晶の朝は不規則であった。それと言うのも彼女は現状、定職と言うものに就いていない。顔の右半分、目元から頬にかけて広がる火傷痕がトラウマとなっており、他人と満足に接する事が出来なくなっているからだ。お陰で普段から顔の右半分は前髪で隠し、更にパーカーのフードを目深に被って周囲からの視線を避けなければ満足に出歩く事も出来ない。
それでも怪盗ジェムとして、仮面ライダーとしてヤジュエルと戦ったりパワージュエルを盗み出せるように身体能力を維持する為、体を鍛える事は怠っていなかった。それもあって不規則な生活を送っている割には、彼女の体は健康そのものである。
加えて、彼女は定職にこそ就いていないが収入が全くない訳ではない。そう、Vチューバー怪盗キラリンとしての個人活動により細々とではあるが収入を得ているのである。
とは言え、一般の成人女性としては健全と言い難い生活。普通の家の父親であれば、ニートに片足突っ込んだ娘に対し厳しい言葉を浴びせたりして外に出る事を強要したりもするのが正しい姿であっただろう。だが、真也は頑なにそれは出来なかった。それは別段各地に蔓延るニートを矯正出来ずにいる怠惰な親の様に我が子に駄々甘で強く出れないからと言う訳ではない。
晶がこんな事になってしまったのは、他ならぬ真也に原因があったからに他ならなかった。
「あふ……おはよ~、お父さん」
「あぁ、晶。おはよう。朝ごはん出来てるよ」
「ん~……」
この日も、前日の夜遅くまで配信をして寝るのが遅くなった晶が起きてきたのは太陽が大分高く昇ってからであった。平日の昼間に、成人している娘が遅れて起きてきたら普通は小言の一つも出て然るべきだろうが、真也は笑顔と共に晶を迎えるとテーブルの上に朝食を並べて食卓を共にした。
まだ完全に目が覚めていないからか、若干寝ぼけ眼になりながらも晶はトーストにバターを塗り齧りつきながらサラダをつつく。そんな娘の姿を微笑ましく見守っていた真也の目に、前髪の間から僅かに覗き見える火傷痕が映った。それを見て真也の表情が曇る。
「晶……ごめんな」
「え?」
突然の謝罪に晶が目を瞬かせていると、真也は手に持っていたマグカップをテーブルの上に置き俯いたまま懺悔する様に言葉を続けた。
「俺が……父さんがパワージュエルを見つけたりしなければ、お前がこんな目に遭う事も無かったのに……」
真也は地質学者であった。その職業柄、世界各地の山脈に赴いたり逆に地下深くの洞窟に潜ったりもする。
パワージュエルはその最中に真也が偶然見つけた新たな鉱石であった。一見すると普通の宝石にしか見えないが、その内部には途轍もないエネルギーが内包されている。もしかするとそのエネルギーは、今後直面するエネルギー問題を解決する糸口になるかもしれない。
その事に気付いた真也は独自に研究すべく発見したパワージュエルを持ち帰り家に保管していた。
だがそれが、悲劇の幕開けとなるとはその時の彼は想像もしていなかった。
真也がパワージュエルを持ち帰り家に保管していた時、その家に泥棒が入り込んだのである。そして泥棒は保管されていたパワージュエルを見つけると、一瞬でその虜になってしまった。パワージュエルのエネルギーの影響を受けてしまったのである。
そして泥棒はそのままヤジュエルに変異すると、そこに偶然居合わせた晶に襲い掛かった。吐き出した炎により、彼女は顔の右半分を焼かれてしまったのである。
異変に気付き晶を連れ出しながら真也が行った通報により、数分で駆け付けたS.B.C.T.の手でヤジュエルは討伐され事なきを得た。が、晶の顔の右半分には消えない火傷痕が残り右目も見えなくなってしまった。火傷を負う前は誰もが振り返るほどの可愛さと美しさを備えた彼女の顔は、右半分が思わず目を逸らしてしまう程の火傷痕が残り見るも無残な姿となってしまった。その事が原因で晶は他人と接する事が出来なくなり、以降家に引き籠ってばかりの日々を送る事となる。
今から8年前、晶がまだ高校生だった頃の話である。
当時の事を思い出し、晶は胸と口の中に苦いものが広がるのを感じた。確かに知らなかった事とは言え、真也が不用意に持ち込んだ物の所為で晶の人生は狂ってしまった。真也がパワージュエルを家に持ち込んだりしなければ、否、そもそもパワージュエルを見つけたりしなければ、今頃晶はもっと穏やかで幸せな日々を送れていた筈なのだ。その幸せな日々を壊してくれた、父に対して思うところがない訳ではない。
だが、大切な肉親であると同時に、周囲と触れ合う事が出来なくなった晶を支え続けてくれたのも彼なのである。それが半分以上罪悪感から来る贖罪によるものであったとしても、今日まで晶が生きて来られたのは真也が居たからであった。その事を考えると一方的に糾弾する事に対して躊躇せずにはいられない。
何より、晶がこんな体になっても尚希望を失わずに生きて来られたのは真也が居たからである。真也が父として支え、そして残されたパワージュエルを研究した結果その力で晶の火傷痕を癒す事が出来る可能性を見つけてくれた。
だから、言いたい事は山ほどあれ、晶には父を邪見に扱うことは出来なかったのである。
「……もういいよ。今更だし。それに、父さんが作ってくれたジェムが無かったら私今頃本当にダメ人間になってたかもしれないしね」
「晶……すまない」
「だからもういいって。それじゃ、私また配信あるから。御馳走様」
何時の間にか朝食を平らげていた晶は、自分の食器をシンクに持っていき手早く洗うとさっさと自身の部屋へと引っ込んでいってしまった。まだ自室に籠り切りになっていない分世間一般で言う所の引き籠りよりはマシなのかもしれないが、それでも外部との接触を極力避けようとする我が子の姿に真也は心を痛め溜め息を吐きながら冷めたコーヒーを口に流し込むのであった。
***
上った太陽も大分高くなり、正午が近付きつつある光林市の警察署。そこに1人のスーツ姿の女性が訪れていた。パンツスーツ姿でキッチリした服装をしている事から、その女性は生真面目な性格をしている事が伺える。
警察署の受付に向かったその女性は、懐から名刺を取り出して受付の女性警察官に声を掛けた。
「すみません、ちょっとよろしいですか?」
「はい、何でしょう?」
「私、こう言う者なんですけど」
そう言って差し出された名刺を見て、応対した女性警官は訝し気に眉間に皺をよせ首を傾げた。
「あの、これは……」
「既にS.B.C.T.から連絡は受けていると思います。担当されている高橋警部に取り次いでいただければ分かるかと」
「は、はぁ」
女性の言葉に女性警官は尚も不可解と言いたげな様子を見せながらも言われた通り剛に連絡を取った。普通に考えれば来訪した人物に対してこの様な態度を取るのは失礼にあたるのだが、今回に限って言えばそれも仕方が無いだろう。
何しろ差し出された名刺には、こう書かれていたのである。
『万閃衆所属中忍くノ一 南城 唯』…………と。
受付の女性警官からの連絡を受けた剛は、急ぎ自分のデスクを離れて受付へと向かった。その後ろには相方の若手刑事である
剛は受付に向かい、そこに居る唯の姿に驚きを隠せない様子で彼女の頭のてっぺんから爪先まで何度も視線を往復させた。
「き、君が? 何と言うか、その……」
剛の反応に、唯は予想通りだと思わず苦笑した。まぁ無理もない。撤収したψチームの代わりに配属される予定のωチーム……が、まだこちらに来れないのでそれまでの繋ぎとして万閃衆が要請を受けて派遣されたのが唯だったのだ。
何度もψチームを退けた程の曲者を、一見すると普通の女性にしか見えない唯で対処できるかと疑問に思うのも無理は無いだろう。
とは言え、剛はそれを表立って口にするような事はしない。確かに人的被害は少ないが、被害自体は今もなお増えているのである。加えて最近のジェムの活動に伴って活発化しつつある正体不明の怪物の存在だ。その二つに対処できるようにと派遣されてきた唯が、頼りないと言う事は無いだろうと剛は希望を交えつつ考えた。
だがそんな考えが出来るのは、剛が相応に歳を重ねて人とのふれあい方を熟知しているからであった。まだ年若い若輩者の九朗でそこまで考えるのは難しかったらしく、彼は思った事をそのまま口にしてしまう。
「この人が新しいS.B.C.T.の部隊が来るまでの臨時の助っ人ですか? 大丈夫なんですかこの人で?」
「おい坂下ッ!」
「だって俺とそんなに歳違わない――」
自分がまだ忍びとしては頼りになり切れないと言う自覚は唯自身にもあった。だがこうも面と向かって戦力的に疑われると、彼女としても色々とプライドが刺激される。ここは1つその疑念を払拭してやろうと、唯は素早く忍筆を取り出すと一瞬で文字を空中に描き忍術を駆使した。
「執筆忍法、隠れ身の術」
【忍法、隠れ身の術ッ! 達筆ッ!】
「「「ッ!?」」」
次の瞬間、靄と共に唯の姿が消えたかと思えば、気付けば彼女は九朗の背後に居て彼の懐から警察手帳を抜き出した後であった。唯の姿を見失っていた剛達は、背後から聞こえてきた彼女の声に弾かれたように振り返る。
「坂下 九朗刑事……あまり人を見た目で判断して、思った事をそのまま口にするのは賢い行いではありませんよ?」
「えっ!?」
「う、おぉ……!」
九朗は何時の間にか唯が背後に居て、しかも自身の警察手帳を持ち中を見ている事に目を見開き言葉を失っていた。一方剛の方も、驚きはしたがそれは間近で初めて忍術を見る事が出来たからによる驚きであった。警察として長年勤めてきた彼はS.B.C.T.やそれに付随して実在する忍者の存在も把握してはいたが、こうして間近にそれを見る事になるとは思っていなかったのである。特に忍者と言う、半分ファンタジーに片足を突っ込んだ存在とは。
「……失礼しました、南城さん。ほれ、坂下も」
「す、すみませんでした」
最初は疑っていた唯の確かな実力を前にして、九朗も彼女の事を認めない訳にはいかず素直に頭を下げた。2人の謝罪に唯も留飲を下げ手にしていた警察手帳を返した。
「こちらこそ、失礼しました。私の力を理解してもらうにはこの方が手っ取り早かったので」
「いえいえ、最初に疑ったこちらにも非はあります」
「そう言ってもらえると助かります。それでは、取り合えず場所を変えましょうか?」
忘れてはならないが、ここは警察署の入り口近くの受付である。当然周囲には他の警察官たちの姿もあり、彼ら彼女らは今し方受付近くで行われたやり取りをしっかりと見ていた。特異生物絡みの出来事でさえ珍しいのに、この上更に忍術などを見てしまえば仕事に手がつかなくなるのも当然であった。周囲から向けられる視線に唯が苦笑しながら剛に促せば、周りの雰囲気に気付いた彼も急ぎ空いてる部屋に唯と九朗を引き連れて飛び込む様に入って行った。
「いやはや、重ね重ね至らず申し訳ない」
「いえ、あれは仕方のない事です」
正直に言うと、やった後になって唯も少し肝を冷やしていた。忍びに関する事柄は可能な限り秘匿する事が望ましい。S.B.C.T.を始め公的機関の中には彼女らの存在を把握している者も今となっては少なくない。警察だってそうだ。だがだからと言ってこういう場所で大っぴらに忍術を使ったりしてもいいかと言えばそれはまた別問題だった。
これ以上この話を続けると今も何処かで忙しく戦っている夫の千里に迷惑が掛かるかもしれないので、唯は早々にこの話題を切り上げ本題へと移った。
「それで、私が本日こちらに伺った理由ですが……」
「あぁ、はい。S.B.C.T.の方から伺っています。何でも次の部隊が来るまでの間、南城さんが怪盗ジェムの案件に対応してくれるとか」
「はい、その通りです」
ψチームに代わってこちらにやってくる予定のωチームは、対特異生物対策の為の組織としては珍しく対人戦に特化した部隊であった。ただそれは対人のみを目標とした訳ではなく、いわば
早い話が彼らは忙しいのだ。ただでさえS.B.C.T.は人材面が豊富とは言えない為数ある部隊がどれもひっきりなしに世界各地を飛び回っているのに、ωチームはそれに輪を掛けて忙しいのである。だからと言って怪盗ジェムを放置する訳にもいかない為、警察とψチームからの要望により今回ωチームの派遣が決まったのだ。
ただ、やはりすぐこちらに来ることはできない為、撤収したψチームに代わる戦力……それも対人・対特異生物として頼れる存在として、白羽の矢が立ったのが万閃衆であり自由に動ける状態だったのが唯だったのである。
「先程お見せしたように、私達万閃衆も忍びとして相手の目を欺く事を得意としてます。ですので、資料で読ませてもらった限りですが、怪盗ジェムに対して効果的に対処できるかと」
「頼もしい限りです。何分我々は勿論、S.B.C.T.ですらジェムの能力には手を焼かされている次第でして……」
「捕まえたと思っても実は違う奴だったとか、そもそもその場所に居なかったとかが普通にあって」
剛と九朗の2人から話を聞きながら、唯は自身でもメモを取りジェムに関する情報を整理していく。
(やってる能力は確かに忍びに通ずるところがある……でもお義父さんからは特に抜け忍が出たとかそう言う話は聞いた覚えがない……)
以前よりもさらに規模縮小の影響からか、今の万閃衆はある意味で横の繫がりが強い。過去の時代から続く因習も殆どが廃止され、新しい組織として生まれ変わったと言っても過言ではない位だ。そんな訳で、お互いの結束が強くなった結果誰かが抜けたりすればその情報は即座に組織全体に伝わる。そうでなくても今回の件に関しては、組織から抜けた忍びの可能性も最初から考えられていた。一番高い可能性は、卍妖衆の残党が細々と活動していたというものである。
だが卍妖衆にしては被害が限定的と言うか大人しい。唯が知る卍妖衆であれば、人的被害がもっと大きくなっていなければおかしいくらいだ。世代を重ねれば緩和される可能性もあるが、卍妖衆崩壊から言うほど長い時間が経っている訳でもない。少なくとも世代交代にはまだ早いだろう。
それに、他にも気になる点はあった。
「そう言えば……ジェムの活動の活発化に伴って、正体不明の怪物が確認されるようになったと伺っていますが?」
「これですね」
唯の言葉に剛がスマホを操作して今すぐ見せる事が出来る件の怪物……ヤジュエルの画像を見せた。スマホの画面には、緑色に輝く体をした猫人間の様な姿の怪物が写っている。そしてその怪物が、シルクハットを被ったクオーツカットのジェムと対峙している様子も…………
「これがその怪物……そしてこれがジェムですね?」
「そうです」
「その画像の怪物は、その後ジェムに倒されて後には人間だけが残っていたと聞いています」
すっかり唯に対する態度を改めた九朗が畏まって説明を付け加える。それを聞いて唯は今一度画像に写っているヤジュエルとジェムの姿をじっくりと観察した。
まずジェムだが、やはりこうしてみる限りでは今の万閃衆は勿論、過去に万閃衆から離反した卍妖衆の残党の忍びと言う可能性は低そうだった。ベルトの形状が全く違う。
だがそれ以上に気になるのはヤジュエルの方であった。外見上のシルエットは彼女も良く知るクセジを始めとした特異生物と言えなくもない。だが見ただけで分かる質感が大きな違和感となっていたのだ。見ただけで分かる光沢具合、それは生物的と言うよりは鉱物と言った方がしっくりくる。しかもそれが鎧の様に体の一部を覆っている訳ではなく、全身が鉱物で出来たような姿をしているのだ。
まず確実にクセジではない。だがでは何だと言われれば、唯としても点で見当がつかなかった。
「……やっぱり直接見てみないと分からない事が多そうですね」
「すみません、お手数をお掛けする様で」
「大丈夫です。こういう時の為に私みたいなのが居るので」
「そう言っていただけると助かります。暫くの間、よろしくお願いします」
「はいッ!」
こうして唯は暫くの間、この街に滞在しながらジェムやヤジュエルの案件に携わる事が決まった。
そうとなるとまずは当面の活動拠点だ。S.B.C.T.であれば近隣の支部に滞在すれば事足りるが、唯の場合そうはいかない。帰るべき家は存在するが、ここからだと遠いのでアクセスの事を考えればこの街の何処かに仮の住居となる場所を用意しなければならない。幸いな事にそれは剛達警察の方で手頃なものを用意してもらった。事前にS.B.C.T.から知らされていた事もあり、唯1人が暫く滞在するには不自由しない部屋をすんなりと用意する事が出来たのだ。
言われた場所に唯が向かえば、そこは閑静な住宅街。日が傾きかけて赤みを増してきた空の下を1人静かに歩く。途中、鄭堂クリニックなる診療所の前を通り過ぎ、辿り着いたのは一軒の少し年季の入ったアパートであった。別に高級住宅やマンションを思い描いていた訳ではないが、長年風雨に晒された壁の汚れ具合を見上げ唯は1つ溜め息を吐いた。
(まぁ、千里君の家に比べれば見劣るのも仕方ないよね。あっちは文字通りのお屋敷なんだし)
愛する夫である千里の実家を思い浮かべ、恋しく思いながらも唯は一先ず荷物を部屋に入れてしまおうとアパートの敷地内に足を踏み入れようとした。
が、その時……出し抜けにアパートのすぐ隣の家から人影が出てきて一瞬唯はそちらに警戒心を向ける。何故ならその人物は、顔の半分を前髪で隠し目深にパーカーのフードを被っていたからだ。
「!」
極力表には出さず、だが油断なく警戒心を向ける唯。対して出てきた人物は、自分に視線が向けられている事に気付くと首だけを彼女の方に向け髪の掛っていない方の目を向けてきた。
その人物とは晶の事であり、彼女の目と体型を改めて眺めて唯は彼女が女性である事に気付いた。
(女の人? 成人だよね? こんな時間に……)
顔のほぼ左半分しか見えないが、見る限りにおいて幼さは感じられない。だが成人だとしたらこの時間に
こうなると、ちょっと晶の事が怪しく見えてくる。いい歳してただの引き籠りなのか、それとも表立って働く事が出来ない堅気ではない人物なのか。
早くも晶に対して不信感を抱く唯に対して、ずっと注目されている晶は居心地が悪くなり左手でフードをさらに深く被りながら顔の左側を手で隠しつつ煩わしそうに声を上げた。
「……何? さっきから人の顔ジッと見て、何か用なの?」
顔の右半分の火傷痕の事もあり、晶は他人に注目される事を嫌っていた。少なくとも今、こうして”ただの石動 晶”として動いている間は、人目に付く事を極端に嫌っていたのだ。そんな彼女の事をジッと見つめれば、居やがられるのも当然の事である。
一方の唯は晶の素性を知らない為、流石に少し不躾だったかと自分の無礼を素直に謝罪した。
「あ、失礼しました……私、今日ここに来たばかりなので、近所の人とか覚えとこうかと」
「あ、そ」
晶は唯の謝罪を適当に流すと、もう興味は無いと言わんばかりにさっさとその場を去っていった。不愛想なその姿に、唯は早速やらかしてしまったかと己の至らなさを恥じた。忍びとしてジェムと対峙する事は当然だが警察関係者以外には伏せなければならない為、任務では可能な限り周囲に溶け込む様な波風立てない一般人として振る舞う事が重要とされている。にも拘らず、早速周辺住民と小さいながらもトラブルを起こしてしまった。
(うぅ~……大丈夫かなぁ、私……)
戦闘任務に駆り出される事は何回かあったが、こうして市井に紛れて活動する事は今回が殆どはじめてに近い。先行きに不安を感じつつ、唯は改めてマンションの敷地内へと足を踏み入れた。
年代を感じさせる外見なだけあって、エレベーターの類は備え付けられていない。が、階数もそこまで高い訳ではないので唯は手荷物が多くなかった事もあり苦も無く階段を上っていき、仮の住居がある3階へと辿り着き渡された鍵を使って部屋に入ろうとした。
その時、敷地に足を踏み入れようとした時同様彼女が鍵を開けたのとほぼ同時に隣の部屋の扉が開いた。唯がそちらに視線を向けると、そこから出てきたのはこの年季の入ったアパートには似つかわしくない容姿の女性であった。
「あら? 今度そちらに越してこられる方かしら?」
「あ、は、はい。南城 唯です、よろしくお願いします」
「ご丁寧にどうも。私はこの304号室の、
そう言ってニコリと微笑む明美の姿は、紅いイブニングドレス姿であった。決して華美ではないけれども、何処か品を感じさせるその姿はマダムと言う言葉がぴったり似合う。正直こんな古びたアパートではなく、広い庭のある屋敷が似合う女性であった。何でこんな女性がこんな所に住んでるんだと疑問を抱きつつ、同じ愚は犯さないようにと唯は明美の言葉に丁寧に頭を下げつつ部屋へと入っていった。明美は部屋に入って行く唯の姿を笑顔で見送り、扉が閉まると改めて歩を進め、階段を下りてアパートの外へと出ていくのであった。
明美がアパートから出て行っていた頃、唯は誂えられた部屋の片隅に手荷物を置き、床の上に寝そべり両手を広げて束の間の解放感に浸っていた。
「ふぅ~~……今度は何とかいって良かった」
最初に晶相手に失敗してしまったので、今度は近隣住民とトラブルを起こすまいと内心でかなり気を張っていた。その甲斐もあってか、明美とは良好な関係を築けていけそうだと安堵の溜め息を吐く。
暫し体を休めた後、唯は起き上がり与えられた部屋の中を見渡す。部屋は1LDK、決して広い訳ではないが1人で過ごす分には十分な広さがある。家具も必要最低限の物は既に揃っており、準備の良さに唯は剛達警察に感謝した。これならすぐにでも不自由のない生活が送れそうだ。
室内の様子に満足しつつ、唯は渡されたジェムに関する資料をチェックする。と言っても分かっている事はそんなに多くは無い。精々が女性である事と、忍術の様な相手を眩ませる技を多用し相手を翻弄する事。そして宝石のみを徹底して狙い、特に金持ちや宝石店、博物館などに保管されている高価な宝石を盗む際には事前に予告状を出すなどの所謂劇場型犯罪を行うと言う事くらいか。
行動を予測しようにも、先日の騒動の時の様に不意に姿を現わしたりなど行動が予測が出来ない場合も多く、神出鬼没な為待ち伏せたりすることも出来ない有様であった。
見れば見るほど、今回の任務はなかなかに苦しいものがありそうだと唯は眉間に皺を寄せ、再び床に大の字に寝転がり肺の中の空気を全て吐き出す勢いで溜め息を吐いた。
「はぁ~~~~……本当に出来るのかなぁ」
多難が予想される前途に、唯は千里に甘えたくなる気持ちを抱かずにはいられないのだった。
***
その夜、晶は怪盗ジェムとなって夜の街を人知れず駆けていた。月夜が照らす中を、ビルとビルの間を飛び越え、時折手の中の懐中時計の様な機材に目を落としている。
言うまでもなくこれはただの散歩と言う訳ではなく、次の獲物となるパワージュエルを探しているのである。基本的にパワージュエルの情報はジェーンから教えられたり、若しくは配信でそれっぽい不審な出来事から調べ上げたりして存在を確認するのだが、先日の玄道が持っていたパワーシトリンの様に、誰かがその魅力に憑りつかれてこっそり所持していると言う可能性もあるのだ。故に晶はこうして時折街の中を散策して、パワージュエルを持っている人が誰か居ないかと探し回っているのである。手に持っている機材は、真也が作ってくれたパワージュエルの放つエネルギーに対する探知機であった。
その探知機が徐に反応を示す。レーダーの様に画面の中に光点が点滅し始め、晶は足を止めて注意深く周囲を観察する。
「…………ん?」
果たして、反応の主は直ぐに見つかった。場所はホテルの一室。恐らくはパーティー用のフロアと思われるその中に、多数の人の姿がある。
レーダーの反応はその中の1人の近くから発せられていた。双眼鏡を使って晶がパーティーの参加者を見ると、どうやら赤いドレスを着た女性の近くから反応が出ているらしい。
もっとよく確かめようと晶がホテルに近付こうとビルの屋上を歩いたその時、彼女の足元に無数の手裏剣が突き刺さった。
「くっ!」
「ハッ!」
咄嗟に敵意を感じた晶がその場から飛び退くと、直後に頭上から苦無を逆手に持って飛び降りてきた白い忍び装束の唯が降り立った。口元をマフラーで隠している為、晶には唯の顔の目元までしか見る事は出来ずしかも時間が時間な為視界も良好とは言えず僅かながら相手の顔が正確に見えない。
それでも、目の前に居るのが絵に描いた様なミニスカくノ一装束であると分かると、流石の晶も怪訝な表情を浮かべずにはいられなかった。
「あなた……忍者?」
「そう言うあなたは怪盗ジェムね。噂は聞いてるわ。ここ数年、騒ぎを起こしてるって。今度は何を企んでるのッ!」
唯がこの場に居合わせたのは本当に偶然によるところが大きい。今後この街で活動するに当たって、地形の把握は必要だと夜中にこっそり忍びとして動いて街の地理などを頭に叩き込もうとしていたところに偶然にも晶の姿を見つけたのである。事前情報と合致する怪盗姿の晶を見て、唯はすかさず彼女を捕縛すべく動いたのであった。
対する晶はと言うと、まさか忍びが相手になるとは思っていなかったので少し面食らった表情になる。が、それも僅かな時間でありすぐに何時もの『怪盗ジェム』としての仮面を被ると、余裕を感じさせるように右手で口元を押さえ左手で胸と右肘を支える様に腕を組んで挑発的な笑みを浮かべながら答えた。
「それをあなたに言う義理は無いわね。私は私の欲しい物を手に入れる、それだけよ」
「そう…………ならッ!」
晶の態度から敵対は避けられないと考え、またどの道これまで彼女が行ってきた事を鑑みれば放置はできないと唯は忍筆を構える。一方の晶も、唯に対抗すべく右手の中指にパワークオーツの指輪を嵌め軽くキスをしながらベルトのレバーを引いた。
「執筆忍法、変身の術ッ! セツナ、変身ッ!」
【忍法、変身の術ッ! 瞬きの、刹那を見抜き、忍ぶ者……セツナッ! 達筆ッ!】
「変身!」
《Change of Cut, Cloth Quartz! Commit the Phantom Thief!》
唯が仮面ライダーセツナに変身し、晶が仮面ライダージェムに変身する。
怪盗とくノ一……共に夜を駆ける2人は対峙し、月明りの下で互いに相手の出方を伺う様に静かに佇んでいた。
そして…………
「「ッ!!」」
何を合図にした訳でもなく、同時に駆け出すと短剣と苦無を互いにぶつけ合うのであった。
と言う訳で第3話でした。
前回の最後に登場した女性は、特別編でも最後に現れた仮面ライダーセツナこと唯でした。彼女について詳しく知りたい方は、本作の二つ前の作品である仮面ライダーコガラシをご覧くださいますと嬉しいです。
コガラシの話の中では小鳥遊姓だった彼女ですが、ヴァーニィの物語が終わるまでの間に籍を入れて南城姓を名乗る様になっています。
唯が万閃衆に参加した経緯に関しては、いずれ本編中でも軽く描く予定ですが端的に言えば忙しい千里を支える為と彼女自身を守る為でもあります。折角結婚したのに忙しすぎて満足に一緒に過ごせない千里を少しでも手助けする事と、秘宝の力を持つ女性として生まれた自分を守る為の力として忍びとなった感じですね。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。