そういうシーンはありません。
続きはありません。
ガバがあっても許してください。
午後五時三十分。
放課後の三年二組は、西日の残滓が床に溜まり、まるで古い琥珀の中に閉じ込められたような静寂に包まれていた。
私は窓際の自分の席に座り、行儀悪く足を組んで、窓の外で活動する運動部の掛け声を遠くに聞いていた。
背後で、重い扉が閉まり、カチリと鍵がかかる音がした。
「……ねぇ、それ必要ある?」
振り返らずに問う。足音が近づいてくる。規則正しく、迷いのない足音。
彼は私のすぐ隣の机を引き寄せると、私と向き合う形で、流れるような動作で腰を下ろした。
「必要だよ。君がまた、ふらふらと外の空気に触れに行かないようにね」
彼の声は、凪いだ海のように穏やかだった。けれど、その瞳は冷たい。
彼はポケットからハンカチを取り出すと、私の机の上に置いてある私の手を、まるで汚れたガラス細工でも扱うような手つきで、指の一本一本まで丁寧に拭き始めた。
「……何、これ」
「消毒。さっき、あいつに触られたでしょ。見てて吐き気がしたんだ」
彼は私の目を見ない。
ただ、執拗に私の手を拭き続けている。
その指先に込められた力が、彼の内側で煮え立っている独占欲を代弁していた。
私はわざとらしく、くすりと笑った。
彼の指を逆に握り返し、その綺麗な顔を覗き込む。
「怒ってるんだ。あの子が私の髪に触れたから? それとも、私がそれを笑って受け入れたから?」
「怒る? まさか。君の交友関係を縛る権利なんて、俺にはないよ」
彼はハンカチを机に置き、ようやく私と視線を合わせた。
「ただ、俺の目の前でそれをされた時、俺が君をどう壊したくなるか。君はそれを分かっていて、わざとやっただろ。……違う?」
図星だった。
私は彼のその「余裕」を奪いたくて、いつも火遊びを繰り返す。
私は机に身を乗り出し、彼のネクタイの結び目に指をかけた。
「どしたん。そんなに怖い顔して。話聞こか?」
挑発的な微笑みを浮かべ、耳元で囁く。
彼は一瞬、瞳を細めた。
その刹那、彼の「仮面」に亀裂が入るのを私は見た。
彼は私の手首を掴むと、そのまま机の上に押し付けた。
「話を聞く、ね。余裕だな、お前は」
彼の口調から敬語が消えた。それが、彼が理性の檻を開けた合図だった。
「俺がどんな気持ちで、あいつを殴り飛ばしたい衝動を抑えてたか、教えてやろうか? 君が俺以外の男にその愛想の良さを振りまくたびに、俺の心拍数がどれだけ異常な数値を叩き出してるか、知りたい?」
「教えて。君の口から、全部」
私は逃げない。
むしろ、彼が剥き出しにする「独占欲」という名の毒を、一滴残らず飲み干したいと思っていた。
彼は空いた方の手で、私の首筋をなぞった。冷たい指先が、脈打つ場所に触れる。
「……君は、俺がこうやって怒るのを待ってるんだ。俺が余裕をなくして、君をめちゃくちゃにするのを、安全な場所から眺めて楽しんでる」
「安全な場所なんて、どこにもないよ。私は今、君に捕まってるんだから」
私は目を細め、彼の首筋に手を回した。
今度は私から、彼を自分の方へ引き寄せる。
「君をこんなに不安にさせたのは、私だね。」
その一言で、彼の瞳の色が完全に変わった。
冷徹な審問官は消え、そこには私への渇愛に狂った一人の男だけが残っていた。
彼は私の言葉を聞き届けると、その大きな身体で私を包み込むように、力任せに抱きしめた。
「悪いと思ってるなら……。今ここで、俺のものだって証明してよ。あいつには絶対に見せない、俺にしか見せない顔、全部見せろ」
彼の腕が、私の背中で震えている。
余裕を見せていたのは、彼も私も、同じだったのだ。
どちらが先に折れるか、どちらが先に「愛」という名の降伏宣言をするか。
私は彼の首筋に顔を埋め、吸い込まれるような熱気の中で、最後の一撃を放った。
「うんうん、これは私が悪いね」
「……じゃあ、挿れてね」