仮面ライダージェム   作:黒井福

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第31石:様々な獅子身中

「攻撃、開始ッ!」

 

 円が変身した仮面ライダースコープ・イェーガーの命令に、彼女の背後に並んだωチームのスコープ・イェーガーたちが一斉に発砲した。一斉に放たれた対特異生物用炸裂徹甲弾に対し、ジェムは軽やかな身のこなしで射撃を回避し掠らせる事無く一斉射撃をやり過ごした。

 

「とっ! とととっ!」

「ちっ、うっざ!」

 

 ωチームの射撃を回避しながらジェムがチラリと視線をチャーロットの方に向ければ、あちらもジェムには及ばないながらもしなやかな動きで銃弾を回避していた。出来れば彼女にはここでダメージの一つも受けてもらいたいところであったが、贅沢は言えないとジェムは内心で溜め息を吐く。

 

 問題なのはコブラヤジュエルの方だ。アイツはこの2人程動きが軽やかではない為、銃弾の嵐の中に取り残され結果集中攻撃を受ける事となった。無数の銃弾がコブラヤジュエルの体を穿ち、砕いて細かな破片を撒き散らした。

 そこにセツナが近付き迅雷で斬り付けようと飛び掛かるが、ヤジュエルに接近を試みる彼女にジェムが慌てた様子で警告した。

 

「セツナ気を付けてッ! そいつの体を構成してるパワージュエルは猛毒よッ!」

「なっ!? ととっ、えっ? 毒ッ!?」

「ヒ素の毒よ。その舞い散る粒子を吸い込めば忽ち中毒を起こすからね」

 

 ジェムの仮面には一応そう言った毒物を遮断するフィルター機能がある為接近戦を仕掛けても問題無いが、セツナ達忍者がどうかは分からなかった為警告を忘れない。すると案の定、そこまでフィルター機能が高い訳ではないのかセツナは露骨にコブラヤジュエルから距離を取り始めた。

 

「まさか、毒を含む鉱石があるだなんて……」

「そんなに珍しい事じゃないわよ。アスベストくらいあなたも聞いた事あるでしょ? それより……」

 

 ωチームは未だに発砲を続けていた。逃げ回るチャーロットを追い立てつつ、コブラヤジュエルもこの場から逃がさないようにと攻撃の手を緩めなかった。正直あまりコブラヤジュエルの体を削るような真似はして欲しくなかったのだが、攻撃しなければ倒す事も難しいので無茶は言わない。

 替わりに彼女はωチームにコブラヤジュエルの討伐を半ば押し付けた。

 

「隊長さん、あなた達の装備は毒にも強いんでしょ? コイツの相手は任せるからね」

 

 図々しいジェムの物言いに勿論黙っているωチームではなく、バリアは真っ先に彼女に食って掛かり抗議した。

 

「何を言っているッ! 何故我々がお前の指示に従わなければならない」

「嫌なら勝手にどうぞ。ただそいつ、まだ第一段階だから中に人居るわよ。時間掛ければ中身の人間も中毒で死ぬけど、それでいいの?」

「ぬぐっ……」

 

 ジェムの反論にバリアはそれ以上の言葉を返す事が出来なかった。彼女の言う通りであるとすれば、コブラヤジュエルは一刻も早くに倒さなければならない。だがジェムの指示に従うのは業腹ものであると言うのも事実であり、バリアは忌々しさに奥歯を食い縛るしか出来なかった。

 

 するとそれまで静観していたωリーダーである円専用のスコープ・イェーガー……通称ナイトスコープが前に出ながら口を開いた。

 

「構わないわ、ω7」

「隊長?」

「そのヤジュエルをさっさと倒した後、ジェムとチャーロットを纏めて捕らえればいい。それだけの話よ」

 

 言うが早いかナイトスコープは素早い動きでコブラヤジュエルに接近し殴りつけた。その動きは装甲の厚さの犠牲に素早さを落としているスコープ系列とは思えぬもので、ジェムも思わず仮面の奥で目を見開かずにはいられなかった。

 

「えっ!?」

 

 円が変身しているナイトスコープは、他の隊員のそれとはよく見ると違うところが多い。まず装甲が削られて薄くなっているし、本来複眼と三連レンズが搭載されている目の部分は両目ともバイザーで覆われている。それに見た目だけでは分かり辛いが、装甲の一部にはスラスターが内蔵されていた。

 これらは次世代型として開発された仮面ライダーグラスからのフィードバックで搭載された機能であり、今後の量産型を作り出す上でのデータ収集を兼ねたものでもあった。

 

 そうとは知らないジェムが呆気に取られていると、チャーロットとセツナが交戦を開始していた。

 

「たぁぁっ!」

「またアンタ? イイ子ちゃんぶっててうざいからそろそろ死んでほしいんですけど」

「典型的な悪い子ね。何が何でも捕まえてあげるわッ!」

 

 セツナとチャーロットは完全に水と油な関係だ。単純な敵味方と言うだけの話ではない。元々風紀委員的な気質のあるセツナに対し、チャーロットは完全に性格が不良であり自己中心的な人物であった。自分が望む事以外したくないし、思い通りにならないとすぐに不機嫌になる。自分が快適である為であれば規則も常識も知った事ではないと言うその性格は、セツナからすれば到底許せるものではなく、2人は敵対すべくして敵対したと言っても過言ではない様子である。

 

 気付けばジェムそっちのけで戦い始めるセツナとチャーロットに、ジェムは仕方が無いと言う様に溜め息を吐きつつセツナを援護しようとそちらに向かおうとする。

 だがそんな彼女の前に通せんぼする様にバリアが立ち塞がった。

 

「待てッ! お前の相手は俺だ、ジェムッ!」

「あ~、もう……ちょっとは空気読んでよ。今は私に構ってる場合じゃないでしょう?」

「誤魔化されないぞ。お前の事だ、この混乱に乗じて逃げるつもりだろう。そうはさせないッ!」

「面倒臭いわねぇ……いいわ、分かったわよ。あのヤジュエルだけはどうにかしたいし、あっちがどうにかなるまでは付き合ってあげる」

《Change of Cut, Cloth Zoisite! Commit the Juggler!》

 

 ゾイサイトカットに姿を変えたジェムは、両手に持ったイリュージョンコンボをバリアに向け投げつける。クラブはバリアに当たるのを待たずに炸裂し、紙吹雪の様な物を撒き散らしながら破裂してバリアの視界を奪った。

 

「小癪な……!?」

 

 この程度目くらましにもなりはしないと侮ったバリアであったが、直後にHMDの視界を次々とエラーの文字が埋め尽くす光景に目を見開いた。どの視界モードに変えても視界が安定しない。幸い通常の視界は確保されている為何も見えないと言う事は無いのだが、熱探知もエックス線も使えず索敵が出来ない状態になってしまっていた。

 

 バリアはすぐに分かった。この紙吹雪の様な物だ。これがチャフの役割を果たし、バリアが持つ様々な視界モードを潰しているのである。

 

「くっ!」

 

 これでは迂闊に攻撃する事が出来ない。下手に発砲したりすれば最悪同士討ちの危険もあった。バリアはその場に静かに佇んで、煙とチャフが風に流されていくのをジッと待つ。

 

 その様子をジェムは鮮明に捉えていた。バリアの視界を塞いだ煙とチャフであるが、ジェム本人には意味を成さない。例え彼女があの中に飛び込んだとしても、彼女自身は何の問題も無く相手を攻撃する事が出来る程であった。

 

 バリアを叩きのめすのであれば今が千載一遇の好機であるが、生憎と今の彼女の興味はチャーロットとそれ以上にコブラヤジュエルにあった。特にコブラヤジュエルは変異させられている人の生命を考えると、一刻も早く倒して解放しなければならない。

 足止めされているバリアを尻目にジェムがコブラヤジュエルの方に向かうと、コブラヤジュエルは他のωチームの隊員達により完全にその場に釘付けにされていた。

 

「撃て撃てッ!」

「うぉぉっ!」

 

 コブラヤジュエルを取り囲んで集中攻撃を繰り返すωチーム。コブラヤジュエルも何とか反撃しようと試みているが、コブラヤジュエルが何かをしようとする度にナイトスコープが接近し重い蹴りや銃撃を至近距離で叩きこんで行動を阻害する。

 

「ふっ!」

「ゴァッ!?」

 

 ナイトスコープの蹴りは一撃でコブラヤジュエルの表皮に罅を入れ、甲殻を砕き大きなダメージを与えていた。そして明確にダメージを受けるとそこを狙って他のスコープ達が攻撃しさらにダメージを与えていく。更には1人だけスナイパーライフルを構えているスコープ・イェーガーが居り、そいつがコブラヤジュエルの頭に何度も銃弾を叩き込んで脳を揺らし、動きを鈍らせていった。

 

「ギャッ!?」

「チッ、随分と硬いな。普通ならとっくに倒れてもおかしくない位喰らわせてやった筈だが……」

『十分よω5。後はこちらでケリを付ける』

 

 もどかしさに思わず悪態をつく狙撃手であるω5を宥め、ナイトスコープは銃弾が飛んでいく中一気にコブラヤジュエルに接近する。果敢に接近を試みるナイトスコープの姿に他の隊員達が射撃を止めると、コブラヤジュエルは今の内にとその場から逃れようと背を向け逃げ出そうとする。だがナイトスコープは逃げるコブラヤジュエルの足元に向けガンマライフルⅡを片手撃ちしてバランスを崩させ転倒させた。左手に持ったライフルを片手で撃つと言う人間離れした動きを見せた彼女は、その間にキープレートをベルトのバックルに装填する。

 

〈Recognition〉

 

 エンドスマッシュを発動させたナイトスコープは、左手に持っていたライフルを手放すとそのまま各部のスラスターを噴かせて大きく跳躍しながらエネルギーを充填した蹴りをコブラヤジュエルに叩き込む。先程足元を撃たれた際に転倒したコブラヤジュエルにこれを回避するだけの余裕は無く、ようやく立ち上がれたと言う時にはもう目の前にナイトスコープの蹴りが迫っていた。

 

「ハァァッ!」

「ガアァァァッ!?」

 

 ナイトスコープのエンドスマッシュが炸裂するとコブラヤジュエルはその場で爆散。猛毒の粒子を撒き散らしながら吹き飛びつつ、変異させられていた人が吐き出されるように倒れ込む。

 ナイトスコープの集音機能は解放された人にまだ息がある事を彼女に知らせてくれた。だがこのままだと猛毒の粒子の中に取り残され、中毒を起こして死んでしまう。それを助けようと倒れた人に近付こうとするナイトスコープであったが、それよりも早くに今度はシナバーカットに姿を変えたジェムが風を起こして周囲の猛毒の粒子を上空の一か所に掻き集めそこを纏めて凍結させる事で解放された人を助けると同時に汚染が広がるのを防いだ。

 

 変異から解放された人を支えながら、ナイトスコープはその手際に舌を巻いた。

 

「大したものね。盗人にさせておくのが惜しいくらいよ」

「お褒めの言葉、ありがたく頂戴するわ。じゃ、わたしはこれで……」

 

 問題だったヤジュエルを倒せたし、もうジェムにこの場に残る理由は無い。チャーロットはまだ残っているが、コブラヤジュエルが倒された時点であちらも既に撤退を視野に入れた行動に移っていた。

 

「チッ、流石にこの数相手だとあんなのじゃ時間稼ぎが精々か……ま、いっか♪ 目的は十分に果たせただろうし」

「何の話をッ!」

 

 戦いの最中に何やら小声で宣うチャーロットに、セツナは迅雷の銃口を向け発砲する。だがチャーロットは横に転がって銃撃を回避し、バニッシャーを抜くとセツナの周囲に向け数発砲撃し彼女の動きを阻害した。

 

「もうアンタに構うのも飽きたわ! じゃ~ね~!」

「うわっ!? くっ! 待ちなさいッ!」

 

 砲弾が着弾した部分が爆発し土煙が舞い上がる。視界を塞がれて動きを阻害されたセツナであったが、迅雷を振ってそれを吹き飛ばすとまだ遠くに見えるチャーロットの背を追って行った。

 

 これでこの場に残ったのはジェムとωチーム、そして被害者だった人のみ。本格的にこの場に残る意義を失ったジェムはさっさと立ち去ろうとするのだが、彼女の行く手をバリアが遮った。

 

「待て。お前、この状況で逃げられると思っているのか?」

 

 気付けばジェムの周りにはバリアだけでなく、ωチームのスコープ・イェーガーが取り囲み銃口を向けてきている。この包囲を切り抜けるのはかなり骨が折れるだろう。向けられる銃口とプレッシャーに、ジェムは仮面の下で冷や汗を流し緊張を緩和する為唾を一つ飲み込んだ。

 

 だが彼女は自身の動揺を表に出す事無く、普段の余裕を感じさせる態度を維持しつつクオーツカットに姿を戻して口を開いた。

 

「私の魅力に引き留めたくなるのは分かるんだけど、ここでやり合ったら折角助けた人やまだ間に合う人が被害を受けると思うんだけど?」

「うっ……」

 

 ここは街中だ。それも突発的な騒動であり、巻き込まれた人が多数存在している。見渡せば明確に被害を受けて倒れた人以外にも、まだ息が合って動けずにいるだけの人や逃げるに逃げられず隠れて震えている人の姿も確認できる。それにナイトスコープの腕の中には、ヤジュエルから解放された人が居る。先程まで猛毒の宝石に身を包まれていた人は、時折苦しそうに呻き声を上げている。一刻も早く病院に連れて行って治療を施すべきだろう。

 そう言った人々を無視してジェムとの戦闘を続行する事は、彼らS.B.C.T.の活動方針に反する行為だ。バリアはそれを理解し躊躇いに銃口を下ろし、ナイトスコープは溜め息を吐くと部下達に戦闘中止を命じた。

 

「全員、武器を下ろせ。これ以上の戦闘は許可できない」

「賢明な判断よ、隊長さん」

「図に乗るなよ盗人。次にお前と会う時は、我々がお前の仮面を剥ぎ取る時だ」

「あら怖い、乱暴な方ね。……それじゃ、ごきげんよう♪」

 

 脅してくるナイトスコープに、ジェムは投げキッスをしつつその場を離れ姿を消していった。ジェムが立ち去るとそれと入れ替わる様にセツナが戻ってきて、悔しそうに溜め息を吐きながらωチームと合流した。

 

「くっ……あれ? ジェムは?」

「逃げられました。と言うか、逃がしたと言うべきですか」

「この状況よ、これ以上の戦闘の続行は出来ないわ」

「ぁ……そうですよね。まだ逃げ遅れてる人居ますから」

 

 先程の戦いでもセツナは必要以上の被害を出さない為にあまり派手な忍術は使えなかった。それにナイトスコープの腕の中の人の姿を見て、これ以上の戦闘が出来ない事に納得出来た。今は戦闘より人命救助を優先させるべきだ。

 

 ただしそれは、今は……の話である。この次はそうはいかない。セツナもバリアも、そしてナイトスコープ達も、来たるジェムとの再戦で決着をつける意志を固めるのであった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 戦いを終え、ωチームの包囲からも上手い事逃れたジェムは人目を警戒しつつ自宅に戻ろうとしたが、ふとジェーンの事が気になり進路を鄭堂診療所に向けた。まだ日中なので表には出歩く人の姿がチラホラ見え、その人らの目に留まらない様注意しつつジェムは診療所の前に降り立ち静かに中に入って行く。

 

「ジェーン?」

 

 診療所の中に人の気配はない。ジェムは安心して変身を解くと、改めてジェーンの姿を探した。少なくとも診療所の部分に彼女の姿は見当たらなかった。

 となると後考えられるのは二階の居住スペースか、若しくは外出しているかのどちらかだ。まだ本調子ではないだろうから外出の可能性は低いと考え晶は階段を上って居住スペースの方に足を踏み入れる。

 

「ジェーン、居るの?」

 

 声を掛けながら晶が玄関の扉に手を掛けドアノブを捻ると、鍵は掛かっていないらしく扉はすんなり開いた。軽く小首を傾げながら扉をくぐり居住スペースに足を踏み入れると、廊下の先、リビングに当たる部屋の中に倒れているジェーンの姿に晶はまたかと急ぎ近付いた。

 

「ちょっ!? もう、しっかりしてよッ!」

 

 床に崩れるように倒れているジェーンを仰向けにさせて顔色を伺えば、顔色はやや悪く額には汗が浮かんでいる。熱は無いようだが抱き上げられても目を覚まさない所を見るに随分と消耗しているらしいことが伺えた。

 

 ジェーンがこんな風になったのはチャーロットとの戦いが原因であると言う事だが、そんな危険な攻撃をしてくるのだろうかと晶は首を傾げる。これまでに何度かぶつかり合ってきた気がするが、そんな危険な攻撃があった記憶が無い。精々が最初の邂逅の時に意味不明な同士討ちをさせられた事くらいである。

 

 ともあれ、何時までも硬い床の上に寝かせておく訳にはいかないので、晶はジェーンの腋の下に手を突っ込み寝室まで引き摺って行った。モデル顔負けの体型のジェーンはスラリとしたスタイルの持ち主だが、胸に立派な重りを二つ付けている為その分重量がある。思っていた以上に苦労させられたが、普段から何かと頼み事をしたり助けられたりしている為放置する事も出来ず、晶は小声でブチブチ文句を言いながらもジェーンを寝室に連れて行くのであった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 同時刻、警察署の人気のない一画では五右衛門が密かにボスと連絡を取り合っていた。

 

「――――はい、そう言う訳でωチームは暫く警察署を拠点に活動するみたいです。行動方針としてはやはり騒動が起きた場所からこっちのアジトを逆算するつもりみたいで」

『まぁ自明の理だろうな。それ以外で連中がこちらの動きに対応する手段は無い』

「しかしあの隊長はかなり面倒です。個人の能力も高く、おまけに勘も鋭い」

 

 出来るだけ目立たないようにしてきた五右衛門であるが、円はそんな彼の動きに不信感を感じているらしい。時折探る様な視線を向ける事が何度かあった。尤も円としては誠を除く対策室のメンバーは全員警戒対象であるらしく、その視線が向けられているのは唯や剛達も同様ではあった。だが五右衛門に対して向けられる視線だけ探る度合いが高く、時折露骨な視線を感じる事が多々あったのだ。

 

『周到な女だな。お前が捩じ込まれた経緯に細工が施されている可能性を見つけ出したらしい』

「どうします? これ以上ここに居続けるのはリスクが大きくなりますが……」

 

 五右衛門は警察関係者の1人をパワージュエルで誘惑して操る事で対策室にスパイとして送り込まれた。無論その際には不自然にならないようにとデータベースにも細工が施されているのだが、本気で調べ上げられたらボロが出るのは避けられない。今はまだ怪しまれる程度で済んでいるが、これ以上潜入を続けるのは本人が言う様に発覚するリスクが増える。

 尤もだからと言って自分から抜け出したいと言う程、彼も腰抜けではなく飽く迄も判断を仰ぐ程度に留めているが。

 

『……まだ完全にバレた訳ではないのだな?』

「それは間違いありません。特別怪しく思われてる程度で、何らかの確証があると言う感じでは無さそうでした」

『ならばまだやりようはあるな。お前はバレない程度に現状を維持しろ。こっちで上手くフォローできるよう手を打つ。連絡も暫く控えるんだ』

「分かりました、ボス」

 

 そのやり取りを最後に通信は途切れ、五右衛門はスマホを懐に仕舞いながら周囲を警戒しつつ対策室へと戻っていく。

 

 対策室にはいつものメンバーに加えて、ωチームの隊長である円と副官のビート、それにチームオペレーターのアイリスが待機して情報交換などを行っている最中であった。

 五右衛門が部屋に入ると即座に円の鋭い視線が彼に向けられた。

 

「随分長く離れていたようだけれど、何処で何してたの?」

 

 こう聞かれるだろう事は予測で来ていたので、五右衛門は予め用意しておいた誤魔化しの為のカバーストーリーを淀みなく口にした。

 

「すみません。ちょっと今日は朝から腹の調子が悪くて……」

「…………フン」

 

 五右衛門の回答に円は鼻を一つ鳴らしただけでそれ以上の追及はしなかった。ただやはり警戒心は依然として向けられているのか、視線は向いていないがプレッシャーの様な物は肌に感じられた。迂闊な事が出来ないと平常を装いつつも内心では冷や汗をかきながら席に着くと今度は唯が話しかけてきた。

 

「菊池さん、本当に大丈夫ですか? 今日に限らず、菊池さんって時折姿を消すからもしかして慢性的に体調が悪いんじゃ?」

 

 これが剛などから向けられた言葉であればそこまで警戒する必要は無かったかもしれない。だが相手は万閃衆の忍びである。相手を欺く為、何も知らない風体を装いこちらがボロを出すのを待ち構える位は平然とするだろう事は容易に想像できた。なので五右衛門は油断する事無く彼女の問いに答えた。

 

「いえ、そんな大層なものじゃありません。昔から腹が弱い方だっただけですので、お気になさらず」

 

 五右衛門の無難な回答に、唯はそれ以上疑う様子も見せず納得した様に彼から視線を外した。

 

 そこで唯は、そう言えば自分も医者に掛かろうとしていたのだと言う事を思い出した。

 

「あ、そうだ。私も診療所行こうとしてたんだった」

「診療所? 南城さん、体調でも崩したんですか?」

「いえ、そうではなく……」

 

 

 

 

「ちょおっと待った!」

 

 

 

 

 唯が少し自分の体調に不安を持っている事を誠に吐露していると、それを扉越しに聞いたのか幹夫が部屋に飛び込んできた。警察署に似つかわしくない白衣と乱れた髪の幹夫の姿に、円達合流したωチームの隊員の表情が険しくなる。

 

「誠、彼は?」

「え? あ~……殆ど自発的にですが、生命工学研究所から出向されてきた、渡辺 幹夫博士です。今回のヤジュエルに関連する件で学術的観点からオブザーバーとして協力してくれると……」

 

 自分の口で説明してみて、改めて幹夫の立ち位置が何とも説明しづらい物であると誠は頭を悩ませた。幹夫は半ば強引に今回の件に関わってきたのである。確かにジェムと対峙する中で、ヤジュエルとも戦闘する事は何度もあった。それにパワージュエルを売り捌いていると思しきジェットグリム達は、人を積極的にヤジュエルに変異させて自分達の戦力として使役している。ヤジュエルに関して何の知識も無いと困るのは確かなので、そう言った観点から彼の協力はありがたいと言えばありがたいのかもしれなかった。

 

 とは言え、この性格だ。行動や言動が読めないし、価値観が独特だからか会話していても話にズレを感じる。あまり触れ合いたい人種とは言い難い存在であった。

 

 そんな雰囲気を円達も感じ取ったのだろう。幹夫に向ける目が余り好意的なものでなくなっていくのだが、当の本人は自分に向けられる視線など全く気にならないのか唯に詰め寄っていく。

 

「そういう事なら私もお供しますよ」

「えぇっ!? 何で?」

「誰があなたの体を何度も検査したと思ってるんですか? 今あなたの体に詳しいのは間違いなく私ですよ? ならば医学的にも僕が持つ南城さんのデータが役に立つのは当然でしょう!」

 

 別にそんなガッツリ検査して欲しい訳ではなく、自覚できていないレベルで体調に異変が無いかを知りたいだけなのだ。幹夫にしてもらっているパワージュエルの影響とは別方向なのである。なのにそんな気合を入れて付いて来られても、唯としては大袈裟すぎると困ってしまうのだ。

 

「い、いえ、別にそんな大した事じゃ……健康診断レベルの、ちょっとした診察を受けたいだけで……」

「まぁまぁ、そうお気になさらず……」

 

 幹夫の動向を断ろうとする唯であったが、彼もなかなかに食い下がる。唯が困り果てていると、見兼ねたのか円が席を立ち幹夫の首根っこを掴んで引き摺って部屋の外に放り出した。

 

「今は大事な会議中だ。悪いが部外者は引っ込んでいてもらうわ」

「ぐぇぇっ!? ちょ、ま、待って……!」

 

 襟を引っ張られて首が閉まり、苦しそうに喘ぐ幹夫の抗議に円は一切の耳を貸さず部屋の外に放り出すと扉の鍵を閉めた。暫くの間幹夫は扉を叩き何度も声を上げていたのだが、少し待つと諦めたのか静かになり部屋の外からも気配が消えた。やっとうるさいのが居なくなったと円は一つ息を吐き、解放された唯も安堵の溜め息を吐いた。

 

「全く、何だアイツは?」

「はぁ……佐伯隊長、ありがとうございました」

「別にあなたの為だけじゃないから気にしないで頂戴。それより、折角だからあなたからヤジュエルが生まれた件の話が聞きたいのだけれど?」

「あ、そうですね。それも大事ですよね」

 

 対策室の中ではその後もジェムやヤジュエル、ジェットグリム達に対する話し合いが行われていった。1人蚊帳の外に放り出された幹夫は、暫くつまらなそうに対策室の扉を眺めていたが、程なくして口元に小さく笑みを浮かべると1人その場を離れて行くのであった。

 

「さてさてどれどれ……久し振りにご尊顔を拝みに行くとしますかね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………ジェーンさん」




と言う訳で第31話でした。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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