仮面ライダージェム   作:黒井福

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第6石:模倣に紛れて

 光林市を中心に夜を騒がせる怪盗ジェムだったが、最近はその活動に変化が起こっていた。尤もそれはジェムが活動内容を変えたと言う訳ではなく、彼女の活動に付随する様に活動をする者が現れるようになったと言う意味だ。

 

「待ちなさぁぁぁぁいッ!!」

「待てと言われて待つ馬鹿はいないわよッ!」

 

 この日もジェムはある富豪の家から宝石を盗み出したのだが、予告により彼女の動きを掴んでいた唯は今度こそはジェムを捕えてみせると挑んでいた。

 

 撤収したψチームに代わってこの街に来訪する予定のωチームが到着するまでの代打としてジェムに対応する事となった唯は、必ず役に立ってみせると意気込み連日ジェムの活動の場所に現れ激しい戦いを何度も繰り広げていた。流石にその戦いを完全に隠し切る事は出来ず、気付けば怪盗とくノ一の戦いはジェムに注目していた人々の知る所となっていた。

 

 こうなるとちょっと困ってしまうのはジェムに挑んでいる唯の方である。万閃衆は一応影の組織であり、あまり大っぴらに活動する事は好まれない。まぁ数年前の卍妖衆との戦いでは千里達が割かし派手に戦った事もあって、世間には忍者の存在が最早公然に知れ渡っているも同然ではあるのだが、だからと言って人々の目に留まり過ぎるのは良くない。唯自身それは分かっているのだが、何分まだまだ未熟な彼女では隠蔽しながら戦うのは難しかった。

 

 結局ジェムには逃げられてしまい、悔しい思いを抱きながら夜を越え翌日の朝。夜の間に行った追跡と戦いの疲労が完全に抜けきらず、僅かに覇気の抜けた顔で目覚めた唯は朝食を済ませると警察署へと向かっていく。

 そして警察署に誂えられた自分の仮設のデスクに着くと、新聞を広げて情報収集を行った。広げた新聞の一面には大きく、『怪盗vsくノ一! 逃げ切ったジェム!』と書かれている。

 

「く……!?」

 

 屈辱と不甲斐無さに思わず新聞を持つ手に力が籠り、新聞の端が握り潰されて皺になる。思わず感情に任せて新聞を左右に引き千切りたくなるのを堪えて、溜め息を吐きながら新聞を綴じると彼女の肩に剛が優しく手を置いた。

 

「まぁ、その、あまり気を落とさないで。あのS.B.C.T.ですら翻弄された相手です。そう恥じる事ではありませんよ」

 

 剛はそう言ってコーヒーを彼女に差し出した。唯は礼を口にしながらコーヒーを受け取り、温かいそれにそっと口を付ける。程良い温度のコーヒーが彼女の緊張を解してくれるが、苦さは普通のコーヒーよりも強いように思えて仕方が無かった。

 

「ですが、やはり力不足は感じずにはいられません。間に合わせと言うのは自覚してますが、何の成果も出せないと言うのはやっぱり悔しいです」

「それでも、南城さんが来てくれたおかげでジェムが出る所に時折現れる怪人による被害は抑えられています」

「だと良いんですけど……」

 

 必ずと言う訳ではないが、ジェムが宝石を盗み出す現場には割かし高確率でヤジュエルも姿を現した。ヤジュエルの中には獣の様に暴れまわるものも居れば、一定の知性を維持したままのものも居た。だが知性はあっても行動は荒々しい為、結局周囲は被害を被る。ジェムも一応は被害を抑えようとしてはいる様だし、少なくとも無関係な人が巻き込まれそうになると助けようと動いてくれる。その行動から唯はジェムが必ずしも悪い人間ではないのではないかと言う思いを抱きつつ、それでも世間を騒がす事は許せない為彼女が現れれば全力で捕えようと挑んでいった。

 

 とは言え、これまでの戦いでは唯が変身したセツナもジェム相手に翻弄されてしまい、毎度毎度逃げられてしまう始末ではあったが。

 

「せめてジェムの正体の手掛かりでもあればなぁ……」

 

 何度か行われたジェムとの戦いの中で、唯は何とかして彼女を追跡しようとあの手この手で尻尾を掴もうとした。式神を放ち追跡したり、気付かれない様に目印を付けたりしてジェムの隠れ家を特定しようとしたりもした。だがジェムは随分と鼻が利くのか、唯が仕掛けた目印に気付くとそれを振り払って逃げおおせてしまう。お陰で唯はロクにジェムの逃げる先を特定する事が出来ずにいたのだ。

 

「警察やψチームは何か掴む事は出来なかったんですか? その、何か、ジェムの落とし物とか……」

「ん~、そんな報告は上がっていませんなぁ。そうだろ、坂下?」

 

 剛が部下の九朗に確認を取るが、声を掛けられた本人は何やらスマホを見ながら薄っすらと笑みを浮かべてばかりで反応を示さない。今一度剛が声を掛けるが、どうやら九朗はイヤホンを着けて動画でも見ているのか呼び掛けに気付く様子がない。職場で何をやっているのだと唯が呆れた様子で見ていると、案の定暢気にスマホで動画を見ている九朗の姿に剛が額に青筋を浮かべて近付き、途中手にした分厚いファイルを重量に任せて彼の頭を叩いた。ファイルは見た目通りにそれなりの重さがあるのか、叩かれた九朗は一瞬首を亀の様に竦めると反動で椅子から飛び上りながら振り返った。

 

「いったッ!? なになに、何ですかッ!?」

「馬鹿もんっ! 呼ばれたら返事しろ、って言うか仕事中に何見てんだッ!」

 

 一応、今はまだギリギリ始業前ではあるので多少の自由はあるかもしれないが、それにしたって呼ばれても返事をしないのは問題だ。九朗自身もそれは悪いと理解しているのか、バツが悪そうな顔をしながら素直に頭を下げた。

 

「す、すみません……」

「全く……それで? 何見てたんだ?」

「は、はい……これです」

 

 そう言って九朗が見せてきたのは、マスクにシルクハットを被った怪盗姿の女性の3Dモデルが喋りながら動いている動画であった。LIVEの文字が右上にあるのを見るとリアルタイムのライブ映像らしい。それを見て唯はそれが何なのかを理解した。

 

「Vチューバーって言う奴ですか?」

「はい。最近有名になっている怪盗系Vチューバーのキラリンです」

 

 九朗の説明を聞きながら、唯と剛はスマホの画面の中のキラリンをマジマジと見る。笑顔を振りまきながら他愛のない内容の話を楽し気に語る姿は見ているだけでこちらも楽しくなってくる。コメント欄も盛り上がっており、このキラリンと言うVチューバーの人気の程が伺えた。

 

 しかし、キャラ付けとは言え怪盗である。最近怪盗と言う存在に何度も煮え湯を飲まされている唯と剛の2人は、無関係と理解しつつも何だか複雑な気持ちになった。

 

「お前なぁ……」

「って言うか大丈夫なんですか? 最近ジェムが騒ぎを起こしてるのに、キャラ付けとは言え怪盗を名乗るなんて」

「そこは問題ないでしょう。確かに一部の潔癖な人は犯罪者に便乗して人気取りをするなんて~、って騒いでますけど、ジェム自体犯罪者ではありますけど大多数はアイドルみたいに見てますから」

 

 盗みはするけれど、必要以上に人は傷付けない。何より時折発生するヤジュエルの騒ぎには率先して姿を現し、巻き込まれた人を助けて逃がしてくれたりするのだ。人々の中にはジェムの事をダークヒーローと評して彼女の活動を応援する者も居るほどだった。唯自身、ジェムがヤジュエルを相手にする際、無関係な人を助けたりする場面を何度か目にしてはいるので彼女の事を根っからの悪人と見ることは難しい。だからと言って彼女の悪事を見過ごすような事はしないが。

 

「それに怪盗に便乗してるの、キラリンだけじゃありませんし」

「え?」

「あ~、そう言えば最近テレビでも怪盗をモチーフにしたキャラクターとか出てたな」

 

 動画配信者は勿論テレビCMの宣伝キャラクターに怪盗が使われたり等、特に光林市では意識せずともそこかしこで怪盗と言う存在を目にする。ジェムが行う犯罪が多くの人々を傷付ける残虐非道なものであればここまで好意的な反応にはならなかっただろう。

 唯や剛としては、曲がりなりにも犯罪者が応援されるのは何とも頭の痛い事ではある。

 

 とは言え、ここで手をこまねいている訳にはいかない。例え積極的に人を傷付けるような事はしなくても、ジェムのやっている事は悪事である事に変わりはないのだから。唯に出来る事はジェム捕縛の為にωチームが来るまでの間、その代わりとなってジェムの犯罪を防ぎ可能ならば彼らが来る前に捕えてみせなければ。

 

「よしッ!」

 

 唯は両頬を叩いて気合を入れ直すと、情報収集をすべく席を立った。兎に角今できる事と言えば、ジェムが狙うかもしれない宝石の目星をつけてその周囲を探る事である。ジェムだって下調べも無しに獲物を定めたり盗みに入ったりはしないだろう。自分の足で情報収集に勤しんでいるに違いない。

 

 唯はその場を後にする際、一度だけ九朗が持つスマホに視線を向けた。画面の中では未だにキラリンと呼ばれるVチューバーが楽しそうに話している。

 こちとら忙しくて仕方ないと言うのに暢気に見えるその光景を見て、唯は小さく溜め息を吐くと部屋を出て警察署の外へと向かっていくのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「は~い! じゃあ今日はここまでッ! 皆今日も見に来てくれてありがとうッ! 次の配信も見に来てねッ!」

 

 一方晶は、朝の配信を終えるとカメラの接続を切った。カメラとマイクの接続を切り、キラリンとしての姿を消すとそれまでの笑顔も消して別人の様に胡乱な顔になった。

 

「はぁ~~……今日は収穫無し、か」

 

 晶がVチューバーとして動画配信をする理由な大きく分けて3つ。1つはパワージュエルに関する情報収集。意図せずパワージュエルを手にしてしまった人の多くはその影響を受けて性格が大きく変わる。晶はキラリンとして動画配信をする最中、さりげなくその事を話題に出して視聴者から情報を得ようとしていた。

 

 もう1つは怪盗と言う存在に対する忌避感を減らす為だ。普段の活動で必要以上に怪我人を出さないようにしている事も関係するが、怪盗を身近なキャラクターとする事で活動しやすくしていた。同時にこの時期に怪盗と言うキャラでさり気無く活動する為には、自分以外にも怪盗を題材にしたキャラクターが居てくれた方が都合が良い。実際キラリン以外にも怪盗をキャラ付けにした動画配信者等が現れており、その中でキラリンとして情報収集しても誰も何も疑問に思わなかった。所謂、木を隠すなら森の中、と言う奴だ。

 

 そして最後の理由。実は晶としてはこの理由がある意味で最も重要なのだが…………精神安定の為であった。

 晶は顔に負った火傷の影響で、嘗ての明るさを引っ込めて内向的な性格になってしまった。だが本来の性格を忘れ去った訳ではない。彼女の本来の性格、明るく笑顔を絶やさない部分は表に出られるタイミングを今か今かと待っている。

 そんな一面を無理矢理胸の奥底に押し込んだままでは、精神的に何時か限界が来て壊れてしまう。ジェーンはそれを危惧して、晶に顔を隠しても成立するVチューバーをする事を勧めたのである。結果として晶はVチューバーキラリンとして活動している間は、嘗ての自分を取り戻しストレスを発散する事が出来る。普段でこそダウナーな感じのままではあるが、今の彼女は精神的に大分安定していた。

 

 配信を終え、心地良い疲労感に包まれながら1人自室の椅子の背凭れに体重を預けぼんやりと天井を見上げる晶。今彼女が想っている事は、顔に火傷を負う前の自分の姿であった。こんな火傷痕が出来る前は、態々顔を隠さずともキラリンの様に輝く笑顔で他人と話す事に何の躊躇も無かった。

 だがそれは彼女にとっては半分は二の次である。あの頃の彼女にとって最も輝いていたのは、共に居た幼馴染に顔向けできていた事が最も大きい。

 

(マコちゃん……)

 

 神宮寺(じんぐうじ) (まこと)……小学生くらいの頃から仲が良かった晶の幼馴染である。高校生になるまで多くの時間を共有し、彼と共に過ごせていた時間が晶は最も満たされていた。最初の内こそ心を許せる友達であった彼への感情は、高校生になる頃は恋心に変化する位には彼の事を意識していた位だ。

 だがその恋心を成就させることは叶わなかった。この火傷痕が出来てから、晶は彼の隣に立つ資格を自ら手放したのだ。こんな醜い顔では彼に嫌われる。そんな想いをする位なら、自分から離れた方がいいと彼女は自分から誠と距離を取ったのだ。

 

 そうして疎遠になり、火傷痕が原因で不登校にもなった晶はそのまま誠と顔を合わせないまま高校を中退。家に引き籠る日々になった。有体に言って、あの頃の晶はとてもではないが見ていられる状態ではなかった。生きているのに死んでいるとでも言うような、そんな悲惨な姿であった。もし何もなければ、あのまま自死を選んでいただろう。

 

 思い留まる原因となったのは、皮肉な事に火傷痕の原因となったパワージュエルである。パワージュエルに関して調べ続けていた真也は、この鉱石から放たれるエネルギーを上手く制御し利用できれば晶の顔の火傷も綺麗に消す事が出来ると突きとめたのである。

 それは晶にとってこの上ない福音であった。医者でも匙を投げた火傷痕を、元通りに消す事が出来る。そうすれば自分は再び誠の隣に立つ資格を得る事が出来る。そう考えた晶はパワージュエル収集の為の活動を始めた。

 

 しかしそれには問題があった。パワージュエルは見た目が宝石と何も変わらない。見た目だけではない、特殊なエネルギーを放っていると言う事以外は、鉱石としての特性もそれぞれの宝石と同じなのである。なので宝石を所有する大多数の人間にとって、パワージュエルはただの宝石でしかなかった。そしてそれを持っているのは大体が富豪や博物館などであり、仮に買い取るとしても多大な金額を要求される。

 尤もパワージュエルは人間を惹き付ける性質があるので、所有者は漏れなく誰もが手放す事を拒絶する為金銭の要求があれば寧ろ楽な方ではあった。

 

 更に問題なのはヤジュエルの存在である。パワージュエルのエネルギーに晒され続けた者は、そのエネルギーの影響で肉体がヤジュエルに変異してしまう。取り込んだパワージュエルを強制的に排出させれば元に戻す事は出来るが、S.B.C.T.の装備でも無ければ容易な事ではなかった。

 

 これら二つの問題を解決する為、真也が作り上げたのがジェムドライバーであった。ジェムドライバーはパワージュエルのエネルギーを効率的に運用し、且つ晶への悪影響も遮断してくれる。パワージュエルを盗み出すにしても、ヤジュエルを相手にするにしても、これ以上の理想的な装備は無かった。

 以降晶は怪盗ジェムとして活動を始め、幾つもの家や博物館からパワージュエルを盗み出し、時にはヤジュエルを倒してきた。

 

 晶がジェーンと出会ったのはそんな中での事であった。

 

「……行くか」

 

 束の間昔の自分に想いを馳せていた晶は、こうしてはいられないと体を起き上がらせると出掛ける準備を整えた。と言っても周囲の視線を避ける為のパーカーを目深に被り、パワージュエルの探知機を手に取るくらいだが。

 

 外に出ると空からは燦々と輝く太陽の光が晶を照らす。

 

「ッ……」

 

 思わず晶はただでさえ目深に被っているフードを更に引っ張って顔も俯き周囲の視線を逃れようとした。時間が中途半端な為彼女以外に出歩く人はそんなに居ないが、それでも他人の視線に対してはどうしても敏感になってしまう。

 

(ったく……こんな時間から……)

 

 普段の晶はこんなに日が高い時間から表に出るような事はあまりしない。言わずもがな人目を避ける為だ。とは言え、真夜中にばかり活動する訳にもいかない。一応ジェーンの診療所は日中から夕方にかけての営業であるし、真也が動けない時は彼女が買い物などに行かなければならないからだ。本当は店などに行のも気が引けるのだが、いい歳なのだからそんな我儘も言ってはいられないと堪えて買い物に向かう。

 

 だが今回表に出たのはそれらとは少し事情が異なった。端的に言えばセツナを警戒しての行動であった。先日の一件から、セツナもジェムの活動が主に夜である事を理解したらしく夜間に街を徘徊し始めたのである。お陰で夜の探索が思う様にかない事が多く、ここ最近はパワージュエルの情報収集も儘ならなくなってきていた。配信の視聴者やジェーンからの情報を頼りにしてきたが、それもやはり限界がある。

 

 夜に満足に動けないなら、日中に動くしかない。人目に付くリスクは高くなるが、パワージュエルを集めなければ顔の治療も出来ないしヤジュエルの被害も増える。

 晶は重くなる心を持ち上げながら太陽に照らされつつ街中を歩き回った。時折センサーに目を向けるが、家を出てから数分経ってもパワージュエルの反応は見られない。

 

 出来ればさっさと見つかってほしいのにと思いながら、歩き続けることに疲れて手近なベンチに腰掛けた。

 

「はぁ……」

 

 特に近くの自販機で何かを買う事もせず、ベンチに腰掛け溜め息を吐く。腰を下ろすと気持ちも落ち着き、周囲に意識を向ける余裕も出てきた。……出来てしまった。

 

「ッ!?」

 

 周囲に意識を向けると、時折自身に向けられる視線が気になった。ド平日の昼間に、フードを目深に被った年頃の女性がこんな所で一見すると暇そうにしているのだから気になると言う者も居るのだろう。とは言えその興味は所詮一瞬の物だ。路傍にちょっと珍しいものが見えたから、少し気になって視線を向けた程度のものでしかない。

 そんな事は晶も承知しているのだが、この顔になってからは向けられる視線が時折どうしようもなく怖くて仕方ない時があった。前髪でしっかり隠しているし、フードも目深に被っている為火傷痕が見られる事はない筈だが、もし何かの拍子にこの火傷痕を見られて蔑みや嫌悪の視線を向けられたりしたらと思うと…………

 

「ぅッ!?!? ふ、ぅ……!?」

 

 途端に晶は周囲から奇異なものを見る目で見られているような感覚に怖くなり体を縮こまらせた。これが自身の被害妄想の類であり、実際には誰も彼女にそこまで注目していない事は分かっている。だが理屈ではなく、今の晶は他人の視線が怖くて仕方なかった。今の彼女が人前で平然としていられるのは、配信でキラリンとして活動している時と、怪盗ジェムとして活動している時だけだ。どちらも偽りの姿ではあるが、ふるまいは過去の晶に近い。ある意味で彼女が彼女としていられるのは、偽りの姿でいる時だけであった。

 

(……止めよう)

 

 やはり、日中はどうしても気が引けてしまう。セツナにエンカウントするリスクは高いが、日中にこんな思いをしながら動き回るのに比べたら何倍もマシだと、晶は日中の探索を諦めせめてジェーンのところで情報収集して帰ろうと腰を上げようとした。

 

 その時、彼女が座っているのと同じベンチに1人の女性が腰掛けてきた。

 

「はぁ~、駄目だな~もう」

「ッ!!」

 

 聞き覚えのある声に咄嗟に弾かれるようにそちらを見ると、そこに居たのは唯であった。彼女は彼女でジェムの手掛かりを探して自分の足で街中を動き回っていたが、こちらはこちらで結果が芳しくなく顔に疲労を滲ませていた。徒労に疲れて休憩しようと腰掛けたベンチに、たまたま晶が先に座っていたと言うだけの話である。決して何か意図した訳ではないのだが、唯の素性を既に知っている晶からすれば何か含みでもあるのではないかと警戒せずにはいられず思わずそちらに目を向けてしまったのだ。

 

 当然、偶々座ったベンチでいきなり勢い良く視線を向けられれば、向けられた側も驚かずにはいられない。晶が勢いよく顔を向けると、唯もそれに驚き思わず彼女の事を見返した。

 

「えっ!? な、何? 何ですか?…………って、あなたは……」

 

 突然視線を向けられた事に驚きを露にする唯であったが、その相手が晶である事に気付くと僅かに抱いていた警戒心を緩めた。

 

「えっと確か……石動さん、でしたよね?」

「えぇ……」

「こんな所で会うなんて偶然ですね。お仕事ですか?」

「まぁ……」

 

 少しでも距離を積めようとしてくる唯に対して、晶は極力そっけなく答える。晶の方は唯が仮面ライダーセツナである事を知っているので、あまり距離を縮めて迂闊な事になりたくなかったのだ。だが唯の方は当然だがそんな事情知る訳がないので、折角の御近所と言う事で少しでも親密になっておこうとフレンドリーに接してくる。

 それでも晶の雰囲気が分からない程空気が読めない訳でもないので、晶があからさまに自分との間に壁を作ろうとしている事に気付くとちょっぴり申し訳なさそうにした。

 

「あ、すみません……お邪魔、でしたか?」

「いや……それは……」

 

 正直な話をしてしまうと、晶にとって唯の積極性は煩わしいものでしかなかった……普段であれば。

 だが今回の場合、助かったと言う気持ちも少なくは無かったのだ。先程まで感じていた周囲からの視線に対する恐怖、それが今は無くなっている。唯の存在と彼女に話し掛けられた事で意識がそちらに逸れ、周りを意識する事が無くなっていた。元々がほとんど被害妄想に近かったので、一度意識が逸れてくれれば心も大分落ち着いた。その切っ掛けとなった、唯に対して今は感謝の念も抱いている。

 

 とは言え彼女はジェムの邪魔を何度もしてくる仮面ライダーセツナ。その事に唯自身は気付いていないが、だからと言ってあまり親しくしていると何処かでボロが出るかもしれない。そう思うと必要以上に接触する事は好ましくないのではないかと、晶はそれ以上唯と話をする事が出来なかった。

 晶の沈黙をどう捉えたのか、唯もそれ以上は何も言う事無く言葉を選ぶように黙ってしまった。何とも言えない沈黙に、どちらからともなく居心地の悪さに腰を上げようとした。

 

 その時、2人の前を歩いている人の何人かに何かが撃ち込まれた。

 

「んっ?」

「えっ?」

 

 一瞬光る何かが不特定の人の首筋に飛んでいったのが見えたような気がして、晶も唯も目を瞬かせる。すると次の瞬間、その撃ち込まれた人が突然苦しみだしたかと思うとその体を鉱石の様な物で覆われて岩人間の様な姿となってしまった。突如人間が変異した岩人間達は、下手な奴が操るマリオネットの様な不格好な動きをしながらも周囲の人々に襲い掛かり始めた。

 

「ガガッ……」

「ゴゴゴッ……」

「う、うわぁぁぁぁぁぁっ!?」

「きゃぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 突然人が怪物に変異し周囲に破壊を齎す。その光景に2人は同時に立ち上がると、唯は襲われている人を助けるべく戦い始めた。

 

「くっ! 止めなさいッ!」

 

 流石に周囲にまだ人が多いので変身は出来ないが、一応は忍びとして基本的な身体能力も鍛えている。そのお陰もあって不格好な動きしか出来ない岩人間程度であれば、押し退けて襲われている人を助けるくらいの事は出来た。

 

「逃げてください、早くッ!」

「ちょ、あんたッ!」

「あなたも、早く逃げてッ!」

 

 晶がジェムである事を知らない唯は、彼女の事も逃がそうとしながら岩人間達と戦っていく。とは言えやはり生身では決定打が無い為、押し退ける事は出来ても倒す事は出来ない。そしてそれは唯の体力を確実に奪っていき、人々を逃がしながらも徐々に追い詰められていく事に繋がった。

 

「ぐっ!? はぁ、はぁ……くっ!」

 

 流石に何時までも生身のままでは厳しいかと、唯は周囲の人が少し減ってきた事もあって苦無を取り出し岩人間達に斬りかかる。それでも劣勢を完全に覆す事は難しく、時折岩人間が振り回した腕に殴り飛ばされる瞬間もあった。

 

「あぅっ!? くぅ、はっ!」

「~~~~、あぁ、もうっ!」

 

 変身もせず1人奮闘する唯の姿に、晶の心も奮い立たされた。何より、岩人間に襲われる人の姿が、過去にヤジュエルに襲われ顔を焼かれた時の自分の姿と重なったのだ。

 それを見て1人逃げたりすることが出来るほど、晶も落ちぶれてはいなかった。彼女は唯の手が届かない所で襲われている人を助けると、一緒に逃げるフリをして物陰に隠れるとジェムドライバーを腰に装着し右手にパワークオーツの指輪を嵌めてジェムに変身した。

 

「こいつは貸しだからね……変身ッ!」

《Change of Cut, Cloth Quartz! Commit the Phantom Thief!》

 

 人目に付かない所で晶が変身したジェムは、表に飛び出すと空中に飛び上がりマントを翻しながらファントムシューターを抜き周囲に蔓延る岩人間達を次々と撃ち抜いていく。

 

 突然の頭上からの銃撃に唯が上を見上げると、直後にジェムが彼女の隣に降り立った。

 

「よっと」

「えっ!? あ、ジェムッ!」

「お疲れさま。後は私に任せなさい」

 

 言うが早いかジェムはファントムエッジを抜き、右手に持ったファントムシューターで射撃しながら岩人間に接近し切り裂いていく。ジェムに助けられた事に複雑な気持ちになる唯であったが、このまま助けられっぱなしでは万閃衆の一員としての沽券にかかわる。それに何より、足手纏いに思われるのは心外だった。

 

「私だって戦えるって、忘れないでよね。執筆忍法、変身の術ッ! セツナ、変身ッ!」

【忍法、変身の術ッ! 瞬きの、刹那を見抜き、忍ぶ者……セツナッ! 達筆ッ!】

 

 ジェムに遅れて変身したセツナは、自身も忍者刀を抜き岩人間達と戦い始める。

 

 街中に突如現れた岩人間と戦うジェムとセツナ。その姿を、2人の頭上の建物の影から静かに見ている者が居た。黒い鎧に白いバイザーを身に着けた、手に拳銃の様な物を持つ者の存在に、ジェムもセツナも気付く事は無かったのだった。




という訳で第6話でした。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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