「ゆらゆら〜」
四方八方、ありとあらゆる方向から飛んでくる本をのんびり回避していく私。
まるで舞を踊っているように、そして空中を泳ぐように動いて避けているこの行動。そんなアクロバットな動きが通っているのにはちゃんとした理由があります。
まず避ける場所。
空中に浮かんで避けることによって、私自身の動きを三次元的なものとし、避けるために動ける範囲を広げることによって、相手の攻撃に対する回避率を上げています。こうすれば、地面に足をつけて避けるよりも、動き方のバリエーションを増やすことができますからね。
そしてもうひとつが、領域を広げること。
私の体に内包されている霊力を薄く伸ばし、私を中心にドーム状に広げることによって即席のソナーを作り上げ、この範囲内に入った本を自動で検出することによって、例え視認していなくとも本の位置を把握することが出来るという寸法です。どこかのバトル漫画のアレみたいですね?
とは言ってもそこまで高性能なものではありません。この円の中に入ったもの全てを感知できるのではなく、霊力をしっかりもったものに対して反応ができるかな〜くらいのものです。
霊力自体は全ての人や物に備わってはいるものの、傍から見て感じ取れるほど纏っていたり、操っている人はそうそういませんし、そういう人たちがこの円に入っても私は感知できません。しかし今回は、霊力の塊と言ってもいい存在が相手です。だから、私が作ったものでも簡単に感知ができるというわけですね。
しかもこのドームは私に追従してくれます。1度展開したら動けないということもなく、常に私を中心にして動いてくれるため、わざわざ気を配る必要もありません。常に私を中心に据え、全方位からの霊力を纏った攻撃をしっかりと把握してくれます。
逆に言えば、何も纏っていないものに関しては反応できないため、この本の中に関係の無いものが混じって飛んできたら、それに気づくことなく私は被弾してしまうのですが……流石にこの本にそこまでの知能はない、もしくは、そこまで冷静ではないことを信じたいですね。ここまで色々説明していますが、私自身は別に戦うのは得意ではありませんから。
「っとと……危ないですね」
なんてことを考えながら回避していると、本の1つが直撃コースを飛んできたので、慌ててその本をキャッチ。そのまままるで動物をあやすかのように背表紙を撫でながら、引き続き回避を続けた私は、しばらくしてその本を手放して渦の中に戻し、再び回避を開始。その途中でまた本を2冊ほど受け止め、また撫でて渦に戻して……といった作業を繰り返していきます。
そんな展開が続くこと十分ほど。私がしていることといえば、本の突撃を躱して、たまにキャッチして、背表紙を撫でた後に渦に戻していく。ただそれだけの繰り返し。
傍から見れば防戦一方。
元凶の本はずっとそこにあるのに、そこまでの道が果てしなく遠く、届かない。そんな膠着状態は、近くでじっと見ている衣さんにとっては、とてもではありませんが、見ていられるような状況ではないのでしょう。
「先輩……」
緩衝材に囲まれている故、ほんの少しくぐもった音で響く衣さんの声。それはとても不安そうな色を帯びており、その声色に釣られるように、表情も曇っているのが確認できます。
「っとと、よそ見は良くないですね〜」
衣さんの様子を確認している所を不意を突くように飛んでくる本たち。勿論この子たちも私の探知に引っかかっているので、いくら死角から飛んでこようとも、当たる前に察知することはできます。しかし、意識が少しそれていたということもあり、一冊の本が私の体を掠ったのを感じます。その瞬間に、衣さんの息を飲む声が聞こえたような気がしましたが、流石に短時間で二回も同じミスをする訳にもいかないので、ここはグッとこらえて、掠ってバランスを崩した私に追撃を仕掛けようとしてきた本を何とかキャッチして、またその背表紙を撫でてあげた後に解放します。
「ふぅ……さすがに疲れてきましたね」
幽霊なのに疲労するの?と言われると少し返答に困るのですが、流石に長時間領域を作り上げながら動き回り、そして定期的に本を受け止めては撫でると言う行動を行っていれば、私の中にある不思議な力がどんどん消費されていくる感覚に陥ってしまいます。それによって生まれる虚脱感は、私にとっては疲労という言葉に置き換えても間違いではないでしょう。事実、私の周りに出来上がっている索敵空間の範囲が、現在進行形で小さくなっていくのを感じます。
(もってあと数十分……という所でしょうか。最終下校時刻という観点から見ても、これ以上時間はかけられませんね……)
私の力の維持にも限界が見え始めましたし、そもそもこれ以上遅くなれば、ここに囚われている生徒さんの保護者さんたちが動き出してしまい、大きな問題になりかねません。問題を隠したいという訳ではありませんが、私がしっかりしていれば本当に問題なく済ませられる事柄である以上、こここそが踏ん張りどころです。
「ではでは……ここはひとつ、攻めに行きますかね!!」
タイムリミットが見え始めている以上もう攻めるしかありません。なので、軽く頬を叩いて気合を入れた私は、このパレードの元凶をしっかりと視界の中心に捉えて、一気に距離を詰めていきます。
当然あちらも黙って私の行動を見過ごすわけなんてなく、突っ込んでくる私に対して沢山の本をけしかけてきます。
最初のうちはまだ数が少ないので、しっかり本の動きを見極めて避けることが可能でしたが、3回ほど回避を行ったところでその数が一気に爆増。数の多さにものを言わせて、攻撃回数を増やすことによって、私が回避をした先にも攻撃を置くことが可能となり、私の動きをどんどん制限していきます。その度に私の進軍速度は落ちていき、同時に私の体を掠める攻撃が増加。ともすれば、あと数秒で攻撃を避けきれなくなる未来が見え始めます。
「っ!?」
「先輩!!」
と考えているうちにそのタイムリミットがついに到達。飛行している私の右足に少しぶつかったらしく、私の態勢が少し崩れました。そして、その隙を逃すまいとさらに飛んでくる本たち。その行動はとても素早く、態勢を崩したことに息を飲む私の声と、私の心配をする衣さんの声が響いた時にはもう、私の周りを数多の本たちが囲いこんでいました。
絶体絶命。そんなことを思うよりも早く飛んできた本の弾幕は、一瞬にして私を全方位から一瞬で取り囲み……
「ふぅ……危ないですね〜」
その全てが、私に当たる直前で停止しました。
まさかの光景に、私以外全ての存在が動きを止め、空気が凍ります。が、この状況を唯一最初から分かっていた私は、のんびりとした感想を零しながら一気に加速。本故に完璧に表情や感情をうかがうことはできませんが、雰囲気的に呆気にとられていそうで、動くことの出来ない元凶の本との距離を一瞬でゼロにしていきます。
本たちが私を襲わずに止まった理由。それは、私目掛けて飛んできていた本のほとんどが、1度私に捕まって撫でられたものだから。
今図書館内を飛んでいる本たちは、全て元凶の本を中心に操られています。この効果は強力で、本来私が行えるはずの、『学校敷地内のものなら自由に動かせる』という権能を弾き返してしまうほどです。その理由は、私からのパスが本に届く前に相手に妨害され、繋げられないから。
なら、直接触れて、無理やりパスを繋げればどうでしょうか?
勿論、本は相手の力に包まれているのでそう簡単にジャックはできませんし、たとえ出来たとしても、一瞬相手の動きを妨害できるかどうかと言った所でしょうか。なぜなら、それほどまでにあの本の思念が強いから。
ですが、元凶の本に近づくのに、そんな何秒も時間は必要ありません。これだけ激しく動くことのできる私たちにとって、一瞬でもあれば、十分目的を達成できます。
この一瞬の時間をどうにか捻出する。そのためにさっきまで私は、本を捕まえては撫で、リリースしていたという訳ですね。その結果見事一瞬だけ私の指示が通り、予想通り攻撃が停止。ようやく生まれた時間をちゃんと有効に使うことのできた私は、目の前に浮かんでいるひとつの本をそっと抱きしめます。
「は〜い、捕まえましたよ〜」
そっと、優しく、包み込むように抱きしめられるひとつの本は、私に捕まったと理解すると同時に、なんとしてでもこの拘束から逃れようと、力を放つ準備をします。これによって生まれる斥力で、私を弾こうという考えでしょう。
「ダメですよ〜。大丈夫、落ち着いてくださいね。あなたを取って食べようとしているわけではありませんから……ね?」
その行動を取られる前に、私は今までの本と同じように、捕まえた本の背表紙をそっと撫で、まるで赤ちゃんをあやすかのように優しく触れ合いながら、ゆっくりと私の霊力を流し込みます。
攻撃をするためではなく、荒ぶる思いを落ち着けるために。
「大丈夫……この学校はあなたのことを、嫌いになった訳ではありませんから……」
☆
私はずっとこの学校にいた。
この学校が作られた時から居続けて、何年もの年月を刻み、その度に文字数を増やし、記憶を貯めてきた。
時が流れ、季節が巡り、人が入れ替わり、その度に少しずつ溜まっていく大切な思い出たち。それを記録するのが大好きで、それが積み重ねられることが誇りで、気づけば私の体目一杯に文字が刻み込まれていた。
余白を残すことなく記録しきられたこの体は、いつしかページ数の関係で、これ以上の記憶を残すことはできない状態になった。そのことに関してはとても残念だった。しかし、それはそれとして今度は書かれるものとしてではなく、読まれるものとしてこの図書館に残されることとなった。
決して人気のある本ではなかったとは思う。歴史書なんてそんなものだし、そもそも私がいた場所が、この図書館の三階の奥の方という人目の付きにくい場所だ。借りられる回数だって、年に片手で足りる回数しかない。けど、それでもこの図書館にいた期間はどの本よりも長いし、たまに手に取って貰えた時は、ほぼ全員が私のことを嬉しそうに、楽しそうに読んでくれた。私にとってはそれだけで十分で、それだけで誇らしかった。
これからもずっと、この学校に残って、時たま借りられて、のんびりと過ごしていくのだろう。漠然とだが、そんな感じで自分の未来を想像していた。
しかし、ここに来てその未来が消える話を聞いた。
私を、処分する話が上がっているらしい。
私に記録されているものは新しい本、もしくは電子書籍に記録し直されることによって未来に託され、記録を移動し終えた後の私はもう用済みとなり、処分対象として破棄されてしまう。
この学校が設立された時から蔵書された、この私がだ。
そんなこと、許されていいはずがない。
私がこの学校からいなくなるだなんて、考えられるはずがない。
今までずっとこの学校に存在していたのに、廃棄するだなんて私が許さない。
だから……
絶対に、そんなことなどさせるものか。
意思が、想いが、溢れ出る。
私の最後の悪あがきが始まる。
私と同じように、捨てられることに不満や恐怖を持つ本たちに働きかけ、一緒に暴れてもらおう。これで私を捨てるという間違った感情を捨ててもらうのだ。そのためにも、この図書館で働いているものたちに恐怖を植え付けて、二度とそんな考えを持たないようにしてやる。そうすれば、もう私がここから離れる必要なんて無いはずだ。
ずっとここにいた私を急に裏切り、切り捨てた者たちなど、傷ついて然るべきなのだ。
これこそが完璧な作戦で、正しい考えなのだ。
なのに……
「大丈夫……この学校はあなたのことを、嫌いになった訳ではありませんから……」
なぜ、この言葉はこうも染み込んでしまうのか。
私の想いは強いはずなのに。
「あなたを廃棄するというのは、あなたを裏切る行為ではありません。人間を……信じてあげてください……」
私を優しく抱きしめながらそう呟く彼女の言葉は、とてつもなく暖かく、そして優しかった。