仮面ライダージェム   作:黒井福

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第28石:魔女の不養生

 夜、月明りが空の天辺から街を静かに優しく照らす時間帯……

 

 唯は街の郊外近くに1人赴き、何かを探す様に視線を彷徨わせていた。スーツ姿の女性が木々の増えてきた街の外れに1人佇むなどミスマッチで非常に目立つが、場所が場所であり時間が時間である為今の彼女の姿を目にする者は皆無であった。

 

 否……1人居た。1人周囲から浮く唯に、音も無く近付く人影だ。闇に溶けるように静かに素早く動く人影は、唯に気付かれる事も無く彼女の背後に接近した。その動きはただ単にこんな所に唯の様な女性が佇んでいる事を不審に思っての行動とは思えない。ともすれば彼女に害を成そうとする不審者のそれだ。だが唯自身は背後から迫る人影に気付いた様子が無い。

 

 そのまま人影は唯の背後に接近し、その背に手を伸ばそうとした。

 

 瞬間、唯は素早く背後を振り向き伸ばされていた手を掴むと同時に反対の手に持った苦無を相手の首筋に向け振るった。すると相手の人影が持つ刃が首筋と苦無の間に差し込まれ、苦無を阻み唯の攻撃を防いだ。

 

「ふっ!」

「くっ!」

 

 そのまま両者薄暗い中で睨み合うが、突然張りつめていた緊張感が霧散すると同時に、どちらからともなく小さな笑みが零れ互いに刃をゆっくりと下ろした。

 

「フフッ……腕を上げたでござるな、小鳥遊殿。あいや、失礼、南城 唯どの」

「千里君に追いつく為に頑張ってるんだもの。これ位は出来なきゃよ、長谷部さん」

 

 唯が懐かしさを感じて浮かべた笑みを向けている相手の顔が、月の明かりに照らされて浮かび上がる。眠っているのかと思う程に細い目に、女性としてはかなり高い身長に見合ったたわわに実った乳房を持つその女性の名は、長谷部 椿。唯同様に万閃衆の忍びであり、彼女にとってはくノ一の先輩であると共に同じ学び舎で学んだ旧友である。

 

「いやはや、今でも驚いているでござるよ。まさか唯殿が拙者と同じくノ一になるとは」

「私だって、生まれは万閃衆だもの。こうなっても不思議じゃないでしょ?」

「然り。だが拙者の隠形を見抜くとは、唯殿の成長も目覚ましいでござるな」

 

 学生時代から優秀な忍びとして活躍してきた椿にこう言われると悪い気はせず、唯はこそばゆさに口元の笑みを手で隠しながら俯く。その隙を見逃さず、椿は素早く唯の背後に回り込むと学生時代よりもさらに大きく実った唯の胸元の果実を持ち上げるように揉みしだいた。

 

「こちらの成長も目覚ましいでござるな。千里殿に抱かれる機会も最近は減っていると言うのに」

「ひやぁぁぁぁぁぁっ!? ちょ、こらぁっ!」

 

 自分が油断したからとは言え、そして衣服越しとは言え胸を揉まれた事に唯は羞恥に顔を真っ赤にしながら腕を振り回して椿を振り払った。若干涙目になりながら片手で胸元を押さえ、もう片方の手に苦無を持って警戒する彼女の姿に椿は人を食ったような笑みを浮かべて彼女の怒りを受け止める。

 

「ふっふっふっ、まだまだ修行が足りぬでござるな。隙が多いでござるよ?」

「くぅぅ……屈辱だわ」

「だが実力の方は以前に比べて遥かに大きく成長してるでござるよ。そんな唯殿にご褒美でござる。御所望の品、受け取られよ」

 

 とは言えその実力は十分認められるほどの物であった事は確認できたので、椿は満足そうに頷くと背負っていた荷物を下ろし鍵を外し中身を取り出した。

 

 それは第一印象が弓の様な武器であった。弧の部分が刃で出来たような形状の弓。見方を変えれば弓の様な形状の双刃の剣とも言えるそれは、弦が張られておらず代わりに矢を番える部分に銃口を備えた機関部を搭載していた。目の前に現れた奇妙な形状の武器に、唯は自身の目に力が籠るのを確かに感じ、同時に胸に熱い物が込み上げてくるのを感じていた。

 

「これが……」

「そう。これが唯殿所望の武器。弓の形状の銃に剣としての機能を持たせた、その名も『迅雷』でござる」

 

 椿の説明を受け、唯は期待に胸が高鳴るのを感じながら自分専用の武器を手に取った。普段使う忍者刀などとは比べ物にならないズシリとした重さは、彼女の肩に掛かる責務の様に重く感じられたがその重さが彼女に頼もしさを与えてくれた。

 

 持ち上げた迅雷を唯は構え、軽く振って使用感を確かめる。戦いは見ているだけだった学生時代なら持つだけでも精一杯だったろうが、くノ一として鍛え上げた今の彼女はこの程度なら軽々と振り回せる。無駄のない動きで刃を振るい、弓を構えるように銃口を向ける唯の姿からは武器に振り回されている様子が感じられない。しっかりと武器を自分の手足として扱っているのを確かめ、椿も見事と手を叩いた。

 

「流石でござるな。ちゃんとその武器を手足の様に扱っている。あの小鳥遊 唯殿が随分と成長したでござる」

「もう、その言葉何度目?」

「意外だったのだから仕方ないでござろう。小鳥遊殿が南城殿になっただけならともかく、まさか忍びにまでなるとは思ってもいなかったのだから」

 

 嘗ての守られていただけの少女が随分と強く美しく成長したと、椿はまるで親心の様な気持ちで彼女の事を見た。

 そんな視線を向けられる唯は唯で、椿の様な熟練の忍びに認められる事に嬉しさを覚えると同時にこそばゆさを覚えずにはいられなかった。2人は忍びの先輩後輩であると同時に旧友でもあるのだ。旧友からそんな親目線の様な物を向けられるのは何と言うかむず痒い。

 

 だから唯は、せめてもの反撃に椿が唯一狼狽える話題で彼女の余裕を崩しに掛かった。

 

「そう言う長谷部さんは何時隼さんになるのかしらね?」

「ぬなっ!? そ、その話題は卑怯でござるよっ!」

「ふふっ!」

 

 もう何度も逢瀬を繰り返していると言うのに表立って仲を進展させない椿の尻を軽く蹴り上げてやれば、彼女は顔を真っ赤にして面白い位狼狽えてくれた。予想通りの反応を見せる椿にしてやったりな笑みを浮かべた唯は、一頻り笑うと唐突に表情を引き締めある事を彼女に告げた。

 

「それはそうと、長谷部さん。あなたには伝えておかなきゃいけない事があるわ」

「ふむ……何やら真面目な話の様子」

「えぇ、とてもね。……今この街に、仮面ライダーフブキが居るわ」

「ッ!?」

 

 フブキ……それは椿にとって黒歴史と言っても過言ではない名前であった。卍妖衆の首魁の術中に嵌り誑かされ、誇りを失い万閃衆に牙を剥いていた時の忍びの名前だ。卍妖衆との決戦の最中、正気を取り戻した椿が捨て去った筈のフブキが、今再びこの街で姿を見せた。過去の自分が戻ってきたような感覚に、椿は意識せず拳を握り締め爪が手の平に食い込む。

 

「…………そのフブキに変身しているのは、何者でござるか?」

「ジェーンさんよ。長谷部さんは覚えてないみたいだけれど」

「なるほど……」

 

 嘗てジェーンは、千里達に近付く為に椿を催眠で操り自身の存在を彼女の中に刻み付けた。椿を自分が経営する喫茶店の常連に仕立て上げ、敵ではない事をアピールし自分に近付けさせた。なぜ彼女がそんな事をしたのかは分からない。だがその時は少なくとも唯達に敵対するような存在ではなかった。

 ジェーンは最終的に毒に侵されていた椿を救うと、その際に催眠も解き自身の存在を椿の中から消し去った。そしていずこかに姿を消した彼女を、千里達は密かに探していた。

 

 そのジェーンが今この街に居るとなると、放ってはおけなかった。

 

「どうする、長谷部さん?」

「……正直、今すぐにでもこの街を虱潰しにしたい気持ちは強いでござる。何故拙者を利用してまで千里殿達に近付いたのか……目的は何なのか……訊ねたい事は山ほどあるでござる。しかし……」

 

 だが椿は、ジェーンの捜索に向かいたいと言う自身の気持ちにそっと蓋をした。彼女が今回光林市に訪れたのは唯に迅雷を届ける事を目的に来ただけであり、この後も別の任務が彼女を待っている。以前に比べれば少しはマシになったとは言え、まだまだ人手不足の万閃衆である。寄り道をしている余裕は無かった。

 

「拙者は万閃衆の忍び。個人の身勝手で動く訳にはいかぬでござる。それが拙者の誇り故……」

「うん、知ってる」

「なので唯殿。誠に申し訳ないのでござるが……」

「大丈夫。長谷部さんの代わりに、私がジェーンさんをとっちめて聞きたい事全部聞き出してあげるから」

 

 本音を言えば、椿が一緒に戦ってくれればこれ以上頼もしい事は無かった。だがそれは唯の我儘だ。椿には椿の誇りと任務があり、寄り道をする事は彼女の信念に反する事に繋がる。

 

「忝い。この礼は必ず。では、これにて御免」

【忍法、隠れ身の術ッ! 達筆ッ!】

 

 椿は迷いを振り払うように一思いに姿を消し、その場には唯が1人残された。一陣の風が唯の傍を通り抜け、彼女の髪を靡かせる。乱れた髪を手櫛で直しながら、唯は物寂しさを振り払うように一つ息を吐くと受け取った迅雷を仕舞い踵を返す。

 

 その時…………

 

「は…………ハクシュッ!? うぅ……ん~、風邪?」

 

 不意に飛び出たくしゃみ。普段であればそこまで気にする事では無いが、最近は色々とあった為少し不安が残る。特に以前の、パワージュエルに魅入られてヤジュエルを生み出してしまった時は体力をかなり持っていかれてしまった。それ以外にも色々と疲れが溜まっているし、じっくりと体調を管理している余裕が無かったかもしれないと不安を覚える。

 一応、幹夫にパワージュエルの影響が残っていないか診察してもらってはいるものの、それでもやはり不安は残った。

 

「そう言えば、確か近所に診療所があるんだっけ?」

 

 事前に暫く過ごす事になる街の事を調べた時、近所に診療所があった事を思い出す。恐らく大丈夫だとは思うが、念の為診察を受けに行こうかと考えながら唯は帰路に就くのであった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 翌朝、晶はピルケースから薬を1錠取り出して飲むと、この日の情報収集の為鄭堂診療所を訪れていた。

 

「邪魔するわよ~」

 

 勝手知ったる様子で診療所に入りジェーンの姿を探すも、診察室の中に彼女の姿は見当たらなかった。奥の部屋にいるのかと思い覗き込んでみたが、そこにも居ないのか気配の一つも感じ取れなかった。

 

 こうなると怪しいのは上の階にある居住スペース。若しくは買い物に出かけている可能性であるが、耳を澄ませば上の階から大きくは無いが物音が聞こえる。どうやらまだ起きてきてはいないようだ。

 

(珍しいわね? アイツが寝坊だなんて)

 

 晶は未だに降りてこないジェーンに違和感を感じ、さっさと情報を得たい事もあり勝手ながら階段を上り居住スペースの中を覗き込んだ。思えば2階に上がるのは初めての事だったので、ジェーンが普段どんな生活を送っているのかと好奇心と期待に胸を膨らませつつ階段の先の扉を開けた。鍵は掛かっていなかったのですんなり中に入る事が出来たのだが、そこで晶が見たのは少し意外な光景であった。

 

「は、えっ!?」

 

 階段の先にある扉を開けるとリビングに繋がる廊下があったのだが、ジェーンはその廊下の半ばで倒れていた。晶はその光景に一瞬思考が停止し、目を点にして動きが止まってしまっていた。

 そして思考が再起動すると、慌てて近付き倒れたジェーンに声を掛けた。

 

「ちょちょっ!? 何、どうしたの? 大丈夫?」

「ん、ぅ……あ? 晶ちゃん?」

「晶ちゃん? じゃないわよ! 何があったのよ?」

「ごめんね~、驚かせちゃって~……ぁ、ぅ」

 

 それまで意識を失っていたのか、晶の声に反応して目を開き体を起き上がらせようとする。だが本調子ではないのか力が上手く入らない様子で、無理に起き上がろうとする彼女を晶は慌てて引き留め寝室へと連れて行った。

 

「あ~あ~、無理しないでよ。病人だか怪我人だか知らないけど、大人しくしてて」

「は~い」

 

 晶の優しさに甘えてか、それとも本当に動けないのか分からないが、ジェーンはされるがままに引き摺られていき寝室のベッドの上に寝かされた。特別熱があるようには見えなかった為濡らしたタオルや氷嚢を額に乗せる事はせず、掛布団を掛けてやるだけに留めた。

 

「これでよし、と」

「悪いわね~。ついでと言ってはなんだけれど~、一つお願いしてもい~い?」

「何? 何か欲しい物でもあるの?」

「そこのサイドテーブルの中にある物を一つ、取ってほしいな~」

 

 ジェーンの視線の先にあるサイドテーブル。晶はそれを何気なく開くと、最初に感じたのは中から漂ってきた冷気であった。その事に一瞬首を傾げるが、中身を見てそれが何であるかを理解して合点が入った。

 

「あぁ、そういう事ね」

 

 そのサイドテーブルは冷蔵庫でもあった。中にあったのは輸血用の血液パック。ジェーンはノスフェクトと言う吸血種族なので、効率よくエネルギーを補充する為にはこれが必要だったのだ。普段輸血用の血液パックなんて滅多に拝めるものではないので、晶は少し物珍しそうに手にしたパックを眺めながらベッドの上のジェーンに手渡した。

 

「これでいい?」

「ありがと~。よいしょ、と」

「だから無理するなって。ほら、手ぐらい貸してあげるから」

 

 流石に横になったままでは飲み辛いのか上体を起き上がらせようとするジェーンに、晶が背中を支えてサポートする。案外甲斐甲斐しく手助けしてくれる彼女にジェーンが柔らかな笑みを向け、そのままパックにストローの様な物を刺して中身を吸い上げ始めた。

 何だかまるでジュースでも飲んでいるような姿だが、飲んでいるのが何処かの誰かの血だと思うと何とも微妙な気分になる。種族的なものなので安易に否定する訳にも行かないから、晶はジェーンが血を飲み終えるのをジッと待っていた。

 

 程無くしてジェーンはパックの中の血液を全て飲み干した。空になってぺしゃんこになったパックをジェーンはベッド脇のゴミ箱に放り込み、それを見届けた晶は再び彼女の体をベッドの上に横たえさせた。

 

「よっ、と」

「ふぅ……ありがと~。助かったわ~」

「それは別にいいんだけどさ、一体何があったの? アンタほどの奴が倒れるなんて相当なんじゃない?」

 

 以前一度だけ晶はジェーンと実力を試す目的で戦った事があるが、その時は晶が一方的にあしらわれ叩きのめされた覚えがある。その時は勿論ジェーンは手を抜いていただろうから、本気の彼女の実力がどれ程であるかは晶も詳しくは知らない。そんな彼女が一時的とは言え倒れて動けなくなるほどの消耗をするなど、一体どれほどの相手であるのか想像もできない。

 

「油断したわね~。あのチャーロットとか言うやつ、結構厄介かもよ~」

「チャーロット? あ~、ジェットグリムの仲間か。何、アンタ何時の間にそいつと戦ったの?」

「ちょっとね~」

 

 昨夜、石動家での遭遇の後、ジェーンは場所を移した先でソフィアことチャーロットと激しい戦いを繰り広げていた。晶ですら感知していない戦いではあったが、その戦いでジェーンはチャーロットと言う相手の力を嫌と言う程思い知る事となった。

 

「気を付けてね~。あのチャーロット、かなり危険よ~」

「具体的には?」

 

 ここで新たな敵の危険性を知る事が出来るのは晶にとって僥倖であった。先日のチャーロットとの遭遇戦では、セツナやバリア共々訳が分からず翻弄された。だが何をどうされたのかが分からず、次に会った時どうすれが良いのかと晶も頭を悩ませていたのだ。

 

 その疑念をここで晴らせるとなり、晶は興味津々と言った様子でジェーンから詳細を聞き出そうとする。

 

 だがその時、下の階から突然聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

『すみませ~ん! 誰か居ませんか~?』

「えぇっ!? ちょ、この声……」

「唯ちゃん?」

 

 診療所に入って来たのは唯であった。一体なぜ彼女がここに来たのかと晶は思考を巡らせ、もしやジェーンの居場所が彼女にバレたからではないかと警戒し身構えた。だがジェーンは聞こえてくる唯の声色からそう言う訳ではない事を見抜き、身構える晶を宥めた。

 

「アイツ、ここまで……!」

「ストップ~。晶ちゃん落ち着いて~。多分だけど~、唯ちゃんは私がここに居るから来たって訳じゃないみたいよ~」

「え、そうなの?」

 

 何故そんな事が断言できるのかと首を傾げれば、ジェーンは肩を竦めて唯の為人を改めて思い出した。

 

 そもそも唯と言う人物は端的に言ってしまえば堅物に分類される女性である。非常に気真面目であり、自他ともに厳しくする傾向が強い。成長した今は大分融通が利くようになってはいるようだが、物事にメリハリをつける部分は変わっていない。そんな彼女が、場合によっては戦闘も辞さないと覚悟を決めている相手に対してこんな風に暢気に声を掛けたりするだろうか?

 答えは否だ。もし唯がこの診療所にジェーンが居る事を確信ないし可能性が高いと考えているのであれば、声を掛けるよりも音も無く侵入して直接接触を図ろうとしてくる筈だ。

 

「つまり~、今の唯ちゃんは普通に診察目当てで来たに違いないわ~」

「だと良いんだけど……で、どうするの?」

 

 一先ず唯がジェーンを狙ってきた訳ではないのは良いとして、この状況をどうするかが最大の問題である。まだ唯は下に居る。この状況で居留守を使えば、逆に怪しまれて奥へと入って来るかもしれない。

 

 この状況でジェーンは、思い切った事を晶に提案した。

 

「ねぇ~、晶ちゃ~ん」

「……何? 何だか嫌な予感がするんだけど?」

「ちょっと下に行って~、唯ちゃんの相手をしてあげてくれないかしら~?」

「はぁっ!? ちょ、何言って……!?」

 

 予想外の提案に思わず大きな声を上げてしまった。マズいと思い晶が口を押さえるが、時既に遅し、忍びとして鍛えた唯の聴覚は晶の声をしっかりと捉えてしまっていた。

 

『? すみませ~ん、居ますか~?』

 

 足音が階段に近付き、居住スペースに向けて声を掛けてきているのが分かる。もう居留守も使えなくなった状況に、晶も遂に覚悟を決めた。

 

「~~~~、分かったわよ行くわよ。言ってくればいいんでしょ」

「ゴメンね~。適当に相手をしてくれればそれで十分だから~」

 

 ジェーンの声を背に受けながらげんなりしつつ晶は寝室を出て、玄関の方へと向かっていく。扉を開けた先には階段があると言うところで一旦足を止めると、呼吸を整え意を決するとそっと扉を開いた。

 扉が開いた先、階段の下には案の定唯が居て、彼女は診療所2階の居住スペースから晶が出てきた事に目を丸くして驚いた。

 

「えっ? 石動さん? どうして……」

「あ~、えっと……い、いきつけ。そう、ここ私の行きつけなのよ。先生とも仲良くて……」

 

 強ち間違ってはいない。近隣にある医療機関はここか大きめの病院しかない。そして晶の目的は医療よりも情報と薬なので、診療所への目的としては若干間違っている気がしなくも無かったが頻繁に足を運んでいる事は確かである。

 

 近隣の医療機関に関しては唯も状況を把握している為、晶が行きつけと言う部分には納得した様子を見せる。だからと言って診察室どころか居住スペースにまで上がり込む程仲良くなれるのかと疑問を抱かずにはいられなかった。付き合いが長い訳では無いが、晶が社交的な性格でない事は唯にもよく理解できていた。そんな彼女が診療所の医者と仲良くなれたと言う事が驚きであった。

 

(まぁ……他人の友好関係に足を踏み入れるべきじゃないわよね)

 

 とは言えそれを態々突っ込む程唯も無遠慮ではない。他人には他人の交友関係がある。晶自身を疑う理由が唯には無かった為、浮かんだ疑問はそっと脇に置いて気になっていた事を訊ねた。

 

「ところで居るのは石動さん1人ですか? お医者さんは居ます?」

「い、居るっちゃ居るけど、何か用?」

「ちょっと診察してもらいたくて」

 

 幹夫に定期的に診てもらっている為、パワージュエルの影響がもうなくなっている事は分かっている。だがそれでもやはり不安はあるし、別の視点からの判断も欲しかった。幹夫は科学者であって医者ではないのだ。最近は特に忙しくて疲れも溜まっている気がするしで、唯としては色々と不安があったのである。なので今回思い切ってアパートの近くにある診療所であるここに来たのだが、そこで唯は晶と遭遇したと言う訳であった。

 

 ジェーンが唯との間に因縁がある事は晶も分かっている。そんな2人を引き合わせる訳にはいかないので、晶は適当な理由を付けて唯を追い返そうと画策した。

 

「え、え~っとぉ、じ、ん゛ん゛っ!……先生はちょっと暫く相手できないかもね」

「えっ!? どうして?」

「あの……そ、そう! 体調! 体調崩しちゃったのよ、ホント参っちゃうわよね~」

 

 階段を下りて唯に近付くと、晶は彼女をそれとなく外へと連れ出そうとした。だが唯は、扉に掛かっている診察中の看板を指差し首を傾げた。

 

「でも今日、診察してるって看板が出てるみたいですけど?」

「ん゛ッ!?」

 

 言われて思い出した。晶が訪れる迄、ジェーンは普通に診察を行っていたのだ。曲がりなりにも診療所としてカモフラージュする為、ジェーンは一般の客も受け入れてちゃんとした診察を行っていた。近隣にある医療機関がここ以外だと少し離れた病院しかない事もあり、診療所の来訪者は意外と多い。それ故に唯も今回訪れてしまったのだ。

 

 さてどう言い訳したものか……明らかに疑惑の目を向けてきている唯を前に、晶はポーカーフェイスを維持しつつこの場を切り抜ける方法を考えた。

 

 暫し悩んだ晶であったが、不意に何を思ったのか大きく溜め息を吐くと頭を乱暴にガシガシと搔きながら面倒臭そうな様子で言葉を紡いだ。

 

「ほんっと、迷惑な話よね」

「はい?」

「ここの先生。無理しすぎなのよ。挙句の果てに自分が参ってダウンして、こちとら医者じゃないってのに面倒見させられちゃってさ。ホント迷惑」

 

 下手に守ろうとするから不審に映るのであって、怪しまれる原因となるなら方針を変えてしまえばいい。一転して診療所の医者を非難するような物言いをする晶に、唯も困惑を隠せなかった。

 

「いや、あの、お医者さんが頑張るのは悪い事じゃないんじゃ……」

「それでぶっ倒れられたら世話無いって言ってるの。全く……」

 

 突然主張を変えるどころか雰囲気も変わった晶に困惑しながら、唯も釣られるように医者を擁護しようとした。晶の勢いに疑問を流されてしまったのだ。その様子に晶は内心で作戦通りとガッツポーズをした。

 

 何とか誤魔化す事は出来た。唯は晶を突破して医者の元へと行こうとするのは止めてくれた様で、階段を下りて診療所の入口へと向かっていく。内心でホッと胸を撫で下ろしつつ、このまま追い返すのも何だか忍びなかったので、晶はそれとなく唯がここに来た目的を世間話程度の感覚で聞いてみた。

 

「そう言えば診てもらいたいって言ってたけど、何、風邪?」

「あ、いえ、そう言う訳じゃないんですけど……ちょっと最近体調が大きく変化する事があって。一応治りはしたんですけど、念の為診てもらおうかと」

(……あぁ、あれか)

 

 唯の言葉の内容から、晶は彼女が危惧しているのはヤジュエルを生み出してしまった事への影響であると察した。確かにヤジュエルに関して殆ど知らなければ、後遺症が無いか不安になるだろう。実際には唯は定期的に幹夫と言う科学者により検査を受けているのだが、科学者と医者では見えるものが違うので唯は不安を解消する為こうしてここに来たわけだ。

 

「大丈夫じゃない? 見た限りそんな変わった所があるようには見えないし」

 

 また来られても面倒なので、晶はパワージュエルとヤジュエルの専門家として唯にそうアドバイスしてしまった。それを受けて今度は唯の方が黙っていなかった。

 

「え? 石動さん、医学の心得が?」

 

 何とはなしに晶が口にした、だが確信をもって放たれた言葉を唯は流さなかった。妙にハッキリ言う晶が医者には見えないと言うのもあり、唯が今度は晶自身に疑惑の目を向け始める。

 

「え、えっと~……南城さん? 少し、落ち着こ、ね?」

「そう言えば今までずっと気になってたんですけど、石動さんって普段何を……」

(マズいマズいマズいッ!? バカバカバカバカ私のバカッ!? こんな奴放っておけば良かったのにッ!!)

 

 雉も鳴かずば撃たれまい、後悔先に立たず。今更焦ってもしょうがない。唯の追及を逃れる為の第二ラウンドが始まった事に晶が盛大に焦り始めた、その時突如診療所の外で何かが落下するような音が響き2人は慌てて外に飛び出した。

 

「えっ、何ッ!?」

「隕石でも降ってきた?」

 

 飛び出した2人の前では道路に何かが落下したようなクレーターが出来ていた。土煙で視界が不明瞭になっている中、2人が目を凝らすと土煙を吹き飛ばしてチャーロットが姿を現した。

 

「「なっ!?」」

「あれあれ~? ここら辺に居ると思ったんだけどな~? ねぇそこのアンタ達、ここら辺で忍者見なかった?」

 

 チャーロットはどうやらフブキを探しているらしい。その証拠に彼女の体のあちこちには凍結させられてできたと思われる傷が無数にあり、一見生き生きしている様に見えるがその実結構ボロボロであるのが伺えた。

 

 その証拠に彼女は内心で非常に苛立っていた。理由は言わずもがな、ジェーンにあしらわれた事でプライドが傷付けられたのだ。

 

(あの女ぁ……!? あと少しだと思ったのに……)

 

 チャーロットはフブキを弱らせあと少しで倒せると言う所まで追い詰める事が出来ていた。だがフブキの方が一枚上手であり、一瞬の隙を突かれて反撃で大きなダメージを負わされた挙句氷漬けにされて放置されてしまったのだ。フブキとしても本当はトドメ迄刺してしまいたかったのだが、生憎とチャーロットの攻撃で消耗した体では氷漬けにするのが精一杯だった。

 

 そして凍結から解放されたチャーロットは、意識が薄れゆく中で氷の中からジェーンが去っていった方角からこの場所に辿り着いたのである。

 

 ここまで述べた通りチャーロットの狙いはジェーンなのだが、忍者を探していると言われて放っておけないのが唯であった。

 

「そんなに忍者に会いたいなら会わせてあげるわッ! 変身ッ!」

【忍法、変身の術ッ! 瞬きの、刹那を見抜き、忍ぶ者……セツナッ! 達筆ッ!】

 

 唯はセツナに変身し、新武器である迅雷を早速構えた。それと同時に晶を診療所の中に押し込みつつこの事を通報するよう告げる。

 

「石動さんは隠れてて。それと出来ればこの事を警察の方にッ!」

「あ、ちょっと!」

 

 晶の抗議も聞かずセツナは彼女を診療所の中に押し込み扉を閉めると、自身はチャーロットと対峙する。明らかに戦う様子を見せるセツナの姿に、チャーロットも両手の曲刀を構えて迎え撃つ姿を見せる。

 

「キャハハッ! アンタ私とやる気? いいよ、昨日の奴とは違うけど、憂さ晴らしには丁度いいわ」

「鬱憤をため込む事にならなきゃいいけれどねッ!」




と言う訳で第28話でした。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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