仮面ライダージェム   作:黒井福

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第40石:晶の慟哭

 御堂筋邸の敷地内、そこでは誰もが動けずにいた。

 

 怪盗ジェムの正体が石動 晶であると判明した時、真っ先にそれに反応を示した誠は崩れ落ちた彼女の前で現実を否定するように頭を抱えて慟哭している。それは彼女が犯罪者だったからだという理由からではなく、他ならぬ守ろうと思っていた彼女を自分が傷付けてしまったから。自身にとってのアイデンティティを自らの手で否定してしまった現実は、容易く彼の心を崩し子供の様に泣き叫んだ。

 

 セツナはその様子を見ているしか出来ず、ωチームの隊員もどうすればいいかと狼狽えている。ただ1人状況を理解できていないのは、離れた所から狙撃用の照準器で遠目に眺めているだけのω5だけであった。

 

『こちらω5。どうした? 何があったんだ?』

 

 当然、何が起きているかを正確に把握できていないω5は状況の説明を求めた。それを聞いてアイリスはモニターに映る状況と通信機から聞こえてくる会話の内容から凡そ察した状況を可能な限り言葉に変える。

 

『え、え~っと、怪盗ジェムの正体がω7の旧知で、彼はその事……いや、あの様子は彼女を傷付けた事を酷く気にしているようで……』

 

 時折言葉に詰まりながらもω5に説明するアイリスの言葉は、ωチーム全員が共有していた。するとその通信に新たに牧田の声が混じった。

 

『牧田だ。隊長、兎に角怪盗ジェムの捕縛を優先しろ。話はそれからだ』

「……それもそうね。ω7、彼女の捕縛を……」

 

 

 

 

「出来ませんッ!?!?」

 

 

 

 

 牧田の言葉にやっと再起動できた自身を不甲斐無く思いながら、その気持ちにそっと蓋をして誠に晶の逮捕を命じるナイトスコープ。だが彼は半狂乱になりながらそれを拒否した。

 

「出来ません、出来ません……!? 俺にこれ以上、晶を……晶を……!?」

 

 これ以上、彼女を傷付けるような真似は彼には出来る事ではなかったのだ。予想はしていたので、円はヘルメットの下で腹の底から呻き声を上げ口をへの字に曲げると、自身の手で手錠を掛けるべく前に出た。

 

 だが彼女がチームと誠達の中間の距離に近付いたその時、邸宅の中から1人の男が憤怒の表情を浮かべて飛び出してきた。

 

「おい何やってんだッ! さっさとそのクソッタレをぶち殺せッ!」

「あっ?」

「こいつ……」

 

 飛び出してきた痩せぎすの男は、この家の主でありジェムのターゲットであるパワージュエルの持ち主である御堂筋 康太であった。先程まではコレクションの鉱石……というよりパワージュエルが心配で家の奥に待機していたが、窓から外の様子を見てジェムの変身が解除された事に安心して出てきたらしい。だが出て来てみれば何時まで経っても怪盗ジェムにトドメが刺されないので、業を煮やして声を荒げたのだ。

 

 面倒な事になったと忌々し気に溜め息をつきながら、ナイトスコープは興奮する彼を宥めるべく片手を上げながらそちらへと引き返す。

 

「今から逮捕するところだ。もしもと言う時の為に中に引っ込んでいろ」

「何悠長な事言ってやがるッ! そいつは、そのくそアマは俺のコレクションを狙ってきやがったんだッ! そんな奴、生かしておいていい筈がねえだろッ!?」

 

 どうやら相当汚染が進んでいるらしく、過激な発言が目立つ。これはジェムの件が片付いたらこっちも何とかしなければならないなと、ナイトスコープが小さく首を振っていると徐に康太は彼女と同様宥めようと近付いていたω3にタックルをかまして銃を奪い取った。

 

「お、おい何をッ!?」

「ッ!? 止めろッ!!」

 

 予想外の行動だったというのもあるが、ω3があっさり装備を取られたのは御堂筋の予想外の力強さであった。あんな瘦せた体型で何故こんな力が出せるのかと思う程である。恐らくはパワージュエルの影響が筋力にも表れているのだろうが、何よりも問題なのはガンマライフルが奪われてしまった事であった。

 

 バリアの装備は徹底した対策が取られている為本人以外に使う事は出来ない。だがスコープの主武装であるガンマライフルやカービンは話が別だった。こちらは通常装備の者も扱えるよう、ロック機能が存在しない。つまり、御堂筋でも撃ててしまうという事。

 

 そしてこの状況で彼が狙う相手など、1人しか存在しなかった。

 

「死ね、コソ泥がぁぁぁぁぁっ!!」

 

 奪ったガンマライフルの銃口を真っ直ぐ晶に向ける。目は明らかに正気でなく、血走った目をしながら口元に笑みを浮かべ引き金を引く。晶は自分に銃口を向けられ引き金が引かれる瞬間を見て思わずその場で目を瞑り…………

 

「止めろぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

 咄嗟に晶の前で両手を広げ自らを盾とした誠により、銃弾は阻まれ晶を傷付ける事は無かった。その代わり無数の銃弾を受けた誠は銃創と口から血を吐きながら力無く崩れ落ちる。

 

「あぐ、が…………」

「え…………ま、マコ、ちゃん?」

「誠ッ!?」

 

 崩れ落ちる誠の姿に、魂が抜けたような晶の声とナイトスコープの慌てた声が重なる。一方発砲した御堂筋は、ω2を始めとした他の隊員達に即座に取り押さえられる事となった。

 

「このジャンキーがっ!」

「大人しくしろッ!」

「は、放せッ、放せぇぇぇぇっ!? あいつを、あのコソ泥をぶち殺せぇぇぇぇッ!?」

 

 数人のスコープ・イェーガーに押さえ付けられ身動きを封じられる御堂筋。パワージュエルに魅入られている影響か、筋力が超人的なまでに上がっているがそれでもスコープタイプのパワーを前にしては意味がない。先程は不意を突かれる形であった事も関係して銃を奪われてしまったが、最初から押さえつけるつもりでしかも数人が纏まれば振り払えるものではなかった。

 

 御堂筋が押さえ付けられていたが、晶はそれを気にしてはいなかった。そんな余裕はなく、彼女は崩れ落ちた誠の状態を漸く理解できたのか体を引き摺って倒れた彼に近付こうとしている。こちらはこちらで、先程の彼の様に半狂乱になってしまっていた。

 

「マコちゃんッ!? マコちゃぁぁぁんッ!? いや、いやぁぁぁぁぁっ!? マコちゃんしっかりしてっ!?」

 

 何とか彼に近付き、倒れた彼を抱き上げ必死に声を掛ける晶。だが抱き上げる際に彼の傷口から流れ出た血が晶の手を汚し、ぬるっとした血の温かな感触に触れると晶は血に塗れた手を見て顔を引き攣らせ全身を震わせた。

 

「あ、ぁぁ……!? マコちゃん……マコちゃんが、私、私を庇って……私の所為で……!?」

「神宮寺さんッ!?」

 

 混乱が極まり何も出来ずに震えるだけの晶。そこにセツナが近付くと、彼女の手から誠を奪い地面に寝かせて安静にさせながら容態を確認していく。見ただけで分かるほどの重体、血は流れ続けこのままだと命の危険である事は明白であった。

 

 彼の死が明確に近付いている事実。それを前にした晶の精神は色々な意味で遂に限界を迎えた。そこに先程の戦闘で受けたダメージも重なって、危うい所で均衡を保てていた彼女の中の何かが崩れた。

 

 その瞬間を待っていたように彼女の中に巣食うモノが遂に動き出す。

 

「マコちゃん……う、ぐっ!?」

「石動さん?」

 

 突然晶が胸元を抑えて蹲った。誠だけでも大変なのにこの上晶迄どうしたのかとセツナが声を掛けつつ手を触れようとすると、晶は悲鳴を上げながら全身を震わせ始め同時に背中に光の筋が入った。

 

「あ、ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? うぐ、あ、あああああぁぁぁぁっ!?」

「石動さんッ!?」

「晶ッ!?」

 

 次から次へと立て続けに起こる異変にセツナが焦っていると、慌てて駆けよて来たナイトスコープが晶の両肩に手を掛け起き上がらせようとする。だが悲鳴を上げる晶はまるで体を固定されたように蹲り背中を丸めた状態から動かず、背中に入った光の筋はどんどん広がって眩い光を放ち始めた。同時にその光の中からナニかが姿を現し始め、その光景にセツナは自身の身に嘗て起きた経験を照らし合わせ仮面の下で顔を青褪めさせた。

 

「ま、まさか……!?」

 

 そのまさかであった。晶の中から姿を現しつつあるのは、彼女の中で熟成し成長した第3段階のヤジュエルであった。十分にパワージュエルの影響を受け続けた彼女の中で、パワークオーツを核にしてヤジュエルは成長し続けていたのだ。今までは晶の心が飛び出す事を無意識の内に押さえ付けていたのだが、正体がバレた事と誠が撃たれて死に掛けている光景を前に心の均衡が崩れた。それを切っ掛けに、彼女の中に潜んでいたヤジュエルは満を持して外の世界へと飛び立とうとしていたのだ。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!?」

 

 悲痛な晶の悲鳴が響く中、晶の背中から蝶の翅の様なものが飛び出した。広がる翅から鱗粉が飛び散り、空中できらきらと輝く。翅が外に出るとそこからは早く、着ぐるみを脱ぐ様に上半身が飛び出すとそのまま下半身もずるりと外に出て完全な羽化を果たした。

 

 純白の蝶を思わせるヤジュエルは飛び出した際の反動で背中から倒れ込む。それと同時に晶の背中の光は消え、その瞬間晶の顔からは全ての感情が消え抜け殻の様になってその場に倒れ込んだ。

 

「うぁ…………」

「晶ッ!? しっかりしろ晶ッ!?」

 

 ナイトスコープが倒れた晶を助け起こそうとするが、それよりも早くに赤黒い液状の何かが晶を掻っ攫いその場から離れた。赤黒いアメーバの様なそれに突き飛ばされたナイトスコープは即座に起き上がりアメーバ状のそれを目で追うと、それは少し離れた所で形を液状から人型になる。

 

 晶を掻っ攫ったのはジェーンであった。彼女は人の姿に戻ると、腕の中の意識が朦朧とした様子の晶に一瞬悲しそうな顔をするが、直ぐに何時もの掴み処の無い笑みを浮かべるとセツナの方に顔を向けた。

 

「それじゃ~、後はお願いね~」

「え、ちょ、ジェーンさんッ!? ま、待って!」

「待て貴様ッ!? 晶をどこへ連れて行く気だッ!」

 

 困惑する刹那に対して、ナイトスコープは凄まじい憤怒を感じさせる声を発しながら太腿のホルスターから拳銃を抜き銃口をジェーンに向ける。強烈な銃弾を放てる銃口を向けられながら、ジェーンは全く意に介した様子も無く視線を晶から羽化したヤジュエルの方に向け口を開いた。

 

「私の事を気にしてる場合じゃないんじゃな~い? そいつ、放っておいていいの~?」

「何ッ!?」

 

 ジェーンに言われてヤジュエルの存在を思い出し、ナイトスコープがそちらに目を向けるとそこでは先程まで倒れていたヤジュエルが翅を広げながら立ち上がっていた。

 

「はぁぁぁぁぁ……やっと、外に出れた……あはは、やった、やった……!」

 

 ヤジュエルは歓喜の声を上げながら体を震わせると、次の瞬間眩い光と共にその姿を変えた。先程までは蝶と人間を組み合わせたような怪人と言った姿をしていたヤジュエルは、何処か晶を思わせる人間と同じ姿に変化していた。薄い布地を体に巻き付けただけの晶に似た容姿、ただ晶と違うのは顔に火傷の後がない事であり、傍から見れば目を引くほどに美しい女性にしか見えなかった。

 その人間の姿になったヤジュエルは、足元で倒れている誠を見ると蕩けたような顔になり手を伸ばして近付いていく。

 

「あぁ……! やっと触れる……やっと手に入る……! マコちゃん……マコちゃぁん!」

 

 虫が光に引き寄せられるように近付くヤジュエルが姿を変えた人間。ナイトスコープはその前に立ち塞がると、ジェーンに向けていた銃口をそいつに向けた。

 

「動くなッ!」

「……何アンタ? 邪魔なんだけど……!」

 

 自分と誠の触れ合いを邪魔しようとするナイトスコープに苛立ちを隠さないそいつに向け、彼女は容赦なく発砲した。だが姿は人間であってもヤジュエルである事に変わりはないのか、銃弾はそいつの体の上で弾けはしたが傷付ける事は出来ず衝撃で少し後ろに下がらせる事が出来ただけであった。

 

「ッ!? お、前ぇぇ……!!」

 

 それでもやはり自分の邪魔をするナイトスコープは許せないのか、そいつは怒りに顔を歪めて姿を再びヤジュエルに変えた。そしてそのままナイトスコープに襲い掛かろうとしたその時、出し抜けに上空から無数のエネルギー弾が降り注ぎヤジュエルとナイトスコープの動きを止めさせた。

 

「くっ!?」

「誰ッ!?」

 

 ナイトスコープは咄嗟に倒れた誠と彼を診ているセツナを守る様に覆い被さり、ヤジュエルは視線を上空の方へと向ける。そこに居たのはそれまで姿を現さなかったジェットグリムであり、その姿を見た瞬間ヤジュエルは怒りを霧散させ翅を羽ばたかせて飛び上るとジェットグリムに甘えるようにすり寄っていった。

 

「あ、パパ~!」

「やっと出てこれたか。待っていたぞ」

「うんっ! パパ、会いたかった~!」

 

 ナイトスコープに撃たれた時に浮かべていた怒りの形相も一瞬で吹き飛び、無邪気な子供が親に甘えるようにジェットグリムに抱き着く晶から生まれたヤジュエル。その口から出てきたパパと言う言葉にセツナは何度目になるか分からない驚愕に目を見開いた。

 

「ぱ、パパって……」

「揶揄的なものでしょうね~。あのヤジュエルには~、ジェットグリムが父に見える何かがあるって事よ~」

(晶から生まれた奴が父と呼ぶ…………奴の正体はもしやッ!!)

 

 セツナ、ジェーン、ナイトスコープらが見ている前でジェットグリムは甘えてくるヤジュエルを慈しむように撫でる。そして暫く構ってやった後、彼は徐に人の姿になったヤジュエルを横抱きに抱き上げると背中のノズルから火を噴き宙に浮かび上がった。撤退するつもりなのだ。それを見てナイトスコープは逃がすものかと銃口を向ける。

 

「逃がすかっ!」

「俺に構うのも良いが、そいつらを放っておいてもいいのか?」

「あっ!?」

「はっ!? そうだ、神宮寺さんッ! 石動さんッ!」

 

 言われて思い出したようにセツナは自分が解放している誠とジェーンの腕の中の晶を見やる。晶はヤジュエルを羽化させる過程で体力・精神力を大きく持っていかれたのか息も絶え絶えと言った様子で今にも意識を失ってしまいそうになっていたが、それでも尚自分を庇って撃たれた誠が気掛かりなのか気合で意識を保ち手を伸ばしていた。

 

「マコちゃん……マコ、ちゃん……」

「はいは~い、彼は唯ちゃんに任せておきましょ~。あなたはこっちよ~」

「くっ、逃がすなッ!」

 

 そのまま晶を連れて行こうとするジェーンを引き留めるべく、ナイトスコープは周囲を部下に取り囲ませ逃走を阻止させようとした。だがジェーンは彼らに向けニコリと微笑むと再び体を液状化させ、包囲を易々と突破してその場から逃げ出してしまう。

 

「あぁ、クソッ!?」

「速いッ!?」

「チィッ!」

 

 発砲して動きを止めようにも、動きが速くて当たらない上に迂闊に撃てば生身の晶に当たってしまう。彼らにとってジェムである晶は殺害ではなく捕縛の対象でもある為、無暗に撃つ事も出来ずみすみす逃がす事になってしまった。

 

 セツナも彼女を止めるべく何かしようかとするが、それよりも先に死に行く誠を何とかしなければという気持ちもある為視線をジェーンと誠の間で交互に行き来させるしか出来ない。

 

「あ、あぁ……ジェーンさん……!?」

 

 セツナが逡巡している間にジェットグリムは晶から生まれたヤジュエルを連れて飛び去って行ってしまいまんまと逃げられてしまった。ジェーンにも逃げられてしまうのだが、彼女はその場から完全に逃げていく前にセツナに一言残していった。

 

「それじゃあ唯ちゃ~ん、彼の事お願いね~」

「あ、ちょ、ジェーンさんッ!?……あぁ、もうっ!」

 

 ジェーンにもジェットグリムにも逃げられてしまい、セツナは苛立つように頭を掻き毟ると変身を解き呼吸の弱くなった誠に向き合った。色々と何とかしなければならない事は多いのだが、今は兎に角誠の手当てが何よりも優先であった。

 唯は誠をそっと地面に寝かせると、忍筆を取り出し呼吸を整えた。

 

「これ、本当はやっちゃいけないんだけど今は仕方ないよね。……執筆忍法、共命の術ッ!」

【忍法、共命の術ッ! 達筆ッ!】

 

 唯が空中に文字を書くと、その文字が二つに分かれて唯と誠の中にそれぞれ入り込む。すると次の瞬間唯の顔が苦痛に歪み、奥歯を食い縛り声を上げる事を堪えながら全身に脂汗を浮かべた。

 

「う、ぐっ!? ぐぅぅぅぅ、あ、ぁぅぅ……!?」

 

 苦しそうに呻き声を上げる唯であったが、対照的に誠の顔色は先程に比べて良くなっていった。出血も徐々に収まっていき、数十秒も経つ頃には呼吸も安定するようになっていた。

 

「こ、これは……南城女史、これは一体?」

「共命の術……はぁ、はぁ……一時的にですけど、私の命と神宮寺さんの命を共有して、彼が受けているダメージの一部を私に移しました……ぐっ!?」

 

 万閃衆には所謂禁術とされている遁術が3つ存在する。それぞれ心遁、血遁、骨遁とされ、何れも使用に際し代償を求められるなどの理由で使用は勿論学ぶ事も禁止されている。

 

 今唯が使用した術はそのどれとも異なるが、しかし扱いを誤れば使用した者もされた者も命を落とす事になる為、万閃衆の中でも一般的な術とは言い難く学んだ際には唯もみだりにこの術を使ってはいけないと釘を刺されていた。

 だが今は状況が状況な為、唯もその禁を破って術を使用し誠の命を救う事に成功した。その代償として彼女は生命力を削り、大きなダメージを受け今にも意識を失いそうになってしまっていた。

 

「命の共有って……!?」

「う、ぐ……大丈夫です。本当に一心同体になった訳ではなく、厳密には私の生命力を神宮寺さんに分け与えたような形です。あくまで一時的なものなので、今後片方に何かあったからもう片方に影響が出るような事はありません。はぁ、はぁ……肝心の生命力も、時間が経てば回復するので、う……少し休めば動けるようになります」

 

 そこまで説明したところで唯は限界が来たのか、糸が切れた様にその場で横に倒れた。ナイトスコープは唯が倒れそうになると急いで彼女を支え、頭を地面にぶつける事を防いだ。

 

「あ、とっ!? おい、しっかりしろっ!」

「す、すみません……流石に、そろそろ、げんか、い……あ、とは……お願い、し、ます…………う」

 

 何とか必要な言葉を全て絞り出すと、そこで力尽きたのか唯も意識を失い崩れ落ちる。その隣では呼吸の安定した誠も倒れており、2人を交互に見たナイトスコープは最後にもう一度ジェーンが晶を連れて行った方を睨んでから大きく溜め息をつき変身を解除した。

 

「はぁぁぁぁ……全く」

『隊長、ω7のバイタルですが……』

「安定しているんだろう? なら問題はない。撤収するぞ」

「隊長、コイツはどうします?」

「当然連れていけ」

 

 ω2とω3が御堂筋を左右から押さえ付けながら引き摺る様に連れて行く。当然抵抗する御堂筋であったが、多少身体能力にブーストが掛けられていても両脇をスコープに押さえ付けられては抵抗も意味を成さない。訳の分からない言葉を喚きながら引き摺られていく様子を一瞥し、円は残りの部下に誠を運ばせ自分は唯を優しく抱き上げた。

 

「お前達はω7を運んでやれ。危険な状態は脱したとは言え、慎重にな」

「了解」

「よし…………はぁ」

 

 再び円の口からため息が漏れる。一度に色々な事が起こり過ぎた。誠が生身で撃たれて死に掛けたり、晶からヤジュエルが生まれたりというのも衝撃であったが、円にとって何よりも衝撃だったのはやはり…………

 

「晶……こんな所で会うなんて」

 

 そう呟く円の声色には、嬉しさと同時に苛立ちの様なものが含まれていた。まるで運命を呪うようなその言葉を、気絶した唯は聞き逃していたのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 御堂筋の邸宅での騒動から一夜明けて、晶は鄭堂診療所の診察ベッドの上で目を覚ました。

 

「ぅぅ……ま、マコちゃん……?」

「お目覚めの一言がそれとはね~」

「えっ!?」

 

 昨夜朦朧としながら意識を失いそのまま連れていかれた晶にとって、目の前で誠が撃たれて倒れた光景は直前の出来事であった。故に晶は目を覚まして早々、彼を心配してかその名を口にするのだが、その言葉を聞いたのは彼女をここに連れてきたここの主であるジェーンただ1人である。すぐ傍から聞こえてきた彼女の声に、晶は一気に意識を覚醒させ飛び起きた。

 

「じぇ、ジェーンッ!? 何でここ、うぅっ!?」

 

 まだ頭が混乱しているのか、思考も纏まらない内から飛び起きた晶は直後に眩暈を感じて重い頭を手で支えた。落ち着かない彼女の様子に、ジェーンは小さく息を吐くと起き上がった晶を優しくベッドの上に戻す。自分の事よりも誠の事が気になる晶は抵抗しようとするのだが、まだヤジュエルを生み出した影響が残っているのか、それともノスフェクトであるジェーンを前には抵抗が無意味なのか無理矢理にベッドの中に戻されてしまう。

 

「待って、待ってよジェーン……!? マコちゃんが、マコちゃんが……」

「彼なら大丈夫よ~。唯ちゃんが何とかしてくれたわ~」

 

 事の顛末を直接見てはいないが、体の一部を分裂させてその場に潜めさせていた為凡そ何が起きたかは理解している。誠は命の危機を脱し、晶が心配するような事態は回避できている。それを聞いて晶もやっと安心したのか落ち着きを取り戻した。

 

「そ、そう……そうなんだ……はぁ、良かった」

 

 誠が安全だと知り一先ず安心してホッと胸を撫で下ろす晶。だが安堵を感じた様子にしては、彼女の表情は明らかに暗い。胸の痛みを我慢するように両手を胸元で握り俯いていたが、直ぐに痛みに耐えきれなくなったのか蚊が鳴く様な声を絞り出した。

 

「バレちゃった……マコちゃんに、私がジェムだってバレちゃった……」

「うん、そうね」

 

 苦しむ晶に対し、ジェーンの反応は淡々としたものであった。こう言っては薄情かもしれないが、ジェーンはこうなる事も想定していた。想定した上で、諸々のリスクを考慮した結果今回晶を行かせたのだ。全ては彼女の中に巣食うノスフェクトを意図的に羽化させる為である。その為には心身のダメージが一番効果的であるとこれまでの経験と知識から察していたからだ。この手の巣食う系の奴は、宿主の安定が乱れた瞬間に飛び出してくる。

 

 その目論みは的中したのだが、予想していたが代償は大きかった。特に晶が感じている衝撃と絶望は大きい。彼女は絶対に知られたくない相手に、自身の汚点とも言える秘密を知られてしまったのだ。

 しかも晶を苛んでいるのはその事実だけではない。彼女が胸を痛めている最大の理由は、誠がこんな自分を庇って死に掛けた事であった。

 

「私、マコちゃんを裏切った……マコちゃんは悪い人たちを捕まえる為に頑張ってるのに、私がその悪い人になって……、私はずっと自分の事だけを考えてたのに、マコちゃんは……マコちゃんは……!?」

 

 気付けば晶の両目からは止め処なく涙が零れ落ち、彼女はそれを両手で受け止めていた。指の隙間から涙が滲み出て手の甲を濡らし、腕を伝った涙がシーツの上に落ちても尚彼女は泣き続け、それどころか髪をクシャっと握り慟哭し始めた。

 

「嫌い、嫌い嫌い嫌いッ!? 私、自分が大嫌いッ!? こんな顔になった事も、こんな事してる自分も、何もかも大嫌いッ!? 私なんて……私なんて居なければ良かったんだッ!? あの時死んでれば、マコちゃんもこんな事には……」

「晶ちゃんッ!」

 

 遂には自身の存在意義すら否定し始めた晶であったが、ジェーンはそんな彼女を抱きしめそれ以上の言葉を止めさせた。

 

 晶の気持ちは分かる、否、分るつもりだ。独り善がりかもしれないが、ジェーンは確かに晶の気持ちを汲んでいた。この事態に至る要因である自分が何をと言うかもしれないが、それでもジェーンは今の苦しむ晶を放置する訳にはいかなかった。それこそ責任放棄以外の何物でもない。

 

「ゴメンね、晶ちゃん……恨むなら私を恨んで」

「何で……」

「実はね、連中に今回の晶ちゃんの動きを私がリークしたの」

「えっ!? 何で……」

 

 まさかの裏切りに更なる衝撃を受け、晶は自身に向けていた嫌悪感を忘れてしまった。目を見開き絶望した目を向けてくる晶に、ジェーンは胸に痛みが走るのを感じながら事の経緯を説明した。それは言い訳の様でもあったが、同時に懺悔でもあった。

 

「晶ちゃんの中に巣食ってたヤジュエルを出す為には、あなたに強いストレスを受けてもらう必要があったわ。このままあなたの中でヤジュエルが成長したら、もしかすると晶ちゃんと言う存在そのものを飲み込んじゃうかもしれなかった……確証はなかったけどね」

 

「だから私は、敢えてあなたの動きを彼らに伝えたの。彼らもプロ、準備さえ整える事が出来ればあなたを追い詰めてくれるって思って」

 

「お陰で上手い事あなたの中からヤジュエルを追い出す事が出来た。でもその代わり晶ちゃんが傷付いちゃった。晶ちゃんにとっては、本末転倒よね」

 

「だから……ゴメン」

 

 一通り全てを話し終えたジェーンは、両腕から力を抜いた。これから起こる全ての事を受け止め、自分のこれからを晶に委ねる為だ。

 

 暫く呆然とジェーンを見つめていた晶だったが、その目の中に次第に怒りの感情が渦巻き始める。奥歯が食い縛られ、目尻がつり上がり憤怒の表情が浮かんだ。そして次の瞬間、晶はジェーンを押し倒すと彼女の首に手を伸ばし渾身の力で締め付け始めた。

 

「あ゛っ!? く、か……!?」

「ふぅっ! ふぅっ! お前、お前が……!?」

「う゛、ぁ゛……ぁ゛……!?」

 

 先程までベッドの上で寝ていたとは信じられない力で晶の手がジェーンの首を締め付ける。気管と血管を締められ、酸欠に苦しむジェーンであったが、曲がりなりにも彼女は上級ノスフェクトと言う化け物。この程度で簡単に死ぬことは出来ず、それが彼女の苦しみをさらに長引かせた。

 

 だが晶はジェーンが苦しむ姿を見ているだけでは満足する事が出来なかった。彼女の所為で晶の中の全てが崩れ去ったのだ。抱く怒りはこんなものでは収まらない。

 

「くっ!」

 

 徐に晶はファントムシューターを抜き、銃口をジェーンの胸の真ん中に合わせた。今のジェーンは弱っている。この状態で胸に銃弾を受ければ流石の彼女も死ぬだろう。それを分かった上で晶は狙いを彼女の胸元に定め…………しかし引金を引く事は出来なかった。何度も引金を引こうとはしたが、引かれる直前で指が固まり動かなくなるのだ。裏切られはしたが、それでも尚晶の中にはジェーンの事を想う部分があったのである。

 

「うっ…………くぅっ!?」

 

 遂には耐えきれなくなったように晶はファントムシューターを投げ捨て、ジェーンの上から退くと近くで蹲った。解放されたジェーンが起き上がり晶に近付こうとするが、気配でそれを察した晶は全力で彼女を拒絶した。

 

「来ないでっ!? あっち行ってよッ!?」

「ッ…………うん」

 

 これ以上は踏み込んではいけない。少し晶を1人にさせ、落ち着かせた方が良いと判断したジェーンは名残惜しそうにその場を離れた。

 

 途中、一度振り返って晶の様子を見るも彼女は依然として蹲り声を上げて泣くだけであった。その痛々しい姿に喉元にまで出掛かった言葉を飲み込み、ジェーンは2階へと上がっていく。

 

「う、あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 残された晶は1人、静かな診察室の中で子供の様に声を上げて泣き続けているのだった。




という訳で第40話でした。

晶を傷付けてしまったという自責の念に押し潰されそうになる誠でしたが、胸の内に抱き続けた晶を守りたいという気持ちだけは貫きました。結果凶弾に倒れる事となり、それを間近で見た晶が錯乱する結果になりましたが。
唯が誠を救う為に使った術は一時的に2人の命を繋いで生命力を分け合うものです。なので誠は回復しますが、生命力を分け与えた唯はめちゃんこダメージを受けてダウンしちゃいました。禁術と言う程リスクが高い術ではない為、暫く休めば唯も直ぐに復帰出来ます。

ジェーンが情報をリークした事を明かして晶に拒絶されてしまいましたが、ああする事でジェーンは怒りを自分に向けさせることで晶が自暴自棄になり自らの命を絶つ事を防ぎました。ああでもしないと晶は本気で自己嫌悪に押し潰されて自死を選んでしまいかねなかったので。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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