「千乃会長、こちら書類になります」
「そう、ありがとう」
そう答える彼女だが、一向に受け取ろうとしないので仕方なく机の際に置く。
一見すると憮然とした態度、しかしそれも冬希にとっては慣れたものだった。
「あなた、こんなことしてる場合かしら?」
「何がですか?」
生徒会長、千乃妃花の言葉は唐突だった。疑問を呈すると、彼女は眉を顰めながら書類を一部持ち上げる。
さり気ない動作だが、そのすべてに気品があり、息を呑む。
「サッカー部、できるらしいけど」
「は?」
その言葉は、彼女の姿に見とれていた冬希を一瞬で現実に戻した。
「俺、まだ何もしてませんけど」
「でしょうね、あなた最近の騒動何も知らなかったの?」
彼女は手に持った書類をそのまま冬希に押し付けた。
野球部との決闘宣言。
忍原来夏のサッカー部加入。
決闘の顛末。
そこにはここ最近にあった騒動の内容が記されていた。
「特訓と言って最近学校来てなかったものね、知らないのも無理はないのかしら」
「……認めるんですか?」
その言葉にはいくつもの想いが滲んでいた。だが、一番は。
「まだ認めてないわ。でも、認めない理由はもうないわね。サッカー部の不評ももうないわけだし」
「俺の時は」
「あなたの時は認めない理由が沢山あったわ。それを解決せずに、成し遂げた人に嫉妬するのは醜いわよ」
そうだ、自分が出来ないことを誰かが成し遂げることなんて、今まで幾重もあったではないか。
しかし、その事実は彼の心に重く伸し掛かった。
「認めがたいかしら」
「まあ、多少は」
「そうよね。あなたは無理矢理サッカー部を作るために、生徒会に入ったのだから」
なんてことはない。簡単な話だ。
「別にサッカー部が出来るのならそれは俺にとっては喜ばしいことですよ」
「そう……」
円堂冬希は円堂守のようには出来なかった。ただ、それだけの話だ。
野球部に勝利し、柳生が仲間に入った。さらに香澄崎先生を迎えた南雲原サッカー部は、西ノ宮中との対戦に向けてメンバー集めをすることになった。
「希望者から選ぶのは勿論だけど、一人適任がいる」
そう言いだしたのは四川堂だった。
「適任ですか?」
「ああ、生徒会に一人。最近学校には来てなかったけど、今思うと彼を真っ先に誘うべきだった」
そう言ってタブレット端末を操作し、手渡す。
雲明が、じっくりとそれを読み込むと、少しずつ読み上げる。
「円堂冬希、あの円堂守の息子にして、円堂ハルの双子の弟。円堂ハルほどの才覚はないが、小学校時代は積み上げた努力で喰らいついていた」
そこまでは調べれば出る程度の情報。しかしこれは生徒会の特殊な情報網を駆使して調べたものだ。
「しかし、ハルとの能力差は明確で周囲には『円堂ハルの出涸らし』と揶揄されていた」
「うへー」
木曽路がそれを聞いて、嫌そうな声を出した。
「なんでこの学校に来たのかは知らないが、彼は笹波君よりも早く、入学したときからサッカー部を作ろうとしていた」
「そうなんですか!」
「もっともチーム集めや噂の払拭に苦戦して、今は生徒会に入ったけれどね」
「なんでそこで、生徒会?」
「運営側に回って、サッカー部を作ろうとしたんでしょう。確かに、合理的ですね。ただ、千乃会長という大きな壁がいた訳ですが」
木曽路の疑問に答える形で雲明が予想する。
話を聞きながら、雲明は真剣に資料を目を落としていた。少し考え込むと、方針を口にする。
「そういうことなら勧誘にいきましょう」
「サッカー部を作ろうとしてたなら、きっと入ってくれるっしょ」
「そうだといいがな」
「桜咲先輩?」
楽観的な意見の木曽路に桜咲が疑問を呈した。
「サッカー部を作るためにわざわざ生徒会にまで入ったんだろ?それがいきなり、サッカー部出来ましたって言われてすんなり納得できるか?」
「でも、サッカーやりたいからサッカー部作ろうとしてたんでしょ?」
「それでも悔しいだろうよ。俺はそいつの事知らねえからなんとも言えねぇけどよ」
「ともかく、会ってみないことには分かりませんね」
放課後、誰もいない河川敷でボールを蹴り続けていた。
壁にシュートを打ち、跳ね返ってきたボールを円を描いた箇所へ正確に流し込む。でこぼこした壁面はボールがどこに跳ぶか予測させず、不規則にはねた。
そこに一足。
ボールが地面につく寸前、滑りこむように足を割り込ませる。
優しく、掬うように打ち上げ、オーバーヘッドで再び壁へ。
華麗だった。舞うようにボールを捌く彼だが、その表情には笑顔はない。義務感とも違う気がする。ただ何かに追い立てられるようにボールを蹴る冬希はどこか痛々しい。
「円堂冬希さんですね」
「笹波雲明か」
ひと段落ついた頃だろうか。
声に振り返ると、件の笹波雲明なる人物がいた。
「勧誘か?」
「まあ、そうですね」
話は手っ取り早かった。サッカー部には生徒会メンバーを絡んでいるのだ。自分のことが耳に入るのは時間の問題で、サッカー部を作ろうとしていたことを知っているなら、勧誘に来るのは目に見えていたことだ。
ほぐすように眉間を叩くと、少しずつ表情が和らいでくる。
「サッカー部に入りませんか?」
当然の問いかけだった。答えは用意していたはずなのに、どうにも素直に言葉が出ない。
「聞きたいことがある」
「何でしょう」
雲明は彼の言葉を待った。
「お前たちは何を目指しているんだ?」
雲明はその質問の意味を正確に理解した。その上で、あえて冬希の言葉を待った。
冬希も雲明の目を見てそれを理解し、言葉を続ける。
「俺の人生はハルにサッカーで勝つことがすべてだ。ハルに勝って俺の存在を証明する。そのためならどんなことだってやってやる」
無機質だった目にギラギラとした炎が宿っていた。
「お遊びのサッカー部なんていらない。俺が求めているのはガチのチームだ。円堂ハルに勝つための本気のチーム。俺を勧誘するってのはそういう事だ。お前らが楽しいサッカーをやりたいならそれでもいい。俺は俺でチームを作るだけだからな」
言い終えると、言葉を求めるかのようにボールを蹴った。雲明の胸にポスリと収まる。
雲明はそのボールを受け取ると、ギュッと唇を噛んだ。
「てっぺんですよ」
「てっぺん……」
何を目指しているのか、その問いに対する答えがそれだった。
「その道中に円堂ハルはいるのか?」
「言ったでしょう、てっぺんです。円堂ハルが上にいるならいるんじゃないですか?」
冬希は逡巡するように目を瞑った。
入る理由は出来た。後は自分が何を出来るかだ。
「円堂ハルのような役割を期待しているなら、俺には無理だ。俺は……出涸らしだからな」
自嘲するように、ぽつりぽつりと感情を吐露させていく。これはサッカー部に入るための必要な儀式なのだと、両者が理解していた。
「サッカー部を作ろうとして、失敗した。俺には誰かを変える力もなければ、引っ張るような人望もない。だから、運営側に回って無理やり作ろうとした」
円堂守のように、円堂ハルのように。誰かと共に、あるいは誰よりも前に。
「出来もしないこと、やめるべきだって。俺もそう思う。ハルだってそう言うだろうな」
雲明を見る。話を聞いてから彼の事は調べた。病気でサッカーが出来なくなって、それでもサッカーと向き合った。サッカー部を作って、そしててっぺんを取ると今豪語した。
「出来たんだよな。お前には。俺には出来なくて、お前には出来た」
自分と彼で何が違うのだろうか。自分はあの円堂守の息子だというのに。かの円堂守のような所業が、他者には出来て、自分には出来ない。
「お前は凄い奴だよ。笹波雲明」
少し、声が震えていた。それを抑え込むように頬を両手で叩くと切り替えたかのように向き直った。
「俺から頼む。俺をサッカー部に入れてくれ。だが、生半可は許さない。てっぺんを取ると言ったんだ。吐いた言葉は飲めないぞ」
「円堂君こそ、途中で折れないでくださいよ」
「冬希でいいよ、円堂だとややこしいだろ」
「分かった、冬希」
円堂冬希の勧誘はあっさりと終わった。
それが、円堂冬希と笹波雲明のヴィクトリーロードの始まりだった。
円堂冬希が仲間に入った!