バケモノのハジメテを奪ってしまったので終わったTS獣人娘 作:きし川
褐色の獣人少女と金髪の少女に救われた村から数キロ離れた山。その山の奥深い場所に彼らの隠れ家である洞穴があった。
地元の者ですらたどり着くのが難しいその場所は秩序の目から逃れたい彼らには都合が良い。
村から逃げ帰った賊達は留守を任されていた仲間達に村で起こったことを伝えた。
それを聞いた仲間の一人が憤って吠える。
「今すぐやり返しに行くぞ! このままやられっぱなしいられるか!」
「いや、待て! 相手は魔法持ちだ、返り討ちにあうだけだぞ……!」
彼らにもプライドがある。やられたらやり返す、そうしなければ面子を保てず、今後の活動に支障をきたす恐れがある。
しかし、あの魔法持ちの獣人の力を目の当たりにした者達は自分達が頭の二の舞になることを恐れていた。
「――で、あるならば。俺が助力しよう」
報復を考える者と戦いたくない者の言い争いが続く中、それはふらりとやってきた。
賊達が屯する洞穴の一角にいつの間にか外套を頭から被った男が立っている。
「ッ……誰だ、てめぇ!?」
音もなく、突如として現れたその男に賊達は警戒心を最大にして各々、武器を構えた。
「まぁ、待て。俺は君たちと争うつもりはない」
外套の男は両手を上げて、敵意がないことを示す。しかし、フードの下に見える口元に浮かぶ微笑が男の怪しさに拍車をかけていた。
「さて、君たちが良ければ、先程の件、俺も混ぜてはくれないだろうか?」
「……なんだと?」
外套の男の提案に怪訝な顔をする男達。フードの奥で瞳をギラつかせて外套の男は言った。
「金髪の女を殺す手伝いをしてくれるなら、その獣人は俺が殺してやる」
◆
村長の家に一晩やっかいになり、私とジャンヌは朝を迎えた。目が覚めると彼女の体にしがみついていたことには、羞恥よりも驚きが勝る。確かに昨晩は満足した後、私は彼女の隣で普段通りに眠っていたのはずなのだが。
「おはよう、よく眠れた?」
目を覚ましたジャンヌが目をこすりながら言ってきた。
「おはようジャンヌ。私はよく眠れたが、ジャンヌは大丈夫か? 私のせいで寝苦しくなかったか?」
「そうね、ちょっと寝つきが悪かったわ――ふぁぁ……」
あくびをしながらそう言ったジャンヌに申し訳なく思う。今まで一人で寝ていたから自分の寝相の悪さに気づけてなかった。これからは一人で寝ることにしよう。
「でも、良いものが見れたから悪くなかったわ」
「良いもの?」
聞き返すと彼女はくすりと笑う。
「私に抱きつきながら甘えてくるあなたの姿。ふふっ、猫撫で声で甘えてくるなんて……ちょっと意外だったわ」
「……は?」
自分の耳を疑った。次に、彼女が私をからかう為に嘘をついていることに期待した。だがしかし、彼女の紅い瞳に嘘は一片もない。つまり、彼女の言う昨夜の私の醜態は事実であるということになる。
「………………まだ眠い、おやすみ」
恥ずかしすぎて彼女を見れない。私は現実逃避に努めるため毛布を被った。
「はーい、起きる時間でーす」
彼女の手により毛布を剥ぎ取られ、起床を余儀なくされる。無体なことを……。
「……私、変なこと言ってなかったか?」
彼女は私が猫撫で声を上げていたという。なんだか聞きたいが聞きたくない心境だが、知りたくなった。
「うーん、そうね……『もっと撫でてぇ〜』とか、そんなこと言ってたわ」
「今すぐ忘れてくれ。お願いだ」
ベッドに額をつけて願う。一刻も早く忘れてほしい、さもなくば私がここから消える。そんな柄にもないことを言ったとなれば、私のクールな雰囲気が台無しであるから。
「えー、せっかくあなたの可愛いところが見れたのにー?」
「その可愛いところというのは、私にとってはらしくないことなんだ。君だって人に知られたくない恥ずかしいことぐらいあるだろう? こういうことはお互いのために忘れるべきなんだ」
「あらあら、ずいぶん饒舌ね。そんなに恥ずかしいの?」
意地の悪い質問を意地悪な笑みを浮かべて言わんでもらいたい。
「ああ、そうなんだ。だから忘れて……」
「やーだ。これも旅行の思い出の一つなんだから、忘れるなんてできないわ」
「そんな」
慈悲の欠片もない。そしてずるい。そんなふうに言われたら、私は強く言えない。
「さ、今日も楽しい一日の始まりよ」
「わかった……」
観念して私は毛繕い(髪と尻尾の毛を整えるの意)をして、彼女と共に部屋を出て、家を出た。すると、この家の家主である村長とバッタリ出会った。
「おや、恩人方おはようございます。昨晩はよう寝れましたでしょうか?」
「おはようございます。はいとても良く寝れました、ありがとうございます」
「私は誰かさんのせいで寝不――そぶっ」
いらんことを言おうとするジャンヌの口を手で押さえる。
「なんかありましたでしょうか?」
「いえ、何の問題もありませんから、お気になさらず。ところで今何をなさっているんですか?」
腕に薪の束を抱えていることから、なんらかの作業中だと伺えるが。
「朝食の準備です。少々かかりますゆえ、恩人方には申し訳ありませんがしばしお待ちいただきたく」
「私も手伝います。泊めてもらうだけではなく、食事もさせていただきましたし」
「いえいえ、村の危機を救ってくださったあなた方への恩返しです。むしろ、この程度では足りませんよ」
「いや、これ以上は私が申し訳なくて……」
「おじーさん、この水って台所に置いておけばいいの?」
「ジャンヌ?」
「へ……?」
いつの間にか水の入った桶を持っていたジャンヌが、唐突に村長に向かって言った。
「え、ええ……ありがとうございます。ちょうどこの後、水を汲みに行こうとしていたところでした」
村長は苦笑いを浮かべながら深々と頭を下げる。
いつの間に水を取りに行った? そもそもなぜ水が必要だと? しかも、さっきまで隣にいたのに獣人であるため人よりは耳がいいと自負している私に気づかれることなく、桶を取り水を汲んで戻ってくるなんて。
人間だった頃よりも身体能力が上がっていることにちょっとした優越感があったから気づけなかったことに少しばかりショックだ。
「さっき知ったからよ」
口から疑問を放つより先に回答がとんできた。なるほど、納得がいかない。
彼女と出会ってまだ二日。(健全に)体を重ねてもなお、彼女ことはちんぷんかんぷん。
まぁ、おいおい分かってくるかな。
「なんと言いますか……お連れの方は不思議な方でございますね」
「……心底、同意します」
村長の言葉に深く頷く。
君はいったいどういう生き物なのか。
台所へ水を置きに家に入っていくジャンヌの背を見てそう思う。
村での残り時間はあっという間に過ぎた。朝食を食べ終えた後、村長の口から街から来る行商人の話を聞き、もしかすればその馬車に乗せてもらえるかも知らないという希望が持てた。
ジャンヌによれば、ここから最寄りの街へは歩きで行くと日が暮れるという。であるなら、馬車に乗せてもらえるならば好都合。しばらくしてやってきた行商人に村長が説明し、行商人の許可が下りた。
行商人は若い青年である。村長の話を聞いた当初は面倒くさそうにしていた彼だが、乗るのが私たちであると知った途端に即承諾した。その際、私を見て鼻の下を伸ばしていたのは許してやることにする。
あの賊達といい行商人の青年といい、どうして私ばかり不埒な視線を向けられるのだろうか。着痩せして見えるがジャンヌの方が私より
「宿と食事、本当にありがとうございました」
「いえいえ、私は恩を返しただけでございますよ。」
「……それでも私達も困っていましたから助かりました。もしまた、機会がありましたらこの村に寄らせてください」
「ええ、もちろん。ぜひお越しください、歓迎させていただきます」
「ねぇ、クー! 早く乗りましょー!」
村長と頭の下げ合いをしていると馬車の側でジャンヌが手を振っている。君も一回ぐらいはお礼を言いなさい。
「では、お元気で」
「ええ、そちらもどうか息災で」
そうして私達は村を後にした。
ガタガタと馬車の上で揺られている。荷台には荷物がところ狭しと並び、私達は行商人の青年が無理やり作ったスペースに肩をくっつけていた。
荷台の上から見える景色は野原ばかり。聞こえる音は馬車の揺れる音、ときどき鳥の鳴き声。
のどかである。
出発当初、行商人の青年は興奮を抑え込んだ様子で意気揚々と私たちに話しかけてきたので賑やかではあった。ところが、ジャンヌにとっては鬱陶しかったのか「うるさい」の一言で黙らされ、生きているのか心配になる程に静かになった。
わざわざ私達を乗せるスペースまで作って載せてくれた彼に申し訳ない。一応、謝罪はした。だが返事がない。本当に屍になってないか心配である。
「おっと……!」
彼と私達の間には荷物の山。若干の隙間があるのでそこから様子を見ようと膝立ちになった。しかし、間の悪いことに馬車が石を踏んで大きく揺れ、バランスを崩してジャンヌの方へ倒れてしまった。
「ごめん、大丈夫か?」
すんでのところで手をついたので彼女にぶつかることはなかったが、驚かせてしまったと思うので謝罪する。
「ええ、大丈夫よ」
ジャンヌはそう言ってクスリと笑い。
「ここ、狭いから私の上に座らない?」
「……は?」
突然の提案に思考が一瞬止まる。ここが狭いの分かる。かろうじて足を伸ばせて肩がくっつく程度の広さ。しかし、その対策に自分の上に座れとは?
「いや、さすがにそれは重いだろう?」
「全然、平気よ。あなた、私より軽いもの」
確かに私は、君より背も低ければ肉付きもまぁまぁな獣人だ。とはいえ、どんぐりの背比べである。
「はい。拒否権はありません」
「ちょ……」
脇の下を掴まれて、ひょいと軽々しく彼女の太ももの上に乗せられる。扱いが完全に猫のそれだ。しかもなぜか対面する形に座らされている。どうして?
「うーん、人選ぶ良い匂い」
そして、何を思ったのかジャンヌは私の胸に顔を押し当てて擦り付けていた。さらに匂いまで嗅いで。
……良い、と付けておいて人を選ぶ匂いとは。それは本当に良い匂いなのか。というか、どうして匂いを嗅いだのか。
「なにをしている?」
「ほら昨日、散々したじゃない。だから今度は私の番ってこと」
なるほど昨晩のアレか。しかし、アレは匂いを付ける行為であって匂いを嗅ぐ行為ではないし、そもそも獣人がやるから意味のある行いであるからして。
「君がやっても意味がないぞ?」
「関係ないわ。私がしたいからしてるの」
何を言っても無駄らしい。
「――ととっ」
またも馬車が石を踏んだのか大きく揺れた。またバランスを崩しそうになったので思わずジャンヌの頭にしがみついてしまった。
「あら、積極的ね」
私の胸に顔を埋めながら彼女が言う。
「そんなつもりでは……」
誤解を解こうとしたがジャンヌは聞く耳持たず。より強く顔を押しつけてくる。
「私、好きよ。クーの匂い」
かと思えば、不意にこちらを見上げてそんな事を言ってくる。彼女曰く、人を選ぶ良い匂いである私の匂いがお気に召しているご様子。
「……ならいい」
辛辣な評価を下されるよりはいい。ここは思う存分に堪能していただこう。
そういえば、行商人の彼は騒がしく思っていないだろうか。ジャンヌが黙らせた手前、こちらがワチャワチャやっていることに不満を抱いてはいないだろうか。
「てぇてぇ」
荷物の隙間から手綱を握る彼の後ろ姿を見たが、特に不満を感じている様子はない。むしろ、何故か上機嫌で意味の分からない言葉を呟いていた。
……解せんが、問題なってないのならヨシ。
私はそう納得した。することがないのでジャンヌの頭の匂いを嗅いだ。推薦はできないが私好みの匂いがした。
結局、待ちに着くまでジャンヌは私の匂いを堪能し続けたし、私もそうした。そして、行商人の青年は謎の言葉を言い続けた。
百合は混ざるものではなく、離れて眺めるもの。
――悟り顔の青年
長くなりそうなので切りの良いところで分割。
気長にお待ちください。