この日、誠は光林市の警察署ではなく空港に居た。国際便が多く出入りする国際空港、そこに今日ωチームが到着する予定となっていたのである。問題なく部隊が到着しそうだと言う事で、彼は出迎えるべく空港に足を運んだのだ。
空港のロビーで待つ事数十分。時折時計に目を向けながら窓の外に見える滑走路を眺めていると、1機の大型貨物機が滑走路に着陸した。その機体の胴体には大きくS.B.C.T.のマークが刻印されている。機密の多い設備や装備品と部隊を世界各地に運ぶ専用機だ。誠の時は個人での移動であった為一般の旅客機を利用したが、本来S.B.C.T.の隊員は部隊揃ってあれで運ばれる。
見慣れたマークの刻まれた機体が空港に入って来た事に誠の気が引き締まる。まだ誰も姿を見せていないのに背筋を伸ばし、首元のネクタイを軽く直す。
程無くしてロビーに彼と同じ制服に身を包んだ一団が姿を現した。心なしか周囲の一般の人々が慄くように道を開けている様に見えるのは、隊員達の纏う何処か物々しい雰囲気に本能が警鐘を鳴らしたからだろう。或いは、彼らの体に染みついた血の臭いをやはり本能が感じ取ったのか。
どちらにせよ誠はそんな事気にせず、寧ろ頼もしさすら感じながら先頭を行く円に近付き敬礼と共に迎えた。
「お待ちしてました、隊長!」
「待たせたな、誠。報告は聞いている。これまで1人でよく頑張った」
「いえ。折角与えられた新型、活かし切りジェムも連中の仲間も捕らえる事が出来ず……」
誠としては宿題が終わらなかった学生のような気分であった。彼が与えられたバリアは防御と捕縛に特化した性能を持つ。にも拘らず、彼は万閃衆の忍びであるセツナと言う協力者が居ながらジェムもカルネプラエド達も捕らえる事が出来なかったのだ。彼としては何一つ成果を上げる事が出来なかったと始末書の一つも書かねばならぬと苦いものを感じずにはいられなかった。
だが自分を恥じる誠に対し、円の反応はそう悪いものではなかった。
「気にするな。報告は聞いてると言っただろ。状況が状況だ、追い詰める所まで行けただけでも大したものだ」
「あぁ、例のカルネプラエドにヤジュエルとか言う化け物、それに加えてジェムなんてのが好き勝手してんだ。それを全部1人で何とかしろなんて言う程、隊長も古狸も言ったりしねえから安心しな」
「旦那……それ司令の前で言ったらダメですよ?」
ω2――本名をビート・イヤーと言う――の口にした古狸と言う単語に誠は思わず彼を窘める。ビートの言う古狸とは彼らを纏めるもう1人の人物であるωコマンダーの牧田である。あちらは諸々の手続きなどの為この場にいないようだが、もしビートの蔑称に等しい呼び方を聞けばいい顔はしないだろう。
「そんな事より誠。お前少しは休んでるか?」
「え?」
「見ただけで分かる。随分疲れを溜めてるようだな?」
言われて誠はこれまでの日々を思い返す。確かにジェム達との戦いとそれに対する対策を練る事、そして訓練などに明け暮れた結果まともな休息を得ていないような気がした。尤も彼にそんな事を気にする様な精神的な余裕はなかった。彼は兎に角力を欲していたのだ。その為には休んでなどいられない。
「いえ……ですがこの程度……」
「全く、これだからお前を1人で動かしたくは無かったんだがな。お前は真面目過ぎる。そして自分に厳しすぎる。少しは自分の身を労わってやれと何度も言ってるだろう」
誠は部隊と行動を共にしていた時から、自分の体を徹底的に苛め抜く男だった。誰よりも長く訓練を続け、誰よりも貪欲に情報を集めた。あまりに行き過ぎた勤勉さに円が隊長権限で強制的に休ませた事も一度や二度ではない。
「頑張る事を否定はしないがな。だがお前はもう少し自分を労わるべきだ。でないといざと言う時に動けなくなるぞ?」
「そうだそうだ。探してる幼馴染ってのが居るんだろ? その子を迎えに行く時の為にも、必要な分の体力はしっかり残しておけって」
円に続く様に告げられたビートの言葉。強面であるにも拘らず意外としっかりした気遣いの言葉に、誠はどこか不満そうにしつつそれを明確な言葉にはせず飲み込んで代わりに息を吐き出した。
そんな彼の姿に円は仕方が無いなと溜め息を吐くと、取り合えず部隊を休ませられる場所に向かうべく誠に案内を頼んだ。
「取り合えず、手荷物を置ける場所が必要だ。警察署まで頼む」
「ハッ! ではこちらに……」
この後は一旦部隊を警察署に連れていき、そこで対策室のメンバーと顔合わせをさせ今後の連携に関する簡単なミーティングを行ってから部隊が滞在する間の住居に連れて行くことになっていた。だが彼が部隊を先導しようとすると、そのタイミングを見計らったかのように彼のスマホに着信が入った。
「ん、何だ? 警部? 何が……」
剛からの連絡に誠は何かを感じると、円に断ってから通話に出た。画面の通話をタップしてスマホを耳に当てると、やや焦った様な剛の声が耳に入って来た。
「もしもし?」
『あぁ、神宮寺さんッ! 良かった繋がって……緊急です! 一般市民からの情報で、現在南城さんが戦闘を行っているようですッ!』
その報告に誠は一瞬目を見開くと即座に円にアイコンタクトを取り、その意図を察した円が頷くと誠はスマホをスピーカーモードにして剛に詳しい事を訊ねた。
「南城さんが戦闘? 相手はジェムですか?」
『いえ、ジェムではないようです。断片的な情報ですが、相手は桃色の姿をしているとか剣を二本使うとか言われています』
「あいつか……」
先日、不気味な同士討ちを経験させられた正体が判然としない敵、チャーロットの姿を誠は思い浮かべる。
「分かりました、私も直ぐに向かいます」
『では、周辺の封鎖はこちらで』
「お願いします。あぁそれと、部隊で向かうので道はそれなりに確保しておいてください」
誠は円とアイコンタクトで会話を続けながら剛の言葉に答えた。円は誠と剛の会話を聞く傍らで、既に輸送機に連絡を取り指揮車と部隊移送用の車両の用意を急ピッチで進ませていた。
『部隊?……ッ! は、はい! 分かりました!』
「頼みます。では」
そこで誠は通話を切ると、到着して早々戦闘に巻き込む事になったωチームの隊員達に頭を下げた。
「すみません。到着して早々であれですが……」
「構わん。それに、早い段階でこれから我々が戦う相手を確認できるのは大きい。もしかすると件のジェムとやらも姿を見せるかもしれないしな」
「俺としては一緒に戦う事になる忍者ってのに興味がある。本物の忍者が見れるなんて滅多にない経験だからな」
円に続きビートがそう軽口を叩く。その言葉に他の隊員達も同意した。やはり日本と言えば侍、芸者、忍者と言うのが海外から見た印象なのだろう。それを間近に見れるとあってか、心なしか海外出身の隊員達のテンションも上がり気味であった。
浮かれた雰囲気の部下を、円は一睨みして窘める。
「お前ら、暢気な事を言ってる場合じゃないぞ。すぐに現場に向かう準備に掛かる。誠、お前ここへは?」
「非常時の事を考えて、バイクで来ています」
「よし、なら先導しろ」
「ハッ!」
テキパキとした円の指示に従い、ωチームの隊員は素早く行動に移る。その統制の取れた動きは彼らが優れた兵士である事を何よりも雄弁に物語っていた。
そしてそれから数分後、空港から1台のバイクとその後に続く1台のワゴン車と装甲が施されたバスが1台、サイレンを鳴らしながら法定速度ギリギリの速度で出ていくのであった。
***
ωチームが日本に到着している頃、季桔市の住宅街を中心にセツナがチャーロットを相手に激しい戦いを繰り広げていた。
「はぁぁぁっ!」
「キャハハッ!」
セツナは新たな武器である迅雷を用いてチャーロットに対抗する。チャーロットは双剣を使うからかしなやかで素早い動きはセツナやジェムのそれに勝るとも劣らない物を持っており、やや大型の武器であるセツナの迅雷はギリギリのところで回避されてしまっていた。
なかなか相手を捉える事が出来ないセツナであったが、彼女の心に必要以上の焦りは無かった。忍びになりたての頃であればともかく、数々の戦いを繰り広げてきた彼女は戦いにおいてもある程度の落ち着きを維持する事が出来ていた。焦って隙だらけの攻撃を繰り出したり、相手の誘いにすんなり乗って窮地に陥る様な愚は早々犯さない。
愚を犯さないどころか、セツナは堅実に相手から一定の距離を保ち、迅雷による射撃と手裏剣の投擲で相手に攻勢を許さない戦いに徹していた。
「あぁん、もうっ! チクチクとうざったいなぁっ!?」
流石にこの戦い方にチャーロットも苛立ちを隠せない様子だったが、セツナがこの様な戦いを続けているのには理由がある。先日の戦いで何故かバリアやジェムと同士討ちをさせられた、あの不可解さが分からない為迂闊な攻勢に出る事が出来ないのだ。
(この戦いの事は既に神宮寺さんに伝わってる筈……! なら、彼が援軍に来てくれるまで堪えれば……)
まだ同士討ちのメカニズムが分かっていないのでバリアと共に戦う事にはリスクが伴うが、1人で戦うよりは2人で戦った方が安牌である事は間違いなかった。
尤も…………
「あぁ、もうッ! いい加減にッ!」
それは相手が辛抱強くセツナの相手をしてくれればと言う条件付きであった。
煮え切らない攻撃を繰り返すセツナを相手に、痺れを切らしたチャーロットは両手に持つ剣にエネルギーを溜めていく。大技が来るのを予想して身構えるセツナの前で、チャーロットは舞うような動きを見せてセツナの視線を翻弄しその動きのままに両手に持った剣を投擲した。
「フッ! ハッ!」
「ッ!? くっ!」
回転しながら飛んできた2本の曲刀は弧を描いてセツナに襲い掛かる。飛んできた2本の刃をセツナは一方を弾きもう一方を前転する事で回避した。そのままセツナはチャーロットに肉薄し、武器を自ら手放した相手に迅雷の刃を叩き付けようとグリップを握る手に力を籠める。
「はぁぁぁぁっ!」
迫るセツナ。チャーロットは動けず、セツナの振るった刃が直撃しそうになった。その時……
「…………ニヒッ♪」
チャーロットの口元に笑みが浮かぶ。僅かに聞こえてきた笑い声にセツナが内心で怪訝な顔になった瞬間、出し抜けに背中を何かに二度斬り付けられた。
「きゃぁぁぁっ!?」
突然背中に走った痛みに攻撃を中断させられたセツナはそのまま攻撃しようとしていた勢いのままに倒れ込む。チャーロットは自分の足元に倒れたセツナの背中を踏みつけ、斬り付けられた部分を踏み躙りながら自身の周囲を舞う2本の剣をゆったりと慕う時でキャッチした。
「あぁ、ああああぁぁぁぁっ!?」
「おバカさんねぇ? この間の戦いの事をもう忘れたの? この剣は私の意のままに操る事が出来るのよ」
傷口を踏みにじられる痛みにセツナが悲鳴を上げる中、チャーロットは勝ち誇った様子で自身の能力の一つを説明した。チャーロットが持つ2本の剣は、エネルギーを充填させれば彼女が脳内で思い描いたように浮かせて動かす事が出来る。最初にチャーロットの姿が確認された戦いで、フブキがジェム達から引き離されたのはこれによるものである。
追い詰められつつあるセツナの姿に、物陰から様子を伺っていた晶は仕方が無いと溜め息を吐きながら変身しようとして、ドライバーを家に置きっぱなしである事を思い出した。
「あ……そうだった、忘れてたわ。もう……」
基本的に家に引き籠っている晶は、異変を感じ取ってから現場に向かう事が多いのでジェムドライバーも基本自室に適当に置きっぱなしになっている。たまの気が利いた時に外に持ち出す事もあるが、万が一警察に持ち物検査を受ける事を考えてドライバーを持ち歩かないようにしているのだ。
とは言え最近は出先でこう言った出来事に遭遇する事も多くなってきた。今後は外に出る時もドライバーを持ち歩くようにするべきかもしれない。
晶がそんな事を考えながら自宅へと駆けこんでいる間、チャーロットに追い詰められつつあるセツナは何とか自力で踏み付けから脱出していた。
「この、何時まで人の背中に足乗せてんのよッ!」
いい加減背中の傷口を踏みにじられる事に苛立ちを覚えた彼女は、迅雷を振り回しチャーロットの足元を切り裂いた。グリップの上下に刃がついた形状になる迅雷は、手首を回さなくても真後ろに刃を持っていくことが出来る。その特性を活かした一撃により、チャーロットは足元を切り裂かれ怯んで足をセツナの背中から退かした。
「痛った!?」
「ぜぁぁぁぁっ!」
背中に乗っていた圧力が無くなると、セツナは転がりながら起き上がりつつ切り上げで追撃を仕掛けた。しかしこれは回避され、そのまま距離を離した両者は互いに一撃を貰った事でイーブンの状態となった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「ちぃ、生意気な女」
「自分だって女な癖に……」
思わずチャーロットの口から漏れ出た言葉に、セツナが言い返すと彼女はチャーロットについてあることを思い出した。
チャーロットはジェットグリムの一味の仲間。そのメンバーの女性は海外での活動でハニートラップを用いていたと言う。自らの目的の為に己の体を使うのだ。旦那以外に素肌を晒す事を良しとしないセツナからすれば信じられない事であり、不潔なものを見るような目をチャーロットに向けていた。
「そう言えばあなた、海外じゃハニートラップを多用したんだって?」
「あらそこまで調べたんだ? へぇ~」
「率直に聞くけど、恥ずかしいとは思わないの? 誰に対しても軽々しく体を差し出すなんて……」
一途なセツナからは考えられない思考であったが、チャーロットは寧ろセツナの考えの方が理解できない様子で首を傾げていた。
「恥ずかしい? 何で? むしろアンタら忍者の方がこういう事良くするんじゃないの?」
「ば、馬鹿にするんじゃないわよッ! 私は千里君以外にそんな事……!」
「え~? ほんと~? 実は旦那に隠れていろんな男と寝たりしてるんじゃないの~?」
「してないわよっ!? 私は千里君一筋なんだからッ! アンタみたいなのと一緒にしないでッ!」
いい加減チャーロットの爛れた思考に付き合っていられなくなったのか、セツナは迅雷の銃口を向け引き金を引いた。放たれた無数の銃弾がチャーロットを襲い、チャーロットはそれを片手に持った剣で弾きながらもう片方の剣を投擲する。
「くっ、また……!」
またしても自在に空中を飛び回る剣を一度は弾くセツナであったが、弾かれた剣は回転しながら不規則な軌道を描いて再度襲い掛かってくる。今度は弾く事はせず、ギリギリのところで回避しつつ本体であるチャーロット自身を狙い突撃していく。
「埒が明かないわね。なら本人を直接ッ!」
チャーロットに直接攻撃を仕掛けようと迫るセツナであったが、その片手には既に忍筆が握られている。それに気付かずセツナを迎え撃とうとしたチャーロットであるが、セツナは彼女の眼前で忍筆を振るい忍術を発動させた。
「執筆忍法、分身の術ッ!」
【忍法、分身の術ッ! 達筆ッ!】
「なっ!?」
出し抜けのチャーロットの眼前でセツナが無数に分身し、攻撃しようとしていた本体も含めて一斉に別々の方向に散って行った。周囲を取り囲む複数のセツナを相手に、チャーロットはまだ浮遊している曲刀を用いて攻撃を仕掛けるが、分身を含んだセツナ達は互いにフォローし合い、回転しながら浮遊して迫る曲刀を弾きつつチャーロット本体への攻撃の手を許さない。
これにはチャーロットも流石に焦りを隠せなかった。
(くそっ!? このアマ、面倒な事を……分身が相手じゃ
セツナの攻撃をギリギリのところで捌きながら、徐々に追い詰められつつある状況にチャーロットは形成の不利を察して撤退を決意した。
「チィッ、仕方がない。今日の所は大人しく引き下がってやるわよッ!」
「あ、待ちなさいッ!」
浮遊する曲刀を回収して背を向け逃げるチャーロットをセツナが追いかけようと分身が銃撃する中本体が肉迫する。素早さはセツナの方に分があるのかすぐに距離は縮まっていくが、あと少しで追いつけると言うところで振り返ったチャーロットが手を振るった。するとその瞬間、セツナは一瞬思考が抜け落ちたような感覚に陥り思わず足を止めた。
「うぁっ……!? な、何……?」
「今の内に……」
「あっ!? ちょ、待ってッ!」
突然自身の身に起きた異常にセツナが足を止めている間にチャーロットは行方を眩ませ、セツナが気付いた時には完全に逃げられる位置にまで距離を離されてしまっていた。慌てて後を追うセツナだったが、時すでに遅し、チャーロットを完全に取り逃してしまった。
「あぁ、もうっ! ジェムだけ以外にあんな風に逃げられるなんて……」
「私が何かしら?」
チャーロットを取り逃した事を悔しがるセツナに、変身して急いで駆け付けたジェムが声を掛ける。あの後晶は急いで帰宅したかと思うとジェムに変身してこちらに戻ってきたのだが、戻ってきた時には既にチャーロットはセツナからまんまと逃げおおせた後であった。セツナは今頃やってきたジェムにため息交じりの言葉を掛けた。
「今回は随分とお遅い御登場ね? って言うか何で来たの?」
「ご挨拶ね。何だか大変そうだから助けてあげようと思って来たのに」
恩着せがましいジェムの言葉に仮面の下で唇を尖らせるセツナであったが、彼女の物言いにふと違和感を覚えて問い掛けた。
「ん? ちょっと待って、あなた何処から見てたの?」
「えっ?」
「この辺住宅街でしょ? あなたが狙うような宝石があるとは思えないんだけど?」
案外鋭いセツナの指摘にジェムは思わず口を噤んだ。厳密に言えばジェムもイベント会場や博物館、富豪の家ばかりを狙う訳ではなく、何らかの理由でパワージュエルを手に入れた一般人から盗み出す事もある。だがそれも行動に起こすのは基本夜間であり、まだ日が昇っている時間帯に動く事は無い。
本来活動する時間帯ではないのに現れたと言う事は、セツナとチャーロットの戦いを感知できる位置にジェムが居たと言う事を意味している。それが導き出す答えはつまり…………
「あなたもしかしてこの辺に住んでるの?」
核心に迫るセツナの指摘。これに対しジェムは理性を総動員して動揺を悟らせないようにしつつ、これ以上ボロが出る前にこの場を離れようと背を向けた。
「それじゃ、私はこれで失礼するわね。もうやる事もなさそうだし」
「あ、ちょ、待ちなさいッ! 質問に答えてよ、ねぇっ!」
引き留めるセツナの声を無視してジェムは光を放ち、それに目を眩まされている間にセツナは彼女の姿を見失ってしまった。視界が戻った時、ジェムの姿も消えてしまった事にセツナはがっくりと肩を落とした。
「あぁ~……また逃げられた……も~…………うん?」
チャーロットだけでなくジェムにまで逃亡を許した事にがっくりと肩を落として落ち込んでいたセツナの耳に、聞き覚えのあるサイレンが聞こえてきた。近付いてきたサイレンにセツナは変身を解除しながら聞こえてくる方に視線を向けると、角を曲がってバイクに乗ったバリアとその後に続く装甲バスが見えた。やはりS.B.C.T.のサイレン音だと確認した唯は、道の脇に移動しながらバスを先導するバリアに向け手を振った。
「神宮寺さんッ!」
「南城さん、チャーロットは?」
「ごめんなさい、逃げられちゃいました。ジェムにも……」
「そうですか……」
ジェムまでこの場に居たと言うのはバリアは聞いていなかったが、神出鬼没な彼女であれば現れてもおかしくないだろうと自分を納得させると変身を解除してバイクを降りた。彼がバイクから降りると、唯は彼の後に続いていた装甲バスに目を向ける。
「ところで、これって……」
「えぇ。ωチームの移動用車両です。こちらで南城さんが戦っていると聞いて、急ぎこちらに来てもらいました。生憎と今回は出番がなかったですがね」
誠が説明している間に、装甲バスから降りてきた円が唯に近付き握手の為手を差し出してきた。
「初めましてね? S.B.C.T.ωチーム隊長の佐伯 円よ。よろしく、万閃衆のくノ一さん」
「南城 唯です。こちらこそ初めまして」
円の自己紹介に合わせて唯も返答すると同時に差し出された手を取る。その際、唯は握った円の手の感触に違和感を覚え思わず目を瞬かせてしまう。
(ん……?)
「どうかした?」
「あ、いえっ! そんな、大した事じゃ……」
違和感の正体は不自然な手の硬さだった。表面は柔らかいし温かみもあるが、何と言うか肉のすぐ下に骨とは違う硬さを感じた気がするのである。思わず聞きたくなってしまったが、唯はこの違和感が義手の類であると自身の中で結論付けて詳細を聞く事を控えた。危険な特異生物と戦う仕事の彼女達だ。戦闘の最中に手を失う程の大怪我を負ってしまう事もあるだろう。その記憶を掘り返させるような事をするのは失礼なので、唯はこれ以上この話題を続けない様話を逸らす事にした。
「皆さんの事は聞いています。何でも、対人戦に特化した部隊だとか?」
「正確には対人戦にも対応可能な部隊ね。一般部隊の装備だと常人相手に火力が過剰過ぎるから。それに、別に対人だけが得意な訳じゃないわ。私達だってファッジなんかの相手はする。その為の装備と実力は持ってるつもりよ」
「頼もしい限りです。恥ずかしながら、さっきもジェムを取り逃してしまったばかりで……」
心底申し訳なさそうにする唯に、誠は軽く手を振って彼女をフォローした。
「そう気にする事はありませんよ。ジェムは逃げるのが上手い奴です。それに今回、騒ぎを先に起こしたのはチャーロットの方でしょう。察するにチャーロットとの戦いの途中で乱入するか、戦いが終わった頃にひょっこり顔を出してそのまま逃げたのでは?」
「鋭いですね、神宮寺さん。仰る通りです」
逃げられた事は事実でその事に関して言い訳をするつもりは無いが、それはそれとしてどうしようもないタイミングというものは確かに存在する。今回はジェムを追跡するだけの余裕が唯には無かったと言う話である。それを理解してやれた誠の姿に、円に続いてバスから降りてきたビートが思わず口笛を吹いた。
「ヒュ~♪ 何だ何だ、誠? お前随分と気遣い出来るようになったじゃねえか!」
「ゲッ、旦那……」
「そういやお前、前に国に幼馴染が居るって言ってたが、もしかしてその子が?」
何やら変な勘違いをされている事に気付いた唯と、彼女の事情を知っている誠は慌てて彼の言葉を否定した。
「違います違いますッ!? 私は神宮寺さんの幼馴染じゃありませんッ! 大体私、夫居るのでッ!」
「そうだよ旦那ッ! それは流石に南城さんに失礼ってもんだぞッ!」
「ビート、アホな事言ってる暇あったら移動の準備をしておけ。戦いが終わった以上、私達がここに居る理由は無いんだからな」
「へいへい、っと」
唯と誠に続き円にまで窘められ、ビートは肩を竦めながらバスへと戻っていった。誠は彼の背中を睨みつけながら、変な勘違いをさせてしまった唯に頭を下げた。
「すみません、南城さん。旦那、そんなに悪い奴じゃないんですが……」
「私からも後で改めて叱っておく。悪かったわね」
「いえ、そんな、大丈夫です」
そんな大して気にする事でも無かったので、唯は2人に頭を上げさせた。彼女の許しに頭を上げた円は、先程から唯をフォローする誠の姿にふむと口元に手を当て彼の事を見詰めた。
「それにしても……誠、お前少し変わったか?」
「えっ?」
「以前に比べて表情が柔らかくなった気がする。何かあったかしら?」
円からの指摘に、これと言って思い当たる節の無かった誠は唸る様に考え込む。が、少し考えてその要因の一つは唯に自身が抱えている物を少し吐き出した事が関わっている事に気付き、その事を素直に円に話した。
「そんな大した事じゃありません。ただ少し、悩みを打ち明けたと言いますか……」
「なるほど……」
誠の物言いと雰囲気から、円は大体の事情を察したらしい。ふっと表情を和らげると、その要因と思われる唯に感謝する様に彼女の肩をポンと叩いた。
「やるじゃない、この堅物を動かすなんて。流石くノ一と言ったところかしら?」
「え、えぇ? そんな関係ありますか?」
何やら訳が分からないが、何となく円に気に入られたような事は分かった唯は俄然困惑を隠せない。そんな大した事をした覚えがないのに気に入られたのだから。
そんな彼女の姿に、そう言えばと誠はそもそも何故唯がこんな時間にこんな所に居るのかと疑問を抱いた。
「そう言えば南城さん、何でここでチャーロットと戦う事に?」
「あ……その、前の事もあって一応ちゃんとした医者に診てもらった方がいいかとこの近くにある診療所に来たんですけど……」
「前の事?」
「あれです。以前報告した、南城さんからヤジュエルが生まれた時の」
こちらで起こった出来事は基本逐一報告している誠であるが、やはり詳細に関しては伝わっていない事も多い。情報の齟齬に円が首を傾げたので誠が補足していると、バスからビートが3人に声を掛けた。
「おーい、お嬢さん方ッ! そろそろ出発だぜッ!」
「分かった、今行くッ! それじゃあ南城さん、続きはまた後程と言う事で」
「はい」
一先ず警察署に向かうべく、誠はバイクに跨り唯は円と共にバスに乗ってその場を移動し始める。
離れていくバイクとバスの姿を、離れた所から見ていたジェーンはバスが見えなくなると踵を返す。その際、一歩踏み出した瞬間全身に苦痛が走った様に歯を食い縛り乱れた呼吸を整える。
「ぐっ……つぅ、面倒な事になったわね」
彼女の呟きは誰の耳に入る事も無く虚空に消えていき、ジェーンは静かに姿を消し痕跡一つ残らないのであった。
と言う訳で第29話でした。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。