仮面ライダージェム   作:黒井福

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第4石:妖しい宝石

 夜も更け、月と星が夜空に宝石のようにちりばめられた時間帯……

 

「ハァァッ!」

「フッ!」

 

 あるビルの屋上で、怪盗とくノ一が激しい攻防を行っていた。

 

 晶が変身したジェムが右手に持ったファントムシューターで発砲しながら接近しつつ左手に持ったファントムエッジで斬りかかる。唯が変身したセツナは迫る銃弾を苦無で弾きつつ回避し、接近を許すと振り下ろされた刃をバク転して回避しつつお返しに複数の手裏剣を投げつけた。

 

「このっ!」

「おっと!」

 

 ジェムの体の中心を狙って放たれた手裏剣は狙い違わず飛んでいったが、彼女は余裕を感じさせる動きでマントを翻しながら回避する。そして手裏剣を投擲したばかりのセツナに、再び発砲して動きを止めさせた。

 

「くぅっ!?」

 

 今度の銃撃は捌き切る事が出来ず、数発の銃弾が彼女の体の上で弾ける。撃たれた衝撃と痛みに動きを止めたセツナに、ジェムは接近すると追い打ちをかけるように飛び蹴りを放ち彼女を屋上の上に押し倒した。

 

「はぁぁっ!」

「あぁっ!?」

 

 屋上の上で倒れたセツナは蹴られた胸と打ち付けた背中の痛みに視界が歪むのを感じたが、それを何とか堪えて起き上がろうとした。だがジェムはそれを許さず、そのまま彼女の腹を踏みつけて身動きを封じると銃口を向け動けない彼女に何発も銃弾を叩き込んだ。銃声が響く度にセツナの体の上で火花が散り、周囲に悲鳴が響き渡る。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 銃弾が体を穿つ痛みにセツナは体が勝手に跳ねた。痛みから逃れようと体を捩るが、ジェムが腹を踏みつけて押さえられているため逃れる事が出来ない。容赦の無い銃撃を叩き込み、セツナの抵抗する力を奪ったジェムは何発も銃撃されボロボロになったセツナを見下ろし、動かなくなったのを見ると銃口を下げた。

 

「ふぅ……」

「う、ぁぁ……はぁ、はぁ……」

 

 最早指一本動かす事すら出来ない様子のセツナから、もう脅威は感じられない。とは言えまだ意識はある様なので、ジェムは確実に障害を排除しようとファントムシューターのシリンダーを横に倒してパワーシトリンを読み込ませようとした。

 

 その瞬間、仮面の下で唯は目に力を込めた。彼女は待っていたのだ。ジェムが決定的な隙を晒す瞬間を。

 

「くっ!」

「ん? あっ!」

 

 気付けばセツナは手に何時の間にか忍筆を握っていた。忍びについて詳しくはないジェムではあったが、変身する際などに筆を使っていたのを見ていた為それがセツナの力の源であると察していた。それを今彼女が振るおうとしている光景にマズいと止めようとしたジェムであったが、セツナが術を使う方が早かった。

 

「執筆忍法、雷遁の術ッ!」

【忍法、雷遁の術ッ! 達筆ッ!】

 

 刹那が術を発動させると、強烈な電撃がジェムの体を焼きながら吹き飛ばした。全身を電撃が貫き焼かれる痛みに、今度はジェムの方が悲鳴を上げながら吹き飛ばされ屋上の端まで吹き飛ばされてしまった。

 

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? がはっ!? ぐ、ぅぅ……」

 

 全身を電撃で焼かれた痛みに、ジェムの体が本人の意思に関係なく痙攣し体を上手く動かせない。それでも何とか精神力で体を動かし膝をつきながらも体を起き上がらせると、ジェムの首筋にセツナの苦無の刃が突き付けられる。

 

「うっ!?」

「動かないで」

 

 こうも首筋に刃を突き付けられては、ジェムとしても迂闊に動く事は出来ない。首筋に刃が押し付けられる感触に冷や汗をかきながら、それでも彼女は尚も反抗的な目をセツナに向け続けていた。彼女はまだ諦めてはいない。

 

 ジェムの視線にはセツナも当然気付いている。何度か戦闘を経験してきたセツナだが、彼女は今までで一番の強敵であった。決して油断する事は出来ない。故に彼女はまず武装解除させ、抵抗する力を奪おうとした。

 

「武器を捨てて、ゆっくり手を上げて」

 

 言われるままにジェムは手に持つ武器を手放し、床に銃と剣が落ちる音が静かに響く。だが武装解除させられたと言うのに、仮面の下で彼女は小さく笑みを浮かべていた。何も知らないが故に仕方が無いが、手を開かせてくれた事は彼女にとって有利に働く。

 

 ジェムはそのまま言われるままに手を上げて立ち上がる……ように見せかけて、自由になった左手でベルトのレバーを引きバックルの円盤を回転させて右手の指輪を研磨した。

 

「えッ!?」

 

 何をするのかと思う間もなく、次の瞬間目も眩むほどの閃光がセツナの視界を覆い尽くした。突然の激しい光に思わず顔を手で覆ってしまい、視界が明滅する中で何とかジェムに攻撃しようと苦無を振り下ろした。

 

「うあっ!? くっ、このぉっ!」

 

 研磨された宝石から飛び散った粒子が舞う中、セツナの苦無がまだ膝をついているジェムに迫る。だが苦無が直撃するかと思った次の瞬間、彼女の体は弾ける様にかき消えてしまった。

 

「!? 空蝉ッ!?」

 

 その様子は彼女が使う忍術である空蝉の術とそっくりであった。慌てて周囲を見渡し逃げたジェムの姿を探すが、そんな彼女の周囲に何人ものジェムの姿が浮かび上がる。何かされる前にと手近のジェムに苦無で斬りかかるが、先程のジェムと同様攻撃が命中するとその姿は弾ける様に消えてしまった。

 

「くっ、だったらッ!」

 

 1人1人相手にしていては埒が明かない。業を煮やしたセツナは、周囲のジェムを纏めて吹き飛ばすべく忍筆を振るい術を使用した。

 

「執筆忍法、風遁の術ッ!」

【忍法、風遁の術ッ! 達筆ッ!】

 

 選択したのは広範囲への攻撃に長けた風遁の術。彼女の夫も得意とする術は、目に見えぬ刃となって周囲のジェムを次々と切り裂いていく。あっという間に数を減らしたジェムの幻影だったが、風が止んだ時その場に居るのはセツナ1人だけであった。

 

「ッ!? 何処? 彼女は何処に……ハッ!」

 

 ふと気配を感じて視線を上に向ければ、月の浮かんだ夜空をバックにジェムが貯水タンクの上に佇んでいるのが見えた。ジェムは傷付いた体を片手で押さえながらセツナの事を見下ろし、セツナはジェムが何をしてきても対応できるようにと右手に苦無、左手に手裏剣を持ち身構える。

 

 暫し互いに睨み合っていた両者。だが不意にジェムが視線を先程見ていたホテルに向けると、溜め息を一つ付き戦意を霧散させセツナに背を向けた。

 

「……悪いけど、私は何時までもあなたの相手をしていられるほど暇ではないの」

「何ですって?」

「とは言え今夜は色々と準備不足。あなたとは次の機会に決着を付けましょう」

 

 そう言うが早いか、ジェムはバク転してビルから飛び降りた。

 

「! 待ってッ!」

 

 慌ててセツナが後を追い、屋上の縁に近付くと下を見た。今正に落下しつつあるジェムは落ちながら屋上に留まるセツナの事を見上げ、そのまま光と共に姿を消してしまった。どれだけ探してもジェムの姿は見当たらない。どうやら完全に逃げられてしまったようだ。

 

「~~~~ッ、はぁ……」

 

 捕らえるべき対象に逃げられてしまった事に、セツナは怒りと悔しさを溜め息と共に吐き出し項垂れると変身を解いた。元の姿に戻った唯は、変身による強化が無くなった事でドッと押し寄せてきた疲れと痛みに顔を顰め床に引っ張られるようにその場に腰を下ろした。

 

「うっ!? い、つぅ……あれが仮面ライダー……怪盗ジェム」

 

 ジェムは自分の事を怪盗仮面ライダージェムと名乗っているようだが、唯は彼女を仮面ライダーとは認めていなかった。仮面ライダーとは誰かの為に戦う者の事を言うのであって、世を騒がせる者が名乗っていい名前ではない。それは彼女の夫の千里の様に、誇りをもって仮面ライダーを名乗る者を侮辱している。

 

 だが同時に、その実力は確かであった。忍びとしてはやっと新米から脱却したばかりで経験上はまだまだ未熟とは言え、相手を翻弄する事を得意とする忍びである自分が逆に翻弄されてしまった。忍術とは違うが同様に他者を惑わす能力と、それを活かした戦いのセンスは本物である。

 悔しいが、唯は自身の力不足と今回の敗北を認めない訳にはいかなかった。

 

「……でも、この次はそうはいかないから」

 

 唯は決意を新たにすると、痛む体に鞭を打って立ち上がると次の戦いに向けて準備すべく踵を返して仮住居へと戻るのであった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 翌日、晶は体に残る痛みと共に目を覚ました。

 

「うぐっ、つつつぅ……」

 

 痛みの原因は1つしかない。昨夜戦ったセツナから受けた電撃の影響がまだ残っているのだ。不意打ち同然に放たれた電撃を諸に喰らってしまい、体の内外に傷を負ってしまった。幸い変身した状態で受けた傷だった為痕が残るような事は無かったが、それでも痛い目に遭わせてくれたセツナに対して晶は怒りを感じていた。

 

「くそ、あの忍者女……!」

 

 苛立ちながらベッドから出た晶は、シャワーを浴びて汗を流すとそのままキッチンに向かい冷蔵庫の上のピルケースから錠剤を数粒取り出しコップに注いだ水で一息に飲み干した。薬を飲むと、先程まで荒れ狂っていた気持ちが大分落ち着いた。

 

「ふぅ……」

「晶……」

「ん? あぁ、父さん。おはよう」

 

 薬を飲んで一息ついていると、不意に真也から声が掛けられる。実は晶がキッチンに来た時には既に朝食の準備の為に居たのであるが、セツナに対する怒りに視野が狭まっていた晶は彼の存在に気付かなかった。

 因みにシャワーを浴びてそのままキッチンに直行した為、この時の晶も全裸にタオルを引っ掛けただけのあられもない恰好であった。真也は年頃でプロポーション自体はそこらのグラビアアイドルにも負けていない娘が、家の中とは言え恥じらいも無く裸体のまま歩き回る姿に何とも言えない顔になりながら窘めた。

 

「あぁ、おはよう。だけど晶? 何度も言うようだけど、年頃の娘がそんな風に満足に服も着ないで歩き回るんじゃない。家に居るのはお前と俺だけとは言え、外から誰かに見られないとは限らないんだから」

 

 言いながら真也はリビングのカーテンを閉めた。朝日を入れる為開けられていたカーテンの向こうには道路を挟んで向かいの家が見える。幸いな事にお向かいさんはまだ起きていないのか窓辺に人の気配は感じられないが、晶がこんな姿で家の中をウロウロしていたら何かの拍子に見られる危険性がある。大切な愛娘の柔肌を、お向かいさんとは言え他人の目に晒すような事は看過できない。

 

 小言を言われた当の本人である晶はと言うと、父からの小言を欠伸と共に嚙み殺してあまり関心も無さそうにしながら着替えるべく自室へと戻っていった。そして下着を着け、適当な衣服に袖を通しリビングに戻ると、真也が並べてくれた朝食に手を付けた。

 

「いただきま~す」

「はい、どうぞ」

 

 トーストにバターを塗り、齧りつきながら目玉焼きに醤油を掛ける。真也はそんな娘の姿を微笑ましく見守りつつ、自身はスープをスプーンで掬い口に運んでその出来栄えに満足そうに頷いた。

 

「……それで晶、今日はどうするんだ?」

 

 朝食を取り始めて数分。暫くは特別会話も無く舌鼓を打っていたが、先に食べ終え食後のコーヒーを楽しんでいた真也は徐に晶に問い掛けた。対する晶は、残ったサラダをかき込み口周りをティッシュで拭いてからそれに答える。

 

「父さんが作ってくれた探知機で次のパワージュエルの大体の持ち主は分かったわ。今日はその持ち主について、詳しい事を調べてから予告を出してくるつもり」

「そうか……気をつけてな?」

「うん」

 

 晶を気遣う言葉に、彼女も満更でもなさそうに答えると席を立ち出掛ける準備に取り掛かるべく食器を片付けてから自室に戻っていった。リビングから出ていく晶を見送り、真也は食器を洗おうとしてキッチンに向かい……冷蔵庫の上に置かれたピルケースを一度手に取った。

 

「…………はぁ」

 

 暫しピルケースを見つめ、溜め息を一つ付くとそれを元あった場所に戻しシンクの食器を洗い始めるのだった。

 

 

 

 

 十数分後、着替え終えた晶は何時もの様にフードを目深に被り周囲の目を逃れるようにしながら足早に鄭堂診療所に向かおうとした。

 

 すると、彼女が家を出ると同時に隣のアパートからも人が出てきた。突然横に出現した人の気配に晶がビクッと肩を震わせてそちらを見れば、そこに居たのは先日遭遇したばかりの唯がサンドイッチを片手に足早に出てきたところであった。

 晶が若干驚愕した様子でそちらを見ると、彼女も晶と遭遇した事に僅かに驚いたのか足を止めた。

 

「!?」

「わっ!? っとと、すみません。おはようございます」

「う、うん……おはよう……」

 

 前髪で隠れているとは言え、火傷痕が見られないとも限らないので晶は唯からの挨拶に顔を逸らしながら蚊の鳴くような声で挨拶を返す。だが挨拶を返すと、それだけえ晶は何だか惨めな気持ちになった。元々の彼女はこんな性格ではなかった。火傷痕を負う前であれば、こんな卑屈な挨拶の返し方をする事も無かったのに今ではこれだ。他人と直に接する事が怖くて仕方ない。

 

 晶が惨めさに奥歯を食い縛っている中、唯はそれに気付く事無く自分の仕事に向かうべく足早にその場を立ち去った。

 

「今日は早いですね? それじゃ、私はこれで」

 

 快活に話すだけ話してその場を去っていく唯。自信に満ちた彼女の後ろ姿に、晶は嫉妬に近いものを感じて泣きそうな顔で見送るとへばりついた泥の様に重い気持ちを振り払うべく足早にジェーンの元へと向かっていった。

 

 鄭堂診療所の入り口にはまだ営業を示す札が掛かっていない。だが晶はそれに構わず扉を開けると、逃げ込む様に中に飛び込んで扉を閉めた。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 自分でも意外なほどに息を上げながら扉に背を預けていると、診療所の奥から来客の気配を察してかジェーンが前の開いたシャツの下にショーツだけと言う寝起きの姿で眠そうな目をしながら出てきた。

 

「ふぁ~……晶ちゃん今朝は早いのね~。でも出来れば診療時間は守ってほしかったかな~?」

 

 ジェーンからのやんわりとした文句に、しかし晶はそちらに視線を向ける事すらしない。扉に背を預けたまま胸元を押さえて呼吸を整えてばかりな彼女の様子に、ジェーンは何かを察したように肩を竦めると優しく彼女の肩を抱き診療所の奥へと誘った。

 

「……朝ごはんは食べた~?」

 

 奥へと誘導しながら問えば、晶は無言で小さく頷いた。それに対しジェーンは「そう」とだけ返すと、彼女を椅子に座らせマグカップにホットココアを淹れて持ってきた。

 

「まぁこれでも飲んで~。落ち着くわよ~」

 

 マグカップを受け取った晶は、何も移さない液面を暫く見つめてからそっと口を付ける。温かく甘いココアが舌を撫で喉を通り胃へと落ちていく。その感触と舌に伝わる甘さが荒んだ晶の心を束の間癒してくれる。

 

 暫く晶は夢中になってココアを数回に渡って飲み、ジェーンはそれを微笑みながら見守り続ける。そしてマグカップの中が空になった頃漸く晶の気分も落ち着き肩から余分な力が抜けた。

 

「はぁ……ふぅ~」

 

 腹の底から嫌な気分共々息を吐き出すと、ジェーンは空になったマグカップを受け取りシンクに置いてから戻ってきた。

 

「それで~? 今日はどうしたのかしら~?」

「あ、うん……」

 

 晶が落ち着いたのを見てジェーンが問い掛けると、彼女は軽く咳払いをして気持ちを整えてから本題を口にした。

 

「あのさ、昨日の夜ホテルでやってたパーティーの事で聞きたいんだけど」

「どのホテルの事かしら~?」

「あ~……」

 

 ここ光林市には無数のホテルがあり、上空から見て街の東西南北と中央にそれぞれ大きなホテルがある。その内東西のホテルはビジネスホテルな為、パーティーに使われる事はない。逆に南北と中央のホテルはシティホテルである為、高級感もあり富豪や企業がイベントやパーティーで用いる事があった。

 晶は脳内の地図を広げて、昨日の夜自分が居た場所を思い出しそこが中央のホテルの近くであった事を思い出した。

 

「中央……光林中央ホテルだった筈よ」

「ん~、そこなら~……」

 

 再びジェーンは奥へと引っ込んでいき、ノートPCを持ってくるとキーボードを叩き始める。暫しそれを晶が黙ってみていると、彼女は求めていた情報を見つけたのか笑みを浮かべて顔を上げた。

 

「あぁっ! あったあった~、これね~」

 

 そう言ってジェーンは調べ上げた情報を見せてくれた。どうやらどこぞの財政界の重鎮が催したパーティーが行われていたらしい。晶はその内容に目を通し、その出席者の項目を目を皿の様にして見続けた。

 その出席者の中には、明美の名前も含まれている。

 

「……この出席者達の事、調べてもらえる?」

「はいは~い♪」

 

 この出席者の中にパワージュエルの持ち主が居る。そう確信した晶は、何がなんでもそれを手に入れるのだと言う意志を込めて再び出席者の項目を睨みつけていた。

 

 

 

 

 一方唯もまた、ジェム=晶が件のホテルで行われていたパーティーに目を付けていた事に気付いていた。そして

、その出席者を調べる内にその中に明美の名前がある事も知る事になる。

 

「八雲さん? こんなパーティーに出席してたんだ……」

 

 オンボロとまではいかないが、あんな庶民的なアパートに住む女性がこんな高級そうなパーティーに出席していたとは。確かにあの時、廊下で出会った時は随分と着飾っていたが。彼女にはそう言うパーティーに出席できるような何かがあると言う事なのだろうかと唯が警察署の資料室で物思いに耽っていると、九朗が何やら慌てた様子で駆け寄ってきた。

 

「あっ、南城さんッ!」

「坂下刑事? どうしたんです、そんな慌てて?」

「実はつい先程、怪盗ジェムからの犯行予告が入りました!」

「えっ!?」

 

 九朗の言葉に唯は驚愕しながらも、パソコンの電源を落として彼の後に続き資料室を後にする。向かった先は剛のデスクであり、彼は自身の席でパソコンの画面を見ながら険しい表情を浮かべていた。

 

「むぅ……」

「高橋警部ッ!」

「む? おぉ、南城さん」

「ジェムから予告状が出たって聞いたんですけど?」

 

 予告状について唯が訊ねると、剛は黙ってパソコンの画面を指差した。彼に失礼して画面を覗き込むと、そこにはシックな便箋に犯行予告が書かれていた。

 

「『3日後、ホテルサウスKORINで行われるオークションパーティーに出品されるルベライトのネックレスを頂きます。怪盗ジェム』……これ、本物ですか?」

 

 この手の劇場型犯罪には模倣犯が付きものだ。これがジェムの犯行に見せかけた、愉快犯による悪戯の可能性を警戒した唯が訊ねると、剛は神妙な面持ちで頷きこれが本物である事を告げた。

 

「間違いないでしょう。この予告状は、大胆にも警視庁の内部で発見されたらしい。そしてそれは、ジェムの典型的な予告状の送り付け方でもある」

「模倣犯が出る事を警戒してなのか、ジェムは生半可な技量では絶対に送る事が出来ない場所に予告状を送りつける事が多いんです」

「恐らくこれと同じ内容の予告状が、件のホテルなどにも送られている事でしょう」

 

 となると当然マスコミなどが騒ぎ始める事となる。創作の中にしか居ないような、予告状を出してから犯行を行う怪盗なんて、マスコミからすれば絶好の話の種となる。

 

「このオークションパーティーって、正規のものなんですか?」

「一応正式な申請を経て行われているそうですので、所謂闇オークションの様な物ではないと思われます。出席者の多くも、財政界で名のある人たちの様ですし、後ろ暗い物が出品されている可能性は低いかと」

 

 となると、ジェムは本当にこの宝石のネックレスが欲しいから犯行を行うと言う事になる。実はこのオークションが違法な品々を取り扱う闇オークションで、ジェムはその悪事を暴く為に敢えて悪者になっているのではないかとちょっぴり期待もしていた。が、現実にはそんな事ではないと分かり唯の中で落胆とジェムに対する嫌悪感が広がる。

 

「(仮面ライダーなのに、何でこんな……!)……このオークション、今からでも止める事は出来ないんですか?」

「難しいでしょうね。もう開催まで時間がない。それにここで引き下がるのは、彼らのプライドが許さんでしょう」

「ですよね……」

 

 多くの富豪は大なり小なりプライドが高い。それがコソ泥如きで予定を変えるなどと言う事はまずないだろうし、主催だけでなく出席者も納得しないに違いない。

 どうしてこうも金持ちと言うのは変にプライドが高いのか……なんて、ちょっと偏見を交えた事を考えつつ唯が何気なく現時点で判明している出席者のリストに目を通していると、思わぬ人物の名を目にした。

 

「……え?」

 

 リストの中には、八雲 明美の名も入っていたのだ。庶民的なアパートに居を構える女性が、リッチなオークションに参加すると字面だけではとても信じられない。だが廊下で出会った時の明美の姿からは、確かにこの手の集まりに混じっていてもおかしくない雰囲気を感じた。

 

 だが唯の直感は、それだけではない”何か”を感じていた。その”何か”の正体を探るべく、唯は思い切ってアパートで明美の元を訊ねた。

 

「はい? あら、あなたは……」

「すみません。少し、話をさせていただいても?」

 

 玄関先で立ち話もなんだと言う事で、明美は唯を快く部屋に上げてくれた。

 

 上品な服装に身を包んでいた先日と違い、今の明美の姿は生活感の溢れる着古されたシャツとズボン姿であった。その見た目に違わず室内も庶民感溢れており、やはりあのような金持ちの集まりに参加するような財力があるようには見えない。

 

 明美は唯を居間に座らせると、自分のと合わせて2人分の茶を淹れてから訪問の理由を訊ねた。

 

「それで? 本日はどのような用件かしら?」

 

 訪問理由を問われて、唯は何と答えるべきか僅かに迷った。聞きたい事はハッキリしているのだが、それを果たしてどの様に伝えるのが一番相手を混乱せず納得させられるか。

 考えた末に、唯は一部の事実を隠しつつ本筋は変えずに現状などを伝えてから本題に掛かった。

 

「実は私、今警察の手伝いをしていまして」

「警察の?」

「はい。それで、その……明後日、光林市の南部のホテルで行われるオークションパーティーに、怪盗ジェムが現れるって聞いて、色々と調べてたんですけど……」

 

 唯の話を聞いている内に、明美は何か合点が入った様な表情になった。それだけで唯は、彼女がやはり何かに関係しているのだと言う事を確信し思い切って訊ねてみた。

 

「昨夜も、実はジェムが姿を現してました。そしてジェムは、昨夜光林中央ホテルで行われていたパーティーを探っていたようです。八雲さん、あなたも昨夜のパーティーに出席してましたよね? そして、明後日行われるパーティーにも……」

「……そうね」

「あの、もしよければ、ジェムが狙うような宝石について詳しい事とか知りませんか?」

 

 ジェムが目を付けていたパーティーに、続けて存在するのが偶然と言う可能性も無くはない。事実、リストの中には昨夜のパーティーに出席していた者の名も含まれていた。思い返してみれば、あのパーティーは明後日行われるオークションの前夜祭的なものだったのだろう。であるとするならば、明美が何か関係しているとは一概に言い切れない。

 

 だが明美本人は、何処か神妙な面持ちで考え込むと徐に席を立った。そして、押し入れを開けるとその奥に隠す様に入れられた金庫を開けて小箱を一つ取り出して持ってきた。唯が見ている前で、明美は彼女の対面に座ると慎重にその小箱の蓋を開け中を見せてくる。

 

 その中に入っていたのは、鮮やかな赤い宝石のネックレスであった。目を引くような美しさのその宝石に、唯は直感でそれがジェムの狙っている物であると理解する。

 

「八雲さん、これ……!」

「えぇ、これが恐らくは怪盗ジェムの狙っていると思われる物です。誤解されない様に言っておきますが、これは私の物ではないんです」

「と言うと?」

 

 明美曰く、彼女は所謂宝石鑑定師であり、主に富豪の宝石を鑑定するのに活躍しているのだとか。普通の宝石鑑定師は名称や仕事内容の割に年収は普通な方ではあるが、明美は普通の鑑定師では見抜けないような僅かな違いも見抜いてその価値を高めてくれると言う事で、宝石収集を趣味とする者などから高額で報酬を得る事も少なくないらしい。

 これで唯の中で一つの合点が入った。こんな庶民的な生活をしている割に、高価なドレスを持っていたりパーティーに出席しているのはそれが理由だったのだ。

 

「これは昨夜のパーティーの主催者でもある、岩下(いわした) 権蔵(ごんぞう)氏が持っていた物です。彼曰く、手放す上で付加価値を上げる為に私に鑑定を依頼したとの事ですが……」

「これを、手放す?」

 

 明美の言葉に唯は困惑した。こんな立派な宝石、何故手放そうと思ったのだろうか? 下手に売るよりも自分で持っていた方が余程有意義な気もするのに。

 

 唯の疑問を表情で感じたのだろう。明美は小さな溜め息と共にオークションに出品される経緯を話した。

 

「権蔵氏曰く、この宝石は良くない物なのだとか。手元にあると、意味も分からず心がざわついて仕方ないので思い切ってオークションに出してしまおうと」

「これが?」

「南城さん。この宝石、よく見てみてください」

 

 言われて唯は改めて赤い宝石……ルベライトのネックレスをジッと見た。見れば見るほど美しく、吸い込まれそうな何かを感じる。見ていると段々と頭がぼんやりしてきて――――

 

「ッ!?」

 

 ふっと唯は我に返った。今明らかに自分は普通ではなかった。まるで宝石に心を吸い取られたかのように、一瞬思考が抜け落ちそうになっていた。忍びとして鍛錬を積んでいなければ、あのままこの宝石に魅入られてしまったのではないかと思うと唯は冷や汗がドッと溢れてくるのを感じずにはいられない。

 

(い、今のは……!?)

「ね? 分かったでしょ、この宝石の恐ろしさが」

「は、はい……と言う事は、八雲さんも?」

「はい。私は鑑定士として多くの宝石、それも高価な値が付く物を幾つも見てきました。ですが、これはそれらとは明らかに次元が違います。正直私はこれが恐ろしくて仕方ありません」

 

 明美はそそくさと蓋を閉めると、箱を金庫にしまって鍵を掛けた。そして押入れを閉めると、唯の対面に座りすっかり冷めてしまった茶を一息に飲み干し腹の底から息を吐き出した。

 

「はぁ……怪盗ジェムは、あの宝石を狙っているのでしょう?」

「はい」

「案外、ジェムに盗まれた方が、まだいいのかもしれませんね。いえ、私は、今この瞬間にジェムがこれを持って行ってくれればとすら思っています。そうすれば、もうこれに関わる事はありませんから」

 

 確かにあの宝石は何処か恐ろしい。美しいと思うと同時に、近付き難い何かを感じた。明美は鑑定士としての優れた審美眼から、それを見抜き恐怖すら感じているのだろう。あんな宝石が誰かの手に渡れば、それこそ何が起こるか想像がつかない。そう考えれば確かに、ジェムが盗んでくれた方がまだマシなのかもしれないだろう。

 

 だが、しかし…………

 

「いえ……それは違います」

「え?」

 

 唯はそんな明美の意見に明確に否と答えた。

 

「例えどんな理由があろうと、間違った手段で手に入れた宝石に価値なんてありません。ジェムが何故宝石を狙うのかは分かりませんが、盗み出すなんて間違ってます」

 

 正面からハッキリと、唯はジェムの行動を否定した。どんな理由があろうとも、違法な手段である事に違いは無いしそこに正義などない。それを看過するなど彼女には出来なかった。それでは千里の隣に並ぶべく、仮面ライダーとなった意味がない。

 

 自身が忍びで仮面ライダーである事は伏せていた唯だが、明美は彼女の目から何かを感じ取ったのだろう。どこか安心感を感じた様子で表情を和らげると唯に頭を下げた。

 

「そう、ですね。そうかもしれません。南城さん……当日はよろしくお願いします」

 

 窓から差し込む夕日の光の中、唯は明美からの言葉に静かに頷いた。

 

 その向こう……押し入れの中の金庫に仕舞われた宝石が、妖しく光を放っている事に気付く事も無く…………




という訳で第4話でした。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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