仄めく少女の言霊を   作:犬鼬

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第12話 隣に

「私と一緒に……ですか?」

 

「はい!!」

 

 一切の視線逸らしをすることなく、ただひたすらに真っ直ぐこちらを見つめてくる衣さん。その瞳の中には、うっすらと怯えた感情が混じってはいるものの、その怯えを上回るほどの覚悟の色が見えました。

 

 実際には食べられることは無いとはいえ、先程まで自分を捕食してこようとしてきた相手を前に恐怖で足がすくんでいたはずなのに、それでもこうして発言してくれているのは、私を信用しているからか、はたまた、それでも大好きな本の問題を解決してあげたいからなのか。

 

(……きっと両方、なんでしょうね〜)

 

 あんな体験をしても、それでも愛を失わない彼女の思いに、内心で微笑ましさを感じながらも、表面上では少し厳しい態度をとりながら言葉を返します。

 

「これから向かおうとしている場所は、ちょっと危険かもしれない場所です。場合によっては怪我をしちゃうかもしれない場所ですよ?」

 

「いや、『食人』って名前から、ちょっとの危険じゃ済まない気が……」

 

「それでも……わたしも行きたいです……!!」

 

「衣さん!?」

 

 私と衣さんの問答の中、客観から見た当たり前の視点を挟む佐津間先生に、若干申し訳なさそうな表情を浮かべながらも、それでも衣さんは止まりません。

 

「わたしは本が大好きなんです。毎日毎日、沢山の空想と知識と夢をくれる本が大好きで、いっつも幸せを貰っているんです。そんな本が今初めて、文字以外の方法でわたしたちに何かを伝えようとしてくれているんです。わたしは……その声を聞いてあげたい……」

 

「衣さん……」

 

「それに、今日できた大切な友達が頑張ってくれているのに、何もしないなんて出来ません!!……わたしに何が出来るかは分かりませんけど、それでも、じっと守られるだけは嫌です!!」

 

 真っ直ぐこちらを射抜く視線に宿る焔は、言葉を重ねる度に強くなり、轟々と燃え盛るような覚悟を見せてきます。こうなってしまえば、もう梃子でも動くことは無いでしょう。そういう人の目をしています。

 

(本当に本が……いえ、『本と私のこと』が大好き、なんですかね?……少しこそばゆでいすね〜)

 

 その覚悟の根本にある思いに触れた私は、嬉しさと、ほんの少しの恥ずかしさを感じながら視線を返します。

 

「それでも、その考えをおいそれと認める訳にはいかないわね……」

 

 しかし、そんな盛り上がりに待ったをかけるのが佐津間先生。

 

 熱に浮かされ、感情的になっている衣さんを落ち着かせるように告げられたその言葉はとても大人で、現状をしっかりと客観視できているがために、そして何よりも、教師として生徒を守りたいがために投げられたそれは、厳しくも暖かい色帯びて、私と衣さんの耳に届きます。

 

「明らかに危険だと分かっているところに生徒を送るなんて、教育者として指示できないわ。むしろ、元凶が分かっているのなら、私がその対処に向かいたいくらいよ」

 

「でも、先生が離れたら他の人は……」

 

「そう、私はここから離れられない。だから、この解決には……」

 

「分かっています。最初から私一人で行く予定ですから〜」

 

「っ!?先輩っ!!」

 

 先生の言葉を肯定し、私一人で行くことを認めると、今度は衣さんが声を挙げます。

 

 さっきまでの流れ的に、衣さんも連れていくような様子だったのに、ここに来て急に梯子を外されたような感覚を受けただろう彼女は、ショックを受けたような表情を見せます。その表情を見るのは少し辛いですが、今回ばかりは先生の意見が正しいですし、私のお仕事に彼女を巻き込む訳にも行きませんからね。

 

「この七不思議は、『空を飛び回る食人の本』と呼ばれているのよね?ならやっぱり、私としても貴方を危険な所へ送るのは容認できないわ」

 

「まぁ正確には、『食人』出来るほどの力も能力もないので、本当に食べられちゃうだなんてことは無いのですけど、速度を持った本が突撃してくるだけで、怪我のリスクはありますからね〜」

 

 噂は噂であって、実際に被害を被るわけではない。という私の言葉を聞いて、小さく息をこぼす先生。この情報は、下手をすれば衣さんがこちらについてくる可能性を上げてしまう情報ですが、それ以上に先生の心労を考えると、ここは正直に伝えた方がいいと判断。実際、この言葉のおかげで先生だけでなく、後ろの皆さんの表情も少しだけ明るくなった気がします。

 

「人を食べるというのが嘘なら、やっぱりわたしも……」

 

「薫草さん」

 

 その代わりに、私の予想通り衣さんがこちらの方に着いてこようとしたので、その動きを牽制するかのように佐津間先生が声を挙げます。

 

「なぜ、そこまでして事件に関わろうとするのかしら?貴方が本のことを大好きという気持ちはよく分かったけど……それだけだとまだた不十分な気がするのよね……」

 

 しかしその言葉は決して衣さんを責めたり強制させるものでは無く、寄り添って諭すような問いかけでした。

 

(無理やり抑えたら反発されるから、優しく触れて相手が熱くならないようにする……本当に、素敵な先生ですね)

 

 佐津間先生の話術に感動を覚える私。本当に素敵な先生だなぁという気持ちがさらに膨れ上がる中、衣さんから放たれた返答は、そんな私の感情を上書きする言葉でした。

 

「……心当たりがあるんです。この事件の原因の本に……」

 

「「っ!?」」

 

 まさかの原因を知っている発言に、さすがの私と先生も言葉を詰まらせます。

 

「わたしはこの図書館に蔵書されている本のほぼ全ての位置を記憶しています。それに、今回交換対象となっている本のリストにも全部目を通したので、どこの本と交換すればいいのかも分かっています。そして、先輩の話を聞いてみて、一冊の本に心当たりが産まれました。……先輩は、今回の元凶になってる本に、あたりはつけていますか?」

 

「……いえ、気配のおかげでおおまかな場所は分かっていますが、どんな名前で、どんな見た目なのかは何も」

 

なかなか痛いところを突いてきた衣さんの質問。その答えはNOで、理由は、私が皆さんを守るために緩衝材を能力で動かした際に、私の力を感じて警戒したみたいなんですよね。とは言え、まだまだ未熟なところもあるので完全に隠れることはできてはいません。ですが、本の数が多すぎるせいで、元凶を捕捉するには少し時間がかかる可能性があります。

 

「なら!!わたしは役に立てるはずです!!」

 

 これを聞いた衣さんは、ここぞとばかりに前のめりになっていきます。その圧力は凄まじく、思わず一歩後ろに後ずさりしてしまいそうなほどの勢いでした。そんな私たちの様子を見て、ここが押し所と判断した彼女は、さらに1歩詰め寄りながら言葉をつむぎます。

 

「この襲ってくる本が人を噛まないのであれば、わたしはまだ安全に図書館を動けますし、それにもう最終下校時刻は目前まで来ています!!一分一秒でも早い解決が求められるのであれば、わたしの知識は絶対に役に立ちます!!だから……わたしを隣に置いてください!!」

 

 頭を下げ、まっすぐ懇願するその姿を前に、思わず顔を見合せてしまう私と先生。

 

 彼女の言葉が本当であるのならば、今の状況において、そして何よりも私にとってとても大切な存在になります。

衣さんの言う通り、最終下校時刻はもう目の前。これを過ぎてしまえば、ここにいる生徒の皆さんのご家族に大きな不安を与えてしまうことになります。そんな事になってしまえば、問題はさらに大きくなってしまうことでしょう。学校側としても、そんな大事には絶対にしたくないはずです。

 

「「……」」

 

 じっと見つめ合い、何が最善で、何が最大効率なのかを、頭を高速回転させながら思考をまとめていく私と佐津間先生。

 

 言葉を交わしていないのに、不思議とお互いの考えを理解し合った私たちは、数秒の沈黙の後、ゆっくりと首を縦に動かします。

 

「……幽花さん、薫草さんをお願いしてもいいかしら?」

 

「っ!?先生!!」

 

 佐津間先生からの渋々と言った言葉を前に、花が咲いたかのような笑顔を浮かべる衣さん。その笑顔は、この状況においては不釣り合いと言わざるを得ないもので、しかしそれを咎めることは今はしません。それよりも今は、大きな決断をした佐津間先生へ、敬意を表することが大事です。

 

「わかりました。私の存在にかけて、衣さんのことはお守りさせていただきます」

 

 まっすぐ目を見つめ、私の心からの言葉をぶつけます。

 

 自分の生徒を危ない所へ送り出すその判断は、人によっては糾弾するだろう采配です。しかし、虎穴に入らずんば虎子を得ず。多少のリスクを犯さないと、この問題の早期解決がないのも事実。そんな追い込まれた状況で、会ったばかりの私を信用してこの判断を下してくださった先生の思いを裏切る訳にはいきません。何がなんでも、衣さんの無事は保証するという旨を伝え、しっかりと首を縦に振った私は、そのままゆっくりと視線を衣さんに移します。

 

「衣さん。私があなたを守る以上安全は確約しますけど、それはあくまでも私の近くにいる時だけです。決して、離れたりしないでくださいね?」

 

「はい!!分かってます!!」

 

 嬉しさ半分、そして絶対に役に立つんだという意気込み半分の感情で、私の言葉に返してくる衣さん。

 

 連れて行ってもらえるということに興奮して、動きが空回りしてしまうことが懸念点でしたけど、既に表情を切りかえて、おそらく元凶がいるであろう方向に視線を固定している姿を見ると、そちらの問題も大丈夫そうですね。そのことにほっと一息ついた私は、再び視線を佐津間先生の方に戻します。

 

 相変わらずじっと私を見つめてくるその視線は、覚悟と不安の混じったもので、けど不安をほとんど表に出すことなく、しっかりとした意志を持っていました。

 

(本当に強い方ですね……そして何よりも、本当に生徒が好きなんですね〜)

 

 どこまでも殊勝なその態度は、尊敬の一言では足りないくらい誠実で素晴らしくて、こちらもそんな気迫におされて、自然と背筋がピンと伸びてしまいます。

 

「では、行ってきますね。先生と生徒の皆さんは、カウンター奥の司書室の中に隠れていてください。恐らくそこが1番安全ですからね」

 

「分かったわ。……貴方達も、気をつけてね」

 

「はい。任せてください」

 

 頷き合い、お互いがやるべきことを決めた私たちは早速行動を開始します。

 

 佐津間先生はカウンター奥の司書室へ歩き出し、私はその司書室を守るべく、ダンボールや緩衝材によるバリケードを作成。佐津間先生達が司書室の中に入っていくのを見送った後に、そこに通じるドアに向かってバリケードを配置して、本たちが襲いかからないようにセットしておきます。

 

(これで先生たちの方は大丈夫ですね)

 

 しっかりと守られた扉を前に、少しだけ安心感を感じた私は、しかしすぐに心を引き締め、扉から視線を外して図書館の奥へと目を向けます。

 

 後ろの扉が閉じられたということは、私たちはもう下がれないということ。それはつまり、今横に立っている衣さんは常に危ない状態に晒されており、且つ安全な場所に逃がすことができないということ。

 

 ここから先は、私の動き一つ一つがとても大事になります。

 

「すぅ……ふぅ……」

 

 深呼吸をひとつして、集中力を高めた私は、衣さんに目を向けて一言告げます。

 

「行きましょう。あなたの安全は私が保証します。ですから、道案内はお願いしますね?」

 

「はい!!任せてください!!絶対に先輩をあの本のところにつれていきます!!」

 

 お互いの宣言が終わったところで頷きあった私たちは、衣さんの「こっちです!!」という言葉を合図に走り出します。

 

 特にこの方向から嫌な予感を感じるという情報を受けないまま走り出した衣さんの方角は、凡そ私が予想していた方と大差ないあたり、衣さんの情報が正しいのだと言うことを後押ししてくれます。このまま彼女を信頼しても大丈夫でしょう。なら、私は自分のすることに集中して……

 

「は〜い、大人しくしていましょうね〜」

 

 走っている私たち目掛けて飛んでくる無数の本を前に、緩衝材を広げて盾代わりにして受け流していきます。

 

「衣さんは安心して進んでください。フォローは私がします」

 

「はい!!全幅の信頼を寄せます!!」

 

 私の言葉に笑顔で頷いた衣さんはさらに加速して進み出し、それに置いていかれないように私も速度を上げていきます。

 

 この事件を、少しでも早く収めるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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