に抜け出た筈であった。だがここ最近、再び晶の体がパワージュエルの影響を受けつつある。精神が時折変に不安定になるのもその影響であった。その変化はジェーンの催眠治療が追い付かない程であり、彼女がフブキの姿を借りて戦うようになったのも少しでも晶の傍に居る為であった。もし戦闘中に何か起こっても、直ぐに対処できるようにと。

 

(薬の配合に変化はない……耐性が出来た? いや、でも…………)

 

 人間の体は薬に対しても耐性が出来るように作られている為、当初は薬の効きが悪くなってきたのかとジェーンも思っていた。だが最近、別の可能性も考えるようになってきた。それは晶が薬をちゃんと飲んでいない可能性である。しかしその可能性は低いとジェーン自身考えていた。晶はあの薬を精神安定剤と認識している。ジェムとしての活動をする上で、精神の安定は欠かせない条件だ。彼女がそれを軽んじるとは思えない。

 

 となると、残る可能性は必然的に絞られていく。

 

「考えられるのは、すり替え…………そんな事が出来るのは、1人しかいない……か」

 

 さてこの事実をどう晶に伝えようかとジェーンは頭を悩ませた。催眠で言う事を利かせてしまえば手っ取り早いのではあるが、ジェーンは晶に対して必要以上にそれをしたくは無かった。晶にはのびのびと仮面ライダーとして成長してもらいたい。その為には、彼女の心を催眠で縛る訳にはいかなかったのだ。

 

 悩むジェーンであったが、出来ることは多くないと頭を振ると白衣を脱ぎ晶の後をついて行くことにした。見極める必要がある。晶に害意を向けているのは、果たして誰なのかを。

 

 背後からジェーンがついて来ているとは知る由も無く、晶は何とはなしに自宅まであと少しと言う所まで歩みを進めていた。すると、彼女が自宅に近付こうとするタイミングに合わせた様に別方向から唯が帰宅してきた。唯の姿にジェーンはハッと息を飲んで物陰に身を潜め、背後でジェーンが隠れているとは知らない晶は唯の姿に頭を下げた。

 

「あ……ども」

「石動さん、こんにちわ」

 

 2人は当たり障りのない挨拶を交わしてすれ違いそれぞれの自宅へと入って行こうとした。だがその時、何の偶然か突如吹いた突風が晶のフードをひっくり返し前髪を退かしてしまった。

 

「あっ!?」

「えっ……」

 

 油断していた晶はフードを押さえるのが遅れ、普段隠している素顔が露わとなってしまった。至近距離でそれを見た唯は、思わず目を背けたくなってしまうような晶の火傷痕に言葉を失う。頑なに素顔を晒さず、特に右半分は殊更に隠そうとしている様子から何かあるんだろうとは唯自身予想していた。だが予想を超えて酷い火傷痕の様子に、頭では悪いと分かっているのに唯は注目せずにはいられなかった。

 

 唯が自分の火傷痕を見てしまった事には晶自身気付いていた。彼女は素顔が晒され唯の視線が向いているのに気付いた瞬間、なりふり構わず火傷痕の部分を押さえてその場にしゃがみ込んでしまった。

 

「見るな、見ないでっ!?」

「あ、ご、ごめんなさいっ!!」

 

 慌てて顔を背ける唯であったが、今更そんな事をしてももう遅い。晶が抱えている闇が何であるかを唯はしっかり記憶してしまい、晶は逃げるようにその場を離れようと立ち上がった。

 

「あ、ま、待って……!」

 

 咄嗟に晶の手を掴んで引き留めてしまった唯であったが、振り返り睨んできた晶の顔に掛けるべき言葉を失ってしまう。

 

「……放してよ」

「う……」

 

 後先考えず引き留めてしまったが、自分に何が出来るのかと自問し出来ることは無いと痛感しゆっくりと手を離した。一瞬沙苗を紹介しようかとも思ったが、彼女でもこの火傷痕に対しては出来ることは無いと理解している唯は自身の無力さに歯を食い縛るしか出来なかった。

 今の彼女に出来ることは、偶然とはいえ触れてはならぬ事に触れてしまった事を謝る事だけであった。

 

「本当に……ごめんなさい」

「……忘れて、お願い」

 

 無力感に苛まれ苦しそうに顔を歪める唯に晶も頭が冷えたのか、幾分か冷静に対応する事が出来た。無茶な要求をしているとは分かっているが、これで済ませられる辺り大分落ち着いていると言っていいだろう。

 

 唯の手が離れると、晶は足早に自宅の前に向かっていく。そして門を通り扉に向かおうとしたところで、チラリと唯の方を見て彼女がまだそこに居るのを確認すると、今度は晶の方が申し訳なくなり小さく頭を下げた。

 

「ごめん、嫌なもの見せて…………それじゃ」

 

 それだけ告げると晶は急ぎ自宅へと入って行き、それを見送った唯は再び吹いてきた風を睨んだ。普段、風は夫を思わせるもので吹いて来ると愛おしい気持ちにすらなるのに、今この時だけは煩わしく感じてしまった。こんな風が無ければ晶が辛い思いをする事も無かったのにと。

 

「……駄目だな、私」

 

 改めて自身の無力さを噛みしめ、唯はアパートへと入って行った。彼女の姿が見えなくなると、ジェーンはホッと一安心して姿を現す。そして唯が入って行ったアパートの一室を見やると、彼女には届かない事を理解しつつ小さく呟いた。

 

「あなたは悪くないわ、唯ちゃん。あの子の闇を知って、あの子の事を少しでも助けてあげて。あの子、案外寂しがり屋だから」

 

 そう告げるとジェーンは石動家へと向かうと、姿を隠しつつ窓から中の様子を伺った。

 

 ジェーンが覗き込んだ窓はリビングを覗ける窓であった。中では帰宅した晶がコップに水を注ぎジェーンから貰った薬を早速取り出し水で流し込んでいる。唯に火傷痕を見られたと言う動揺からか、小袋をひっくり返す勢いで取り出した錠剤は用量を軽く超えており、晶はそれに構わず手の上に出てきた錠剤を一気に口に含んで水で飲み干した。

 その様子にジェーンは呆れた。あれ程用法用量を守れと言っておいたのに。例えあれが精神安定剤だったとしても、あんな一遍に飲んでいいものではない。

 

 まぁいい、それはいい。あんまりよくは無いが今は良しとしておこう。問題なのはアレが何時、誰にすり替えられているかである。もしあれをすり替えている者が居るのなら、待っていれば姿を現す筈だ。

 

 ジェーンが観察を続けていると、コップをシンクに戻した晶に彼女の父である真也が近付いてきた。

 

「おかえり、晶」

「あ、父さん。ただいま」

「今日も、診療所に?」

「うん。薬、切れちゃったから」

「そう……」

 

 晶は真也の言葉に答えながら、小袋の中の錠剤を冷蔵庫の上のピルケースに移していく。錠剤をピルケースに移す為に晶がそちらに注目していると、真也はその手元、正確にはピルケースに入って行く錠剤をジッと見つめていた。

 それを窓の外から覗き見ているジェーンは若干目を細めて見続けているのだが、リビングに居る2人は彼女の存在に気付いていない。

 

 そうして、晶が錠剤を移し終えると彼女はピルケースを冷蔵庫の上に置いた。そして彼女はそのまま自室へと戻っていく。

 

「それじゃ、私また配信あるから」

「うん、分かったよ」

 

 部屋に戻っていく晶を真也が見送る。そして娘の姿が見えなくなると、真也は即座に視線を冷蔵庫の上に無造作に置かれたピルケースに向けた。警戒心の欠片も感じさせないその置き方は、晶の同居人に対する信頼の表れだ。そもそもピルケースなんて物を盗む物取りも居ないだろうが、適当な置き方をしても弄る者が居ないと分かっているからこそ出来る置き方である。

 そんなピルケースを真也は冷蔵庫の下からジッと見つめている。が、直ぐに視線を逸らすと夕飯の支度をするのか冷蔵庫を開き中の食材を物色していく。

 

 今のところジェーンが処方した薬に手を出す者は誰も居ない。だが誰かが必ず薬をすり替えていると確信しているジェーンは、そのまま室内を観察し決定的な瞬間が訪れる迄待ち続けようとした。

 

 が、しかし…………

 

「はぁ~い♪」

「ッ!?!?」

 

 出し抜けに背後から掛けられた甘ったるい声。同時に背中に突き刺さる殺意に、ジェーンは目を見開くと即座に体を液状化させた。直後液状化した彼女の体を刃が貫いた。液状化しているからダメージは一切無いが、行動が遅れていたら大ダメージを受けていただろう。

 

「うわっ、きっしょ。ドロドロじゃん」

 

 液状化してその場を離れていくジェーンに、突然の襲撃者であるチャーロットが不快感を隠さない声を上げる。

 

 ジェーンはそのまま液状化した状態で移動し、石動家がある一画から十分な距離を取った。あそこで騒動を起こせば晶に覗き見していたことがバレる危険もあるし、唯にも存在を気取られる。

 

 石動家から距離を取ったジェーンは、人気のない公園で液状化を解き人型に戻った。赤黒いゼリーが人型になって固まる様に元の姿に戻ったジェーンが一息ついていると、後を追って来たチャーロットが両手に持った曲刀を弄びながら近付いていく。

 

「見~つけた」

「随分なご挨拶ね~。私~、あなたに襲われる様な事したかしら~?」

 

 身構えながら相対するジェーンの言葉に、チャーロットは嘲る様に鼻を鳴らした。

 

「はぁ? 人様の家を覗き見てるような不審者にそんな事言われる筋合いないんだけど? ま、アンタに関しては、ボスから直々に消すよう言われてたんだけどさ」

 

 喋りながら手の中で曲刀をクルクルと回すチャーロット。ジェーンはその曲刀が、先日自分を釘付けにしてくれた浮遊する剣である事に早々に気付いていた。

 

「……どうやらあなた達の組織も本腰を入れ始めたみたいね~。何が目的なのかしら~?」

 

 勿論こんな事を聞いて素直に答えが返ってくるとはジェーン自身思っていない。この相手、口調は軽々しいがその実佇まいに隙が無い。口先で相手を油断させ、隙を見せた相手を絡め取り仕留めるタイプだ。ジェーンと同じ、相手を惑わせ翻弄する事を得意とする者である事を彼女自身肌で感じ、それ故彼女はチャーロット相手に強い警戒心を抱いていた。

 

「な~んで私が、アンタの質問に答えないといけない訳?」

「冥途の土産とか~、色々と理由あると思うんだけど~?」

「キャハハッ! 自分が死ぬつもりなんて微塵もないくせに何言ってんのアンタ? それに私、相手に土産を持たせるほど殊勝な性格してないし」

 

 チャーロットは話はここで終わりだと言わんばかりに、両手に持った曲刀の刃を擦り合わせて構えを取る。これ以上情報を引き出す事は出来ないと悟ったジェーンは、一応催眠光を使いチャーロットを支配下に置く事が出来ないかと試みる。だがジェーンの瞳が妖しく煌めいても、チャーロットの佇まいに微塵の変化も見られない。

 

(やっぱり変身してる相手には効果が薄いわね~。仕方がない)

 

 戦闘は避けられそうにない。そう確信したジェーンは忍筆を取り出し、フブキに変身してチャーロットと対峙する。

 

「この間は仕留め切れなかったけど、今度はあの時みたいにはいかないから」

「それはこっちのセリフよ~。悪い子には~、お仕置きしてあげないとね~」

 

 気付けば周囲は夜の帳が下り、街灯以外に光源は無くなる。その光の下で、フブキとチャーロットと言う他者を惑わせる者同士が静かにぶつかり合うのであった。




と言う訳で第27話でした。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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