一通り事の顛末を話したジェーンは、一息つくとベッドの上に倒れ込んで体を休めた。やはりまだ完全に回復しきっていないのか、ベッドに身を預けて大きく息を吐き出す。話を聞いた晶は、掛布団を彼女の体に掛けてやりながら今し方の話で聞いた内容を噛みしめた。
「分かっちゃいたけど、アンタ人間じゃないのよね」
「怖くなっちゃった~?」
「今更? まぁ思ってた以上ってのはあるけど、怖いかどうかで言えば別にって感じ」
最初にジェーンが接触してきた際に彼女は晶に自分が人間ではない事を既に明かしている。その時は晶もそれなりに驚いたものだが、ジェーン自身に敵対の意思が無く、彼女の情報収集力を始めとした力が晶の目的を果たすのに有用である事から晶は細かい事を気にせず接する事にしていた。顔の火傷を無くす為であるなら、鬼だろうが悪魔だろうが力を借りるつもりだったからだ。
「こっちとしては早く復帰して欲しいってのが正直な所よ。ジェーンの情報、期待してるんだから」
「ゴメンね~。回復まではまだ少し時間が掛かりそうなの~」
「分かってる。無理はしないで。暫くは1人で頑張るから」
一応期待を込めて幹夫に視線を送るが、晶の視線の意味に気付いた彼は目を瞑って肩を竦め両手を肩の高さに上げると首を細かく左右に振った。分かってはいたが彼の助力は期待できそうにない事に晶は大きく溜め息を吐き、ジェーンに被せた掛布団を軽くポンポンと叩きながら立ち上がった。
「それじゃ、私はもう行くわ。次の事とかも色々と考えなきゃだし」
「頑張ってね~。あっ、そこの机の引き出しの中に~、パワージュエルの疑いがある宝石の情報をメモした手帳があるわ~。まだ情報の精査が出来てる訳じゃないから外れも混じってるかもしれないけど~、私が動けない間の参考程度に役立てて~」
掛布団を持ち上げてジェーンが指さした先の机の引き出しを開けると、彼女が言う手帳とやらが出てきた。開くとパワージュエルと思しき物のある場所と持ち主に関する情報が細かく記されている。これがあるだけでも今後の活動が大分楽になった。ジェーン曰く正確性に欠けるとの話だが、今の晶にとっては十分である。
「ありがとう。しっかり活用させてもらうわ」
「気を付けてね~」
ジェーンからの激励を背に受けつつ晶は診療所を後にした。彼女の姿が見えなくなると、次の瞬間ジェーンの顔から一気に脂汗が噴き出し呼吸も先程より荒くなる。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「大丈夫ですか?」
見るからに辛そうなジェーンを幹夫が心配する。向けられる視線にジェーンは気丈にも笑みを浮かべながら答えた。
「最悪の場合は~、
そう口にするジェーンの表情は見るからに寂しそうだ。そんな彼女の姿に幹夫は普段唯達に見せているヘラヘラとした雰囲気を引っ込め、乱暴に頭を搔き毟ると顔を上げ真剣な表情でジェーンの目を見詰めながら口を開く。
「隙を見て定期的にここを訪れるようにします。だからジェーンさんも、頑張ってください」
真剣な表情でこちらを見詰めてくる幹夫の姿に、ジェーンは一瞬キョトンとしたかと思うと思いっきり噴き出し笑い出した。
「フフッ、アハハッ! 随分と頼もしくなったわね~。あの頃は雄成先生達に色々と教わってばかりだったのにね~」
「成長、したんですよ」
「そうみたいね~。……変わらないのは、私だけか」
そうぼんやりと口にするジェーンの表情はどこか寂しそうで、虚しさを堪えているようでもあった。だが彼女はその事を嘆く事は無く、欠伸を一つするとそのまま目を瞑り寝息を立て始める。幹夫は彼女が眠りについたのを見ると、暫く彼女の寝顔を眺めた後立ち上がりその場を後にするのであった。
***
警察署の対策室では、相も変わらず怪盗ジェムとジェットグリム一味への対策会議が行われていた。目下重要なのは、次にジェムが狙うだろうパワージュエルの所在とジェットグリム達が何時何処で誰にパワージュエルを売り捌いたかである。
「とは言え、簡単な事ではない。パワージュエルは見た目だけなら普通の宝石と何ら変わらないんだ。どうしてもこちら側が後手に回らざるを得ん」
円は渡された資料を何度も流し見ながらぼやいた。知れば知るほど厄介な代物だ。見た目は普通の宝石でありながら、放射線の様に見えないエネルギーが人々に影響を与えてヤジュエルと言う怪物を生み出す。そしてジェムは何の目的か知らないが、そのパワージュエルを積極的に集めて回っている。
この事態に際し、対策室の先任に当たる九朗は少々投げやりだがジェムにある程度任せる事も一つの手ではないかと意見した。
「どうやってかは分かりませんけど、ジェムはパワージュエルの情報を得ているみたいです。被害の大きさもジェムの方が圧倒的に小さい訳ですし、ここは少し静観してジェムに色々と任せるのはどうですか?」
対策室の人間にあるまじき発言ではあるかもしれない。だが対策室の人間としてジェムに長く関わってきたからこそ見えるものも確かにあった。この意見に対する反応は様々であった。渋い顔をする者、困惑する者、僅かに目を細める者などである。
とりわけ即座に反応したのは長年彼の上司を務めていた剛である。部下が発した意見に対し、彼は否定する訳では無いがこの場でその意見を出した事に宥める様な動きを見せる。
「坂下、お前それは……」
「確かにジェムは犯罪者である事に違いは無いかもしれません。ですがジェムの行動でパワージュエルの被害者が少なく済んでるのは事実では? 警察として問題ある発言をしているのは理解してますけど、被害が増えるよりは――」
九朗の理論は投げやりであるかもしれないが、同時に合理的である事は間違いなかった。ジェムであれば効率的に、且つ積極的にパワージュエルによる被害を最小限に抑えてくれる。
だがそんな合理性だけで納得できない者もこの場に居た。例えどんな理由、どんな結果を残そうとも、犯罪者……悪事を為す者を許さない者が。
その者……誠は九朗の言葉を遮る様に拳を机に叩き付けた。部屋中に響き渡る音に隣に座っていたアイリスがビクッと肩を震わせ、覗き見る様に視線をそちらに向けると彼は無言で立ち上がり九朗の傍に向かうと彼の胸倉を掴んで無理矢理立ち上がらせた。
「ふざけるな……悪党に好きにさせるだと? お前それでも警察かッ!?」
「ちょ、待……!? く、苦しい苦しいッ!?」
「神宮寺さんッ! お、抑えて抑えてッ! お気持ちは分かりますが、今は落ち着いてくださいッ!」
「神宮寺さん駄目ですッ!」
このまま苦労の首を絞め殺してしまいかねない勢いの誠の気迫に、直ぐ傍に居た剛だけでなく唯までもが誠を抑えに掛かり、九朗から力尽くで引き剥がした。
引き剥がされても尚射殺す様な視線を向ける誠に九朗は小さく悲鳴を上げながらひっくり返る。その彼に向けて誠は抑えきれない感情を吐き出す。
「お前が……お前みたいな奴が悪党を放置するからッ! だから被害を受けて傷付く人が減らないんだッ! そのせいで晶は……」
「? 晶?」
勢いのままに誠の口から晶の名前が出ると、聞き覚えのある名前に唯の手の力が緩む。もしやと彼女が束の間考え込むと、その隙に彼は2人の手を振り解き再び九朗に掴み掛ろうと迫る。尻餅をついたままの九朗は手足を使って必死に誠から距離を取ろうとするがどう考えても逃げ切れない。
ここで漸く円が動いた。彼女は暫く事態を静観していたが、流石にそろそろ座してみている訳にも行かなくなったのか立ち上がると九朗に近付く誠の肩を掴んで引き留めた。
「そこまでにしておけ誠。気持ちは分かるが落ち着け」
「ですが隊長ッ!」
「落ち着け。確かに彼の言う事も尤もだ。我々の仕事は確実な情報が無い限り後手に回らざるを得ない。そしてジェムは、独自の情報ルートがあるのか先手を打って動ける。ジェムに任せておけば先んじて被害を減らす為に動いてくれると言うのは理に適った意見だと私も思う」
円から改めて理論立てて説明されれば、九朗の意見も強ち投げやりのいい加減な意見と断ずる事は出来なかった。諦観に近い意見である事は間違いないが、現状対策室に出来ることは事が起こった後動くしかない以上仕方がない事であった。
誠は奥歯を食い縛り拳を握り締めて俯くと、重い溜め息を長く吐き出し自分の席に戻っていく。重力に引かれるように椅子に腰を下ろす彼の姿に隣の席のアイリスは小さくホッと胸を撫で下ろすと、全員が席に戻ったタイミングで手元のノートパソコンを操作しながら口を開いた。
「過去のω7と南城女史の戦闘の際のデータから、パワージュエルの物と思われるエネルギーのサンプルを得られないか現在調査中です。これが確認出来れば、今後パワージュエル特有のエネルギーを感知するセンサーを用いて問題が発生する前にパワージュエルの回収や持ち主の確保が可能かもしれません」
アイリスの報告に誠の表情が少しだけ和らぐ。何時までも先手を打たれてばかりではない状況の変化に、彼の機嫌も僅かに戻ってきたようだ。それを敏感に感じ取った円は唯に更なる調査を依頼した。
「とは言え、そのセンサーの開発も一朝一夕で行かないのは明らか。この中で最も調査に秀でた、万閃衆のくノ一である南城女史には引き続き積極的な情報収集をお願いしたいのだけれど?」
「はい、任せてください。元々それが私達の仕事ですから」
力強く答える唯に円も頼もしいと言う様に頷いた。
その後も幾つか情報のすり合わせなどを行い、この日の会議は幕を閉じた。堅苦しい会議が終わると九朗は席を立ち、背筋を伸ばして筋肉を解すと一息つこうと自販機にコーヒーを買いに向かった。
一方唯はと言うと、真っ先に誠の元へと向かうと先程彼の口から出た晶と言う名前が自分の知る晶と同一人物であるかを確かめるべく彼に話し掛けた。
「あの、神宮寺さん?」
「何です南城さん?」
「さっき、神宮寺さん晶って言ってましたよね? それって、前に言おうとしてた幼馴染の?」
「そうですが……それが何か?」
態々そんな事を聞く為に話し掛けてきたのかと訝しげな顔をする誠に対し、唯は更に確認する様に彼に晶の特徴を訊ねた。
「その晶って人……顔の右半分に火傷痕があったりします?」
「ッ!? 何で……」
何故唯が晶の顔に火傷痕がある事を知っているのかと愕然となる誠であったが、直後に彼はある可能性に思い至る。即ち、唯が晶と顔見知りであると言う可能性だ。
その可能性を肯定する様に唯が最後の質問を口にした。
「苗字はもしかして……石動ですか?」
「ッ!?!? 知ってるんですか晶を? 何処に……彼女は今何処にッ!」
思わぬところで晶の存在を確認できた誠は、我を忘れて唯に掴み掛ってしまった。彼がこう来るだろう事は薄々予想出来ていたので、唯は動じることなく彼を宥めて落ち着かせた。
「後程、彼女の所まで案内しますから、今は……」
「あっ……そう、でしたね。すみません」
「いえ、気持ちは分かります」
唯の言葉に落ち着きを取り戻した誠が彼女の肩から手を放し、深い呼吸を繰り返して心身を落ち着かせる。それを見届けてか、それまで静観していた円が入れ替わる様に唯に近付き声を掛けた。
「あっ、南城女史。少し構わないか?」
「ぁ、はい。何です?」
「ここでは何だから、ちょっとこっちに」
指先で軽く手招きしてくる円に唯が何事かと首を傾げる。本来であれば少しは気にすべき光景なのだが、アイリスは何やら一心不乱にノートパソコンと向き合っており剛と九朗は自販機の方に向かっており席を外している。唯一2人が連れ立って離れていくのを見ていたのは五右衛門だけだが、彼も直ぐに興味を失ったのかスマホを取り出し資料を片手に何かをし始めた。
そして当然、誠も2人の様子を気にしている余裕は無かった。
(晶……この街に居るのか?)
長年疎遠になりながらも、胸の奥では恋焦がれていた晶に漸く再会できる。果たして彼女は再会した時、どんな顔で自分を迎えてくれるかを考え期待と不安が胸中で渦巻き落ち着きが保てなくなる。未だ悪が闊歩しているこの状況下で、彼女と再会すべきなのかと言う疑問が鎌首を擡げていた。
だがもう抑えきれない。今の誠は晶の事で頭が一杯だった。また会いたい。会って、あの時即答で彼女を受け入れる事が出来なかった事を謝りたい。そして長年秘めてきた、この想いを彼女に伝えたかった。例え彼女の心が自分に向いていなくても、彼女が自分を嫌悪して拒絶したとしても、想いを告げて気持ちに区切りを付けなければ前に勧める自信が無かった。
(待っていてくれ、晶……!)
誠が晶との再会の時に想いを馳せていた、その時突如サイレンが響き渡った。弾かれるように誠が顔を上げ天井を見上げていると、先程部屋を出ていった唯と円の2人も飛び込む様に入り状況の確認を急いだ。
「何事ですかッ!」
「敵はどっち? ジェム? それともヤジュエル?」
2人の質問にアイリスが答えるよりも先に、スピーカーから詳しい情報が発せられた。
『一般市民より通報、一般市民より通報。市内北部に特異生物出現。北部に特異生物が出現』
「こちらでも確認しました。通行人が突如ヤジュエルに変異し、周囲の人や物に無差別に攻撃を仕掛けています」
ハッキングで近隣の監視カメラの映像を覗き見たアイリスからの報告も合わさり、事態は一刻を争う状況である事を理解した円は即座に指示を飛ばした。
「ωチームは全員出動用意ッ! 南城女史、ω7。2人は先行して被害の拡大を防いで」
「分かりました」
「ハッ!」
「菊池捜査官。あなたはここで、高橋警部らと共に待機を」
「分かってます」
一番の新参者である筈の円ではあったが、この手の事態に関しては一番のベテランでもある為必然的に声出しは彼女が中心となっていた。サイレンを聞いて慌てて戻ってきた剛と九朗も、彼女の放つ威圧感と頼もしい指示出しには何も言わず従った。捜査に関してならともかく、戦闘に関する事であれば彼女らの方が専門家だ。
慌ただしく対策室を後にする円達。それを見送った五右衛門は、同じく彼女達を見送って背を向けている剛達の耳に入らない程度の小声で手にしたスマホに話し掛けた。
「何時もの連中が今向かった。バリアとセツナが先行するらしい」
この騒動は言うまでも無く、ωチームによる捜査の攪乱が目的であった。五右衛門たちのアジトを探す為、対策室ではヤジュエルの出現地点から中心地点を逆算し捜査のメスを入れようとしている。なので彼らはそれを逆手に取り、あちらこちらで騒ぎを起こしてアジトから遠ざけようとしているのだ。
そうとは知らず現場に向かった唯は、スーツから万閃衆の忍びの装束に着替え建物の屋根の上を跳び跳ねながら移動していく。その下では誠が専用バイクで同じく現場に向け急行していた。
程無くして2人が現場に到着すると、そこでは先日の襲撃同様既に多数の被害が出てしまっていた。
「くっ! 分かってはいたが、既にこれ程……」
「しかも今度は2体ッ!?」
そう、唯が口にしたように今回はヤジュエルが2体居た。一方は金色に輝く表皮のライオンの様なヤジュエルで、もう一方は銀色の表皮の虎の様なヤジュエルだ。それぞれ口から放つ砲撃で建物を破壊したり、視界に映る逃げ惑う人に向けて襲い掛かったりしている。
「ゴァァァァッ!」
「ガルァァッ!」
「これ以上はやらせるかッ! 南城さんッ!」
「はいッ!」
「「変身ッ!」」
〈Certification,Ready now〉
【忍法、変身の術ッ! 瞬きの、刹那を見抜き、忍ぶ者……セツナッ! 達筆ッ!】
唯と誠は即座に変身し、それぞれ別のヤジュエルに対し攻撃を仕掛ける。
セツナは迅雷を抜き、銃撃を加えながら金色のライオンに向け突撃し、ある程度近付くと刃で斬りかかった。
「やぁぁっ!」
くノ一として鍛え上げた素早い身のこなしを活かして接近したセツナの一撃は、ともすれば目にも留まらぬほどの鋭い一撃であった。並大抵の相手であれば、反応する間もなく切り裂かれるであろう。
だがこのヤジュエル……レオンヤジュエルは並大抵の相手ではなかった。そいつはセツナの動きを正確に捉えると、徐に腕を上げ上腕にある銃口から強烈な銃弾をお見舞いしてきたのだ。
「あぁっ!? くっ!」
腕に銃口が付いている事も自分の動きに付いて来られた事もセツナにとっては予想外の事であり、先制で一撃をお見舞いする筈が自分の方がカウンターをお見舞いされた。ただでさえセツナはどちらかと言えば装甲が薄い方なのに、レオンヤジュエルの銃撃はマグナム弾もかくやと言う程の威力を持っておりまともにカウンターを喰らってしまったセツナは体の芯に響く激痛に思わず膝をついてしまう。
「うぐ……げほっ」
思わず咳き込み、口の中に鉄臭い味を感じる。仮面で口元を拭えない事に不快感を感じていると、レオンヤジュエルは両腕を上げそこにある銃口をこれ見よがしに見せ付けてきた。次に奴が何をするかが手に取るように分かったセツナが無理矢理体を動かして転がる様にその場を離れると、直後にレオンヤジュエルの両腕に搭載された合計6つの銃口から一斉に放たれた銃弾が先程まで彼女が居た場所を盛大に耕した。
「クソッ、面倒な奴ね……」
ぼやきながらもセツナは忍筆を取り出し、この状況を打開すべく一筆したためる。
「執筆忍法、分身の術ッ!」
【忍法、分身の術ッ! 達筆ッ!】
セツナが空中に書いた分身の文字が複数に分かれ、それぞれが煙を放つと共に無数のセツナになった。分身で複数人に増えたセツナは、レオンヤジュエルの周りをひっきりなしに飛び回り翻弄しようと試みた。
「グルルッ! ガァァッ!」
レオンヤジュエルは自分の周りを動き回るセツナに苛立つように唸り、咆哮と共に周囲にしっちゃかめっちゃかに発砲しようと両腕を上げた。当たるを幸いにデタラメに発砲するレオンヤジュエルの銃撃を前に、セツナも全てを回避しきる事が出来ず分身が1人、また1人と姿を消していった。
だが狙いを付けた動きではないだけに隙が多く、それを見逃すセツナではい。レオンヤジュエルの動きに明確な隙が出来たのを見て、一気に接近し今度こそ迅雷を思いっきり叩き付ける事に成功した。
「ハァッ!」
「グガッ!? ガルァァッ!」
一進一退の攻防を繰り返すセツナとレオンヤジュエル。一方バリアと虎のヤジュエル……タイガーヤジュエルの戦いも事実上の膠着状態に陥りつつあった。
「コイツ!」
バリアが盾を構えつつバリアリボルバーを発砲しタイガーヤジュエルを牽制する。だがタイガーヤジュエルの動きはあまりにも素早く、牽制も殆ど意味を成していなかった。
「ガルッ! ガルルッ!」
左右に素早くステップを踏む様にバリアの銃撃を回避しながら接近するタイガーヤジュエル。その両腕にはそれぞれ3本の短剣を思わせる長さの鋭い爪が生えており、時にその爪で銃弾を弾きながら接近し遂にバリアに向け振り下ろされた。
「ガァァッ!」
「クソッ!」
渾身の力を込めて振り下ろされたタイガーヤジュエルの右腕の爪。体重を乗せて叩き付けられた爪による一撃をバリアは盾で受け止めるが、あまりにも重い一撃に彼は両腕を使って攻撃を防がなければならない程であった。
バリアの動きが完全に止まる。それを狙っていたかのように、タイガーヤジュエルは左腕の爪を掬い上げるように振り上げバリアの盾を弾き飛ばし手放させた。
「ぐぅっ!?」
力尽くで盾を奪われた事にバリアの口から呻き声が上がる。咄嗟にバリアリボルバーを向け発砲するが、体勢を崩した状態からの発砲は狙いも正確ではなく銃弾はタイガーヤジュエルの顔のすぐ傍を掠める程度で終わってしまった。無駄に終わった反撃にタイガーヤジュエルが隙ありとバリアの懐に入り込んで爪を突き立てようとするのだが、その時にはバリアは既に次の行動に移っていた。
「舐める、なぁっ!」
懐に入り込んできたタイガーヤジュエルに対し、バリアは左太腿からバリアロッドを抜きタイガーヤジュエルの突き出してきた爪を弾き逆に体勢を崩させた。打撃と同時に叩き込まれる電撃に、タイガーヤジュエルも溜まらず怯んで数歩後ろに下がった。
「グ、ガ、ガガ……」
「ふぅ、ふぅ……」
互いに相手から距離を取り合い、体勢を整えるバリアとヤジュエル。一方のセツナとヤジュエルの戦いも膠着状態となっていた。
その様子を遅れて現場に到着した晶が建物の上から静かに見ている事に、下で戦っている者達はまだ気付いていない。
「ふ~ん……騒ぎを聞きつけて来てみたら、随分と……」
暫く下の様子を見ていた怪盗姿の晶は、続いて視線を遠くの方に向け周囲を見渡した。今回のヤジュエルの出現はあまりにも唐突だった。今回の一件にも確実にチャーロットが関わっている可能性が高い。あれは容易く他人を犠牲に出来る女だ。
内心が煮えくり返りそうになるのを深呼吸して落ち着かせた晶が周囲を見渡すが、既に近場には居ないのかそれとも虎視眈々と隙を伺っているのか分からないがチャーロットは勿論他の2人の姿も見る事は出来なかった。ここで晶はどうすべきかと悩む。下の戦いは一進一退と言った様子で、時に危ない所もあるがバリアとセツナはヤジュエル相手に対等に戦えている。見た所今回のヤジュエルはどちらも特別有毒な鉱石を使われた訳ではなさそうだし、二次被害が出る危険は低いだろう。
結論を述べるなら、ここは下手に出て行かずに静観した方が賢明ではあるかもしれない。が、しかし…………
(あのヤジュエルも、無理矢理ああされたんだよね、きっと……)
何が何かも分からない内にヤジュエルにさせられた。或いは意図してかそれとも偶然か、パワージュエルを手に入れて魅入られたと言う可能性もある。いずれにせよ、あのヤジュエルになってしまった人は直前まで平和を謳歌していた筈なのだ。それがこんな事になってしまったのは、あのヤジュエル達の元となってしまった人に対して不運と言う他ない。
晶は嘗て自分の身に降りかかった不運を思い出し、そしてその時確かに感じた助けを求める気持ちが脳裏を過り大きく溜め息を吐いた。
「はぁ~……放っておけないよね。仕方ない」
晶は仮面で隠れた顔の右半分を軽く撫でると、立ち上がりながら右手に石英の指輪を嵌めベルトのバックル左のレバーを引いた。
「変身ッ!」
《Change of Cut, Cloth Quartz! Commit the Phantom Thief!》
仮面ライダージェム・クオーツカットに晶が変身すると、丁度眼下でセツナとバリアが並び立ちながらヤジュエル2体から距離を取る所であった。それを見たジェムは自身が潜んでいたビルの屋上から飛び降り、セツナとバリアの間に着地し払うようにマントを靡かせた。
「よっ、と! 御機嫌よう、お2人さん?」
「ジェムッ!」
「何をしに来たッ!」
まだωチームの本隊が来ないこの状況で、怪盗とは言え共に戦える者が来てくれた事にセツナは素直に安堵していた。捕まえなくてはいけない相手ではあるが、それはそれとして対ヤジュエル戦では安心して背中を預ける事が出来る相手に間違いはない。
対してバリアはジェムに対しても警戒心を露わにしていた。相手を区別せず悪党と一括りしているバリアからすれば、ジェムも所詮は敵でしかない。そんなバリアの態度にジェムは溜め息と共に肩を竦めた。
「つれないわねぇ? 手助けに来てあげたって言うのにさ」
「何ぃ?」
「待って、今は後ですッ! ジェム、あなたもあのヤジュエルを止めに来てくれたと考えて良いのね?」
「お好きな様に。た・だ・し、倒したヤジュエルから出たパワージュエルは私が貰うからね♪」
「貴様……!」
「それはその時に話しましょう。今はアイツ等をッ!」
事ある毎にジェムに突っかかろうとするバリアをセツナが適度に宥めつつ、並び立った3人の仮面ライダーが2体のヤジュエルと対峙する。レオンヤジュエルとタイガーヤジュエルは新たにやってきたジェムに警戒心を露わにすると、レオンヤジュエルが咆哮と共に口から砲撃を放ちタイガーヤジュエルがその陰に隠れるように突撃していった。
「おっと!」
「ふっ!」
迫る砲撃を前に、3人は散開するとそれぞれ目についた相手に攻撃を仕掛ける。ジェムはバリアと共にレオンヤジュエルに、セツナは1人タイガーヤジュエルに挑んでいった。
「デヤァッ!」
ジェムはファントムエッジを片手にレオンヤジュエルに飛び掛かる。素早く動き回るジェムを前に、レオンヤジュエルは両腕の銃口から銃弾を乱射し弾幕を張ってジェムを近付けないようにしていた。
「ガルルッ!」
「とっ! ととっ! チィ、いい弾幕してるじゃないの」
激しい銃撃の中をジェムは軽い身のこなしで回避していく。見た目は激しいが決して回避が難しい訳ではない。しかしこの銃撃の中を突き進むのはジェムであっても容易ではなく、このままクオーツカットで戦い続けるのは少し分が悪い。ここはより軽やかな身のこなしと相手の攻撃を受け流す能力に優れたベリルカットにフォームチェンジするのがベターなのだが、この弾幕の中でそれを成し遂げるのは流石の彼女でも難しかった。
仮面の下で彼女が僅かに焦りを顔に滲ませていると、ジェム相手に夢中になっているレオンヤジュエルの顔でマグナム弾が弾けた。
「グガァッ!?」
「俺が居る事を忘れるなッ!」
レオンヤジュエルがジェムの相手に夢中になっている間に、バリアは正確にレオンヤジュエルの顔を狙い引き金を引いたのである。ヤジュエルは特徴として体を鉱石で構成されている為強固な防御力を持っているのが特徴であるが、それでも顔にマグナム弾を喰らっては堪ったものではないのか弾幕を止めて怯んだように仰け反っていた。
この隙をジェムは見逃さなかった。
「あら、ありがとう♪」
「お前の為にやった訳じゃない」
茶化すジェムの言葉にバリアが素っ気無く返す。彼の言葉にジェムは苦笑を浮かべつつ、右手の指輪をパワークオーツからパワーベリルに取り換えてフォームチェンジした。
「私の輝きは止まらないわよッ!」
《Change of Cut, Cloth Beryl! Commit the Dancer!》
怪盗然りとしたクオーツカットから一変、踊り子を思わせるベリルカットにフォームチェンジしたジェムは両手にヘリオドールファンを構えてレオンヤジュエルに接近していく。体勢を立て直したレオンヤジュエルが再びジェム相手に弾幕を張るが、クオーツカット以上にしなやかな動きを得意とするベリルカットのジェム相手には掠りもしない。時折ジェムを捉えそうになる銃弾もあるが、舞う様にヘリオドールファンを振るえば銃弾はそれに弾かれ明後日の方へと飛んでいってしまう。クルクルと回転し、しなやかな足を高く振り上げ、豊満な胸元を強調する様に体を仰け反らせると言う相手を魅了するような動きをしながら着実に距離を詰めていく。
これ以上接近を許してはマズいとヤジュエルも焦ったのか、口内にエネルギーを溜め一気に解放し砲撃でジェムを吹き飛ばそうとする。
だがまたしてもジェムに気を取られたレオンヤジュエルに、何時の間にか傍まで接近していたバリアが振り上げたバリアロッドがレオンヤジュエルの開かれた下顎を殴り上げて強制的に口を閉じさせた。
「その物騒な口閉じてろッ!」
「ッ!?」
今正に砲撃しようとしていた瞬間口を閉じさせられ、レオンヤジュエルの目が大きく見開かれる。口を閉ざされた事で解放されようとしていたエネルギーがレオンヤジュエルの口内で弾け、次の瞬間行き場を失ったエネルギーがレオンヤジュエルの口を爆発させた。
「グガァァァァァッ!?」
「立て続けにありがとうね!」
流石に頭が吹き飛ぶと言う事にはならなかったようだが、ジェムが接近しヘリオドールファンを振るうには十分すぎる大きな隙となった。接近を許してしまったレオンヤジュエルも直ぐ傍に居るジェムに反撃しようと右腕を上げるのだが、銃口が向くよりも前にジェムの乱舞が斬撃と共にレオンヤジュエルに襲い掛かり切り裂いた。
「ガァァァッ!?」
素早い連撃で全身を切り裂かれたレオンヤジュエルがもんどりうってひっくり返る。そこにジェムが追い打ちで必殺技のファントムクリスタルクラッシュを放とうとした。
「貰った!」
《Charge of Cut, Critical Beryl! Crystal crush!》
ジェムが必殺技を発動しエネルギーを足にチャージしている一方、バリアもまたそれに続く様にガバメントライダーキックを発動していた。
〈License permission, Government Rider kick〉
ジェムに遅れて必殺技を発動したバリアであったが、チャージ時間はバリアの方が早かったのか2人は同時にその場で跳躍。そして意図せず2人は並んだ状態で体勢を崩したレオンヤジュエルに向け必殺の飛び蹴りを叩き込む事に成功した。
「「ハァァァァァァァッ!!」」
「ギッ!? ギャァァァァッ!?」
レオンヤジュエルが顔を上げた時には2人の蹴りが目前まで迫っており、回避も防御も不可能な状態であった。どちらか片方でも十分にヤジュエルの討伐が可能な程の一撃を2人分同時に喰らったレオンヤジュエルは、吹き飛ぶ間も無くその場で粉砕され爆散した。激しく爆炎が広がる中、爆風に乗せられた様に変異元となった人が吹き飛ばされていくのを見て、ジェムはそれを素早く追いかけ落下直前に受け止める事に成功。一方バリアはと言うと、ジェムが被害者を受け止めるのを見届け安堵の溜め息を吐くと同時、爆炎に紛れてパワージュエルが飛び出すのを見て咄嗟にそれに手を伸ばしてキャッチする。
「こいつか……」
手の中のパワージュエルをバリアは色々な角度から眺める。色は金と言うよりはちみつ色に近い。光に翳すと猫科の目の様な縦長の筋が入る。バリアは宝石に詳しくないが、それは所謂キャッツアイクリソベルと呼ばれる宝石であった。
暫く眺めていたバリアであったが、不意にその宝石が1人出に砕け散った。どうやらこれも質が低い方のパワージュエルだったようだ。これでは十分なパワージュエルのデータが取れないが、こんな残骸でも何かしら役には立つだろうとバリアは手の中のパワークリソベルの残骸を採取用のケースに仕舞う。
その様子をジェムが被害者を安全な場所に寝かせた後に見ていた。
「あ~ぁ、それも外れだったみたいね。それじゃ、あっちの方は……」
もう1体居るヤジュエル、タイガーヤジュエルの方を見ればそこではセツナが1人善戦しているのが見えた。
「ヤァァァァッ!」
セツナはくノ一として鍛え上げた素早い動きでタイガーヤジュエルを翻弄していた。タイガーヤジュエル自身、動きの速さには自信があるようだったが、それでもセツナ相手には力不足だったらしく完全に翻弄されている。タイガーヤジュエルの視界から一瞬でセツナが消えたかと思ったら、次の瞬間懐に入り込んだセツナがすれ違いざまに迅雷を一閃して硬い宝石の表皮を切り裂いた。
「ガガッ!? グルル、ガァァッ!」
一方的に翻弄される事に苛立ちを覚えたのか、タイガーヤジュエルが咆哮と共に両手の爪を振り回した。セツナはその斬撃の嵐の中を潜り抜け、一瞬の隙を見て迅雷を振るうとタイガーヤジュエルの両手の爪を逆に切り裂き粉砕してしまう。
「ッ!?」
「ハァッ!」
「ガフッ!?」
自慢の爪を粉砕された事にタイガーヤジュエルの動きが止まる。そこを狙ったセツナが鋭い蹴りをお見舞いすると、蹴り飛ばされたタイガーヤジュエルは形勢不利と見たのかセツナ達に背を向けて逃げ出してしまった。
「あっ、待てッ!」
セツナが慌てて逃げていくタイガーヤジュエルの後を追う。ジェムがそれに続きタイガーヤジュエルを追跡しようとした時、その前に漸く到着したωチームの移送用トレーラーがバリケードの様に立ち塞がりジェムの行く手を阻んだ。
「あっ、と!?」
「ここから先には通さない。怪盗ジェム、お前はここで我々が捕らえる」
足を止めたジェムの前に、円が変身したナイトスコープを始めとするスコープ・イェーガー達が立ち塞がる。前をωチームの本隊、後ろをバリアに挟まれる形となったジェムは、ゆっくりと交互のωチームを見やりながら手の中のヘリオドールファンを弄びつつ溜め息を吐くのであった。
「やれやれ……人気者は辛いわね」
と言う訳で第33話でした。
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次回の更新もお楽しみに!それでは。