この日も、光林市の夜空の下で二つの影が躍る様に舞い刃を交えていた。
「ジェムッ! 待ちなさぁぁぁいッ!」
「ウフフフフッ! ほ~ら、捕まえて御覧なさ~い?」
世間を騒がす怪盗ジェムと、それを追うくノ一である唯が変身するセツナの影が何度も交錯する。共に女性であり、力強さよりもしなやかさで戦う2人の戦いは傍から見れば舞踏の様でもあり、見る者が居れば見惚れずにはいられない戦いであった事だろう。
セツナが手裏剣を投げればジェムはそれを仰け反る様にして回避し、その勢いでバク転しつつ抜いたファントムシューターがセツナを狙って火を噴く。放たれた銃弾をセツナは手にした忍者刀で弾き、忍筆を抜いて術を放とうとした。
「くっ! 執筆忍法、風遁の――」
「させないわッ!」
度重なるセツナとの戦いで、ジェムも彼女の使う忍術の危険性は重々理解していた。それを素直にさせるほど彼女も暢気ではなく、セツナが文字を書く前に彼女の手元を撃ち筆を弾き飛ばした。
「あぁっ、ちょっ!?」
「それじゃ~ね~♪」
筆を弾き飛ばされて行動を阻害されたセツナ。ジェムはその隙に逃亡を図り、筆を回収するよりも先にジェムを攻撃すべきとセツナは手裏剣を投擲するが半ば破れかぶれに放った手裏剣は牽制程度の役にしか立たず、ジェムには掠りもせず虚空に消えていく事となった。その間にジェムはまんまと逃げおおせてしまい、今宵もセツナはライバルと言って過言ではない怪盗を取り逃してしまうのだった。
またしてもジェムを捕まえる事が叶わず、逃げられてしまった事実にセツナは心底悔しそうにその場で地団太を踏むのだった。
「あぁん、もうっ!? また逃げられたぁ……」
光林市で怪盗ジェムを捕らえる為戦い始めて早数週間。時には海外にまでジェムを追いかけて行く事もあったが、結局は逃がしてしまい今に至る。千里と同じ万閃衆の忍びに名を連ねておきながら、全く成果を上げられていない事にセツナは変身を解くと己の不甲斐無さに肩を落とした。
「はぁぁ~……また駄目だった……」
唯は焦りを感じていた。言っては何だが、彼女は対ジェム用の戦力の要として呼び寄せられたS.B.C.T.ωチームが来るまでの間に合わせの戦力として呼び寄せられていた。それは言葉を変えれば代打と言うような物であり、うがった見方をしてしまえば期待値が薄いとも言えた。担当してくれている剛はそれを表に出すような事はしていないが、それでも唯は自分がジェムに対してそこまで期待されてはいないと感じていた。
勿論彼女はそれを甘んじて受け入れる気はない。期待されていないなら、それを見返してみせる。自分だって万閃衆の一員であり、千里のパートナーなのだから。その名に恥じない成果を見せてみせる……と意気込んでみたはいい物の、前述した通り成果は芳しくなくジェムには逃げられてばかりであった。
唯が焦りを感じているのは自分が成果を上げられていないからと言うだけではない。近い内にωチームから先行して1人の隊員が来訪してくると言うのだ。何でもライダーシステムに準ずる装備を持つ犯罪者に対抗し、且つ警察組織が扱う為の敵の殲滅ではなく捕縛の為の装備を携えてくるらしい。それが来てしまえば自分は本格的にお払い箱となってしまう。何の成果も上げられずに担当を外される事はこれ以上ない恥辱であり汚点として今後も尾を引く。彼女を選んだ千里の顔にも泥を塗りかねない。故に唯は焦りを感じずにはいられなかったのだが、現実は非情であり彼女は敗北を積み重ねる結果となってしまっていた。
「はぁ……帰ろう」
何時までもこの場でうじうじと悩んでいても仕方がない。結果は結果として受け止め、次に活かすようにしなければならない。唯は気持ちを無理矢理切り替えると、この日の戦いの疲れを癒すべく帰路に就くのであった。
***
一夜が明け、太陽の輝きが街を照らす中、光林市の警察署を訪れる1人の男の姿があった。手にアタッシュケースを持ったその男は、受付に向かうと担当の婦警に話し掛けた。
「失礼。私、こう言う者ですが……」
そう言って男が取り出したのは名刺……ではなく、S.B.C.T.の所属を表すIDであった。この状況に担当した婦警は、少し前にも似たような状況があったなと考えながら怪盗ジェムを担当している警部である剛に連絡を取った。
受付からの呼び出しに応じて剛がエントランスに向かうと、その姿を見てS.B.C.T.の隊員の男は彼に軽く頭を下げた。
「どうも、態々出迎えありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ御足労頂きありがとうございます! 怪盗ジェムの担当をしている警部の、高橋 剛と言います」
警察手帳を開き身分を証明しつつ自己紹介した剛に倣う様に男も自己紹介をした。
「S.B.C.T.ωチーム、ω7を担当している神宮寺 誠です。いずれ本隊が来ますが、それまでよろしくお願いします」
S.B.C.T.の男、誠がそう言って改めて頭を下げる。剛がそれに倣って頭を下げると、誠は誰かを探す様に周囲を見渡した。
「ふむ……」
「誰かを探してますか?」
誠が探しているのは、この件に関する先任とも言える唯であった。S.B.C.T.の協力者である万閃衆の忍び、自分より一足先にジェムと何度も戦ってきた彼女を彼は探していたのである。
「いえ、私より先にこちらに来ていたと言う、万閃衆の方と会いたいと思っていたのですが……今どちらに?」
「それでしたらこちらへ」
恐らくは引き継ぎの類だろうと、剛は特に深く考えずジェム対策室へと誠を連れて行った。対策室と言っても、昨今連続して起こるジェムによる事件に対抗する為と言う名目で一応は誂えられているが、ジェムの被害自体はそこまで深刻なものでは無かった為所属している人数は決して多くは無い。剛と九朗、唯の3人が現状のメンバーと言っても過言ではなかった。
対策室へと2人が足を踏み入れると、部屋には既に唯と九朗の2人が居た。2人はどうやらジェムが起こした事件の資料を纏めているらしく、それぞれ自分のデスクのパソコンと向き合っている。
そこに剛が誠を連れて入って来ると、気付いた2人は揃って誠に視線を向けた。
「警部、そちらの方は?」
「……S.B.C.T.の方ですね?」
S.B.C.T.の隊員を滅多に見る事が無かった九朗は誠の制服にピンとこなかったようだが、任務の都合で彼らと共同する事もあった唯は誠が何者であるかにすぐ気付いた。
一方の誠も、佇まいから唯の方が件の忍びである事に気付き興味をそちらに向けた。
「そう言うあなたは、万閃衆の?」
「えぇ。南城 唯です」
「神宮寺 誠です。これからよろしく」
自己紹介しながら手を差し出してきた唯に誠も応えた。だが唯はその対応に疑問を抱いた。彼の物言いはまるでこれから共に戦う者に対する言葉のように感じられたのだ。唯の任務期間はS.B.C.T.の隊員が到着するまでの間であり、本命のωチームの隊員が来た以上唯はお払い箱になる筈だったのだが…………
「あの、私の思い違いじゃ無ければ今後も私がこの件に関わるような言い方に聞こえたのですが?」
覗き込む様に唯が問い掛ければ、誠は紳士的で朗らかな笑みを浮かべながら頷いた。
「思い違いではありませんよ、南城さん。あなたには今後もジェムへの対抗戦力として共に戦っていただきたいのです」
それは唯にとってはある意味で願っても無い事ではあった。唯とジェムの戦いはまだ決着していない。正直今日誠が来ると聞いて、唯の中には蟠りが燻っていた。自分は結局ジェムと決着をつける事も出来ずこの件から手を引かなければならないのかと、不甲斐無さに気分が沈んでいた位だ。ところが蓋を開けて見れば唯には今後もジェムへの対処に当たる事が許可された。望むところではあるのだが、それはそれとして何故そんな決定になったのかは素直に気になったので思い切って訊ねてみた。
「私としては構いませんが、何故急に?」
「端的に言えば、経験値の差です。我々ωチームは確かに対人・対ライダーの戦力として訓練を受けてはいますが、それでも直にジェムと何度も戦った南城さんの経験は貴重です。その経験を是非とも活かしてもらいたいと」
納得のいく理由ではあるが、唯は直感的にそれが全ての理由ではないと言う事を察した。誠の物言いにはまだ何かを含んでいる気配を察し、唯は思い切ってそこに踏み込んでみた。もし自分が小娘と侮られて全てを明かされていないのであれば、その認識を是正したいと言う反骨心からの行動である。
「それだけじゃ……ありませんよね?」
何かを隠しているのは分かっているぞと言う唯の視線に、誠は軽く面食らうとフッと肩から力を抜きアタッシュケースから一つの資料を取り出した。
「流石、万閃衆のくノ一。鋭いですね」
「これは?」
「現在我々が追っている案件の一つです」
資料によると、どうやらこれは犯罪組織に関するものであるらしい。内容は世界各地でライダーシステムに匹敵する技術を用いて強盗を行う組織が居るのだとか。ジェム以外にそんな輩が居るのかと思わず唯が顔を顰めていると、彼女の内心を察してか誠が更に詳しい話をした。
「コイツ等に関して、詳しい事は正直分っていないのが現状です。連中の名前すら我々も把握していない。ただ連中が狙っている物はハッキリしてます。宝石です」
「宝石……!」
ライダーシステムに準ずる技術を犯罪に用いているだけでなく、狙っている物まで同じと言う事実。まず真っ先に考えたのはこの組織がジェムの所属しているものなのかと言う事であったが、どうやら資料の内容を読む限りそうではないらしいことが分かった。
と言うのも、こちらの組織は被害の事等全く気にした様子がないからである。ジェムが盗みに動いた場合、発生する被害は最小限。死人などまず出す事はしないし、何なら人命を尊重するくらいだ。
だがこの犯罪組織は全く逆だ。突発的な襲撃は、周囲に居るのが一般人であってもお構いなし。火力の高い攻撃も平然と使用し、結果周囲に被害を広げ無関係の人々が死傷する程の事態となっていた。唯も思わず唸るほどの被害を齎すこの犯罪組織が狙っているのが宝石と聞いて、彼女がまず真っ先に思い浮かべたのは先日自分とジェムに襲い掛かってきたカルネプラエドであった。
「まさか、アイツ……」
思い当たる節のある様子のある唯に、誠は一歩前に詰め寄る様に距離を詰めさらに詳しい内容を問い掛けた。
「報告は聞いています。先日、カルネプラエドなるジェムと敵対し宝石……それも特別な宝石を狙う輩と遭遇したと?」
「はい。ジェムと敵対してる事もそうですが、攻撃性、残虐性もこの資料にある連中と合致するところがあります」
「恐らく関係者でしょう。南城 唯さん、あなたはジェムと件の犯罪組織の者、両方と接点がある。我々はその経験を活かしたい。今後も、捜査に協力していただけますか?」
そう言う事なら望むところであった。元よりジェムとは決着をつけたいと思っていたのだ。その機会を得られるとなれば、彼らに今後も協力する事は吝かではない。
「分かりました。まだ若輩で未熟な私ですが、微力ながらお手伝いさせていただきます」
2人は改めて協力体制を取る意思表示として互いに握手した。
「それでは、早速今後の事で――――」
今後の協力体制について話し合う為席に座ろうとしたその時、剛のスマホに着信が入りジェムが街中に出現した怪物と戦っているとの報告が入った。
「あ、失礼。もしもし、高橋です。……何ッ!? ジェムが出た? 場所は?……うん、うん……西部の商店街……例の怪物と戦闘中?」
剛が口にする内容から状況を察した唯と誠は、頷き合うと署を飛び出し現場へと向かっていく。警察署の場所から街の西部の商店街までは少し距離がある。唯であれば道の混雑状況など無視して現場に向かう事が出来るが、誠は乗り物すらない為現場に向かうのに少し苦労しそうだ。
ここは人命優先と、唯は自分が一足先に現場に向かいジェムとヤジュエルの戦いから市民を守るべく先行する旨を告げた。
「神宮寺さん、私は先に行って市民の避難誘導をします!」
「すみません! 私も直ぐに向かいます!」
誠の言葉に頷くと、唯はわき道に逸れ人目を避けるとそこでセツナに変身し屋根を伝って西部の商店街へと向かっていった。
「執筆忍法、変身の術ッ! セツナ、変身ッ!」
【忍法、変身の術ッ! 瞬きの、刹那を見抜き、忍ぶ者……セツナッ! 達筆ッ!】
人々があまり目を向けない頭上を飛び跳ねる様にセツナが現場に到着すると、そこでは報告にあった通り既にジェムとヤジュエルによる戦いが行われていた。
「ハァァッ!」
「グォォッ!? コノォォッ!」
ヤジュエルは既に第2段階まで症状が進行しており、人語を口に出来るほどの状態になっていた。その分行動も狡猾になり、ジェムから逃れるべく緑色の体をした蟷螂の様なヤジュエルは視界の隅に映った逃げ遅れた人に向けて手の鎌を振るい斬撃を飛ばして無関係の人を傷付けようとした。
「!? くぅッ!」
流石に無関係の人への攻撃を容認する事は出来ないジェムは、咄嗟にマンティスヤジュエルへの攻撃を中断してファントムエッジで放たれた斬撃を切り払った。お陰で逃げ遅れた人は救われたが、代わりにマンティスヤジュエルの逃亡を妨害する者は居なくなってしまった。
「ヘヘッ、今ノ内ダ! アバヨッ!」
「く、待てッ!」
逃げるヤジュエルを追おうとしたジェムだったが、マンティスヤジュエルは擬態能力もあるのか徐々に姿を消していった。このままでは逃げられるとジェムが焦りを感じ始めたその時、現場に到着し一部始終を見ていたセツナが放った雷遁の術によりマンティスヤジュエルの逃亡は妨害される事となった。
「逃がさないッ! 執筆忍法、雷遁の術ッ!」
【忍法、雷遁の術ッ! 達筆ッ!】
「ナニッ!? グアァァァァァァァッ!?」
不意打ちに近いセツナの電撃攻撃は面で相手を攻撃する技だった為、姿を殆ど消したマンティスヤジュエルも関係なく電撃を喰らってしまった。感電した事で擬態能力が解除されたのか煙を上げながら姿を現すマンティスヤジュエルにジェムはすかさず追撃を行った。
「そこだっ!」
「ガハァァッ!?」
あっという間にマンティスヤジュエルに接近したジェムは体を捻りながら蹴りを放ち、まともに喰らったマンティスヤジュエルはその勢いでシャッターが閉まった店の中に突っ込んでいってしまう。ジェムはマンティスヤジュエルに一撃お見舞いできたことに満足そうに溜め息を吐くと、結果的にだが手助けしてくれたセツナに軽く感謝をした。
「ありがと、セツナ。危なく逃がすところだったわ」
「あなたの為じゃないわ。このままあれを逃がす訳にはいかなかったからよ」
ジェムからの感謝を適当に受け流すと、セツナは先程危うくマンティスヤジュエルに攻撃されそうになっていた市民に近付き怪我がない事を確認すると急いでこの場から逃がした。
「さ、今の内です。早くッ!」
「は、はいっ!」
「ありがとうございます!」
セツナが逃げ遅れた人を逃がしている間に、ジェムは余裕をもってマンティスヤジュエルに攻撃を仕掛ける事が出来た。ファントムシューターで牽制しながら接近し、反撃に放たれた斬撃を前転する事で回避しながら距離を詰める。
「はぁぁぁっ!」
「グゥッ!? クソッ!」
「っと!」
「ウォッ!?」
前転した事で相手の懐に潜り込む事に成功したジェムは、立ち上がりながらファントムエッジを抜きすれ違いざまに相手を切り裂いた。さらにそこから彼女の攻撃は続き、剣を銃と接続しグリップを刃と水平にすることで大型の剣に変形させると袈裟懸けに振るうと同時に引き金を引いた。
「ハッ!」
「ガァァァァッ!?」
斬撃の瞬間に引き金を引いた事で斬撃の威力が上がりマンティスヤジュエルの宝石で出来た体が大きく傷つく。衝撃で大きくよろめいたマンティスヤジュエルにジェムがダメ押しで蹴りをお見舞いして距離を離させると、そこにセツナがやってきて蹴り飛ばされ無防備となっているマンティスヤジュエルを上から蹴り落とした。
「やっ!」
「ガフッ!?」
2対1と言う状況に追い詰められるマンティスヤジュエル。何とか立ち上がって体勢を整えるも、既に左右からジェムとセツナに挟み撃ちにされ逃げ場を失っていた。ヤジュエルは汗腺など持たない為冷や汗をかく事もしないが、それでも焦っているのがジェムとセツナには分かった。
「さぁ、あなたも私の虜にしてあげるわ」
「年貢の納め時よ」
2人の仮面ライダーもマンティスヤジュエルが罪の状況にある事を理解し、既に勝利を確信している。今2人の頭にあるのは、このヤジュエルを倒した後に待っている互いの戦いの事であった。
それが油断となった。マンティスヤジュエルは追い詰められながらも周囲に目を配り、まだ自分が天に見放されてはいない事に薄く笑みを浮かべた。
「フ、へへへ……勝チ誇ルニハマダ早イゼ」
「え?」
「何を……」
何をするつもりなのかと2人が警戒している前で、マンティスヤジュエルは突然明後日の方向に斬撃を飛ばした。一体何を攻撃するのかと斬撃が飛んでいった方を見て、そこにとんでもないものを見つけ2人揃って目を見開いた。
そこに居たのは、建物の中からこちらの様子を伺っている市民の姿であった。どうやらこの騒動で迂闊に外に出るのは危険と屋内に隠れていたのだろう。マンティスヤジュエルが派手に斬撃を飛ばすので、下手に外に出る事が出来なかったのだ。屋内で息を潜めていれば難を逃れる事が出来ると思っていたのだろうが、状況が変化してきた事で今が逃げ時かと外の様子を伺い始めた。マンティスヤジュエルはそんな彼らを目敏く見つけてしまったのだ。
己の索敵が不十分だったが故に市民に被害が及びそうになった事にセツナは自身の迂闊さを恥じ、ジェムはそんな彼女に文句の一つも言いたかった。避難は任せろと豪語したのは彼女の方なのだから。だが今それを責めている余裕は無かった。今は急いで彼らを守らなければ、無用な被害が出てしまう。
「くっ!」
「このっ!」
2人はマンティスヤジュエルが放った斬撃をそれぞれの武器で切り払う事で無力化した。お陰で市民は無事だったが、代わりにマンティスヤジュエルが完全にフリーになってしまう。
この隙を見逃さず、マンティスヤジュエルは擬態能力で姿を消しながらその場から逃走を図る。今度はセツナが雷遁の術を使う間も無く姿を消して逃げてしまった為、面制圧しようにも大まかな場所すら分からない。
結局マンティスヤジュエルには逃げられてしまい、その原因の一つとなったセツナは心底申し訳なさそうに肩を落とした。
「ご、ごめんなさい……」
「全く……万閃衆のくノ一ってのも情けないわね?」
「うぐぅ……」
言い返そうにも今回は全面的に非はセツナの方にあったので何も言い返せない。一瞬ジェムは避難誘導なんてしなかったではないかと反論が口から出そうになったが、1人で相手をする場合被害を減らす為に出来る事はヤジュエルの相手をしつつ周囲の被害を考えるだけであった。ジェムはセツナと違って実態のある分身を作り出す事は出来ないのだ。
何とも言えない空気がその場に漂い始めた。本来であればセツナはジェムを捕縛する為に戦わなければならないのだが、自分がポカをやらかしたせいでヤジュエルを逃がしてしまったと言う負い目がそれを躊躇わせる。
その様子を少し離れた所から誠が見ていた。やっと彼が追い付いた時、ヤジュエルは既に逃げて行った後でそこに居るのは2人だけだったのだ。
遠目にジェムの姿を見つけると、その瞬間誠の視線が鋭くなった。
「見つけた……あれが、ジェムかッ!」
何故セツナは目の前にジェムが居るのに攻撃しないのだろうと疑問を抱いたが、彼はその疑問を早々に脇に捨てると懐から武骨なバックルを取り出し腰に装着した。
そして…………
〈Certification〉
「変身ッ!」
〈Ready now〉
警察手帳の様な大型のカードを取り出すとそれを右からバックル部分に装填した。カードが装填されるとバックル中央にωチームのマークが浮かび上がり、それと同時にバックルから音声が響きベルトを中心に全身に五角形の鱗の様な物が広がり彼の姿を覆い隠した。その際に発せられる光に、セツナもジェムも誠の接近に気付きそちらへと視線を向ける。
「何ッ!?」
「誰ッ!?」
辛うじて人影は見えるが、それが誠である事には気付く事が出来ない。警戒する2人の前で、誠が変身した戦士が姿を現す。
黒いボディースーツの上に濃紺の装甲を身に纏い、パトランプの様な赤い複眼の上には短いV字のアンテナがついていた。
それはこれまでのS.B.C.T.の基本装備であるスコープ系列とは全く違う。今後も起こるであろう特異生物災害から一早く警察が市民を守る為、S.B.C.T.の技術部が作り上げた警察用ライダーシステムの試作機であった。
その名を、仮面ライダーバリア。敵の殲滅ではなく、市民の保護と敵の捕縛を目的とした新たなライダーシステムである。
突然現れたバリアにジェムとセツナが揃って警戒する中、バリアはセツナを一瞥すると視線をジェムに向け右腰のホルスターから大型のリボルバー拳銃『バリアリボルバー』を引き抜いた。
「怪盗ジェム……逮捕する」
「! その声って……」
変身する瞬間を見ていなかった為セツナはそれが誰なのか分からなかったが、発せられた声で漸く変身している物の正体が分かった。一方のジェムはと言うと、銃口を向けられている事への警戒よりも聞こえてきた声への違和感に思考の海に入り込んでいた。
(誰、あれ……あの声……私、知ってる……?)
ジェム……晶は知らない。バリアに変身しているのが、彼女が恋焦がれつつ会いたくても会えなかった人物である神宮寺 誠である事を。声も仮面越しに電子音が混じっている為、数年ぶりと言う事もあって気付く事が出来なかったのだ。
そして何より、バリアはジェムに対して容赦をするつもりが無かった。彼にとって、ジェムは仮面ライダーの力を悪事に利用する悪党でしかない。彼は仮面ライダーや、特異生物的能力を悪事に利用する者が許せなかった。
そう言う者が晶を……彼の幼馴染を傷付けたのだから。
「警告する。今すぐ武装解除して投降しろ。さもなくば攻撃する」
「うっ!?」
とは言え問答無用で攻撃するような事はしなかった。最低限警告だけはする位の理性は残していた。バリアから向けられる銃口とプレッシャーに思わず後退るジェムであったが、ここで引き下がってはいけないと自分を奮い立たせ下がりそうになった足を前に出した。
「……御冗談を。何処の何方かも知れないあなたに、従う道理はないわね」
「…………了解した。攻撃する」
直後に放たれる銃弾。大砲が火を噴いたかと思うような発砲音は、それだけでその銃弾の威力が伺えた。あれに当たってはただでは済まないとジェムは体の柔軟さを活かす様に大きく体を仰け反らせて銃弾を回避する。当然それを見逃すバリアではなく、逃げるジェムを追い狙いを定め続けて引き金を引いた。
「くっ!? とっ!? もうっ!」
次々と放たれる銃弾をジェムは紙一重で回避しつつ、一瞬の隙を見てファントムシューターで彼の手元を撃ちバリアリボルバーを弾き飛ばす。そして彼の手を離れたリボルバーを彼女は空中でキャッチし両手に持った二挺の銃でバリアを逆に狙い追い詰めた。
「貰った! 残念だったわね?」
「それはお前だ」
「え?」
全く焦った様子を見せないバリアにジェムが仮面の下で怪訝な顔になる。すると次の瞬間、奪ったバリアリボルバーから意識が飛びそうになるほどの高圧電流が流れて思わず悲鳴を上げてしまった。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「えっ!? 何、どういう事?」
バリアを始めてみたセツナは何が起きたのか分からない。彼女が見ている前で、バリアは感電に苦しむジェムを蹴り飛ばし彼女が落としたバリアリボルバーを拾うと、倒れた彼女に何度も発砲して弱らせていった。
「残念だったな。バリアの装備は全て奪われる事を防止する為に認証のあるバリア以外には使えないようになっているんだ。お前の様に手癖の悪い奴は、こういう事を平然とするからな?」
「あぁっ!? ぐぁっ!? うぐぅぅぅっ!?」
次々と撃ち込まれる銃弾にジェムが悲鳴を上げた。まるで一発ごとに破城槌を撃ち込まれたような衝撃に意識が飛びそうになってはまた引き戻されると言う地獄の様な苦痛。このままでは本当に捕まってしまうと、ジェムは逃亡の為にベルトの円盤を回してパワークオーツを擦り付け目くらましの発光と粒子を散布し幻影のジェムを作り出した。
「くっ!」
「むっ!」
突然の発光にバリアが視界を奪われそうになるが、複眼のカメラ機能が自動的に集光量を補正してくれた為視界が一時的に失われる事は防げた。直後に幻影のジェムが次々と現れたが、これもまた複眼のカメラ機能を駆使して即座に本物と偽物を見分けると正確に本物だけを狙って発砲。これまでこの技でセツナすらも欺いてきたジェムは、明確に幻影の中から自分だけを狙ってきたバリアの銃撃に驚愕と共に苦痛に悲鳴を上げてしまった。
「うあぁぁぁぁっ!? そ、そんな…………」
力無くその場に膝をつくジェム。辛うじて変身は維持できているが、状況的には完全に詰みに近かった。
そんな彼女にバリアは追い打ちをかけるように必殺技を繰り出した。
「これで、終わりだ」
バリアはバックルから認証カードを抜き取り裏返して再びバックルに装填した。すると認証カードの裏のコードをベルトが読み込み、必殺技が発動し電子音が響いた。
〈License permission, Government Rider kick〉
エネルギーがバリアの右足に集束していき、その状態で彼は身動きが取れないジェムに向けて飛び蹴りを放つ。バリアの必殺技である『ガバメントライダーキック』を喰らったジェムは、爆発とともに大きく吹き飛ばされ地面に叩き付けられてしまった。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
蹴り飛ばされ地面に叩き付けられたジェムは、遂にダメージが限界を迎え変身が解除されてしまった。辛うじて怪盗衣装と仮面のお陰で素顔がバレるという事にはならなかったが、今の状況で変身が解除されたというのはあまりにも危険な状況であった。
「う、ぐぅ……」
バリアは倒れた怪盗ジェム……晶に近付きながら銃口を油断なく向け続ける。
「これで終わりだ。観念しろ」
「くぅ……!?」
絶体絶命の晶を冷たく見下ろすバリアと、何処か不安そうに両者を交互に見るセツナ。
その姿を離れた所からジェーンが神妙な表情で見ているのだった。
と言う訳で第9話でした。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。