前方をスコープ・イェーガー達ωチーム本隊、後方をバリアに挟まれ逃げ場を失ったベリルカットのジェム。絶体絶命の窮地に追い込まれた彼女からは、しかし焦っている様子が見られなかった。
「ふぅん……?」
「観念した……と言う訳では無さそうね」
「まぁね。こんな状況……切り抜けるのは簡単よッ!」
言うが早いかジェムはベルトのバックルを高速回転させ、パワージュエルを研磨し目くらましの光と粒子を放出した。目を覆うような光と同時に出現した幻影のジェムは、しかしバリアは勿論スコープシステムを欺く事も出来ない。バリアのデータを反映しアップデートを施したωチームの最新型は、放たれた光を補正しセンサーで本物を見抜いたのだ。
抵抗の意思ありと見たωチームがジェムに向けて素早く発砲するが、こうなる事はジェムも想定内。一度バリア相手に簡単に見抜かれて以降、得意の目くらましも絶対ではないと想定していたのである。
「おっと♪」
なので発砲された直後のジェムの動きは迅速であった。こうなる事が分かっていたので、舞うような動きでもって銃弾を巧みに回避し躱し切れない銃弾に関してはヘリオドールファンを使って弾き飛ばす。後ろのバリアも攻撃に加わるが、そちらに対しても同様に回避しつつ時に前方のωチームの銃弾を受け流す事でバリアの方に銃撃が向かう様に誘導したりもした。
「うぉっ!? く、コイツッ!」
「ッ! 射撃を止めろッ! ω7が危険だッ!」
「チッ、あのアマッ!」
このままではバリアが危険だとωチームの射撃が止まった。この瞬間をジェムは見逃さなかった。銃撃の嵐が止んだ瞬間、素早く近くの建物の屋根の上に飛び乗ると、空を背にして眼下のバリアとωチームを見下ろす余裕すら見せた。
「それじゃ、私はこれにて失礼しますわ。御機嫌よう♪」
「待てジェムッ!」
バリアがジェムを逃がすまいと発砲するが、引き留めることは叶わずまんまと逃げられてしまった。火力と防御力、何より数の上でωチームとバリアは優れていたが、唯一機動力と言う面ではジェムの方に軍配が上がった。障害が無い状態でジェムに本気で逃げに徹しられては、ωチームでは追跡する事は出来ない。これがスコープの次世代型のグラスであれば違ったかもしれないが、生憎とωチームのスコープもそこまでの機動性は持っていなかった。
『ωリーダー、ジェムの反応ロストしました。残念ですがここまでです』
「仕方がない……撤収する」
折角馳せ参じたと言うのに、ジェム相手にロクに足止めも出来ず逃がしてしまった事にωチームの面々が悔しそうな声を上げる。スコープ・イェーガーはそれを宥めつつ、部下達を撤収させつつバリアにセツナへの連絡をさせた。
「ω7、南城女史に撤収の連絡をしておけ。今回はここ迄の様だ」
「ハッ! 南城さん? 南城さん、聞こえますか?」
変身していても通信は出来るよう、唯の耳には通信機が装着されていた。これにより何かあればすぐに連絡が出来るようになっているのだが、バリアが幾ら呼び掛けても返答が来ることは無かった。
「南城さん?」
その後、唯から連絡が来ることは無かった。バリア達が急いで唯が向かっていった方に急行すると、そこにあったのは地面に突き刺さった迅雷だけで肝心のセツナの姿は影も形も無かったのである。
丸一日経っても唯が戻ってこないこの状況に誠達は彼女が敵に捕らわれた事を察し、警察の手も借りて広範囲に渡り捜索した。が、彼らは手掛かり1つ見つける事が出来なかったのだった。
「南城さん……まさか敵の手に落ちるとは……」
「恐らく、逃げていったヤジュエルがチャーロットと合流するかしたんだろう。待ち伏せを受けて逃げ場を失い、虜囚になったと考えるのが妥当ね」
現在対策室にはいつものメンバーに加えてωチームの他の面々も参列していた。これだけの人数が一つの部屋に集まると流石に手狭になってしまうが仕方がない。
「誠、お前あのくノ一のねーちゃんの連絡先知ってんだろ? まだ応答は無いのか?」
「残念ながら。あれから何度も呼び掛けはしてるんだが、一向に反応は無い」
現状は正直悪いと言わざるを得なかった。唯は現時点での対策室の主要メンバーである。つまり、彼女から何とかして情報を吐かせれば対策室の内情が敵の手に渡ると言う事であった。チャーロットのような奴が唯から情報を引き出す為に、何をするかと考えたら誠達はイヤな予感しかしない。一刻も早く救出したいところであるが、肝心の手掛かりが無いのであれば動きようが無かった。
誠も連絡が付かないと言う状況にビートが顔を顰めていると、慰めではないだろうがアイリスが補足を付け加えた。
「幸い……と言っていいのかは分かりませんが、あの人も万閃衆の一員である以上簡単に口を割るような事はしないでしょう。それに、敵の目的が南城さんから情報を引き出すだけとは限らないですし」
「どう言うこった、アイリス?」
「もしかすると連中の目的は、南城さんを使ってヤジュエルを生み出す事かもしれないと言う話です」
予想されうる最悪の懸念。ヤジュエルのスペックが何を元にして構成されるのか分からない以上、唯ほどの実力者が元となれば今度こそとんでもないヤジュエルが生まれるのではと資料だけで把握しているアイリスは戦慄する。だがそれは思わぬ方向から否定される事となった。
「いえいえ、それは問題ないと思いますよ」
「ッ!?」
アイリスの推測を否定したのは幹夫であった。部屋の外で中の会話を聞いていたのか、扉を勢いよく開くなり唯からヤジュエルが生まれる可能性を全否定しつつ空いてる椅子を探しそちらへと向かいながら言葉を続けた。
「南城さんを検査している際、常人には見られない数値を一部確認しました。詳細に調べていくとどうやらパワージュエルのエネルギーに対する耐性を獲得しているようです。どうやらパワージュエルのエネルギーは一定のレベルを超えると体に耐性が出来るようですね。つまり一度魅入られたり、ヤジュエルを生み出した人は二度魅入られたりすることは無いと言う事になります。ですので、南城さんがヤジュエルの宿主にさせられる可能性は限りなく低いでしょう」
矢継ぎ早に持論を述べていく幹夫の話にアイリスを始め対策室に居た者の一部は圧倒される。そんな反応を気にすることなく、幹夫は何の躊躇も無く円の隣に開いていた椅子に腰掛けようとした。だが彼が椅子を引くと、円は即座にそれを押して言外に彼が座る事を防いだ。
「情報提供感謝するわ。ただし、関係者以外の会議への参加はお断りよ」
「僕も一応関係者じゃないんですか? 生物学的観点からヤジュエルの生態やスペックを調べられるのは僕だけですよ?」
「今重要なのは連れ去られたと思しき南城女史の行方であってヤジュエルの生態じゃないの。あなたが参加しても置き物になるだけよ。お引き取り願うわ」
円の述べた理由も勿論ではあるのだが、最大の理由は幹夫の異質性であった。どうも彼は価値観と言うか感性がこの場の者達とズレているように感じられる。そんな者が会議の場に居てもノイズにしかならない。無論それは時と場合によりけりなのだが、少なくとも今この場で幹夫の知識が必要になるとは思えなかった。
サイボーグ特有の強靭な腕の力で押さえられた椅子はピクリとも動かない。周囲を見渡しても他に開いてる椅子があるようには見えず、また向けられる視線が言外に幹夫の存在を煩わしく思っているのは明らか。常人であればそんなアウェイな状況になれば少しは気圧されるものであるが、やはり彼は感性がズレているのか全く堪えた様子を見せなかった。
このまま部屋に居座りそうな雰囲気を見せる幹夫であったが、聞き分けは悪い方ではないのかこの場は大人しく引き下がる事にしたらしい。降参と言う様に両手を上げると踵を返し部屋の外へと向かっていった。
「そこまで言われちゃ仕方ありませんね。これ以上邪魔する訳には行きませんし、この場は失礼させていただきます。あっ! でももし僕の協力が必要になったら遠慮なく連絡してくださいね」
幹夫はそう言って自分の連絡先を書いたメモ用紙を近くにいたアイリスの手の中に無理矢理捩じ込む様に持たせると、そのまま部屋を出ていってしまった。困惑するアイリスを尻目に退室した幹夫を見送ると、誰からともなく大きなため息が零れた。
「ったく、何だあの男? 頭のネジ何本か抜けてんじゃねえか?」
「科学者ってのは時々変な奴が居るってのはよく聞く話だが……」
「ありゃ筋金入りだぜ」
ビートを始めとしたωチームの隊員達が口々に好き勝手述べ始める。円はそれを宥めると、幹夫の乱入で中断された会議を再開させた。
「ともかく、敵の狙いが南城女史を利用したヤジュエルの誕生ではないとなると、連れ去った理由はやはり情報源としてか」
「仮に南城さんがこちらの情報を漏らしたとして、それで南城さんが解放される可能性は低いでしょう。俺と彼女は何度もジェットグリム達の行動を妨害した。俺が連中の立場なら、利用価値が無くなった南城さんはそのまま始末します」
「ヤバいじゃないですかッ!? 早く助けに行かないとッ!」
「だが南城さんが今何処に囚われているのかが分からない事には……」
予想され得る最悪の展開に九朗が焦るも、剛の言う通り居場所が分からなければ助けたくても助けに行けない。口には出さないがそれは誰もが抱いている懸念であり、行き詰った議論に重苦しい空気が対策室の中に漂う。
そんな中で様子が変わらないのは円とアイリスであった。サイボーグだからか円は汗1つ掻く様子が無く、またアイリスは時折忙しそうに手元のノートパソコンのキーボードを叩く音が静かに響き渡っていた。
***
円達が予想している様に、唯はあの後タイガーヤジュエルを追跡した先で待ち伏せしていたチャーロットとジェットグリムにより襲われ囚われの身となっていた。彼女も勿論抵抗したのだが、流石にチャーロットとジェットグリムの2人を同時に相手取る事は難しく、奮闘虚しく敗北を喫しそのまま連れ去られてしまったのだ。
分身を出して対応する間もなく痛めつけられ、変身も解除させられて連れ去られた唯は意識を取り戻した時には何処とも分からない部屋の中で天井から伸びた鎖に両手を繋がれていた。
「う、ぅぅ……」
痛みと気怠さに目を覚ました唯は、ハッキリとしない意識の中で自分が今どんな状態なのかを確認する。
今の彼女は冷たいコンクリートの床の上に座った姿勢で両手を上げさせられている状態だった。服装は万閃衆のくノ一の正装になっていたが、ジェットグリムとチャーロットに痛めつけられた影響か服は所々ボロボロで太腿や二の腕などには傷や痣が目立つ。
「くっ!」
無駄と分かりつつ脱出の可能性を模索しようと、両手を天井に繋いでいる鎖を引っ張り枷が外れないかと試みる。だが分かってはいた事だが鎖も枷も外れる様子は無く、虚しく鎖がジャラジャラと音を立てるだけであった。
今すぐの脱出は不可能と理解した唯は口惜しそうに歯噛みしながら、出来る限りの情報を得ようと改めて周囲を見渡す。
部屋はコンクリートが剥き出しになった独房の様な部屋だが、扉に除き窓が無い所を見るとただの独房と言う訳ではないらしい。窓はあるが頭が何とか出るかと言うくらい小さく、そこから微かに非の光が差し込んできている。部屋の光源はそれだけなので、嫌でも室内は薄暗くなっていた。
「~~ッ!?」
唯は嘗て、卍妖衆と言う悪の忍び集団に囚われた際にも1人閉じ込められた事があった。今の状況はその時の再現の様であり、過去の忌まわしい記憶を無理矢理掘り起こされて怖気が走る。
だが今の唯は嘗ての無力な少女ではない。愛する夫である千里の助けとなるべく、急ごしらえではあるがくノ一として鍛え上げられたのだ。
一先ず、今自分に出来る事をしようと立ち上がろうとした唯であったが、それより早くに彼女が目覚めた事に気付いたのか何者かが部屋に入って来た。扉のノブが回る音に唯が警戒しながら扉を凝視していると、開かれた扉からチャーロットが入って来た。
「あ、起きたんだ~?」
「チャーロット……」
「キャハハッ♪ いい気味ねぇ、くノ一さん。アンタみたいな奴はそうして鎖に繋がれてるのがお似合いよ」
部屋にはいるなり侮辱してくるチャーロットを睨み付ける唯。その視線が気に入らなかったのか、チャーロットは座り込んだままの唯に近付くと首を掴んで無理矢理立ち上がらせた。
「んぐぅっ!?」
「生意気……自分の今の状況分ってる?」
首を絞められて苦悶の声を漏らす唯に、チャーロットは凄みながらパワージュエルを一つ取り出した。怪しく輝く宝石は常人であれば容易く魅入られてしまうだろう。チャーロットはそれを唯に見せ付けるようにしながら近付け、頬に押し付け彼女の顔を歪ませた。
「ほ~ら、綺麗でしょ? 欲しいでしょ? ん~?」
「ぐっ、くぅっ!」
「おっ?」
恐らくチャーロットは唯をパワージュエルに見入らせ、自分の言う事を聞くヤジュエルにしようと画策したのだろう。だが生憎と唯はもう一度パワージュエルの影響を受けている。お陰で彼女の体にはパワージュエルの放つエネルギーに対する耐性が出来ていた。今の唯にとって、パワージュエルとはただ綺麗なだけの宝石でしかなく、何ならパワージュエルはその妖しさから欲しくなるどころか逆に遠ざけたいと思う代物でもあった。
座り込めるくらい鎖に余裕があるのを利用して、唯はチャーロットの手を振り解きパワージュエルから距離を取った。その反応にチャーロットは意外そうな声を上げ仮面の下で目を丸くする。
「あれ? アンタこれ欲しくないの?」
「無駄だ。そいつからはもうヤジュエルは生まれない」
「ボスッ!」
首を傾げるチャーロットに声を掛けたのはジェットグリムであった。ただ聞こえてくるのは扉の影から聞こえてくる声だけで、唯にはその姿を見る事は出来ない。声に変調が掛かっていないので、恐らく変身を解いているのだ。だから唯に顔を見られる事を警戒して物陰から声だけを掛けているのだろう。
「その女からは一度第三段階のヤジュエルが生まれたが、直後にジェムにより倒された。その時に耐性が出来ているだろうから、もうそいつにパワージュエルは意味が無い」
「え~、な~んだハズレじゃん。じゃあどうするんですコイツ?」
本来であればこういう時、唯は情報を引き出す為拷問されると言うのがセオリーなのだが、実を言うとその必要性もあまりない。何しろ対策室には五右衛門がスパイとして潜り込んでいるのだ。情報は彼が逐一流してくれる。
戦力にならず、情報源としても必要ない。なのに唯を連れ去ったのは、盗賊団と言う彼らの在り方に関係していた。
「そいつは腕の立つくノ一だ。そう言うのが好きな変態共にいい値段で売れる。高く買い取ってもらえれば、こっちも新しいパワージュエルを増やすのに役立てられる」
「なるほど、確かに」
「まぁ、
(〝連中〟?)
ジェットグリムとチャーロットの会話の内容から唯は彼らの背後に何者かが居る事を察した。周囲を警戒しながら唯が情報を集めていると、徐にチャーロットが唯の両手を繋いでいる鎖を引いて無理矢理引き寄せた。引き寄せられた唯は、再び首を掴まれチャーロットに顔を近付けられる。
「あっ!?」
「そう言う訳だから~、大人しくしててね? きっといいご主人様が見つかるだろうから♪」
「くっ…………ペッ」
「ッ!?…………チッ」
忍筆も取り上げられ、隠し持てる武器の類も全て没収された唯に出来る事などない。それでも思い通りにはさせないぞと言う意志を込めて、唯は至近距離に近付けられたチャーロットの顔に唾を吐きかけ睨み付けた。この期に及んで尚も抵抗の意思を緩めない唯に、チャーロットも束の間気圧されそうになるがすぐに苛立ちの方が勝り感情のまま唯の腹に拳を叩き込んだ。
「生意気ッ!」
「ぐぅっ!? んぶ、うぇ……!?」
内臓を潰されるかと思う程の衝撃に、唯の足から力が抜ける。反吐が堰き止める間もなく口から零れ出て、床に崩れ落ちた彼女の髪をチャーロットが掴んで無理矢理上を向かせた。
「分かった? 自分の立場って奴が」
「あ、ぐぅっ!?」
「これ以上生意気な態度取るようなら、これ以上に痛い目を見てもらうからね? 分かる? 私らにとって今のアンタはあぶく銭なんだから。別に商品価値下がってもこっちとしては一向に構わないの。何なら浮浪者共にグチャグチャにされた後売りに出したって良いんだから。連中ならそんなアンタでも喜んで買うだろうしね」
一頻り唯を脅したチャーロットは、気が済んだのか立ち上がると踵を返して扉の方へと向かっていく。そのまま部屋から出ようとしたチャーロットだが、ふと何を思ったのか首だけ振り返り肩越しに唯の事を見ながらまた口を開いた。
「分かったら大人しくしてなさいよ。下手に抵抗すれば、マジでアンタただじゃ済まないからね」
それだけ告げるとチャーロットは勢い良く扉を閉めた。ドアノブを引き千切るのではと思う程の勢いで扉が締められると、衝撃で天井から微かに埃が零れ落ちる。
痛む腹に苦しそうに呼吸を繰り返しながら扉を睨んでいた唯は、気配が遠ざかって行ったのを確認すると安堵の溜め息を吐きもう一度周囲を見渡した。どうやらこの部屋の中に監視カメラの類は無さそうだ。それを確認すると、唯は立ち上がり胸の谷間に手を突っ込んだ。
「まさか私がこんな所に物を入れる時が来るなんてなぁ」
ぼやきながら唯が胸の谷間から引っ張り出したのは、手の平に収まる程度の小さな機械であった。スイッチが一つあるだけのシンプルなそれを取り出した唯は、迷う事無くそのスイッチを押した。スイッチが押されると、赤いランプに光が灯るだけで他には何の異変も起こらない。
だが唯はその様子に満足そうに頷くと、機械を再び胸の谷間に隠す様にしまうと少しでも体力を回復させるべく両手を上げた状態で床に座り体から力を抜くのであった。
***
その頃一方、晶はジェーンの元を訪れ不調な彼女の看病に勤しんでいた。依然として体調を崩したままではあるが、傍から見ても顔色は良くなってきているので回復してきているのだろう事は分かった。
それでも自力で動いて色々とやるのはまだ億劫な様なので、晶は日頃のお礼とばかりに簡単な身の回りの世話を焼いていたのである。
「ごめんね~、晶ちゃ~ん。態々来てもらっちゃって~」
「別に……どうせ暇してたし、早くアンタに回復してもらわないと良い情報も入り辛いから」
尤も本人に対しては絶対そんな事言わない。だから晶は当たり障りのない事だけを口にして、濡れたタオルでジェーンの体を拭いてやったり血液パックを持って行って食事の手助けをしたりと甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
その時、部屋の固定電話に誰かからの着信が入った。鳴り響く着信音に晶は一瞬出るべきか否かで迷ったが、視線で問い掛けると頷いて来たので仕方が無いと溜め息を吐きながら受話器を手に取った。
「はい、鄭堂診療所です。すみませんが今は――」
『どうもどうも! ご無沙汰、と言う程離れてはいませんが僕で』
次の瞬間晶は問答無用で受話器を戻して通話を切った。異様にテンション高く捲し立ててくる幹夫の声に、反射的に体が動いてしまったのだ。どうもあのテンションはついていけそうにない。
「誰からだったの~?」
「ん……間違い電話」
受話器を取るなりすぐに戻した晶にジェーンが首を傾げたので、晶は適当な事を言って誤魔化そうとした。だが直後に今度は晶の持つスマホが着信音を鳴らし始めた。取り出すと見た事のない番号からの着信が入っていた。不審に思いつつ何とはなしに通話ボタンを押すと……
「もしもし?」
『どうも~』
「ひぃっ!?!?」
スマホから聞こえてきた幹夫の声に、晶は反射的に悲鳴を上げて通話を切った。心底恐ろしい物を目にしたような嫌な汗をかく晶の姿に、ジェーンが何事かと訊ねようと口を開いた。
すると今度はジェーンのスマホが着信音を鳴らし始めたではないか。晶がまさかと思いながらそれを凝視する中、ジェーンはスマホに手を伸ばして耳に当て通話ボタンを押す。
「もしもし~? どちらさま~?」
『僕で~す、幹夫ですよ~』
「あら~、幹夫く~ん」
案の定、ジェーンに電話を掛けてきたのは幹夫であった。それが判明した瞬間晶は問答無用でジェーンの手から彼女のスマホを奪い取ると、その向こう側に居るだろう幹夫に怒鳴りつけた。
「アンタ、何処で私のスマホの番号知ったのよっ! 教えた覚えないわよね私ッ!」
『そこはまぁ、蛇の道は蛇と言いますか~』
「答えになってないわよッ!? って言うかジェーンの番号知ってたなら、最初からそっちに掛けなさいよねッ!」
何でこんなくだらない事で振り回されなければならないのかと、晶は怒り心頭と言った様子で怒鳴り散らす。暫く晶の様子を眺めていたジェーンであったが、流石にそろそろ話を進めるべきかと途中で彼女を宥め幹夫に本題に入らせた。
「はいは~い、晶ちゃん落ち着いて~。その辺で許してあげて~。幹夫君が何で私に連絡を取ってきたのかが気になるわ~」
ジェーンに言われて、晶はまだ言いたい事があるのを飲み込んだ。こんな男の話なんてロクなものではないだろうと思いつつ、彼女が言うのであればとりあえず聞いてやった方が良いという考えである。
「はぁ、ったくもう…………何よ、要点だけ簡潔に述べなさい」
『通話を許可してくれてありがとうございます。では要望に応えて簡潔に。例の仮面ライダーセツナに変身する南城 唯さん、敵に捕まっちゃいました』
「はぁっ!?」
一体どんな面倒臭い内容を引っ提げてきたのかとうんざりしながら応対すれば、とんでもない内容が飛び出してきたので晶も思わず驚愕し声を上げてしまう。当然彼女の反応を見ればジェーンにもある程度状況は伝わるのか、ベッドの上から話し易いようスマホをスピーカーモードにするよう要望を出した。
「晶ちゃ~ん、スピーカーにして~」
「え? あ、うん」
言われた通りにスピーカーモードにすると、改めて情報共有を行うべく話し合いを始めた。
「それで? あの女がジェットグリム達に捕まったって?」
『その様です。先日の戦いで彼女1人でヤジュエルを追跡したでしょ? その時敵の待ち伏せを受けて捕まったらしいんです』
「ったく、厄介な……」
唯は既に一度ヤジュエルを生み出しているので、ヤジュエルの宿主としての利用価値が無い事はすぐに分かった。となると考えられるのは情報源。晶同様ジェットグリム達の邪魔をしている対策室の情報を欲しがって唯を捕らえたのだろうと晶が予想していると、ジェーンは横になりながらスマホの向こう側に居る幹夫に話し掛けた。
「対策室の方ではどんな動きがあるのかしら~?」
『もちろん南城さんを救出する為の話し合いが行われてますよ。進展はありませんでしたけど……一見するとね』
「何? 何か引っかかる事でもあるって言うの?」
何やら含みを持たせる幹夫の物言いに晶が問い詰めると、幹夫は自身が会議の場に乱入して見聞きして得た直感を素直に口にした。
『いえねぇ、どうもωチームの隊長さんが妙に落ち着いてたんで、もしかしたらこれも予定調和の一つだったりするのかな~っと』
言われてみれば確かに。敵に捕まったと言う情報が強すぎて忘れてしまいそうになるが、唯はそもそもくノ一である。もしもと言う時の備えをしている可能性は十分あった。そしてその事を円と共謀しているのであれば、考えられる可能性としては唯は自らの身を囮としてジェットグリム達のアジトを突き止める為に捕まったと言うものである。
「大した根性ね。何されるか分かった物じゃないって言うのに」
「半分は想定外かもね~。もしかしたら~、敵の誰かに発信機を仕掛けるのが目的だった可能性もあるわ~」
「じゃあもう放っておいてもいいんじゃないの? 別に私が助けに行く必要も無いでしょ?」
これでωチームがジェットグリム達を始末してくれるのであれば、晶としては面倒が減って楽になる。邪魔者同士で勝手に潰し合ってくれればこれ以上に幸いな事は無い。
しかし、周囲は彼女に座して状況を静観する事を許してはくれなかった。
「悪いんだけれど~、助けに行ってあげてくれな~い?」
「はぁ?」
「心配なのよ~。お願~い」
本来であればこんな願い無碍にする事に何の抵抗も無い。曲がりなりにも唯は敵であるし、助けに向かうと言う事はジェとグリムとωチームの戦いの中に飛び込む事になる危険もあった。そして助けたからと言って晶には何の実入りも無いと来たのだから、骨折り損でしかない。
以前までの晶であれば、そう言ってジェーンの願いを突っ撥ねていただろう。しかし…………
「晶ちゃんも~、唯ちゃんの事本当は心配なんじゃないの~?」
「う、ぐぅ……」
唯と何度もぶつかり合い、正体はバレていない状態でだが素顔で触れ合った結果、晶は何だかんだで唯の事を純粋な敵とみる事は出来なくなっていた。何なら彼女に何かあったと知れば、心の何処かで心配する位には思っている。これまでに無いくらい自分にしつこく食らい付き、何が何でも捕まえるのだと迫ってくる彼女の事が気に入っていたのだ。
何より晶は元々ちゃんとした正義感を持った女性である。顔に火傷を負い、精神的に滅入っていた影響で擦れた性格になってしまっていたが、性根は仮面ライダーを名乗るだけの事はある人物であった。
そんな晶であるからして、唯がジェットグリム達の様な危険人物に捕まったと聞かされて内心では心配していた。だがそれを表に出す事は控えた。何故なら自分は悪事を働く盗人、そんな普通の対応等許されない。たまに少し手助けして利益を得る程度ならまだしも、リターン無しで唯を助けたとなれば今後悪事を働く事に罪悪感を覚えて失敗する可能性が高くなる。長年抱き続けた願いを成就させる為、そしてこれまでの行動を無駄にしない為にも、晶はここで首を縦に振る訳にはいかなかった。
葛藤し、悩む晶の顔が鉛を飲み込んだような表情になる。押し黙った様子と髪に隠れていない顔の様子からそれを読み取ったジェーンは、少しでも晶が動き易くなるようにと提案をした。
「それじゃあこう考えてみたら~? 私からの依頼で~、晶ちゃんは唯ちゃんを助けるの~」
「依頼? アンタの?」
「そうよ~。私は唯ちゃんを助けてほしい~。だから~、その為に晶ちゃんに依頼するの~。安心して~、私も出来る限りでサポートするから~」
依頼と言うからには、達成した暁には何らかの報酬がある筈だ。それは何かと晶が問えば、彼女はある意味で卑怯な、だがとても分かりやすいカードを切ってきた。
「報酬は?」
「次のターゲットの情報~……なんてどうかしら~?」
「…………はぁ」
ズルい言い方だと思う。こんな言い方をされたら、引き受けない訳にはいかないではないか。現状晶にとって重要な情報源はジェーンなのだ。その彼女にへそを曲げられたら、今後の活動に大きく影響する。
苛立ちを感じさせるような溜め息をこれ見よがしに吐いてみせる晶であったが、しかしその実内心では助かったと思っていた。これで晶には唯を助けに向かう口実が出来る。口実が出来れば、唯を助けても信念は揺らがない。ジェーンもそれを分かってこんな言い方をしたのだろう。相変わらず食えない女だと晶は面倒くさそうにしながら、口元の笑みを抑える事が出来なかった。
「分かった、分かったわ。その依頼引き受けるわよ」
「ありがと~、助かるわ~」
「お礼は報酬って形で頂戴。それで? どうすれば良い訳?」
方針が決まると話は早いとばかりに晶とジェーンの間で作戦会議が行われた。通話越しにそれを聞いていた幹夫は、離れた所で頼もしそうに頷きつつ邪魔をしてはならないと通話を切るのであった。
という訳で第34話でした。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。