バツン。
そんな音と共に起きた図書館の停電。
勿論、ここに残っているわたしたちは誰1人照明のスイッチには触れておらず、そしてこの図書館内にわたしたち以外の人はいません。司書の人も今日はお休みだと聞いているので、本当にこの場にいるのはわたしたちだけです。
なのに、電気が切れてしまった。
ただでさえ図書室の扉が謎に閉められているという状況に、追い打ちをかけるかのように起きた現象。元々小さくなかった不安は、この停電により一気に膨れ上がり、ここにいる全員の恐怖心を煽っていきます。
わたしも、そんな恐怖を受けた1人で……
「ひっ……」
喉からか細い声を出し、地面に座り込みそうになってしまい……
「みんな落ち着いて!!目が慣れるまで慌てずにその場で待って、目が慣れ始めたらゆっくりひとつの場所に固まって!!大丈夫、私がいるわ!!」
パニックになりそうなところで響いてくるのは、図書委員担当の
暖かく、それでいて頼もしいはっきりとした声は、混乱状態のわたしたちの心にすっと入っていき、焦った心が徐々に落ち着いていきます。
「みんな、焦っているのなら一旦深呼吸をして!!」
「すぅ……はぁ……」
段々と思考がクリアになり始めたことにより、少しずつ周りが見えるようになったわたしは、大きく息を吐きながら目を開き、暗闇になれたところで先生のそばにゆっくりと集まっていきました。
「よし……みんなもう大丈夫ね?」
こくりと、先生の言葉に頷きながら視線を返すわたしたちの表情を順番に確認した先生は、ほっと一息つきながらゆっくりと言葉を紡ぎます。
「とりあえず、まずは電気が復旧するまではここで待機。安心して?こうなった以上、外の方に自動で連絡が入っているはずだから、時間が解決してくれるはずよ。それまでこうやって固まって、落ち着いて待ちましょう」
はっきりと、これからするべきことを提示してくれる年上の存在はやはり大きくて、あれだけ不安そうな顔を浮かべていたみんなが、先生の声を聞き終えると同時に顔色を良いものへと変えていきます。これでしばらくの間はパニックになることは無いでしょう。
そうやって徐々に明るくなっていく雰囲気ですが、この中で先生を除いて唯一、わたしはあることに気づいてしまっていました。
(……携帯電話が圏外……どうして……?)
それは連絡手段の消失。
いくら余った土地に建てられているとはいえ、わたしたちの学校は秘境ではなく、一般的な場所に建設されています。当然そんな場所を電波が通らないなんてことはなく、高校生になって2年目になるわたしですけど、スマホが圏外になったことなんて1度だってありません。それは、この状況がただの停電と監禁状態では無いことを証明していました。
(きっと先生も気づいている……だからさっきの説明の時、『私が外へ連絡する』じゃなくて、『連絡が入っているはずだから』って言い方をしたんだ……)
ここで携帯が繋がらないと言ってしまえば、ただでさえ不安になっている皆の心がさらに掻き乱されてしまい、二次災害が起きる可能性があります。それを危惧したからこそ、先生は圏外のことは伝えずに、こうやって落ち着いて待つことを選んだのだと思われます。
その判断の速さに、改めて先生への尊敬度を上げていたわたしは、しかし同時に、もう1つの不安要素を頭に浮かべてしまいました。
(先輩は……大丈夫でしょうか……)
今日の朝知り合って、けどまるで昔からの知り合いかのように打ち解けあって、今では全幅の信頼を寄せる大好きな先輩の、幽花彩姫先輩。
先程まで一緒に作業をしていて、つい先程、わたしが使っていた踏み台を片付けるために別行動をとった優しい先輩。
しかし、今この図書館は停電を起こして、且つ扉の鍵がロックされているという完全な密室状態。それは先輩もこの図書館に閉じ込められているということであり、図書委員ではない先輩は、先生から情報を受け取っておらず、わたしたち以上に混乱とパニックに陥っている可能性が高いです。なんなら、今すぐにでも悲鳴や困惑の声が上がって、聞こえてきてもおかしくない状況。
(先輩……)
本当なら今すぐにでも駆けつけて無事を確認したい。けど、今この状況でここから離れてしまえば、間違いなく先生に止められ、不審がられてしまいます。ここに来て、他の人に内緒で一緒に作業していたことが仇となって返ってきてしまいました。
(それでも、できることをしなきゃ……!!)
かと言って、ここで何もせずにじっとするのはそれはそれでわたしの心が許してくれません。
せめて、この状況でも出来ることをないと、絶対に後悔すると思うから。
「あの、先生……」
「どうしたの?薫草さん」
みんなが集まって、1つの塊となった中、ゆっくりと先生に近づいたわたしは、他の人には聞こえないように小さな声で、先生に質問をなげかけます。
「この図書館には今、わたしたち以外は誰もいないんですか?」
その内容は、他の人の存在確認。
直接話すのは先輩が嫌がってしまう。かと言って話題として触れないのは嫌だ。そんなわがままな要望を一応全て解決してくれる一手を打ったわたしは、心の中で先輩の無事を祈りながらじっと先生を見つめました。
「薫草さん……?」
そんなわたしの姿に対して、何か疑問を感じとったらしい先生は、思わず名前を呟きながら首を傾げます。
(……ちょっと不自然だったかも)
本来なら自分のことで精一杯のはずで、現にさっきまで凄く動揺していたわたしが急に他の人を気遣うのは、やはりどう考えても違和感が出てきてしまう。特に、人見知り故に他者との関わりをほとんどしてこなかったわたしがその行動をとるというのが、先生からしたらとても大きな違和感となって感じるはずです。
「……そうね、今日は本の交換をするってことも伝えているし、いつもよりも早めに閉めることも通知しているから、それに伴って、利用者には少し早めに下校してもらったし、それにまだ新学期始まってちょっとしか経ってないから、そもそもの利用者が少ないってこともあって、ここには私たち以外はいないはずよ。だから安心してちょうだい?」
けど、それでもわたしを安心させるためか、疑問をグッと飲み込んだ先生は、冷静に自分の思考と行動から状況を割り出して、わたしに説明してくれました。
当然そこに先輩の存在をほのめかすような発言は無くて。
「そう……ですよね」
先も言った通り、先輩はここにいる誰にも見つからないように来てくれた人です。そのため、ここにいる人が先輩のことを知っている可能性はほぼゼロ。質問したところで、このような返答が返ってくることは分かりきっていたことのはずです。
「けど……もしかしたら、まだ図書館に隠れて遊んでいる悪い子がいるかもしれないわね」
「え……?」
しかし、そんなわたしの予想を裏切るような言葉を発する目の前の先生の姿に、わたしは思わず声をあげながら顔を方へ向けます。
そこには、少しいたずらな笑顔を向けた先生の姿。
「なんなら、この停電や閉じ込めもそんな悪い子の可能性もあるし……そうね、先生だけでちょっと探してこようかしら?」
「っ!?」
わたしが何かを気にしている。その事に気づいた先生が、わたしが秘めているわがままを詳しく聞かないうえで、その不安を解消してあげようと動きだしてくれました。
その事がとても嬉しくて、安心して……
「あの……佐津間先生……ありがとう、ございます!」
なんの事情も聞かずに動いてくれた頼れる先生を前に、反射的に頭を下げるわたし。
対する先生は、嫌な表情1つ浮かべることなく、さも当然かのように言葉を返します。
「困っている生徒の悩みをくみ取って、解決してあげるのが先生の役目。それに、普段自己主張のない薫草さんが初めて自分から頼ってきたものだもの。先生としては、ちょっと張りきっちゃいたいくらいよ。だから安心して。ね?」
(……成程、これは先生が人気な理由がよく分かっちゃうなぁ)
ウィンクしながらそういう先生に、わたしはこの人が学校で人気の理由をよく理解しました。
生徒間だけでなく、教師の間でも人気の高い佐津間先生の人柄がよくわかる一幕です。そんな先生の言葉は、根拠は無いはずなのに、この人なら任せても大丈夫という不思議な安心感がありました。
(この先生なら、先輩も安心して━━)
「きゃあああああ!?」
「「っ!?」」
任せられる。そう思った瞬間響き渡ったのは、わたしと同じく図書委員である女の子の1人の悲鳴。
その子の悲鳴につられ、わたしは先生と一緒に視線をそちらに慌てて向けました。
「……何……これ」
「これは……」
思わず言葉をこぼす、わたしと先生。
他の図書委員のみんなも、悲鳴を聞いた瞬間わたしたちと同じ方向を見ているので、今わたしの視界に写っているものと全く同じものを目にしているはずなのに、その光景があまりにも現実離れしているせいで言葉が出てきません。
では、一体わたしたちの目の前で何が起きているのか。
それは、一言で言うのなら本による舞踏会。
本来なら、本というものは本棚に並んで、その中身を人に読んでもらうためにじっと待っている存在です。だから、人が手に取ってくれるまで本棚の中から飛び出すことなんてあるはずがありません。
しかし、その存在が今、誰の手を借りることなく空に浮かび上がり、ひとりでに空中を闊歩していました。
この学校が誇る、とてつもなく広い図書館内の空中を埋めつくさんばかりに漂う大量の本が、まるで台風のように荒れ狂う姿はまさに圧巻。
どう見ても現実離れしているその景色を前に、ここにいる全員が、呆気にとられて空を見ることしかできませんでした。
ただ、1人を除いて。
「俺……聞いたことがある……」
それは、私と同い年の、男子図書委員。
会話をしたことは無いけど、顔合わせの時に確かに見かけた、隣のクラスの人。
誰も驚いて口を開けず、空中で本の紙がパラパラとめくれる音だけが響く図書館内で、その男性の声はやけに耳に強く残ります。
「懇篤学校七不思議……その中の1つ……」
その言葉の内容は、いつものわたしなら馬鹿らしいって、非現実的だって、否定してすぐにでも頭の中から消し去っていたであろう言葉で、しかし、今目の前でこうしてありえないことが実際に起きてしまっている今、それは今までで1番の現実味を帯びてわたしの中に染み込んでいきます。
「『空を飛び回る食人の本』……!!」
男子図書委員から告げられた、この異変の内容。
その物騒すぎる内容に、わたしたちは思わず声を漏らしそうになり、その声を止めるために、無意識のうちに口元に手を持っていきました。声を漏らすことで、この空を飛びまわる本たちに見つからないようにするためです。
が、そんな行動をせずとも、空を舞う本たちは、その動きを止め、一斉にこちらの方に視線を向けるかのように、開いたページを見せつけてきます。
それはまるで、こちらに向かって大きく口を広げているようで。
「っ!?みんな!!直ぐに扉の方へ逃げ━━」
この様子を見て、嫌な予感を感じとった佐津間先生が慌てて逃げるように指示を飛ばしましたが、その声をかき消すかのように、一斉に本が閉じたり開いたりする紙の音が響き渡ります。
その姿は、先程聞いた「食人」という単語から、今まさに捕食を始めんとする猛獣のように見え……
「ひっ!?」
こちらに食いつかんと飛んでくる本たちを前に、わたしを含めた生徒全員は、恐怖で体を動かすことができません。
当然そんなわたしたちを前に、止まる理由のない本たちは、その口を大きく開けながら、襲いかかってくるのでした。