仄めく少女の言霊を   作:犬鼬

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第11話 私の役目

「っと、踏み台はこの辺りで良かったですよね?」

 

 差し込む光が赤から黒へと変わっていこうとする時間帯。本の交換作業を終えた私は、踏み台が元あった場所の記憶を探りながら、手指を挟まないようにゆっくりと運んでいきます。いえ、幽霊なので手を挟んだところで、都合よく透過させればいいので何も問題は無いんですけど。

 

 いつも通りの幽霊ジョーク(なお、静聴者無し)を思い浮かべながら、図書館内の端っこに台を移し終えた私は、おそらく衣さんが向かっているであろう方向に首を向けながら今日の出来事を思い出します。

 

「……何時ぶりでしょうかね。こんなに長い時間人と関わったのは」

 

 人間が大好きな私は、お悩み解決のためにこの学校の生徒に頻繁に声をかけます。しかしその声かけは、あくまでも天の声によるアドバイスのような形を取っているだけで、大体の場合は顔を合わせて会話をすることはありません。たとえ顔を合わせたことになったとしても、その時間は数分から数十分ほどで終わり、直ぐに別れることになります。蘭さんとのやり取りがそのいい証拠ですね。

 

 顔をあまり合わせずに声をかける理由は、ご存知の通り、『日をまたげば私のことを忘れてしまう』というルールがあるから。

 

 親密に関わったところで、次の日を迎えてしまえばその関係もゼロに逆戻り。どれだけ高く関係を積み重ねても、綺麗さっぱり無くなってしまいます。

 

「それが辛くて、寂しくて、こういうことは早々にしなくなったんですけどね〜……」

 

 けど、今日はそんなことを忘れて、衣さんと随分と仲を深めてしまいました。

 

 だって、久しぶりに人と深く絡むのが、とてつもなく楽しかったから。

 

「あはは、いけませんね。蘭さんといい衣さんといい、最近は心を揺さぶられることが多くて困ります」

 

 昨日やり取りをした蘭さんと、今日ずっと一緒に過ごした衣さん。その2人とのやり取りを思い出すだけでも、ついつい頬が緩んでいくのが分かります。

 

 やっぱり、人と関わって話すのは楽しい。

 

 昔に感じ、そして自分から離れたものに再び触れた今、その感情はより強く私の心を揺さぶります。

 

 あと1時間もせずに終わってしまう楽しい時間。しかし、それに対する寂しさは、想像以上に少なくなっていました。

 

 それは果たして、幽霊として長くいたおかげで覚悟ができるようになったからか、はたまた蘭さんという手紙でまだ繋がれる存在ができたおかげなのか。私にはまだ分かりませんが、少なくとも、前よりは前向きに捉えることができるようにはなっていました。

 

「さて、ではそろそろ、この楽しかった時間にも終止符を打たないといけませんね」

 

 そんな時間も、そろそろ終わらせなくてはいけません。もう最終下校時刻も間近に迫っていますし、その証拠に窓から注がれる光は茜色を超えて黒に変わり始めており、そのうちこの図書館内も完全に黒に染まることが予想できるくらいには、私たちの時間が迫っていました。

 

「……お別れの挨拶くらいは、しましょうか」

 

 このまま何も無く去るのもいいのですが、それをしてしまうと衣さんが校門のところでずっと待ちかねないので、それを避けるためにも、ちゃんと言葉は交わすべきでしょう。

 

「あとは、図書委員会の会議が終わるのをこっそりと待つだけで━━」

 

 そのためにも、今は物陰から衣さんを見守るべく、ゆっくりと足を動かそうとしたその時。私の声を遮るように、バツンという音と共に、図書館内の電気が消えました。

 

「これは……」

 

 と、同時に私の体を駆け巡るのはちょっとした悪寒。

 

 背筋から突き抜けるように走った、その馴染み深い感覚は、私の中でひとつの答えを出していきます。

 

「あらら……タイミングが悪いですね〜……こうならないように色々動いてきたつもりだったのですけど……今回の相手は少しばかり、気が強いのかもしれませんね〜」

 

 そんな私の言葉と共に、辺りから聞こえてくるのはパラパラという紙のめくれる音。しかし、そんな軽い音も、この図書館に保管されている何百冊という本たちから同時に鳴らされれば、思わず耳を塞ぎたくなってしまう程の爆音となり、その音に負けないような幻想的な空間を作るべく、全ての本が空中へと飛び立っていきます。

 

「……これはちょっと、本腰を入れないといけませんね」

 

 どうやら今回交換対象になった本は、この学校が好きで好きで仕方がないみたいで、それだけ長い間この学校においてあった本らしく、かなりの力を秘めていることが感じ取れます。

 

 それだけ、この学校に思い入れがあるのでしょうし、学校や生徒もその本を大切にしてきたのでしょう。もはや、一種の付喪神と言われてもおかしくありません。

 

「この学校が大好きで、離れたくない気持ちは分かります。……ですが、今ここでその行動をしては意味がありませんよ?」

 

 だからこそ、そんな大好きな学校を、その子に傷つけて欲しくない。

 

「絶対に、止めてみせます!!そのためにもまずは……!!」

 

 やることと目標を定めた私は、最初にするべきことを果たすために走り出し、数歩分足を動かしたところで小さくジャンプします。すると、私の体は図書館の床に着地することなくすり抜けて、2階の床も透過。そのまま1階の床スレスレのところまで落ちていき、ぶつかる直前で緩やかに停止。そのままふわりと着地したところで再びダッシュをし、衣さんたち図書委員のメンバーが集まっているところをめざしていきます。

 

「っ!!衣さん!!」

 

 程なくして私の視界に入ってきたのは、空中を舞う数多の本たち。

 

 バサバサと激しい音を奏でながら、まるで竜巻のように渦巻いて踊る本たちの姿は、まさしくファンタジー世界のような様相で、美しく、しかし同時に恐怖を感じさせる雰囲気をまとっていました。

 

 その空気に当てられたのか、図書委員のメンバーは、その光景に見とれてしまって誰も足を動かすことが出来ず、衣さんも、私の呼び掛けに気づくことなく立ち尽くしています。唯一動ける判断力が残っている先生も、声かけでは間に合わないと判断したのか、自分の体を盾にするかのように前に出るのが限界で、そんな彼女たちの集団に向かって無数の本が、まるで口を開けたかのように本を開きながら突っ込んでいきます。

 

「少し力を使いますけど……仕方ありませんね!!」

 

 突っ込んでくると言っても所詮は本。それに、『食人』だなんて物騒な噂がくっついていますけど、この子たちは人を食べるほどの力を持っている訳ではありません。が、そんな噂がある時点で人は恐怖を覚えますし、そんなことなくても、この速度でこの数の本がぶつかってきたら怪我をしてしまいます。かと言って、ここで強引なことをしてしまえば、今度は本を傷つけることとなり、その結果は、今回の相手の親玉をさらに怒らせる結果になりますし、本が大好きな衣さんにも嫌な思いをさせることでしょう。

 

 ですから、ここで私がしなくてはいけないことは……

 

「集まってください!!優しく受け止めますよ!!」

 

 本に傷がつかないように受け止めること。

 

 幸い、新学期が始まってすぐというこのタイミングのおかげか、物品の移動や新調が重なっていることによって、緩衝材であるぷちぷちやダンボールで作られた網のようなものなど、受け止めることに関して適したものに困ることはありません。そして私の力である、この学園の中にあるものなら自由に動かせるという権能をちゃんと使えば、受け止めることはそんなに難しいことではありません。

 

 私の指示に従って、皆を守るように展開された緩衝材の防壁は、私の予想通り、本に傷をつけることなく優しく受け止めることに成功していました。

 

「更に〜、もっと包み込んで〜」

 

 そして、ただ受け止めるだけじゃなく、受け止めた本を緩衝材で包み込むことによって、本を保護すると同時に、再び暴れることがないように押さえつけていき、更にその本たちを組み立てたダンボールの中に収納することで一時的な保管状態へと持ち込み、安全を確保していきます。

 

 そうやって丁寧な対応をすること数分ほど。

 

 この図書館内に保管されている本の数が多すぎて、さすがに全てをしまうことは出来てはいませんが、少なくとも、図書委員の皆さんを狙っている分は全て受け止めることに成功した私はほっと一息をつきながら、後ろで驚きから固まっている皆さんに向けて顔を向けます。

 

「皆さん、大丈夫でしたか?」

 

 襲われていたところに急にやってきた謎の女子生徒。それも、見慣れない改造制服に身を包んだ人が、どこからともなくやってきたというこの状況に対して、未だに反応できない皆さんからの返事はありませんでしたが、この中で唯一私のことを知っている衣さんは、駆け足で私のところに向かってきます。

 

「先輩!!」

 

「お待たせしまってすいません、衣さん。お怪我は無いですか?」

 

「は、はい!けど……」

 

 私が無事なことは嬉しいけど、それはそれとして、今のこの状況に明らかに関係していそうな私に対して、信じてはいるけどどう関わればいいのか分からない。そんな雰囲気を出しながら返事をしてくる衣さんは、少し言葉が詰まってしまいます。そのせいで会話のテンポが少し乱れ、情報の交換が遅れ始めます。

 

「助けてくれてありがとう。けど、この状況はどういうことかしら?そしてあなたは何者なの?」

 

 その流れを強引に引き戻すべく、間に入って凛とした言葉で先を促してくるのは、この図書委員をまとめる顧問の、佐津間麒麟先生。

 

 みんなの前に出て、盾になるように庇う姿はとても頼もしく、私に対して警戒心を高めながら接触してくる姿もとても好印象に受け取れます。

 

「せ、先生!!先輩は決して……」

 

「分かっているわ衣さん。けどね、今の状況的に、簡単に他の事を信じるわけにはいかないの。あなたたちの安全に関わるから……」

 

「先生のおっしゃる通りです。……大丈夫ですよ衣さん。むしろ、私は頼れる先生だなって思いましたから。これなら安心してお話できます」

 

 そんな先生に対して弁護をはかろうとする衣さんに、思わず心が暖かくなるのを感じながら、しかしやるべきことをするために私は気を引き締め、衣さんをなだめた後に先生へと向かい合い、今回の事件についての話を始めます。

 

「まず結論から伝えます。今回のこの騒動は、一冊の本の『捨てられたくない』という思念が暴走したことによって起きた事件です」

 

「本の思念……?」

 

「はい。皆さんに分かりやすく言うなら、『付喪神』が1番近しいと思います」

 

「『付喪神』……凄いわね、普段なら絶対に信じられないオカルト話ばかり……」

 

「ですが、まずは実際に起こっていることと認識してもらわないといけません……」

 

「分かっているわ。この状況において、そんなわがままとか固定概念に囚われている訳にはいかないもの。さすがに他の子達に今すぐ信じろ、とまで言うのは酷かもしれないけど……そこは私に任せてもらえれば嬉しいわ」

 

「いえ、本当に助かります。明らかに怪しい私の話を聞いて下さっている時点で、とてもありがたいですから」

 

 落ち着いていて、凛とした綺麗な声で会話をしてくれる佐津間先生。その堂々とした姿は、私にとって話しやすいと言うだけで無く、後ろで私たちの会話を聞いている生徒たちに安心感を与える人として存在してくれていました。本当に頼りになる方ですね。

 

「つきましては、先生にお願いしたいのは生徒の皆さんの安全を確保してもらうことです」

 

「それは勿論だけど……あなたはどうするのかしら?」

 

「私はこの事件の元凶である本を探して、優しく説得してきます。それが私の役目ですから〜」

 

 これだけ頼りになる方なら、安心して後ろを任せることができます。ならばあとは、私の役目である皆さんのお悩み解決に動くだけです。

 

 この異変に捕まって、帰れなくて困っている皆さんを無事に学校の外へ送り届けるために。

 

(ここが私の頑張りどころです!!)

 

「では、行ってきますね」

 

 心の中で気を引き締めた私は、早速解決のために、この事件の元凶の気配を強く感じる方へと足を動かし……

 

「ま、待ってください!!」

 

 その足を、後ろからかけられた衣さんの言葉によって止められます。

 

「衣さん?どうかしましたか?」

 

 いきなりかけられた、衣さんらしくない大きな声を前に、首を傾げながら私は言葉を返します。すると彼女は、少しだけ恥ずかしそうにモジモジした後に、決心したかのように声を張り上げます。

 

「わ、わたしも先輩と一緒に連れて行ってください!!」

 

「……え?」

 

 それは、私と一緒に事件の元凶に立ち向かうという宣誓でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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