円堂ハルの出涸らし   作:モリブデン42

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サッカーモンスター!円堂ハル!

『あいつ、ハルほど強くもねえのに偉そうに指示出してくるよな』

『マジでそれ、ムカつくわ』

『『出涸らし』の癖に俺らの事、見下してんじゃねえよ』

 

 ハルは知っている。

 冬希がそんな言葉を耳にしても、辛さを表に出さず戦ってきたことを。

 そして、冬希が実はそこまで心の強い奴でもないことを。

 

『あんな奴らの言う事気にしなくていいでしょ』

『気にしてないって。単に俺の実力不足ってだけだろ?』

 

 そんなはずはない。冬希は懸命に努力して、ハルに追いすがっていた。少なとも、嫉妬するばかりで諦めている奴らに貶される謂れはない。

 勿論、全員そんな奴らという訳でもなかった。それでも、確かにそういう声はあり、その一つ一つに冬希は真面目に向き合っていた。

 

『俺の実力が足りていれば、受け入れられる』

『そうじゃないでしょ、冬希ばっかりが頑張ってもあいつらが聞かなきゃ意味がない』

 

 ハルに追いつくために、あらゆる手段を講じていた。

 戦術を学び、観察眼を磨き、指揮を覚えた。個人で勝てなくても、チームを勝たせられる価値を獲得するために。

 それでも聞かない奴らのために、冬希は言葉すら捨てた。

 言葉ではなく、自ら察するように味方を誘導し、チームの裏で戦略を構築していた。

 だからこそ、思考しない連中には冬希の凄さが伝わらない。

 

「冬希……」

 

 今、南雲原でプレーしている冬希を見るとどこか心が軽くなった。

 味方の誘導も使いつつ、言葉で指示し、冬希を中心に守備から攻撃まで連携していた。

 チームが冬希を信頼し、冬希も無意識でそれに応えているのだろう。

 

「良い仲間に巡り合えたんだな」

 

 仲間を信頼し、仲間に託され、仲間に託す。冬希の戦術が連携として、真の意味で成立していた。それはハルも知らない、冬希の本当の強さ。

 

 気づけば笑っていた。それはただ冬希の姿が見られたことだけが理由ではない。

 冬希の成長が自身の脅威になり得る。その事実が心を躍らせた。

 

「楽しく、なりそうだ」

 

 ハルのテンションが上がった。ただそれだけだった。

 この後10分足らず。ハルの蹂躙によって、盤面は容易くひっくり返った。

 

 

 

――――――

 

 

 

 円堂ハルの強みとはなんだろうか。

 そう問われた選手の多くが個人能力と答えるだろう。

 圧倒的な個としての強さ。

 スピード、テクニック、フィジカル。その全てにおいて他の追随を許さない。

 間違ってはいない。誰もがその鮮烈さに焦がれ、憧れる。

 だが、それだけでは足りない。

 円堂ハルの凄さを語るのに、パラメーターの高さという単純なものでは全く足りないのだ。

 それらの能力の使い方にこそ、ハルの凄さは隠れている。

 

 冬希にとって、能力値だけの存在などいかようにも対処しようがある。

 速いだけなら、動き出しを早くすれば対応できる。テクニックも戦術で嵌めれば問題ない。フィジカルも人数をかけるだけで封殺できる。

 

 では、ハルの凄さとは。それは能力の高さを全面に押し出した駆け引きである。

 

 スピードで勝負する、フィジカルで戦う、テクニックで躱す。相手に対して、有利をとれる戦い方を常に選べる。必死こいてハルに追いついても、体で小突くだけで崩される。フィジカルで勝負してくる相手にはスピードで抜き去る。

 常にアドバンテージを持った状態で、なおかつその能力値は最高峰。

 まさしく、最強である。

 

 だからこそ、読み合いで勝つことは有効な手立てであると同時に、ハルに勝つための最低条件でもある。

 

 冬希はそのための能力を磨いていた。

 盤面を整え、ハルの選択肢を狭め、予測したハル行動の一歩先で待ち構える。

 そこまでして、ハルの能力値との勝負になる。

 

 ではなぜ、止められなかったのか。

 

 南雲原の得点から僅か10分ほど。

 

 南雲原1ー2西ノ宮

 

 冬希は唇を噛み締めながら、スコアボードを見つめていた。

 

 

 

――――――

 

 

 

 1点目は、ハルの能力による蹂躙だった。

 勿論、冬希たちもその能力に対して対抗できる戦術は用意していた。

 しかし、それはボールを持ちあがってくるハルとの駆け引きに特化したのものだった。

 少ない時間の中で、出来得る限りの準備。そもそも、練習もなしに連携を完璧に組んでいることの方が異常であったのだ。それは、冬希の努力のたまものではあるが、それにしたって限度はある。

 

 ハルがしたことは単純。

 読み合いという勝負の土俵から外れたのだ。

 

 西ノ宮中の失点後、キックオフで蓮にボールを預けた。

 そこから、ハルはボールすら見ずに単身、敵陣に切り込んだ。

 古道飼がそれについて行くとは言ってもボールという枷を持たないハル相手では難しい。

 そもそも冬希のカバー前提の戦術だというのにハルはボールを持っていない。

 

 相手の逆をつくステップワーク。速さだけでは対抗できない技術を以って、古道飼を撒く。

 そこでようやく、センターサークル付近でボールをキープしていた蓮から、ボールが供給された。

 古道飼を抜き去った空白という瞬間的に間延びしたスペース。

 だがボールが渡った時点で、状況はフェアになっている。

 冬希の読み合いが成立しないのだ。

 

 それでも、冬希の対処は冷静かつ的確だった。ボールが渡る瞬間、あるいはそれより前のポイントで刈り取る。

 現状出せる最適解を導き出した。

 

 しかし、その程度では自由なハルのプレーを妨げることはできない。

 

 向かって来る冬希を一瞥し、飛んでくるボールに向かうようにバックステップを踏む。

 そして後ろから飛んでくるボールを横目で確認しただけで、ヒールで上空に蹴り上げた。

 そのまま、跳躍。

 炎を巻き上げながら、天空からボールを振り落とした。

 

『ファイアトルネード』

 

 無論、四川堂に対応できるはずもなくボールはゴールに突き刺さった。

 

 

 

 2点目、意外にもハルがサポートに回ったゴールだった。

 キックオフ後、パスを回しながら相手陣地へ切り込んだ。そこにハルの死角からボールを掠めとる得意技がさく裂する。

 冬希もそれに対抗策を準備していた。

 つぶさに声をかけながら、常にハルの位置を補足する。

 死角から来ると分かってさえいればあとはタイミングを掴むだけで避けることができる。声をかけ、桜咲はハルを躱したはずだった。

 しかし、本命は死角から来るハルではなくそれに連動する蓮のプレス。

 そして、蓮がボールを取ったころにはハルはもう上がっていた。

 そして、ボールが渡る。

 勿論、同じ轍は踏まない。人数をかけつつ、突破されるリスクを上げてでもハルとの距離感を縮めた。

 ハルから半歩下がって、古道飼がディフェンスに回る。

 しかしハルはそれに体を反転させて、ゴールを背にしてボールを受けた。

 

 その瞬間、一番驚愕したのが冬希だった。

 

 それが意味するのは、円堂ハルのポストプレー。

 

 前線でボールをキープしながら、チームの連動を待つ。

 だが、西ノ宮中の選手が連動するはずがない。つまりは、蓮がボールの受け手になるはず。

 パスコースと、スペースを潰すことは両立しうる。

 

 目線だけで、雨道に指示を出し、コースの限定する。状況次第では四川堂のディフェンス参加も効いてくる。

 兎にも角にも連動はハルと蓮でしか成しえない。蓮さえ潰せば、ポストプレーは成立しない。

 そんな思考の、盲点を突かれた。

 パスを出した先は西ノ宮中のFW、糸居。

 連動などしえないはずだった。

 しかし、ハルはボールを渡すと古道飼に密着し、言葉すら発さずに反転しながらボールを呼び込む。

 糸居が躊躇する間もなかった。目線もなければ、サインもない。ただ、その背中が強烈にボールを要求している。

 

 今出せ、と言っているのが冬希にも分かった。

 

 西ノ宮中の選手も無意識だったのだろう。

 打つという選択肢もあったはずなのに、献上するように正確なパスをハルに出していた。

 ボールを受け取ったハルは、即座にオフェンス技を繰り出す。

 

『ヒートタックル』

 

 冬希を突破したハルは悠然とゴールにシュートを打った。

 必殺技すら使わず、鋭く蹴られたボールはすさまじいエネルギーを伴って、ゴールに突き刺さった。

 

 シュートは驚異的だった。しかし、冬希を苦しめたのは西ノ宮中の選手を動かした能力。

 言葉すら使わずに、他者を動かす。

 それは冬希にとって試行錯誤の果てに習得した技術だった。それすらも小細工を講じてようやく成立する稚拙なものだ。

 ハルも同じことをした、それも小細工など用いずに。

 覇気、とでも言うのだろうか。自身に懐疑的な相手すら、自然と連携する。

 人を率いるカリスマ性。

 

 誰かが、重なる。

 

(違うだろ!)

 

 冬希は羨望の目線を送りそうになった自分を恥じた。

 

 思考停止から、ようやく我に返った冬希は冷静さを取り戻す。

 

(このくらい、想定しうる事態だ)

 

 あっという間に逆転された。それもこちらの戦略を打ち破る圧倒的な形で。

 だが、これは落ち込むことじゃない。ハルが強かった、そんなこと最初から理解している。

 

 冬希は苦境に立った時、思考によってメンタルのコントロールをする。その際、思考に癖が出る。

 その()()は、『円堂守の息子』ならどうあるべきかと考えることだ。

 

(円堂守はこんなことでくじけない)

 

 円堂守の息子たるもの、逆境に嘆くなどありえない。

 

(円堂守は強敵が現れると喜ぶものだ)

 

 間違っても、相手に羨望の目線を送るなど、才能に嫉妬するなどありえない。

 

(笑え)

 

 サッカーを楽しめ。

 

(笑え)

 

「笑えよ」

 

 ふう、と息を吐く。脳に酸素を回し、体の空気を入れ替えると、思考すらも入れ替わったように一新される。ゴールネットからボールを回収しながら、ハルを見つめる。薄く笑いながら、冷静に状況を整理するように。

 

「大丈夫です。修正しましょう」

「冬希君……」

「すいません、四川堂先輩。簡単に打たせちゃって」

「いや、謝ることじゃない。僕が止めなくちゃいけない話なんだから」

「それは無茶ですって」

 

 そう、打たせた時点で、それは冬希に責任なのだ。

 打たれたらゴールを決められるその前提で、作戦を組み立てなくてはならない。

 

「すまないな」

「なんで四川堂先輩が謝るんですか」

 

 それは同時に四川堂の力不足でもある。それを理解しているからこそ、四川堂は謝る以外に言葉が見つからなかった。

 

 ボールをセンターサークルに送りながら、会話を傍観していたハルに視線を送る。

 早く戻れよ、と言いたげだった。

 そんな目線を気にした様子もなく、ハルは神妙な顔で口を開いた。

 

「変わってないね」

「何が?」

「そうやって、心を隠すところ」

 

 冬希の眉が僅かに、不快感を示す。

 

「意味わかんねえ」

「信頼はしてる、信用もしてる。だから連携は成り立っている。でも、心を隠しているうちは真の要求は相手に伝わらない」

「……俺は」

 

「そこ!早く戻りなさい」

 

 審判の注意が入り、ハルが肩を竦めた。

 

「まずは自分を信じること。そこからじゃないかな」

 

 冬希の返答を待たず、ハルは自陣へと戻る。

 その間も、冬希はその言葉の意味を考えていた。

 答えは、出ない。

 

 

 

――――――

 

 

 

「逆転……ね」

 

 千乃は観客席で一人、試合を観戦していた。

 そして、2点目が入った時、思わず目線を逸らしてしまった。

 南雲原が負けている所を見たくない、などという話ではない。勝負は押し引きがあることを千乃はしっかりと理解している。だからこそ、一時の局面に憂いたりはしない。

 目線を逸らしたのは、冬希が無理して笑っている姿が痛ましかったからだ。

 千乃は知っている。

 苦しい時、無理して笑おうとする冬希の()()

 サッカー部を作ろうとしている時、思うように仲間が集まらない状況下でも笑って過ごしていた。

 

『きっと父様なら、こんなことでへこたれないと思うんです』

 

 なぜ笑うのか尋ねた時、そう答えていた。

 笑っていても、その表情は彼の本心ではない。

 冬希と円堂守は違う。冬希には冬希の強さがあるはずだ。

 苦しいことを、苦しいと思わない。そんな人間であるべきだ。そうやって誰に言われるでもなく、自分で自分を縛っている。

 だが、人間とはそんな単純なものではない。どんなに取り繕ってもストレスは蓄積されるし、辛いものは辛いのだ。

 いつか、決壊する。それを前にして何か自分がしてやれることは無かったのだろうか。

 そこまで考えて、かぶりを振った。

 

「なぜ、私はそこまで肩入れしているのかしら」

 

 生徒会で共に過ごすうちに情が湧いたとでもいうのか。もし仮にそうだとしたら、その上でサッカー部設立を妨げた自分はとても非情な人間だ。

 呆れた様な笑みがこぼれた。

 

 そして、視線を逸らした先。

 そこには千乃と同じく、一人で観戦している者がいた。

 フードを被っていたはっきりと顔は見えない。だが、その隙間から僅かに見えた横顔に見覚えがあった。

 

「誰かしら?」

 

 知ってるようで、知らない。有名人の名前が思い出せないような、そんな感覚。

 少し不躾だと思いながら、その人物をよくよく観察する。

 ラフな格好で、前かがみにフィールドを見ている。そしてそれがなぜかよく似合っていた。

 体格は、それなりにがっしりしている。僅かに素肌が見える足元の筋肉が引き締まっているように見えた。

 

 そして、雰囲気。そこに誰かの影が重なった。

 

「あ……」

 

 その後の行動は千乃自身でもよく分かっていなかった。きっと、客席が閑散としていて声をかけられる環境なのも起因していた。

 普段は重んじる礼儀も頭から抜け、それなのに明確に用があるわけでもない。

 普段なら、あり得ない行動。

 

 だが、気づけば声をかけていた。

 

「あの……円堂守さんですよね」

 

 その人物、円堂守は驚くように目を見開いた後、フィールドを一瞥し、フードを深くかぶり直した。




ちなみに冬希がいる以上、点差が開いていてもハルが後半に下がるわけないので、監督を説得してでも出てきます。後半本気出す作戦を使っていたら負けてます。
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