チャーロットから受けた攻撃による消耗から大分回復し、ベッドから自力で降りられるようになったジェーンは先日の唯の救出の礼として晶に次の狙い目となる相手の情報を彼女に教えようとしていた。スマホで晶にその事を伝え、ここに来てもらおうとしたのだが、その際のやり取りでジェーンは違和感を感じていた。
(晶ちゃん、変に元気が無かったけどどうしたのかしら?)
通話越しだが、声に張りが感じられず反応も何やら鈍かったような気がする。もしや体調を崩しているのかと問い掛けてみるも、心此処に在らずと言った様な返答ばかりでどうにも要領を得ない。取り合えずこちらには来るとの事だったが、放しているだけでも心配になる晶の異変にジェーンも困惑を隠せなかった。
「どうしました、ジェーンさん?」
そんな彼女の不安の様なものを感じ取ったのだろう。ベッドから出られるようになったとは言えまだ動くのに苦労するジェーンの手助けをする為訪れていた幹夫が問い掛ければ、彼に心配をかけてしまった自身を恥じ自らの頭を小突きながら笑顔を顔に貼り付けた。
「ん~、ちょっとね~。晶ちゃん元気無さそうだったから~、もしかして風邪だったりするのかな~って」
それは予想と言うよりも願望であった。晶に起きた異変が、何て事は無い些細なものが原因である事をジェーンは願っていたのだ。
だが暫く待ってやってきた晶の姿から、それは望めない事である事をジェーンは嫌でも理解した。明らかに憔悴しすぎている。普段の晶は他人と必要以上に関わらないようにする為意図して存在感を少なくしているのだが、今の晶はそんなレベルではなく吹けば消えるのではと言う程体にも心にも力が感じられない。ここまで来れたのが奇跡と思えるほどだった。
流石にこんな有様の晶にいきなり仕事の話を出来るほどジェーンも人の心が分からない程ではない。診療所に入って来た晶を先ずは診察用のベッドの上に腰掛けさせ、コーヒーを淹れて落ち着かせた。
「ちょっと晶ちゃんどうしたの~? 思ってた以上に元気がないじゃな~い」
「ん……そう?」
「取り合えずここ座って~。これでも飲んで~」
「ん……ありがと」
受け取ったカップには淹れたてで少し熱いコーヒーが注がれている。普段の晶であれば、息を吹きかけて軽く冷ましてから口を付けるのであるがこの日は違った。受け取って少し水面を見つめたかと思うと即座に口を付けたのである。
「……熱くない~?」
「ん……うん」
やっぱり何かが可笑しい。これは少し強引にでも話を聞かなければならないと、ジェーンはまだ重い体を動かして晶の顎に手を添え上を向かせると、彼女と目を合わせて赤い瞳を妖しく煌めかせた。
「う、ぁ……!」
「何があったの~? 話してちょうだ~い」
本当は晶相手にこんな強引な手を使いたくはなかったのだが、彼女の性格を考えると何があったか聞き出すまで押し問答が起こる可能性もあった。今の彼女にそれは精神的なストレスになると考え、それならば逆にストレスを感じず話す事が出来る催眠状態にしてしまった方が良い。
果たして、催眠状態となり酩酊したような晶の口から何が起きたのかを聞いてジェーンは頭を抱える事となる。
「実はこの間……マコちゃんに会ったんだ。S.B.C.T.の仮面ライダーバリア……あれがマコちゃんだったの」
「マコちゃん、言ってた。私の事、好きだって。こんな傷があっても、受け入れてくれるって」
「嬉しかった。凄く、凄く…………もう全部どうでもいいって思えるくらい」
「マコちゃんが受け入れてくれるって言うなら、私、もうジェムをやらなくてもいいかなって思ったんだけど…………」
何が起きて、何を考えたのかを話していく晶。真剣な表情でそれを聞いていたジェーンだったが、突然晶の言葉が止まり怪訝な表情になる。
「?……晶ちゃん?」
「う、あ、ぁぁ……!?」
ジェーンが声を掛けると、晶が次第に震え出した。流石にこれはマズいとジェーンが押さえ付けようとするが、それよりも早くに晶が全身を震わせ引き攣った様な顔になりながら言葉を絞り出す様に紡ぎ始めた。
「だ、だだだ、だめだめだめ……た、たたた、たたかわないと…………ぱぱ、ぱわーじゅえる、ああああ、あつめない、と……まま、まこちゃんにきらわ、れれれれ……」
「晶ちゃんッ!? くっ!」
「あがっ!? あ……」
壊れたスピーカーの様に声を震わせ、口の端から泡を吹きながら焦点の定まらない目を虚空に向けながら言葉を紡ぐ晶。これ以上話を続けさせると最悪晶の精神に悪影響が出ると、ジェーンは強制的に晶の意識を刈り取るべく手刀を首筋に落とした。絶妙な力加減で振り下ろされた手刀は必要以上の負担を掛けずに晶の意識を奪った。力無く倒れる晶の体を支え、診察用ベッドの上に優しく寝かせるとジェーンは重い溜め息を吐き出した。
「はぁ~~~~……」
「今の何ですか?」
晶の異変は、奥に控えていた幹夫も見ていた。彼の目から見ても明らかにおかしな晶の様子に、ジェーンに何事が起きているのかを訊ねれば彼女は珍しく深刻そうな顔をして答えた。
「……パワージュエルの影響が心の奥深くまで進んでる。精神の奥深くに根付いてるから、下手に手を出すと晶ちゃん自身に悪影響が出るかも。これはちょっと私の能力を使っても簡単に取り除く事は出来ないかもね」
この言葉には幹夫も素直に驚いた。彼が知るジェーンは彼女が死体から蘇って少しの頃でしかないが、当時から彼女の能力は凄まじいと感じていた。その彼女が白旗を上げるほどとは、晶に起きている問題はそれだけ深刻だという事に他ならない。
「……どうするんですか?」
幹夫が探る様に訊ねれば、ジェーンが苦虫を噛み潰したような顔になりながらベッドの上の晶の頬を優しく撫でつつ答えた。
「……パワージュエルの第三段階は宿主になった人からヤジュエルが飛び出す。その時に体力と精神力をかなり持っていかれるけど、同時にそれまでの悪影響も全部持っていかれる。ここまで来たら第三段階を最後まで進ませた方が良いかもね」
「でもそれって彼女にかなり負担が掛かるんじゃ……」
それだけではなく、晶ほどの強い願望を抱いた者の精神から生まれたヤジュエルがどれ程の力を持つか予想出来ないという問題もあった。きっと飛び出したが最後、大きな障害となる事は間違いない。これが第三者であれば完全に第三段階に至る前に晶が倒してしまえば最悪の事態は避けられるのだが、今回そこに至りそうなのは晶自身なのだからどうしようもない。他にパワージュエルの影響を浄化できる力を持つ者は居ないのだから。
「負担はこの際承知の上よ。今できる事は晶ちゃんが少しでも安定していられるよう、適度にケアしてあげる事くらいね」
そう答えつつ、ジェーンはふむと考え込んだ。自分も晶をサポートする為に全力は尽すが、こんな状態では何処まで力になれるか分からない。自分が動けない時に彼女の支えとなってくれる人が誰か必要だ。
それが誰かと言えば……晶にとって希望となれるのは1人しか居ない。
「神宮寺、誠……か」
「神宮寺さんがどうしました?」
「ん、うん……彼なら晶ちゃんを支えてくれる人になるかなって」
晶が入れ込む人物だし、先程の話だと再会した際に互いの気持ちを認識できた。きっと彼なら弱った晶を支えてくれる筈だ。戦場で何度か見た時の印象も、決して悪いものではなかった。
そうと決まれば、一度別の形で接触しておくべきかもしれない。ジェーンは方針を決めると、先ずはベッドの上で眠っている晶を起こす事から始めた。
「晶ちゃ~ん、起きて~」
「ん、んん…………」
肩を優しく揺すりながら声を掛けると、晶は小さく呻きながらゆっくりと目を開いた。その目には先程見られた異常な様子はなく、正気に戻ったと思しき晶は何故自分が診察用のベッドの上で寝ていたのかが分からず困惑した様子だった。
「あ、あれ? 私、何でここで寝てるの? えっと、私確か…………」
一番新しい記憶を発掘しようとする晶であったが、それよりも早くにジェーンが彼女の両頬を優しく包む様に両手で掴んで顔を上げさせ、鼻先が触れ合う程に距離を近付け再び催眠光を目から放つ。
「大丈夫よ~。晶ちゃんは~、何も不安に思う必要は無いの~」
「何も……不安に思わない……?」
「そうよ~。今日ここには~、何時ものお薬を貰いに来ただけだから~」
「薬を……貰いに来ただけ……」
晶に催眠で偽りの記憶を刷り込みながら、ジェーンはやはりと頷いた。先程の状態に至ったのは心の奥底を探ろうとして、彼女の精神に宿った存在が抵抗した結果なのだ。逆に言えば、表面上の精神に手を加える程度であれば何の問題も無い。根本的な解決になる訳では無いが、少なくとも晶の心に掛かる負担を外から手を加える事で減らす事は出来ることがこれで確認できた。
自身の仮説が証明された事に満足しながら、ジェーンは晶に何時もの薬を持たせ帰らせた。診療所を出る頃には晶は何時もの様子に戻り、ぶっきらぼうな挨拶をしながら帰っていった。
「それじゃ、世話になったわ」
「は~い、また来てね~」
診療所の入り口で晶を見送ったジェーンは、彼女の姿が見えなくなると即座に診療所の中に戻り次に晶が狙うべきターゲットに関する情報を集め始めた。
「少し休んだ方が良いんじゃないですか? ジェーンさんだって万全じゃないでしょ?」
「私は別にどうでもいいの。
「何をしましょう?」
首を傾げる幹夫に、ジェーンは半ば押し付けるように一枚のメモ用紙を受け取らせた。
「警察署の対策室の人達に、この場所の事を教えてあげて。ここが次にジェムに狙われる可能性がある……ってね」
言われて渡されたメモ用紙にはとある美術館が記されていた。それを受け取った幹夫はジェーンの狙いを見抜いた。S.B.C.T.に事前に準備をさせて、敢えて晶を追い詰める事で第三段階のヤジュエルの羽化を促すつもりなのだ。今は一刻も早く晶の中に巣食うヤジュエルを追い出さなければならない。その為には、多少手荒であっても晶を追い詰める必要があった。
ただこれには一つ問題がある。幹夫が変に疑われる危険があるのだ。
「僕、ヤジュエル絡みで顔を出してるだけで対策室の人間って訳じゃないんですよねぇ。そんな僕がこんな情報を持っていったら、逆に変に疑われたりしませんか?」
「あら、ヤジュエル絡みで関わってるなら、寧ろこの情報は好都合じゃない。パワージュエルに関わった人の性格が豹変するって情報はあっちも掴んでるんでしょ?」
「みたいですけど……」
「じゃあ何も問題はないわね」
有無を言わさぬジェーンの言葉に、幹夫は観念したように受け取ったメモ用紙を懐に仕舞い外へと向かっていった。
「分かりました。精々上手く言いくるめて、あの人達に色々と準備してもらいますよ」
「お願いね~」
気付けばジェーンの雰囲気は何時もの掴み処のない物に戻っていた。その変わり身のさり気無さはまるで実態を持たない幻の様である。元が何処の誰かも分からない存在だった彼女と言う存在を考えれば、なるほど彼女は幻の様な存在であると言えなくも無いのかもしれない。
そんな仕方の無い事を考えながら出て言った幹夫を見送ったジェーンは、途端に顔色を悪くしてシンクに向かうとそこに顔を突っ込む様にして胸の内に抑え込んでいたモノを全て吐き出した。
「げほっ!? げほげほっ!? ぐぶ、ぐぇぇ……」
吐き出されたのは血が混じった吐瀉物であった。チャーロットから受けた攻撃の影響が未だに後を引いているのだ。体の内側の崩壊が止まらない。
「はぁ、はぁ!? う、ぐ……」
それでもジェーンは生きる事を諦めなかった。体を引き摺って部屋に戻り、冷蔵庫の中の稀血を飲んでエネルギーを補給し自身の肉体を活性化。崩壊よりも再生を上回らせ、悪影響を打ち消そうとしていた。
何時死ぬかも分からない日々。例え死んだとしても、どうにかできる策は用意されていた。だが当然リスクもあるので、安易に切りたい手札ではなかった。その為に必死に足掻く事の、何と辛く、そして…………何と楽しい事か。生きる為に足掻く、これ以上に幸せな事はない。
「フフッ……死なないわよ~、私は~」
必死に生き足掻く楽しさに、土気色になった顔に笑みを浮かべながらベッドに倒れ込む。そしてそのまま、泥の様に眠りにつくのであった。
***
一方、負傷したソフィアを引き連れて逃げ伸びたジェットグリムは同じく負傷した五右衛門と共に新たなアジトに身を潜めていた。今度のアジトは郊外に存在しており、不便ではあるがその分見付かりにくい場所でもあった。
そのアジトの一室にはベッドが置かれており、ジェムとセツナの攻撃からジェットグリムを庇ったソフィアが寝かされている。ボスは自分を守る為に負傷したソフィアを気遣う様にベッドの傍に膝をつき、目線を彼女に近付けて労った。
「大丈夫そうか?」
「はい♪ こうしてボスが来てくれるだけでソフィアは満足です!」
「そうか。何か足りない物があれば遠慮なく言え。そして傷を癒す事に集中しろ」
そう言って優しく頬を撫でれば、ソフィアはくすぐったそうに目を細めて喉の奥から満足そうな唸り声を上げる。一頻り彼女を撫でたボスは名残惜しそうにする彼女の視線を背に受けながら部屋から出て、後の事を比較的負傷が軽い五右衛門に任せた。
「少し出る。ソフィアの事は任せた」
あんな女の世話をするなんて正直御免ではあるのだが、ボスからの命令では仕方が無いと五右衛門は大人しく従った。
「分かりました……ですがボスはどうするんです? 失礼かもしれませんけど、幾らボスでも連中の相手を1人でするのは……」
特に厄介なのはジェムとセツナの間に一定の連携が生まれつつあることだった。犯罪者ではあるが行動には一定の正義があり、特に無関係な人を助ける為に動くジェム。そして逮捕や捕縛と言う制約に必ずしも囚われず、自身が見て感じた正しさを信じて動くセツナ。この2人は必要とあればすぐに手を組み、共に相手を翻弄する事を得意としている為ただ手を組むというには面倒にも程がある組み合わせとなった。
潰し合いも難しくなりつつある状況、ボスはどうやって切り抜けるのかと五右衛門が問い掛ければ、彼は何てことは無いという様に答えた。
「何、問題はない。ジェムの天下もそう遠くない内に終わる」
「それは……どう言う?」
「まぁ見ていろ」
それだけ告げるとボスは何も言わずにその場を立ち去った。その後ろ姿に首を傾げながら、ボスなら何とかするだろうという信頼に疑念を捨てた五右衛門はソフィアが居る部屋を睨み付け忌々し気に溜め息を吐くのであった。
***
晶との再会を果たし、そして互いの想いを伝えあう事が出来た誠はと言うと、以前までに比べて大分雰囲気が柔らかくなった。これまでは晶に認められたい、晶と距離を戻したいと言う焦りに突き動かされていた。それもあって余裕の無い日々を送っていた彼ではあるが、その不安が払しょくされると一気に雰囲気が丸くなった。だらけているという程では無いが、これまで張りつめていた反動か緩い雰囲気を纏う事が多くなっていたのだ。
その変化は傍から見ても容易に気付けてしまえるほど。円はそんな彼に気を引き締めるよう釘を刺す事を忘れなかった。
「♪~~、♪~」
「随分とご機嫌ね?」
「あっ、た、隊長っ!?」
小さく鼻歌を歌う程に上機嫌な誠だったが、隊長の前では流石に浮かれてはいられないのか慌てて背筋を伸ばし敬礼をしてみせる。まるで新兵の様な姿に、円は苦笑しながら手を軽く上げて休ませると何が彼をそこまで浮かれさせているのかと事情を訊ねた。
「それで? あなたがそんなに浮かれるなんて珍しいじゃないの。何か良い事でもあった?」
「あ、えっと……はい」
あまり公言する事は憚られたが、かと言って何も言わない訳にはいかない為、誠は先日の晶との再会の顛末を掻い摘んで説明した。
「前々から時々言ってた、別れた幼馴染と先日再会出来まして。で、久し振りに話して、仲直りできたと言いますか……」
初々しさすら感じさせるほど恥ずかしがりながら説明する誠。それを見た円は何やら我が子を見守る親の様な顔になっていたが、その事に気付いた者はおらず話を聞いていたビートが囃し立てた。
「おっ! もしかしてそのまま抱いちまったか?」
「な、何言ってんだ旦那ッ! ま、まだ再会出来たってだけの話だぞ? それなのにいきなりそこまで……」
慌てて否定する誠であったが、2人が再会した現場に居合わせていた唯はちょっと揶揄ってやろうとその場で起こった出来事をこの場で暴露した。
「私が居なかったら押し倒してたんじゃないですか? だって神宮寺さん、告白の勢いで石動さんとキスしようと――」
「わっ!? わーわーっ!?」
唯の暴露に誠が慌てて遮ろうとするが時既に遅し。ビートを始め仲間の隊員達が口笛を吹いたりと囃し立て、円ですら意味深な笑みを浮かべていた。
そんな和気藹々とした対策室に、訪問する者が居た。静かに扉を開いて入って来たのは初老の男性。見覚えのない人物の入室に唯が首を傾げるが、見に纏っている制服を見て男性が円達S.B.C.T.の関係者であると気付いた。
S.B.C.T.の制服を纏った男性は、対策室の中の様子を見渡し表情を変える事無く口を開いた。
「随分と楽しそうだな?」
「あら司令。やっとお出まし?」
「諸々の処理が終わってな。前線に出て戦うお前らに比べて、こっちは時間が掛かって大変だよ」
初老の男性……牧田は円と軽く雑談を交わしたが、すぐに表情を引き締めると本題に入った。
「さて、気を緩めていられる時間もそろそろ終わりだ。仕事の話をするぞ」
牧田の言葉に室内の雰囲気が引き締まり、背筋を正して椅子に座る。室内に走る緊張は普段そんなに大きな事件に遭遇する事のない警察官2人には刺激が強く、緊張からしきりに唾を飲んだ。
「先日の戦闘では全員ご苦労だった。特に南城さん、あなたには本当に感謝している。構成員の確保が出来なかったことは残念だが、連中の戦力を一時的とは言え大きく削ぐ事が出来たのはある意味で快挙と言ってもいい。御協力に感謝しています」
「そ、そんなっ! 私は自分がするべき事をしたまでですし、それに……あれは私1人の力じゃありませんから」
チャーロットに大ダメージを与える事が出来たのはジェムが協力してくれたからだ。彼女が自分を拘束から解放してくれて、装備を取り返すのを手助けしてくれ、共に敵に立ち向かってくれた。ジェムとは敵同士と言う立場であるが、唯自身はジェムに対してそう悪い気持ちを最早抱いてはいなかった。
後になって事の顛末を聞かされた円達の表情は様々だ。何やら深く考え込む者も居れば、複雑そうな顔をしている者も居る。誠なんかは完全に後者だ。彼はジェムも一括りに悪党と定め情状酌量の余地無しと断じている為、自分達よりも先に唯を助けた事にとても複雑な気持ちになっていた。
すると…………
「ですがジェムは所詮犯罪者です。そんな相手に何時までも好き放題される訳にはいきません」
「えっ?」
そんな言葉と共に部屋に入って来たのは、今度は警察の制服に身を包んだ男性だった。その男性を見た瞬間、剛は目を見開きその場で立ち上がった。
「み、
新たにやってきた人物は三門と呼ばれる人物だ。警視正とは警察組織で上から三番目に偉い人物であり、組織の中でもごく僅かの0.2%だけしか存在しない役職である。かなりの大物の登場に生真面目な誠も唯もギョッとした様子で目を見開く。
ただし円と恐らくは部屋の前まで先導してきたのだろう牧田だけは特に動じる様子を見せない。特に円は淡々とした様子で警視正ほどの大物がこの場に居る事について牧田に訊ねた。
「随分と大袈裟ね? 警視正ほどの相手が出張るほどの何かがあったのかしら?」
円の問い掛けに牧田が答えようとするのだが、それより早くに三門がその質問に答えた。
「我々警察にも威信と言うものがあってですね。犯罪者を長々と放置して逮捕できませんでは市民に対して示しがつかないんですよ」
「ですが、ジェムは……」
三門の物言いに反論しようとする唯であったが、彼はその言葉を無視して話を続けた。
「ですので、次こそは皆さんωチームに本気で臨んでいただきたい」
「こっちは一応毎度本気ではあるんだけれどね」
「隊長、抑えてくれ。だが警視正の仰ることも尤もな為、次の戦闘ではジェムの捕縛を第一に臨んでもらいたい」
「ジェム捕獲作戦……と言う事ですね」
遂にジェムにωチームが本気で矛先を向けた。これまではジェットグリム達が居た為そちらへの対処もあり本気になり切る事が出来なかった。だが皮肉な事に、ジェムがセツナと共にチャーロットとカルネプラエドを退けてしまった為、対策室にジェムに注力する余裕を与えてしまったのである。
自分の戦いが結果としてジェムを不利にしてしまう事に、唯の心境は複雑であった。
「……ッ」
俯きがちになり口を噤む唯。三門は構わず話を続けた。
「差し当たって、対策室の皆さんには次の戦いでジェムを何としても捕縛していただきます。これは、日本警察からのS.B.C.T.に対する正式な依頼です」
そう言って三門が牧田に1枚の書類を手渡し、受け取った牧田は書面を上から下まで隈なく見渡し頷いた。
「ご依頼、確かに承りました。こうまで言われるのであれば、こちらとしてもジェムの捕獲に全力を尽くす所存です」
「お願いします。あの犯罪者を、何としてでも捕らえてもらいたい」
「最善を尽くします。で、だ。次にジェムが狙うと思しき宝石についてだが……」
話が次にジェムが現れるだろう場所への議論に移ろうとしたその時、雰囲気をぶち壊す様にやってくるのはこの男であった。
「はいはいはーい! それなら耳寄りな情報がありますよっ!」
「うわっ……」
「また出たよ……」
忙しなく部屋に入って来たのは幹夫であった。あいも変わらず変なテンションの彼は、警視正と言うオフィシャルな相手が居る事も構わずズカズカと部屋に入ると手にした書類を一目散にアイリスに持って行った。
「これこれ、これです」
「な、何ですかこれ?」
唯我独尊と言った幹夫の勢いにアイリスも気圧されつつ、渡された書類に目を通した。最初こそ怪訝な顔をしていたが、しかし書類の内容に目を通していく内に眼鏡の奥の目に力が籠っていく。彼が持ってきた書類の内容はそれほどの物だったのである。
「こ、これ……! あの、これ何処で?」
「嫌ですねぇ? 僕だって自分なりにパワージュエルに関わりがありそうな異変とかを地道に調べ上げたんですよ? 何かここの人達、僕の事を露骨にハブってるみたいで待ってるだけじゃ情報が入ってこないんで」
幹夫は性格がこれなので、対策室でも割と敬遠されていた。唯は苦笑いを浮かべる程度であったが、九朗は割かし顔にハッキリと面倒臭いという思いが出ているし、ωチームの隊員にも彼を避けている者が居た。それも仕方ないだろう。常日頃から変なテンションな上に、話し始めるとこちらが理解していようがいまいがズンズンと話を進めるのだ。こんな人間と必要以上に近付きたいと考える者は少ない。典型的な嫌われやすい男である。
尤も幹夫自身、自分が避けられやすい性格をしているのは理解していた。直すつもりは毛頭なかったが。
「アイリス、勝手に驚いてないで。こっちにも内容を教えて頂戴」
「あっ!? す、すみませんッ! えっと、内容ですが……パワージュエルを所持している可能性が高い人物と場所に関する情報です」
円に促されアイリスが手元のノートパソコンを操作する。そして書類に掛かれていた内容を分かりやすい形にすると、机の上でノートパソコンを回転させディスプレイが全員に見える様にする。ディスプレイには1人の男の顔写真と地図が表示されていた。
「男性の名前は
写真に写っているのは見るからに根暗そうな男の顔だった。聞くところによると元々籠りがちな性格だったらしく近所付き合いも良い方ではなかったようだ。しかし数週間ほど前、彼は突然人が変わった様に荒々しい性格になった。特に家に近付いてくる者に関しては凄まじい敵意を向け、場合によっては窓越しに目があっただけで飛び出して胸倉を掴み上げてくるほどだとか。今となっては誰も彼の家には近付かず、周辺の雰囲気も悪くなってきているようだ。
突然の性格の豹変は確かにパワージュエルの特徴と合致する。これをジェムが狙ってくる可能性は高いだろう。後はジェムがこの男の存在を知って予告状を出せば…………
「問題はジェムが何時どうやってこの男の事を知るかですね」
「確かに……ジェムがこの男の存在を知る事になる可能性は高いが、何時来るか分からなければ備えようがない」
康太のコレクションを狙ってくると仮定してどう対策を立てるかで話し合う対策室。するとそれまで室内の様子を眺めていた三門が口を開いた。
「何も律儀にジェムが予告状を出すのを待たずとも、出てこざるを得なくさせてしまえばいい」
「どう言う事ですかな?」
牧田の疑問に三門が答えるが、その内容は驚愕すべきものであった。
何と、彼は偽の予告状を大々的に出す事でジェムを炙りだそうとしているのである。
「偽の予告状をこの男の所とメディアに出せばいい。こちらの指定した日にジェムが来るようにすれば、対策の取りようは幾らでもある」
「こっちで騒ぎをでっち上げようってのか?」
「それどうなんだ?」
「自発的に騒ぎを起こすのは流石に……」
この案に対しては否定的な意見が目立った。囮を使うという程度であればまだいい。しかしこれは世間に余計な騒ぎを起こしてしまう。治安を守るべき組織が治安を乱す様な選択をする事に、特に反論が激しかったのは唯であった。咄嗟に立ち上がり反論の言葉を口にした。
「ちょっと待ってくださいッ! それは流石に卑怯と言うか、我々がしていい事のラインを越えていますッ!」
「ではジェムのアジトに殴り込みを掛けますか? 奴の居場所は?」
「そ、それは……」
言外にジェムの足取りを追えていない唯を糾弾する三門の言葉に、唯も反論すべき言葉を失ってしまった。彼女が早くジェムの居場所を突き止めてしまえばそこにこちらから殴り込みを掛けに行けるというのに、それが出来ないのは偏に彼女の力不足も無関係ではない。それを理解している唯は言葉に力を無くし、引き摺り落とされるように椅子に腰を下ろす。肩を落とした彼女を誠がフォローする中、円は鋭い視線を三門に向けつつ口を開いた。
「仮にその案を実行に移すとして、警察からフォローはしてもらえるんでしょうね? 具体的には周辺の安全確保とか」
「無論です。市民の安全は最優先に行動しますよ」
「…………分かった。いいわ、これで行きましょう」
不承不承と言った感じで頷く円。今度は誠が立ち上がり不満を漏らすが、円は彼を静かに宥めた。
「隊長、ですがそれはッ!」
「分かっている。あまり褒められたやり方ではないわ。でも考えを変えれば遅かれ早かれよ。ジェムはそう遠くない内にこの男の存在を知り、盗みを働きに動く。あちらに主導権を握られて対応が遅れて被害を出すくらいなら、こちらから動いた方が被害が少なく済むわ」
そうとでも思わなければやっていられない。そもそも何時までもジェムやジェットグリム相手に関わり続ける訳にはいかないのだ。世界では今も様々な特異生物による事件が起きている。その事件の裏で暗躍している裏組織や傘木社の残党を狩る為には、今回の事件を少しでも早くに終わらせなければならないのだ。誠もそれが分かるのか、納得は行かないという顔をしつつ大人しくなった。そして彼が大人しくなると他に反論しようという者も居なくなるのか、対策室の中は束の間静寂に包まれる。
三門はその様子に満足そうに頷くと、早速この作戦を実行に移すべく踵を返した。
「では、偽の予告状はこちらで何とかします。ωチームの皆さんにはジェムが出てきた時の為の備えをよろしくお願いします」
「了解……」
悠々と対策室を出ていく三門。その背に唯やωチームの、特に円の視線が強く突き刺さっていたが彼はそれを気にした様子も無く無情に扉を閉めるのであった。
という訳で第38話でした。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。