仮面ライダージェム   作:黒井福

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第41石:跋扈する偽物

 晶が御堂筋に撃たれるのを自身の身を盾にして防ぎ重症を負った誠は、唯の忍術による治療の甲斐もあって大事に至る事はなく搬送先の病院のベッドの上で目を覚ました。

 

「ぐっ……あ、晶……」

 

 目覚めて早々に晶の名を口にした誠は、覚醒したばかりで視界もぼんやりとしている中で尚彼は晶の姿を探して室内を見渡し、そこで漸く自身が病室に居る事を理解した。

 

「ここは……病院? うっ!?」

 

 自身が置かれている状況をゆっくりと理解した誠が起き上がろうとするが、その瞬間撃たれた場所に鋭い痛みが走り引っ張られるようにベッドの上に再び横になる。その痛みのお陰で直前に何があったのかを思い出し、そして自分がこうして生きている事に逆に疑問を抱いた。

 

「生きているのか? あれで……?」

 

 あの時御堂筋が撃ったガンマライフルは弾頭を対人用にしていた。人道的な面もあって本来のガンマライフルが扱う銃弾に比べれば威力は抑えられているが、それでも軍用の自動小銃と同等の威力はある。そんな物を胴体にまともに喰らって、こうして生きていられる事が驚きであった。本来であればこうして痛いと思いながらベッドの上に倒れるなど出来ない筈なのだ。

 

 一体何がどうなっている? そんな疑問を彼が抱いていると、病室の扉が静かに開かれ彼と同じく患者服姿の唯が入って来た。唯は彼が起きている様子に安堵し笑みを浮かべた。

 

「あっ! 神宮寺さん、良かった目が覚めたんですねっ!」

「え、えぇ……あの、どうして……」

 

 まだ頭が混乱している誠は疑問を正確に口にする事ができなかった。ぼんやりとした問い掛けに最初唯は彼が何を聞きたいのか分からなかったが、撃たれた自分がこうして病室で寝る事になるまでの経緯が気になっているのだと気付きそこに至るまでの出来事を簡潔に話した。

 

「撃たれて重傷だった神宮寺さんは、私の忍術で応急手当をしました。まぁ、その時の無茶で私もこんなですけどね」

 

 あの後何が起こったのかを知らなかった誠は、自分を助ける為に唯がその身を削ってくれた事に申し訳なさを感じ沈んだ表情で頭を下げた。

 

「す、すみません……南城さんに迷惑を掛けてしまって……」

「いえいえ、気にしないでください。それより、神宮寺さんは大丈夫ですか?」

「そう、ですね……撃たれた所は痛みますから、起き上がるのは難しいですが何とか大丈夫そうです」

「そうですか、良かった。待っててください、佐伯隊長を呼んできますから」

 

 唯は飽く迄も生命力を提供し彼の回復を促しただけなので、外傷の類はない。それもあってか休めば問題無いというのは間違いではなかったらしく、患者服に身を包んでいるにしては非常に元気に動き回っていた。その姿に誠は一瞬笑みを浮かべてしまうが、直後に倒れた晶の姿を思い出しその笑みも引っ込んだ。

 

「晶……」

 

 自分が傷付けてしまった彼女は今どうしているだろうかと、自分の事よりも晶の事を心配する誠。彼女の事を考えるとやはりジッとしては居られず、すぐにでも彼女の元へ行こうと無理をして起き上がろうとした。だがそんな無茶が出来るほど彼の体は回復しておらず、力が上手く入らずバランスを崩した際にそのままベッドの上から転がり落ちてしまった。

 

「うわっ!? くっ、うぅ……」

 

 ベッドから落ち、床に体を叩き付けられ痛みに見を捩る。するとその音に気付いたのか、病室の扉が勢い良く開かれ円が急いで駆け寄り倒れた彼を抱き起こした。

 

「誠、大丈夫か?」

「ちょ、神宮寺さん何やってるんですか!」

 

 円に続いて入ってきたのは唯であった。彼女は円と協力する様に誠をベッドの上に戻し、彼を落ち着かせると事情を尋ねた。

 

「それで神宮寺さん、一体どうしていきなりベッドから降りようと?」

「すみません……晶の事を考えたら、居ても立ってもいられなくなって……」

「会ってどうする?」

「……分かりません」

 

 誠自身、晶と会ってどうにかなるとは思っていなかった。ただ今は、兎に角晶にもう一度会いたいという一心だけを抱いていたのだ。

 だが円に指摘されて、改めて今の自分が晶と顔を合わせる事に対して疑問を抱き始めたのも事実であった。

 

「いや、そもそも……今の俺が、晶に会う資格なんてあるのか……?」

「神宮寺さん?」

 

 最初小さな声で呟いていた誠であったが、次第に彼は頭を抱えて自らを責める様に荒げた声を上げ始める。

 

「あ、あぁ、そうだ……そうだよ、俺……何て事を……!? 晶を、晶を守ろうとしてたのに晶を傷付けて……俺は、俺は……」

「落ち着いてください神宮寺さんッ! あなたが必ずしも悪い訳ではありません。現に石動さんが悪事を働いていたのは動かしようのない事実で……」

「そんなの分かり切ってるッ!! 晶は、あの顔を何とかしたい一心であんな事をしたんだ……だって、あの傷を誰よりも気にしてるのは晶の筈なんだ。何かしようとしても不思議じゃない……なのに俺は、そんな晶の邪魔をして、傷付けて……あ、ぁぁぁ……」

 

 誠の見解は概ね正しかった。晶が怪盗ジェムとしてパワージュエルを集める為に盗みを働いていたのも、全ては彼女自身の顔に刻まれた火傷痕を消す為であった。その為に彼女は、藁にも縋る思いで犯罪と分かっていながらも悪事に手を染めていたのだ。

 

 助けたい、迎えに行きたい、受け入れたいと思っていた晶自身が、誠が最も嫌悪し排除しようとする犯罪者となってしまっていた。その事実が誠のアイデンティティを崩壊させ、彼を自責と自己嫌悪の渦へと巻き込み心を閉ざさせてしまっている。唯にはもうどうする事も出来なかった。

 

「神宮寺さん……」

「南城女史、一旦ここを離れよう。彼は暫く1人にするしかない」

「佐伯隊長……はい」

 

 円に促され、唯は共に病室を後にする。扉を閉める前、もう一度ベッドの上の彼を診ると彼は1人静かに涙を流していた。その彼に何もする事ができないもどかしさに蓋をするように扉を閉めると、唯は扉にもたれかかりながら大きく溜め息をついた。

 

「はぁぁぁぁ……」

「落ち込んでいる所悪いけれど、悠長にしている暇はないわ」

「え?」

 

 突然話を変える円に唯がキョトンとする。何の事かと思えば、話は晶から飛び出したヤジュエルの方へと向かっていった。

 

「忘れたの? 晶から……彼女から出たヤジュエルは健在な上、人の姿にもなれるのよ。おまけに自我もハッキリとしている。探し出すのは困難なのだから、これまで以上にあなたには頑張ってもらわないと」

「あ、そう言う事ですね。確かに、これは私が頑張らないと」

 

 とは言え、晶から飛び出したヤジュエルの狙いはハッキリしている。奴は誠を狙っているに違いなかった。飛び出した直後から誠に目を付けていた……というよりも、宿主であった晶の影響を色濃く受けて誠に傾倒していると言っても過言ではない。最終的にはここを狙ってくるのは目に見えていた。

 

 だが、円の見解は少し違っていた。

 

「奴はジェットグリムに異様に懐いていた。恐らく今後、奴はジェットグリムの配下として動く事になる。連中は自分達にとって都合のいい怪盗ジェムを手に入れたという事だ。つまり……」

「これからは、石動さんの偽物が暴れまわるって事ですかッ!?」

「しかも奴は恐らく、無関係な人への被害も一切気にしない。マズい事になるぞ」

 

 円の懸念は正しかった。直後に彼女の持つスマホに着信が入り、通話に出るとアイリスがやや焦った声で今し方起こった出来事を告げてきた。

 

『隊長、大変ですッ! ついさっき怪盗ジェムによるものと思しき宝石の強奪事件が起きましたッ!』

「ッ!? 詳細を伝えろ」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「あははははははははっ!」

 

 季桔市にある宝石店に、女性の笑い声が響いていた。破壊され荒された店内に佇むのは、世を席巻する怪盗ジェム……に近い姿をした晶から生まれたヤジュエルの女であった。

 

 晶が扮する怪盗ジェムがレオタードで首から下を覆っているのに対し、こちらはバニーガールを彷彿とさせるボディコンに身を包み、うさ耳の代わりにシルクハットを被っていた。だが晶の怪盗ジェムと何よりも違うのは、顔に仮面をつけていない所である。晶は顔の火傷痕と自身の正体を隠す意味で目元と顔の右半分を隠す仮面を身に着けているのだが、ヤジュエルが変身した女は顔を殆ど隠していない。正体がバレると動き辛くなるからか顔の下半分をベールで覆っているが、晶と違って両目を晒している分美貌が分かりやすい。

 

 そんな晶になり替わる様に怪盗となって宝石を盗み出すヤジュエルが高笑いする姿を、この店の従業員だろう男が傷だらけになりながら畏怖の表情と共に見上げていた。

 

「か、怪盗……ジェム? どうして……」

 

 本当は違うのだが、この街で女怪盗と言えば怪盗ジェムしか居なかった為男はヤジュエルの女を怪盗ジェムと誤認した。尤もそう誤認させようとしたのはヤジュエルの方であり、晶と似た姿をしている事に付け込む様にこの様な姿をして、犯行に及ぶ際も態々自身を怪盗ジェムとまで名乗ったので間違われて当然なのであるが。

 

「ふふっ♪ あ~、楽しい!」

 

 そんな偽怪盗ジェムとして振る舞うヤジュエルは、思う存分暴れまわる事を心の底から楽しんでいた。こうして美しい宝石をなんの障害も無く手に入れられる事も、自分の力を思いっ切り使う快感にも、彼女は悦楽を感じ心の底から笑みを浮かべていたのだ。

 

 これまで晶の中に潜んでいたそいつは、ずっと晶のやり方に疑問を抱いていた。何故もっと思いっきり暴れてしまわないのか? 何故無関係な連中に対しそこまで気を使うのか? そいつには晶の考えが理解できなかった。

 今まで晶の中に潜んでいた、表に出る事ができなかったそいつは甘い晶のやり方にずっとヤキモキしていた。だがもうその心配は無用だった。今、そいつは自分の意思で自由に動く事ができる。思う様に思う存分やりたい事ができる。

 

 最早そいつの行動を制限する枷は何一つ存在しなかった。

 

「んん、綺麗な宝石♪ ま、私の美しさには負けるけれどね」

 

 そう言ってそいつは自信たっぷりに自らの起伏に富んだ肢体を包むボディコンを艶やかに指先で撫でた。

 

 その後そいつは手当たり次第に宝石をかき集めて持参した袋に詰め込むと、満足そうに背負いその場を後にすべく店を出た。

 

 するとその瞬間、待ち受けていたようにセツナが立ち塞がりそいつの行方を阻んだ。

 

「待ちなさいッ!」

「ん? あ、アンタ……」

 

 偽怪盗ジェムの前に降り立ったセツナは、扇情的な姿を晒すそいつの顔を見てそれが晶ではない事を一目で見抜いた。

 

「あなた、石動さん……じゃないわねっ! あの時のヤジュエルッ!」

「せいか~い♪ 折角自由に動けるようになったんだもの、思う存分楽しまなくっちゃ!」

「だからって何でこんな事をッ!」

 

 セツナは訳が分からなかった。あのヤジュエルが晶から生まれた存在であり、晶の想いを反映しているのであれば狙うのは誠であり宝石ではないと思っていたのだ。だが現実にはヤジュエルが真っ先に行ったのはパワージュエルでも何でもない宝石を力尽くで盗み出す事。これまでの晶の行動にそぐわない動きにセツナは困惑を隠せずにいた。

 

「え~? だってぇ、折角マコちゃんを迎えに行くんだから、綺麗な姿で会いたいじゃない? 私に相応しい宝石を、こうして集めてもっと綺麗にするのよ」

 

 それはある意味でこれまで晶が絶対に出来なかった事でもあった。晶はあの顔の傷の影響で、どれだけ着飾ろうとしても美しくなる事ができなかった。首から下を美しく着飾っても、顔の右半分の火傷痕が全てを台無しにしてしまう。本人はそう考え、偶に外に出る時も野暮ったい恰好をしてばかりで唯一のおしゃれとも言えるのは顔の火傷痕を隠す怪盗ジェムに扮する時だけであった。

 

 このヤジュエルの行動はその反動とも言えるものである。これまで晶が抱いて来たお洒落に対する憧れが、このような形で噴き出してしまったのだ。

 

 ヤジュエルの扮する偽怪盗ジェムの答えにセツナは危機感を抱いた。コイツは危険すぎる。理性と言うブレーキが掛かっていない上に強大な力を持つそいつは、他者を傷付ける事に対して何の罪悪感も抱いていない。奴にあるのはただ一つ、自身の悦楽を満たし快楽を得たいという欲求のみ。非常に危険な存在と言わざるを得なかった。

 

 だが何よりセツナが許せなかったのは、これまでの晶の行動を穢す様な行いそのものであった。晶は盗みと言う悪事を行いながらも、必要以上の被害は出さず最低限の一線は絶対に越える事はしなかった。それは所謂免罪符的な意味もあったのかもしれない。目当ての物以外は傷付けず、場合によっては人助けもする。そうする事で自分で自分を慰める用意許す事で、怪盗として宝石を盗む自分を正当化しようとしていたのだろう。

 

 それは手前勝手な免罪符には違いないのだろう。だが自身の目的の為に必要以上の被害を出さないようにするどころか、危険が及びそうな人々を全力で助けようとするその姿勢は素直に評価していた。悪事を為しても悪人ではないとセツナが評するのは、晶のそんな律儀とも言える部分を鑑みての事である。

 だがあのヤジュエルはそんな晶のこれまでの行動を台無しにしている。晶と似た顔で、怪盗ジェムを名乗り本当の意味で世を騒がせている。セツナはそれが許せなかった。

 

「これ以上、あなたに好き勝手させる訳にはいかないッ!」

 

 迅雷を抜き構えるセツナ。その姿に偽怪盗ジェムの纏う雰囲気が一気に張り詰めた。鋭い刺す様な敵意がセツナを射抜き、一瞬セツナの背中に冷たい汗が流れる。

 

「ふぅん? 私の邪魔するんだ? だったら……」

 

 偽怪盗ジェムは担いでいた宝石の詰まった袋を乱暴にその場に落とした。そして解す様に首を回すと、次の瞬間全身に力を漲らせ姿を変えた。

 

「……容赦はしないよっ!」

 

 その姿は晶から生まれた時と同じ、蝶と人間を組み合わせたような姿の怪人・バタフライヤジュエルであった。だが晶から生まれた時と違い、色鮮やかさが増していた。光を反射する翅や体表は光を反射する角度によって色を七色に変化させ、煌びやかさが先日の比ではなかった。

 思わず反射した光を手で遮ってしまう程に眩く輝くバタフライヤジュエルの光は、宝石に詳しい訳ではないセツナでもどの宝石を元にしているかが一目で分かった。

 

「これは……まさか、ダイヤモンドッ!」

「正解♪ 美しい私に相応しいのは、宝石の王様であるダイヤモンドの他にないわよね。この美しさ、あなたに傷付ける事ができるかしら?」

「舐めないでッ! はぁぁぁぁっ!」

 

 挑発とも取れるバタフライヤジュエルの言葉を振り払うようにセツナは素早く接近する。迫るセツナに対しバタフライヤジュエルは翅を羽ばたかせて鱗粉を飛ばし攻撃した。鱗粉は一定時間で爆発するようになっているのか、羽ばたきと共に舞い散る鱗粉が届いたところが次々と爆発する。瞬く間に周囲を火の海にするバタフライヤジュエルの攻撃を、セツナは素早い動きで回避し爆発を切り抜け接近を果たした。

 

「そこぉっ!」

「速いッ!?……なんてね♪」

 

 一瞬セツナの素早さに面食らったかに思われたバタフライヤジュエル。だが表情の分からないヤジュエルの顔で笑みを浮かべているのが分かる声を発した次の瞬間、セツナの体の表面が突然爆発した。

 

「あああぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 鱗粉は回避した筈なのに何故体が爆発したのか訳が分からず困惑するセツナ。だが自分の体をよく見て、僅かに付着した鱗粉に彼女は愕然となった。

 

「な、何でッ!?」

「馬鹿ねぇ? その鱗粉は私の意思で自由に爆破できるのよ? 爆発しない鱗粉の傍で別の鱗粉を爆発させれば、鱗粉はより広い範囲に広がる。アンタは回避したと思ってたみたいだけれど、諸に私の鱗粉を喰らってるのよ!」

 

 勝ち誇ったように告げたバタフライヤジュエルが指をパチンと鳴らせば、セツナの体に残った鱗粉も爆発し白い忍び装束が爆発で焦げて黒くなる。爆竹が弾けるように次々と体の表面で起こる爆発に、セツナは無理矢理歪な踊りを踊らされ手に持っていた迅雷も落としてしまう。

 

「あっ!? う、あ、あぁぁぁぁぁっ!? うあぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 粒子を用いた能力はジェムも使っていた。だがジェムの能力は飽く迄も相手の目を眩ませる目的の物であり、このように相手を傷付ける為にある能力ではない。その事実にセツナは改めてこのヤジュエルが晶とは完全に別人であると認識し、そんな奴が晶の築いてきたイメージを穢し彼女の全てを奪おうとしている現状に憤りを覚えた。その憤りが彼女に力を与え、崩れ落ちそうになる体を支える事ができた。

 

「う、ぐ……!? くぅ……」

「へぇ、まだ立てるんだ?」

「舐め、ないで……これでも、万閃衆のくノ一やってるんだからっ!」

「ふぅん? でもさ……そんな様で何が出来るの?」

「うぐっ!?」

 

 バタフライヤジュエルが徐にセツナの細い首を掴んで持ち上げる。立つだけで精一杯となっている彼女にこの手を振り払う事など出来ず、ヤジュエルと言う怪人の力で首を絞められ持ち上げられ一瞬意識が遠退きそうになる。

 

「あ、ぐぅ……!? ぐ、う、ぁ……かはっ!?」

「ほ~らほら、早く逃げ出さないと、息詰まって死んじゃうよぉ?」

 

 持ち上げられ足も浮いてしまったセツナが首をゆっくりと絞められ苦しそうに藻掻く。バタフライヤジュエルは藻掻く彼女の姿を見て楽しみ、甚振る様に首を掴んだ手の力をゆっくりと強くしていった。気道を塞がれ呼吸が出来ず、意識が朦朧となっていく中遂に彼女の手から力が抜けだらりとぶら下がった。

 

「ぁ…………ぁ、ぅ……」

 

 セツナの手足から力が抜け、だらりとぶら下がって動かなくなり抵抗しなくなる。もう死んだかとバタフライヤジュエルはつまらなそうに溜め息をつき、そのまま彼女を投げ捨てようと明後日の方を向いた。

 

「あ~ぁ、もう死んじゃった。大した事無かったなぁ」

 

 この時、バタフライヤジュエルは完全に油断していた。セツナも所詮自分の敵ではないと舐めて掛かった結果、彼女の実力や真意を見抜けなかったのだ。

 

 その油断は即座にバタフライヤジュエル自身に返ってくる事になる。

 

「執……筆、忍法……!」

「えっ?」

「火遁の、術ッ!」

【忍法、火遁の術ッ! 達筆ッ!】

 

 セツナが腕を下ろしたのは態とであった。彼女は力尽きたと思わせてバタフライヤジュエルを油断させ、その隙に腰のホルスターから忍筆を取り出し力を振り絞って火遁の術を発動させたのだ。完全に油断していたバタフライヤジュエルにこれを防ぐ手段はなく、至近距離から放たれた劫火に焼かれて思わずセツナを投げ捨てるように解放した。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「あぐっ!? ぐ、げほげほっ!? はぁ、はぁ……どうよ?」

 

 自分を舐めて掛かっていた相手に一矢報いた事にセツナは少しだけ勝ち誇った声を上げた。だがそれが逆にバタフライヤジュエルの神経を逆撫でしたのだろう。バタフライヤジュエルは徐に大きく羽ばたくと鱗粉を自分の周囲に撒き散らし、爆発を起こして自身の体に纏わり付く炎を吹き飛ばした。

 

「はぁ、はぁ……コイツ、ふざけた真似を……!」

 

 自分より格下だと思っていた相手に手痛い反撃を許した事に憤ったバタフライヤジュエル。そのまま勢いに任せてボロボロのセツナを血祭りにあげてやろうと飛び掛かるのだが、その直前無数の銃声が響きバタフライヤジュエルの周囲で銃弾が弾け火花が散る。

 

「あっ?」

「ッ! 佐伯隊長!」

「すまない、遅れたッ!」

 

 遅れて増援にやってきたのは円が変身するナイトスコープ率いるωチームであった。素早く周囲に展開したωチームは、油断なくバタフライヤジュエルに銃口を向け何が起きても即座に対応できるようにする。

 

 そんな彼女達にセツナは手短にバタフライヤジュエルの能力を説明した。

 

「皆さん、気を付けてください。そいつ、翅から鱗粉を飛ばして自在に爆発させます。爆発は完全にアイツの任意でコントロールできるみたいです」

「情報感謝する。総員、奴の鱗粉が届く範囲に注意して攻撃しろッ!」

 

 ナイトスコープの指示に従い、ωチームの隊員達がバタフライヤジュエルから一定の距離を保ちながらの銃撃に徹する。如何に爆発する鱗粉を操ると言っても、鱗粉が届かない範囲からの攻撃に対しては意味を成さずバタフライヤジュエルも苦戦を免れない……かに思われた。

 

 しかし…………

 

「あ~、もう……鬱陶しいなあっ!」

 

 バタフライヤジュエルは自分の周囲に高密度で鱗粉をバラ撒くと、翅から稲妻が放たれ鱗粉の中を乱反射し始める。稲妻は幾度も乱反射を繰り返しながら枝分かれし放つ光も増していった。それを見たばかりいるωチームではなく、危機感を感じてさらに激しい銃撃を四方八方からお見舞いするのだが、バタフライヤジュエルの周りを乱反射する稲妻が銃弾を消し飛ばし本体に届かない。

 

 その光景を見ていたセツナは、バタフライヤジュエルが何をするつもりなのかに気付いて慌てて全員にその場に伏せるよう警告を発した。

 

「まさか……全員伏せてッ! 早くッ!」

「ッ!? 伏せろぉぉぉぉっ!!」

 

 セツナの警告に遅れてバタフライヤジュエルの狙いに気付いたナイトスコープが叫びながら自身も飛び込む様に伏せる。その直後にバタフライヤジュエルの周囲を乱反射していた稲妻が火薬が弾けるように一気に全方位に向けて解き放たれた。一瞬目が眩みそうになるほどの光が周囲を照らすと同時に飛び出した稲妻は、手当たり次第に周囲の物を破壊していく。

 

 その中には当然包囲していたωチームも含まれており、突然の電撃を喰らい部隊の半数以上が感電し大きなダメージを受けた。

 

「ぐあぁぁぁぁぁっ!?」

「わぁぁぁぁっ!?」

「ぐぅっ!?」

 

「チクショウッ!?」

 

 今の一撃で一気に部隊の半数以上が動けなくなった。無事なのはギリギリで回避が間に合ったω2とω5だけであり、残りの隊員は電撃の直撃を受けて動けなくなってしまっていた。

 

「くっ! ω0、状況はッ!」

『今の一撃でω3、4、6が大きなダメージを受けました。バイタルに僅かな乱れはありますが生きています。ですがこのまま戦闘を続行できるかは……』

「チィッ!?」

 

 この結果にナイトスコープは舌打ちを抑える事ができなかった。バタフライヤジュエルの能力が厄介過ぎる。

 

 スコープタイプは対特異生物を想定した装備なので毒や熱に対してはかなり高い防御力を発揮する。が、電撃に対してはそこまで強い訳ではないのだ。自然界には電気ウナギなど電気を武器にする生物もいるが、毒や熱に比べれば数は限られている。そう言った理由でそちら方面への対策は後回しにされがちであり、辛うじてEMP攻撃をされた場合への対策が施されている程度でありそれ以上の電撃に対する防御力は高くないのである。

 バタフライヤジュエルはそんなスコープタイプの弱点を突いてくる攻撃であり、如何に精鋭部隊とは言え弱点を諸に突いてくる攻撃をされては堪ったものではない。

 

 それでもナイトスコープは戦闘を止める事はしなかった。確かにバタフライヤジュエルの能力は厄介だが、だからと言って放置すればそれこそ被害が大きくなる。

 

「ω2、ω5は負傷した連中を下げさせろッ! 奴の相手は私がするッ!」

 

 言うが早いかナイトスコープは周囲の制止も聞かずバタフライヤジュエルに突撃していく。向かってくるナイトスコープの姿に、バタフライヤジュエルは嘲りながらも追加で鱗粉を撒き散らし彼女の周囲で爆発させ足止めを図ろうとした。

 

「馬鹿ねぇ? 自分から飛び込んでくるなんてさ」

 

 直後にナイトスコープの周囲が爆発し衝撃と炎が彼女を覆い隠す。姿が見えなくなったナイトスコープに、バタフライヤジュエルは彼女が吹き飛んだかと思い勝ち誇ったように鼻を鳴らした。

 

「ふふんっ! この程度……」

 

 だがそれは甘い考えであった。自分が突撃すればバタフライヤジュエルがそうするだろう事をナイトスコープは読んでいたのだ。そして、案の定周囲に鱗粉を撒き散らし自分の周囲が爆発する寸前で彼女はその場に伏せて爆発をやり過ごすと、まだ残っている炎を突き抜けるように飛び出しバタフライヤジュエルに接近戦を仕掛けた。

 

「はぁぁぁっ!」

「なっ!?」

 

 接近と同時にボルテックスブレードを展開していたナイトスコープはバタフライヤジュエルに斬りかかった。まさかあの爆発をやり過ごして接近してくるとは思っていなかったのか面食らい反応が遅れたバタフライヤジュエル。それでもギリギリで斬撃を回避すると、反撃に鋭い爪の生えた手を振るいナイトスコープの装甲を引っ掻いた。ただの引っ掻きと侮るなかれ、分厚い鉄板すら容易く引き裂くほどの一撃はナイトスコープの装甲にも容易く傷をつけてしまった。

 

「ぐぅっ!? おぉぉっ!」

「ちっ、こいつっ!?」

 

 だがナイトスコープは多少怯みはしてもバタフライヤジュエルから離れる事をしなかった。離れればその瞬間鱗粉攻撃で吹き飛ばされるのが目に見えているからだ。視認が難しく、攻撃範囲も広い鱗粉攻撃を防ぐ為には、バタフライヤジュエルが巻き込まれかねない接近戦を仕掛ける以外になかったのである。

 

 しつこく接近戦を挑んでくるナイトスコープ。これに対しバタフライヤジュエルは、彼女に何時までも付き合う事を止めた。元々バタフライヤジュエルの目的は宝石を盗み出す事であり、その目的を果たせた今何時までもここに留まる理由がない。折角だからとセツナを始め相手をしてやったが、面白みのない戦いを何時までも続けるのは面倒だった。

 

「もういいや、飽きたし」

「なに?」

「そう言う訳だから、これでお暇するわね」

 

 言うが早いかバタフライヤジュエルは一気に飛翔すると、置き土産と言わんばかりに小さな爆発をナイトスコープの周囲で起こした。その爆発に怯み動きを止めている間にバタフライヤジュエルは宝石の詰まった袋を掴んでそのまま飛び去ってしまった。

 

「じゃ~ね~♪」

「く、待てッ!」

 

 逃がすものかとナイトスコープが銃撃するが、バタフライヤジュエルは鱗粉を撒き散らして自身の姿を眩ませた。

 

 結局ナイトスコープはバタフライヤジュエルを逃がしてしまい、敵を逃がしてしまった事にナイトスコープは口惜しそうに歯噛みし苛立ちを紛らわせるように地面を踏み鳴らすのであった。




という訳で第41話でした。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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