仄めく少女の言霊を   作:犬鼬

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第9話 バツン

「全くもう〜、大声を出したらダメじゃないですか衣さん〜」

 

「だ、誰のせいですか!!もう……!!もう……!!」

 

「あはは〜すいません〜」

 

 両手を握りしてめ、頬を赤く染めながらぷりぷりと怒り、私に向けて猛抗議を繰り返す衣さん。

 

 理由はもちろん、先程私が行った驚かし。

 

 私からのドッキリを受けた事で衣さんがあげた大声は思いのほか大きく、司書室の扉を飛び越えて図書館に少し響いてしまったみたいで、何事かと驚いた先生が駆けつけるというちょっとした騒ぎになってしまいました。

 

 その際私は、姿を見られないように物陰に隠れ、さらに体を透明化させることによって誰からも認知出来なくなるようにし、入室してきた先生から逃げたことで、先生視点は衣さんだけが1人で発狂していたように見え、本気で心配した様子で衣さんを見つめていました。

 

 一方で衣さんも、急に驚かされたことと先生の入室、さらには急な私の消失によって大パニック。

 

 あわあわしながらも、しかし実際にはただ驚かされただけで特に問題なんてなく、けど同時にその驚かしてきた本人が見当たらない以上本当の説明もできないので、慌てて『ちっちゃな蜘蛛が目の前に来てびっくりしただけです!!』と、それらしい理由をでっち上げることで何とか先生を納得させて騒ぎを沈静化させることに成功。先生も、『やれやれ、気持ちはわかるけど図書館内では静かにね?』と注意だけして去っていきました。

 

 先生が出ていったところで司書室内に戻ってきたのは静寂。部屋の中の人間が衣さんだけになったのを確認した私は、ここで透明化を解除しながら、物陰からこそっと体を出し、声をかけた結果が、冒頭の流れという訳ですね。

 

 呑気に話しかける私に対して、一通り抗議し終えた衣さんは、ツンとそっぽを向いてしまいます。

 

 どうやら、抗議を終えたからと言って不満が無くなったという訳では無いようです。

 

「衣さん〜、機嫌直してください〜」

 

「知りません」

 

 すっかり不機嫌モードMAXな衣さんは、決して私の方に視線を向けず、常に遠くの方へと目を向けています。

 

 明らかに怒っているようにも見える対応ですが……本気で怒っていないんだろうなぁと言うのは簡単に分かります。だって、恐らくこういう子が本気で怒ったら、今この場所で読書を始め、私のことをいない者として扱うでしょうから。

 

 なんなら司書室を追い出されているはずなのに、何も言わないということは、少なくとも衣さんも、このやりとりを楽しんでいる節があるように見えます。

 

 かと言って、このまま衣さんのご機嫌取りのような言葉を言い続けるのも少し違う気がするので……

 

「むぅ……せっかく私お気に入りの1冊を紹介しようと思ったのに……これだと話せませんね……」

 

「っ!?」

 

 ここは彼女の好きな物で釣る作戦と行きましょう。

 

 実際に、私がこの図書館で読んだことのある中の1つを頭の中でピックアップしながら、独り言のように呟いてみると、反応した衣さんがぴくりと肩を震わせます。

 

 この図書館内にあるものと言う関係上、本の虫である衣さんならもしかしたら既に読んでいる作品という可能性もありますが、そこはタイトルを直ぐに明かさないことで誤魔化し、彼女の興味がこちらに向くようにしておきます。

 

 その成果は上々で、若干の不満さを顔に出しながらも、ゆっくりとこちらに顔を向けてくる衣さんは、頭の中で不満と興味の葛藤に悩んでいるようでした。

 

 その姿がまた可愛らしく、しかしここでまた微笑もうものなら、今度こそ完全にそっぽを向かれるという確信があったので、ここは表情筋(幽霊に筋肉があるかは分かりませんが)にぐっと力を入れて、顔が緩むのを我慢します。

 

「残念です。ちょっとでも興味を共有できたらと思っていたのに……」

 

 我慢した表情をそのまま上手く操って、しょんぼりとした空気を出しながら俯き、ぼそっと言葉を零してみれば、最初は不満な表情を浮かべていた衣さんが、徐々にあわあわした雰囲気へと変わっていき……

 

「せ、先輩……あの……わたし……」

 

「本当に……ふふ……残念ですね……」

 

「……先輩?」

 

「はい……ふふ……なんでしょう?」

 

「あああ〜!!やっぱりちょっと笑ってます!!またからかってますね!!もう!!」

 

「あっはは、ごめんなさい。表情がコロコロ変わるのが本当に可愛くて……」

 

「もう本当に知りません!!」

 

「あ、ごめんなさい〜」

 

 表情を維持するのに失敗し、私がまたからかいを始めていることに気づいた衣さんは再び不貞腐れモードへ。

 

(これは……昼休みはもう作業できなさそうですね〜)

 

 この姿を見て、本来の目的はもう達成できなさそうだなぁと感じた私は、しかしそのことに一切の不満はなく。

 

「衣さん〜聞いてくださいよ〜」

 

「知りません〜」

 

「「……あっはは!!」」

 

 今はただ、この心地良くて楽しい時間をひたすらに満喫しようと思うのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩、次の本お願いします」

 

「は〜い。これですね〜。高いところなので足元気をつけてくださいね〜」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 結局なにも仕事することなく、ただひたすらに楽しかった雑談の時間を終えたお昼休みから時は流れて3時間ほど。

 

 この日1日の授業カリキュラムを終えて、放課後の時間へと移り変わったここ、懇篤地支学校。

 

 そんな弊学校の領地の一角を占める図書館内では、今度こそちゃんと図書委員の仕事である、本の交換作業が行われていました。

 

 小学生高学年から高校生までという幅広い世代の人達が集まり、話し合いをして、色々な言葉を交わしていく様はいつ見ても面白く、そして興味深い光景だなぁと言う感想を抱きながら待つことしばしば。

 

 私の存在の特性上、あまり大人数に見られない方が良いため、図書委員の皆さんが散開し、作業を始めたのを見計らったところで衣さんと合流。彼女が担当している場所が3階の奥の方ということもあって、無事衣さん以外の人と接触することがなかった私は、そのまま一緒に作業を開始。朝やった時よりもさらに効率よく、しかし作業慣れからたまに雑談を挟みながら、のんびりと仕事を進めていきました。

 

「それにしても、本当に先輩が手伝ってくれて助かりました」

 

「急にどうしたんですか?改まって……」

 

 そうやって2人でせかせか仕事を頑張っていると、急に衣さんからお礼の言葉が飛んできます。

 

 なんの脈絡もなく告げられたその言葉に疑問を持ち、首を傾げた私は、今しがた高いところの本を交換し終え、台からゆっくり降りてくる衣さんに言葉をなげかけます。すると、台から無事着地し、ほっと一息吐いた衣さんは、体の向きを私の方に正しながら言葉を紡ぎます。

 

「わたし、本がすごく大好きで、だからこの交換作業だって全然苦じゃなくて、1人でも余裕だって、そう思ってました」

 

「それはよくわかってますよ?今日一日だけの付き合いでも、衣さんの本好きは凄く伝わってきましたから〜」

 

「えへへ……そう言われるとちょっと恥ずかしいですね……」

 

 嬉し恥ずかしそうに笑いながらそういう彼女はとても可愛らしく、しかし同時にどうして今更そんなわかりきっていることを言うのかが分からず、私は微笑みと疑問を半分半分にして混ぜた表情を持って、衣さんを見つめます。

 

 この視線を受けた衣さんは、緩む表情を少し引き締め、言葉の続きを返してくれました。

 

「わたしが言いたいのは、誰かとこうやって趣味について語らいながら作業するのが楽しいってことです。1人で黙々とやるのもいいんですけど、話の合う誰かと一緒に頑張るのが、こんなに楽しくて捗るだなんて思っても見ませんでした」

 

 嬉しそうに、にこやかに。

 

 見ているだけでこちらも笑顔になってしまいそうなほど晴れやかな表情を浮かべた彼女は、そのまま私の方に近づいて来て言葉を続けます。

 

「これからは、ちょっと勇気を出して、図書委員の仲間やクラスの本好きの人に対して、話す機会を増やしてみたいなって思えるようになりました!!先輩のおかげで世界が少し広がった気分です!!だから……ありがとうございます!!」

 

 真っ直ぐぶつけられる感謝の言葉。

 

 私は、この感謝を受けて、心が昂っていくのを感じます。

 

(ああ……この子の手伝いができて、本当に良かったなぁ……)

 

 心を占めるのは満足感。

 

 とてつもなく大きな達成感を感じた私は、その感覚に少し浸ります。

 

 けど、次の瞬間、その満足感は一気に寂しさへと変換されていきます。

 

「ですが……その……最初のうちはまだ恥ずかしくて、すぐには行動できないと思うんです。ですから……」

 

 その寂しさに気づくことなく紡がれる衣さんの言葉は、思わず足を後ろに下げてしまいそうな感覚に襲われます。

 

 しかし、この結果はわかっていたこと。だから私は、責任をもってこの言葉に向かい合います。

 

「わたしがちゃんと行動ができるまでの間は、こうやって先輩に頼ってもいいですか?」

 

「……仕方ないですね〜。可愛い可愛い後輩のために、付き合ってあげるとしましょう〜」

 

 寂しさに蓋をして、決して守ることの出来ない約束を結ぶ。

 

(これは、私も蘭さんのことは強く言えないですね……いえ、下手をすれば蘭さんよりも酷いですね……)

 

 絶対に守れないことを知らない人と知っている人の差。

 

 どこまで行っても決して埋まることの無いその差に、どうしようも無い感情を抱えながらも、けどせめて、今この瞬間だけはそんな感情を悟られないように、必死に隠しながら、私は衣さんと向かい合うのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、今日の所はこれで終わりですかね」

 

「ですね〜。お疲れ様でした」

 

 じんわり滲んだ汗を腕で拭いながら、今日の作業の終わりを告げたわたしに賛同するように返事をしながら頷いた先輩は、そのまま視線を手元の台車に向けていきます。するとそこには、半分以上交換を終えた本達が積み重なっていました。

 

 半数という言葉だけを切り取れば、あまり進んでいないようにも聞こえるかもしれませんが、元々の数を考えてみればかなりの数の交換を終えています。司書室付近まで戻ればまだ本はあるでしょうが、他の図書委員の人たちも作業を進めていると考えれば、全部合算したとしても、今日と同じスピードで作業出来れば、あと2、3日もあれば十分終わるでしょう。これもひとえに、本好きの皆さんが一生懸命頑張っている結果ですね。

 

「んん〜……よく働きました〜!!」

 

「ですね〜、時間も忘れて熱中していたみたいですから〜」

 

「え?」

 

 先輩の声につられて、図書館にある窓から外を眺めるわたし。するとそこには、だいぶ暗くなり始めた空が見え始め、あと数十分もすれば、星が輝き始めそうな状態となっていました。4月の日没時間から考えれば、おおよそ18時をそこそこすぎたくらいくらいと言った所でしょうか。もう少しすれば、最終下校時刻になってしまいそうな時間帯です。

 

「もうこんな時間……」

 

「楽しく、集中して作業していたせいですかね?本当にあっという間でしたね〜」

 

 柔らかな表情を浮かべたままそういう先輩と時計の間で視線を揺らしていたわたしは、もう帰らないといけない時間ということに少なくない寂しさを感じてしまいます。

 

(もっと一緒にいたかったなぁ……)

 

 しかし、最終下校時間は守らないといけません。それに、今日はもう終わりですが、先輩とはまた明日会えるはずです。そう考えたら、そんなに深く縋る必要もありません。

 

『図書委員の皆さんは集合してくださ〜い!今日はもう帰りますよ〜!』

 

 そんなことを考えていたら、図書館内に響く図書委員の担当になっている先生の声。

 

 本来ならこんな大声を出せば怒られるところですが、既に下校時刻間近ということもあって利用者は0。閉館も目の前ということもあって、大きな声を出したところで誰の迷惑にもならないと判断しての行動でしょう。当然、図書委員の1人であるわたしは、この呼び掛けに応える義務があります。

 

「行ってきてください、衣さん。この踏み台は私が片付けておきますので」

 

「ですが……」

 

「そもそも私は図書委員ですらない部外者ですよ?むしろ見つかったら怒られちゃいそうで……」

 

 

 その呼びかけを前に足を止めたわたしに対して、先輩が片付けを担う発言をしてくれました。

 

 さすがにそこまで任せる訳にはと言葉を返そうとしますが、今現在の先輩の状況を、苦笑いしながら説明されたことによって、わたしは言葉を返すことが出来なくなりました。

 

 確かに、わたし個人の勝手なお願いで、特に先生に連絡した覚えもないことではあるので、余計な接触は避けるべきなのかもしれません。

 

「すみません先輩……この埋め合わせは絶対にしますから……!」

 

「お気になさらず〜。ほらほら、早く行かないと怒られますよ〜」

 

 相変わらず柔らかい笑みを浮かべたまま、優しくわたしを送り出してくれた先輩に頭を下げながら、急いで1階の先生の元へ駆けていきます。

 

(急いで話を終わらせて、先輩を迎えに行かないと!!)

 

 せめて、先輩に全く被害を出さずにこの図書館ら外に出してあげたい。そんな気持ちに脳をいっぱいにさせながら、集合場所である司書室前にたどり着いたわたしは、そこで他の図書委員たちの人と合流をします。

 

「すいません……今到着しました」

 

「ああ、薫草さん。お疲れ様……と言いたいんだけど……」

 

 まだ図書委員になったばかりで言葉はあまり交わしていませんが、そこには既に、最初の顔合わせの時に確認できた、わたし以外の全ての図書委員と先生が集まっていました。とは言っても、中学生以下の人達は、私たちよりも最終下校時刻が少し早く、先に帰っているので、ここにいるのは高校生の図書委員だけですが。

 

 そんな、図書館内では珍しいちょっとした人だかりができたその一角にて、しかし集められたみんなは、全員少し不安そうな顔を浮かべていました。

 

 そのことに、何か嫌な予感を感じたわたしは、先生に質問を投げかけます。

 

「先生……一体何があったんですか……?」

 

「……実はね、さっきから図書館の扉が全く開かないのよ」

 

「……え?」

 

 急遽たたきつけられた衝撃の言葉に、わたしは思考が止まりかけ、それでも何とか落ち着こうと冷静さを保ち、続きを話そうとしている先生へと耳を傾ける。

 

 が……

 

「一体誰がこんないたずらを……そもそもここの鍵は今も私が管理を━━」

 

 

 

 

 バツン。

 

 

 

 

 落ち着こうとしているわたし。続きを話す先生。そして、不安そうな他の生徒。

 

 ここにいる全員の時を止め、嘲笑うかのように、何かが切れるような音と共に……

 

 

 

 

 図書館内の電気が全て、消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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