仄めく少女の言霊を   作:犬鼬

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3人目の記憶
第18話 一途に悩む花


「よし、これでここは大丈夫ですね〜」

 

 入学式を終え、新入生たちもだんだん学校に慣れ始めて、より活気が溢れ始めてきた4月も30日を超えて5月へと突入し始めた今日この頃。今日も今日とて私は活動をしており、たった今倉庫内の荷物を綺麗に整頓し終え、達成感とともに外へと足を運んでいるところでした。

 

 外へ出て周りを見てみれば、そこは4月とは様変わりした風があり、皆さんの門出を祝うように咲いていた桜はその花弁を散らしきり、ピンク色から青々とした緑色へとその顔を変え、夏へ向けた準備をはじめているかのように見受けられます。

 

 温度もほんのり上がっており、暑いとまではいかないでも、ぽかぽかとの中間くらいまでには上昇した過ごしやすい期間となっています。ただ、あまりにも過ごしやすすぎて、ゴールデンウィーク明けの休み疲れも相まって五月病を起こし、居眠りや気だるさを抱えてしまっている人も少なくはありませんが。

 

 え?あなたはその辺大丈夫なのか、ですか?安心してください。幽霊には休みなんてありませんから……と言うと、変な誤解を与えてしまいそうですね。正確には働くという概念も休むという概念もないので、その辺を感じることがないです。ほら、俗に言う、学校も試験も何にもないというやつですね。

 

 そんな少し中弛みを起こしてしまいそうな時期ではありますが、勿論学校側も何も対策をしていない訳ではありません。今月末の方には今期初の中間試験が待ってしますし、何よりも大きいのは部活という存在でしょう。

 

 中学生、高校生という体力溢れる活発な生徒たちの、行動の矛先を部活という明確なものに固定することで、皆さんのやる気を維持させつつ、余った体力を間違った方向に発散させないように自然と誘導する導火線の役割を果たしています。だからこそ、ほぼ全ての学校で部活に入ることを義務化しているみたいですね。

 

 当然わが校でも部活というものは活発に活動しています。倉庫内の片付けを終えた私がひとたび外に出れば、その活発度合いというのは、元気に響き渡る生徒たちの声という形で私の鼓膜を震わせてきました。

 

「そういえば、テスト前に試合があるところもありましたね」

 

 テスト前一週間になればテスト期間というものに入り、ほぼ全ての部活が一時的に休憩期間に入りますが、今回はその休憩期間の前にひとつ大きな大会を控えている部活が1部存在します。この大会は、6~7月辺りに行われる、3年生の引退試合……いわゆる総体と呼ばれるものですね。ここに向けた最終調整の試合という側面も強いため、気合を入れている人はかなり多かったりします。テスト期間前とはいえ、1番最初のテスト故に範囲が狭く、まだ勉強に余裕があると言うのも、大会にのめり込むことのできる理由の一つでしょう。

 

 1年生という新しい風を取り入れたことで、何かしらの変化という刺激を受け、盛り上がっているその様は、見ているだけで微笑ましさが溢れ、ついつい集中して見てしまいます。

 

「まだまだ行くぞ〜!!」

 

『はい!!』

 

 先生の大きな声に返事をする元気な声。

 

 のんびりと外を見ていた時に聞こえてきたその声の方に目を向ければ、そこにはテニスコートにてラケットを構え、先生の出すボールに対してダッシュで追いつき、腰をしっかり回してショットを放ち、コートの対角線に速球を返していくソフトテニス部の皆さんの姿。

 

 先生は、買い物かごの中にたんまりとボールが入ったものと一緒にネット際にたってボールを出し、それに対して3年、2年、1年の順に並んだ生徒が順番に打ち返しているという状況で、部員のおよそ半数がこの列に並び、残り半数がボール拾いに行っているあたり、現在はいわゆる後衛と呼ばれるかたが練習をし、前衛と呼ばれる方がボール拾い中なのでしょう。

 

 ソフトテニスという競技は、基本的にペアで戦う競技で、コートの後ろ側でラリーを続ける役割を担う方を後衛、ネット際でラケットを構え、飛んできたボールをボレーで弾く役割を担う方を前衛と呼びます。

 

 この2つのポジションは、それぞれで立ち回りが大きく変わるので同じ練習メニューになることはあまりありません。だからこういう形になっているという訳ですね。

 

 マンモス校な上に、コートもまだ余っているのに少し効率が悪いのでは?と思うかもしれませんが、前衛側はボール拾いだけでなく、自身のペアがどのような動きをしているのかしっかりと観察し、後の休憩時間でどう思ったのか、どんなクセがついているのかを話し合う時間を設けられているため、そこに向けた準備もしている状態です。

 

 練習のために動いていない時間さえも糧とするために。

 

(いやはや、なかなかどうしてストイックですねぇ……おや?)

 

 そんなソフトテニス部の練習風景を眺めていると、ふと頭頂部に違和感を感じます。その違和感に意識を向けてみれば、そこにはひょこひょこと動き出す私の自慢のあほげさん。

 

 くいくいと、まるで指さすように動き出した私の髪の毛は、たくさんの人が集まって練習しているソフトテニス部員の中の一人を示していました。

 

(次のお相手はあの人ですか~)

 

 示されたのは、後衛の人の練習をじっと見つめて真剣な表情を浮かべる一人の男子部員。

 

 その瞳はとても真っ直ぐで、おそらくパートナーであろう方の一挙手一投足を絶対に見逃さないようにしてやるという気迫を強く感じます。とてもやる気に満ち溢れていますね。

 

(一見、とても真面目に部活に取り組んでいる好青年……ですが、私のセンサーが反応している以上、困っているのは確定です。さて、今回はどんな悩みでしょうかね〜。まずはいつも通り、観察から初めて行きましょう〜)

 

 今日も今日とて、私は悩める大切な後輩のために、一歩足を踏み出します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

「ほい、お疲れさん」

 

「あ、ありがと、それとお疲れ様。今日もいい動きだったよ、香木(こうき)

 

凪茶(なぎさ)もな。相変わらずの初動の速さだったぞ」

 

「ははは、ありがと」

 

 日が傾き、あたりが黄昏によってオレンジ色に染まったテニスコートを眺めながら、ボク、花山(はなやま)凪茶(なぎさ)は、パートナーである麝島(じゃしま)香木(こうき)とお互いに労いの言葉を掛け合いながら水分補給を行っていた。

 

 香木から貰ったスポーツ飲料水の冷たさに気持ちよさを感じながら喉を潤わしていき、ほっと息をひとつ。

 

 既にコート整備も終わり、他の部員も部室に戻って着替えをはじめているため、目の前のコートに人は誰もいない。

 

 さっきまであれほど騒がしかったというのに、数分しか経っていない現在とのあまりにもな落差に、ほんのちょっぴり怖さを感じながらも、その怖さも今日の練習の内容のせいで気分が落ち込んでいるからこう思っているだけだとあっさり払い除け、ペットボトルの蓋をそっと締める。

 

「はぁ……」

 

 そして零れる大きなため息。

 

「いつになく大きなため息だな。そんなに落ち込むほどお前の動きは悪くないと思うが……」

 

「そうかな……?ま、色々あるんだよ。ボクも」

 

 慰めるように声をかけてくれる相棒に、嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちを混ぜ合わせた感情を持って返すボク。せっかく心配してくれているというのに、想像以上に冷たく返してしまったというのに気づいてまた自己嫌悪。

 

(こんな調子で大丈夫なのかな……)

 

 高校二年生活が始まったばかり。だけど、あと2ヶ月もすれば総体が始まり、そこが終わってしまえばいよいよ部活の主役はボクたちだ。

 

 そんな大事な場面が近づいてきているのに、ボクの気持ちはこの夕日とは真逆の空模様。

 

「はぁ……」

 

 未来を考えると自然と出てきてしまった二度目のため息。

 

 無意識のうちに出たそれは、今度は香木の耳に届くことなく空へと溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花山(はなやま)凪茶(なぎさ)さん……ですか。なるほどなるほど……」

 

 日は沈み、人の気配も警備員さんのそれ以外がなくなり、完全な静寂……では無いですね、私のような人ならざるものたちが活発に動き出し、別の意味で騒がしくなり始めた校舎の中のひとつの教室の中で、私は今日見つけた悩みを抱える後輩のデータを整理していました。

 

「花山凪茶さん。クラスは二年A組でソフトテニス部に在籍しており、部内でも実力はかなりあるほうで、先生からの期待もかなり受けている生徒の一人。学力も決して悪くなく、こと成績面では不自由をしているようには見えませんね〜。まぁ、だからといって油断はできませんが〜」

 

 彼の学校での成績を振り返ってみれば、悪いところなんて特に見当たりません。むしろ、全体的に見れば恵まれている方と言って差し支えないでしょう。が、これはあくまでも客観的視点であり、本人の気持ちが尊重されていません。もし凪茶さんが上昇志向の強い方だったり、強いこだわりがある方なら、ここで満足することはないでしょう。そこに悩みがある可能性も捨てきれません。とは言え、優先順位は下げざるをませんけどね。

 

 なぜなら、そこよりも気になることがあるから。

 

「しかし、どうしても成績面よりも目立っちゃうところがありますよね」

 

 そう言いながら懐から取り出すのは、凪茶さんが写っている一枚の写真。

 

 盗撮じゃありませんよ?職員室にて管理されている、生徒の写真集の中から一枚拝借しているだけです。……これはこれで別の罪状がつきそうですが……ほら、私はなんて言ったって幽霊ですから。ね?

 

 と、そんなくだらないことは置いておいて、改めて写真に視線を落とし、今回の悩み人の姿を確認します。

 

 鮮やかな茶髪に卵形のまん丸小顔。黒目の大きなタレ目に小さなお鼻に長く綺麗なまつ毛さんと、本当に外で運動しているのかと疑ってしまうほどに真っ白で綺麗なお肌。一言で言えば『華奢』であり、服装によっては女の子にしか見えない……というか、現状だけでも十分女の子を名乗れるくらいに綺麗な容姿を撮影したこの写真は、人によってはこれだけでお金を払ってでも欲しいと願うほどの芸術となっていました。

 

「これで男の子っていうんですから……世の中不思議なものですよね〜」

 

 その芸術を見て思うことはまさしくさっき呟いた通り。先の思考でも言った通り、『十分女の子を名乗れる』という感想が出ることから、彼が男性だということはよくわかると思います。なのにこの容姿なのですから、一部の人からの嫉妬はとても強そうですよね。

 

 写真では身長までは分かりませんが、今日見た感じ、他の方よりも明らかに低く見えました。他の人との対比で見てみても、恐らく160もないくらいです。……本当に男性なのか、どんどん不安になっていきますよね。

 

 とまぁ、こんな感じでかなり尖ったステータスをしている彼なのですが、それ故に、明らかにその辺に悩みの種がありそう過ぎて、疑わざるを得ない、と言った感じですね。

 

「かと言って、見た目によるいじめがここに来て出てくるとも、安直には言えませんし……」

 

 確かに彼自身はなかなか珍しい見た目をしており、その姿は言い方を悪くすれば周りから浮いています。が、見た目から来るいじめというものは、小学生を超えた辺りから個性というものを学ぶ人間にとっては減少傾向にあるものです。

 

 自分や周りと違うものを本能で排他してしまう子供の頃と違って、他者と違うそれを個性と捉えることができるようになった青年である現在は、むしろ彼のような見た目は支持を受ける側のそれでしょう。ともすれば、影では彼のファンクラブなんてものが出来上がっていてもおかしくはありません。そういう意味では、見た目によるいじめという線もあまり無さそうには感じます。

 

「最も、そのある意味恵まれている見た目から、変な人や嫉妬を招く可能性が高くはなっていますけど……」

 

 ひとつの理不尽が消えても、もうひとつの理不尽が顔を出してくる難しい問題。こればかりはどうしようもできません。

 

「って、何もこれが悩みと確定した訳ではありませんでしたね。あまりこれに囚われると大事な悩みの根幹を見逃す可能性もあります。警戒はしておいても、見すぎないようにしないとですね」

 

 ここまであれこれ考えましたけど、今日の考察は今日だけで手に入れた断片的な情報をひとまずまとめたもので予想したにすぎません。これから先、彼の事をもっと見ていくうちに、深いところまで知ることになるでしょう。その時に今回の考察はほとんど崩れるはずです。そんな時に慌てなくてもいいように、柔軟な思考を持っておく必要があります。

 

 人の悩みというのは、それだけ繊細だから。

 

「さ、明日からも頑張って動きましょう!!」

 

 久しぶりの大型案件。

 

 ミスをしないように、けど気負いすぎることもないように、私は自分を鼓舞するように声を上げながら、視線を明日へと向けました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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