円堂ハルの出涸らし   作:モリブデン42

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俺たちだけのサッカー!

「凄い……!」

 

 南雲原の得点を見て、千乃も思わず喜色を示す。

 冷静沈着な顔に花が咲くように笑顔が灯った。

 ハルのディフェンス技から流れる様な攻撃への移行、そしてオフェンス陣3人を囮に意表を突いた伊勢谷のシュート。

 普段なら、ピクリとも表情を変えることはないだろう。それが、思わず表情にでてしまった。それだけ、試合に感情移入している証拠であった。

 ふと、隣に守がいることを思いだし、シュンと恥ずかしそうに小さくなる。

 

「すみません……」

「いや、いいことだ。そうやって喜び共有してくれる奴がチームにいると士気が上がる」

 

 そう溢す守の表情は、なぜか険しかった。

 

「そういう円堂さんは嬉しくないんですか?」

「え?」

「冬希君が活躍したのに、円堂さんはなぜか複雑そうな表情です。やっぱり円堂ハルを応援してるんでしょうか」

「いや、そういう訳じゃないよ」

 

 ハッと、顎に手をやり、表情を誤魔化す。

 その様子を見ながら、千乃は守の心境を測りかねていた。

 

「嬉しいさ、冬希が上手くなっているのも。ただ、危ういと思ったんだ」

「危うい?」

 

 仲間と喜びを分かち合いながらベンチへ戻る冬希を見て、守が目を細めた。

 どこか、疲れの籠った眼差しだ。

 

「個人としての成長。すげーことなんだが、冬希とは相性が悪い」

「それは冬希君の成長が喜ばしくないと言っているのと同義では」

「そうじゃない。冬希の成長は親として嬉しい、そして確かにサッカープレイヤーなら個人能力は絶対必要だ。でも冬希が自分の可能性に気づいたとき、同時に破滅への道も開けてしまう」

 

 何か、悍ましいものを思い出すように目をしかめる。

 

「ハルに勝ちたい、チームで勝つことは勿論だが、結局のところ個人で勝たなきゃ意味がないって思ってしまう。そんな考え方が顕著になれば、さらに力を求めるだろうな」

 

 向上心と言えばよく聞こえる。しかしその実態を知ればその危険性を考慮せざるを得ないだろう。

 そして、冬希が自分の可能性に目を向けた時、そんな破滅志向が加速する。

 

「冬希は本当に凄い奴なんだ。でもそれを自覚できないから、努力に努力を重ねる。身を削る作業を当然と思えるほどに。そしていつか、犠牲と努力の境界があやふやになっていく。身を切ることが努力だと勘違いしてしまう」

「冬希君がそうなると……?」

「既になってるさ」

 

 千乃の目が大きく見開かれた。

 ギギギ、とブリキのように正気を疑うような双眸を守に向ける。

 

 千乃は頭が良い。故に守の言葉の意味を正確に理解した。

 その上で、守に向けた目線には確かな怒りが宿っていた。

 口にはしない。する資格などない。しかし、思ってしまう。なぜこうなるまで放っておいたのかと。

 

「その目を見れば言いたいことは分かる。でも俺じゃどうしようもなかった」

「なぜですか?冬希君にとってあなたからの言葉はきっと誰よりも強く響く。円堂さんが言って聞かせれば……」

 

 口にしながら千乃も気づく。

 守からの言葉が冬希にとっての全て。しかしその言葉が本当に文字通りに受け取られるかは分からない。

 特にマイナス思考が染み付いた冬希のことだ。

 頑張れ、と言われたなら壊れるまで死力を尽くす。休め、と言われたなら失望されたと感じ、より一層努力を続ける。

 

「俺の言葉はあいつにとって毒にしかならなかった」

 

 後悔を噛み締めるように、守は拳を握る。

 守に非があったかと言われると、必ずしもそうとは言えない。守とて慎重に動いた。それが逆に冬希を追い詰めたとしても彼を思ってのことに変わりはなにのだ。

 かつて、無意識に仲間を思い詰めさせていたことを今でも覚えている。だからこそ、冬希には慎重な姿勢を示した。

 守も、冬希も、ハルも悪くない。

 ただ、少しずつ認識がズレたのだ。

 そのズレが致命的な歪さを生んだ。

 

「近くにいるのに、いや近くにいるからこそ俺は何もできない」

「そうですか……」

 

 重くなった雰囲気を守は笑って誤魔化す。

 目は微塵も笑ってはいなかったが。

 

「なんでそんなこと、私に話してくれたんですか?」

「なんでだろうな」

 

 完全な身内の話だった。

 会ったばかりの千乃に話す道理のない内輪話。それも守の弱みとなる話だ。

 

「冬希には仲間が必要だと思ったんだ」

 

 だが、守にとってはそんなことは些事だ。

 この話で少しでも冬希の仲間が増えるのなら、己の失態などいくらでも語ることができる。

 

「君はどこか達観していて、冬希と良い距離が取れると思った。憐憫でも同情でもない。あいつが本当に欲しい言葉をかけてやれるんだって」

「そんなことないです。むしろ……少し、距離を取られてると思います」

「なんとなく理由は分かるけど、まあ大丈夫だろ。その辺は」

 

 クク、と喉を鳴らしながら守は笑った。

 

「今日、少し安心したんだ。南雲原中にはしっかりと冬希の居場所があった。あいつを一人にしないことがきっと今一番大事なことだからさ」

 

 昔の自分なら、もっと真正面からぶつかっていただろうか。

 大人になることで、その勇敢さはなくなってしまったのかもしれない。

 でも、その勇敢さは若さゆえに許された無謀だ。

 若さゆえに言葉を真っ直ぐに受け取ってくれる。若さゆえに通じ合えた。

 大人となった自分が子供のように特権を振りかざすことはできない。

 

「ほんと、無力なもんだよな」

 

 

 

――――――

 

 

 

「しゃおらぁ!!追いついたぞ!」

「やりましたね!」

「当然だ」

 

 前半終了後、ベンチに戻った南雲原メンバーは口々に喜びを表す。

 当然だ。あまりに敗色濃厚といった雰囲気から一転、同点に追いついたのだ。

 考えてみれば絶望するほどの状況ではなかった。あまりにハルに蹂躙されたため勘違いしていたが点差は僅か1点しかなかったのだ。

 

(勝てる……俺は俺の力でハルに勝てる!)

 

「冬希、よく奪ったな!」

「急造の必殺技ですから、ほぼ奇襲みたいなものです。次はそう上手くいきませんよ」

「生意気な奴め!」

 

 肩を組む柳生にそう返しながらも、その表情には嬉しさが隠せていない。

 

「でも凄いよ、冬希君」

「古道飼たちこそ、よくあそこで前に走ってたな」

「うん、冬希君がボールを奪うって信じてたから」

 

 あの状況下、完全な奇襲を完遂するために冬希に全てを託し、ディフェンス陣は上がった。期待と信頼の証だと冬希でもはっきりと分かる。それがどうしようもなく心地よかった。

 

「みんなよくやってくれた」

 

 がやがやとした空気を引き締めるように雲明が声を挙げる。

 その声に皆が、雲明に注視する。

 

「各々が十全に役割を果たしたからこそ、今同点に追いついた。だが油断はできない」

「当然だ」

 

 油断などしようはずもない。

 

「ハルがこの程度の訳がない。実際、攻略できたとは言い難いしな」

「うん、作戦は変えないけど。後半はより苦しい戦いになると思う」

 

 雲明はちらりと冬希の様子を見た。

 ハーフタイムに入り、息は少し整っている。しかし、表情の疲労感は隠せていなかった。

 円堂ハル対策に特化した冬希でも、猛攻を受け続ければ消耗する。

 チーム全体も、少しずつ疲労が蓄積しているのだ。

 

 対して、西ノ宮中はほぼ円堂ハルのワンマンプレー。

 消耗は南雲原に比べれば軽微なものだろう。

 

 しかし、作戦を変える余裕はない。

 冬希を中心とした円堂ハルを潰すシフト。

 現状、西ノ宮中に作戦と呼べるものはなく、ハルにボールを集めるだけのサッカーをしている。ならば、ハルへの対策だけを考えてしまえば、西ノ宮中は対応できる。

 ゆえに、これが一番勝率が高いのだ。

 

「みんな、耐えてくれ」

 

 ハルの地力と、南雲原の体力。

 向こうの戦力のほぼすべてを担うハルとて消耗は激しいはずだ。

 その天秤を鑑みれば、勝機は十分にある。

 

 しかし、悪い予感がどうしても拭えなかった。

 

「雲明?」

「なんでもないよ、さあ行こうか」

 

 

 

――――――

 

 

 

 西ノ宮中ベンチ。どこかどんよりとして、重い空気が流れていた。

 前半は押していてた、スコアも同点。しかし、押していたからこそ、同点だからこそ、不満が生まれる。

 

「あれだけ優勢だったのに、なぜ同点なんだ」

「こっちには円堂ハルがいるのに」

 

 円堂ハルがいる、しかし勝てない。

 その事実が西ノ宮中メンバーに重く伸し掛かる。

 

 ハルが弱かったということは断じてない。

 ここまで、ほぼハルの力だけで2点取っているのだから。

 あのカウンターも、対応できてしかるべきものだった。奇襲を受けたとはいえ、最終ラインに参加できる相手のメンバーは限られている。適切に動けば数的有利を作れたはずだった。

 ならば相手を褒めるしかないだろうか。

 思考に負の悪循環が流れ始めた所に、明瞭とした声が顔を上げさせる。

 

「西ノ宮中のみなさん」

 

 ミーティングに入ろうかというタイミングで、全員に向かってハルが声をかけた。

 その目はギラギラと輝いており、この暗いベンチ内でただ一人、笑顔を見せていた。

 

「俺たち連携しませんか」

 

 顔を上げた西ノ宮選手たちだが、その言葉を飲み下すのに少し時間がかかった。

 そして、まるで理解を拒むかのように目線をそらす。

 

「やってるだろ。連携」

 

 そう答えたのは金星だった。眼鏡の奥の瞳は不服そうで、不貞腐れたようにぶっきらぼうに言い放った。

 

「出来てませんよ」

「どういう意味だよ?」

 

 反感を隠すことなく、金星は怪訝そうに唸る。それをハルはじっと見つめ返していた。

 

「俺が言わなくても分かってるんじゃないですか?」

「ちゃんとお前にボールを集めただろうが!」

「そうです、俺にボールを集めてくれました。だから俺はのびのびサッカーが出来た」

 

 説教じみた話になりそうで、少し言葉を逡巡する。ハルは説教がしたい訳じゃない。

 ハルとて自分が相手に何か言える立場だとは思っていないのだ。

 

 失点は奇襲だった。そのどちらも、自分がボールを取られたのが起点となっている。勿論反省はするが問題はそこではない。

 

「今日、一度でも俺に要求しましたか?」

「……!」

 

 彼らとて分かっているのだ。ハルと西ノ宮中の間で、プレーの壁があることを。

 勿論それは仕方のないことではある。急造の助っ人である以上、完璧な連携など無理な話だ。

 しかし、歩み寄ろうとしなければ連携など生まれるはずもない。

 

「俺も驕っていました、俺が点を獲れば勝てると。でも、南雲原は甘いチームじゃなかった。隙を見せれば必ずついてくる」

「俺たちの、この連携が隙になっていると言いたいのか?」

 

 失点を思い返す。

 確かに奇襲がはまった形ではあった。しかし、それにしたって綺麗にやられ過ぎだ。

 相手の強襲にまるで反応できていないのはおかしい。

 

「俺たちの連携が」

 

 金星は西ノ宮中の司令塔だ。常に冷静に観察しながらゲームメイクをしなければならない。

 だからこそ、試合中の出来事は覚えているつもりだ。

 あの失点、どこに隙があったのか。

 

「距離感、じゃないでしょうか」

 

 金星の思考をぬうように、恐る恐る意見したのは妃花の妹、千乃茉莉歌だった。

 

「すいません、えっと……さっきの試合の動画を見てみて、なんか円堂選手とみんなの距離が空いてるような気がして……」

 

 茉莉歌はマネージャーでありながら、ここ最近で大きくチームを成長させた立役者だ。その指摘は簡単に受け入れられた。

 動画を確認すると、確かにハルと西ノ宮選手の間に距離がある。適切にサポート出来ているのは月影蓮くらいだった。

 

「なぜ……気づかなかったんだ」

 

 金星は自身を疑った。

 ゲームメイカーを自負していながら、こんなにも歪なポジショニングに気づけなかった。

 

「ここに間が空いてるから、すぐにフォローが出来ない。パスの受け手も少ない」

 

 このオフェンス陣の歪さ、これこそが奇襲がはまってしまった理由だった。

 ハルがボールを持つと、役目が終わったかのように動きが小さくなる。

 ハルとの距離が空き、そのスペースを使われる。

 そこを起点に、少しずつチーム全体の距離感がおかしくなる。

 

 違和感はずっとあったはずだ。しかし、ハルへの反感と、劣等感が、その目を曇らせた。

 

「相手チームにいる円堂冬希は、対俺特攻の戦術を展開してきている。連携なんてないって前提で戦術を組んできているんです。そして結果として、それは正しい」

 

 相手が冬希でなければ、そんな状況でも点差はつけられただろう。

 それでも、今相手にしているのは冬希だ。

 ハルに勝つために、冬希はハルの事を調べ尽くした。冬希相手では、ハルが十全に機能しない。

 

「みなさん、俺に……俺たちに遠慮してるんです」

 

 現状、チーム内で連携と呼べるのはハルと蓮だけだった。

 ハルにボールを集めることに躍起になっている現状では普段のプレーすらままならない。

 

「ここは誰のチームですか!誰の試合ですか!新参者に遠慮して、ボールを集めるだけ。それがあなたたちのしたいサッカーですか!?」

 

 そうさせた原因はハルだ。それを良しとしてプレーを続けたのもハルだ。

 今、この現状はハル自身が招いた。

 どの口が言うのか、ハル自身そう思う。

 それでも、誰かが話さなければ現状は変わらない。

 

「もう一度、言います。連携しましょう、協力しましょう」

 

 ハルと西ノ宮中の壁は、ハルへの劣等感からくるものだ。助っ人を招かなければ勝てないと思われた自分たちが情けない。ハルにボールを集めた方が勝ちやすいという現状が悔しい。

 

 ハルが下手に出れば、話は速いのかもしれない。

 しかし、それでは意味がない。立場が逆転するだけだ。

 今、バラバラのチームが形だけでも1つになるために、対等にぶつかり合う必要がある。

 

「気に食わないかもしれない。信じられないかもしれない。それでも、勝つために呑みこんでください」

 

 部外者であるはずのハルが一番熱くなっている。

 ハル自身不思議に思う。

 所詮助っ人で入ったチームだ。負けようと実際の所自分には関係ない。

 それでも、こみ上げてくる熱い感情はなんだろうか。

 久しく忘れていた、戦いに対する高揚感。

 

 ただ、今は出来得る全てを相手にぶつけたい。

 

「俺たちのサッカーをやりましょう」

 

 ハルにボールを集めるだけじゃない。今までの西ノ宮中のサッカーとも少し違う。

 

「俺たちだからできる。俺たちだけのサッカー」

 

 急造チーム、その場しのぎ、上等だ。

 仲良く手を取り合う必要などない。意識して、示し合わせればいい。

 

「できるって、俺は信じます。みんなも信じてください」

 

 ただそれだけのことだ。

 

「それだけで俺たちはチームになれる」




月影蓮
(雷門にいる時よりやる気がある……)
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