仮面ライダージェム   作:黒井福

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第8石:深緑の踊り子

 晶と別れた後、急ぎ警察署に飛び込む様に入った唯は誂えられたデスクで一息ついた後、これまでのジェムに関する事件を調べ直していた。

 

 当初の唯はジェムをただの盗人としか考えていなかった。仮面ライダーの力を悪用する許す事の出来ない悪党だと。だが実際に何度もジェムと触れ合い、そして彼女絡みの事件に関わっていく内にその認識に誤りがある事を感じていた。

 一番の理由は、やはりジェムが狙う宝石の法則性の様な物だろう。ジェムが盗み出そうとする宝石は人間を怪物に変異させる力を持つ。毎回宝石と縁のある人物が怪物――ヤジュエルに変異する訳ではない。そうなる前にジェムが盗み出し、唯が取り逃がしてしまう事も少なくなかった。だがヤジュエルが出現するところには必ずジェムが出てきたし、ヤジュエルが倒された後に残された宝石をジェムは必ずチェックしていた。これで宝石とヤジュエル、そしてジェムの間に関連性が無いと考えるのは無理があると言うものだ。

 

 とは言え、問題はその宝石であった。以前明美がヤジュエルに変異してしまった時、ジェムがチェックした末に放置した宝石の破片を唯は何らかの重要な参考品であると考え警察の方で調査してもらった。これがどの様なものなのか分からなかった為、自身も調査に立ち会い細心の注意を払って調べ上げてもらう。

 だがその結果分かった事は、明美が取り込み倒された後排出された宝石は見た目通りのただの宝石でしかないと言う事であった。特別な部分など何もない、組成も何もかも一般に流通しているトルマリンと何も変わらないのだと言う。その結果に唯は困惑を隠せなかった。

 

(変だなぁ。あの宝石、絶対何かあると思ったのに……)

 

 実際にあの宝石が砕ける前の状態を見た時、唯は宝石からただならぬ気配の様な物を感じた。だが砕けた後はそれが感じられなかった。これは唯の知らない事であったが、パワージュエルにも品質と言うものが存在する。高品質の物はジェムの必殺技を受けたとしても排出後に砕ける事は無くその力を維持していた。ジェムが変身の際などに使うパワークオーツなどがその高品質の物だ。逆に品質の低いパワージュエルは、外部から強いエネルギーを受けると耐えきれず砕けた挙句エネルギーそのものを失う。ジェムが回収せず放置したのは、そうした品質の低いパワージュエルであった。

 

 唯はパワージュエルに関して知らない事があまりにも多過ぎた。そしてそれを教えてくれる人は誰も居ない。これが彼女の調査を滞らせている一番の理由であった。もし彼女にもパワージュエルの事を教えてくれる関係者が居れば、ジェムに関する捜査もスムーズに進んだ事だろう。

 

 たらればを何時までも考えても仕方ない。現状唯にとって一番の近道は、最もパワージュエルに詳しい人物であるジェムを捕らえる事であった。その為には、次にジェムが狙うだろう宝石をピックアップしていくしかなかった。

 

「って言ってもなぁ~……」

 

 一口に宝石の所持者と言っても星の数ほど居る。しかもジェムが現れるのは必ず富豪や博物館などと言う訳ではない。時には街中などでいきなりヤジュエルが出現し、そこに引き寄せられるようにジェムが現れる事もあった。そしてそう言ったヤジュエルが倒されると、残された人は特別裕福と言う訳ではなく何らかの幸運で原因となる宝石を手に入れた一般人なのだ。こうなるともうお手上げだった。誰がジェムの狙う宝石を持っているのか分からない。

 

 完全に調査も行き詰ってしまい、どうしようもなくなった唯は思わず調査を投げ出し椅子に体重を預け天井を仰ぎ見てしまった。

 

「あ゛~~~~…………も~、どうすればいいのよぉ」

 

 こんな時、夫の千里であれば得意の風読みで何らかの情報を手に入れる事が出来ただろう。今この時、唯はこれまでにない程千里の事が恋しくて仕方なかった。長らく会えていない夫に甘えたい。せめて心のオアシスとなる様な場所で疲れた心を癒したかった。

 

 そんな事を考えた唯の脳裏に浮かぶのは、学生時代の在りし日の光景であった。学校帰り、千里や椿らと入った、あの喫茶店…………

 

「ジェーンさん……」

 

 椿の勧めで常連となり、そしてある日突然姿を消した七篠庵の店主であるミステリアスな美女。どうもただ者ではないらしいが、その行方は要として知れなかった。千里の話では少し前にあと少しと言うところまで近付く事は出来たらしいが。

 

「…………はぁ」

「そちらも捜査は難航しているようですね?」

「あ、高橋警部」

 

 行き詰った状況に大きく溜め息を吐いていると、不意に後ろから剛が声を掛けてきた。椅子ごと体を回して振り返れば、そこには2人分のコーヒーカップを持った剛が片方のカップを唯に差し出してきた。

 

「まぁ、これでも飲んで一息ついてはどうです? 少し息抜きしないと、息が詰まって大変でしょう?」

「すみません、いただきます」

 

 唯はありがたくカップを受け取り、コーヒーを喉に流し込んで一息ついた。

 

「ん、ん……はぁ」

「ご苦労様です。すみません、本来であれば我々警察の方でしなければいけない事なのに」

「あ、いえいえ。必要な事ですし、仕方ありませんよ」

 

 まだS.B.C.T.がこちらに来れない以上、警察の手助けが出来る唯の様な者が頑張るしかない。本来であれば悪事を働く者を捕らえる為に奮闘するのは自分達警察の仕事であると剛は不甲斐無さを感じ、出来る事は唯のサポートであると彼女を支えた。

 

「それで、今は何を?」

「あ、はい。ジェムが狙ってる宝石に関して、少し……」

「例の、宝石を人が取り込んで怪物になる……と言う奴ですか」

「それもですが、先日現れたジェムと宝石を取り合う奴が気になって……」

 

 これまでのジェムに関連した事件で、カルネプラエドの姿は確認する事が出来なかった。何故今になっていきなり姿を現し、ジェムから宝石を奪おうとするのか。自分で宝石を盗んだりせずジェムから奪い取ろうとするのは、つまりジェムが集めた宝石がやはり普通ではないと言う事に他ならない。

 

「高橋警部、確認しますけどこれまでジェム以外で宝石を狙う奴は現れなかったんですね?」

「そうですね。家屋に浸入して強盗を働き金品を奪う輩は居ましたけど、そう言うのは別に今に始まった事じゃありませんからね」

「それにそう言う奴らは、全員漏れなく逮捕してますよ」

 

 剛の言葉に、後から入ってきた九朗が続ける。彼らの言う通り、強盗や空き巣で宝石を盗んでいく奴は、頻度自体は多い訳ではないが珍しい存在でもない。ジェムが活動する以前からそう言うのは居る。

 問題なのはそう言った連中は既に逮捕済みであり、その際に身辺調査なども行い特別な組織と繋がりがある訳ではない事が証明されている事であった。今回のジェムやカルネプラエドとは無関係だ。

 

「どうしよう……こうなると捜査もお手上げですよ」

「我々も悩まされました。人海戦術にも限度がありますし」

「…………あ、そう言えば……」

「「んっ?」」

 

 本格的に捜査が行き詰りそうになったその時、九朗が何かを思い出したように声を上げる。あまり期待はせず、だが何を考えたのかが気になり唯と剛が注目して無言で続きを促すと、九朗は気になった事をゆっくりと話し始めた。

 それはこれまでにジェムの被害に遭った宝石の所持者の中で、頻繁に見られた違和感に関する事であった。

 

「関係あるか分かりませんけど、これまでジェムに宝石を盗まれた人達って盗まれた後に憑き物が落ちたようになる人が多くなかったですか?」

「ん~?…………おぉ、そう言えばそうだな」

「どういう事ですか?」

 

 ジェムが犯行予告を出して宝石を盗み出すのは博物館に寄贈された物や個人所有の物など様々なのだが、この内特に異変が顕著だったのは富豪庶民問わず個人所有の者達であった。ジェムが盗み出す前は兎に角死んでも宝石を守れとか過激な事を平気で口にしていた者達が、宝石が盗まれた後は人が変わった様に性格が変わるのである。関係者に話を聞いてみれば、盗まれた後の性格の方が元々の性格だったらしく、関係者は元の性格に戻ってくれた事を素直に喜び安堵する者も少なくなかった。中には盗まれた宝石が原因で性格が変わっていたと主張する者も居て、彼ら彼女らは寧ろ宝石を被害者から引き離してくれた事でジェムに感謝していたのだとか。

 

 犯罪者相手に感謝など何事だと九朗は面白くない物を感じていたとぼやいていたが、唯としてはそれは重要な情報であった。思い出すのは以前のオークションでの明美の異変であった。直前まであの宝石を恐れていた筈の彼女が、まるで何かに操られるか憑りつかれたかのように宝石を手に取り取り込んでヤジュエルに変異してしまった。ここで漸く唯は、ジェムが狙う宝石には人間を狂わせる何かがある事を確信した。

 

(やっぱりジェムが狙う宝石には何かがあるんだ……じゃあジェムは、被害を減らす為にこんな事を?)

 

 ジェムの犯行の中には、被害者が変異する前に盗みが終わる事も多々あった。もし唯の予想が正しいのであれば、彼女とは和解の余地がある。無論、彼女の本心が何処にあるのかは分からない為必ずしもそうであるとは言い切れないのだが、それでも希望があると考えられれば幾分か気分は楽になった。

 

 とにかく捜査方針は固まってきた。ジェムが狙うのは人の性格を変えてしまうような宝石を所持している人物だ。博物館などは常に警戒の目を向けつつ、最近性格が豹変したと言う人を重点的に警戒すればいい。

 

「問題はどうやって性格の豹変を探るかなのよね~」

「そうですね。流石に性格の変化はリアルタイムでデータ化される訳ではありませんし」

「それこそ足を使うしかないか……」

 

 何だか気が重くなってきたと唯が再び重い溜め息を吐く。すると九朗が何を思ったのかスマホを取り出し唯達に画面を見せてきた。

 

「そう言う事なら、これ見たらどうです?」

「これは……」

「例のVチューバーって奴か?」

 

 九朗が見せてきたのは、例のVチューバーキラリンとやらのアーカイブ動画であった。過去のキラリンの動画がどう関係あるのかと首を傾げていると、その動画の中で気になるやり取りがあった。

 

「……んん? 宝石?」

「性格が豹変、って……」

 

 配信の中でキラリンは視聴者と雑談を楽しんでいる様子だったが、その視聴者の中から宝石を手に入れてから性格が変わったと言うような情報を書き込んで来た者が居たのだ。生憎とその人物に関する情報は無かった為これがジェムによる被害者に繋がる情報とは必ずしも言い難かったが、それでも無関係と断じるには少し気になる情報である事は間違いなかった。

 

「この、キラリンって人は何時もこんな内容の配信してるんですか?」

「雑談配信が多めの印象ですけど、ゲームの実況とかその手の配信もやってますよ」

 

 唯は改めてスマホ画像の中のキラリンの姿を見る。実に楽しそうに視聴者と語り合う、怪盗と言う設定のVチューバー。設定に合わせてか宝石や貴金属、お宝と言う物への関心は高いようで世界各地の珍しい物への興味を隠さない。

 一瞬このキラリンこそがジェムの手掛かりではないかと疑ってしまったが、流石にそれは都合が良すぎるかと自身の予想を軽く頭を振って追い出した。現状、怪盗と言う設定を用いた配信者などは別にキラリンに限った話ではない。唯も少し気になってキラリンを含む他の配信者の様子なども調べてはみたが、配信内容はどれも大体似通った部分があった為参考にならない。キラリンが頭一つ抜きんでている印象ではあるが、それはキラリンのトーク力が高いからであった。

 

 キラリン自体が必ずしもジェムの事件と関わりがあるとは一概に言えなかったが、無関係と断じるにはコメントの内容に気になる物を感じた。唯は今後もキラリンの配信はチェックする様にしていこうと決めるのであった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 それから暫く経った日の夜、晶はジェムに扮して夜の街を人知れず散策していた。今回彼女が探しているのは、パワージュエルを手に入れた何者かではない。先日彼女とセツナに襲い掛かってきた、カルネプラエドを探しての事であった。

 

(アイツは私からパワージュエルを奪おうとしてる。だったらこうしてれば…………)

 

 優れた身体能力を用いて、ビルの上を跳ねる様に移動し時にはファントムシューターのフックショットを利用してビルからビルへと乗り移っていく。月の浮かんだ夜空をバックに華麗に飛び回るその姿はともすれば幻想的で、この姿を見れば人々が魅了されるのも分かるような気がする程であった。

 

 どれほどそうしていたか。月も天辺に上り、多くの人々が完全に寝静まった頃。街も眠り、明かりの点いた窓の数が数える程度にまで減った頃、あるビルの屋上に晶が降り立つとそこを狙ったように一発の砲弾が彼女に向けて飛んできた。

 

「ッ!?」

 

 突然の砲撃に一瞬驚いた晶だったが、素早く反応し安全な距離まで大きく下がる事で事なきを得た。晶が直前まで居た場所に砲弾が着弾すると、小さな爆発が起き衝撃が晶の体を引っ叩く。

 

「くっ!」

 

 迫る衝撃に咄嗟に顔を守ろうと手を上げると、そこを狙って接近してきたカルネプラエドが彼女の腕を掴んで振り回し勢いを利用して投げた。

 

「うあぁぁっ!? ぐっ!?」

 

 奇襲に完全に対応しきれず、投げられた挙句屋上の床に叩き付けられ苦悶の声を上げる。硬いコンクリートの上に叩き付けられた衝撃で肺から強制的に空気を吐き出させられ、束の間呼吸困難に陥ってしまった。

 

「かはっ!? うぐ、ぐぅ……くっ!」

 

 叩き付けられた衝撃と呼吸が出来ない状況に視界が明滅する中、晶は確かな敵意を感じ無理矢理立ち上がるとファントムシューターを抜き反撃に転じた。まだ視界が揺らぐので正確な狙いは付けられなかったが、それでも銃撃はカルネプラエドの続く攻撃を止めるのに役立ち追撃を放とうとしていた相手は防御と回避に転じざるを得なくなった。

 

「むっ!? ちぃ……小癪な」

「アンタ……一体何者なの? 例の傘木社の残党?」

 

 現状最も怪しいのはそれだったが、それはカルネプラエド自身の口に否定される。

 

「残念だが、連中とは関係ない。俺は俺の意思で、お前が持つパワージュエルを欲しいのさ」

「あ、そ……まぁどっちでもいいけどね」

 

 彼の言葉が何処まで本当か分らない。適当な事を言っておちょくっている可能性もあるし、そもそも機密保持の為にはぐらかしている可能性だってある。だが晶にはどうでもいい事であった。彼女にとって重要なのは、コイツが自分と同じ獲物を奪い合うどころか自分の成果すら奪い取ろうと言う不届きな輩であると言う事である。

 

 晶にとってパワージュエルはとても重要な物であった。それは自分の様なヤジュエルの被害者をこれ以上出さない為でもあるし、何よりも顔の火傷を治す為にはパワージュエルの力が必要不可欠だと言うのだ。彼女が嘗ての輝きを取り戻し自分と言う存在を取り戻す為には、例え怪しい輝きであろうともパワージュエルに縋るしかないのである。

 

「あなたにパワージュエルは渡さない…………絶対にッ!!」

 

 カルネプラエドに向け毅然と宣言すると、ベルトの左側のレバーを引き円盤を回転させ右手のパワークオーツを擦り付けた。

 

「変身ッ!」

《Change of Cut, Cloth Quartz! Commit the Phantom Thief!》

 

 仮面ライダージェム・クオーツカットに変身した晶は、腰のホルスターからファントムエッジを抜くとカルネプラエドに斬りかかる。

 

「セヤァッ!」

「フンッ……」

 

 マントを靡かせながら飛び掛かり上段から振り下ろしてきたジェムの刃を、カルネプラエドは僅かに体をズラす事で回避してしまった。それでもジェムの攻撃は止まらず、回避されても尚治まってない勢いを利用して横薙ぎに刃を振るうとカルネプラエドもこれには対処せざるを得なかったのか手に持っていたグレネードランチャーの様な銃で防御に動いた。銃身の部分を盾の様に使い鈍い音が周囲に響く。

 

「くっ!」

 

 攻撃をヒットさせる事は出来なかったが、動きを止められただけでも十分だった。斬撃が受け止められた瞬間、ジェムはファントムシューターを抜き至近距離からの銃撃をお見舞いした。これには流石に対処が間に合わなかったのか、カルネプラエドは一方的な銃撃に思わず後退っていた。

 

「ぐっ!? くぅ、舐めるなッ!」

 

 だがカルネプラエドの方も負けてはいない。後退させられたと言う事は距離が開いたと言う事。そして彼の武器は見て分かるほどの射撃用だ。つまり至近距離よりも、離れた距離の方が使いやすい。

 ジェムは自分からアドバンテージを捨て、相手に攻撃しやすい距離を提供してしまったのだ。その結果今度はジェムの方がカルネプラエドの砲撃を喰らってしまい、爆風で大きく後ろに吹き飛ばされてしまった。

 

「あぁぁぁぁぁっ!?」

 

 ジェムは機動力優先で防御力が控えめな為、このような威力の高い攻撃は避ける事が前提となっている。直撃を受けた事で大きなダメージを受けたジェムは、屋上の床に叩き付けられると暫くその場で痛みに立つ事が出来ずにいた。

 

「うぐ、ぐぅ……く、そ……!?」

「フッ!」

「がふっ!?」

 

 勿論カルネプラエドは倒れたジェムが体勢を立て直すのを何時までも待ってはくれない。素早く接近すると、やっとて足で体を持ち上げられた彼女の腹をサッカーボールでも蹴る様に蹴り飛ばした。体を苦の字に曲げたジェムの体が屋上の縁のフェンスに受け止められ、フェンスを変形させながら床に乱暴に下ろされる。

 

「あぐ、う、ぐ……ぐぅぅ…………!?」

 

 先程グレネードの直撃を受けてしまった事と、腹を蹴り飛ばされた事は彼女にとって文字通りの痛手であった。特に容赦の無い蹴りは彼女の内臓を一時的にだが押し潰し、痛みと吐き気に視界がチカチカと明滅している。

 苦悶するジェムにトドメを刺すつもりなのか、カルネプラエドは小さく溜め息を吐くとランチャーを引金の部分から半分に折りそこに原石状態のパワージュエルを装填した。

 

《Reload jewel》

「ぐっ!?」

 

 あれが強力な攻撃を放つ前準備であると理解しているジェムはマズいと思いつつ、ダメージに言う事を聞かない体に奥歯を食い縛る。何とか立ち上がるが、その時には既にカルネプラエドは彼女に狙いを定めてしまっていた。

 動きの鈍いジェムに、カルネプラエドは躊躇いなく引き金を引いた。

 

「さらばだ」

 

 そして放たれた強力な光弾。周囲をスパークさせながら迫るそれが視界を覆い尽くす光景に、ジェムは最早これまでと仮面の下で目を瞑ってしまった。

 

(マコちゃん……!)

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「えっ!?」

「んっ!?」

 

 だが視界を彼女が自分で閉ざした直後、頭上から凛とした雄叫びが響きカルネプラエド共々上を見上げた。

 

 そこに居たのは忍者刀を構えて舞い降りてきた仮面ライダーセツナであった。彼女は光弾とジェムの間に降り立つと、手にした忍者刀に素早く筆を走らせ刀身に炎を纏わせた。

 

「執筆忍法、火遁 劫火斬の術ッ!」

【忍法、火遁 劫火斬の術ッ! 達筆ッ!】

「やぁぁぁっ!!」

 

 炎を纏った刃による斬撃は、カルネプラエドが放った光弾と僅かに拮抗した後真っ二つに切り裂かれて左右に分かれた後爆散した。カルネプラエドの攻撃を防ぎ、ジェムを守ったセツナは残心する様に攻撃後の構えのまま息を吐き呼吸を整えた。

 

「ふぅ~……」

「あ、あなた何で……?」

 

 思わずジェムはセツナにそんな事を訊ねてしまう。何しろセツナはジェムを捕らえる為に行動していた筈なのだ。ならば、ここで彼女を助けるのは悪手にしかならない。効率を考えるのならば、カルネプラエドの一撃を喰らって動けなくなったジェムを拘束してからカルネプラエドと戦う方が理に適っている。

 にも拘らず、セツナはジェムの危機を救い剰えそのままカルネプラエドと対峙している。ジェムは訳が分からなかった。

 

「これでこの間の借りは返したからね」

 

 それだけ告げるとセツナは忍者刀でカルネプラエドに斬りかかり戦闘に突入していく。その姿にジェムは唖然とした。

 

(何、アイツ……馬鹿? 馬鹿なの?)

 

 たったの一度、少し助けただけの小さな借り。セツナはそれを返す為だけに、本来であれば自分に有利に働くだろう状況を容易く捨ててしまったのだ。ジェムはその事が理解できなくて、馬鹿らしくて…………そして何より、眩しかった。

 

 損得抜きに、助けると言う為だけに行動できる彼女が羨ましかった。自分の目的の為に悪事を働く自分が惨めで情けなかった。ジェムが行動する事で、ヤジュエルの被害に遭う人は確かに減るだろう。彼女自身、それを理由の一つとして動いている。自分の様な者を減らす事を目的にしていると言う理由に嘘はない。

 だが結局のところ、彼女の根幹に存在するのは焼け爛れた醜い顔を元に戻す事に繋がっていた。失った自分を取り戻したい、その一心が彼女を突き動かしたのだ。そんな彼女に、損得を考えないセツナ……唯の考えは馬鹿らしさと同時に眩しさを見せつけていた。

 

「デヤァァァァァッ!」

「おぉぉっ!」

 

 セツナが風を纏い攻撃を仕掛ければ、カルネプラエドは電撃を攻撃に纏わせて来る。どうやらカルネプラエドはグレネードに装填するだけでなく、腕などの鎧にも原石を装填する場所があるらしい。そうしてパワージュエルの力を引き出しているのだ。

 最初は奇襲の効果もあってセツナが優勢だったが、徐々にカルネプラエドの方に天秤が傾き始めた。グレネードから放たれた砲弾が空中で炸裂したかと思うと無数の爆弾を下にバラ撒き、セツナが局地的な絨毯爆撃に巻き込まれる。逃げる場所を失ったセツナは降り注ぐ爆弾に成す術無く爆発に飲み込まれてしまった。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「あっ!?」

 

 瞬く間にセツナの姿が無数の爆炎の中に消えていく。思わずジェムが声を上げると、炎が風に流され状況が理解できるようになった。

 炎が無くなると、セツナの姿が見えるようになる。彼女は辛うじて生きてはいたが、無事とはとても言い難い状態であった。

 

「う、ぐ…………あ……」

 

 白い忍び装束は炎に焼かれて黒く煤け、マフラーも燃えてボロボロになっている。立つのもやっとな様子で膝がガクガクと震える彼女を、カルネプラエドは無造作に蹴り飛ばしてしまった。

 

「しぶといな……だが」

「あぐっ!? が、は……」

 

 倒れたセツナの胸元をカルネプラエドが踏み付け押さえつける。セツナは何とか抜け出そうと抵抗しているが、カルネプラエドは意にも介さず彼女に銃口を向けた。

 

 それを見た瞬間、ジェムは気合で立ち上がると一気に駆け寄りカルネプラエドに向け回転を交えた抉り込む様な蹴りを叩き込んだ。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「ぐっ!?」

「げほっ、げほっ……あなた……」

 

 今度はセツナの方が助けられた。その事に彼女が何かを感じさせる声を上げるが、ジェムはそれを振り払うようにマントを翻しセツナに背を向けたまま告げた。

 

「私相手に、借りとかそんなの感じなくていいわ。そんなつもりでやってない。私は、私の為に戦ってるだけ。誰かを助けるなんてそのついで、ただの気まぐれよ」

 

 それは自分に対する言い聞かせであった。今の怪盗ジェムとしての活動は、必要以上に良心を残していてはやり遂げる事が出来ない。自分は悪者であると言う自認が無ければ、罪の意識で押し潰されてしまう。それが嫌なら、全てを投げ出すしかない。

 

 だがそれは、それだけはもう出来なかった。最早止まれないのだ。晶はもう止まれない。ならばもう、突き進むしかなかった。

 

 だけれども…………

 

「でも……感謝はしてるわ。ありがとう。これはその礼よ」

 

 そう言ってジェムは右手の指輪を交換した。今度は白でも赤でもない。四角い緑色の宝石が嵌った指輪だ。新たな指輪を装着したジェムに、カルネプラエドは露骨に警戒した様子を見せる。

 

「今度は何を見せるつもりだ?」

「そう警戒しないで? いいものよ、とってもね」

 

 得意げに告げるその姿は、既に石動 晶のそれではなく怪盗ジェムそのものであった。相手を翻弄し虜にする、幻想の様な怪盗が新たな魅力を見せつける。

 

「私の輝きに見惚れて頂戴」

 

 ベルトのバックル左側のレバーを引き、円盤を回転させそこに右手の指輪の宝石を擦り付ける。飛び散った粒子が光を反射してジェムの姿を幻想的に映し出した。

 

《Change of Cut, Cloth Beryl! Commit the Dancer!》

 

 ジェムの姿が緑色の宝石の原石で包まれたような姿になったかと思うと、光の原石が砕け新たなジェムの姿が露わとなる。

 

 水色のボディースーツの上に緑色の布を胸と腰に巻き、両腕にも広い袖の様に緑色の布を巻かれて金色のアクセサリーを付けている。シルクハットは無くなり代わりに口元をベールで被う姿は、基本的な姿である怪盗でもなければシナバーカットの錬金術師でもない。

 それは一言で言うなら踊り子であった。それを表す様にジェムは両手に金色の鉄扇を広げて構え、体に巻かれた布を靡かせるようにクルリと回って扇情的なポーズをとる。

 

 これがジェムの第3の姿、その名も『ベリルカット』であった。踊り子の様な姿となったジェムは、両手に持つ鉄扇『ヘリオドールファン』を構えてカルネプラエドに飛び掛かる。

 

「ハァァァァッ!」

「小癪なッ!」

 

 迫るジェムに対し、カルネプラエドはグレネードを向け砲撃をお見舞いした。放たれた砲弾は真っ直ぐジェムに向け飛んでいき…………

 

「うふっ♪」

 

 それをジェムはなんと鉄扇で撫でる様に鉄扇で逸らし、砲弾は明後日の方に飛んでいき爆散してしまった。まさかの対処法にカルネプラエドだけでなくセツナも驚きに目を見開く。

 

「何ッ!?」

「嘘……」

「まだまだぁっ!」

 

 パフォーマンスの様な行動にカルネプラエドが思考を止めている隙にジェムはカルネプラエドに接近を果たすと、手に持った鉄扇のエッジで斬りかかった。鎧から火花が散り、堪らずよろめくカルネプラエドはすかさず反撃しようと試みる。

 

「ぐっ!? くぅっ!」

 

 だがカルネプラエドの反撃は虚しく空を切った。ジェムは体の柔軟性を見せつける様な仰け反りや側転、相手を飛び越える様な前転など予測の出来ない動きでカルネプラエドの攻撃を悉く回避し、それだけでなくすれ違いざまに斬撃を叩き込んだ。

 その動きは正に舞うような動きと言うのが相応しい。両手に鉄扇を持ち、布を靡かせ舞い踊る姿は一見すると戦っているようには見えず、セツナもその美しさに思わず見惚れてしまう程であった。

 

「わ、わぁ……!」

 

 セツナは見惚れる余裕があったが、カルネプラエドの方はそれどころではなかった。相手の動きが捉えられないのは相当なストレスであり、次第に余裕を失っていく。

 

「おのれぇッ!」

 

 業を煮やしたカルネプラエドが足元に砲弾を叩き込む。自爆覚悟で爆風によりジェムを強引に引き剥がそうとしたのだろう。距離さえ離れてしまえば、見た所遠距離武器を持たないベリルカットのジェムに出来る事はない。

 しかしジェムの動きはここでもカルネプラエドの想定を上回った。彼女は至近距離で起こった爆発の威力を、舞い踊る動きにより受け流してしまったのだ。まるで風の中を回る風見鶏か何かの様にその場でくるくると回りながら踊り、その動きで爆発の威力を無力化してしまった。

 自爆覚悟で足元を撃ったのに、相手は微塵もダメージを受けていない様子にカルネプラエドが呆気にとられる。

 

「何と……」

 

 最早呆気にとられるしか出来ないカルネプラエド。それを見届けたジェムは仮面の下で満足そうに微笑むと、この戦いを終わらせる一撃を放つ。

 

「さぁ、私の虜にしてあげる」

 

 高速回転する円盤に指輪の宝石を擦り付ける。研磨されて飛び散った粒子は煌きながらジェムの中へと吸収されるように集まっていき、彼女の姿を眩い緑の光で包み込んだ。

 

《Charge of Cut, Critical Beryl! Crystal crush!》

「はぁぁ……」

 

 ベルトから音声が鳴り響き、ジェムが腰を落としながら右手を前に、左手を斜め後ろに向け構えを取る。強力な必殺技が放たれると確信したカルネプラエドが身構える前で、彼女はその場で飛び上ると緑の光に包まれながら跳び蹴りを放った。

 

「ハァァァァァァァァァッ!!」

 

 パワーベリルの力を受けて放つファントムクリスタルクラッシュがカルネプラエドに襲い掛かる。カルネプラエドも負けじと砲撃で迎え撃つが、放った砲弾は全て弾かれ意味を成さない。今からでは回避も間に合わないと、カルネプラエドは咄嗟に防御の体勢を取り、直後にジェムの飛び蹴りが炸裂した。

 

「くっ、ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 悲鳴を上げながら蹴り飛ばされ、屋上の上に落下したカルネプラエド。一方ジェムは難なく着地すると、姿をクオーツカットに戻してファントムシューターを構えゆっくりと近付いていった。

 

「さぁ、勝負ありよ。あなたが何処の誰で、どうしてパワージュエルの事を知ってるのか……洗い浚い吐いてもらおうかしら?」

 

 もしかすると、まだ自分が見つけていない良質なパワージュエルが見つかるかもしれない。そんな期待を込めたジェムの問いに、当然だが素直に答えるカルネプラエドではなかった。

 

「ふん……誰がそう簡単に教えるものか」

 

 言うが早いかカルネプラエドは徐に自身の背後にある屋上の縁に向け砲撃すると、フェンスを破壊してそこから転がり落ちる様に姿を消した。ジェムが急いで後を追い破壊されたフェンスから顔を覗かせ下を見るが、既にカルネプラエドの姿は影も形も無くなっていた。

 貴重な手掛かりになるかもしれなかったのにみすみす逃がしてしまった事に、ジェムは悔しそうに呻きながらも気持ちを切り替えるべく溜め息を吐いた。そこに今度はセツナが近付き、痛む腕を押さえながら声を掛けた。

 

「あの……ありがとう。また助けられたわね」

「だから、さっきも言ったけどお礼なんて必要ないわ。それに忘れてるかもしれないけど、私とあなたは追う者と追われる者よ。今回みたいなのが当たり前だと思わないでほしいわ」

 

 そんな事は分かっている。だがそれはそれとして、感謝の一つはしておかなければセツナの気が済まなかったのだ。それに、セツナは別にジェムに対して淡い期待を抱いている訳ではない。

 

 詳しい事情は分からないが、ジェムには譲れない物があり、そしてその為に宝石……パワージュエルを盗み続けているのだ。その意志は固く、言葉だけで止める事は難しい。

 だからセツナは、ジェムに対して彼女の土俵の上で戦う事を決意していた。

 

「分かってるわ。もう話し合いで何とかしようなんて思わない。あなたに聞きたい事は、力尽くで聞き出させてもらうから。覚悟してよね?」

「あら? 覚悟するのはどっちかしら?」

 

 束の間、怪盗とくノ一の間で激しい火花が飛び散ったような気がした。互いに傷だらけでこれ以上の戦闘継続は難しい。だが2人の闘志は失われておらず、どちらも相手に対して譲らないと言う意志をぶつけ合っていた。

 

 どれ程睨み合っていたか、先に肩から力を抜いたのはジェムの方であった。

 

「ま、今日はもう疲れたし、これ以上の収穫も無さそうだから失礼させてもらうわ。精々お大事にね、仮面ライダーセツナさん?」

 

 気遣う様で、それでいて何処か挑発するような声色でジェムがセツナに対して別れを告げれば、セツナもそれに対して同じく相手を煽るような物言いで返した。

 

「そっちこそ、無理して何処かの屋根に穴を開けたりしないよう気を付けて帰ってね。仮面ライダージェムさん?」

「むっ…………フン」

「フフッ……」

 

 セツナからの挑発にジェムは小さく鼻を鳴らして今度こそその場を去り、セツナはそんな彼女の背を見送った。夜空の中にジェムの姿が消えると、自分も帰って傷を癒すべくその場から静かに姿を消すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アメリカ合衆国・ネバダ州ラスベガス・ハリー・リード国際空港

 

 アメリカに数ある空港の内、国外に向け旅立つ玄関口と言えるその空港のロビーにて、1人の日本人男性がベンチに腰掛けながらスマホを一心不乱に見ている。

 男性が見ているスマホの画面に映っているのは、3Dアニメ調の快活さと妖艶さを兼ね備えた怪盗の姿。日本で活動するVチューバー・怪盗キラリンのアーカイブ配信を男性は見ていたのだ。

 

 既に過去に配信された動画内容ではあるが、男性はそんな事お構いなしにスマホの画面を見続けている。口元には薄っすらと笑みが浮かんでいる様にも見えた。

 

 そんな男性の肩に、別の男性が手を置いた。

 

「何見てんだ?」

「ん? あれ、旦那?」

 

 スマホを見ていた男性が顔を上げると、そこにはサングラスをかけたガタイの良い男の姿であった。強面と言っても差し支えない男に見下ろされ、だがスマホを見ていた男性は見知った相手の姿に微塵も怯む様子を見せず逆に問い掛けた。

 

「もしかして、見送りって旦那だけ?」

「隊長たちは皆忙しいんだよ。ま、本音を言えば全員見送りには来たかったみたいだがな」

「すんません。この忙しい時に俺だけ抜けるような事になっちゃって」

 

 そんな会話を繰り広げる2人の男はどちらも制服姿であり、胸元にはS.B.C.T.である事を示す紋章が縫い付けられていた。

 S.B.C.T.を示す紋章の下には所属を表すバッジが着けられており、スマホの男のバッジには『ω』のマークと『7』の数字が、サングラスの男のそれには同じマークとこちらは『2』が刻まれている。この2人はωチームの隊員なのだ。

 

 そんな2人の内、ガタイの良い方の男は申し訳なさそうに頭を下げるスマホを見ていた男の肩を豪快に叩いた。

 

「何、気にすんな。残りは俺らで何とかしとくから、お前は一足先に里帰りがてらしっかりやって来い。任せたぜ新入り」

「もう新入りじゃないですよ」

「そうだったな」

 

 互いに軽口を叩き合う2人の顔には気安い笑みが浮かんでいる。そこに次の飛行機が発信すると言うアナウンスが響き、スマホを見ていた男はそれを聞いてスマホを仕舞うと傍らに置かれていたアタッシュケースを掴んで立ち上がる。

 

「んじゃ、行ってきます。隊長達には宜しく伝えといてください」

「おう、頑張れよ!」

「ウッス」

 

 2人は軽く拳をぶつけ合うと、スマホの男が搭乗口から飛行機に乗り込み席に座った。機内のアナウンスから、行き先はどうやら日本であるらしいことが分かる。

 

 程無くして飛び立った飛行機の機内で、男は窓の外の景色を眺めながら小さく呟いた。

 

「晶…………」

 

 他の乗客の耳にも入らない程の小さな声でその名を呟いた男性を乗せ、飛行機は一路日本へ向けて飛び去って行くのだった。




と言う訳で第8話でした。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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