仄めく少女の言霊を   作:犬鼬

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第20話 25cmの傷

 ラケットがボールを弾く心地いい音が鳴り響く中行われる白熱した試合内容は、ゲームカウント2-1で、4ゲーム目のカウントも2-0と、凪茶さんと香木さんのペアが強くリードしている状態です。今行われている試合は、3ゲームマッチみたいなので、簡単に言ってしまえばあと2点取れば凪茶さんたちの勝利が決まります。

 

 ポイントだけ見れば物凄くリードをしていますし、ここまで見学している身としても、この試合はこのまま凪茶さんたちが勝つのだろうという予想が着きます。名目上は2年生の1番手vs2番手と言う、3年生が引退した後を担う次世代のトップを決める試合とも思えるカードですが、それでも明確な差が目で分かるほど圧倒しているように見えます。

 

 だからでしょうか、どうしても目立ってしまう部分が見えてしまうのは。

 

「うらぁっ!!」

 

 相手の後衛選手が、気合いを込めてはなった打球は、凪茶さんの左上を通過するルートを通ろうとしていました。

 

 気合いを込めて打っているだけにその打球はかなり速く、とても鋭い一打となっています。けど、前衛としてネット際で構え、かかとを常に少しだけ浮かせることで、左右へのステップを素早くできるように構えていた凪茶さんは、本人の反射神経の良さも相まって、ボールが打ち出された瞬間にバッチリ反応して、ラケットを握っている腕を目一杯ボールの方に伸ばし、相手の球を返す壁として立ち塞がろうとします。

 

 スピードもタイミングも完璧な一手。

 

 あと数秒もすれば心地いい音と共にボールは弾かれ、相手のコートに逆戻りするだろう。誰もがそんな光景を予測しました。

 

 しかし、そんな誰もが見たはずの光景は、凪茶さんのラケットが急停止してしまうことで霧散していきます。

 

「ぐっ……」

 

 何もかもが完璧なはずだったそのインターセプトは、成功することなく凪茶さんのラケットの先端をギリギリ掠らない場所を通過。そのまま凪茶さん側のコートにバウンドしていき、相手に点が入る結果となります。

 

「っし!!」

 

「ドンマイ凪茶!!」

 

 点が入ったと同時に上がるのは、相手の後衛選手の喜ぶ声と、先程の一幕について励ましの言葉を送る香木さんの声。

 

 立場は180°違えど、ポジティブな感情を乗せたお互いの声はそこそこの声量を持って広がっていきます。そしてその声は周りでこの練習試合を見学してた他の部員の一部も聞いており、声が聞こえた後に、練習試合している方たちに聞こえるかどうかと言った声量で話をはじめます。

 

「やっぱりこういう展開になるよな……今日はこれで4度目か?」

 

「だね。……惜しいよなぁ」

 

「本当だったらもっと圧倒するだろうに……」

 

「運がないよなぁ」

 

 その会話の内容は、テニスコートで聴こえるものとは真反対のネガティブな発言。ですが、それは先程ミスをした凪茶さんを責めるものではなく、同情するかのような言葉ばかり。これは、凪茶さんの実力の高さをしっかりと理解しているからこそ出る発言であり……同時に、どうしようもない壁を前に、落胆している声でもありました。

 

「……っ」

 

「大丈夫だ凪茶。動いきは悪くないからこのまま頑張るぞ」

 

「……すぅ……はぁ……うん、そうだね。ありがと、もう大丈夫だよ!」

 

 一方で、そんな言葉を投げられている中心人物である凪茶さんは、自身が取ることの出来なかったボールを見送って悔しそうな表情をひとつ。ともすれば、怒りの感情すら抱いているように見えるその姿は、すぐに声をかけに来た香木さんによってあっという間に解消。深呼吸を終えた凪茶さんの表情には、さっきまでの不機嫌さや悔しさは全くなく、試合に対する集中の色のみが表に出てきていました。

 

「メンタルコントロールも、ペアの仲も完璧……本当にいいペアなんですね〜」

 

 テニスという競技は、スポーツ界隈の中でも特に精神面の影響を受けやすいものになっています。

 

 自身の気持ちに少しでも無気力や怒りといった感情が混じっただけで、ボールのコントロール力は大きくぶれてしまい、プレーに支障が色濃く出てきてしまいます。この辺りの持ち直しはプロの方でも難しいと聞きますし、まだまだ学生である彼らにとっては、さらに大きな壁となって立ちはだかる問題です。が、先程も見てもらった通り、凪茶さんがメンタル面を崩そうとしていたところにすかさず香木さんがフォローに入ることによって、メンタル面の支えもしっかり行い、受けた凪茶さん本人も、落ち着いて深呼吸することによって見事回復。おかげで次のプレーは全く崩れることなく完遂することができ、カウントも2-1から3-1へと進め、マッチポイントへ。そのまま特に番狂わせなどもなく4-1となって試合は終了。凪茶さんと香木さんのペアがしっかり勝利を収めました。

 

 誰が見ても問題ない勝利。大体の人はそう結論付けるであろう見事なゲームメイク。ですが、ここにいる人のほぼ全員が、強弱はともかくとして、何かしらの視線をとある人物に向けます。

 

 その対象は勿論凪茶さん。

 

「いえ、正確には凪茶さんと香木さんの2人……もっといえば、2()()()()でしょうか」

 

 視線を辿れば自ずと行き着く2人の姿。

 

 試合の反省でもしているのか、勝利に喜びを示しながらも、真面目な表情を浮かべたまま話し合う姿は、片方はイケメンでもう片方は美少年ということもあり、とても絵になる構図になっています。実際、彼らが目的で見学に来る人達も何人か存在しており、そこが目的の人達は幸せそうな表情を浮かべていますが、それは全体の視線の大体1割くらいでしょうか。

 

 では残りの9割はどこを見ているのか。

 

 その答えは、2人の頭頂部。つまり、その身長差。

 

 157cmの凪茶さんと、182cmの香木さん。その身長差は25cm。

 

 ここまで凸凹コンビという言葉を体現しているペアもそうそういませんが、重要なのは2人のポジション。

 

 さっきの試合を見ていただいたらわかる通り、このペアのポジションは、凪茶さんが前衛で、香木さんが後衛です。

 

 そう、()()()()()()()なんです。

 

 スポーツというのは大なり小なり体格差の影響というものを受けます。代表的なものでいえばボクシングや柔道でしょうか。あちらは体重で階級が分けられているほどですしね。

 

 球技で絞るのであれば、バレーやバスケが該当しそうですね。あちらは身長の高さがそのまま大きな武器へと変化していきます。

 

 そんな、おおよそが生まれた時点で決められている部分によって有利不利が決まってしまう少し理不尽な要素ですが、ではテニスではどこに現れるのか。

 

 答えは前衛のカバー範囲。

 

 後ろに立つ後衛は、飛んでくるボールをしっかり返すために、すぐにボールに追いつく足の速さと、狙ったところにちゃんと送るコントロール力を求められますが、他のスポーツに比べたら比較的まだ身体的な差はマシな部類です。勿論、背が高い方が一歩が大きいので相対的に足も速くなりやすいですし、惰力も強くなる傾向にあるので、パワーに差は生まれますが、まだ何とかなると思います。

 

 ただ、問題はネット際に立って相手のボールを弾く前衛の方。

 

 飛んできたボールに対して反射神経ゲームのように手を伸ばして素早く弾くという行動は、本人の身長の高さ、及び、腕の長さがそのままカバー範囲に変わります。

 

 背が高ければ沢山守れ、低ければそれだけで守れる範囲が狭まります。

 

 そして先程も言った通り、凪茶さんの身長は160にも満たない小柄さで、香木さんは180を超える高身長。

 

 お互いのポジションが逆ならば綺麗なペアになったはずなのに、中学一年生の頃からこの形で組んで練習を続けてここまで来た故に、今更ポジションの変更もできずにこうなってしまっている、ということなのでしょう。どうやら香木さんの身長が急激に伸びたのが中学生になってからというのも原因の一つみたいですね。話を聞く限り、組み始めた当初はここまで身長差が凄かった訳ではなく、だからこそそこまで真剣に考えていなかったのだとか。まぁこの辺りは結果論でしかないですからね。

 

 とにかく、そういう理由があるせいで2人のポジションは、見た目だけの話をすれば適正とは真逆の場所にいることになりますし、なのに互いの場所を入れ替えるにはもう遅すぎるというどうしようもない状況になっています。

 

 身長に影響を受けにくく、元々本人の運動神経もとてもいい香木さんはともかく、反射神経一本でくらいついている状態である凪茶さんにはどうしても限度があります。

 

 その限界にぶつかっているのが今の状態。

 

 身長さえもう少しあれば。

 

 たったそれだけの、しかしどうやっても変えようのない大きな原因。

 

 それが現在凪茶さんを襲っている視線の正体で、同時に凪茶さんが悩んでいる理由。

 

「これはなかなか困りましたねぇ……」

 

 悩みの根幹は何とか理解できました。しかし、解決となると一気に難易度が跳ね上がります。当然でしょう。身長を伸ばすだなんて、一朝一夕でできるようなものではありませんから。

 

 もしかしたらまだ成長期が来ていないだけで、ここから伸びる可能性だってゼロではありませんが、正直高校二年生になって伸びないのであれば希望は薄いですし、何よりも解決にかかる時間が長すぎます。

 

 今の凪茶さんが求めているのは、そんな時間がかかり、且つ不確定要素の多いものではありません。

 

「もっと短く……且つ確実に悩みを解決できる方法……」

 

 言葉にしてわかる無理難題さ。けど、皆さんの悩みを解決する私にとって、それは諦める理由にはなりません。

 

「何とかして解決策を導き出してみましょう。そのためにも……もっと観察ですね」

 

 ようやく一歩前進したと思ったら、その壁を前にゴールが遠のく感じがしました。しかし、その事実を受け止めながらも、私のやる気は逆に燃え上がります。

 

「今までの、何も分からないところから前に進んだのは間違いないですからね!!」

 

 悩みが分かれば、解決策はいつか見つかる。今までだって、そうしてきたから。

 

「さぁ、私に助けられる覚悟をしておいてくださいね〜!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……はぁ……」

 

 伸びをしながら、体に溜まった疲れを呼吸と共に吐き出す。

 

 少しだけ恥ずかしい声が出た気がするけど、今は周りに誰もいないから特に気にする必要も無い。

 

「……」

 

 5月も中旬を迎え、昼の長さもかなり伸びたこの頃だけど、それでも周りが暗くなり始める時間帯。

 

 部活も終わりの時間を迎え、最終下校時刻も見え始めるくらいになれば、さすがの5月といえども、ほんのり肌寒さを感じるような気がする。ボクの目の前に広がるコートに誰も人がいないのも、肌寒さを助長している原因だろう。学校の設備が整っているため、ライトアップ機能があり、そのおかげで見えないということはないけど、それでもさっきまで騒がしかったコートのことを思えば、誰一人いないというのは寂しさと冷たさを感じる。

 

 その冷たさが、先程の自分の動きを責めているような気がした。

 

「……もうちょっと、なんだけどなぁ」

 

 誰もいないコートの中を歩き、ネット際まで進んだボクは、そこからラケットを持った右腕を目一杯右に伸ばしてみる。

 

 けど、全然リーチがない。

 

 自陣の左側サービスエリアの真ん中に立って腕を伸ばしているけど、センターラインが全然遠い。

 

 今自分がいる前衛の基本位置から考たら、センターラインの位置はおよそ1m強位の長さだから、腕をのばしただけで届く人はそんなにいる訳では無い。けど、それくらいの距離なら、大体の人が1歩の踏み込みで到達できる位置だ。

 

 けど、ボクはその距離でさえ、2歩進まなければ届かない。

 

 幸い反射神経には自信があるから、そのおかげで何とか間に合わせている場面は少なくは無い。けど、やっぱり届かないという場面も結構あって。

 

「今日のボクたちのペアの失点、3割くらいがボクのせいだったもんね」

 

 実際、ボクの身長があと少し伸びていたら、この失点もなかった。そう考えるとどうしても悔しい気持ちが出てくるし、こうやって身長のせいにしている現状にだって、自分に言い訳しているような気がして嫌になる。

 

 そして何より、その度に周りがボクたちを見て、小声で呟いているのがすごく嫌だ。

 

「はぁ……本当に、どうすれば……」

 

 ……パシ。

 

「……え?」

 

 今日の部活風景を思い出してまたため息をこぼしてしまったボクは、そのまま頭の中で反省会を行おうとしていた。けど、そんなボクの思考に待ったをかけるように音が鳴った。

 

 その音の正体は、ネットを挟んで反対側に転がっているボール。

 

 どうやらこのボールがネット上部の、白いラインに当たったことによってなった音らしい。が、部活が終わって片付けもした今、この音が鳴るのはおかしい。

 

「一体誰が……っ!?」

 

 こんなことをしたのは誰か。その犯人を見つけるべく、視線をあげたボクの目に入ったのは、目の前にまで迫ったソフトテニスボール。

 

「っぶない!!……え!?」

 

 顔面に当たるコースで現れたそれを、何とかボレーで返したボクは、このボールを出したものに文句を言おうと視線を向ける。

 

 が、その先を見た上で、ボクは再び驚きの声をあげる。

 

 なぜならそこには……

 

「う、浮いてる……!?」

 

 誰にも握られていないラケットとボールが、ふわふわと宙に浮いていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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