『はぁっ!!』
『フッ!!』
『たぁっ!!』
『シッ!!』
「……頑張ってますねぇ」
ラケットがボールを叩く心地よい音を聴きながら、早朝から熱心に練習をしている2人の部員を眺める私は、小さなことでも見逃さないようにしっかりと観察を進めていきます。……と言っても、そんなに目を凝らさなくても簡単に見ることはできるのですが。
「本当に、とても張り切っていますね」
朝早くに集まったばかりということで、まずはウォームアップがてらの軽い乱打……所謂ラリーを行う凪茶さんと、そのペアと思われる
たくさんの部員がいる中でも埋もれることなくその存在感を放つ理由としては、やはりウォームアップと言うには明らかに動きが過剰なところでしょうか。
全部で4コートあり、それぞれのコートのクロス、そして逆クロスに1ペアずつ入って行われるこのウォームアップの乱打は、軽いボールを撃ち合って、ラリーを続けることを目的とした動きであるため、そんなに激しい動きになることはありません。せいぜいがロブとまで言わないながらも、山なりにゆっくりとしたボールを返し合うぐらいです。
ですが、件の凪茶さんと、そのペアである香木さんの乱打はウォームアップの域を超えているように感じます。
『はっ!!』
『ッ!!』
それはお互いの口から盛れる掛け声からもよく伝わってきます。
先も言ったようにこの乱打はあくまでウォームアップであり、こういう言い方をすれば語弊があるかもしれませんが、そんなに気合いを込めて行うものではありません。ですが、当の本人たちは、この乱打にも声を上げ、速度もかなり高いショットを撃ち合っています。
かといって、別に無理をしているという雰囲気も受けず、感じるのは純粋な熱意。
ただただ、この部活の時間に沢山注ぎ込まれた意志。
そんな2人だけが発していた小さな熱は、徐々に周りに伝播していき……
『おし、俺たちもギアあげるか!!』
『後輩がこんなに頑張ってるのに、俺たちが頑張らない理由はないよな!!』
『俺たちも続こう!!』
『だな。このまま置いてられっか!!』
『凄い……じゃあ僕達も追いかけよう!!』
『うん、頑張ろう!!』
まずは三年生から、そして二年生、一年生と伝播していくその熱は、やがて部員全体を包み込み、全員の練習に対する熱意が1段階引き上げられます。
「これは……凄いですね……」
おそらく二人にはそんな目的は一切ない。ただ純粋に、自分の実力を引き上げるために一生懸命練習に打ち込んでいるだけで、ウォームアップひとつに対してだって全力で取り組んでいるだけ。なのに、そんな彼らの動きが自然と周りに影響を与えて、部活内の空気を一気に塗り替えてしまった。
今この場において、中心人物となっているのは間違いなくあの二人だった。
「部内での立場も悪くなさそうですね〜」
周りに影響を与えることができるほど認められており、乱打しか見ていませんがそれ相応の実力も兼ね備えている。この部分を見れば、周りから虐められているどころか、むしろ認められており、なんなら3年生が退部したあとは、凪茶さんか香木さんのどちらかが部長を担うのではないかというほどの空気すら感じます。
「今のところ、悩みを感じる様な場面はひとつも無いですね……」
立場もよく、腕前も申し分なく、何よりも傍から見れば充実しているようにすら見える、そんな部活の一幕。ですが、やはり私のお悩みセンサーは決してぶれることなく彼に対して反応を続けており、彼がなにかに悩んでいるというのが感じ取れます。
「もしかしたら部活ではないところなのかもしれませんね〜」
まだまだ情報が完璧というわけではありませんが、現状の手札だともっと別のところに悩みがありそうという感想を抱いてしまいます。が、部活が全くの無関係とはどうしても言い難い理由もしっかりあります。
「とは言え、私が悩みをキャッチしたのは部活の時間なんですよね〜……」
それは、私が彼を認識した時間が部活中だったということ。
私のお悩みセンサーは、その悩みの色が表面に出れば出るほど強く反応します。そんな特徴のあるこの子が、今まで反応しなかったこの悩みに反応を示したということは、やっぱり部活中の何かが原因で起きてしまったというのが自然であり、理屈であります。となれば、やはり絞るべきは部活に関する何かという訳で。
「これはもっと観察しないと行けませんね……幸い今週末は他校との練習試合でしたよね。そしてその次の週に大会がひとつ……出来ればこの大会前には決着をつけておきたいですよね……可能ならば練習試合の時ですかね」
この期間を超えてしまえばすぐに中間試験がやってきて、そこをすぎればもう総体は目の前。そこまでに悩みを解決しなければ、何となく彼の悩みが取り返しのつかないところまで行ってしまう気がします。そうでなくても、悩みはできる限り早く解決するに限るので、個人的目標は来週末までに設定しておくべきでしょう。
なにより、悩みを抱えている人は彼だけではありませんからね。この期間中に彼と同じような大型の悩みを抱える人が現れる可能性もあります。そうなるとこれまた対処が難しくなってしまいうので、そうなる前に何とかしておきたいです。
こうしてみると、納期に追われる会社員みたいですね。いえ、私自身働いた経験はないので、完全に想像のお話なんですけど。
『おし、じゃあ朝練はこんなところにしておくぞ〜』
『はい!!』
なんてくだらないことを考えていますと、いつの間にかかなりの時間が経っていたみたいで、朝の練習メニューを終えて、皆さんが着替えに行くところでした。
朝はどうしても時間が短いので、出来てもウォームアッププラス練習項目ひとつくらい。あまり詰め込んでも、この後の勉強に支障が出てきてしまうため、とりあえず今はここまでというところでしょう。
「とりあえずはまだ収穫はなし……ですね。ま、本番は今日の放課後からですね」
元々朝のうちに情報を得られるだなんて期待はしていなかったので、悲観する必要はありません。私事の期日こそありますが、それでもまだ焦る様な段階でもないので、まずはこの辺で1回離れましょう。さっきから頭のセンサーがピコピコ小さく動いているため、彼のような大きな悩みはないですが、小さな悩みを抱えている方が沢山いるみたいなので、今はそんな皆さんに手を差し伸べていきましょう。
「さぁて、今日も今日とて、頑張っていきましょ〜!!しばらくは忙しくなりますよ〜!!」
両手を上げ、元気よく声を上げながら、私は校舎の壁の中に吸い込まれるように歩いていきます。
最後までコートを見つめ、皆さんよりも1歩遅れて更衣室に向かおうとしている凪茶さんに背を向けて。
☆
「……はぁ」
「最近多いな。そんなに溜息ばっかりはいていると幸せが逃げちまうぞ?」
「わかってるよ……けど、ね……」
「気にする必要なないと思うが……お前が求めている言葉はこれじゃないってことだよな」
「さすが香木、よくお分かりで」
朝練を終えて着替え、教室にやってきたボクたちは、自分の席について朝礼の時間を待ちながら駄弁っていた。
窓の外を見れば綺麗な日差しが差し込んできており、夏が近づいてきていることもあってほんの少し暑さを乗せた風がボクの頬と髪をサッと撫でて通り抜けていくこの感じは、物凄く爽やかさを感じる心地いい空間となっていた。
まだまだ時間は朝だけど、こんな天気のいい日は草原で寝転がって昼寝なんてしたらさぞ気持ちいいんだろうなぁ、だなんてついつい考えてしまうほど晴れやかな外の天気。けど、今のボクはそんな外の状態とは真逆のどんよりとした状態になっていた。
そんな落ち込んでいるボクに対して、元気づけるような声を掛けてくれるのは、ボクの1番の友人である
太陽の光をも吸収してしまうんじゃないかってくらい真っ黒な髪にスッとした目と鼻をしたクール系イケメン。全体的にスタイリッシュで、身長も160に届かないボクなんかと違って180を超えており、人によっては日本人離れしたという印象を受けかねない。現に何回かハーフですか?なんて質問を受けたこともあるんだとか。本人は純日本人なので、その質問には当然否定を入れてはいるんだけど。ちなみに、当たり前のように女性にモテる。本人の性格も比較的穏やかだし、これでモテなかったら嘘だ。
そんな、ボクとは真逆の見た目をした頼もしい友人にこうやって励まされるという、ここ最近の日課みたいなことになりつつあるやり取り。
香木の気持ちや言いたいことは凄く分かるし、いい加減どうにかした方がいいと言うのも分かっている。けど、どうしても上手くいかない。
そして1度嫌なモードに入ってしまえば、被害妄想だとわかっていても、周りからの反応すらもマイナスなものへと勝手に変換されてしまう。
絶対に自分のことを言っていないはずなのに、他の人のひそひそ話がどうしても自分へ向けられているものじゃないかだなんて想像してしまい……
「……はぁ」
そんな事をしている自分にまた自己嫌悪。結果、視線を外に向けているうちに、また溜息をひとつ零した。
この天気のようにボクの心が晴れる兆しは、一切見えてこなかった。
☆
「う〜ん……中々見つからないですね〜……それに、思ったよりも重傷っぽいですね……」
時刻は進んで昼休み。
一通り凪茶さんの行動を見続けた結果を私の中で軽くまとめてみたのですが、それが言葉となって無意識に漏れ出ました。
進捗はご覧の通り。
凪茶さん自身は悩む姿を隠そうともしておらず、見かける度に溜息を零しながら外を見ている姿を見受けられるので、何かしらに悩んでいるのは一目瞭然です。が、いつ見てもその奥の言葉を言うことはなく、当初の『ちょっと観察していれば、少なくともきっかけくらいはわかるだろう』という甘い考えは完全に崩れ去ってしまいました。
いつも一緒にいる香木さんも、悩みの内容は既に理解しているけど、その上でかける言葉を悩んでいるようで、彼の口からも具体的な内容が告げられることはありません。
「これはもっと外に目を向けて、第三者の声を聞くべきなのでしょうか?」
視点を広げてみての調査。本人たちを見ても分からないのであれば、その外側から見ていくというのは新たな視点からの情報が手に入るのでなかなか有意義なものになりそうです。が、どうも私の勘ではそれも違いそうで。
「どう見ても周りから彼らの悪評というのは聞かないんですよねぇ……」
今もチラチラ彼らを見る視線はあるものの、それは可愛い凪茶さんとかっこいい香木さんを目の保養にしようとしている女子生徒たちの視線ばかりで、特に悩むようなものには見えません。……いえ、凪茶さんが可愛く見られることに抵抗がある人なら話は別ですけど……でもその場合はもっと早く悩みとして私がキャッチしそうなんですよね。
「となると、まだ悩みが目に見える状態で見ることができていない……ということでしょうか?ではどこでなら確認できるのでしょう……?」
候補となるとやはり部活。そしてそんな部活において私がまだ見ることができていない部分。
「……練習試合、ですかね?」
次の私の目標が、決まった瞬間でした。
☆
「はっ!!」
「フッ!!」
今日の授業カリキュラムを終えて迎えた放課後。
今日も今日とて部活動に勤しむボクたちは、今日の練習メニューである部内練習試合を行っていた。
対戦相手はボクと香木と同じ2年生のペアで、同学年内での実力の話をするのであれば、ボクたちが一番手で相手が二番手……つまり、1位と2位の対決というわけだ。
2年の中でいちばん強いペア同士の対決と言うだけあって、練習の範囲と言えどもそれなりのレベルの試合が行われている。
今も、後衛である香木と相手のペアの気合いの入ったラリーが続いており、そこに割り込むべく、ボクと相手の前衛が構えを見せるものの、なかなかその隙を見せてくれない。大きな長方形であるコートの右上と左下の対角線を結ぶように行われるそのラリーは、ボクたち前衛がギリギリ届かない位置で行われている。
「フッ!!」
「っ!?」
紛うことなき互角の打ち合い。しかし、互角になって有利なのはこちらで、香木の恵まれた体格から放たれる強烈なショットは、少しずつ相手を追い詰めていき徐々に相手が力負けしていく。このまま行けばそう遠くないうちに香木が打ち勝つ。
となれば、当然相手は点を取られる前にその状況から逃げるわけで。
「らぁっ!!」
「させない!!」
クロスの打ち合いから逃げるようにストレート……つまりボクが立っている場所へとボールをぶつけるかのように強烈なショットを打ってきた。
前衛としてネット際にたっている故、ボールは一瞬でボクの目の前に接近。その速さに、大体の人はびっくりして目を瞑るだろう。けど、もうテニス歴も5年目に突入し、且つ反射神経に自信があるボクは、これを正確にボレーして相手に返し、点を取っていく。
「ナイス凪茶!!」
「香木こそ!!」
いつも通りのボクたちの勝ちパターン。
今日はとても調子がいい。
(この調子でボクの悩みも手打ち砕く……!!)
ボクのラケットを握る手に、力が込められる。
今日こそは、何も言わせないようにするために。
☆
「成程、それがあなたの悩みなんですね」