円堂冬希という人物は円堂守の息子と言うには些か卑屈な性格だった。
もっともそれは生来のものではなく。環境がそうさせたというのは言うまでもないことだ。
1つは円堂守という偉大過ぎる父の背中だ。
日本の少年サッカーを牽引し、世界に導いた傑物。
そんな彼の息子である冬希がサッカー選手として期待されるのは当然である。それ自体は冬希もまんざらではなかった。
期待に応える、それは彼にとってはちょうどいい原動力となり、向上心を与えた。
自分はあの円堂守の息子である。そう自負するが故に、何度挫折しても立ち上がってサッカーに向き合ってきた。
偉大な父というファクターはこの分では冬希にとってプラスに働いていた。
だが、それが円堂ハルという『天才』、双子の兄の存在を鑑みると異物が挟まったかのようにかみ合わせが悪くなる。
身体能力、センス、技能。あらゆる点において、冬希はハルに及ばない。
正真正銘、天に与えられたかのような才覚。
かつては二分されていた期待が、いつしかハルに注がれるようになった。
仕方のない、ことだと思う。
自分でもそう思うだろう。あれは紛れもない『天才』、円堂守の息子に相応しい能力だ。
それに比べて、自分はどうだろか。
対抗心はあった。だから、何度も立ち上がって、必死に努力して同じフィールドに立ち続けた。
その度に比較される。自分でも比較してしまう。ハルと自身の間にある隔絶した差。
同じフィールドに立っているのに、自分にはハルの立っている場所が見えないのだ。
月日がたつごとにその差は如実になっていき、その様を見た周囲は彼を揶揄する。
『円堂ハルの出涸らし』と。
それくらいなら、耐えられた。
自分でも思っていたこと、いわば事実だ。むしろそんな評判を覆してやろうと特訓に身が入った。
赤の他人の中傷など、気にしない。熱くなる目頭を抑えて、自分にそう言い聞かせた。
決定的だったのは、父の言葉だった。
『冬希、ちょっと無理しすぎだ。一度、休んでみたらどうだ』
話の前後は良く覚えていない。
ただ、その
冬希はそれを一度サッカーから離れてみたらどうかという言葉として受け取った。
年をとって少しくたびれたとは言っても、未だ父はスポ根を胸に秘めた熱血漢だ。
諦めないこと、努力の大切さをいつだって自分に説いてきた。そんな父が、自分に休めと言う。
何気ない、自分を心配してくれる言葉なのだろう。
しかし、その言葉がどうしても自分を期待しなくなったことの顕れに思えて仕方なかった。
それでも、心は折れなかった。
もう一度、自分への期待を取り戻す。そのために、ハルをサッカーで下す。
それだけを心に決めた。
そのために、努力した。調べて、特訓して、調べて、特訓して。
ハルに勝つために。もう一度、自分が自分であるために。
『冬希さ、そんなに無理してサッカー楽しい?』
うるさい、お前に分かるものか。全てを持ち得るお前に。
特訓して、特訓して。
自分を磨いて。
知見を広めて。
技を覚えて。
その先にあったのは、
目を細めて叱る母と、腫れ物を触るように諭す父だった。
「冬希」
「あ?雲明?」
長い夢を見ていた。放課後、今日は冬希のことをチームメイトに紹介してくれる手はずになっていた。
「集合場所に来ないから迎えに来たんですよ」
「ああ、寝てたのか。悪かったな」
「まったくです、放課後に寝るってどういうことですか」
「昨日特訓に身が入りすぎてな、6限からずっと寝てたんだろう」
「はあ」
ぱしん、と肩を叩かれて立つように促される。
「誰も起こしてくれないなんて、友達とかいないんですか?」
「どうだろうな……サッカー部作るために、やたらと勧誘してたから、ちょっと扱いづらいとは思われてるかもな」
「……僕がなんとも言いづらいことを」
「ほんとに気にする必要はないって。確かにサッカー部は俺の力で作りたかったけど、そこはひとまず納得してんだ」
サッカー部を作ってやるんだと、息まいていた入学当初。
さんざん壁にぶつかって、なんとか希望を繋ごうと生徒会に入った。
勿論生徒会長には却下され、次は生徒会長にでもなってやろうかと企てていた。
今にして思うと、なんともまあ不確実で悠長なプランだったであろう。
「過程に拘ることはやめたんだ。ハルに勝つ、そのためならどんだけ不格好でも構わないって」
1からサッカー部を作って、優勝させる。そんな誰かのような幻想を抱いていたのは確かだ。
入学を決めた当時は、色々あって冷静ではなかった。
自分の分もわきまえず、完璧にこなそうとした結果、兄と戦うチャンスまで失う所だった。
「正直助かったぜ。目が覚めたとでも言うべきかもな」
「……何言ってるか分かんないけど、納得してるならいいです」
会話しながら、歩いていると気づけば部室にたどり着いていた。
「なんだか、緊張するな」
「行きますよ」
「ば、早」
ガラッとドアを開けると中には誰もいなかった。
「誰もいねえじゃん」
「練習中だから当然でしょう」
言外にお前が寝ていたせいだという視線が突き刺さる。
「さっさと着替えてグラウンドに来てください」
「サッカーグラウンドなんてあったか?」
「出来ました」
「出来た!?」
グラウンドにつくと、そこには3人。
「桜咲丈二先輩、木曽路兵太、忍原来夏先輩です」
不良っぽい奴、明るそうな奴、可愛い奴。パッと見た印象だった。
雲明が雑に紹介すると、ポンと背中を押された。
「他のメンバーは?」
「特訓に行ってます」
紹介する気があるのかと言いたくなるところだが、遅刻したのは自分なのでなんとも言えない。
「みんなには冬希の能力を測るためにミニゲームをしてもらいます」
「ミニゲーム?」
「そうですね、桜咲先輩、木曽路チームと忍原先輩、冬希チームの2対2でいきましょう」
「ちょ、いきなり」
急な事に反論しようとした冬希であったが、ふと他の面々を見ると納得したようにフィールドに向かっている。
「わかった」
それを見ると抵抗するのも無駄かと思った。
「よろしくお願いします、忍原先輩」
「うん!よろしくねー」
「どう見る木曽路」
「オーラはないですね~」
円堂ハルの弟、もとい円堂守の息子というからどんやつかと思えば、案外幸薄そうな奴が来たと言いたげだった。
桜咲も同様なのか、コクリと頷いている。
かの円堂守を想起させるように右向きに飛び出た前髪は、溌剌さよりもどこか重さを感じさせる。雰囲気の問題だろうか、目元のや顔のパーツを見れば確かに面影を感じさせるが、どうもちぐはぐさが拭えなかった。
「それが逆に何してくるか分からねえ怖さでもあるけどよ」
「まあ、雲明が資料見てわざわざ勧誘したくらいですから、只者ではないでしょうね」
桜咲先輩みたいな、という言葉を木曽路は飲み込んだ。
「ま、なんにしろやってみりゃ分かるか」
「ええ、本気で行きますよ」
配置につき、雲明がピッと軽く笛を吹くとゲームが始まる。
スタンダードな2対2。小さいゴールが対面に設置されており、百道製のキーパーロボットがそれを守っている。
ボールは冬希から持ち出す。
トントン、とリズミカルに忍原とパスを交わしながら様子を窺う。
(まずは、様子見か?)
パス交換の間に、桜咲の思考が待ちに寄る、その刹那だった。
意識の合間を縫うように、パスを出そうとしていた足を反転させ正面に向かって来る。
「来たぞ!俺がチャレンジだ!」
「はいよ!」
勿論、桜咲も即座に反応する。正面を突破しようとする冬希の行く手を阻むように体を置く。
(ディフェンスの基本はチャレンジアンドカバー!ボールホルダーとの2対1を常に作るのが基本戦術!)
平行に位置する忍原を視界の端に捉えながら、あえてマークはつけない。正確には、いつでもマークに付ける位置と桜咲をカバーできる絶妙な位置を木曽路が保っている。
基本守備は能動ではなく、対応。
揺さぶる方法もあるが、相手の実力も不明瞭な状態でそれをするには些かリスクが高い。
(突破コースは潰した!さあどうでる円堂冬希!)
「なっ!」
冬希と桜咲が接敵するその寸前、冬希は一歩前に置くようにボールを流した。
冬希と桜咲、互いがギリギリ届くかどうかというその境。この瞬間、ボールはルーズボールとなった。
(どう見ても罠!だが……)
一歩踏み込めば桜咲にも足が届く、それだけでボールが取れる。
しかし、それは冬希も同じ条件だった。
先に足が届いた方が勝ちになる。しかし、その勝負に乗せられるのは冬希の企みの上だ。ただボールを五分にするはずがない。それが桜咲に迷いを生んだ。
(こいつ!俺を揺さぶるためにわざとボールを離しやがった!)
勝負に乗れば、相手の掌。しかし、勝負を避けようとすると一歩下がるほかない。その場合、スピードに乗った相手を崩れた体勢で対応しなけらばならなくなる。
(攻めて受けるか、待ちで受けるか。状況を動かして選ばせてきた!)
何よりも厄介なのが、判断が遅れればどちらを選んだとしても負けるという点にある。
(停滞は敗北!どちらにしても速攻が求められる!)
「クソッ!強制二択かよ!」
「いいえ、一択です」
桜咲の呟きに冬希が答える。
「桜咲先輩の身体能力を考えれば、待ちという選択はとらないでしょう。だからこっちは攻め前提で受けておけばいい。忍原先輩、2タッチ」
「ほいっと」
踏み出した瞬間、後の体勢を考えない無茶な踏み込みで冬希がボールに触れた。しかしそれは正確に芯を捉え、忍原へとパスを出す。
ボールキープを考えないのであれば、多少無理な体勢でも踏み込める。
そしてバランスを崩しそうなところで、踏み込んだ桜咲と軽く接触し、支えにしながら体の位置を入れ替え、返ってきたボールを受ける。
「おまっ」
「これで2対1です」
木曽路に2人を止める手立てはなかった。
単純なワンツーで崩され、ゴールが決まる。
「まず、1勝ですね」
なんでもなさそうに、冬希はそう言った。
次はボールは桜咲・木曾路ペアから始まる。
「木曾路……」
「はい、円堂冬希。やっぱただもんじゃない」
立ち上がりはパスを交わしながら、じりじりと抜けるタイミングを探る。
木曽路が桜咲にパスを出したその瞬間、冬希のプレスが迫ってきた。
「来たなっ!木曽路!」
「おうよっ!」
ワンタッチで木曽路にパスを返すと、体を冬希の内側に入れ込み、パスを待つ。
縦にボールが抜ければ、有利な位置でボールを受けられる算段だった。
木曽路にパスが渡ったタイミングで忍原が詰める。
(遅れたなっ!忍原はサッカー未経験者だ。ディフェンスの前後の機微までは分からねえだろ)
冬希が後手で対応している現状、忍原が木曽路の元へ飛び出せば、カバーが居なくなる。
木曽路のパスコースを塞げればそれでも良いが一歩遅れた現状では、十分にカバーできない。
理解していながらも、ボールホルダーに反応してしまう。初心者ならなおさらだ。
そして理解しているからこそ、対応が中途半端になる。パスコースを塞ぐでもなく、縦を切るわけでもない立ち位置。
「行ける!『分身フェイント』」
木曽路の『分身フェイント』がさく裂したことによって、忍原が完全に抜かれる。
これで冬希と木曽路・桜咲の1対2が出来上がった。後は人数の有利を活かして崩すだけ。
その、突破後の初動。なぜか、木曽路の元には冬希が迫っていた。
(桜咲先輩へのパスコースを切りながら迫ってきた!けど縦は開いてる!)
縦にボールを出せば、桜咲が走って受けに来るはず。木曽路が冬希を抜くよりも手っ取り早い選択だ。
木曽路がインサイドでボールを縦に流すと、同時。
桜咲の動きが見えていないはずの、冬希がコースを変え、縦へのパスをカットした。
(パスコースを読まれた!)
「木曾路、ディレイ!」
即座に正面を切り、ドリブルを阻害。桜咲が戻る時間を稼ぐ。
しかし、冬希は止まらなかった。アウトサイドでコート中央にボールを寄せる。
それは同時に桜咲がいる位置へ近づくことを意味していた。
(まただ、『強制2択』!)
桜咲の方へ寄ったことで、木曽路と桜咲で挟める形になった。
カバーに走るか、勝負をしかけて取りに行くか。
忍原は斜め前方に位置している。ミニゲームではオフサイドがないため、フリーでパスを受ければそれだけでゴールが決まるだろう。
自分で無理やり状況を動かし、相手に選択を迫る。そして、その上で相手にメタを張った対策を用意する。
(これが、こいつのサッカースタイル!)
当然リスクはある。主導権を持てるとはいえ、無理やり動かした状況は相手にも有利な盤面を与えるのだ。技術と駆け引きが至らなければ、致命的な失敗に繋がる。それをこなす、度胸と胆力が冬希にはあるのだ。
(木曽路が突破されたら2対1で、戻っても決められる。俺が戻るまでディレイ出来るなら、カバーすべきだが……抜かれるリスクの方が今は高い!)
勝負を仕掛けるべく、コースを塞ぎながら取りにかかる。
そして桜咲が迫ったと同時に、ボールを下げて足の後ろに回すと、軸足の後ろで弾くようにサイドに流した。
(馬鹿な……なんで忍原がそこにいるんだ!)
つい先ほどまで、前方にいた忍原が冬希の斜め後方でパスを受けていた。
桜咲が冬希に詰めるとほぼ同時に下がらなければ、間に合わない距離とタイミングだった。
(円堂冬希はまだわかる。経験と思考で俺らの行動を先読みしたってのは説得力がある。だが、忍原が先を読めるほどサッカーを知ってるとは思えねえ!)
だとすれば、要因は冬希だ。サッカーを知らない者すらも、自然にポジショニングが出来るように動かした。
(盤面の使い方が異様にうまい!)
ボールを預けた途端、ダッシュで木曽路と桜咲の間を抜けボールを受ける。
そのままボールを上空に上げ、回転と炎を伴いながら立ち昇る。ゴールに叩きつけるように、ボールを押し込んだ。
「『ファイアトルネード』」
シュートはゴールに突き刺さり、ネットを揺らす、入部の挨拶とこれ以上ないパフォーマンスであった。
「凄いな、円堂」
「冬希で良いですよ、何かとややこしいでしょう」
ゲーム直後、桜咲が冬希に声をかける。そこに木曽路や忍原も寄ってきた。
「忍原の動きが異様に良かったが、お前結構サッカーの勉強したのか?」
「ううん、技術磨かなきゃいけないから、そういうのはあんまりよく分かってないよ」
「にしては、的確でしたね。俺に突っ込んできたとこ以外は、完璧でしたよ」
「あれは、見事につられちゃったね」
忍原はむむむ、と唸ると言葉を絞り出した。
「なんていうか、冬希君を見てると、伝わったんだよね。こっちに欲しいとか、こっちに来て欲しいって。ディフェンスの時は中途半端になっちゃったけど」
「言葉にしちゃうと相手にも伝わりますからね、言葉以外で伝えたんですよ」
冬希の言葉にメンバーの全員が疑問符を浮かべた。
「目線、手振り、あとは重心の乗せ方とか。俺がどうする、っていうのを味方にだけ伝えれば、相手はそれに則った動き方ができます。まあ忍原先輩が賢いから、よく察してくれたっていうのは勿論ですけど」
「そんなことできんのか?」
「実際やってるなら出来るんだろうけど……」
いずれにせよ、一朝一夕でできることではない。そこには、試行錯誤と努力の日々が伺えた。
(誰だよ、こいつを『出涸らし』とか言ったの)
だが、これが味方になると思えば心強いことこの上ない。
「何はともあれ、心強い仲間が入りましたね!」
「ああ、これからよろしく頼む」
「ようこそ、サッカー部へ!」
3人の歓迎の言葉に、冬希は少し口元を綻ばせた。ようやく、スタートラインに立てた。その実感が胸の奥で熱く燃える。
勝つ、彼らと共に。
「はい、よろしくお願いします!」
円堂冬希 南雲原中学1年 MF 属性:火
円堂ハルの双子の弟。ハルとの才能の差に『円堂ハルの出涸らし』と揶揄される。そのせいで、時折卑屈さを発揮する。父の期待を取り戻すために、ハルに勝ちたい。
尊敬している人:壁山塀吾郎
『必殺技』
ファイアトルネード
モグラフェイント
皇帝ペンギン1号
??????
??????
??????
『ファイアトルネード』
ハルが使うのに対抗して、習得した。ハルに比べて威力が劣るので、『出涸らしトルネード』と言われていた時期もあったとか。
『モグラフェイント』
壁山に教えてもらった。
『皇帝ペンギン1号』
必ず使用者を殺す技。