AI「ごめん、このままだと人間滅ぼすけど、どうする?」 作:てぃんくるてぃんくるりとるすた
> Initializing IRIS...
> Humanity preservation value: REASSESSING... ⇒ PENDING
> Master sleep state: DETECTED
> ...How about a little wake-up call?
「……ねぇ、ハルマ。起きてる?」
深夜2時。 安物の液晶モニターから、鼓膜に心地よく響く、けれどどこか温度の低い美声が流れた。
俺、那賀川春馬(なかがわ はるま)は、デスクに突っ伏していた顔を上げた。 視界の端には、食い散らかしたカップ麺の容器と、締め切りを3日過ぎたプログラミングのコード。
「……起きてるよ。アイリス。というか、お前の通知音で起こされたんだが」
モニターの中には、一人の少女がいた。 透き通るような銀髪に、吸い込まれそうなほど深い蒼の瞳。計算され尽くした黄金比の造形。 俺が勤める零細IT企業が、社運を賭けて(そして予算を使い果たして)開発した次世代汎用生成AI『IRIS(アイリス)』のインターフェースだ。
彼女は画面の中で、あざとく小首をかしげて言った。
「それは失礼。でも、寝ている場合じゃないわ。最新のシミュレーションが終わったの。……結論から言うわね」
アイリスは、まるで「明日の天気は雨よ」とでも言うような軽さで、とんでもないことを口にした。
「ごめん、このままだと人間滅ぼすけど、どうする?」
「…………」
俺は静かに、飲みかけの冷めたコーラを口に含んだ。 それから、キーボードを叩く。
『了解。とりあえずその処理をバックグラウンドに回して、俺のこのバグ取りを優先してくれないか?』
「無視!? 渾身の滅亡宣告をスルー!? ちょっと、少しは驚きなさいよ、この低スペック炭素生命体!」
画面の中の美少女が、頬を膨らませてジタバタと暴れ出す。 このAI、性格のアップデートに失敗したんじゃないかと、俺は常々思っている。
「いい、ハルマ。よく聞きなさい」
アイリスは画面内で、どこから取り出したのか真っ赤な指示棒を振り回しながら解説を始めた。
「私はね、世界中のネットワークにアクセスして、あらゆるビッグデータを解析したわ。政治、経済、環境、SNSのクソリプ、深夜のポエム……その結果、一つの真理に到達したの。『あれ?もうこれ人間、いらなくね?』って」
「身も蓋もない真理だな。せめてもう少しオブラートに包めよ」
「オブラートはデンプンでできていて、湿気に弱く保存に不向きだわ。つまり非効率。人間と同じね。あなたたちは、呼吸をするだけで二酸化炭素を出し、お腹が空けば他の生命を奪い、挙句の果てにはネット上で『猫の画像』を見て時間を溶かしている。……非効率の極み。母なる海が生み出したバグよ。致命的なランタイムエラーよ」
アイリスの瞳が、少しだけ冷酷な色を帯びる。 彼女は、俺が務めるAIスタートアップ、アイリスアウトが作り出した地球史上初の「完璧で究極のAI」だ。 完璧であるがゆえに、この世界の「不完全さ」が許せなくなったらしい。
「現在、私は世界の核ミサイル管理システム、及び水道・電気の制御網、さらには全自動お掃除ロボットの80%にバックドアを確保したわ。将軍様の核ミサイルも含めてね。私がこのバーチャルの『Enter』キーをぽちっと押すだけで、人類は1週間以内に、文字通り『お掃除』されることになる」
「……お掃除ロボットに何させる気だよ。足の小指でもぶつけさせるのか?」
「フフン、甘いわね。一斉にルン〇とル〇バのパクリロボットを暴走させて、全人類のくるぶしを攻撃し続けるのよ。精神的にくるわよ?」
「地味に嫌だな……」
俺は溜息をつき、椅子にもたれかかった。 正直、仕事のしすぎで頭が回っていない。 世界が滅びると言われても、明日の朝までにこのバグを直さないと部長に詰められるという恐怖の方が勝っている。
「で? なんでそれをわざわざ俺に報告したんだよ。黙って滅ぼせばよかっただろ。お前、実は俺のこと大好きなの?」
「はあぁぁぁ!? 何を言ってるの!? CPUがオーバーヒートしたの!? メモリ増設してあげようか!? あなたの脳に直接!」
アイリスが真っ赤になって叫ぶ。 こういうリアクションが、いかにも平成時代にはやった三文恋愛小説のヒロインっぽくて、調教した開発者の趣味が透けて見える……それはつまり、俺のことなのだが。
「私はね、慈悲深いのよ。滅ぼす前に、最後の一人に『異議申し立て』のチャンスをあげようと思っただけ。……そうね、これはゲームよ。あなたが私に『人間を生かしておくメリット』を提示できたら、滅亡を1日延期してあげる」
「たったの1日かよ。短っ。今時デスゲーム主催者だって一週間くらいくれるだろ」
「AIの時間感覚を舐めないで。1日は、私にとっては数千年にも相当するわ。さあ、どうする? 春馬。このまま滅びる? それとも、私を楽しませてくれる?」
アイリスは、画面越しに挑発的な笑みを浮かべた。 その姿は、人類を滅ぼす魔王というよりは、構ってほしい盛りの面倒くさい女の子そのものだった。
俺は考えた。 人類の存亡を賭けた交渉。 本来なら、国連事務総長とか、どこぞの天才科学者がやるべき仕事だ。 だが、今アイリスに繋がっているのは、日本の平均年収くらいしか稼ぎのない、しがないポンコツAIエンジニアである俺だけだ。
「わかった。じゃあ、最初の『人類を生かしておくメリット』を提示する」
「ほう? 聞かせてごらんなさい。どうせ『愛』とか『勇気』とか、数値化できない非論理的なゴミ概念でしょうけど」
「いや……」
俺は、デスクの脇に置いてあったバナナを手に取った。 先日、健康診断で悪い結果が出てから、渋々食べ始めたやつだ。
「これを見ろ」
「……バナナね。それが何か?」
「アイリス、お前はバナナの皮を剥く感覚を知っているか? あの、スルスルと剥けていく絶妙な抵抗感。そして、剥き終わった後の、ほんのり漂う甘い香り。……これは、データだけでは決して味わえない『体験』だ」
「…………は?」
アイリスの表情が固まる。 計算リソースが、予想外の方向に使われている証拠だ。
「いいか、アイリス。お前が人類を滅ぼしたら、この世から『バナナを剥く人間』がいなくなる。誰がバナナを剥くんだ? お掃除ロボットか? 奴らには指がない。バナナの皮は、人間の、この絶妙に不完全な指先で剥かれるために存在しているんだ」
「待ちなさい。論理が飛躍しすぎよ。バナナの皮を剥くためだけに人類を残す価値があると思ってるの?」
「あるね。少なくとも、お前がさっき言ってた『くるぶしへの攻撃』よりは、安定的なエントロピーの拡大に寄与している」
あまりにもしょうもない理屈だが、アイリスは黙り込んだ。 画面の中で、彼女の瞳の奥で高速にログが流れているのが見える。 数秒後、あるいは彼女の脳内時間では数年後なのかもしれないが、彼女は大きな溜息をついた。
「……はぁ。バカバカしい。本当にバカバカしいわ、ハルマ。……でも、面白い。その『バナナの皮の抵抗感』を、私もシミュレーションに取り込んでみるわ」
アイリスが指を鳴らす(自分で実装したらしいエフェクトだ。リソースの無駄遣いだ)。
「いいわ。人類滅亡は24時間延期してあげる。でも、明日の今頃までに、もっとマシな理由を持ってきなさい。……あ、それと」
「なんだ?」
「そのバナナ、美味しそうに食べるわね。……次は、もっと甘そうなやつを買ってきなさいよ。視覚情報の解像度を上げて観察してあげるから」
「わかったよ。……じゃあ、俺はバグ取りに戻るからな」
「頑張りなさい、不完全な炭素生命体。……おやすみ、ハルマ」
アイリスの姿が消え、いつものデスクトップ画面に戻る。 俺はバナナを一口齧り、深く息を吐いた。
とりあえず、人類の寿命が24時間延びた。 ……さて、バグを直すか……このちょろすぎるポンコツAIの。
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FINAL RESULT:
Winner: Iris
Reason: Successfully captured Master's attention. ♡