「わたしが想像している本のある場所は三階なんですけど、どう思います?……って今更聞くことじゃないですよね!!」
「ええ全くです!!けど、その予想は概ね外れてません……よっ!!」
一階から二階への階段をかけあがりながら声をかけ合う私たち。その内容はとてつもなく今更感溢れるものですが、この会話の真の意味は情報交換ではなく、徐々に膨らんでくる緊張と不安を紛らわせるためのものです。というのも、こうして元凶のあるほうに向けて足を進めていると、こちらを襲ってくる本の数が目に見えて増えてきたからですね。現に、階段を頑張って登っている今も、左右から大量の本が押し寄せてきており、その両側に対して私が緩衝材の壁を作って受け止めている最中です。
いくら食べられることはないと言っても、これだけの質量で襲われたら只事ではすみません。一冊一冊の力は弱くとも、これら全てにのしかかれでもしたら大変なことになりますからね。
「っ!?衣さん!!しゃがんでください!!」
「は、はい!!」
二階への階段を登りきったところで後ろから気配を感じた私は、階段を上がってすぐの様子見を私がするために後ろに控えている衣さんをしゃがませて、その間に緩衝材の壁を後ろに展開します。
普段ならプチプチと空気を潰す、暇つぶしのために遊ばれるそれは、今この瞬間だけは頼れる壁となって本を受け止めます。が、突っ込んでくる本の量が多いのか、壁はどんどん凹んでいき、破れこそしてはいないものの、しゃがんでいる衣さんの頭上を超え、私の目前までたわんで伸びてきます。
「本当なら包み込んであげたいんですけど……ごめんなさい!!」
しかしこうなることは想定済み。なので私は、本を受け止めてたわんだ緩衝材の壁に対してそっと手を添え、霊力を送り込むことで緩衝材を補強し、同時にそのまま押し返します。こうすることによって、受け止めた本たちを、まるでトランポリンで跳ねたかのように反射し、私たちから離れるように吹き飛ばしていきます。
少し扱いが乱暴かもしれませんが、本たちが傷つかないように、壁や本棚にぶつかるような方向には飛ばさないようにしていますし、押し返す際も力を込めるのではなく、反動で弾くようにしているので本自体に圧はかかっていません。飛んできた本たちが比較的新品ということもあって、深く傷が入ることはないはずです。……勿論後で確認はしますけどね?
「もっと緩衝材があれば楽なんですけど……ないものねだりをしても仕方ないですね。もう大丈夫です。さぁ行きましょう」
「はい!ありがとうございます!!」
一難去ったのを確認できた衣さんは、私の声に反応して素早く立ち上がり、すぐさまかけ出す準備を整えます。その視線はずっと前しか見ておらず、本来本が大好きで、傷ついてないかが気になるはずのところを、後ろの本たちの様子を振り返ることすらしないその姿から、相変わらず私への信頼値がカンストしているのをしっかりと感じます。
(その期待に応えないとですね〜)
衣さんの気持ちを受け取った私は、先程盾に使った緩衝材を折りたたみ、自身の近くに浮遊させながら私自身も小さく飛翔。幽霊らしく、地面に足を付けることなく、衣さんと並走するように右隣を飛んでいきます。
「……やっぱり、先輩は人間ではないんですね」
「すいません。隠すつもりはなかったのですが、変なことを言って怖がらせるのも違うと思いましたので。……失望、しましたか?」
足をつけずに飛んでいる私を横目で確認した衣さんは、改めて私のことを分析し、小さく言葉を零します。
その一言には色々な感情が含まれており、その言葉だけでは何を考えているのか、何を感じたのかを察することの出来なかった私は、少しだけ不安の色を載せながら言葉を返します。
もし、嫌われていたらどうしよう。もし、失望されていたらどうしよう。
明日になれば、どっちにしろ忘れられてしまう関係だと言うのに、どうしてもマイナスのifを考えてしまって仕方がありません。
そんな怯えの感情を抱えた私に対して、衣さんはゆっくり言葉を返します。
「なんて言うんでしょうか……急にこんなことに巻き込まれて、そんな中でも浮いている先輩を見て、変な勘ぐりとか不安とか、色んな感情がぐちゃぐちゃに混ぜられたのは事実です。でも……」
その言葉はまるで、私に返すと言うよりも自分の気持ちを整理するための独り言のようで、私の方を見ずに紡がれるその言葉は、だからこそ、今彼女が思っている本当の気持ちだということがよく伝わります。
「1番しっくりくる言葉は……納得……そう、納得ですね」
「納得……」
「はい!だって先輩、とっても不思議な感じがしますから!!」
「ふ、不思議な感じ……?」
「はい!!」
なんとも曖昧で、ふわふわした返答に思わず首を傾げる私は、反応に困ってしまって次の言葉に迷ってしまいます。が、そんなこちらの反応を気にしていない衣さんは、柔らかい表情を浮かべながら、ゆっくりと言葉を紡ぎます。
「優しくて暖かくて、でも、どこか現実離れしてるというか、儚いというか……何もしないでいると、そのままどこかに消えていなくなってしまいそうな雰囲気を感じるんです。先輩の制服が真っ白な制服っていうのも、後押ししているかもしれませんね。……というより、まずはそこに疑問を持つべきでした」
「それは……」
衣さんが私に対して感じたそれは、私が幽霊であるという前提条件さえ分かれば、あながち間違ってはいないものです。透明化して消え去ることなんておちゃのこさいさいですし、明日になれば記憶は消えてしまうので、衣さん視点では、気づかないうちにいなくなってしまう存在ということになってしまうでしょう。
核心を突いたその一言に、私はつい言葉を詰まらせてしまいます。
明日になれば、この
「あ、大丈夫ですよ!!先輩!!」
少し落ち込んでしまった私に対して、衣さんは笑顔を浮かべながら、私を励ますように声をあげます。
「たとえ先輩が何者でも、わたしは先輩のこと大切に思っていますから!!それに、人間じゃない存在と友達って、物語の登場人物みたいでちょっとワクワクしちゃってます!!」
「……全く、そうですね〜」
その励ましの内容は、私が落ち込んでいる部分とはちょっとズレたポイントにかけられた言葉。当たり前でしょう。だって彼女は、明日になったら記憶が消えるだなんて思いもしていないのだから。
しかし、それでも屈託のない笑みを浮かべながら言葉をかけてくる衣さんを見てしまうと、なんだか悩んで落ち込んでいるのが馬鹿らしく思えてしまい、気づけば笑みを浮かべていました。
(そうです。忘れられることなんて覚悟の上で関わっているんです。今更怯えるだなんておかしな話ですよね)
覚悟していたことのはずなのに、やっぱり定期的に不安になってしまうのは、私の心が弱いからでしょうか。これから大事なことが控えているのにそんな心持ちではいけません。心の中で気持ちを切り替えて、顔を引き締めた私は、衣さんに笑顔を向けて言葉を渡します。
「もう大丈夫です。さぁ、行きましょう!!」
そんな話をしているうちに、私たちの足は二階から三階へ到達し、飛んでくる本をいなしながら進み続けた結果、ついに目的地まで到達することができました。
「衣さん……!!」
「はい!!任せてください!!」
目的地に着くと同時に私たちの視界に入ってくるのは、空中に浮かんで渦巻く数多の本。
100をゆうに超える本によって作られたその竜巻の中に、間違いなく今回の事件の元凶が存在するということが、竜巻内から溢れる霊力によってよく伝わってきます。しかし、それはあくまで『この竜幕の中から』と言うだけであって、どの本かまでは絞り込むことはできません。この竜巻が私たちを補足した瞬間、その回転速度を上げて、私たちを巻き込もうと攻撃してきているのならなおさらです。
しかし、そこでここまで連れてきた衣さんの出番です。
この図書館の本について全て記憶している衣さんは、今回の事件を起こしているであろう本について心当たりがあります。私一人だと、この攻撃をいなしながら探すという時間のかかる作業をしないといけないところを、彼女がいるだけで事件の核を一瞬で看破することができます。だから、私が衣さんの名前を呼び、信頼して、彼女を守るために防壁を展開していきます。
襲いかかってくる本を抑えるべく、緩衝材を巧みに操って、後ろに控えている衣さんが本を探す時間を一秒でも長く稼ぎます。
(大丈夫……衣さんの知識量なら……!!)
「あ、ありました!!」
衣さんを信じてやるべきことに徹してすぐ。私の期待通りの働きをしてくれた衣さんが、大きな声をあげながら、私の頭の右側を通して腕を伸ばし、目的の本がある方向を指差します。
「今回の現象を起こしているであろう本はあれです!!そのタイトルは……」
その指先に視線を送り、今回の目標を私の視界の中に入れます。
指差された本のタイトルは、『学校史、懇篤地支学校の歴史』。
我が校のこれまでの軌跡が記録された本で、しかもその中でも一番古い本みたいで、よくよく目を凝らしてみてみれば表紙がかなりかすれていて、先ほどのタイトルもかろうじてしか読むことが出来ません。
けど、衣さんに言われて姿を確認できた今ならわかります。
あれに間違いない。
「今からアプローチをかけます!!衣さんは動かないでくださいね!!」
「はい!!頑張ってください!!」
目標を見失わないように視線を固定しながら、私が持ってきていた緩衝材全てを使って衣さんの周りにバリゲートを作り、私は真っすぐ目的の本へ向かいます。
「鬼さんこちら、ですよ~」
本来であれば私に物理的な攻撃が当たることはありません。なんと言っても幽霊ですからね。大体のものは私の体をすり抜けていきます。ですが、今回襲いかかってきている本は、私と同じ霊力を纏っているもの。そのため、これらの攻撃はしっかりと私の核を傷つけてきます。また、先程まで私を守ってくれた緩衝材も全て衣さんに向けているので、防御するという方法も取りづらいです。
(物を操作されるというのは……こういう感じなんですね〜)
普段であれば、緩衝材が私の指示で動いているように、この学校の敷地内にあるものは私に操作権があります。しかし、今回はどうやら向こうの本さんの思いが強いらしく、少なくとも遠隔では私が割って入る隙もありません。なので、この本の嵐とは真正面からぶつかり合う必要があります。
普通ならば、なかなか厄介な状況でしょう。
(ですが、これくらいなら何とかなりそうです)
真正面から飛んでくる本の弾幕。それらを右へ左へゆらゆらと、しかし最小限の動きで避けた私は、そのまま本の竜巻の中心……言わば、台風の目と呼ぶべき場所に移動します。
元凶に1番近いところにして最も安全な場所。それが本来の台風の目の中心というものなのですが、残念ながらこの竜巻は自然災害のそれではなく、数多の本が作り出した偽りの存在。故に実際の竜巻と違って自由に形を崩せますし、むしろ、中に入ってきた私は彼らにとって絶好の的。その事を理解しているあちらさんは、私に向かってどんどん突進してきます。
「先輩!!」
その様子を見て、衣さんから心配の声が上がります。
たしかにパッと見なかなか危ない状況でしょう。ですが、私にとってはこの程度ではまだまだ。
「大丈夫ですよ衣さん。私、これでも伊達に長く生きていませんから〜」
(いえ、実際は死んでいるんですが〜)
なんて冗談を心の中で言いながら空中に浮かび上がった私は、前後左右上下と、至る所から飛んでくる本たちを、ひらひら、ゆらゆらと揺れながら避けていきます。
自分で言うのもなんですが、激しい攻撃を前に緩やかに動いて避けるこの姿は、舞を踊っているようにも見えるかもしれません。現に、この様子を見ている衣さんは、完全に見蕩れているように見えます。
実際のところはまぁまぁギリギリな部分もあるのですが、そんなところは表に出さず、隠し通します。そうすれば衣さんには心配をかけませんし、何よりも相手の視線(本に目はありませんが)を釘付けにできます。
これで衣さんや先生たちの安全が、さらに担保されました。
(その調子です。そのまま、私だけを狙ってください)
これで、皆さんをますます守れるようになります。
(さぁ、自称守護霊らしく、しっかりとお仕事、させてもらいますよ〜!!)