仮面ライダージェム   作:黒井福

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第30石:輝く猛毒

 来訪したS.B.C.T.ωチームは一同、光林市の警察署を訪れていた。近隣にS.B.C.T.の支部は無い為、今後暫くはこの警察署が一時的な彼らの拠点となる。

 その旨を伝える為、ωコマンダーの牧田とωリーダーの円、副官であるω2のビートにオペレーターであるω0のアイリスが警察署の署長と対策室のメンバーである剛と面会を行っていた。

 

「よく来てくださいました。あなた方の来訪を心より歓迎します」

「私達は共に戦う事は出来ませんが、支えられるよう最善を尽くしていきます」

「ありがとうございます。暫くの間厄介になりますが、どうかよろしくお願いします」

「よろしく」

 

 署長と牧田、剛と円が挨拶と握手を交わす。

 

 それが終わると牧田はそのまま署長室に残り署長と設備などの使用に関しての話を煮詰めていき、円はビートとアイリスを伴い剛の後に続いて対策室へと向かっていった。

 

 警察署の一室に設けられた対ジェム対策室。そこには既に他のωチームの隊員達の姿もあり、その多くは早くからこの地で活動してきた誠……ではなく、唯の周りに集まっていた。

 

「ほぉ、これが本物の忍者と言う」

「見た目は普通の美人じゃないか?」

「さっき見たけど、戦う時は忍者風の仮面ライダーに変身するみたいだぞ」

「そいつはすげえや。俺忍者なんて初めて見るんだ。戦ってるところとかスゲェ興味あるぜ」

「あ、あのぉ……」

 

 周囲を屈強な男達に囲まれ、好奇の視線を向けられ唯も委縮していた。これで向けられているのが下卑た視線であれば彼女も反抗心を抱けるのだが、彼女の周りに集まっているのは何れも純粋に忍者と言う存在に興味をそそられただけの、いわば童心に返った男達の好奇心だったのだ。こうなると唯としても乱暴に扱う事は出来ず、かと言って夫以外の男を必要以上に近付けるのは憚られた為委縮せずにはいられなかった。

 

「おいお前ら、あんまり南城さんを困らせるな。言っとくけどその人、人妻なんだからな? あんまり失礼な真似するんじゃないぞ」

 

 見兼ねた誠が注意したが、あまり効果も無く寧ろ彼から齎された人妻と言う情報に俄然興味をそそられたらしい。

 

「ほぉ! アンタ結婚してるのか?」

「その旦那もアンタと同じ忍者なのか?」

「は、はい……そうです」

 

 唯は決して人見知りではないので、他人からの接触に怯えたり避けたりする性質ではない。性質ではないが、それとこれとは話が別であり、唯は内心で夫の千里に助けを求めた。

 

(あ~、もぅっ! 千里君助けて~)

 

 その彼女の内心の叫びが聞こえた訳ではないだろうが、対策室に入った円は唯の周りに集まる隊員達を一喝して離れさせた。

 

「お前らいい加減にしろッ! いい歳して彼女が困っている事も分からんのかッ!」

 

 決して大きい声ではなかったが、体の芯に響く様な鋭い叱責は屈強な男達の肝を冷やすのに十分な迫力があり、彼女の声が響いた瞬間ωチームの隊員達だけでなく少し離れた所で様子を伺っていた九朗と五右衛門も思わず姿勢を正してしまう。

 

「うぉっと、やべっ!?」

「失礼しましたっ!」

「全く、忍者が珍しいのは分かるが少し落ち着けお前ら。子供じゃないんだからな。南城さん、失礼しました」

「いえ、ありがとうございます」

 

 やっと周囲から向けられる好奇の視線から解放され、ホッと一息つく唯に円は部隊の隊長として申し訳なさそうに頭を下げる。

 

 その様子を、剛は少し意外そうな目で見ていた。彼も警察関係者としてS.B.C.T.の情報はある程度得ており、その中には対人特化部隊と称されるωチームの事も入っていたのだ。その情報から考えられるωチームと言う部隊は、荒々しく厳しい近付き難い部隊と言う印象だったのである。血生臭い部隊を勝手に想像し、その隊長ともなれば近付き難い存在と思っていたのだが、実際に会ってみると思っていたほど近付き難いと言う印象は非常に薄かった。それどころか寧ろ親しみすら感じられた。

 

 それが何故かと考えてみると、剛は原因が円の視線にある事に気付き思わず指摘してしまった。

 

「しかし、意外でしたね」

「ん? 何がです警部?」

「失礼ながら、ωチームの隊長ともなればもっと厳しく恐ろしい人物を想像していましたが、思っていたよりも母性的な目をしていらっしゃる。お子さんでもいらっしゃるので?」

 

 剛の純粋な疑問による質問に、円は顔から表情を消した。表情は消したが、唯は円の佇まいから彼女の内心で衝撃の様な物が走っているのを感じた。何処かしら図星の様な物があるらしい。普段ジェム相手ではあまりパッとした活躍を見せない剛ではあるが、長年警察官として多くの人々と触れ合って来たからか相手の本質を見抜く目が鍛えられているのだろうか。

 

 だがそれに対してωチームの隊員達の反応は冷ややかと言うか懐疑的であった。自分達を率いる鬼隊長に、母性的な一面があると言うのが信じられなかったのだ。

 

「おいおい警部さん? そいつはあり得ねえって」

「そうそう。ウチの隊長見た目は美人かもしれないけど中身は雌ゴリラだぜ? 抱かれたりしたら最後背骨砕かれちまうよ」

「お前ら……後で隊長にシバかれても知らねえぞ?」

 

 剛の円に対する印象に対し、隊員達が言いたい放題する。特に女性相手に雌ゴリラなどと宣う者に対しては、誠も冷や汗をかき彼女の反応を恐れつつ発言した隊員達を窘める。尤も誠はこのメンバーの中では若手な為、円との距離感を測り切れていないと言うのもあるだろう。親しいからこそ出てくる悪口の類だ。

 その証拠に、目の前で雌ゴリラなどと罵倒に近い事を言われたにも拘らず、円本人は隊員達を軽く一睨みしただけでそれ以上何かをいう事はしなかった。

 

「そんな事よりも、だ。南城さん――」

 

 気を取り直して今後の事等を話し合おうと円が口を開いた瞬間、部屋の扉が勢いよく開かれたかと思うと幹夫が手に資料の紙束を持ちながら入って来た。

 

「どもども~、遅れて申し訳ないですね。おぉ、あなた方が件のS.B.C.T.の部隊ですか? どうもどうも、訳あって協力している渡辺 幹夫と言います。科学者です、どうぞよろしく」

 

 部屋に入るなり矢継ぎ早に言葉を紡いだかと思うと、真っ直ぐ円の方に向かっていき彼女の手を取り上下にぶんぶんと振り回す様に握手をする。手入れのされていない髪やよれよれの服装も相まって、一見すると科学者に見えない幹夫の怒涛の勢いに彼の事を知らない隊員達は円の手が振り回されるのを呆気に取られてみていた。

 

 勢いに圧されているのは円も同様であった。こちらは手を振り回されている本人である事もあってか、呆気にとられる間もないようで返事を返すのがやっとと言った様子である。

 

「あ、あぁ、宜しく。佐伯 円だ。えっと、科学者?」

「は、はい。渡辺博士には今回の件でパワージュエルとヤジュエルに関する科学的知見から意見を頂くオブザーバーとして協力を……」

 

 誠が何とか幹夫に関する説明を口にして、取り合えず彼が怪しい人物ではない事を初見の隊員達に伝えた。すると次の瞬間、幹夫の口から思いもしない言葉が飛び出してきた。

 

「いやぁ、それにしても驚きましたよぉ。まさかS.B.C.T.の隊長さんが()()()()()()()()()()()

 

 最初唯は幹夫の言葉の意味が理解できなかった。だが脳に彼の言葉が沁み込む様に遅れて理解すると、驚愕のあまり円に近付き彼女の全身をマジマジと観察してしまった。見た限りにおいて、彼女は普通の人間にしか見えないからだ。

 

「え、えぇぇっ!? さ、サイボーグ? それってつまり、佐伯隊長ってロボットって事ですか?」

「少なくとも体の大部分は機械で出来てるでしょうね。残ってる生身の部分は頭くらいですか?」

「ちょ、博士ッ!? それは幾ら何でも失礼ですよッ!」

 

 ずけずけと円の体に対する意見を述べる幹夫に唯だけでなく傍から聞いていた隊員達が顔を引き攣らせる。驚いていない所を見るに、少なくともωチームの隊員は誠を含めて円の体の秘密を知っていたらしい。だが初見で円がサイボーグである事を見抜けた者は今までに存在しなかったのか、驚きと同時に感心した目を幹夫に向けている者が多かった。

 

「スゲェな、よく隊長がサイボーグだって分かったじゃねえか?」

 

 その隊員達の心情を代表してビートが幹夫を称賛しつつ何処で円の秘密を見抜いたのかと訊ねた。すると彼は握っている彼女の手を撫でながら答えた。

 

「例えばこの手、一見普通の手に見えますけど汗を全然かいてないですね。それに指紋も無い。握った感触も大分普通の人間に寄せているようですが、それでも機械的な硬さが隠しきれていません。それに首筋に皮脂も確認できませんし、体臭らしきものも感じられません。ここまで材料が揃えば、義手ではなく全身を機械化したサイボーグだという結論に至るのは難しい事じゃありませんよ」

 

 幹夫はやたらと派手に円の手を振り回していたが、あれは態とそうする事で、腋の下など特に体臭が確認しやすい部分を動かして臭いを確認していたのだ。それ以外に関しても普通の人は気にしないか気付く事が出来ないものばかりなので、ここら辺の観察眼の鋭さは彼の科学者としての実力が伺え唯も改めてその優秀さに舌を巻いた。

 

「ふぇぇ……渡辺博士、凄い人だったんですね?」

「門守博士の助手は伊達じゃありませんよ。それに、サイボーグの存在自体は知ってましたし」

 

 嘗て修道騎士団と言う組織の幹部であるアスペンと言う男も、その正体は傘木社で改造を施されたサイボーグであった。その情報を彼は同じ科学者でありS.B.C.T.とパイプがある仁から聞かされていた為、円がサイボーグであると言う事はすぐに分かったのである。

 

 彼がその旨を軽く説明すると、唯だけでなく剛や九朗も驚きに目を見開いた。彼女達が驚いたのは当然、サイボーグが傘木社の技術であると言う点である。

 

「え、ちょっと待ってくださいッ! サイボーグって傘木社の技術なんですか?」

「って事は、佐伯隊長も元は傘木社の関係者?」

「もしかして、所謂寝返り組ってやつだったり?」

 

 九朗が口にした寝返り組とは、所謂元傘木社関係者に対する蔑称に近い呼び名である。元は傘木社の研究員だったりした者が、会社崩壊前後に逮捕された後罪を減刑する代わりにS.B.C.T.を始めとした公的機関に所属する場合に付けられる。

 こう言った者達は過去の経歴が経歴である為、一方的にレッテルを張られたりして敬遠されたり侮蔑されるなどして苦労する場合が多い。少なくとも今この場では、九朗が円に対して明確な警戒心を向け始めていた。

 

 するとそれを唯と剛の2人が素早く窘めた。唯は一時期悪に加担しながらも戻ってきた者を知っているし、剛は長年の警部としての活動から経験で円の為人を凡そにだが理解していたからだ。

 

「坂下刑事、駄目ですよ?」

「坂下、落ち着け。失礼しました、佐伯隊長」

「気にしていませんよ。よくある事ですし、仕方のない事ですから」

 

 円は本当に気にしていない様であったが、あまりこの話題は彼女がサイボーグであると言う事も含めて迂闊に触れない方が良さそうだと唯は察した。チラリと誠に視線を向ければ、彼もそうしてくれと言うかのように小さく頷いた。なので唯は多少強引でも、話題を変えるべく口を開いた。

 

「それで、今後の事なんですけれど……」

 

 その後、対策室ではジェムとジェットグリム、双方への対応に関する話し合いが行われた。目下危険性が高いジェットグリム達に対する警戒度を高めつつ、問題となっているジェムに対しても警戒は怠らないようにすると言う方向である程度は纏まった。ωチームが元々ジェットグリム達を追っていたと言うのも関係していた。

 

「連中はアメリカでは禁制品の密輸にも手を染めていた。恐らくそれを隠れ蓑にして、パワージュエルとやらを集めていたのでしょう」

「それがこっちに来たと言う事は、もう向こうでは集められるパワージュエルが無くなった?」

「或いは連中が探しているパワージュエルが日本に来たか、ね。どちらにしても早急に連中の拠点を探し出さないと、今後も被害が拡がるだけよ」

「警察の方でも情報収集などを続けていますが、何分かなり危険な事に首を突っ込む事になる為、大まかな目星をつけるしか出来ていません。情けない話ですが」

「その為に私みたいな忍びが居るんです。本当に危険が予想される場所には私が向かいます」

 

 静かに、しかし確かに会議は進んでいき、ジェムとジェットグリム双方に対する方針が決まっていく。

 

 それを五右衛門は部屋の片隅で静かに聞きつつ、内容をこっそりと自身のボスであるジェットグリムへと送っていく。隠し持ったマイクが会議の内容をそのままジェットグリムの方へと伝えていた。五右衛門の耳元にはそうとは分からない程度のサイズの骨伝導の通信機が装着されている為、何か必要があればそれを通じて追加の指示が来る手筈になっている。

 

 暫くは会議の内容だけに耳を傾けていた五右衛門だったが、不意にカフスに偽装した耳元の通信機から声が響いた。ただしそれは彼が敬愛するボスからの物ではなかった。

 

『生意気な連中ねぇ、その程度でボスをどうにかしようなんてさ』

(ソフィア……! チッ、こいつも居たのかよ)

 

 生憎と思考を伝える様な機能は無い為、五右衛門から能動的に意思を伝える術はない。マイクを使えば声を届ける事は出来るが、この状況で迂闊な事をすれば即座に不審に思われる。今この対策室に居るのは何時ものメンバーだけではなく、ωチームの隊員達も居るのだ。

 

『まぁいいわ。連中が私達を炙り出そうとしてるのは分かった。ならこっちは連中の目をこっちのアジトから引き離すだけよ。取り合えずアンタはそのまま情報収集を続けなさい』

 

 それっきりソフィアの声は聞こえなくなった。恐らくは何らかの行動を起こすべくアジトを離れたのだろう。この事に五右衛門は静かに不満を募らせていた。

 

(くそ……あのアマ、ボスにちやほやされやがって……!)

「――さん? 菊池さん?」

「はっ!?」

 

 密かに不満を募らせ、胸中で文句を垂れる五右衛門。それに夢中になるあまり、彼は自分に声が掛けられている事に気付くのが遅れた。慌てて顔を上げれば、唯達の視線が自分に向いている事に表情を引き攣らせた。

 

「え、あ、す、すみません。何ですか?」

「あなたにも意見を伺いたいのよ。あなたも捜査官なのでしょう?」

 

 椅子に腰掛け足を組んでいる円が鋭い視線を向けつつ訊ねる。まるで内心を見抜いているような円の視線に人知れず唾を飲み込むと、口の中が乾くのを感じつつ彼は適当な事を口にした。

 

「あ、そ、そうですね……こちらの捜査では、パワージュエルとヤジュエルが確認された地点の周辺では怪しい売人と思しき人物が確認されています。そしてその地点を線で結ぶと、特定の地点を中心に広がっている事も分かっています」

 

 内容自体は、五右衛門たちのアジトをジェムが見つけた際の経緯をそのままなぞったものである。今はアジトを別の場所に移しているし、同じやり方でアジトが発覚しないようにとパワージュエルの密売も場所を散らしている。少なくとも売買が行われている地点を線で結んだだけでは、アジトの場所が分かる事は無いだろう。とは言え、警戒するに越したことはない。

 

 五右衛門が密かに警戒心を高めていると、突如室内にサイレンが鳴り響く。同時に円のスマホも着信音を鳴らし、その事から彼女は今何が起きたのかを察し視線を鋭くしながら通話に出た。

 

「何が起きた?」

『隊長、非常事態です。光林市西部で特異生物、恐らくヤジュエルによるものと思われる襲撃事件が発生しました。それと、チャーロットと思われる者の姿も確認されています』

 

 アイリスからの通信に円は即座に立ち上がると、椅子の背凭れに引っ掛けていた上着を手に取り肩に担ぐとそのまま足早に警察署の外に停めてある装甲バスに向かっていく。

 

「出動だ。誠、南城さん。あなた達も乗っていきなさい」

「は、はい!」

「了解しました」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 警察署で会議が行われていた頃、ソフィアが変身したチャーロットは商業地区である光林市の西部でビルの上から眼下の街の様子を観察していた。先程新しいアジトの中で五右衛門が盗聴した会議の内容から、S.B.C.T.の目を自分達のアジトがある場所から話す必要を感じたからである。

 

「さ~てと……誰が良いかしら…………ん~?」

 

 自分達が物色されているとは露ほども思っておらず道行く人々。チャーロットは上からその様子を眺め、そして1人の疲れ切った様子で歩みを進めるサラリーマンと思しき男の姿を見つけた。その姿にチャーロットは仮面の下でニヤリと笑みを浮かべると、毒々しい緑色のパワージュエルを取り出し押しの後ろにマウントしていたバニッシャーに装填して狙いを定め引き金を引いた。

 

 ボシュッ、と音を立てて放たれたパワージュエルは僅かに放物線を描きながら狙いを定めた男に直撃する。胴体に宝石の砲弾を受けた男は腹に穴を穿たれたかと思うと、次の瞬間一気に全身が変異し妖しい緑色の光を放つ蛇の様なヤジュエルに変異した。

 

「ガルル、キシャァァァァァッ!!」

「うわぁぁぁぁぁっ!?」

「きゃぁぁぁぁっ!?」

「逃げろぉっ!?」

 

 突如隣を歩いていた人が怪物に変異した。この状況に周囲の人々はパニックを起こし慌てふためいて逃げ惑う。対して男が変異したコブラヤジュエルは、目に映る人を手当たり次第に襲い口の牙で食らい付き、鞭のようにしなる蛇の尻尾になっている左腕を振り回して逃げ遅れた人を次々殴りつける。牙で食らい付かれた人は毒を流し込まれたのか見る見る内に顔色が悪くなり動かなくなり、鞭の様な左腕で殴り飛ばされた人は壁や電柱に叩き付けられ腕や足がおかしな方向に曲がり悲鳴を上げる。

 

 一気に阿鼻叫喚となる街中に降り立ったチャーロットは、暴れまわるコブラヤジュエルの姿を楽しそうに眺めていた。

 

「いいぞいいぞ~! その調子でじゃんじゃん暴れちゃって~!」

 

 暴れるコブラヤジュエルにエールを送っていると、徐にコブラヤジュエルの視線がチャーロットの方に向いた。

 

「グル……」

「んん?」

 

 自分の事を見てくるコブラヤジュエルに首を傾げていると、そいつは次の標的をチャーロットに定めたのか牙を剥いて襲い掛かった。

 

「グルアァァァッ!」

 

 第一段階のヤジュエルに理性は無い。目に映る動くもの全てに襲い掛かる凶暴性だけを持つ正しく野獣の様な思考回路に、チャーロットを見分けるほどの知性は無いのだ。つまり迂闊に近付けばチャーロットすら獲物として見られる。

 

 自身に向け襲い掛かってくるコブラヤジュエルを前に、チャーロットは舌打ちして冷たい視線を向けると容赦なく曲刀を抜き襲い掛かってきたコブラヤジュエルを逆に切り伏せ倒れたそいつをヒールになっている足で踏み付けた。

 

「ギャブッ!?」

「うっざ、生意気……クソしょぼい初期段階のくせして調子乗んじゃないわよ」

 

 吐き捨てるとそのまま何度か斬り付け蹴り飛ばすチャーロット。痛めつけられたコブラヤジュエルは彼女を逆らってはいけない相手だと本能で察したのか、斬り付けられた傷を押さえながらその場から逃げようと背を向ける。

 

 するとその目の前に騒ぎを聞きつけたジェムが颯爽と姿を現した。

 

「おぉっと! ここから先には行かせないわよ?」

 

 クオーツカットとなっているジェムはファントムシューターを構え風にマントを靡かせながらヤジュエルを観察した。体色が緑色である事から一瞬エメラルドか何かを思い浮かべたが、日の光に照らされた部分が異様に輝いているのを見てそれが何の宝石であるかに気付いた。

 

「こいつ……もしかしてアダマイトッ!?」

 

 アダマイトとは、端的に言えばヒ素の結晶である。ヒ素は言うまでも無く猛毒であり、長時間に渡って触れればその毒性から中毒を起こす。特に粉塵が危険であり、これを吸引すればあっという間にヒ素中毒に倒れる事になってしまう。

 自然界にはヒ素であっても美しい結晶となってしまう。そして時にはその美しさに魅入られ、そのまま身を文字通り崩してしまう。ヒ素を含むアダマイトは正しく持つ者の命を奪う宝石なのだ。

 

「あんた、これもしかして無理矢理人に打ち込んだの?」

 

 後ろで見ているチャーロットにジェムが問い掛ければ、彼女はへらへらと笑いながら答えた。

 

「そうよ~? 別にどうだっていいでしょ? こいつ、元から使い潰されるような木端だった訳だし」

 

 パワージュエルの影響は精神的に不安定な者ほど受けやすい。日々の身を削る様な、それでいて明日をも知れないような所謂社畜と呼ばれる人であれば容易く魅入られる。だがそれでも一度目にしただけでヤジュエルに変異してしまう程の影響を受ける事は滅多にない。だが今回チャーロットが男に使用したパワージュエルは、ジェムが見抜いた通り毒性を持つアダマイトであった。ヒ素を含んだ猛毒の宝石は、本来宝石が持つ美しさではなくその毒性であっという間に男の体を侵食し強制的にヤジュエルに変異させてしまったのである。

 

 人を犠牲にする事を何とも思っていないチャーロットの物言いと、被害にあった男性の無念を想いジェムは胸中に抑えようのない怒りが湧くのを感じコブラヤジュエルを飛び越えてチャーロットに直接攻撃を仕掛けた。

 

「このぉぉぉっ!」

 

 片手に持ったファントムシューターを発砲しながらもう片方の手にファントムエッジを構えて飛び掛かる。無数の銃弾がチャーロットの足元を穿ったりすぐ傍を掠めていくが、これは相手の動きを封じる為のブラフだ。本命は接近した際に振り下ろされる斬撃。

 

「ば~か!」

 

 だがチャーロットはジェムを相手にまともに戦う事をしなかった。両手に持つ曲刀を投げて浮遊させて縦横無尽に攻撃させる事でジェムを叩き落し、そこをコブラヤジュエルに攻撃させる事で彼女を逆にその場に釘付けにした。

 

「くっ!? この、邪魔ッ!」

「ガルル……!」

 

 左腕の鞭を振るいながら隙あらば食らい付いて来るコブラヤジュエル。あまり長く時間をかけていては、アダマイトの毒素で変異している人間の方が持たなくなってしまう。そうなる前に決着を付けたい一心が、ジェムの動きから精細さを失わせ結果として逆に隙を作る事に繋がってしまった。

 そしてチャーロットはその隙を見逃す程愚かではなかった。

 

「隙だらけ、ねっ!」

 

 コブラヤジュエルを相手に奮闘しているジェムの脇腹に向け、チャーロットの飛び蹴りが放たれる。ただでさえ防御力に難があるジェムの、更に柔らかい脇腹に鋭く蹴りが突き刺さり、体に穴を穿たれたような激痛に一瞬ジェムの呼吸が止まる。

 

「あがっ……!?」

 

 蹴り飛ばされたジェムは口の中に血の味が広がるのを感じながら自販機に叩き付けられる。大きく凹んだ自販機からは次々と中身が吐き出され、ジェムの足元に口の開いていない缶やペットボトルが散らばっていく。

 

「げほっ!? げほげほっ……くっ!」

「んっふふふ~! さ~て、どう痛めつけてやろうかしら?」

 

 自販機に叩き付けられた衝撃でまだ立てずにいるジェムに、チャーロットが片手に持った曲刀の刃を弄びながら近付いていく。まだ動かないジェムに近付き、首筋に突き付けた切っ先を鎧に包まれながらも存在を確認できる豊満な胸元の上に滑らせ、文字を書く様に腹の上を何度もなぞっていく。

 そのなぞっていた切っ先が、しなやかに伸びる彼女の太腿に狙いを定められた。

 

「ここに決ーめたっ!」

 

 一気に曲刀を持つ手を後ろに引き、刺突を放とうとしたその瞬間、ジェムはバックル左側のレバーを引き高速回転させた円盤に右手の指輪を擦り付けた。

 

「させるかっ!」

 

 パワークオーツがベルトのバックルで研磨された瞬間、粒子が飛び散り同時に放たれた光がチャーロットの目を眩ます。その隙に転がる様に自販機からジェムが離れると、視界を潰されながらも放たれたチャーロットの刺突が凹んだ自販機に突き刺さった。

 

「このっ!」

「はっ!」

「ぐふっ!?」

 

 目標を失い、意味の無い所をチャーロットの剣が貫く。ジェムはその隙を見逃さず先程のお返しとばかりに回し蹴りをお見舞いし、チャーロットの無防備な腹に振り抜かれたジェムの蹴りが直撃した。蹴りを受けたチャーロットは思わず剣から手を離してしまい、体をくの字に曲げて蹴り飛ばされ地面に叩き付けられる。

 

「うぐ、あ……くそっ!? くそくそくそっ!? このアバズレ、タダで済むと思うなッ!」

「それがあなたの素? 随分と猫を被ってたのね。どうせ被るならもっと上手く被りなさいな」

 

 まだ脇腹が痛むし口の中には血の味が残っているが、ジェムはチャーロットに弱い所を見せまいと余裕を装いその場に佇む。睨み合うジェムとチャーロットの様子を見て、コブラヤジュエルは巻き込まれないようにする為か背を向けてその場を離れようとする。

 

「グル……!」

「あっ! 逃げるなッ!」

 

 それに気付いたジェムが発砲しようとした。だがその瞬間、コブラヤジュエルの前にバリアとセツナが飛び出し、更にその後ろに物々しい装甲バスが停車して逃走を阻害した。

 

「ギッ!?」

「逃がさないわよッ!」

「ジェムと、それにチャーロットも居るな。貴様ら全員、大人しくしろッ!」

 

 迅雷を構えるセツナと、バリアリボルバーを構えるバリア。その後ろに装甲バスから降りたωチームの隊員達が並び、円が代表する様に前に出る。

 

 その光景にチャーロットは露骨に嫌そうな声を上げた。

 

「うげぇ、もう来たよアイツ等……」

「あれは……S.B.C.T.?」

 

 装甲バスと隊員の戦闘服に刻印されている紋章は間違いなくS.B.C.T.のものであるが、だとするとおかしな部分があった。隊長格のスコープはともかく、ライトスコープは事前に装着しなければならない筈。だが並んでいる隊員は誰もライトスコープを装備していない。その事にジェムが首を傾げていると、円が動き出すのを合図に全員がスコープドライバーを腰に巻いた。

 まさかの光景にジェムは一瞬思考が停止した。

 

「……はっ?」

〈Access〉

「変身ッ!」

〈In focus〉

 

 呆気にとられたジェムの前で、円が仮面ライダースコープ・イェーガーに変身すると、その後に続いて他の隊員達も同様に変身していく。眼前に並ぶ黒いスコープの集団を前に、ジェムは息を飲まずにはいられなかった。

 

「う、そでしょ……!?」

 

 流石にこの光景を前に圧倒されずにはいられないジェムであったが、ωリーダーは容赦するつもりはなかった。左手を振り上げ後ろの隊員達に合図を送ると、背後で部下達が身構えるのを気配で察知し上げた手を振り下ろした。

 

「攻撃、開始ッ!!」




と言う訳で第30話でした。

円はアスペンと同じくサイボーグでした。ただこちらはアスペンと違い、定められた命令を愚直にこなしている訳ではなく自分の意思で物事を決定しています。雰囲気的には攻殻機動隊の草薙 素子少佐ですね。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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