仮面ライダージェム   作:黒井福

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第36石:呉越同舟

 囚われた唯を助け出す為、ジェットグリム達のアジトに忍び込んだ晶。無事に唯と合流し、拘束から彼女を解き放ち連れ出す事に成功した後彼女の装備を取り戻す為アジトの中を進み目的の部屋に辿り着いたのだが、そこで遂にチャーロットに見つかってしまった。

 2人を纏めて捕らえるつもりのチャーロットを前に、晶は唯が装備を取り戻す時間を稼ぐべくジェムに変身してチャーロットと対峙する。

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

 ファントムエッジを振りかざしチャーロットに斬りかかるジェム。決して広いとは言えない廊下ではあるが、ファントムエッジ自体剣としては中くらいか短いくらいの長さしかない為取り回しは決して悪くない。加えて右手に剣を持ちながら、左手には拳銃であるファントムシューターを持っている。例え剣が引っ掛かったとしても、素早く反対の手に持つ拳銃からの銃撃が相手を撃ち抜ける隙の無い状態であった。

 

 寧ろこの状況、やや不利なのはチャーロットの方である。彼女が持つ武器は曲刀だが、こちらはファントムエッジに比べれば幾分か長くこの状況では扱いにくい。加えて彼女は本来これを投擲し浮遊した状態で操る事で相手を翻弄するのであるが、この狭い空間ではその能力も十分に生かす事が出来ない。

 他にもチャーロットにはカルネプラエドと同じくバニッシャーと言うグレネードランチャーがあるのだが、そちらはこの状況ではさらに使い辛い。迂闊に使えば自分にも被害が及ぶのだ。もし仮に使うにしても最後の手段、破れかぶれの一撃を狙う時くらいにしか使えない。

 

 それもあってか、この戦いはジェムの方が優勢となっていた。

 

「はっ! やっ! それっ!」

 

 ジェムは軽やかな身のこなしを活かして、縦横無尽に剣を振るう。ベリルカットであればさらに滑らかな動きが出来るが、元より柔軟性に優れしなやかな動きを得意とするジェムはわざわざフォームチェンジする必要性をこの場においては感じてはいなかった。

 

 事実、チャーロットは曲刀が壁や天井に引っ掛かり、満足に反撃する事が出来ていない。

 

「くっ!? この、狭いっ! あぁぁっ!?」

 

 何とか反撃してジェムに一撃加えようとするチャーロットであったが、思う様に動けていない苛立ちから攻撃や防御、回避に精細さを欠きつつある。ジェムはそんな彼女の心理状態を見逃さず、敢えて煽る様な事をして挑発し更に相手の心身の動きを乱した。

 

「ほらほら、こっちよ♪ どうしたの? 動きが雑になってるけど?」

「このっ! 調子に、乗るなぁッ!!」

 

 元より相手を煽る事で楽しんできたチャーロットは、いざ自分が煽られる側に回ると屈辱に冷静さを欠いてしまう。後先考えずにバニッシャーを取り出し砲撃しようとしたのを見て、ジェムは待ってましたと言わんばかりにベルトのバックルを高速回転させパワークオーツを研磨し目くらましを行った。

 

「今だッ!」

「うぁぁっ!? くっ、何を……!」

 

 突然の眩い光にチャーロットの目が眩む。思わず片手で顔を覆っていると、ジェムの方に向けていたバニッシャーがあらぬ方向に力を受けて手から離れていくのを感じた。

 

「あっ!?」

「これを使わせたくなかったのよね」

 

 ジェムが今回の対チャーロット戦を行うに当たり、最も警戒していたのは魅了攻撃ではなく放射性物質を用いた攻撃だった。ジェーンすらダウンさせ満足に動けなくさせるほどの攻撃、自分や唯が受ければ一溜りも無い。いや、それどころか下手をすれば周辺にまで被害が及ぶ。

 

 これまでの戦いからジェムはチャーロット達がパワージュエルの力を引き出す為にはバニッシャーを介する必要がある事を理解していた。システム的にはジェムが扱うファントムシューターに近い。パワージュエルのエネルギーを攻撃に転用する為の機能が備わっているのだ。

 ならばそれが無ければチャーロットは放射能を放つ鉱物の力を利用する事が出来ない。勿論彼女が持つ曲刀が、ただ浮遊させられるだけでなくパワージュエルのエネルギーを転用できないとは限らない為油断は禁物ではある。だがそれにしても、この状況で破れかぶれになって砲撃されるリスクを下げる意味でもバニッシャーは奪い取る必要があった。

 

 ジェムの作戦は見事に的中し、チャーロットは武器の一つを蹴り飛ばされて使えなくさせられた。視界が戻った時、チャーロットは愛用のランチャーが廊下の先に滑って離れていく様子に束の間どうするべきかと判断に迷った。

 

「チッ!」

 

 だが武器を奪う以上の効果はジェムの期待を下回った。チャーロットはバニッシャーを失った事で少し冷静さを取り戻したのか、自身も持っていたしなやかな動きを用いて対抗してきたのである。

 

「ふっ! はぁっ!」

「うぁっ!?」

 

 出し抜けにチャーロットが逆立ちの体勢になると、そのまま広げた両足をプロペラの様に回転させて連続で蹴りを放ってきた。チャーロットの動きが突然変わった事に、今度はジェムの方が対応が遅れファントムシューターを蹴り飛ばされてしまった。

 

「ふふっ♪ これでお相子ね、コソ泥さん?」

「……フンッ、コソ泥はお互い様。あ、アンタ達は違うか? アンタ達は乱暴で優雅さの欠片もないものね?」

 

 チャーロットからの挑発に対し、ジェムも負けじと挑発を返す。片手にファントムエッジを握ったまま、胸元を腕で持ち上げ空いた手を口元に持っていき笑みを堪えるような仕草を見せる。仮面で顔が隠れているので表情を見ることは叶わないが、チャーロットには今のジェムが自分を嘲笑しているのが手に取るように分かった。

 それはプライドの高いチャーロットを刺激するには十分すぎる挑発となり…………

 

「~~~~ッ、舐めるなぁッ!!」

 

 両手に曲刀を持ちながら素早く回し蹴りを放ってくるチャーロットに、ジェムもしなやかな足を振り上げ蹴りで迎え撃つ。両者に蹴りの威力は同程度なのか、互いの足がぶつかり合うと一瞬拮抗したかと思った次の瞬間互いに相手を押し出し距離が離れる。

 

「くっ、はぁぁっ!」

「ふっ!」

 

 2人は互いに即座に体勢を立て直すと、そのまま蹴りや斬撃を交えて攻撃し合う。共に舞うような動きを見せるジェムとチャーロットだったが、形勢は徐々にチャーロットの方に傾いていった。

 

「それそれそれっ!」

「うっ!? くぅっ! このっ!」

 

 チャーロットの曲刀はこの場で振り回すには少し長めかもしれないが、完全に邪魔になるほどではない。扱い方を考えれば十分に脅威となる程度の長さであり、チャーロットは刺突をメインに小さな振りを多用する事で狭い空間での扱い辛さをカバーしている。こうなると厳しくなるのはジェムの方だ。現状ジェムが武器に出来るのはファントムエッジ一本と両足の蹴りのみ。手数の面でどうしてもチャーロットに劣ってしまうのだ。

 

「キャハハハハッ! どうしたの? 動きが鈍くなってるんじゃない?」

「こ、のぉ……!」

「ほらほらぁ、あの緑の格好になった方が良いんじゃないの? なれるならねっ!」

「くっ! 甘く、見ないでよね! あなた程度の相手、このままで十分よッ!」

 

 今度はチャーロットの方が挑発してくる。本来であれば彼女が言う様にベリルカットになった方がいいのだろう。あれはデフォルトで専用武器の鉄扇を二つ両手に持てる。加えて動きのしなやかさはクオーツカットを越える。この狭い空間で、相手の攻撃を受け流しつつ反撃をするにはあれ以上の適任は無い。

 

 だがジェムは敢えてこのままクオーツカットで戦う事を選んだ。それはチャーロットの攻撃が激しすぎてフォームチェンジしている余裕が無いと言うのもそうだが、それ以上に相手の思惑に乗る様で気に入らなかったからだった。

 

(コイツの事よ、どうせ私が指輪取り換えようとした瞬間を狙って攻撃してくるに違いない。そんな手に乗るかっての)

 

 相手の狙いを見抜いた上で、ジェムはこの場での目的を忘れず攻防を続けた。そう、この場での戦いでは、何も勝負を急がなくてもいいのだ。必要なのは時間。時間さえ十分に稼ぐ事が出来れば…………

 

「考え事? 余裕ねっ!」

「ッ!? あ――」

 

 そんな事を考えていた事が僅かな隙を生んでしまった。ジェムがしまったと思った時には、チャーロットはもう彼女の懐に潜り込んでしまっていた。急いで距離を取ろうとするも時既に遅し。素早くチャーロットが振るった曲刀二本が、ジェムの起伏に富んだ肢体を次々と切り裂いていった。

 

「あ、ぐ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 全身を切り裂かれる痛みにジェムの口から堪らず悲鳴が上がる。剣を振るっているチャーロットはその悲鳴が心地良くて、もっと悲鳴を上げさせようとジェムの足を払って転倒させると腹を踏みつけ彼女の豊満な胸元を覆う装甲の薄い鎧に何度も刃を叩きつけた。

 

「あっ!? ぐあっ!? ぐ、あ、がぁぁぁぁぁっ!?」

「キャハハハハハハハハッ!!」

 

 見る見るうちにジェムの姿がボロボロになっていく。その様子にチャーロットは心底楽しそうに笑い声をあげ、斬撃が止んだ時にはジェムは腕一本上げる事が出来ない程消耗してしまっていた。

 

「う、ぁぁ……うぐ、く……」

「ん~? 元気無くなった? もっと悲鳴上げてよ~」

 

 静かになったジェムの顔を覗き込んだチャーロットは、更に彼女を痛めつけようと左腕の上腕部に曲刀の切っ先をゆっくりと刺した。じわじわと刃がボディースーツを貫き皮膚を、肉を切り裂いて侵入してくる悍ましい感触にジェムは無理矢理悲鳴を上げさせられる。

 

「んぐっ!? あ、あ、あぁぁぁぁっ!?」

「あ~、いい声♪ どれどれ、そろそろアンタの素顔を拝ませてもらおうかな~?」

 

 ジェムの悲鳴に満足したチャーロットがジェムドライバーに手を伸ばす。このまま無理矢理変身を解除させられ、仮面を剥ぎ取られてジェムの正体が明かされてしまうのかと思われた。

 

 その時、不自然な突風がチャーロットの体を廊下の奥へ吹き飛ばしていった。

 

【忍法、風遁の術ッ! 達筆ッ!】

「えっ!? きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 突然の事に反応が遅れたチャーロットの姿がジェムの視界から消える。倒れていたジェムが首を上の方に向けると、天地が逆転した視界に忍筆を振るった状態のセツナの姿が映った。何時の間にか扉の鍵を開けて、中に保管されていた装備を取り戻して変身していたのだ。

 本来であればセツナも敵ではあるのだが、この状況では何よりも頼もしい相手でありジェムは仮面の下で思わず笑みを浮かべていた。

 

「ったく……遅いのよ。くノ一なんだったらあんな鍵程度さっさと開けなさいよね」

 

 助けられたにもかかわらずそんな憎まれ口を叩いてしまうジェムであったが、声が弾むのを抑えきれていなかった。セツナもそれを感じ取ってか、ジェムのその言葉が本心なのではなく軽口に近い物である事を察し小さく鼻で笑いながら手を貸して彼女が立ち上がるのを助けた。

 

「随分なお言葉ね。助けてもらったのにお礼も無し?」

「元々助けに来たのは私だってことを忘れないでね? でも、ま……助かったわ」

「お互い様よ」

 

 束の間、2人は互いが本来は敵同士である事を忘れていた。立場が無ければ、2人はきっと良き友になれたであろうと、2人は意図せず同じ事を考えた。

 

 そんな2人の雰囲気を破る様に、体勢を立て直したチャーロットがバニッシャーを回収して乱射しながら近付いてきた。

 

「ふざけるな、このアバズレ共ぉぉぉっ!?」

 

「わわっ!? ちょ、こんな所であんなものを……」

「ジェムッ!」

「はいはい、今回はね」

 

 多くを語らずとも、2人は互いの考えを一致させた。この状況を打破する為には互いに力を合わせなければならない。これまでに何度もぶつかり合い、その度に積もってきた蟠りをこの時ばかりは忘れて手を取り合いこの場を脱出する為チャーロットに挑む。

 

 次々と放たれ飛んでくる砲弾を、セツナが忍術を用いて無力化していく。

 

「執筆忍法、氷遁の術ッ!」

【忍法、氷遁の術ッ! 達筆ッ!】

 

 砲弾は破裂すれば危険だが、一瞬で凍結させてしまえばその限りではない。凍り付き固定された砲弾は爆発せず、その中をジェムが走り抜けチャーロットに接近していく。

 

「私の輝きは、止まらないッ!」

《Change of Cut, Cloth Beryl! Commit the Dancer!》

 

 走り抜ける最中、ジェムは右手の指輪を交換しベリルカットにフォームチェンジした。両手に専用の鉄扇ヘリオドールファンを構えながら迫るジェムに、チャーロットもバニッシャーでは不利になると曲刀に持ち替え応戦の構えを見せる。

 

「はっ!」

「シッ!」

 

 飛び掛かり舞うような動きで斬りかかってくるジェムに対し、チャーロットは鋭い刺突で迎え撃とうとする。音を置き去りにするかと思う程の素早い一撃。しかしそれはジェムの振るった鉄扇に弾かれ、彼女の体を僅かに掠める程度に留まった。そしてそれほどの一撃は当然放った後に隙が出来る。チャーロットもそれを理解している為即座に体勢を立て直そうとするのだが、ジェムの動きはそれより早く相手の懐に潜り込むと体を回転させるように鉄扇を振るいチャーロットの体を切り刻んだ。

 

「あああぁぁぁぁっ!?」

「さっきのお返しよ。まだまだ全然足りないけどね」

「この、アバズレ……!?」

 

 ジェムに体を切り刻まれトドメに蹴りを受けて距離を離された。激昂したチャーロットは懐から不気味に緑に輝く宝石を取り出した。ジェムは直感でそれが何なのか察した。ジェーンに大ダメージを与えた放射性物質の宝石……燐銅ウラン石のパワージュエルだ。

 

「マズいッ!」

 

 あれをこんな所で使われてはどうなるか分からない。ジェーンの時は彼女1人の被害で済んだが、今回もそうなるとは限らなかった。自分達だけでなく、最悪周辺が放射能に汚染される危険も…………

 

「させないわっ!」

 

 セツナの動きは迅速だった。彼女はチャーロットが再びバニッシャーを手にした時点で、一気に接近するタイミングを伺っていた。そして遂にそのタイミングが巡ってきたのを見て、忍者刀を構えると正しく風の様な動きで一気に接近すると手にした忍者刀を一閃させすれ違いざまにチャーロットの体を切り裂いた。

 

「ぐぁぁっ!?」

「ハッ!」

「がっ!?」

 

 セツナの一撃を受け、衝撃と痛みでチャーロットの手からパワージュエルが零れ落ちる。更にセツナは振り向き追撃の斬撃を放ち、チャーロットを切り伏せ倒れた彼女の上に圧し掛かり押さえつけた。

 

「ぐぅっ!?」

「ここまでね。観念しなさいッ!」

「この、離せッ!」

 

 藻掻くチャーロットであったが、片腕を捻り上げられ押さえつけられては抜け出す事は難しい。そのままセツナが引っ張り上げるように無理矢理立ち上がらせると、ジェムは先程チャーロットが落としたパワージュエルを回収した。

 

「全く、随分と危ない物を持ってるじゃない」

「一応聞くけど、それどうするつもり?」

 

 今回はまぁ、盗むと言っても元の持ち主がチャーロットなので止める道理はない。だが物が放射性物質となると手放しに放置する訳にも行かなかった。ジェムであれば間違った使い方はしないだろうと言う漠然とした信頼はあったとしても、である。

 セツナの不安も尤もなので、ジェムは彼女の問い掛けに軽く肩を竦めると手にしたパワージュエルを遠くに放り捨てると同時にファントムシューターを回収しシリンダーを露出させそこにパワーベリルを押し付けエネルギーを充填した。

 

「こうするわ」

「ッ!? ま、待てッ!」

 

 そして有無を言わさず銃口を向け引き金を引くと、放たれた強化弾が一撃でパワージュエルを砕き散らす。その際にパワージュエルが持っていたエネルギーも霧散し、ただの宝石の欠片となって散らばった。

 物が放射性物質であると考えると、あれでも決して安心できるものではなくセツナは不安そうに問い掛ける。

 

「ね、ねぇ、いいの? 大丈夫? あれ、放射性物質……」

「パワージュエルであれば能力が強化されてるから問題だけど、ただの燐銅ウラン石であれば大した問題じゃないわ。もちろん、取り扱いには注意しないといけないけど、細心の……なんて程じゃないし」

 

 それよりも今はさっさとここから出る事の方が先決だ。今はチャーロットだけだが、何時コイツの仲間がやってこないとも限らない。

 ジェムが先導してチャーロットを連れたセツナを外に誘導しようとしたその時、突如廊下の奥からエネルギーの奔流が突き進んできた。それを見た瞬間ジェムはなりふり構わずセツナを床に押し倒した。

 

「伏せてッ!」

「え、わわっ!?」

 

 突然押し倒された際の衝撃でチャーロットへの拘束が緩んだ。その事を気にする間もなく2人の真上をエネルギーが突き抜けていき、廊下の一部を融解させ壁の一部が粉砕される。

 

「くっ、この攻撃は……」

「いつつ……あっ!?」

 

 今の攻撃には心当たりがある。ジェットグリムだ。どうやら敵のボスがお出ましらしい。一方セツナは、ジェムに押し倒された際チャーロットから手を放してしまった事に周囲を見渡す。もしや今の砲撃に巻き込まれたのではないかと思ったが、その心配は杞憂であり彼女は彼女で砲撃を回避するとそのまま廊下を突き進みジェットグリムに合流していた。

 

「ボス――ッ!」

「チャーロット……遅れてすまなかったな」

「いえ、いえっ! こうして助けに来てくださっただけでもソフィアは感無量ですぅっ!」

 

 いやあの一撃は間違いなくチャーロット自身も平然と巻き込むつもりの物だっただろうと思わなくは無かったが、ジェムはそんなツッコミは脇に置いて仮面の下で冷や汗を流す。幾分か消耗させたとは言えチャーロットがジェットグリムと合流したこの状況は非常にマズイ。こちらだって先程の戦いで消耗しているのだ。この上更にカルネプラエド迄合流してしまったら…………

 

「おっと、逃がさねえぞ?」

「「ッ!?」」

 

 最悪のタイミングで姿を現したのはカルネプラエドだった。対策室から逃げ出した彼は全速力でアジト迄戻り、そして騒ぎから状況を察して回り込んできたのだ。

 

 これでジェムとセツナは前後をそれぞれ敵に阻まれた事になる。ここで2人はどちらに向かうかを瞬時に判断した。一方にはジェットグリムとチャーロットが待ち構え、反対側にはカルネプラエドが1人。強行突破するならどちらにするかなど考える迄も無い。2人は同時にカルネプラエドの方に駆け出そうと体を向け一歩足を踏み出した。

 

 その時、何処からか派手な爆発音が響き思わず足が止まった。

 

「えっ!?」

「何、爆発?」

 

 突然の爆発に驚いているのはジェットグリム達の方も同様であるらしく、カルネプラエドなどは露骨に狼狽える様子を見せていた。

 

「な、何だっ!? まさか、アイツ等もう……」

 

 もし何らかの事故であった場合下手に動くのも危険だからとジェム達が足を止めていると、2人の耳に何人もの人々が廊下を駆け抜ける音が聞こえてきた。段々と近付いてくるその音に、2人がカルネプラエドの後ろに目を向けるとそこから次々とωチームの隊員がバリアを先頭に姿を現した。

 

「居たっ! 南城さん……と、ジェムッ!?」

「はぁ? 何だってあの嬢ちゃんとジェムが一緒に居るんだ? ジェムは何でここが分かった?」

 

 バリア達からしてもジェムの存在は予想外であったらしく、困惑しているのがよく分かった。だが今重要なのはそこではない。これまで彼らが追いかけていた盗賊団の幹部が勢ぞろいしているのだ。ナイトスコープは動揺を露にする部下達を一喝すると、セツナに警告しつつ一斉射撃の構えを見せた。

 

「そう言うのは全て後だ。南城女史ッ! 伏せるか隠れるかしていろッ! 射撃用意ッ!!」

「ッ!? えっと、えっと……こっち!」

「あ、ちょっ!?」

 

 このままだと一斉射撃の邪魔になる。一瞬伏せるべきかと考えたセツナであったが、ふと横を見れば半開きになっている扉があった。セツナは咄嗟にジェムの手を引きその扉の中に飛び込むと、その直後にωチームの一斉射撃がジェットグリム達に襲い掛かった。

 

「撃てぇッ!!」

 

 無数の銃声が廊下に響き渡ると同時に、銃弾が横殴りの雨の様にジェットグリム達に向かっていく。カルネプラエドが真っ先に銃弾に晒されながら必死に後退するが、逃げ場が少ない関係で次々と銃弾が突き刺さる。

 

「うぐぉっ!? が、ぐぁぁっ!?」

 

 逃げる最中、彼はセツナとジェムが飛び込んだ部屋を見つけると自分もそこに飛び込もうと扉を開けようとした。だが中から鍵が掛けられたのか、扉は押しても引いても開かない。

 

「くそっ!? 開けろ、開けろぉッ!?」

「奴を狙えッ!」

「了解ッ!」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 変な所でもたついた物だから、最優先で攻撃する対象に定められ銃撃が集中する。あっという間に蜂の巣にされそうな勢いで銃弾が叩き込まれ、悲鳴を上げてひっくり返るカルネプラエドだったが彼が倒れるとジェットグリムはそれを待っていたかのように動き出した。

 

「ここも潮時だな」

「短かったですね」

「別に構わん。アジトなんて幾らでも用意できる」

 

 背中の翼上のパーツで自身とチャーロットを守っていたジェットグリム。翼を構成するノズルを開くと、チャーロットは少し残念そうな声を上げつつ彼の呟きに相槌を打った。彼女の相槌に頷きながら、ジェットグリムはノズルを上方に向けエネルギーを充填していく。

 

「ッ!? 奴を先にやれッ!」

 

 その事に気付いたナイトスコープが慌てて攻撃目標を変えるがそれは少し遅かった。ジェットグリムはカルネプラエドが倒れて巻き込む危険が減ったのを見て、砲撃で天井を崩す事で目くらましにすると同時に逃走経路を作る事を画策したのだ。

 

 ωチームの銃撃がジェットグリムの妨害をしようと集中するが、そうはさせじとチャーロットが曲刀で銃弾を弾き攻撃を防いだ。結果、エネルギーのチャージを終えたジェットグリムは一斉射撃で廊下の天井をωチームが居る所まで一気に崩した。

 

「マズい、退避だッ! 退避しろッ!」

「無茶苦茶しやがるぜッ!」

「くっ、南城さん……!」

 

 近くの部屋に逃げ込んだセツナを心配するバリアであったが、ここに留まっては自分もただでは済まないと断腸の思いでその場を退避。直後に砲撃で耐久が限界に達した天井が崩れ落ち、廊下が崩落した瓦礫で塞がれてしまった。

 

「くそ、これじゃあ先に進めねえ」

「ω0、この先に行く方法は?」

『残念ですがそこから先に進む道は無さそうです。ですがそこは地下1階に当たるので、外に出て上から近付いた方が良いのでは?』

「それもそうだな。外から回り込むぞ」

 

 ωチームが転身し外から回り込もうとしている間に、ジェットグリム達は崩れた天井から外に出て逃げ出そうとしていた。その中にはもちろんカルネプラエドもあり、自力で外に出たチャーロットに対してωチームの攻撃に晒されていた彼はジェットグリムに引き上げられる形で外へと脱出を果たした。その様子にチャーロットは嫉妬を露わにせずにはいられない。

 

「チィ……あの雑魚、ボスの手を借りるなんて羨ましい事を……」

「大丈夫かカルネ?」

「は、はい……助かりました、ボス」

 

 強引に逃走経路を作りωチームの足止めをする事にも成功したジェットグリムは、そのままカルネプラエドを抱えて飛んで逃げようとする。

 だが彼らに続く様に崩壊した天井から飛び出したジェムとセツナはその行く手を阻んだ。

 

「おぉっと、いい加減逃がさないわよ」

「佐伯隊長達が来れば……!」

 

 ジェム達からすればここで彼らを数分足止め出来れば、バリアとωチームが合流してくれる。そうすれば数の暴力も手伝ってジェットグリム達を、仮に全員ではなくとも誰か一人くらいなら捕らえる事が出来る。特に傷付いたカルネプラエドは絶好の鴨だ。

 

 ジェットグリムもそれを分かっているのだろう。カルネプラエドを抱えて逃げ切るのは無理と判断し、彼を下ろすとチャーロットと共に足止めをする為立ちはだかった。

 

「カルネ、先に行け。次のアジトに逃げ込むんだ」

「で、ですがボス……!」

「アンタ、邪魔だっつってんの。ここに居たらボスの足手纏いになるわ。失せなさい」

「ぐっ……!? くそっ」

 

 突き放す様な物言いだが事実を指摘され、奥歯を食い縛りながらその場を離れていくカルネプラエド。当然それを追跡したいジェムであったが、ジェットグリムはそれを許さず面を狙った多数の砲撃で2人の足を止め、更にチャーロットに通信妨害をさせセツナがωチームに連絡できないようにした。

 

「だから逃がさないって……」

「させると思うのか?」

「うわっ!? くぅっ!」

「チャーロット!」

「了解ッ!」

 

 通信も封じられ、追跡も妨害されたジェムとセツナは否応なしにジェットグリム達と対峙した。ジェムはジェットグリムを相手にベリルカットでは厳しいかとクオーツカットにフォームチェンジし、セツナは迅雷を取り出してチャーロットと対峙する。

 

《Change of Cut, Cloth Quartz! Commit the Phantom Thief!》

「仕方ないわね……アイツの代わりに、あなた達を私の輝きの虜にしてあげる」

「その輝き、俺達が奪おう」

 

「そこを退いてもらうわッ!」

「やれるもんならやってみなさいよ?」

 

 睨み合う両者は、一瞬の間を置くと何を合図にするでもなく同時に動き出した。

 

 ジェットグリムは背中の翼上パーツのノズルを向けエネルギーを充填し一斉射撃をしようとするが、ジェムはパワークオーツをバックルで研磨し複数の幻影の分身を作り出し攪乱する。

 

「小賢しいッ!」

 

 構わず砲撃し分身ごと全てを消し飛ばすジェットグリムであったが、ジェムは分身を作り出す際の発光に紛れて相手の視界から逃れていた。分身は完全な囮であり、砲撃直後の隙を狙ってジェムが肉迫しファントムエッジで斬りかかった。

 

「ハァァッ!」

「むっ!?」

 

 予期せぬ方向からの接近に虚を突かれたジェットグリムは反応が遅れ、咄嗟に斬撃を防御しようと腕を上げるがジェムは構わず刃を振り下ろし相手の腕を切り裂いた。振り下ろされた刃は鎧の無い部分を狙って叩きつけられ、鋭い刃は重い手応えを残しつつあっさりとジェットグリムの腕を切り落とした。

 

「無駄な事を……」

 

 とは言え、ジェットグリム相手に斬撃は意味を成さない。切断されたと思っても、それはジェットグリムの能力で元通りにくっついてしまうし切断面は恐ろしいほど鋭利になる。案の定ジェットグリムは切り落とされた腕を無事な方の腕で掴むとそれを武器にして逆にジェムに攻撃してきた。

 

「ぬんっ!」

「くっ!? あぁ、もうっ! それ止めてよ気持ち悪い……」

 

 切断された片腕を武器にしてくるなど趣味が悪いにも程がある。生理的嫌悪感に呻き声を上げながら、ジェムは右手の指輪をパワーシナバーに変更し再びフォームチェンジした。

 

「やっぱりアンタには、こっちの方が合ってそうね」

《Change of Cut, Cloth Cinnabar! Commit the Alchemist!》

 

 シナバーカットになったジェムは、アルケミックケインをバトンの様に振り回しジェットグリムを牽制しつつ先端の宝石にエネルギーを充填し魔法を発動させて雷撃を叩き込んだ。

 

「斬撃や打撃は効き辛くても、コイツは効くんじゃないのッ!」

 

 物理的なダメージは自らの体を破砕させる事でダメージを逃してしまう。寧ろその際に砕けた破片が鋭利な刃物となって飛び散り逆にこっちがダメージを受けてしまう。ならば物理的なダメージ以外で攻撃すればいい。幸いにしてジェムにはそれを可能とする能力を持った形態があった。

 

 果たして彼女の読みは的中し、電撃を喰らったジェットグリムは初めて真面なダメージを喰らったように悲鳴を上げて後退った。

 

「ぐぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

 一方のセツナはと言うと、こちらはこちらでチャーロット相手になかなかの善戦を見せていた。

 

「はっ!」

「くっ、こいつ……!?」

 

 囚われている間チャーロットから暴行を受けたセツナであったが、ダメージを受けているのはチャーロットの方も同様であった。お互い決して全力とは言えない状態の中、苦境に立たされながらの戦いにも慣れているセツナは淀みの無い動きで迅雷を振るいチャーロットの曲刀の一本を弾き飛ばし、その勢いを乗せた回し蹴りで相手の腹を蹴り飛ばした。

 

「ぐぅっ!?」

「逃がさないッ!」

 

 ダメージを受けながらも体勢を立て直して距離を取ろうとするチャーロットであったが、セツナは迅雷の銃口を向けると逃げようとするチャーロットに向け引き金を引いた。放たれた銃弾はまだもう片方の手に残っている方の曲刀も弾き飛ばすだけに留まらず、相手の鎧の上で弾けダメージを与えてひっくり返した。

 

「あぐ、あぁぁぁっ!?」

「やぁぁぁぁっ!」

 

 倒れたチャーロットは直ぐに立ち上がろうとしたが、セツナはそこに追撃を仕掛けるべく一気に接近。飛び掛かりながら迅雷を振り上げ相手を叩き切ろうとするセツナであったが、その直後に2人の耳にジェムの攻撃によりダメージを受けたジェットグリムの悲鳴が響いて来た。

 

「ぐぉぉぉぉぉぉっ!?」

「ッ!! ボスッ!」

 

 彼の窮地にチャーロットは咄嗟に誘惑能力を発動。セツナの意識を一瞬だけ飛ばし、攻撃を空振りさせるとその間にセツナを無視してジェットグリムに近付いた。

 

「うあ……!?」

「ボスッ!」

「あっ!」

「邪魔ッ!」

「うぐっ!?」

 

 ジェットグリムに近付く前にジェムを何とかしなければならない。チャーロットは躊躇わずセツナに弾かれた曲刀を遠隔で操りジェムに向け飛ばす。急いで操ったからか精密性に欠けるが、それでもジェムの足を止める効果はあった。ジェムの意識が曲刀に向いている間に近付いたチャーロットは、彼女を殴り飛ばして膝をついたジェットグリムに肩を貸して立ち上がらせた。

 

「ボス、ボスッ! 大丈夫ですか、ボスッ!?」

「う、ぐ……あ、あぁ……何とかな」

「もう十分です、ここは退きましょう」

 

 そのまま遠隔操作で曲刀を操りジェムとセツナを足止めしつつその場から逃げ出そうとするチャーロットであったが、ジェムもセツナも彼らをこのまま逃がすつもりは無かった。

 

「鬱陶しいわねッ!」

「執筆忍法、氷遁の術ッ!」

【忍法、氷遁の術ッ! 達筆ッ!】

 

 セツナの氷遁の術でチャーロットの曲刀が地面から伸びる氷柱の中に閉じ込められた。如何に自在に動く剣でも、氷の中に閉じ込められてはどうしようもない。これでチャーロットの厄介な攻撃手段は封じられた。

 

「あぁっ!?」

「今がチャンス! ジェム!」

「仕方ないわね!」

 

 この好機を逃がす訳にはいかないというのはジェムとセツナの共通認識であった。故にジェムは、セツナからの声掛けにすんなり同意し、クオーツカットに戻るとセツナと共に必殺技を発動させた。

 

「私の輝きに、見惚れなさい!」

《Charge of Cut, Critical Quartz! Crystal crush!》

「必殺忍法、久遠瞬転撃ッ!!」

【忍法、久遠瞬転撃ッ! 達筆ッ!】

 

「いけない、ボスッ!?」

 

 ジェムのファントムクリスタルクラッシュと、セツナの久遠瞬転撃が同時に発動し、今正に逃げようとしているジェットグリムとチャーロットに放たれる。これは逃げる事は出来ないと察したチャーロットは、敬愛するボスを守ろうと咄嗟にジェットグリムを突き飛ばし2人の前に立ちはだかる様に両手を広げた。今からでは誘惑も意味を成さない。既に技を放った2人は、発砲された銃弾も同然だからだ。故にチャーロットは、己の体を盾として2人の必殺技を受け止める。

 

「「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」

「くっ!? あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?」

 

 何も遮るものも無く、2人の必殺の飛び蹴りがチャーロットに炸裂。直撃を喰らったチャーロットは悲鳴と共に爆炎の中に飲み込まれ、蹴りの反動を利用して距離を取った2人にはその姿が見えなくなる。2人はゆっくりと立ち上がりながら、目の前に広がる爆炎の中を見通そうと目を凝らす。

 

「……やったかな?」

「無事、とは思いたくないけどね」

 

 束の間2人は互いが本来敵同士である事も忘れて、強敵に対しどの程度ダメージを与える事が出来たかに意識を集中させる。あれ程の攻撃をまともに喰らったのだから、流石に無傷と言う事は無いだろうと期待しつつ、しかしもしもと言う時の事を考えて警戒は怠らない。

 

 程無くして視界を覆う程の炎と煙は風に流されてその先に広がる光景が見えるようになった。そこには、2人の必達技を受け止めてボロボロになったチャーロットの姿がある。

 

「うぐ……う、ぁ……」

 

 暫く立ち尽くしていたチャーロットだったが、流石に限界が来たのか前のめりに倒れ込む。それと同時に変身が解けたのか、ボロボロになりながらも派手めな格好をした長髪の女性の姿が露わとなる。

 

「あれがチャーロットの正体……」

 

 セツナが呟く前で、変身が解けたソフィアをジェットグリムが抱き上げた。

 

「無茶をする……だが助かったぞ」

「い、いえ……ボスが、無事なら……」

 

 他者を平然と犠牲にする者にも、一定の誇りはあるのだと言わんばかりの光景。しかし彼女達の行いで多くの人々が被害を受けたのは事実と、セツナはソフィアを捕えようとジェットグリムに詰め寄ろうとした。

 

「そこまでです! 逃がしはしませんよ」

 

 セツナの鋭い警告に、しかしジェットグリムは意に介した様子を見せない。軽く一瞥をくれると、何も言わずにセツナとジェムに背を向け立ち去ろうとする。そうはさせじとセツナとジェムが追いすがろうとするが、ジェットグリムの背中の翼が広がり熱が籠るのを見て慌てて距離を取った。

 

「マズい、離れてッ!」

「くっ!」

 

 急ぎ2人がジェットグリムの後ろから離れると、それと同時に猛烈なジェット噴射が全てを吹き飛ばした。あのままジェットグリムの後ろから近付こうとしようものなら、この噴射に逆に吹き飛ばされ焼かれていただろう。実際、噴射が通り過ぎた所は炭化しており恐ろしい熱量が放たれた事を見せつけていた。

 

 結局、チャーロットを無力化する事は出来たが肝心の中身は逮捕する事が出来ず、飛び去るジェットグリムを見送るしか出来なかった。ついでに言うと、このゴタゴタに紛れてカルネプラエドもまんまと逃げおおせたらしい。その逃げ足の素早さはジェムに勝るとも劣らない。

 

「逃げられちゃったわね。それじゃ、用事も済んだし、私はこれで失礼させてもらうわ」

 

 そう言って何事も無く立ち去ろうとしたジェム。だが彼女は数歩先に進んだところでピタッと足を止めた。それは背後からセツナが武器を向けて自身の逃走を阻止しようとしたからでも、ωチームやバリア達が合流してきたからでもない。寧ろその逆、セツナが何もしてこないからそれを訝しんでの事であった。

 

「……いいの? このままだと私、さっさと帰っちゃうけど?」

 

 生真面目なセツナであれば、標的を自分に変えて今度こそ捕えようとして来ても不思議ではないと思っていた。だがジェムはまだ彼女との付き合いが短いが故、彼女の……南城 唯と言う女性の事を理解しきれていなかった。故に、彼女はセツナが何故見逃すような真似をしているのかが分かっていなかったのである。

 

 不思議そうに訊ねてくるジェムに、セツナは変身を解きながら答えを口にする。

 

「恩を仇で返すほど、落ちぶれてないわ。今回はあなたに助けられた、本当にありがとう」

「だから私を見逃すって事? 言っちゃあ何だけど、少し甘いんじゃない?」

「分かってる。だけど、感謝も出来ない人間になりたくは無いし、それに……こう言うと変かもしれないけれど、あなたはそんなに言う程悪い人とは思えなくなってるし」

 

 唯の言葉に、ジェムも内心でかなり揺らいでいた。ジェム自身、唯の事を憎かったり煩わしく思う気持ちは無い。そうでなければ今回彼女を助けに来たりはしなかっただろう。ジェーンが出してきた条件はあれど、もし唯を邪魔に思うのであれば多少の不利益を被っても見捨てた筈だ。それをしなかったという事は、ジェムも唯の事を心の何処かで好ましく思っているからに他ならなかった。

 

 出来る事なら、今この仮面を外して本来の自分を曝け出したい。だがそれが出来ない理由が彼女にはあった。故にジェムは、石動 晶と言う本性を怪盗ジェムと言う仮面で覆い隠したまま唯の言葉に返す。

 

「ホント、甘いんだから……それじゃ、御機嫌よう」

 

 そう言って今度こそジェムはその場から姿を消した。唯がそれを見送っていると、やっと迂回し終えたωチームとバリアが合流してくる。彼らは唯の様子と周囲の痕跡から激しい戦闘があった事を察し、彼女の身を案じた。

 

「南城さん、大丈夫でしたかッ!」

「神宮寺さん。えぇ、無傷……とは言えませんけど、大丈夫ですよ」

「無事で良かった。ところで、ジェムは?」

「そっちはすみません、ゴタゴタに紛れて逃げられちゃいました」

 

 適当な事を言って誤魔化す唯。直前の様子から少なくともジェットグリムとチャーロットは確実に居たので、唯1人でどうにかするのは難しかっただろう事をナイトスコープは見抜いていた。だから今の彼女の発言も全てが真実と言う訳ではないのだろう事は容易に想像が出来たが、今その事をしつこく指摘するのは野暮かと追及はせず今は唯の無事だけを素直に喜んだ。

 

「何にしても、あなたが無事で良かったわ。ジェットグリム達も逃げられた?」

「はい。でも、チャーロットにはかなりの痛手を負わせたんで、その分大人しくなるかも」

「それは僥倖。それじゃ、帰るわよ」

 

 唯を引き連れこの場を離れるωチーム。

 

 その最中、唯はもう一度ジェムが去って行った方に目をやると、その光景を目に焼き付ける様に硬く目を瞑りそれ以上そちらを見る事無くジェムが去って行ったのとは逆の方に向けて歩いていくのであった。




という訳で第36話でした。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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