「ふぅ……すぅ、ふぅ……」
風の音だけが聞こえる緊張感に包まれたコート。
ボクを含めた4人が、真剣な眼差しを携えたままグリップを握り、ターニングポイントであるこの瞬間に臨んでいた。
サービス券は相手側の後衛で、レシーブは香木。
審判のカウントの声を合図に動き始めた相手の後衛が、綺麗なトスをあげた数瞬後、空気を破裂させたような快音を響かせながら、強力なサーブが香木に向けて解き放たれる。
傍から見ても会心の1発となっているその球に対して何とか反応した香木は、左に少し動きながら右半身を後ろに下げてフォアハンドの構え。
振り遅れることなく振られたラケットはサーブをしっかりとラケットの中心で捉えて、相手の後衛の方に向かって返球される。
しかし、その球に対して反応した相手の前衛がそのコースに割り込むように走り出して、サーブアンドボレーによる速攻を決めに来た。
タイミングも位置も完璧なそのボレーは、香木の返球をしっかりと受け止めて、まるで壁のようにボールを反射。跳ね返ったボールはボクたちのコートに返ってきて……
「っ!!」
前衛の動きと目線、そしてラケットの角度から、帰ってくる場所を予測していたボクがその球の着地点に先回りして捕球。
相手の前衛の頭の上を通るロブの形をとって、後衛のいない方向に打つことによって時間を稼ぎながら相手を走らせ、体力と時間を奪っていくことによって、サーブを受けた香木もこの間に体制を立て直してラリー準備を整える。
これでボクたちからみてコートの右半分に後衛が、左半分に前衛が縦のラインで並ぶ形となる。
「はっ!!」
「ふっ!!」
そこから始まるストレートのラリー。
定期的に響く快音と共に行われる後衛同士のやり取りは、その感覚をどんどんと短くしており、その度に球速が上がっていくのを感じ取れる。
どちらの後衛が先に音を上げるかの我慢勝負。
果たしてその結果は……
「ぐっ……」
「ふっ!!」
体格のおかげか一発一発の重さが強い香木側に軍配が上がり始める。
決め手とまではいかないけど、それでも徐々に押しているという事実は、相手のラケットの振りが遅れ始めるという形で現れてくる。
その結果、相手のショットの球速が徐々に遅くなり始めていくのが感じ取れた。
(勝負をかけるなら……ここ!!)
相手の動きに疲れが見え始めてきたところで相手の後衛をジッと注視。
呼吸。足運び。目線。腕。手首。
相手のありとあらゆる動きから情報を集め、次に打たれるコースを計算し、このまま行けば再びストレートに打ってくるだろうということが分かった。だからボクは、そのボールをボレーするべく右に動き出し……
「っ!?」
ボクの、ボレーしようとしてやっぱり行かないという中途半端な行動。この動きに息を飲み、動揺したのは
(予想通り!!)
ストレートの打ち合いで打ち負け始めたあちら側の後衛の思考として上がるのは2つ。
1つは、自分の前衛がインターセプトをしてくれることを願うこと。だけどこれは他人任せの行動だし、そもそも、打ち負けているということは香木のショットが鋭いということで、そんな鋭い球に対して、前衛は簡単に手を出すことは出来ない。
なので相手が取りたい行動は、自然ともう1つの行動へと誘導されることとなる。
そのもう1つはずばり、後衛同士の打ち合いからの逃げ。
本来ならクロス側にロブを打つことによって、前衛を避けて安全に打ち合いを拒否することが望ましい場面だったけど、ボクがストレートを読んでそちら側に足を動かしたことにより、ロブじゃなくてもクロスに打てる可能性が生まれ、なんならそのまま得点を取れる光景すら見ることが出来た。
いや、
苦しい状況でそんな甘い餌を見せられたら、相手がどう動くかなんて明白で、餌につられた相手は、ボクの行動を見た瞬間に手首の角度と腕を振るタイミングを変えてコースをクロスに変更。
1度変えてしまえば、もう1回変えるだなんて不可能で、途中でボクが足を止めたことでここまでが罠だと気づいたところでコースは変わらない。
無理やり変えたことで休息も甘くなったボールはゆっくりとクロスに打ち込まれ、そのボールに対してボクは、勢いよくボレーを放ち、相手の前衛の後ろに着弾するコースを取る。
壁に当たったかのように反射されたボールはそのままコート内でツーバウンド。これによりボクたちに点数が入ることとなり……
「ゲームセット!!」
この試合の勝者を決める声が審判から上がった。
☆
『続いて、インターハイ参加券を見事勝ち取ることのできた生徒の発表を━━』
「いや〜、もう総体の季節が迫っているんですか……早いものですね〜」
体育館に集められ、全校集会を行っている様を2階の窓の外から眺めている私は、入学式からもう2ヶ月以上経過してしまっていることに軽いショックのようなものを受けてしまいます。
かれこれ何年も幽霊生活を送ってしまった弊害か、時の流れに関してはかなり鈍くなり始めていますが、こうして行事に関する情報を改めて聞くと、自分の感覚の変化をより顕著に感じることができますね。それが果たしていいことなのかどうかはなんとも言えませんが。
『2年A組、花山凪茶。2年A組、麝島香木』
「「はい!!」」
「あ、凪茶さんたちも呼ばれましたね」
なんて感傷に浸っていると、体育館に響き渡る凪茶さんたちを呼ぶ声と、その返事の声。
中間テストを超え、総体に向けて色んな部活が参加券を得るための予選に挑んでいる中、勝ち残って権利を手に入れた人を応援するべく学校全体でエールを送る目的で開かれているこの集会で、先の大会で見事にその権利を得た凪茶さんたちも名前を呼ばれ、ステージの方に案内されていました。
「本当に、勝てて良かったですね〜」
大会の本番を見に行くことは、私自身の特性上残念ながら出来ませんでしたが、噂を聞く限りでは予選通過可能順位を軽く超えて勝ち上がっていたのだとか。
周りが引退前の3年生ばかりの環境という、経験でハンデを背負っている状態だと言うのに、それでも上位入賞できているというのは本当に凄いことです。さすがに本戦となるとこうは上手くいかない可能性が高いですが、それでも来年への期待値という点でも、大きな注目株と言ってもいいでしょう。ソフトテニス部の顧問である先生も鼻が高そうですね。
「本当に……解決できて良かったです」
もう反応していない頭のあほ毛ちゃんをそっとひとなで。
日付が変わり、そしてもうセンサーも動かないということは、これにて完全にお悩み解決。凪茶さんの記憶から私という存在が消え、いつもの日常へと戻っていくということです。
私という、異物の居ない日常へ……。
「んん〜……さて、くよくよしていても仕方ないですよね!!さぁ、次のお悩みに向けて頑張りますよ〜!!」
センチになりかけた心を戻すために、1度大きく伸びをしたあとに、窓から離れて学校の屋上へ飛び上がる私。
徐々に遠くなっていく集会の声を背にしながら、首だけ壇上へと向けた私は最後に一言だけ零します。
「大会、頑張ってくださいね」
☆
「っ!?」
ふと、どこからか聞こえた気がする優しい声。
その声につられて体育館2階の窓へと視線を向けるものの、そこにあるのは体育館に差し込む日差しのみで、いくら見続けてもあとは青い空が広がっているだけ。
「……」
「凪茶?何かあったのか?」
「あ、ううん。なんでもないよ」
「そうか?ならいいが……あまり変な行動するなよ?一応集会中だし、今俺たちは壇上にいるから目立つぞ?」
「うん、気をつける。ごめんね」
視線を他所に飛ばしている時に聞こえてきたのは、ボクの隣に立つ香木からの忠告の言葉。
彼の言う通り、今ボクたちは壇上に立っているわけで、予選を抜けた人物がボクたち以外にも何人もいるとはいえ、そんな中で別の方向を見ている人がいれば怪しく映ってしまうだろう。ここは素直に香木に謝り、ちゃんと前を見るように集中した。
この壇上に立って先生から説明されている通り、先の予選大会で好成績を残すことができ、見事次の大会への参加券を手に入れることが出来た。
伸び悩んでいた問題も無事解決でき、調子もとてもいい。この調子で行けば、優勝は無理でも、次の大会でもいい所まで頑張れる可能性が高い。
ワクワクする。
どんどん成長している自分が、一体どこまで通用するのか、早く試したくて仕方がないという気持ちでどんどん膨らんでいく。
なのに……
(なんで、どこか寂しいんだろう)
充足しているはずなのに、満足しているはずなのに、何故か心の隅っこが欠けているような感覚が拭えない。
それは決して大きな隙間ではなく、普段体を動かしている分には気にならない程度のもので、しかし1度気にし始めたらどうしても定期的に意識を向けてしまうくらいには軽くないそれで。
(なにか、大切なことを忘れてしまっている気がする……)
ボクの動きが明確に変わったあの練習試合を機にずっと存在するこの違和感が、どうしてもボクの思考を中断させる。
さすがにスランプの時ほど思い悩むそれではないけど、少なくともスランプ以上に解決の手立てが見えないそれが永遠と心をチクチクしてくるのは、精神衛生上あまり良くない気がして仕方がない。
できることなら、さっさと解決してしまいたいと思ってしまうくらいこびり付いたその悩みは、しかし不思議と危機感を感じることはなく、むしろ何故か心地よく感じているところもあった。
不安なはずなのに、どこか心地いい隙間。
本来なら同居し合うことの無いはずの感情が、なんで存在するのか。
それは多分、頭の中に何となく解決案が降りてきているからだろうか。
(きっと、ボクが試合で頑張れば、この隙間に対してお返しができるんだろうな)
漠然と、しかし確かな自信を持って言える解決案。
なんでそう思うのかだなんて理由はなく、本当に感覚でしか言えないその答えに自信を持つだなんて、普段の自分から考えればありえない話だ。
(……)
けど、目を瞑り、胸に手を当てて、深呼吸をしてみれば、不思議と心が暖かくなり、その温度がボクの考えを肯定してくれているような気がした。
「『大会、頑張ってくださいね』」
(っ!?)
そうやって自分の内側に集中していると、校長先生のお話が終わったのか、最後の応援の言葉と共に挨拶が締められた。けど、その最後の言葉に重なるように、暖かく、優しい声がボクの鼓膜を叩く。
(……うん、頑張るよ)
今度は辺りをキョロキョロすることはなく、心の中でそっとつぶやく。
だって、姿は見えなくとも、きっと見守ってくれているんだろうということが、今の一言でわかったから。
だからボクは、自信を持って前を向く。
(だから、応援してね?)
名前も姿も知らない誰かに向かって、少し弾んだ言葉を心の中で返しながら。