仄めく少女の言霊を   作:犬鼬

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第1話 迷子を導く1つの手

 厳しい寒さを乗り越えて、少しずつ暖かくなっていく空気。

 

 春のぽかぽかとした、ついついまどろみを誘ってしまうような心地いいこの季節。

 

 ふと周りを見れば桜が咲き誇り、道を鮮やかなピンク色に染めていくその光景は誰が見ても美しく、思わず見惚れてしまうことでしょう。

 

 春一番も吹き終わったこの時期。控えめとなった風たちは、桜の花弁を少しずつ散らしていき、花吹雪と桜色の絨毯を作り上げていきます。出会いと別れを象徴とするこの季節において、そのステージはどちらかと言うと、新たな出会いの幕開けを予感とさせる、そんな景色にも見えます。

 

 それは特に学校という青春の場所ではより顕著に見えることでしょう。

 

 現に、今まさに入学式という初々しく、華々しい、新たな1歩を踏み出すこととなる大切な式が始まるここ、私立懇篤地支学校(こんとくちしがっこう)では、この学び舎に新しく通うこととなる新入生を歓迎するかのごとく、桜色のカーペットと花吹雪か一面を覆っていました。

 

 誰もが心を踊らせて、期待に胸を膨らませて、不安と期待を綯い交ぜにしたような笑顔を浮かべて式に望もうと教室にて待機し、同じように今日から新入生となるクラスメイトと、初対面ゆえに遠慮しがちでありながらも、緊張をほぐすための雑談に小さな花を咲かせていきます。

 

 そんな微笑ましい空間が満ち溢れる中、全くもってそんな余裕を持つことなんて出来ていそうにない少女が1人。

 

「うぅ、体育館どこ〜……」

 

 それは今年から高校一年生としてこの学校に入学した少女。

 

 まだ片手すら埋まらない回数しかこの学校に来たことの無い彼女にとって、この地域は勿論のこと、世界的に見てもかなり大きい方と言われるこの学校はまさに迷宮。彼女自身も方向音痴と言うこともあってか、誰もいない廊下は彼女にとっては何よりも攻略が難しいダンジョンとなっていることでしょう。

 

 ……なんて、まさに他人事のようにいいながら軽く現実逃避をしているのは、先程言った通り、今日からこの学校の生徒となる新入生。そんな私の名前は鈴音(すずね)(らん)

 

 先程も言った通り、私は今日からこの学校の生徒として入学して、なんなら中学入試試験を首席で通ったということで新入生代表挨拶まで任されているというとても大事で、名誉あるお仕事をいただいた立場の人です。が……

 

「校舎が広すぎるよ〜……せめて教室の位置さえ分かったら……」

 

 なんて愚痴を零しながら階段を登ったり降りたり、見かけた渡り廊下を渡ったと思ったら次の角を曲がったりと、とにかく足を動かしてみるものの、一向に目的地に着くことが無さそうで、どんどん心に焦りが積もっていきます。

 

 せっかく挨拶を任せていただいた立場なのに、その初日に迷子になって入学式に間に合いませんでしたとなったら笑い事では済まされない。

 

「うぅ、こんなことならカオちゃんに着いてきてもらったら良かった……」

 

 緊張から少しお花を摘みに行く際、カオちゃんから『大丈夫なの?』と聞かれた時、『もう高校生なんだよ?だから大丈夫!!』と答えてここまで来ましたが……どうやらそれが間違いみたいで、私の方向音痴はこの歳になっても健在みたいです。

 

 ただ弁明させていただきたいのは、この校舎は本当に広いということ。その原因として、まず1つが、この学校が小中高一貫校だということが挙げられます。

 

 高校と中学、そして小学までもが合体しているため、単純に学校としての広さは普通のそれよりも3倍になっています。

 

 小学、中学からではなく高校からここに来ることになった私にとっては、それは地獄のような宣告だ。

 

 ……なのに1人で大丈夫と言った私はおかしい?……反論がございません。

 

 そして2つ目。それは、ここが田舎……とまでは行きませんが、少なくとも都会ではないことによって大きく余ることとなった土地を使って建てられたと言うこと。

 

 余った土地にたくさんの設備を詰め込んだ結果、図書館並みの図書室に立派な部活棟。果てはシアターにジムと、とにかく設備が整いに整っています。人によっては夢のような空間ですね。本当に小学、中学、高校生が使っていい設備なのか怖いくらいです。これならちょっとお金をかけた大学と言われた方がまだ納得できるレベルですね。

 

 おかげで完璧に迷子ですこのやろー。

 

「うぅ……って時間!!本当にまずいかも……」

 

 心の中で愚痴を零しながら歩いていると、ふと今いる所からのぞき込める教室の中に掛かっている時計を確認すれば、入学式開始まであと15分の所まで迫っています。

 

 人によっては、15分あれば十分間に合う時間かもしれませんが、甘く見ないで欲しいのは、私が重度の方向音痴であること。15分では足りません!!

 

「せめて、先輩でも先生でもいいから誰か人が見つかれば……」

 

 入学式までかなり迫っている現状、ここまで来てしまうとほとんどの生徒が体育館に移動を終えているはずなので、私の願いは届きません。周囲をいくら見回しても、そこにはシンとした空間が広がるのみ。

 

 せっかくの晴れ舞台。そこに参加出来ないだけではなく、迷惑をかけてしまいかねない最悪の状況。

 

「もう……ダメかも……」

 

 なんて、諦めがどんどん心を侵食してきました。その時……

 

「どうかしましたか?」

 

「……え?」

 

 突如私に鼓膜を叩く優しい声。

 

 さっきまで誰もいなかったはずの廊下に現れた人影。

 

 声が下後ろの方向に慌ててふりかえってみれば、そこには1人の女の子が立っていました。

 

 淡い紫色の髪と桜色の瞳、そして頭頂部で跳ねているあほ毛が特徴的で、髪の長さはセミロングくらい。顔は小顔で、少しタレ目がちな姿が幼さと優しさをこれでもかというほど伝えてきます。また、身長も低めで、あまり高くないと自覚している私(151cm)よりもさらに低い姿は、先程述べた顔も相まって保護欲をそそられます。

 

 ここまで話した内容だけを見れば、私の目の前にいる人は、ただただ可愛らしい女の子の一言で済みます。が、そんな私に待ったをかけるもうひとつの要素。

 

 それは、今の彼女の服装。

 

 学校にいる私たちは、当たり前ですけど制服を着ています。この学校指定である、紺色のブレザータイプに青を基調として、白のラインが入ったチェック模様のスカートを着こなしている訳ですが、目の前の女の子は、スカートこそ同じではあるものの、上に来ているのは純白のブレザーと言う改造服仕様。その姿は、淡い髪色と合わさってどこか浮いているように見え、若干現実離れしたような印象を受けます。

 

 当然、こんなインパクトの強い人を見れば一発で記憶に残るはず。しかし、少なくとも私は、今日この学校に来てからこの人を見た覚えはありませんし、変わった人がいるという噂を聞いたこともありません。

 

(もしかしたら上級生の人なのかな……?でも、だからって制服を変えていいのかな……?)

 

「あの~……大丈夫ですか?」

 

「え!?あ、はい!!大丈夫……です?」

 

「……ふふふ、なんで疑問符なんですか?」

 

 なんてことを考えていたら、突如私の身を案ずる言葉を投げられたので、慌てて否定の言葉を口にします。けど、現状どう考えても大丈夫ではないことを思い出した私は、元気よく返事しながらも、そんな焦りが含まれた疑問形の言葉になってしまいました。それが面白かったのか、目の前の人は可笑しそうに笑います。

 

 あほ毛をピコピコ動かしながら小さく微笑むように笑う姿はどこか神秘的で、ともすれば、何かのきっかけで消えてしまそうなほど儚くて……

 

「可愛くて……綺麗……」

 

「え?」

 

「……え?」

 

 無意識のうちにそんなことを口走ってしまいます。

 

「え、えと……その……ありがとうございます……?」

 

 無意識ゆえに、本心だと捉えられる私の言葉を聞いた彼女は、恥ずかしそうにモジモジしながらお礼を返してきました。その姿がまた可愛らしく、ついつい抱きしめたい衝動にかられてしまいます。

 

「本当に可愛い……」

 

「あぅ……も、もう!!なにか困り事があるんですよね?早く解決しましょう!!」

 

「え……あ、そうだった!!早く行かないと!!入学式始まっちゃう!?」

 

 あまりの可愛さに軽くトリップしていると、彼女から今の状況を改めて認識させられ、慌てて教室内の時計を確認。するとそこには、さっきから5分ほど針が進んだ時計がありました。

 

 つまり、入学式まであと10分しかないということ。

 

「い、急がないと……でも道が……」

 

「なるほど、迷子ちゃんだったんですね」

 

 いよいよもってピンチな状況にあたふたしていると、目の前の子がぽんと手を叩きながら、私に背中を見せ、言葉をこぼします。

 

「では体育館まで道案内しますね。私についてきてください」

 

「え、いいんですか!?」

 

「勿論です。さぁ、行きましょう!」

 

 その内容は体育館への道案内を請け負うというもの。今の私にとっては天恵のようなその言葉を前に、喜んで飛びつきます。

 

 私の返事を受けて、嬉しそうに頷いた彼女は、そのまま私を先導しながらどんどん進んでいきます。

 

 小さく、しかし頼もしい背中を追いかけながら、私はお礼の言葉を口にします。

 

「あの!ありがとうございます!えっと……」

 

 と、ここまで口にして、『そういえばまだ彼女の名前を知らない』と思った私は、つい言葉を詰まらせてしまいます。が、その詰まらせを聞いた彼女はすぐに私のことを理解し、求めていた答えを口にしてくれました。

 

「そういえば、お互い自己紹介してませんね。私は幽花(かそばな)彩姫(あやめ)と言います」

 

「私は鈴音(すずね)(らん)です!!」

 

「蘭さんですね。よろしくお願いします」

 

「はい!!彩姫ちゃんも、よろしくです!!……って、馴れ馴れしく呼んじゃいましたけど、もしかして上級生です……か?」

 

「そうですね〜……少なくとも、新入生ではないですね〜」

 

「あ!?ご、ごめんなさい!!」

 

「ふふ、気にしなくてもいいですよ〜。呼びやすい呼び方で大丈夫です〜」

 

「で、では彩姫先輩で!!」

 

「先輩……ふふ、いつ聞いてもいい響きですね〜……」

 

「あ、彩姫先輩……?」

 

 移動しながらほんわかとした会話を交わしていく私たち。

 

 急がなくてはいけない状況のはずなのに、彼女……彩姫先輩と話していると、どんどん心が落ち着いて、気づけば楽しい気持ちになりながら足を動かしていました。

 

「なるほど、蘭さんは首席入学なんですね。凄いじゃないですか」

 

「えへへ、それほどでも〜……でも、入学式に迷子で遅刻って、ちょっとどうかなと思うんですけどね……」

 

「大丈夫です。私がちゃんと送ってあげますから!」

 

「先輩〜!!頼りにしてます!!」

 

 私の言葉にえっへんと胸を張りながらどんどん歩いていく先輩と、楽しくお話をしながら歩くこと数分。まるで迷路かと思っていた校舎をいつの間にか抜けており、気づけば私たちは体育館の入口前まで来ていました。

 

「さぁ、着きましたよ〜」

 

「ありがとうございます!!……にしても、いつ見ても大きいですよね〜……」

 

 余っている土地を使ったことと、たくさんの部活がちゃんと活動できるようにと願われたことによって建てられた、いち学校にしては贅沢なくらいに大きく立派な体育館。

 

 始めてみる訳ではありませんが、これだけ立派な体育館はなかなか見ることが出来ないので思わず見上げてしまいます。これが小学生用と中学生用に同じものが存在しているのですから、ますますそのスケールの大きさに圧倒されてしまいます。

 

「っと、いけないけない。早く入って席につかないと……」

 

 が、忘れてはいけないのが、あと少しで入学式という大きなイベントが始まってしまうということ。特に、新入生代表挨拶を任されている以上、今もヒヤヒヤしているであろう先生を安心させる為にも早く指定されたいちに移動するべきです。

 

 そう思った私は、すぐに体育館の中に入ろうとして、その前に、ここまで案内してくれた恩人にお礼を言おうと身体の向きを変えます。

 

「彩姫先輩!!道案内ありがとうござい……あれ?」

 

 しかし、そんな私の目の前には既に先輩の姿はなく、気づけば私一人になっていました。

 

「先輩……どこに行ったんだろう……?って、先輩もここの学生なんだから、先にいっちゃったってことだよね」

 

 急に居なくなった先輩が気になった私ですが、よくよく考えれば先輩もここの在校生ならば、私と同じように早く席につかないといけない身。時間ももうあと僅かしか無いので、私もすぐに移動を始めます。

 

「せめてちゃんとお礼を言いたかったなぁ……まぁでも、ここの先輩なら、すぐに会えるよね!!」

 

 気持ちを切り替えて、私は自分の席へと歩いていく。

 

 胸の中に宿る、どこかとても懐かしい気持ちと、後ろから微かに聞こえてくる、『頑張ってくださいね』という声を聞き流しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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