仮面ライダージェム   作:黒井福

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第7石:燈色の略奪者

 突如人々が変異し周囲を攻撃し始めた岩人間……それをジェムは、スクラッパーと呼んでいた。ヤジュエルの中でも知能を維持した奴の中には、時折自分の欠片を周囲の人間に打ち込んで強制的に自分の配下に変異させる事がある。大本となるパワージュエルに比べると放たれるエネルギーが低いからかヤジュエル自身に比べると様々な面で劣っているが、一度に数体生み出す事が可能だったりと利点も多く力は大した事無いがそこそこ頑丈な為総じて面倒臭い相手だった。

 

 そんなスクラッパーを、ジェムとセツナは果敢に攻撃し倒していく。

 

「だぁぁぁぁっ!」

 

 ジェムが銃撃しながらスクラッパー達に接近し、ある程度近付くと左手に持ったファントムエッジで切り裂いていった。ジェム自身の素早い動きにスクラッパーは対応しきれず、散々に翻弄された挙句次々と倒されていく。

 

 動きの素早さではセツナも負けてはいない。彼女は地を這うような動きで接近しつつ手裏剣を投げて牽制し、至近距離にまで近付けると忍者刀を素早く振るってすれ違いざまに切り裂き倒していく。倒されたスクラッパーは動かなくなったかと思うと元の人間に戻っていき、その光景にセツナは安堵の息を吐いた。

 

「良かった、生きてる……やっぱり倒せば元に戻せるんだ」

 

 先日の明美も一度はヤジュエルに変異してしまったが、ジェムに倒されると負傷と消耗しながらも生きた状態で元の姿に戻れた。それもあってスクラッパーも倒せば元の人間に戻せると予想していたが、元人間の怪人を攻撃し倒すと言うのは緊張せずにはいられない。

 

 一方ジェムの方はと言うと、一見すると淡々とスクラッパーを倒している様に見える。その姿を横目で見たセツナは思わず眉間に皺を寄せたが、一度意図せず背中合わせになった際背後から聞こえてきた確かな安堵と思われる溜め息に認識を少し改めた。

 

(ジェムが狙ってる宝石は、人間を変異させる効果がある……宝石を盗むのは、被害を増やさないようにする為?)

 

 最初は法を犯すジェムのやり方にただただ反発を抱いていたが、彼女がただ単に自らの欲を満たす為に戦っているのではないのではないかと言う可能性に気付くと、セツナは彼女に対する反発心が萎えていくのを感じた。そんな心境の変化が起こっているとは考えもせず、ジェムは徐にファントムエッジを納刀すると右手のファントムシューターを左手に持ち替えた。そして銃を横に振るとシリンダーが飛び出し、そのシリンダーに右手の中指の指輪の宝石を嵌める様に押し付けた。

 

《Leading jewel,Quartz》

 

 パワークオーツのエネルギーを充填したファントムシューターのシリンダーを元に戻すと右手に持ち替える。そして一瞬の間を置いて周囲のスクラッパーの位置を把握すると、その場で体を回転させながら連続で引き金を引いて強化された弾丸をスクラッパー達に次々と撃ち込んでいく。ただでさえジェムの通常攻撃でも倒せる程度の力しかないスクラッパーは、これを防ぐ事も耐える事も出来ずあっという間に全滅した。

 

 周囲にはあれ程蔓延っていたスクラッパーは影も形も無く、後には変異させられていた被害者と言える人々が倒れていた。セツナは倒れている人々の容態を確認し、意識を失ってはいるが大事に至るほどの怪我をした者は見当たらない様子に安堵の溜め息を吐く。ジェムはその光景に何を言う事も無くその場を去ろうと踵を返した。

 

 セツナはそんな彼女の背に声を掛けた。

 

「待って」

「…………何かしら?」

 

 背中に掛けられた声に、ジェムは少し考えてから反応を返した。別に無視しても良かったのだが、何だか後ろ髪を引かれた気になって足を止めたのである。

 

「あなたは何を知ってるの? あなたの目的は何? この人たちがこんな事になった、原因とか色々知ってるんでしょ?」

「…………」

 

 次々にセツナから投げ掛けられる質問に、ジェムは答える事をしなかった。だがその仮面の下では、晶が忙しなく視線を動かし思考を巡らせている事は明確であった。

 

 ジェムの沈黙に、セツナも彼女がただの悪党ではなく何らかの事情を抱えている事は理解できた。それで彼女の悪事を許す訳にはいかないが、話し合えれば何らかの妥協点を見つけられるのではと言う希望を抱く事は出来た。

 

 だがジェムが見せた逡巡は数秒だった。何かを振り払うように首を振ると、何時もの様に気取った仕草でセツナの問い掛けを一蹴した。

 

「残念だけど、私にも譲れない物があるの。あなたと仲良くする事は出来そうにないわ」

「そう……ならッ!」

 

 今はまだ歩み寄れる時ではない。そう告げたジェムにセツナは忍者刀を構えて答えた。ジェムもファントムシューターの銃口を向け、彼女が何をしてきても対応できるよう身構える。

 

 静寂が2人の間を流れ、何か一つ切っ掛けがあればジェムの引き金に掛けた指が引かれそうなほどの緊張感が周囲を流れた。

 

 そして…………

 

「あ゛ぁっッ!?」

「――――えッ!?」

 

 出し抜けにセツナが背後から何者かに攻撃された。セツナの背後から放たれた砲撃が無防備な背中を吹き飛ばし、セツナは悲鳴を上げながら衝撃のままジェムの方に飛んでくる。ジェムは咄嗟にセツナを受け止め、傷付いたセツナは不意打ちにより受けた大きなダメージに意識を朦朧とさせながら背後を振り返った。

 

「あ、ちょっ!?」

「う、ぐ……!? だ、れ……?」

 

 セツナが振り返り、ジェムが顔を上げた先に居たのは2人が見た事もない戦士の姿であった。

 

 ボディースーツは黒く装甲は燈色、頭部の目の部分は緑色のサングラスの様なバイザーを身に着けている。手にはグレネードランチャーの様な銃を持っていた。銃口からは僅かに硝煙を上げているので、セツナを吹き飛ばしたのはあの武器による攻撃だろう。

 

 突如現れた正体不明の戦士はジェムにとって邪魔となるセツナを攻撃してくれた。だがだからと言ってあれが味方であるなどと考えるほど、ジェムも能天気な性格はしていない。寧ろ敵対していた相手とは言え、いきなり不意打ちをする様な相手は信用ならない。ジェムは警戒しながら、セツナを負担が掛からない様にそっとその場に下ろして地面に寝かせた。

 

「ぐぅ……!?」

「ゴメンね、我慢して」

「うぅ……フフッ」

「? 何よ?」

 

 痛みに呻きながらもいきなり笑い出したセツナにジェムが訝し気に訊ねた。痛みで頭でもおかしくなったのかと思ったが、そうではない事が彼女自身の口から語られた。

 

「いえ、ね……やっぱりあなた、思ってたほど悪い人じゃないのかもって思って」

「ッ……余計なお世話よ」

 

 まるでこちらの内面を見透かしてきたようなセツナの言葉に、ジェムは一瞬言葉に詰まりぶっきらぼうに言葉を返すと立ち上がり燈色の戦士に銃口を向けた。

 

「いきなりレディーを背後から襲うなんて、躾がなってない紳士ですこと。どちら様かしら?」

「あ、ごめん……私、一応既婚……」

「え、嘘ッ!?……じゃなくて! どうでもいいのよそんな事」

 

 気を取り直してジェムが燈色の戦士を見据えれば、相手は既に銃口を下ろしていた。だが引き下がる気配も見せず、それどころか散歩するような軽い足取りで近付いて来る。迫る燈色の戦士に、ジェムは威嚇目的で足元に一発発砲した。

 

 燈色の戦士の足元で銃弾が弾けるが、相手は怯む事無く近付いて来る。それどころか歩みを早めてきた。

 

「寄こせ……お前の持つパワージェムをッ!」

「くっ!」

 

 そしてそんな事を宣いながら、燈色の戦士はジェムに飛び掛かってきた。ジェムは咄嗟に引き金を2回引くが、燈色の戦士は空中で体を捻り迫る銃弾をどちらも回避してしまった。そしてそのまま捻りを加えて叩き落す様な蹴りをジェムに放つ。

 

「フッ!」

「ぐっ!?」

 

 素早い蹴りをジェムは両手をクロスさせることで受け止めるが、重い蹴りを受け止め骨が軋む感触に思わず声が漏れる。そのまま押し込められそうになるが、ジェムは気合と共にそれを押し退けるとファントムエッジを抜き切りかかった。

 

「くっ、づぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 半分破れ被れに放った一撃を燈色の戦士は軽くステップを踏みながら回避し、グレネードランチャーの様な銃を向け引き金を引いてきた。放たれた砲弾に対しジェムはバックルの円盤を回転させ、クオーツを研磨した粒子をチャフの様に使って砲撃を防いだ。

 

「くぅっ! 誰アンタッ!」

 

 砲弾を防いだ衝撃を堪えつつジェムは改めて問い掛けた。すると今度は相手も答える姿勢を見せてくれた。銃口を下ろすと、鼻で笑う様に小さく息を吐きながら口を開く。

 

「俺は……『カルネプラエド』だ」

「カルネプラエド?」

「もう一度言う。お前が持つパワージュエルを寄こせ」

 

 初めて見る存在であるカルネプラエドを名乗る存在に対し、ジェムは一歩も退く様子を見せず対峙した。このカルネプラエドを名乗る人物はパワージュエルの存在を知っているらしい。何故知っているのかと言う疑問はあるが、明確に狙っている以上パワージュエルが特殊なエネルギーを持っている事は知っているらしい。それを何に利用するつもりなのかは分からないが、こちらに不意打ちを仕掛けて傷付ける事もいとわない所を見るとあまりロクな使われ方をするとは思えなかった。

 

「お生憎様。これは私にとっても大切な物なのよ。何処の馬の骨とも知れない無礼な男に、譲る道理はありませんわ」

「お前の許可など必要ない」

 

 ジェムの返答を鼻で笑うと、カルネプラエドは手にしたランチャーを半分に折りそこに鈍い輝きを放つ宝石の様な物を装填した。ジェムにはそれがパワージュエルであると一目で分かった。

 

「あっ!」

《Reload jewel》

 

 カルネプラエドはパワージュエルの原石を装填したランチャーの銃口をジェムに向ける。銃口にはパワージュエルから抽出したと思しきエネルギーが収束していき、危険な輝きがジェムの複眼を照らした。咄嗟にその場から逃げようとするジェムであったが、ふと振り返り倒れたセツナの方に目を向ける。今ここで彼女だけが逃げ出せば、ダメージで動けない彼女が吹き飛ばされる。

 

「~~~~ッ! あぁ、もうッ!」

 

 僅かに逡巡した直後、カルネプラエドが引き金を引いた。放たれた光弾が真っ直ぐ2人に向け飛んでいく中、ジェムはその場を動く事をしなかった。

 

 そして、直撃……大きな爆炎が2人の姿を覆い隠し、遅れてやってきた衝撃がカルネプラエドの体を僅かに揺らす。カルネプラエドがそのまま暫く爆炎の中を見透かすように見つめていると、突然突風が吹き荒れ炎を吹き飛ばした。

 

「ッ!」

 

 思わず顔を手で覆うカルネプラエド。その彼が指の間から向こう側を見やると、そこに居たのは砲撃が直撃する直前にシナバーカットにフォームチェンジしたジェムが佇んでいた。専用装備のアルケミックケインを構えたジェムは、魔法で風を発生させてカルネプラエドの砲撃を防いでいたのである。

 

 攻撃を何とか防ぎきったジェムは振り払うように風を止めた。その光景に後ろから見ていたセツナは呆然とした声を上げた。

 

「あ、あなた……」

 

 まさか助けられるとは思っていなかったのか、唖然とするセツナにジェムは自身の甘さに歯噛みしつつそのままカルネプラエドを追い払うべく戦闘に突入した。次から次へと様々な属性の魔法が放たれ、カルネプラエドを追い詰めていく。多数の属性攻撃が出来る、シナバーカットの方が遠距離での戦闘では優れていた。

 

「はぁぁぁぁっ!」

「くっ!?」

 

 一度に炎と風の魔法を使って、炎の竜巻がカルネプラエドに迫る。流石にこれ以上の戦闘は厳しいと判断したのか、カルネプラエドはこの場は素直に退散する事を選びその場で大きく跳躍すると近くの建物の屋上に降り立った。

 

 屋上から見下ろしてくるカルネプラエドにジェムは一瞬追跡しようかと考えたが、聞こえてくるサイレン音に思い留まった。このまま戦いを続行すれば、最悪やってきた警官隊を巻き込む。

 迷っているジェムを見下ろしていたカルネプラエドは、小さく息を吐くと彼女に再戦を告げその場から姿を消した。

 

「……また会おう。その時はお前が持つパワージュエル、頂く」

「あっ!?」

 

 迷っている間に立ち去ってしまったカルネプラエドに、ジェムは安堵と悔しさを交えて肩を落とすと自分もこの場から立ち去るべく踵を返す。その彼女の背に、やっと立ち上がれるくらいに回復したセツナが声を掛けた。

 

「待って……!」

「……何? 悪いけど、私はもうあなたに話す事なんて――」

 

 どうせまた悪い事は止めろとかそう言う類の言葉だろうと高を括っていたジェム。だが次の瞬間彼女の口から出てきたのは、予想外の言葉であった。

 

「ありがとう」

「……は?」

「今、あなた私の事助けてくれたでしょ? だからそのお礼」

 

 まさかついさっきまで敵対していた相手から素直に感謝されるとは思っていなかった為、ジェムも思わず困惑してしまった。戸惑う様子の彼女の姿にセツナも仮面の下でクスリと笑みを浮かべる。

 

「……フフッ」

「ッ!? か、勘違いしないで頂戴ッ! さっきはああするのが一番だと思っただけなんだからねッ!」

「はいはい、そう言う事にしといてあげるわ。それに…………助けられたからって手心を加えるつもりはないから」

 

 それはつまり、次に会った時はまた本気で捕えに動くと言う事。セツナからの宣言に、ジェムも気を引き締め彼女の言葉に受けて立つ意思を見せる。

 

「どうぞご自由に。私も、止めるつもりはないから」

 

 束の間、2人の間から音が消え去った。耳が痛くなるほどの静寂が訪れたかと思う程の静けさを感じていた2人だが、その実周囲には近付きつつあるサイレンの音が響いている。極限まで高まった集中力が、2人の中から余計な雑音を全て排除しているに過ぎない。

 

 たっぷり数秒睨み合った2人の仮面ライダーだったが、先に緊張を解いたのはジェムの方であった。肩から力を抜き、セツナに背を向けて背中越しに軽く手を振りその場を立ち去る。

 

「それじゃ、お大事に~」

 

 去っていくジェムの後ろ姿を見送ったセツナは、自分も退散すべく踵を返した。これ以上自分がここに居ても出来る事はない。後の事は警察と救急に任せ、今は傷を癒そうと姿を消すのであった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 翌日、晶は朝食後のコーヒーを楽しみながら先日遭遇したカルネプラエドについて考えていた。

 

(アイツ、パワージュエルを狙ってた。私以外にパワージュエルを知ってて狙うような奴が居るなんて……)

 

 そもそもパワージュエルは別に秘匿されている訳ではない。真也もその存在を発見し認めてはいるが、内容があまりに荒唐無稽な為十分なデータが取れるまでは迂闊に発表しないようにしていたのだ。その間に晶がヤジュエルに襲われ、責任と危険性を感じた真也はその存在を隠しつつ密かに回収しようとした。それが晶の変身するジェムなのだ。

 

 しかしここにきて自分以外にパワージュエルを狙う輩が現れた。どうやら自分達以外に、何らかの偶然でその存在を発見したのだろう。そして、その秘められた力に目を付けた。

 そう考えた所で、晶のマグカップを持つ手に力が入る。何処の誰かは知らないが、恐らく人々をスクラッパーにしたのはアイツに違いない。自分も決して褒められた人間でない事は重々承知しているが、それでも無関係の人々をあんな風に巻き込むのは間違っていると断言できる。自分だったらそんな事はしない。

 

 そんな奴が本格的にパワージュエルを集めてしまったら…………

 

(させない、そんな事……! パワージュエルを悪用なんてさせないし、あれは私にも必要なんだから……!)

 

 意識せず、晶は髪で隠れた顔の右側に触れた。髪の毛越しに感じる火傷痕の感触に、口の中に苦いものが広がるのを感じ顔を顰めた。

 

「晶、どうした?」

 

 確認できる顔の左側の表情の変化に気付いた真也が声を掛けると、晶は我に返り顔の右側に触れていた手を下ろした。そうすると今度は途端に手持ち無沙汰になった気になり、落ち着かなくなったので気分転換がてら気になった事を父に訊ねた。

 

「ねぇ、父さん……ちょっと聞きたい事あるんだけど?」

「うん、何だい?」

「私達以外に、パワージュエルの事を知ってる人って誰も居ないのかな?」

 

 晶の問いに真也は持っていたマグカップをテーブルに置き口元を手で押さえ考え込む。

 

「ふむ……その筈だけど、どうして?」

「実は昨日さ……」

 

 晶は掻い摘んで昨日の出来事を真也に説明した。昨日は珍しく真也が遠出していたらしく、夜になっても帰って来ずカルネプラエドの事を話す事が出来なかったのだ。未だに雇われの地質学者として生活を支える為働いている父に、無理をさせる事も出来なかった為昨日は話をするのを控えたのである。

 

 そうして晶からカルネプラエドの事を聞いた真也の表情は目に見えて分かるほどに険しくなった。

 

「それは……マズいな。恐らくそれは、パワージュエルの存在に気付いた何者か。多分、例の傘木社の残党とやらが関わってる可能性が高い」

 

 やはりかと晶は納得した。今の時代、あんな装備を誂える事が出来る者は限られる。落ちぶれたとは言え嘗ては世界中にその手を伸ばしていた技術を持つ傘木社だ、残党になっても新たな装備を開発するだけの知識と技術は持ち合わせていてもおかしくない。

 昨日の一件は差し詰めパワージュエルの兵器利用のテストと言ったところか。強大な力を持つパワージュエルは、扱いを間違えば容易く多くの人を不幸にする兵器に早変わりする。そうなれば、晶の様な被害を受ける者が爆増する事が容易に想像できた。

 

 そんな事はさせないと、晶はマグカップの中に残っているコーヒーを一気に飲み干すと立ち上がった。今は兎に角情報が欲しい。ただモノが物の為、配信のコメントでは答えは望めないだろう。

 となると、行ける場所は一か所しかない。

 

「ちょっと出掛けてくる」

 

 ジェーンの診療所に向かおうと立ち上がりその場を離れようとした晶だったが、真也はそんな娘の背に声を掛けた。

 

「晶、ちょっといいかい?」

「ん? 何?」

「晶に情報を色々と教えてくれる、そのお友達に関して少し聞きたいんだけど?」

 

 ジェーンが友達と言う表現に少し引っ掛かるものはあったが、それはそれとして晶は真也からの質問に言葉を詰まらせた。と言うのも、ジェーン本人から例え父であっても自分の事は秘密にするように言われていたのだ。何故かと問うても笑うだけで詳しい理由までは話してくれない。まぁ何処からどう見ても堅気では無さそうだし、あまり顔が知れ渡るのは望んでいないのだろう。診療所の客も多いとは言えないし。と言うか晶は自分以外に誰かが診療所の扉を出入りしている光景を見た事が無かった。

 

 なので、例え父の要望であってもこればっかりは聞く事は出来ない。表立って表現する事はしないが、晶もジェーンには感謝している。そんな彼女を裏切る様な真似は出来なかった。

 

「……ゴメン、こればっかりは秘密にしなきゃいけないの。そう言う約束だからさ」

「そう、か……いや、晶が世話になってるみたいだから、一言お礼だけでも言っておきたかったんだけどね」

 

 そう言って真也がチラリと冷蔵庫の上のピルケースに目を向ける。晶はその視線の動きに気付かず、素直に父に申し訳なく思いながらも沈黙を貫いた。

 

「本当にゴメンね。父さんの気持ちは伝えておくから。それじゃ」

 

 今度こそ晶はその場を後にし、部屋で外出用のパーカーを羽織りフードをしっかりと被ると家を出た。

 

 彼女が家の玄関を出て道路に足を踏み出すと、それと同時に少し慌ただしい様子で唯がアパートの敷地から飛び出してきた。

 

「ヤッバイ!? 寝過ごしたぁッ!?」

「ッ!?」

「わっ!? っとと、ごめんなさいッ! あ、石動さん、おはようございます」

「あ、うん……お、おは、よう」

 

 唯は先日の戦いでダメージを受けた事もあり、普段起きる時間を越えて眠ってしまっていた。結果警察署に向かう時間を過ぎてしまい、朝食も取らずに部屋を飛び出したのだ。

 

 急いでいるようだし、普段であればあまり長々と関わりたくはないので晶もさっさと適当に挨拶だけ躱してその場を離れる所だったが、今回ばかりは少し気になる事があったので少し真剣に唯の姿を観察した。特に注目するのは彼女の左手。特別な理由がない限り剥き出しになっている筈のそこは、案の定白魚の様な指が良く見える。

 その薬指に小さく輝く、プラチナに小さな宝石があしらわれた婚約指輪の存在も…………

 

「……」

「あの~? どうしました?」

 

 普段であればさっさと離れていく晶が何時までもその場で佇むどころか、自分の事をじっと観察する様に見てくる様子に唯も不安を抱き覗き込む様に慎重に問い掛けた。その声に我に返った晶は、気を取り直すと顔を逸らして口を開く。

 

「結婚……してるんですね?」

「え? あ、えぇ、そうですね。夫は忙しくて、最近なかなか会えてないけど」

 

 ちょっぴり寂しそうにする唯の姿に、会いたいのに会えないと言う苦しみを良く知る晶は親近感を抱いた。だがそれを表に出す事はせず、そして同時に安堵もしていた。ジェーンの情報によると、唯の夫である千里も忍びで仮面ライダー、それも相当な腕利きだ。唯だけでも面倒なのに、この上凄腕の忍びにまで追加されては最悪負けてしまう。その千里が今暫くは合流出来そうにないと分かり、晶は内心で密かにガッツポーズなどしていた。

 内心で喜んでいる事を悟られないよう、晶はさり気無く唯が嵌めている婚約指輪を褒めた。

 

「いい指輪ですね。……質のいい、上等な宝石を使ってる」

「へ? あ、ありがとう……ございます?」

「ん…………それじゃ」

 

 これ以上の話題も無かったので、晶はそそくさとその場を後にした。後に残された唯は、千里からの婚約指輪を斜め上の方向で褒められ思わず呆けてしまっていた。まさか指輪に使われている宝石の質で褒められるとは思っていなかったのだ。

 

「石動さん、宝石の質なんてよく分かるな…………あっと! それどころじゃなかった、遅刻遅刻ッ!」

 

 そう言えば寝坊していた事を思い出し、唯は慌てて警察署へ向け駆けていく。

 

 途中、このまま普通に向かっていてはどう頑張っても間に合わないと理解した唯は、止むを得ず人目に付かない所で変身して姿を消し最短ルートを駆け抜けて警察署へと辿り着くのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 唯と別れた晶は、鄭堂診療所の扉をくぐり中で暇を持て余しコーヒーを楽しんでいるジェーンの元を訊ねた。

 

「邪魔するわよ」

「邪魔するなら帰って~」

「下らないボケかますんじゃないわよ。それより、アンタに聞きたい事があるの」

 

 マイペースを崩さないジェーンの姿に溜め息を吐きながら晶は椅子に腰かけた。彼女の様子から普段の情報収集とは毛色が違う内容である事を察したジェーンはコーヒーのカップを置くと足を組み直して話を聞く姿勢を見せる。タイトスカートから伸びるストッキングに包まれた足が艶めかしく組まれる光景に、晶は特に何かを感じる事も無く本題を切り出した。

 

「実は昨日の事なんだけど……」

「あ、ちょっと待って~」

「って、何よ?」

 

 突然何かを思い出したようにジェーンが奥に引っ込むと、その手に新たにカップを持って戻ってきた。カップの中身はコーヒーではなく紅茶だ。

 

「ゴメンね~、飲み物出すの忘れてて~。お家でコーヒーは飲んできたみたいだから~、今日は紅茶にしてみたわ~」

「んな気遣い要らないってのに、ったく……」

 

 口ではそう言うが、実際ジェーンの淹れるコーヒーや紅茶は下手な店よりも上等なので案外嬉しかったりする。

 

 紅茶に口を付け、ホッと一息つく晶の姿にジェーンが満足そうに笑みを浮かべた。それに気付いた晶は、表情を引き締めカップを置くと先日の事を話した。

 

「昨日、変な奴と戦ったわ」

「変な奴~?」

「カルネプラエドとか言う奴。どうもパワージュエルの力を使って戦う、パワージュエルを狙ってる奴なんだけど……ジェーンは何か知らない? アンタの古巣とか」

 

 晶の話に、ジェーンは珍しく真剣な表情になった。晶はジェーンが元傘木社の所属である事を知って彼女を頼ってきたのだが、ジェーンも流石に今回の事は初耳であったのだ。

 

(パワージュエル研究は流石にやってなかったな……まぁパワージュエル自体は晶ちゃんのお父さんが初めて見つけたような物だし、それ自体はおかしくないんだけど…………)

 

 尤も様々な分野に手を伸ばしていた傘木社だ。生物学分野だけでなく、工業などにも一部は携わりつつあった。そう言った連中がパワージュエルの存在に気付けば、なるほどそれを利用しようと考える残党も居るだろう。残党の中には己の探求心を満たす為だけに非合法の研究に手を出す者も少なくない。

 何より、そもそもスコープシステムの原型を作り上げたのは他ならぬ傘木社だ。その技術を応用すればジェム以外でパワージュエルの力を引き出せるシステムを作り出す事も可能だろう。

 

 しかし…………

 

(さて……本当に下手人は連中なのか、それとも……)

 

 傘木社崩壊から十数年……会社が無くなった事で拡散した技術は、良くも悪くも様々な分野に影響を与えた。特にライダーシステムに準ずるパワースーツ関連は大きく躍進した。それでもライダーシステム程優れた物は今のところ開発されていないが、それは飽く迄表向きの話。裏社会ではその技術を悪用しようと表の技術以上に日進月歩で研究開発が進められていた。先日晶が戦ったカルネプラエドも、その手の裏社会で暗躍していた者達が表に出てきた結果と言う可能性は高かった。

 

(ちょっと暫くは、警戒する必要があるかしら?)

 

 ジェーンは晶の事をジッと見つめながらそんな事を考える。無言で見つめられている事に首を傾げる晶に、ジェーンは何でも無いと言う様に柔らかく微笑んだ。彼女らしくないその微笑みに、晶は逆に警戒心を抱きちょっと体を仰け反らせる。

 

「な、何よ?」

「ん? ん~ん、何でもないわ~」

 

 何だかんだで晶とのこんなやり取りを楽しめる。その空間と時間を自分なりに守れるようにと、ジェーンも1人気合を入れているのだった。




という訳で第7話でした。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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