「父様、父様」
「なんだ?」
これはまだ、冬希が拗れる前の話。まだ小学2年生ごろのことだ。そのころは何の隔意もなく純粋にその話を聞いていた。
「一番やばかったシュートって何?」
「……色々あるなぁ」
そんな質問に守はしみじみ呟いた。
「フィディオのオーディンソードは今でも凄いし、ロココのXブラストは同じキーパーだって信じられないくらいだった」
中学からプロとして活動も含めて、様々な相手と何度も戦ってきた。相手も成長し、自分も高められる中で、どのシュートの威力が高かったとは一概には言えない。
だが、主観でなら語ることは出来る。
今では容易く止められても、かつては敵わなかったシュートなどいくつもある。
例えば
「あれだな、レーゼ……いや緑川のアストロブレイクとか。当時はキツかったな」
フットボールフロンティアを優勝した帰りに表れたエイリア学園。
当時は目で追う事すら叶わず、校舎の破壊するほどの威力を持つシュートは雷門イレブンの足を震えさせるのに十分なものだった。
ちょっと天狗になった鼻をバキバキにへし折られたのを今でも覚えている。
「へぇ」
「それを言い出すと、止められなかったシュートなんてたくさんあるし、どれって言われるとなぁ……」
あ、と思い出したように声を上げると、守はその表情を曇らせた。
「ちょっと質問とはずれるが、ある意味でヤバいシュートはあったな」
「父様?」
守の声が低くなる。今までと違う雰囲気に冬希は首を傾げていた。
「禁断のシュートがあったんだ。シュートは勿論強力だったが、印象に残ってるのはそんなことじゃない」
「じゃあ何?」
「そのシュートは撃った本人の体を壊すんだ」
「……え?」
「試合中に3回撃ったら二度とサッカーが出来なくなるって言われている」
「……怖い」
思わず溢した冬希の言葉に、守は静かに頷いた。
「その感覚は正しい。何も残らない最悪の試合だった、あんなこと二度と起こしちゃだめだ」
冬希はその話を聞いて震えていた。撃つだけでサッカーが出来なくなるなどと、シュート技として欠陥品ではないか。
「なんで……その人はそんなシュートを撃ったの?」
守はすぐには答えず、少し遠くを見つめている。
守は言葉を選ぶように考えた。
佐久間はなぜ、あの技に手を染めたのだったか。不動に、いや影山に洗脳されたというのもあるが、それは本質的なところではない。
『この技があればお前に追いつき……いや追い越せる!お前すら手の届かないレベルに辿り着けるんだ!!』
かつて佐久間が鬼道に言っていた言葉を思い出す。
「どうしても、追いつきたい奴がいたのさ」
「……分かんない」
「分からない方が良い」
話を聞いて少し怯えている冬希の頭を守は優しく撫でた。
「でもな」
少し言葉を切ると、守に身を預けていた冬希が見上げるように顔を覗いてきた。
「きっと大きくなれば分かるようになる」
――――――
試合はまさしく佳境に差し掛かっていた。
1点リードした状態で真の連携を手にした西ノ宮中、それに対して南雲原中は個人能力の高さで何とか対応しているに過ぎない。
その個人能力すら、ハル一人によって覆るパワーバランス。
時間が経てばたつほど、西ノ宮中の連携は洗練されていく。そうなると、ハルも次第に実力を解放していく。
ハルが完全に実力を解放できるようになってしまえば、南雲原中には勝ち目はない。
後半、残り15分。
「どうしよう、冬希君」
古道飼が冬希に尋ねる。その瞳には不安が混じっている。同時に、体力の限界も近そうだった。
「残り15分か」
ふと、ベンチを見た。雲明がこちらをじっと見ていた。何かを見極めるように、そして何かを考えるように。
不安なのだろう。何か対策を講ずるべきかとも思っている。
しかし、それでもなお雲明は冬希の表情を伺った。
冬希の目を見て、それでも行けると言うのなら、全てを賭ける程度の覚悟はある。
冬希は雲明を見つめ返した。
――――――問題ない
不安材料はある。しかし、解決策も同時に冬希の中にはあった。
雲明は勿論、その内容を知らない。出来るのは、ただ冬希を信じるという判断のみ。少し、逡巡した後、互いに頷いた。
冬希は『覚悟』を決め、雲明も『覚悟』を決めた。互いに同じ顔をしている。まるで、通じ合ったように。
その二人の様子を見て、古道飼も安心したように息を吐く。
やはり、芯がぶれない者たちがいると安心感が生まれる。
その空気が南雲原中に伝播し、安定感を取り戻す。
だが、その『覚悟』の中身に致命的なずれがあったことを当人たちは気づかなかった。
「残り15分……」
――――――
全力を出す、全てを使い切る、多くの者がその言葉を口にする。
しかし、本当の意味で全てを使うことは普通出来ない。
その出し切った全てはきっと全てではない。真に全てを使ったのなら、きっと人は自壊を始めるからだ。
故に誰もが口にする全力とは自身を傷つけない程度の力という意味だ。
そして、それは間違いなく正しいことだ。
自分の力で自分を傷つけるなど、生き物として欠陥も良いところだろう。
自壊する力など、生命活動に支障をきたす。
しかし、逆に言えば、相応の脅威が迫っている時、人はその力を発揮できる。火事場の馬鹿力というのだろうか。その時、力を発揮できなければ死ぬという瞬間、後先のことなど無視して体は限界以上のパフォーマンスを発揮する。
それは、生き物として正しい。自分の命を守るためだからだ。
それはつまり、人は限界を超えた力を発揮できるという意味でもある。
そして、それを目指す者も少なからずいるのだ。
ドーピング、スポーツとは切っても切れない問題だ。
今まで数多の問題が露見してきた。
例えば神のアクア、あるいはエイリア石。強化人間プログラムもある意味でドーピングといえるだろうか。
これが戦場であれば、受け入れられたかもしれない。
しかし、サッカーとはどこまでいっても競技であり、レギュレーションという枠の中で戦っている。
外的な補助によって、大幅に潜在能力を上げることは間違いなくドーピングと言えるだろう。
では、何の薬も、装置も用いず、限界を超越する技術があれば、それはドーピングといえるだろうか。
禁断の必殺技というものがある。
強力な反面、使用者を傷つける。不毛な必殺技。
「あの……『感覚』」
そんな無駄で無価値な必殺技を冬希は習得している。
ハルに追いつきたくて、ハルに勝ちたくて、今の自分では限界を超えないと無理だと悟った時、習得を『覚悟』した必殺技だ。
『その技』を使うと肉体を傷つける。1試合で3回撃つと、二度とサッカーが出来なくなると言われるほどに。
薬は使わない、不思議な石も装置も必要ない。
身の丈以上のエネルギー、それを肉体に供給するというイメージだろうか。
しかし、その肉体を傷つけるという事実は、逆説的に肉体の限界を超えたパフォーマンスをしているということではないだろうか。
習得する中で、あるいは使う中で、その時の『感覚』が痛みと一緒に残っている。
そうやって、限界を超えたシュートを撃つたびに、本来あるべき人としての箍を外していった。
冬希が習得した『禁断の技』はシュート技だ。ディフェンスにいる今、使う機会はないのかもしれない。
だが、その『感覚』があれば、限界を超えたパフォーマンスをシュート以外でも再現できるのではなかろうか。
ようは慣れだ。
限界を超える『感覚』に慣れてしまえば、麻痺させてしまえば。
「ああ……来た」
出来てしまった。
エネルギーが漲り、それを身体の内側に閉じ込める。すると爆発しそうなほどの負荷が体にかかる。
しかし、同時に一切の無駄なく、エネルギーは体を覚醒させ、パフォーマンスを引き上げる。
残り15分間。
本当の意味で
――――――
その変化に最初に気づいたのは雲明だった。
冬希を信頼しているからこそ、冬希が何かを起こすと確信していた。
「あれは……」
次いで、マッチアップしたハルが気づく。
「冬希……お前」
「どうだ、追いついたぞ!ハル!」
ボールを持ち、南雲原中のゴールエリアに侵入しようとしたとき、冬希が立ちはだかった。
その変化には一瞬で気づいた。
だが、その変化が何を意味するのか。それには気づけなかった。
冬希のテンションが高いこと。どこか、頬が上気している異質な様子。
(何より、さっきまであんなに漲っていたエネルギーが感じられない)
強気な様子とは裏腹に、異様なほど冬希は静かだった。
それが何よりも不気味だった。
(次の手が……読めない)
必殺技を使う時、周囲にいるものはそれを察知することが出来る。
それは必殺技を使う時特有の気の起こりがあるからだ。
必殺技とは言ってしまえば気合いだ。
気合が、エネルギーを生み、そのエネルギーが時には現実に影響を及ぼすほどのビジョンとなって技に昇華する。
故に必殺技を使う時、その気合いから生まれるエネルギーが漏出する。
それを察知するのも駆け引きの一つではある。
(今の冬希にはその起こりが一切見えない)
故に
『分身ディフェンス』
自然体から、思考の虚を突いて放たれたディフェンス技。
気づいたときにはその分身の一人がボールに迫っていた。
「もらい」
「なッ」
先の先。相手を無理やり後手に回すやり方。
事前に冬希のその状態を知らなければ対策は不可能だ。
「『1号モード』とでも名付けようか」
そう言いながら、ボールを運んでいく。
「フォローには入ってんだよ!」
「一歩遅い」
ハルの後ろでフォローに徹していた金星が奪いに来る。それを躱すのに、フェイントなど使わなかった。
ただ一歩、深めに踏み込み、加速する。
それだけでハルに付き従っていたボックス陣を置き去りにした。
「速い!」
唐突な冬希の覚醒、ハルが来るまでディレイに徹するはずだったディフェンス陣も容易く反応できない。
崩された陣営と、未だ収まらない動揺。それを突くのは容易いことだった。
「桜咲先輩、決めちゃってくだ……」
「まだだ!」
中盤から、素早く桜咲にパスを送ろうとしたところでハルが戻ってくる。
「速いな」
「当然!」
パスコースに入られた冬希は出しかけた足を無理やり、停止し、ボールの直ぐそばで深く踏み込んだ。
「な、そんな体勢から無理やりパスを中断させた!」
「足がへし折れそうだけどな」
パスを中断したことで体が前に倒れそうになる、そこへ強く踏み込むことで前への推進力を持たせる。
踏み込んだ足でそのままボールを掬うように前へ運ぶ。
大きく一歩、跳ぶような前進はハルが反応する間もない。
(正直、ギリギリだった。やっぱ恐ろしいな)
体を壊しながら、無理やり力を引き出している冬希。
そんな冬希を以てしてようやく匹敵しうるというのがハルのレベルだ。
そう考えるとハルがどれだけ埒外な存在かよくわかる。
「だが!今、この瞬間はほぼ互角!状況1つで天秤はこちらに傾く!」
意表を突いたというこの状態は、精神的な意味で冬希に有利だ。
その差が互角の対面の中で、勝利を呼び込んだ。
「今度こそ、決めちゃってください!桜咲先輩!」
フォーメーションを無視してでも、ハルは全力で冬希の元へ駆けつけた。
それについてこれた者はいない。
つまり、冬希を止める者はもういなかった。
敵陣を真っ直ぐに突く桜咲へのスルーパス。
そのボールは誰にも邪魔される事無く、正確に桜咲の元へ運ばれた。
「任せとけ!」
桜咲からシュートを撃つとき特有の気が立ち昇る。
『剛の一閃』
轟くような轟音を上げながら、ボールはゴールへと突き刺さった。
『ゴォォォォォォぉ―――――――ル!今度は桜咲の必殺技がゴールに突き刺さったぁ!なんという戦いだぁ!両者一歩も引かない!こんな戦いを誰が予想したでしょう!』
――――――
ゴールが入ったことを確認した瞬間、冬希の体にどっと重圧が押し寄せた。
「んぐ!はぁはぁ……」
体が軋むような痛みを上げ、筋肉が痙攣しそうなほど張り詰めている。
体のあらゆるところを捩じるような痛みが内側から襲っていた。
「はは、ちょっとこの消耗はやばいな」
悲鳴を上げそうになるところを誰かに悟られまいと、噛み締める。
単なる消耗だけでなく、体への負荷も大きい。
「見誤ったか……15分で1回分くらいだと思っていたけど」
一瞬力を緩めそうになり、すぐにかぶりを振った。
「残り時間は約5分。このまま行く」
気を抜くと膝から崩れ落ちそうだった。
これが身に余る力の代償だ。冷や汗が流れ、体は固まり、激しい苦痛を伴う。
「これくらい、どうってことないさ」
今、うわ言のように思考を垂れ流しているも、余裕の無さからくるものだろうか。
とにかく、決して平常とは言い難い状態だった。
だが、そんな苦しみの反面。冬希は間違いなく充足感を覚えている。
自分の力でハルに勝てる。その確信がようやく湧いてきたからだ。
そのためなら、この苦痛すら愛しいと思える。
この苦痛は自身の力そのものだからだ。
力を手にするために、犠牲を払うなど当然の事。
努力や、時間を力に変えるのが練習だとするなら、苦痛と負担を力に変えるのも本質的には同じだろう。
『努力』と『犠牲』の境界が曖昧になっていく。
冬希は無自覚に、力を手にするための証を求めていたのだ。
その『苦痛』は間違いなく力の形でもあった。
「ラスト……5分」
ラスト5分。アディショナルタイムを含めてもそう大きくは変わらないだろう。
そこで決着をつける。
PKなど望んでいない。どうせなら、確かな決着を。
それが両者の共通認識。
決着はすぐそこに迫っていた。
次で西ノ宮戦に決着がつきそうです。