唯が囚われた先で隠し持っていた機械を起動させてから数分後、警察署では円が緊急の会議を行うべくアイリスと共に対策室を訪れていた。
「失礼するわ。たった今、南城女史の居場所が判明した」
「えっ!?」
「どうやって?」
円の開口一番の発言に五右衛門が声を上げて驚く中、誠と剛は何をどうしたのかと椅子に座りながら前のめりになって詳細を訊ねた。現在対策室に居るのは警察組の3人とωチーム組の3人だけである。
「実は南城女史には、連中の居場所を探る為の発信機を持たせておいたのよ。本来であれば相手の誰かに仕掛けてスイッチを起動させてアジトを割り出すつもりだったのだけれど……」
「南城さん自身が連れていかれたから、今はあの人の居場所が発信機で分かるようになったと」
「そういう事よ。アイリス」
発信機の信号はアイリスの持つノートパソコンで分かる。円の指示を受けてアイリスがディスプレイ上に地図を表示させ、その上に発信機の信号が発信されている地点を赤い点で表示させ全員に見えるようディスプレイを向けた。
「ここが現在、南城さんが囚われていると思しき場所です。ここから大分離れてはいますが、光林市の郊外に位置しているようです」
街から大分離れた所にポツンと存在する光点。それを見て焦りを見せたのは言うまでも無く五右衛門である。
(お、おいおいおいっ!? マジでアジトの場所がバレちまってるじゃねえかッ! あのクソ女、連れて行くなら持ち物くらいちゃんと調べておけよッ!)
内心で悪態をつきながら五右衛門は動揺を悟られないように理性を総動員して心を落ち着ける事に全力を出した。ここで必要以上に驚く様子を見せては、潜り込んだ対策室の者達に怪しまれる。
出来る限り平静を装いつつ、五右衛門は少しでも時間を稼ぐべく円達に質問をした。
「その発信機とはどのような物で?」
「造りは単純です。手の平に収まる程度の大きさで、スイッチがあるだけの簡素なものです。小型化に重きを置いているので、強度自体はそれほどでもありません」
「一体何時の間にそんな物を……」
「この間の会議の後よ。彼女はくノ一だからね、こういった事はお手の物だと思ったのよ。まさか彼女自身が連れ去られる事になるとは思っていなかったけれどね」
「なるほど……」
円達の説明に納得した様子を見せながら、五右衛門は片手で他の者達から見えない角度でスマホを操作し急ぎジェットグリム達に現在の状況を伝えた。特に唯が発信機を持っていて、それによりアジトの場所が判明してしまった事は急ぎ伝達した。これで後は向こうが何とかしてくれる筈だ。
発信機を起動させてから数分後、囚われている部屋の中で両手を上げた状態で座り込みながら唯は目を閉じて少しでも体力を回復させようとしていた。精神を落ち着け、何時何が起きても冷静に対応できるように。
だがその静かな時間は突如扉を蹴破る様に入って来たチャーロットにより妨害された。
「このクソアマッ!」
「ッ!?」
入ってくるなり口汚く罵ってきたチャーロットに唯が驚き目を見開いていると、チャーロットは唯の首を掴んで持ち上げ無理矢理立ち上がらせた。
「あぐっ!? う、あっ!?」
「ふざけた真似してくれたわねッ!」
「ぐふっ!? おご、あっ!?」
激情に任せた様にチャーロットは唯の腹を容赦なく殴りつけると、苦しそうに咳き込む彼女の体を弄り始める。その動きに発信機の存在がバレたのだと言う事に気付いた唯が身を捩り抵抗するのだが、揺れる胸の谷間に手の平に収まるサイズの機械が隠されている事に気付いたチャーロットは彼女の胸の谷間に手を突っ込み隠されていた発信機を取り出した。
「あ、いやっ!? だめっ!?」
「フンッ! こんな所に隠してたなんてね? 小賢しい真似してくれるじゃないのッ!」
「ぐぅっ!? あが、がはっ!? うっ!? げ、ぇ……!?」
チャーロットは唯の胸の谷間から引っ張り出した発信機を床に叩きつけ踏み潰して破壊した。情報通り、強度は大した事無く一度踏み潰しただけで完全に壊れてしまった。
発信機が壊された事に唯が目を見開くが、それでチャーロットが収まる訳が無く何度も唯の腹を殴りつけ更には頬にも往復でビンタをお見舞いする。
「あぁっ!? う、ぐぅっ!? がっ!? うぁっ!? あっ、あぁぁっ!?」
「お前、もうただで済むとは思うんじゃないわよ? ここから連れ出したら、女に飢えた男共の中に放り込んで死んだ方がマシと思う目に遭わせてやるんだから。覚悟しときなさいよッ!」
口の端を切り血を滲ませ、腹を何度も殴られ口から反吐を吐き脱力した唯に少しは満足したのかチャーロットは最後に恐ろしい事を告げた後部屋を後にした。残された唯はボロボロの姿で吊るされた様に両手を上げた状態でその場に座り込み小さく呻き声を上げている。
そのまま暫く大人しくしていた唯だったが、チャーロットの気配だけでなく他の気配も感じ取れない事を確認すると殴られて口の端が切れて血が滲んだ口元を笑みの形に歪めた。
「へへっ……いっ!? つつぅ……思いっきり殴って好き勝手言ってくれちゃってさ。とは言え、まさかここまで上手くいくだなんてね」
顔を苦痛に歪めながらも、同時に笑みの形に歪めながら唯は右足を思いっ切り上にあげた。動き易さ重視でミニスカート状になっている装束姿でそんな事をすれば当然下着が丸見えになってしまうが、自分以外に誰も居ない場所だからと唯は気にもしていない。
そのまま足を上げると唯は鎖で上げさせられている手の傍に右足を持っていくと、枷を嵌められた手で右足の裏を弄り始めた。そこには普通にしていると分からなかったが、先程踏み潰されたのとは別の発信機が仕掛けられていたのだ。
実は、胸の谷間に仕舞っていた発信機はある意味でダミー。勿論これで全てが上手くいけばそれはそれで問題無かったが、今の様に唯が囚われた場合、持っていた分り易い発信機が壊されてもこちらの発信機で居場所を知らせる事が出来る。こちらは唯が囚われる事前提の話なので、相応のリスクはあるが効果は絶大である。
「でもまさか、本当に居るだなんてね……」
再び自分の居場所を知らせる事に成功した唯は、事前に円から話されていた事を思い出し少し沈んだ気分になっていた。今回の事は全て円からの発案であったが、話を聞いた時は半信半疑だったのだ。
対策室の中にスパイが居る……これはそいつを炙りだす為の作戦であると。あまり信じたいと思ってはいなかったが、この状況を考えるにまず間違いない。
チャーロットにより唯が最初に隠し持っていた発信機が破壊された事は直ぐにアイリスの持つ端末で知る所となる。だが直後にもう一つの発信機が起動したのを見て、即座にアイリスは端末を操作し始めた。
『隊長、敵はこちらの作戦に引っ掛かりました』
『分かった。これで確定だな』
アイリスと円のやり取りは彼女の持つ端末のディスプレイの中で行われたものだ。だが円自身は手に何も持ってはいない。実は円は、全身をサイボーグに改造した過程で脳内で考えた事をそのまま通信に乗せる事が出来るのだ。電子的なテレパシーとでも言おうか。彼女に限って言えば、口を動かさず端末も操作せずに特定の相手の通信機と無線で会話する事も出来るし、アイリスと行ったようにメッセージのやり取りをする事が出来る。
2人がそんな会話をしているとは露知らず、五右衛門は唯の通信機をチャーロットが破壊してくれただろうと高を括って先程よりも心なしか気楽になったような雰囲気を纏っている。円はそんな彼に近付き、素早く拳銃を引き抜くとコメカミに銃口を突き付けた。
「えっ!? な、何を……!?」
「佐伯隊長ッ!?」
円の突然の凶行とも言える行動に銃口を突き付けられた五右衛門本人だけでなく、何も知らない剛達も動揺し彼女を止めようと腰を浮かせる。だがそれよりも早くにアイリスと誠の2人も拳銃を抜き、同じく五右衛門に向け構える様子にその動きも止まった。
「動くなッ! この裏切り者……」
「誠さんそれ違うと思います。そもそもこの人、最初から敵だった訳ですから」
「それもそうか」
「て、敵? 菊池捜査官が? 何の事を言ってるんです?」
作戦を予め聞かされていた誠とアイリスの会話の意味が分からず困惑する九朗に、円が五右衛門に突き付けた銃口を動かさずに答えた。
「こいつはジェムと敵対している盗賊団の構成員だ。捜査官を偽って対策室に潜り込み、こちらやジェムの動きを探っていたんだろう」
円がそれに気付いたのはこれまでの報告に加えて自分達が到着して以降の敵の動きを見てからだった。ωチームの本隊が到着した後、敵は露骨に騒ぎをあちらこちらで散発的に広げる様な動きを見せた。これ見よがしにあちらこちらで騒ぎを起こし、アジトの場所を逆算させないようにした。
これらの事から円は対策室の中にスパイが居る可能性を考え、素性が分かっている自分の部隊は勿論元から対策室に居た者達の素性も徹底的に調べ上げた。
その結果、明らかに怪しい人物を見つけた。それが五右衛門だった。
「お前の経歴、あれは偽装だな? 巧妙に作られているがウチの優秀なオペレーターが調べ上げてくれたよ。だがそれだけでお前をスパイと断定するのは難しい。そこで、仕掛けさせてもらった」
円は敢えて五右衛門の前で唯が発信機を持っている事を明かした。その直後に発信機が壊され一時的にビーコンが途切れた。それはつまり、五右衛門がジェットグリム達と繋がっている事を示す何よりの証拠。こうなる事を予期して、円は唯により巧妙に隠せてしかも壊れにくいもう一つの発信機を持たせておいたのである。
自分が完全に嵌められた事を嫌でも理解させられた五右衛門は、それまで被っていた目立たない捜査官の仮面を脱ぎ捨て忌々し気に顔を歪め視線だけで円の事を睨み付けた。
「テメェ……この俺を嵌めやがったな……!」
「スパイにそんな事を言われてもな。元々こちらを嵌めようとしていたのはお前の方だろう」
五右衛門から向けられる射殺す様な視線と悪態を鼻で笑いつつ、円は誠に指示して彼に手錠を掛けさせようとする。これまで上手い具合に逃げられてきたジェットグリム達盗賊団。その主要メンバーの1人を漸く捕らえる事が出来るのだ。珍しく誠も僅かに浮かれた様子を見せる。
「やっとお前に手錠をかける事が出来るな」
「チクショウ……こうなったら!」
だがあと少しで手錠が掛けられそうになったその時、五右衛門が体を丸め震わせ始めた。何やら不穏を感じさせる動きに、誠は強引に手錠を掛けて止めさせようとしたが円は逆に彼に今すぐ離れるよう指示した。
「お前、何をッ!」
「離れろ誠ッ!」
「誠さんッ!?」
何かマズいと急ぎ離れる円に対し尚も逮捕を強行しようとする誠であったが、危険を察知したアイリスがこちらも強引に彼を五右衛門から引き離す。それが功を奏し、次の瞬間五右衛門の体から放たれた衝撃波の直撃を受ける事は免れる事が出来た。
「うわぁぁっ!?」
「きゃぁぁっ!?」
「くっ!? 誠ッ! アイリスッ!」
周囲の机をひっくり返すほどの勢いの衝撃波。それは直撃を受けなくても2人を纏めて吹き飛ばすほどの勢いであり、衝撃で壁に叩き付けられたアイリスはそのまま意識を失ってしまった。
「あっ!? う、ぅぅ……」
「アイリス? アイリスッ!? おい、しっかりしろッ!」
「チィッ、ビート! 対策室に救護班を寄こせッ!」
壁に叩き付けられた衝撃で脳震盪でも起こしたのか、アイリスが意識を失ってしまう。見渡せば彼女だけでなく剛と九朗も壁に叩きつけられるかしたのか揃って気絶している。円は急ぎ救護班を呼び寄せると同時に、この状況を作り出した五右衛門を無力化しようと飛び掛かる。
「ぜぁぁぁぁっ!」
人間離れした跳躍力で一気に接近し、空中で体を捻り回し蹴りを放つ。だがその時には五右衛門は既にカルネプラエドに光奪しており、如何にサイボーグとは言え仮面ライダーに匹敵する身体能力を持つ相手を前にはパワーで負けてしまい勢いを乗せた蹴りも軽々と受け止められてしまった。
「へっ……おら、よっ!」
「ぐっ!?」
カルネプラエドは受け止めた円の足を掴んで振り回し近くの机に叩き付けた。耳をつんざくような破砕音を立てて円が叩き付けられた机が粉砕される。一方叩きつけられた円は体が機械だからか、破壊された机の残骸に塗れながらも即座に体勢を立て直しまだ手に持っていた拳銃を発砲して応戦する。
「貴様ッ!」
通常の拳銃に比べて遥かに重い轟音を響かせる円の拳銃。サイボーグ故人間を凌駕する身体能力を持つ彼女に合わせて、特異生物相手にも一定の効果を発揮する銃弾も撃てる拳銃だ。だがカルネプラエド相手には威力不足であり、片腕の装甲で苦も無く受け止められてしまっていた。
「ふんっ、この程度で……本当ならお前らこのままぶちのめしてやりたいところだったが、生憎とそんな時間は無さそうだからな。今回だけは見逃してやる。ありがたく思いな」
そう告げるとカルネプラエドは壁に向けてバニッシャーを構えて発砲し、壁に穴を開けるとそこから外に飛び出していった。円が瓦礫を押し退けて壁の穴に向かい逃げていったカルネプラエドの姿を視界に収めようとした。
だが彼女が壁の穴に近付いた際目にしたのは、空中で体を捻りバニッシャーの砲口をこちらに向けているカルネプラエドの姿であった。砲口にエネルギーがチャージされている光景を見て、サイボーグであるにも拘らず顔を青褪めさせたのが分かる円は咄嗟にベルトを装着しナイトスコープに変身する。
「ッ!? 変身ッ!」
〈Access,In focus〉
「ハッハーッ!」
円の変身が完了する刹那、カルネプラエドのバニッシャーから放たれた砲撃が対策室のある階に直撃する。激しい爆炎に包まれた警察署の一画にカルネプラエドは仮面の下で満足そうに笑みを浮かべると、今度こそその場を離れるべき踵を返しビルの屋根を伝ってその場を離れていった。
警察署では突然の爆発に一般の署員が泡を食ったように騒ぎ混乱した様子を見せていた。そんな中で詳しい状況を理解できないながらも異常が発生した事を確信したビートは他の隊員と共にスコープ・イェーガーに変身した状態で救護班を護衛しながら対策室に雪崩れ込んだ。
「隊長ッ! 誠ッ! 大丈夫か?」
ビートのスコープ・イェーガーが対策室に飛び込むと、内部は局所的なハリケーンでも発生したのかと言う程の荒れ具合であった。机は軒並みひっくり返り、壁際には剛に九朗、そしてアイリスが気絶した状態で倒れている。一方誠は無事な様子で、壁の穴でカルネプラエドの砲撃を両腕の盾で受け止めたナイトスコープを気遣う様に近付いていた。
「隊長、ご無事ですかッ!?」
「くっ……あぁ、何とかな。あっちも逃げる方を優先させたのか、見た目ほどの威力は無かったよ。しかし、完全に逃げられた」
悔しそうに呟くナイトスコープの両腕の盾は、バニッシャーの砲撃を受け止めた影響で黒く焦げている。だがその見た目に反して本人はあまりダメージを受けた様子も無く、振り返るとアイリスのノートパソコンを拾い上げディスプレイを覗き込む。幸いな事にノートパソコンは無事であり、ディスプレイには今も尚唯の現在地が表示され続けていた。
「南城女史の現在地はまだ動いていない。しかし、奴を逃がしたのはマズかったな。隠した発信機の存在がバレて、救援が間に合わなくなる可能性が出てきたぞ」
焦りを口にする円。だがその時、突然手にしたディスプレイに割り込む様な形でメッセージが表示され始めた。
「ん? これは……!」
突如ウィンドウが表示されたかと思うと、そこに誰が打ち込んでいるのかメッセージが書かれていく。そこにはこう表示されていた。
『心配ご無用、貸し1つね♪』
一方その頃、囚われた唯は下手にチャーロット達を刺激しないようにと静かに助けが来るのを待っていた。どの道今の状態では脱出の為に出来る事などない。何しろ、忍筆すら没収されているのだ。両手を拘束された状態で、メインの装備も失った状態では如何にくノ一と言えども出来る事など限られる。生憎とピッキングの為の道具も、技術も唯は持ち合わせてはいなかった。
なので1人静かにし、助けが来るのを待っていると、不意に部屋に近付いてくる気配を感じた。
(チャーロット? ん? でもこれは……?)
最初チャーロットが近付いてきたのかと思った唯であったが、気配が彼女の物と違う事に違和感を覚えた。足音も何だか妙に静かだし、何より自分に向けられるトゲトゲとした雰囲気が感じられない。他にこのアジトに控えている者となるとジェットグリム位だと思われるが、それだとしても違和感があった。
一体誰がこの部屋に近付いてきているのかとより意識を集中させる為扉の方に目を向けると、近付いてきた何者かはそっと扉を開けて中を覗き込んできた。
その相手を見て唯は思わず絶句した。
「な、あ、えぇっ!? な、何であなたが……!」
「しーっ!」
「ん、ぐっ!?」
唯が思わず驚愕の声を上げると、部屋に入って来た人物……体のラインが浮き出るレオタード上の意匠の上にジャケットを羽織り、目元と顔の右半分を仮面で隠した麗しき怪盗ジェムが、自身の口元に人差し指を当てて静かにしろとジェスチャーしてくる。ここが敵のアジトである事を思い出した唯は、咄嗟に口を噤み呼吸を止めそれ以上の異変が無い事に安堵すると止めていた息を吐き出してから声を潜めて事情を尋ねた。
「ちょっとジェム、どう言う事? 何であなたがここに居るのよ?」
「折角助けに来てあげたってのに、随分な言い草ね?」
「助けに? 何で?」
ジェムに扮した晶は、唯の問い掛けにそれも当然かと小さく息を吐いた。何しろ晶は騒ぎを起こす悪党の部類。対して唯は、騒ぎを収め悪を討つ秩序の側の人間だ。本来であれば相容れないと思われる両者の内、片方が片方を助けに来るなど普通はありえない。
とは言え、そこには晶にもそれなりの事情があっての事であった。尤もそれを唯に詳しく説明してやる義理も無いので、適当な事を掻い摘んで話す程度に留めていたが。
「ま……依頼されたのよ。あなたを助けてくれってね」
「私を? 誰が……」
「あなたも因縁がある相手……こう言えばわかるかしら?」
「…………ジェーンさん?」
辿り着いた答えに、晶は肯定も否定もしなかった。詳しい事情は知らないながらも、ジェーンと唯の間に因縁の様なものがある事は晶も承知している。今回の依頼もそれ絡みだろう事は想像できたが、別に踏み込もうと言う気は無かった。なので、唯に対しては匂わせる程度の情報開示に留めた。
(何でジェーンさんは……)
訳が分からない唯であったが、それに関しては一旦置いておく。ジェーンに関する事は分からない事の方が多いのだ。今この状況でウンウン唸って考えるような事ではない。
それよりも問題なのは、依頼を受けてきたとはいえ晶……怪盗ジェムに助けられると言う事であった。プライド云々と言うより、立場の問題でこの助けを素直に受けるべきかと悩んでいたのである。
「……あなたがジェーンさんに依頼されて私を助けに来たって言うのは分かったわ。でも、私は警察やS.B.C.T.の側の人間よ。そんな相手を、あなたは本気で助ける事が出来るの?」
この言い方はちょっと意地が悪く、そして卑怯でもあると唯自身嫌な気分になった。折角助けに来てくれたと言うのに、こんな物言いをするのはあんまりではないかと。だが彼女にも誇りはある。晶……怪盗ジェムが、根っからの悪人ではない事は分かっているつもりだが、だとしても悪党に分類される相手においそれと助けられては社会の裏から秩序を守る為に戦う者としての示しがつかなかった。
晶も唯の気持ちは理解できるのだろう。と言うか、自分が逆の立場だったら間違いなく同じように厭らしい質問をした。とは言え、どちらにせよ晶としては唯を助ける事は決して吝かではなかったのも事実である。
なので晶は、少し悩む素振りは見せつつも、確固とした意志を持ってその質問に答えてみせた。
「ん~、まぁ……言いたい事は分かるけどね。でも私としては、あんたをそんなに憎く思ってる訳じゃないし、むしろ人間としては普通に良い奴だって思ってる。そんな相手を助けるなら、別に嫌じゃないかなって」
「え…………?」
自分の意思を表現する過程で、晶が被っていた怪盗ジェムの仮面が僅かに剝がれて石動 晶としての本心が零れる。だが唯はそんな事を気にも留めず、ただ意外な答えが返ってきた事に只管驚いていた。確かにジェムとして活動している晶とは、敵対もしたし共闘もした。互いに相手を助けた事も何度かある。その中で唯自身、ジェムが本当の悪人ではなく何かしらの信念や考えを持って行動している事は理解していた。その過程で無関係な人や無用な被害を広げる事を良しとしない優しさを持つ事も。
だからだろうか。晶の答えに驚きこそすれ、ストンと納得がいったのは。
「そ、そう……なんだ……」
「な、何よその反応? 居心地悪いんだけど?」
「煩いわね、驚いちゃったんだからしょうがないでしょ」
口では憎まれ口を叩きながら、唯の表情には笑みが浮かんでいた。やはり、怪盗ジェムは決して根っからの悪人と言う訳ではない事を確信したのだ。もし何か切っ掛けがあれば、彼女と肩を並べる事も出来るかもしれない。
尤もその為には、これまでに彼女が犯してきた罪を清算しなければならないと言う課題が存在するが。
「分かったわ、ありがとう。助けに来てくれた事、素直にお礼を言わせて」
「別にいいけどね? こう言っておいてなんだけど、ジェーンに依頼されなかったら来なかったかもしれないんだし」
そう言いながら、晶は唯の両手を拘束している枷をピッキングで開錠し自由の身にした。漸く腕が自由に動かせるようになって、唯は悪くなった血の巡りを解す様に手首を揉む。
「ありがと。早く逃げたいところだけど、その前に私の装備を取り返さないと。あれが無いと色々とマズいし」
「ならさっさと行きましょ。モタモタしてるとアイツ等だけじゃなくアンタのお仲間迄来ちゃうだろうし」
事実、誠とωチームは現在全速力でこのアジトへと向かっていた。カルネプラエドを逃がしてしまった事で、唯がまだ発信機を持っている事が遅かれ早かれジェットグリム達に伝わってしまう。そうなれば唯の身が本格的に危ない。
事は一刻を争う中、晶は唯を守る様に動きながら、周囲の気配を探りつつアジトの中を探索した。その最中、手持ち無沙汰になった唯は晶がどうやってこの場所を突き止めたのかを訊ねた。
「ねぇジェム、少し聞いていい?」
「手短にね」
「ありがと。あなたはどうやってここに辿り着いたの? 私の後を付けてたとか、発信機みたいなのを付けてた訳じゃないみたいだけど?」
素朴だが決して無視できない疑問。その疑問への答えはとても単純なものであった。
「大して難しい事じゃないわ。ジェーンって色々と能力を持ってて、その中に自分の体から分身を作り出してあちこちに飛ばす事が出来るんだって。で、その一人人海戦術で街中を隈なく探し回った結果、アンタを見つける事が出来たって訳」
「そう言えばここってどこなの?」
ジェーンが一人人海戦術などと言うとんでもない事を出来た事は驚きだが、それよりも重要なのは今2人が居るこの場所だった。外の様子が分からない為体感でしか時間の経過が分からないが、それでもあんまり長い時間が経ったようには思えない。それにジェーンが探ったのは光林市の街中だ。となると、ここも光林市内の何処かと言う事になる。
その予想は正しく、そしてその場所は少々意外な所であった。
「ここ、街の中心部に近い場所にある商業施設の地下よ。改修工事の名目で立ち入りが制限されてるの」
「え……って事はちょっと待って、その施設のオーナーがッ!」
唯は商業施設のオーナーがジェットグリムの仲間ではないかと疑ったが、晶はそうではなくオーナーも誑かされた類ではないかと考えた。買収と言ってもいいかもしれない。どちらにせよ、ジェットグリム達がこの街の中に協力者を作っている事は由々しき事態である。
「思ってる以上に根深いわね。どう? 怖くなった?」
話の規模が段々と大きくなってきた事に、晶が唯を挑発すると彼女は望むところと言わんばかりに意気込む様子を見せた。
「冗談。むしろ逆よ。やる気になってきた」
「結構。ん、あの部屋ね」
話しながらも道中にある部屋をいくつか見て回った。その多くは空き部屋ばかりだったが、晶の視線の先に一際強固に施錠された様子の部屋が見える。何か物を保管するなら間違いなくあそこだと考えた晶が早速鍵を開けようとピッキングツールを手に近付こうとした。
その時、2人の背後から異変に気付いたと思しきチャーロットが曲刀を投擲しながら迫ってきた。
「ちょぉっと待ったぁぁッ!!」
「チッ!」
晶は咄嗟にファントムエッジを抜いて投擲された曲刀を弾いた。腕に鈍い衝撃が走るが、その甲斐あって曲刀はそれぞれ壁や天井に突き刺さり動かなくなる。その間に晶はピッキングツールを唯に押し付け、自身は右手にパワークオーツの指輪を嵌めチャーロットと対峙する。
「アンタ、ピッキングは?」
「少し時間が掛かるけど出来るわ」
「上等。アイツは私が何とかするから、その間に自分の装備を取り戻しなさい」
「分かった、気を付けて!」
背後で唯が開錠の為にピッキングツールを動かす音を聞きながら、晶は仮面ライダージェムに変身する。
「変身ッ!」
《Change of Cut, Cloth Quartz! Commit the Phantom Thief!》
ジェムに変身した晶は、右手にファントムシューター、左手にファントムエッジを構える。対するチャーロットもまた、壁や天井に突き刺さった曲刀を引き寄せ二刀流の構えを見せつつ、本来であれば敵対している筈のジェムが唯を助けている状況に怪訝な声を上げる。
「アンタ、何やってるの? そいつ敵じゃないの?」
「私が誰を助けるかなんて、あなたには関係ないんじゃなくて?」
「あ、そ……まぁいいわ。アンタもぶちのめして、そっちの女と一緒に売り飛ばしてあげる!」
「やってみなさいよ。私の輝きに、値段なんてつけられないけどね!」
という訳で第35話でした。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。