仄めく少女の言霊を   作:犬鼬

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第21話 ポルターガイストテニス

「な、なにこれ……どういうこと!?」

 

 目の前にふわふわと浮かび出すラケットとボール。

 

 もしかしたら誰かのイタズラかもしれない。上から誰かが吊るしている。プロジェクターで投影しているだけ。なんか知らないドローンで凄いことをしている。

 

 そんな色んな可能性を思いかべながら、この怪奇現象の原因がどこかにないかとあっちこっちへ視線を動かすけど、そのどこにも答えは見つからず、やっぱり行き着く先は、目の前のラケットとボールが宙に浮いているとかいうふざけた答えだけ。

 

「ほ、本当に浮いてる……の?」

 

 その答えさえ全く信じられないボクは、か細い声でつぶやくことしか出来ない。

 

『……!!』

 

「わわっ!?」

 

 そんなボクへの返答としてラケットたちが行ったのは球出し。

 

 ぱこんという小気味のいい音とともに放たれたボールは、綺麗な放物線を描いてボクの方へと突っ込んできた。

 

 またもや急に飛んできたボールは、たとえ2回目だとしても、未だに脳が処理しきれていない状態のせいで完璧に反応することはできなかった。が、幸い球速がそこまで強いものではなかったため返球自体は難なく完了。こちらに飛んできたボールは、壁にぶつかったかのように反射され、宙に浮いたままのラケットの方に真っ直ぐ帰っていくことになる。

 

「……!!」

 

 返球を受けた側であるラケットは、ボクのボレーを見て一瞬ピクリと反応を見せた後に、再び後ろに引くような動作を見せる。

 

 その様を見て、またボールが飛んでくることを悟ったボクは、さすがに3度目はちゃんと返そうと集中して構えを取る。すると、丁寧でゆっくりとしたボールがボクの方に上げられたので、これを確認した後に踏み込んだボクは勢いよくボレー。気持ちの良い快音を響かせながら、3度目にしてようやく納得のいくボレーを行うことができた。

 

「よし!」

 

 ここしばらくなかった、正しく自分の中の理想のボレー。

 

 球出しが簡単だからできて当たり前の返球だけど、それでも最近落ち込み続きだったボクにとっては、こんな小さなことでも気分転換になってくれた。

 

 そんなボクの気分転換を察してくれたのか、宙に浮くラケットも嬉しそうに身体を震わせ、またボール出しをしてくれた。

 

 気持ちよくボレーができるように出された、試合では見ることのほとんどない甘いコースの球。それを再びボレーして、この一連の動きを前にラケットがまた喜んで。

 

「なんか……すごくシュールだなぁ……」

 

 中学1年生の頃からずっと頑張っているソフトテニスだけど、まさか幽霊(?)とテニスをすることになるとは露ほども思わなかった。

 

「ふふ、そういえばあの頃は無邪気だったね」

 

 と同時に思い出すのは、ボクが中学生になったばかりで、初めてソフトテニスという競技に触れた時の事。

 

 ラケットを振ってもボールにちゃんと当たらないことなんてざらで、当たってもホームランでも狙っているのかと思うくらい高く飛んでいく変な打球。かと思えば、流れる風に負けて自陣に戻ってきてしまうとかいう、試合にすらならない下手くそ具合。

 

「この浮いているラケットの動きを見ると、まるで当時の下手くそな自分みたいでちょっと面白いかも」

 

 あの頃は、今と比べて全然上手くなんて無くって、けどただがむしゃらにボールを追いかけて打つのがとても楽しかった。

 

 それは、今となっては壁にぶち当たって、伸び悩んで……

 

「いつの間に、この楽しいって気持ち忘れたんだろうなぁ……」

 

 もはや純粋に楽しむ気持ちを忘れてしまった僕には、今ののんびりと楽しそうに浮かんでいるラケットが、眩しく見えて仕方がない。

 

「ふふ、下手なうちが一番楽しいのかもね。その気持ち、忘れちゃだめだよ?」

 

「?……!!」

 

 過去を偲んだボクの言葉を聞いたラケットは、体を震わせて何かを伝えてきた。

 

「どうしたんだろう?」

 

 何かを伝えようとしているのだろうけど、残念ながらボクにこの動きを翻訳する術は持ち合わせていない。さっきのように喜んでいるようには見えないから、また別のことを伝えに来てはいるのだろうけど、そのことを思考するよりも先に、ラケットの付近に戻って行ったボールが自分から回転しだしたのを確認したボクは、またボールが飛んでくるのだろうと考えてラケットを構える。

 

「コート整備をまたしなきゃいけないのはちょっと面倒だけど……うん、もう少しだけ付き合おうかな」

 

 そんな独り言を零しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「下手って!!今下手って言いました!?」

 

 遠くの方から頑張ってラケットとボールを操って球出しをしていた私は、凪茶さんから出た厳しい言葉にえも言われぬ感情に襲われていました。

 

 テニスの練習をしている人の動きをしっかりと観察して、何度か練習してようやくまともに機能するようになったこの遠隔テニスに、おおよそ凪茶さんの口から出るとは思えなかった厳しい言葉は、ちょっと予想していなかったものでした。

 

「とは言え、言われるのはそんなにおかしなことではないですよね……」

 

 相手は学校の中でも上澄みの強さで教師からの期待も強く、対する私は知識はあれど経験はほとんどない、いわゆるエアプというもの。こう改めて球速を見てみればそれは一目瞭然で、とてもでは無いけど凪茶さんレベルの人間が満足の行くものではありません。

 

「なんだか凪茶さんの心持ち自体は軽くなっているようには見えますけど……どちらかと言うと気分転換が出来ているだけで、問題が根本から解決しているわけではないんですよねぇ……」

 

 少しだけ柔らかい表情を浮かべる凪茶さんですが、私の頭のあほげさんは未だに強く反応をしたまま。とはいえ、こうなるであろうことなんて最初から分かっていたことではあるので、このことはすぐさま頭から追い出して次のことを考えます。

 

「う〜ん、私では練習相手にはならないですよね〜……って、あれ?」

 

 と、ここまで考えて私の中にとある考えが出てきます。

 

「もしかして、わざわざラケットで打つ必要ってありません?」

 

 よくよく考えれば、私は物質を操ることができます。勿論何でもかんでも自由に操れるほど万能ではありませんが、学校の備品なら大体のものは自由自在です。なら、わざわざラケットでボールを打つという手間を入れる必要なんてなく、野球のピッチングマシーンのようにボールだけを射出してしまえば全く問題ないはずです。

 

「よし!!そうと決まれば早速……」

 

 イメージするのは、透明な筒の中から勢いよく発射される、所謂花火のようなもの。

 

 力を貯めて一気に解き放つことで推進力を得て、勢いよく飛んでいく姿。

 

 そんな私の想像を固めようとするため、その場で留まりながら自転をはじめます。どんどんその回転速度を速めるボールは、その速度の速さから、近くにいるだけで回転音が聞こえてきそうなほどまでに速度を蓄えていきました。

 

「このくらいなら……十分ですかね?」

 

 回転するボールを見て何かを察した凪茶さんも、ラケットを構えてボレーの準備。先程までのゆっくりしたものではなく、速球が飛んでくると本能で理解した彼は、今までの穏やかな表情から一変し、集中しきった凛々しいものへと変化します。

 

「こうしてみると圧を感じますね……そんなあなたに満足いただけるように、最高速の球を……!!」

 

 いよいよ準備が整った私は、右腕を軽く持ち上げて構え完了。その状態から右腕をゆっくり振り下ろしながら一言。

 

FIRE(発射)

 

 ただボールを打ち出すだけなのに、なんだか空気感に当てられた私の口からこぼれた、重火器を発射する時の掛け声と共に、溜めに溜めた力を一気に解放したボールが、空気を叩く快音を響かせながら一気にコートを駆け抜けます。

 

 その速度はとてつもないもになっており、見たことこそありませんが、もし世界で活躍するようなプロプレイヤーが本気でスマッシュを打ったらこんな感じなのかもしれないと思うほどの豪速球となっていました。

 

「え?」

 

 当然、いきなりこんな豪速球を出されても反応なんてできるはずもなく、想像よりも何倍もの速さで飛んできたボールは、顔の前で構えていたラケットの右側をかするようにして通過。そのままエンドラインを割って突き進み、コートの周りを囲む金網の網目の穴に突入。そのままシュルシュルと回転音と摩擦時に起きる煙を立ち登らせながら数秒ほど回り続ていました。

 

 その回転が終わり、地面にぽとりと落ちたボールは、自身が轟速で飛んでいた証拠を、金網への焦げ目という形で残してピタッと停止。その一幕に呆気にとられていた私と凪茶さんは、数秒ほど固まった後にようやく状況を理解し、声をこぼします。

 

「ひっ!?」

 

「あっ」

 

 凪茶さんから漏れたのは小さな悲鳴。そして私から盛れたのはやってしまったという後悔の声。

 

「や、やっぱり危ない幽霊だった!?も、もしかして……下手くそって言ったのが良くなかった……?ご、ごめんなさい〜!!」

 

「あ、ち、違うんです!!待ってください〜!!」

 

 気づけば凪茶さんは涙目を浮かべながら猛ダッシュ。ドップラー効果に乗っ取って、徐々に小さく、低くなりながら離れていく凪茶さんの謝罪の言葉に、思わず待ったの声をかけてしまう私。ですが、よくよく考えたらここで私が追いかけたところで、関われる時間はそんなになく、そして日付が変わったら私の記憶が消えてしまう以上、今関わったところで意味があまり感じられません。むしろ今はこのまま帰すことによって、今起きた体験を覚えてもらうことで、『あの時はすいません』というきっかけの言葉を使いやすくなっています。

 

 もしかしたら凪茶さんの心にちょっと傷を残したかもしれませんし、そのことに思うことはたくさんありますが、今は未来を見据えてぐっと我慢しましょう。それよりも、今は自分の動きの反省をするべきです。

 

「ボールだけの操作による発射……威力に関して見直すのはもちろんなんですけど、そもそも私の考えを伝えるにはやっぱりラケットじゃないとダメでしたね……本末転倒もいいところです……」

 

 実は今回の凪茶さんへの球出し、ともすれば凪茶さんの悩みの根幹を解決できる可能性を秘めた策ではあるんですよね。それも、私という忘れ去られる存在を表に出すことなく解決出来るかもしれないという完璧な作戦です。

 

 はい、以上の文面からわかる通り、凪茶さんの悩みに関する解決というのは、今日の放課後の練習をじっと観察することで発見することができました。今日の私が行った、緩い球出しでもその癖が確認できたので、おそらくこの手で間違いないはずです。

 

 ですが、問題はその解決案を伝える方法です。

 

 いくら癖を発見できたとして、そこを突くことの出来る実力がそもそも足りないので、いくら球出ししても凪茶さんの練習になりません。なので、ボールだけによる発射を行ったのですが……これだと私が思いついた案には実は一切掠っていないという問題を抱えていたんですよね。だからこそのさっきの発言なのですが。

 

「もどかしいですね……解決案はあるのに、ちゃんと伝えようと何かをすればどこかが零れる……」

 

 さっさと顔を付き合わせて、言葉で伝えるというのももちろんアリなのですが、素人の意見をどこまで聞いてくれるのかということと、私のアドバイスは実際に経験者を相手に経験しないと伝わりづらいという問題を孕んでいるんですよね。

 

 しかし、経験者を用意するとなれば、私の存在を説明する時間がさらに必要となり、その場合は放課後の練習終わりだけという短い時間では到底足りません。

 

 時間を取ることができ、且つ練習相手になるであろう強敵とも戦える日。

 

「……となると、今週末しか無さそうですよねぇ」

 

 ここまで条件を並べられて、私の頭の中に浮かんだのは今週末に行われる他校との練習試合。

 

 ここならば、休日行われるだけあって時間は沢山ありますし、私の伝えたい内容を実践できる相手にも困りません。

 

 さらに欲を言えば、私が何かを伝える前に、自分で気づく可能性だってあるかもしれません。

 

「それまでは、じっくり待つとしましょうかね〜。何も出来ないのは少しじれじれしますが、準備期間ということで頑張って割り切りましょう」

 

 落ちていく夕陽と、広がっていく夜の境に立った私は、先を見据えて1人、静かに気合いを入れ直すのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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