仄めく少女の言霊を   作:犬鼬

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第16話 異変を超えて

「あなたたち!!無事だったのね!!」

 

 図書館3階の隅でひとまずの解決を迎えた私たちは、急いで1階の司書室前へと駆け出していきます。

 

 本来だと、図書館内を走り回るのはあまり褒められたものではありませんが、事件の最中に既に走り回っているし、今は他に人もいないためぶつかる危険もありません。今更ルールを気にしたところで意味なんてないでしょうということで、むしろ待ってくれているみんなを安心させる為にも、1秒でも早く報告するべく足を動かしていました。

 

 そんな私たちを迎えてくれたのが、先程の声の主である佐津間麒麟先生でした。どうやら、真っ暗だった図書館の電気が着いたことによって、事件の解決をなんとなく察していたみたいで、一足先に外に出て周りの安全を確認しながら、私たちを迎える準備をしてくれていたみたいですね。

 

 司書室を守っていた緩衝材のバリゲートも、私が本を落ち着かせるために撫でるのに集中していた時に、衣さんを守っていたものと一緒に力が無くなって解除されていたので、難無く出てこられたという感じですね。

 

「先生!!え、えと……無事解決、しました!!」

 

「お待たせしてすいません。先生の方は何か異常はありませんでしたか?」

 

「こっちは大丈夫。みんな無事だし、電気が着いたことで解決したことが分かったから、今は緊張が抜けてほっとしている所よ」

 

 つい数十分前に別れたはずなのに、起きた事が事なだけに、久しぶりに会った人達のようなテンションで現状を報告し合う私たち。

 

 まず報告を始めたのは先生の方で、どうやら私たちが離れたあとは特に何かが起きることもなく異変を乗り切ったようです。

 

 先生側の対策はドアの外に緩衝材の壁を作っただけだったので、もし司書室の中にある本までもが操られてしまったらどうしようという懸念事項があったのですが、そちらに関しては特に問題はなかったようですね。一安心です。

 

「あなたたちの方こそ、怪我とかはしてない?」

 

「大丈夫ですよ。先生のお願い通り、彼女には一切の怪我を負わせていませんから。問題の本もバッチリ回収済みです」

 

 先生側の報告を受けた私たちは、次にこちら側に起きた事を報告します。

 

 元凶の本をちゃんと捕まえたこと。その際に衣さんへのダメージを許さなかったこと。私から報告できることなんてざっくりとまとめるとこれくらいしかないので、ちゃんと約束を守れているということを主張しながらお伝えします。

 

 先生からすれば、衣さんの帰りを待つ時間はさぞ息苦しかったでしょうからね。

 

「衣さんは勿論、あなたもよ」

 

「え?」

 

 先生を気持ちを少しでも安心させるつもりで、少しだけ自信を強く持って報告をしていたところで、先生からまさかの返答が返ってきます。

 

 先生にとって私という存在は生徒でもないのに学校に潜んでいた不審者であり部外者です。本来はすぐにここから追い出されるべき立場であり、今回信じて貰えた時点で十分すぎるほどの奇跡に近い状態です。そんな人間なんか、事件が解決した時点でさっさとおさらばした方が良いはずなのですが、先生はむしろその逆。事件を解決し終えた私にも、労いと安堵の声をかけてきました。

 

「確かに貴女は私の生徒じゃないし、得体の知れない人物よ。でも、子供の姿をしていて、その上私たちを助けてくれたんだもの。なら、貴女も私が守ってあげなきゃいけない存在よ。だから……本当に無事でよかったわ」

 

「先生……」

 

 何故?なんて言葉を発する前に言葉を続けた麒麟先生の表情はとても穏やかで、心の底から私を含めて心配してくれていたというのがよく伝わります。ともすれば、そのまま私を抱きしめてしまうのではないかという程の慈愛を込めて。

 

(本当に、優しくて良い先生ですね……あの時も、この先生が担任だったら……)

 

 その先生の姿に、つい昔を想起するような言葉を浮かべ、しかしその記憶は霧散します。

 

 私が生きていた頃の記憶の片鱗。

 

 朧気には記憶にあるものの、そのほぼ全てが霞がかったように隠されており、私自身もしっかり憶えている訳ではありません。けど、少なくともこの人がいれば、あのようなことには……

 

(あのようなこと……って、なんのことなんでしょうね……)

 

 その朧気な記憶が浮かび上がっては消えていき、のどに何かが引っ掛かったような、もやもやとした感覚すら失った私は、そこで記憶を思い出すのをやめておきます。

 

 私の過去に関しては確かに気になりますけど、幽霊となった以上時間は無限といっていいほどありますし、少なくとも今は、急いで思い出したいとも思いません。ゆっくり待てばいいでしょう。

 

(それよりも今は……っと!)

 

「あっ……」

 

 思考の渦から浮かび上がって、意識を現実へと戻したところで、頭に伸びてくる何かを感じ取った私は素早く身をひるがえして衣さんのほうへと移動していきます。

 

 ふわりと空中を泳ぐように、そのうえで、決して普通の人間ではありえない動きをもって移動した私を追いかけるのは、私の頭の上に向かって伸ばしてきていた手の主である麒麟先生のものでした。

 

 おそらく、思考に没頭して頭を下げている姿を見て、心配をしてくれたということなのでしょう。その優しさはとてもありがたいのですが、残念ながら今その優しさを享受してしまうと、私の体が実体を持っていないことが露見してしまいます。

 

 その姿をどうも衣さんには見せたくないという気持ちがくすぶってしまい、ほぼ反射的に体を動かした私は、心の中で麒麟先生に謝罪を送りながら、そっと衣さんのそばに着地して声を掛けます。

 

「ご心配ありがとうございます!!その言葉、私としてはとてもうれしいのですが、やっぱり今は衣さんを優先してあげてください。ちょうど衣さんからも言いたいことがあるらしいので~」

 

「え?」

 

「え!?」

 

 自分の気持ちをごまかすように言葉をこぼしたところ、同じ言葉なのに全く意味の違う2つの言葉が返ってきました。

 

 1つ目は麒麟先生から聞こえてくる純粋な疑問の声。

 

 急に伝えたいことがあるといわれ、単純にその内容に興味を示しての言葉でしょう。そこには、私が手を避けたことに対する疑問は全くなく、何とかごまかせたことに対してほっと胸をなでおろします。

 

 そして2つ目は衣さんから上がった驚きの声。

 

 確かに伝えたいことはあるものの、まさかこんな勢いで振られるとは思っていなかったらしく、その表情は声以上に驚きの色に染まっていました。

 

(すいません衣さん。今だけはごまかしであなたを利用していることを許してくださいね)

 

 謝罪の言葉を心の中でこぼしながら、衣さんの背中に隠れるように移動した私は、直接だと触ることができないので、近くにある本を二冊持って、その本を仲介にした状態で背中を押し、衣さんを麒麟先生のほうへ一歩動かします。

 

「わわっ、ちょっと先輩!!」

 

「ほらほら衣さん、ちゃんと言わないとだめですよ?」

 

「うう~……なんだかすごく強引じゃないですか~……?」

 

「そうでもしないと衣さん、なかなか動きそうにありませんから~。それに、早く解決してあげないと、この本がかわいそうですよ?」

 

「うぅ……」

 

 私の言葉に納得はいかないながらも、間違ってはいないということを理解している衣さんは、しぶしぶといった表情を浮かべながらも、しかし腕に抱える本を大切に扱いながら麒麟先生のほうに向かいます。

 

「あの……先生!!その、この本に関してなんですけど━━」

 

「あら、その本は━━」

 

 意を決して声を出す衣さんと、その言葉に真摯に対応する麒麟先生の姿を見て、ひとまずは大丈夫そうだと判断した私は、そのままゆっくりとその場所を離れ、持っていた本を返していきます。

 

「ふぅ……これでひとまず、ですかね」

 

 本を棚の中にしまい込んでほっと一息。その後にそっと視線を上に向ければ、先程まで私たちを襲っていた本たちが綺麗に整列して収まっており、それら全てが私を見つめるかのように……いえ、実際にじっと見つめてきていました。

 

 目こそありませんが、夜が近づき、霊力が高まり始めたこの時間。この図書館全体から感じるそれは、まさしく視線となって私に向けられています。

 

 どうやら異変の影響がまだまだ残っているらしく、ここにいる本たちのほぼすべてがその体に霊力を残しているせいで、もう少し発散させなければならないようです。

 

「ふふ……大丈夫ですよ。皆さんちゃんと発散させてあげますから……ですからせめて、みんなが帰るまで、もう少しだけ我慢してくださいね」

 

「先輩!!」

 

 そうやって本一つ一つに声をかけて力を調節させてあげていると、後ろから元気な声が聞こえてきます。

 

 表情を確認するまでもなく、誰が、どんな笑顔で喋っているのかが手に取るように理解できた私は、そんな声の主に対して微笑みを浮かべながら振り返って言葉を返しました。

 

「その様子だと、上手く話はまとまったみたいですね?」

 

「はい!!この子は無事、家で預かることになりました!!本当に……良かったです……!!」

 

 1つの本を力強く、けど優しく両腕で抱きしめる衣さんは、瞳をほんのりと潤わせながら声を漏らします。

 

 大好きな本を助けると言ったはいいものの、それでも少なくない不安を抱えた状態だったのに、その不安が解消されたことによって緊張していた体から力が抜け、気が抜けてしまったことによる感情なのでしょう。ともすれば、その場に座り込んでしまうんじゃないかと言うほど大きく息を漏らし俯く彼女は、心の底から安心しているという雰囲気を感じます。

 

「本当にお疲れ様です。よく頑張りましたね」

 

「えへへ……これで一件落着です!!……と言っても、図書委員として考えれば、むしろ今からの方が大変そうなんですけどね……」

 

「そこは……頑張れって感じですね〜」

 

「うぅ〜」

 

 かと思えば、今度は頭を抱えてうずくまる衣さん。

 

 明日から図書委員の皆さんは、今回の騒動で移動してしまった本の整理と確認、そして現在衣さんが抱えているような本たちのデータの電子化作業などなど、やることが盛りだくさんな状態になっています。このようになってしまうのもわからなくはありませんね。

 

「でも、嫌なことだけじゃないですよ」

 

 喜んで気を抜いて、頭を抱えたあとは穏やかな顔を浮かべながら立ち上がる衣さん。

 

 文字通り百面相を体現するその動きに若干の苦笑いを浮かべながら衣さんの次の言葉を待っていると、彼女の視線が司書室の方に向けられていたので、それにつられて私も同じ方向に目を向けます。

 

 そこには、異変が無事に終わって安堵の笑みを浮かべ、お互いを元気づけ合う図書委員の皆さんの姿。

 

 誰一人怪我をすることなく、いつもの日常に帰ってきたというのが伝わるその一幕は、見ているだけで『ああ、頑張ってよかったなぁ』という気持ちにさせてくれます。

 

 そんな穏やかな風景を見ながら、衣さんの言葉が続きます。

 

「今回のわたしの行動を見て、わたしに対する印象が変わったみたいで、沢山話しをかけてもらったんです」

 

 私たちの視線に気づいたほかの図書委員たちの皆さんが、こちらに向かって手を振ったり小さくお辞儀を返したりしてくれます。その光景が、今衣さんが告げた言葉の証明をしているみたいで、ついつい頬がゆるみます。

 

「……初めて、こんなに話しました」

 

「え?」

 

 そんな私に飛んできたのは、衣さんの感想。

 

 脈絡なく急に飛んできたその言葉に、つい気の抜けた返事をしてしまいましたが、衣さんは私の言葉を気にすることなく感想の続きを喋ります。

 

「今まで、人見知りを盾にずっと関わらなかったみんなと初めて沢山喋りました。そのおかげでわかったんです……ここにいる人たちは、みんな本が大好きでいい人なんだって……」

 

 ふと視線を移せば、優しい微笑みを浮かべる衣さんの横顔。

 

 その表情に含まれる感情は、嬉しさと楽しさ、そしてほんのちょっぴりの後悔。

 

「……もっと、早く話をかければよかったなぁ」

 

「まだ、遅くないでしょう?」

 

「……ふふ、そうですね!これから沢山話そうと思います!!」

 

 その後悔を解すような言葉を掛けてあげれば、衣さんは後悔の色を全て消しながら、さらに嬉しそうな言葉を返してくれました。これでこの先、衣さんは楽しく過ごすことができるでしょう。あまりこういうのは良くないのかもしれませんが、彼女の未来が明るくなったという意味では、今回の事件はいいキッカケになってくれました。

 

(終わりよければすべてよし……ですね〜)

 

 あとは皆さんが安全にお家に帰るだけ。となればもう私にできることはありません。ここで皆さんをゆっくりと見送るだけです。

 

 そう思っていたから、でしょうか。私に関して、1番大事なことを忘れていたのは。

 

「だから先輩も、これから沢山お喋りしましょうね!!」

 

「……」

 

 純粋な衣さんのふいうちの言葉に、思わず動きを止めてしまったのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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