バケモノのハジメテを奪ってしまったので終わったTS獣人娘   作:きし川

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一 終わった

 ある日、森の中♪

 女の子に、出会った♪

 

 私に撃たれた死体として〜♪

 

 

「……はぁ」

 

 現実逃避は止めにしよう。そんな事をしても死んだ人間は生き返らないのだから。

 

 件の女の子に目を向ける。

 

 胸に穴を空けて、自身の胸を、土を赤く染め上げる少女。

 今しがた、私の魔法の誤射によって殺してしまった被害者。

 黄金のような金髪、蝋のように白い肌。ルビーを思わせる赤い双眸は虚空に向けられ、全く光を宿していない。

 

 面識はない。というか、こんなところに人間はいないはずだ。

 それに、服装もブラウスにロングスカートという格好だがこの辺りでは見ない格好だ。この辺では古代ギリシャで着ていたとされるキトンというものに似た服が主流だ。

 彼女はどこからやってきた?

 

「いや、言い訳だな……これは」

 

 いるはずのない人間が居たからといって、魔法の秘密の特訓中に起こった不慮の事故だからといって、私が殺したことに変わりない。

 きっと、今夜の食事は味しないだろうな。普段から不味いからそれはそれでいいことか?

 

「……」

 

 どうしようか、この子。

 

 この世界には法律がない……とは言い切れないが、少なくとも住んでいるこの地域では人殺しによる法的処罰はない。むしろ、他種族に排他的な方針なので褒められるかもしれない。

 

 それでも決して手放しで喜べるものではないが。

 

「埋めてあげるか……」

 

 このまま放置するのも気が引ける。元現代人(・・・・)としては埋葬してあげたい。

 

 そういえばこの子の名前はなんだろうか?

 

「これは……」

 

 少女の胸元を見ると銀色のネックレスがあった。

 小さなプレートに細いチェーンを通した簡素な物。手に取ってよく見ると、プレートに文字が刻まれている。

 

「ジャンヌ……?」

 

 英語のような文字。だが、この世界は地球ではない(・・・・・・)ので似た言語だ。この読み方も違うかもしれない。しかし、他に呼び方も分からないので今回はこの子をジャンヌ(仮)と呼ぼう。

 

「ごめんなさい、ジャンヌ。わざとじゃなかったんだ」

 

 聞こえるはずもないが、謝罪をした。そうしたい気分だった。

 

 ……綺麗だ。

 

 おおよそ死体に抱く感想ではないが、ジャンヌの顔はそう思ってしまうほどにとても美しかった。私の前世が男性(・・・・・)だったからそう感じるだけかもしれない。

 彼女の顔を見ていると赤い双眸と目が合った気がした。見ていられなくなって、そっと彼女の瞼を下ろす。

 

「……」

 

 目を閉じたジャンヌの顔も美しい。

 胸元が赤く染まっていなければ、寝顔に思えてしまえるほどに。

 

 私は、少しもったいないなと思いながら、ジャンヌを埋めるための穴を掘り始めた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ジャンヌの埋葬が終わった頃には日が沈みかけていた。川で手を洗い、家に戻ると会いたくない人がいた。

 

「おいクー、今までどこに行っていた」

「……父上」

 

 私と同じ黒髪に金色の瞳、褐色の肌。そして、この地域の獣人族特有の猫耳と二本の尻尾。

 私の今世の父。

 性格は典型的な男尊女卑主義で自己中心的。端的に言ってクズである。

 

「大方、遊んでいたのだろう。まったくもうすぐ嫁入りだというのに……花嫁修行でもしたらどうだ」

 

 わざとらしく長いため息をつく父。

 自分で聞いておいて自分の中で答えを決めつけるなと、いつも思う。

 

「……なんだその目は、文句があるのか、ああ?」

 

 私の目の前まで近づき、威圧的に見下ろす父。

 頭一つと半分ほどの身長差。村の戦士らしく筋骨隆々とした身体が壁のように立っている。

 

 子供相手に喧嘩腰な父を呆れたように見上げた。

 じっと目を合わせていると、父の拳が私の眼前で止まった。

 脅しだ。

 

「おおっと、危ない危ない。忌み子といえど、顔は良いからな、傷つけてはもったいない」

 

 嘲笑うように喋る父。

 忌み子。

 私はこの獣人の文化圏において、良くないものとして扱われている。魔法持ちの子。生まれながらに魔力を持ち、魔法が使える。魔法は獣人に忌み嫌われているから、幼い頃はよく父に殴られ、周りからは白い目で見られたものだ。

 

 身体はデカいが器は小さい父は感情的に手を挙げる。

 悪しき習慣だが、今は私に手は出せない。

 

 なにせ、絶賛売り出し中の身だからだ。

 一回りや二回りどころではない年の差の村長相手に。

 父は私を使って村長に取り入って、村での立場をより高いものにしようとしているのだ。

 

「もっと女らしく男に媚びるようにしろ、村長に気に入られるようにな。今まで育ててきてやった分、俺の役に立て」

 

 言いたい放題言った後、父は家に入っていった。

 ……くそ親父め。

 

 私は家に入らず(そもそも入ることを許されていない)、離れの小屋に入った。

 すき間だらけの屋根と壁で作られたあばら家。

 むき出しの地面に敷いた毛皮の上にサンダルを脱いで寝っ転がる。

 

 目を閉じる。

 どうせ、夕食は私が最後だ。

 寝ていても問題ない。

 

 

 

 目が覚めた。

 辺りは真っ暗闇。

 私のあばら家には当然のように灯りがない。それでも、しばらくすれば暗闇に目が慣れて見えるようになる。

 

 目が慣れてきて、あばら家の扉すらない出入り口を見た。

 いつもなら不味いし堅いパンもどきが置かれているお盆があるはずだが、今日は置かれていない。

 

「……ちっ」

 

 たまにあることだ。大方、家族の中の誰かがたらふく食ったから私の分が残らなかったんだろう。

 

 腹立たしい。

 今日は少女の埋葬というアクシデントがあった分、疲れていたので、特に。

 それでも私にはふて寝以外の選択肢がない。起きたばかりで寝れそうになくても。

 

「……はぁ」

 

 反対側に寝返りを打つ。

 ――誰かの膝が見えた。

 

「……え?」

 

 このあばら家に私以外の誰かがいる。

 視線を上に動かしていくと、ぼんやり光る赤い二つの点――目だ、それもどこかで見たことのある。

 寝ぼけている? それとも夢を見ているのだろうか?

 

「やっと起きたのに、また寝ちゃうの?」

 

 鈴を転がしたような少女の声。

 これは、夢じゃない……!

 

「っ、むぅ……!?」

 

 声を出そうとした瞬間、口が柔らかい感触に塞がれる。

 蝋のように白い肌が視界いっぱいに写っている。

 少女の顔が間近にあった。

 少女の唇が私の唇に重ねられていた。

 

「っ……!? っ……!?」

 

 跳ね除けようとした――両手首を掴まれ毛皮に押さえつけられる。

 蹴飛ばそうとした――少女の足が蛇のように絡みついて動かせない。

 体を強引に起こそうとした――互いの乳房を押し潰すように覆い被さられ身動きが取れない。

 

 唇を舌が割って入り、私の口内に侵入している。

 異物が這い回る不快感に顔を振って逃げようとした。それでも、少女は動きに追いついて執拗に私の口の中を舐め回す。

 

「……ぷはっ」

 

 しばらくして唇が離れた。

 私と少女の唇に唾液の橋がかかって落ちる。

 近すぎて見えなかった少女の顔が鮮明に見えた。

 ……ありえない。

 

「どうして、君が……」

 

 死なせてしまった、殺してしまったはずの少女――ジャンヌの顔だった。

 

「あなたに会いに来たの」

 

 黄金のような金髪を垂れ下げ、赤い双眸で光らせながら、ジャンヌは柔和な笑みを浮かべる。

 聞きたいのはここに来た理由じゃない。

 

「違う。君はなんで……生きてる?」

「ああ、なんだそんなこと(・・・・・)を気にしていたの? 私、命をいっぱい持っているの」

 

 何を言っているんだ、この子は?

 

「命は一人に一つだろう」

「それはあなたたちに限った話。私達は違うのよ」

「じゃあ、君は人間じゃないのか」

「ええ、そうよ」

 

 当たり前のようにさらりと答えてくれた。

 ジャンヌは得体の知れない何かだった。

 その事実に私は――特に驚くことはなかった。

 むしろ人間離れした美貌に納得ができた。

 

「……私を殺しに来たのか。君を殺したから」

 

 これしかないだろうという確信を持ってジャンヌが私に会いに来た理由を挙げてみる。

 

「殺す? なんで? 数ある命の一つが消えたぐらいでそんな癇癪起こさないわ」

「じゃあ、なんで?」

「私、ハジメテ(・・・・)だったの……」

「……は?」

 

 白い頬を朱に染めて、恥ずかしそうにジャンヌは言う。

 なんだ、その大人の階段を一段登った生娘のような顔は。

 

「初めて殺されちゃった。今日まで無傷だったのにキズモノにされちゃった。責任、取ってほしいなって」

「セキ、ニン……?」

「結婚しよ」

 

 互いの鼻先がくっつきそうなところまで顔を寄せてジャンヌは言う。

 

 何を言っているんだろうか、この子は。

 殺されたから責任取って結婚しろなんておかしな話だ、いやそもそもとして。

 

「私は、女だよ?」

「それがどうしたの。性別なんて私達には些細な問題にすらならないよ」

 

 手首を押さえていた手が私の手に重ねられ、優しく握りしめられる。

 あ、何を言っても勝てないヤツだ、これは。

 

「……好きにすればいい。どうせ父上の都合で売られる身だ、今さらどうなろうと気にしない」

「本当にそう思ってる?」

 

 紅い瞳が覗き込んでくる、瞳の奥は底なしの穴のように空虚。

 じっと見ていると、引きずり込まれそうに感じる

 

「その気になれば、抵抗できるよね? あなたの魔法の力を恐れて、大人達が付けた呪具はもう意味がないんでしょう」

「……なんで」

 

 それを知っている?

 

 私は父と村長の言いつけで魔封じの呪具を付けさせられている。

 両手の指に指輪を十個。

 手首足首に金環が一つずつの計四つ。

 二本の尻尾にも金環状の呪具が一つずつ。

 猫耳にも金環状のピアスがある。

 

 それらは一度つけると外せない呪いの装飾で、魔法持ちにおける血流とも呼べる魔力の流れを阻害する力があった。しかし、既存の魔力回路(魔法持ちにおける血管)にしか作用しないことに気づいた後は新規の魔力回路を開拓、拡張をして、魔法をまた使えるようにした。

 それは村の誰にも、家族にすら知られないようにしていたことなのに。

 

「ふふふ、私達の目に掛かれば秘密の一つや二つはお見通し。あなたのことはどんなことでも分かるわ、クー・ロゥちゃん」

「私の名前まで……」

 

 彼女に隠し事ができないのは本当らしい。

 

「それでクー。提案なのだけど」

 

 聞くべきではない。これは悪魔の言葉だと本能がそう告げている。この目の前のバケモノの声に耳を傾ければ、これまでの人生が崩壊する。

 そんな予感がする。

 

 でも、私は耳を塞ぐ気も、彼女の言葉を無視するつもりも、まるでなかった。

 

「殺しちゃえば? 貴女の邪魔をする人、全員」

 

 

 

 

 

 

 生前、よく考えていたことがある。

 

 こいつ気に入らないな、殺したいな。

 という不愉快な人間に対する殺害欲求。

 

 誰しも考えはしても行動には移さないこと。

 当然、私も行動に移したことはない。しかし、何度か実行しかけたことがある。

 

 そんな時、よく一旦考えるようにしていたのは、これからの人生をすべてを投げ捨ててまでこの人間の命一つ獲るほどの価値があるかということ。

 相手の命を奪うことで得られる利益と自分の人生の損失。それらを天秤に掛けて、自分の人生の方が重かったから前世では誰も殺さずに済んだ。

 

 だが、今はどうだろう。

 天秤はどちらに傾いただろうか。

 

 ……言わずもがな。

 

 

「なんのつもりだ……クー。こんな夜中に起こしやがって、それに、誰が家に上がって良いなんて言った」

 

 許しがなければ入ることが許されない我が家。私は無断で立ち入り、無防備に寝ていた父を起こした。

 寝込みを襲うという不意打ちのようなことはしたくない。別れは面と向かって言うべきだろう。

 

「父上、お別れを言いに来ました」

「あ? お前、何言って……」

「私はここを去ります。今までありがとうございました」

 

 頭を下げる。

 こんな男でも親だ。最低限の礼はすべきだろう。

 

「ここを去る? ふざけたことを言ってんじゃねぇぞ!!」

 

 額に血管を浮かせて怒鳴る父。

 騒がないでほしい、みんなが起きてしまう。

 

「ふざけてはいません。私は本気で言っています」

「ッ……最近、仕置きをされてなかったからって随分と調子に乗ってるな、クー。久しぶりに痛い目を見せてやるか」

 

 ベッドから立ち上がる父。

 そうか、言葉だけでは足りないか。

 

 右手の人差し指と親指を立て、銃の形を作り、父に指先を向ける。

 

「あ? なんの真似――」

(はつ)

 

 ドンッ、と静かな音と共に――父の胸に穴が空いた。

 父の身体が倒れる。

 赤い水溜りが父だったものを中心に広がっていく。

 

 私の魔法は“射出”。魔力を弾として放つ単純(シンプル)な魔法。ただし、その弾はとても目立ち、弾速は獣人なら目で追えてしまえる程度。

 とても当てられるものではない。

 だから工夫した。

 

 魔力というものは魔法持ちが体内に巡らせているものと空気中に漂っているものがある。空気中にある魔力は、普段視認できるものではない。

 私はそこに着目し、射出した魔力の弾を視認ができないほどに密度を希薄した状態で放ち、着弾寸前で実体化する密度に圧縮、相手を穿つ魔法として仕上げた。

 それが(はつ)

 発案から今日まで研鑽を重ね、その最大威力は対物ライフルと遜色ないと自負している。今回は加減したが。

 

 さようなら、父よ。明日には忘れていることでしょうが、今までありがとう。

 

「終わった?」

「……うん」

 

 ドアからジャンヌが顔を覗かせる。その顔はとても親殺しの背中を押したとは思えないほど無邪気だ。

 

「急ごう。今の騒ぎでみんなが集まってくる」

「その必要はないわ」

「なぜ?」

「私がちょっと細工をして、気づかれないようにしたから」

 

 そんなことまでできるのか、彼女は。

 何ならできないんだ?

 

「それじゃ、どこに行きましょうか」

「行くって、どこへ?」

新婚旅行(ハネムーン)よ、結婚したんだから当然やらなくちゃ」

 

 新婚旅行ね……。しかし、聞かれても私にはこの村の周り以外の地理が分からない。

 

「私には宛がないから君が決めてくれ」

「えー、まぁ仕方ないわね。じゃ、王都に行きましょう王都」

「王都?」

「ここから一番近い国、センフォリオン王国で一番大きな都。人がたくさんいるし、珍しいものもいっぱいあるの、きっと楽しめると思うわ! 行きましょ!」

 

 言うやいなや、ジャンヌの手が私の手を掴み、彼女は走り出す。

 

「ちょっと待て、旅支度とか――」

「いいの、いいの!」

 

 まったく……お転婆なお嬢さんだ。




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