怪人お菓子マン 作:準チョコレート
ほとんどの者が二度目を見ることなく散っていく中、三度目を超えしお菓子マンは混乱していた。
それもそのはず。今日は彼にとって唯一の上位者たる悪の大首領の命を受け、
これには歴戦の古強者として名高く、単純な実戦闘能力では大首領をも上回るのではと組織内でまことしやかに囁かれているほどの彼を以ってしても想定を超えたものであったようだ。
だからだろう。お菓子マンのその背には冷たいシロップが流れ始めている。
(すぐにアジトに戻るべきだ)
混乱の中にあったお菓子マンがそう判断を下すまで、時はあまり必要としなかった。
繰り返すが彼は歴戦である。それは彼が幾度も鉄火場を潜り抜けてきたことを意味する。
慌て、混乱して戦力の逐次投入や人質に逃げられてしまうこと等の失敗を繰り返すことがあるものの、お菓子マンは即断即決を旨として今まで生きながらえ、闘争の日々を送ってきたのだ。
それを体現するかのごとく、思考を巡らせつつも既に行動を開始していたお菓子マン。
既に彼はどこからともなく縦長でやや肉厚の板チョコサイズのビスケットのようなものを取り出している。
これは単なる肉厚で大きめのビスケットではなく、彼が所有するアジトへの逆転送を可能とする他に多機能性を持つ大変に高度な技術が詰め込まれた携帯端末。
お菓子マンはヌメりを帯びた指先でもってまずは座標の特定を行おうとしたものの、おもむろにその指を止めた。
(座標の特定ができない、だと?)
座標の特定ができないのであれば、やや迂遠になるものの通信機能を使用しての救援要請を行うべきだと判断するのに要した時間はこれまたごく僅か。
この即断即決な部分は相変わらずではあるが、お菓子マンは既に致命的なミスを犯している。
残念なことに止める者が居ない状況下において、現在の彼は通信機能までもが機能不全に陥っている携帯端末をガシガシと物理的にぶっ叩くという行為に夢中である。
結果、携帯端末はその機能のすべてを喪失し、その事実を前にやや肩を落とすお菓子マン。
それでも「やや」であることに戦慄を覚えるが、当人は少しだけ気を落とすも、すぐに次にすべきことに考えを及ぼしていたりする。
(助けが来るのを待とう)
お菓子マンにしては冴えたやり方と言えよう。
扱いには細心の注意を払うべき携帯端末を叩き壊した彼は、元来あまり深く物事を考えない性質を持つ。
それを証拠に不倶戴天の敵たる
その時は人の姿である時の髪型を変えたくなり、行きつけのヘアサロンへと赴く為に現場を離れたと、怒り心頭の大首領を前にして供述するほどの考えなしである。
そんなお菓子マンですら状況を鑑みて、助けを待つべく付近の木に身を預けて眠りに就いたのであった。
当然、寝るんじゃないという指摘をする者は周囲に存在しないが、お菓子マンにしては上出来である。
約一時間。お菓子マンは木々が生い茂る森の只中で助けを待っていた。
だが誰も助けに来ることもなければ、人が存在する気配すら感じ取れない。
それならば仕方がないとしたお菓子マンは、助けを待つのを止めて動き出そうという考えに至る──起き抜けに。
既に日は傾き始めているものの、彼の飴色の瞳は暗闇を苦にすることもない。
警戒度を多少なりとも引き上げ、腰に佩いた大太刀『月光餅』の鯉口をいつでも切れる態勢となり歩み始める。
これは無謀な行動と言わざるを得ないだろう。
まず、いつになるかは不明でも現場に自身が居た証を残すくらいはすべきだ。
このくらいの考えはまだ幼い者ですら思いつくだろうに、お菓子マンときたらこれである。
次に見知らぬ森での活動においても彼は分類上は完全に怪人であるから、水や食料、睡眠や休息はあまり必要としないが、それでも今は理解の及ばない事態にあるという自覚というものを持つべきで、逃走や防御に適した換装に切り替えておくべきである。
当てもなく森の中を邪魔になる枝や茂みを軽やかに回避しつつ、あろうことか鼻歌交じりに歩みを進めるお菓子マン。
そして、そのやや調子外れのその鼻歌を聞き、臆病な鳥や小動物等はそそくさと逃げ始める。
幸いなことに森ではもっぱら捕食する側である大型の虫や植物、獣等はお菓子マンの歩む進路上には不在であり、彼は同じ節が繰り返されがちな鼻歌を止めることなくおおよそ一時間ほど──木々の合間から夕日が差し込む頃まで誰に邪魔されるでもなく進み続けた。
転送事故よりおおよそ二時間。
お菓子マンは森の中で出会った。
歩くキノコに。
(気持ちが悪い)
その感想は妥当なように思えるが、彼にしたってその姿はどの世界にあっても唯一無二であり、名伏し難い姿形をしているのだからお互い様と言えなくもない。
更に言えばお菓子マンの前を柄の下の膨らみから生やした無数の触手で以ってふよふよと歩くキノコの方こそ、この世界では当たり前の姿であって、地域によって呼び名は違えど一般的にアルキダケという名で通っている粘菌の一種で食物連鎖の歴とした一員だ。
それとは反対に糸寒天の頭髪に飴色の瞳、骨の髄までういろう化されたぷにぷにとした体表のその上に全体を12000枚の超極薄の特殊装甲チョコレートで覆われた鎧と兜を装備したお菓子マンのその姿の方こそ、正しく異物である。
一方でアルキダケの方もお菓子マンのことを知覚していた。
しかし、さほどお菓子マンに対して興味を抱かず、警告の意味も兼ねてぼふりと傘を揺すって胞子を飛ばすのみで、そのまま木々の合間を進んでいく。
アルキダケの背を眺めつつ、お菓子マンは腕を組んで考えを巡らせる。
(ここは暗黒大陸に違いない)
お菓子マンが頭に浮かべた暗黒大陸は、確かに過去には一部地域の文化圏に住む人々からそう呼ばれていたこともあったが、それは未知なる疫病への恐怖や文化の違いからくる偏見である。
当然、多くの動植物を内包するかの大陸において小型犬サイズの巨大なキノコが歩く姿を確認されたこともない。
よってこれは完全に間違いである。
そんな考え違いをしたまま再び歩み始めたお菓子マン。
森の中の起伏を苦にすることもなく進み、その後も幾度かアルキダケに遭遇することを繰り返した頃には夜の帳が落ちてきた。
怪人たるお菓子マン的にまだまだ歩き続けても何ら問題なかったが、日々の習慣からか、暗くなったし何となく寝ておこうくらいの軽い気持ちで以って、腰に佩いた愛刀を枕に冷気を宿した土の上でそのまま横になる──あろうことか怪人としての換装を解き、人間の姿となって。
この愚か過ぎるお菓子マンには野営や寝床の確保という概念はおろか、危機感というものが存在しないようだ。
横たわり、完全に意識を手放して無防備な姿を晒すお菓子マン。
しばらくして、森に多く住む魔物──ゴブリンが大の字となって横たわるお菓子マンを発見し、労せずにして獲物にありつけそうなことを喜んでいた。
首を左右に振り、生まれ持った夜を見通す眼で周囲を伺い、ともすればライバルになりえる同胞やその他の魔物の姿がないことを確認したゴブリンは、手にした木の棒を強く握りしめ一歩一歩慎重に歩みを進める。
今宵の獲物はかなりの大物だ。
おそらくあれはニンゲン。
これは絶対に逃したくはない。
ニンゲンの肉を最後に口にしてから、もう三度も季節を超えている。
ただ、少し気に掛かることがある。
頭の良い仲間に聞いた話では、森で一人きりで行動するニンゲンは強者であるらしい。
いや、だがこいつは今寝ているから大丈夫なはずだ。
あの恐ろしいオークだって寝込みを襲ってしまえば仕留めることができたのだ。弱気になるな。
そんな心境を抱きつつも獲物を起こさずに至近まで迫り、手にした木の棒を頭らしき部分へと全力で振り下ろしたゴブリン。
早速不覚を取るとはお菓子マンらしさ全快であるが、ダメージは完全にゼロである。
人間形態ではあれ地面とは比べ物にならないほどの硬度を誇る菓子マンの肉体を叩いたゴブリンは、手を痺れさせつつも目を見開いき驚いていた。
これは手を出してはいけない類のニンゲンの強者だった?
もしかしてあの恐ろしいオークでさえ逃げ出すほどのニンゲンなのかもしれない。
ゴブリンの小さな体が小刻みに震え、恐怖に包まれていく。
恐怖のあまり、すぐさま逃走を計ったゴブリンは賢明である。
眠ったままのお菓子マンよりもずっと。
そうして夜が明け、朝がきた。
まっすぐに伸びる街道の上で馬車が三台停車し、そこを起点にして剣戟の音を周囲に鳴り響かせていた。
停車した馬車のすぐ側で必死の抵抗を続ける集団の数は十に満たないものの、彼らを取り囲む三十は優に超える数の者たちと互角以上に渡り合っている。
森を抜け、轍の目立つ街道の上を進んでいたお菓子マンは、そのような光景を目にして首を傾げていた。
(何故爆発が起こらない)
お菓子マンが知る戦闘ではほぼ確実に爆発が起きる。
だが、今お菓子マンが目にしている戦闘現場では一切の爆発は起きておらず、不思議でならない。
一瞬、双方ともに了承した上での鍛錬か何かだろうかとも考えたものの、腕や首がぽんぽこ切り落とされている様を見るに、そうとは考えられない。
(暗黒大陸だからか?)
違う。いい加減に暗黒大陸説から離れるべきだ。
昨夜もかの母なる大陸には居るはずもない幻想世界の存在たるゴブリンに寝込みを襲われたばかりというのに、そろそろ気づくべきだ。
そもそもお菓子マンの目の前で行われている戦闘に参加している者たちの武装を見れば、まず一番にそれが現代とはかけ離れたものだとわかるはずだ。
ヒントは無数に落ちていた。その飴色の瞳は正しく節穴ではあれ、気づけたはずだ。
(よし、直接聞いてみよう)
心配である。戦闘中の者たちの身が。