仄めく少女の言霊を   作:犬鼬

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第24話 兆し

「凪茶!!」

 

「……え?」

 

「ナイズボレーだ!!なんだよ、あんな神妙な顔して言い出すから、割とフォロー祭りを覚悟してたのに、いきなりいい動きするじゃないか!!」

 

「あ、うん……自分でもビックリするくらい自然に動けた……」

 

 今までで1番と言ってもいいほどの綺麗さと鋭さで決まったボレーに対して、本当に自分が行ったのかと疑ってしまうほどで、そのせいで若干放心状態になってしまっていたボクは、香木の言葉で心を取り戻し、ハッとしながら近寄ってきていた彼に言葉を返す。

 

 戸惑ったまま返事をしながら彼の顔を見れば、そこにはとても嬉しそうな笑顔を向けながら喋ってくれている姿。どうやらボクの動きが格段に良くなったのを見て、悩みの解決の兆しを感じてくれたらしく、その事をボク以上に喜んでくれているらしい。

 

 未だ実感の湧いていない本人よりも喜んでいるあたり、本当に心配してくれていたんだと言うのがいやでも伝わってくる。そのことに少なくない罪悪感とそれ以上に大きい恥ずかしさを感じたボクは、そっと視線を逸らした。

 

「はは、まぁひとまずは安心したよ。その調子で頼むな」

 

 その視線逸らしから、大凡のボクの感情を読み取った香木は、ボクの肩を軽く叩き、優しい微笑みを浮かべながらセリフをこぼした後に、再びエンドラインへと歩いていった。

 

(……こういう時、付き合いが長いのって隠し事ができなさすぎてちょっと不便だよね)

 

 香木の嬉しそうな背中を見送ったボクは、先程の感覚を忘れないように集中し、恥ずかしさを振り払かのように首を振った後に、次に香木のサーブを受けることとなる相手の前衛の姿を視界に収める。

 

 相手の表情は少し固く、その様子から先程のボクのボレーが深く記憶に刻まれているのだろうということが読み取れた。

 

 そのせいで動きが悪くなるのならリターンも弱くなりがちだし、さっきの悪いイメージのせいでいきなり前衛に向かって無理やりボールを打ってくる、いわゆる『抜く』という行為はまずしてこないはずだ。そういう意味では、カチコチになっている相手に対して、ボクはさっきのボレーのこともあって体はかなりリラックスしており、コンディションとしてはかなりいい状態になっていた。

 

(凄い……今までと全然ちがう……!!)

 

 体が軽く、悩みが解決しそうというプラスの感情がボクの心を盛り上げてくれる。その結果、今までの焦りから来るプレッシャーから解き放たれつつあるボクの体は、自分が思う以上に軽やかに動いてくれる。

 

 今なら、きっともっと動ける。

 

 そんなことを考えていると同時に、空気を破裂させたかのような快音が響き、気づけば剛速球がボクの右隣を通り抜け、相手の前衛前のサービスエリアに突き刺さる。

 

 どうやら香木の方も絶好調らしい。その証拠に、1番香木のサーブを見てきたボクから見ても、今のサーブは歴代で1番と言ってもいい出来で、隣を通った時に頬に当たった風はかなり鋭く、強く感じた。

 

 強烈なサーブは相手からしても凶悪で、反応こそなんとなんとか間に合って、ラケットを当てることには成功していたものの、当てるので精一杯だったその一打は打ち損じのような形となり、ボクの頭上にふわりと浮き上がるように出された。

 

「っ!!」

 

 こんな絶好球をもちろん逃すはずもなく、ラケットを肩に担ぐように構えたボクは、素早くボールの落下地点に侵入。タイミングをピタリと合わせて勢いよく振り下ろした右腕は、さっきのサーブまでとは言わないけど、そこにも負けないくらいの快音を放ちながらボールを相手のコートへとたたき落とし、そのままコート後ろのワイヤーネットに突き刺さる。

 

「ナイススマッシュ!!」

 

「香木もナイスサーブ!!」

 

 景気のいい2ポイント連取。そのことにテンションがどんどん上がっていくボクと香木は、お互いを褒めながら右手を上げ、さらにボルテージをあげるべくハイタッチ。

 

(この試合……負ける気がしない!!)

 

 悩みからの脱出の兆しが見られた今、ボクたちを止められるものは何も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ、絶好調ですね〜」

 

 高校校舎の屋上の縁。

 

 本来なら生徒が誰も入ることの出来ない場所、屋上に入り込んで座っている私は、眼下で行われている一方的な試合を前に、微笑みを浮かべながら眺めていました。

 

「そうですよね。だって、ようやくあなたに必要な言葉を届けられたのですから」

 

 悩んでいる間、彼がたくさんの言葉を向けられたはずです。

 

 大丈夫。気にするな。もったいない。可愛そう。残念。元気だして。なんとかなる。惜しい。

 

 それは励ましだったり、同情だったりと多岐に渡るけど、どれもマイナスなものではなく、少なくとも言っている側の人間は花山凪茶という人物を評価した上での言葉と自覚して発言しているはずです。

 

 ですが、言われた本人である凪茶さんにとって、これらの言葉は求めていたそれではない時点で全てが同価値で、全てが無意味でした。

 

「だって、あなたが求めていた言葉は、励ましでも同情でもなく、今を打破できるアドバイスなのですから」

 

 励まされたって身長は伸びません。同情されたからって、ボールが拾えるようになる訳でもありません。

 

 彼の悩みに寄り添うのなら、彼の心を解放するのなら、掛けるべきは心配ではなく道をひらく言葉。

 

 勿論私がしたアドバイスはきっと誰しもが思いつくようなものではあります。事実、テニスに詳しいわけではない私程度で思いつくものなのですから、きっと普段ならすぐさま伝えられる言葉でしょう。

 

 ではなぜ、今回その言葉が伝わらなかったのか。

 

「反射神経が良すぎて、こんな弊害になっているとは誰も思わなかったのでしょうね〜……」

 

 それはひとえに、凪茶さんの反応速度が良すぎたから。

 

 彼のプレーを見ていればよくわかるのですが、ボールに対する動き出しがこの部内で誰よりも速いです。現に、顧問の先生からのボール出しに対しては3年生を超える速度で動き出しており、その動きの良さは自他ともに認めているほど。だからこそ、ボールに届かない理由は身長しかないと言われていたし、本人もそう思い込み、ならもっと反応速度をあげるしかないという固定観念に囚われてしまっていました。実際、彼がボールを取る時は、()()()()()()()()()()()()でした。

 

 しかし、よくよく考えればスポーツは反射神経だけで行われている訳ではありません。相手の動きを見て、予測して、予め準備をする場合も多いものです。

 

 1番いい例はボクシングでしょうか?プロのジャブは、最短距離で放たれた場合、見てから避けるのは不可能と言われています。ではプロたちがどうやって避けているのかと言われると、ガードする位置を限定し、ガードしていないところにわざと打たせて、パンチのコースを限定させているからです。

 

 わざと隙を見せておくことで、パンチを誘導して避けやすくしているということですね。

 

 人間の反射神経には限界があります。それが最初からかなり良いものなら、余計に限界は近いでしょう。テストで90点の人と30点の人で、10点上げる難易度が違うのと同じように。

 

 しかし、なまじ自分の反射神経に自信を持っていたが故に視野が狭まっていた凪茶さんは、全てを反射神経で解決しようとしてしまった。だからつまづいてしまったというわけです。

 

 なら、解決策はすごく簡単。

 

「視界を広げてあげるだけでいい……んですけど、ちょっと成長しすぎではありませんかね?」

 

 今回のお悩み解決を振り返りながら試合を見れば、またもや凪茶さんがボレーを決めて得点しており、気づけばマッチポイントまで来てしまいました。

 

「予想だと、相手の動きを見ながら動くというものに慣れるのに、もう少しかかると思っていたんですけど……そこは相手がちゃんとテニスが上手い人だからチューニングが楽だった。ということなんでしょうか?」

 

 相手が上手く、基本がちゃんとできているからこそ動きが読みやすい、というのは往々にしてあることです。だからこそ私が言葉を言うだけでは解決しないだろうと思ってはいましたが……まさかこの練習試合1回目にしてここまでコツを掴むとは思いませんでした。それだけ凪茶さんにも才能があったのか、はたまた適応能力が高いのか。

 

「とにもかくにも、私が想像していた以上の結果が見込めたみたいで良かったです」

 

 そう言葉を告げながら試合を見守っていれば、審判の人の『ゲームセット』の言葉と共に、試合をしていた4人がネットのところまで駆け寄り、『ありがとうございました』の言葉と共に一礼。凪茶さんと香木さんのペアのストレート勝ちという結果を持って、彼らの試合が終わったところでした。

 

 試合が終わったあとは、今の試合を見ていた顧問の先生が凪茶さんと香木さんをベタ褒めしながら反省会。とは言っても反省することなんて(先生視点からすれば)あまりないので、ほんの1、2分で終了。その後は急に動きが良くなった凪茶さんに対して色んな人が話をかけに行くという一幕があり、そんな盛り上がりもようやく落ち着き始めたところで、凪茶さんはみんなから離れてとある場所に向かって走り出しました。

 

「さて、では私もあと少し、頑張るとしましょうか〜」

 

 その姿を確認した私は、彼が求めているものが何かをしっかりと考えた上で、屋上から体を投げ出し、地面へと飛び降りるのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……幽花さん!!いる?いたら返事をして欲しいんだけど……」

 

 ひと試合終え、その反省会なども全部終えたボクは、次の試合まで時間が出来たので、あの謎の少女と出会った水道のあるあの場所へと走ってきていた。

 

 ずっと悩んでいたことに対して、解決策が出来上がり始めたことによる嬉しさを誰かに言いたいことと、その解決策のきっかけをくれた本人である彼女にお礼を伝えたいという2つの気持ちが溢れ始めており、すぐにでも発散したいと思ってしまったことにより、気づけばここに走っていたボクは、その相手がここにいることを願いながら声を上げてみる。

 

 相談していた時から時間も経っているし、彼女自身他にもやることがある可能性があるため、ここに残っている可能性は正直あまり高くは無いと思う。けど、何故か不思議と、ここに来れば会うことができそうという謎の自信に従ってしまった結果、息を切らせるほど急いだボクは、呼吸を整えながら周りを見渡す。

 

 けど、そこに目的に相手はいなくて。

 

「……やっぱりいない、か……はぁ……」

 

 そのことに少なくないショックを受けながら、とりあえず急いだことで使った体力と、熱くなった体を冷やすために水で顔を洗い始め……

 

「呼びましたか?」

 

「ひゃぁあ!?」

 

 まるで初めて会った時を再生するかのように、また後ろからかけられた声に驚いて、変な叫び声を上げてしまう。

 

 しかし、あの時と違うのは振り返った時に視界に入る相手の表情。

 

「……ワザとだよね?」

 

「さて、なんのことでしょう?」

 

 初めて会った時は申し訳なさそうな顔をしていたけど、今はイタズラが成功して喜んでいるかのようにしか見えない笑顔を浮かべながらこちらを見ていた。

 

 そのことに対して不満をぶつけるかのような表情を作りながら声を投げるものの、返ってくるのは揶揄うような微笑みと言葉。間違いなくわざとやってきているのが態度で丸わかりだ。

 

 けど、どこか憎めないあたり、やっぱり綺麗な人はずるいと思う。これを本人に言ったら調子に乗りそうだから言わない……いや、逆にストレートに言ったら照れたりするのだろうか?

 

「それで、私を探していたみたいですけど何かあったんですか?」

 

 ちょっと気になり、どうしようかと悩んでいたら、言葉を発するよりも先に話題転換されてしまったので、このとことは頭から追い出してボクも本題へと続いていく。

 

「そうだった……幽花さん、本当にありがとうございました!!」

 

 ここに来た目的。それは、悩み解決のきっかけとなってくれたことに関する感謝だ。

 

「あなたのおかげで、なにか見えた気がします!!」

 

「……ええ、どういたしまして!!」

 

 そんなボクの、心からの言葉に対して返してくれた彼女の、お日様の光を受けた笑顔は、やっぱりとても綺麗だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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